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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
りりィ逝く
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1975年2月当時のりりィ、23歳

元シンガーで女優のりりィこと鎌田小恵子さんが、逝去したという新聞記事が目に飛び込んできた。1952年2月17日 (64歳)というから、ちょうど亀さんより一歳年上の姐さんだった。死因は肺ガンだったという。出演番組で最も印象に残っているのが、深夜食堂の第九話「アジの開き」で、ローズ美千代という粋な婆さん役で出演していた。

合掌。



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太田出版
映画脚本家・笠原和夫の考える昭和天皇および瀬島龍三について、今回取り上げるつもりでいたのだが、その前に『晩歌』を出版した太田出版、および翻訳者Yさんが提供してくれた人肉食の情報について、それぞれ筆を進めたい。最初に太田出版について取り上げる。

亀さんは昨日の拙稿「日本映画の悲惨な現実」で、以下のように書いた。なお、絶版本とあるのは、太田出版の『昭和の劇』(笠原和夫著)のことである。

1ヶ月前まではアマゾンなどで新刊を入手できたのに、どうして急に絶版になったのか、そのあたりの経緯は不明だ。


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実はこの太田出版、神戸事件の少年Aの手記『絶歌』の出版元でもあるのだ。そして、以下の記事を一読すればお分かりのように、最初は幻冬舎が出版するはずだったのに、急に太田出版が出版することになった、曰く付きの本でもある。1ヶ月ほど前に読んだ何処かのネット記事で、幻冬舎の見城徹社長が太田出版に圧力をかけ、『絶歌』を出させたとする記事を読んだ記憶があるのだが、『昭和の劇』のような硬派の本を出す太田出版らしくなく、何か裏がありそうだとその時は単に思ってやり過ごしていた。そこへ来ての『昭和の劇』の絶版、気になったので調べてみたところ、以下の記事を掘り当てたのである。
ナメクジだらけのHPよりもスゴい中身…少年Aが『絶歌』出版から逃げ出した幻冬舎・見城徹社長の裏切りを告発!

同記事は見城徹社長の人間を暴いた優れた記事であり、同時に見城社長は太田出版の岡聡社長と親交があることを知った。そして、何よりも亀さんが注目したのは以下の記述である。

 つまり、遺族の感情を考慮すれば絶対にあり得ない事件現場の写真掲載を、見城氏本人はノリノリで指示していた、ということになる。ちなみに、Aの手紙によれば、〈「これ(写真掲載)はやめたほうがいいな」と僕にアドバイスしてくださったのは、本当は太田出版の岡社長です〉という。


遺族の感情を慮る岡社長に対して、遺族の感情など念頭になく、少年Aの手記本を売ることしか考えていなかった見城社長とでは、人間として雲泥の差があることを見事に浮き彫りにした行である。

ともあれ、同記事を読んで見城社長の人間については、やはりなと思ったていどだったが、一方で岡社長はなかなかの人物と見た。だから、上からの圧力ていどで、『昭和の劇』を絶版にするはずがないことを、改めて確信したのである。だから、今回の絶版は単なる資金繰りの問題で、出版不況の今日にあって再版が困難なだけなのだろう。ちなみに、今朝アマゾンで確認したところ、昨日の拙稿「日本映画の悲惨な現実」で、『昭和の劇』取り上げたのが効いたのかどうか分からないが、ナント、ベストセラーになっていた…。

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、ここまでは、少年Aが神戸事件の犯人という前提で筆を進めてきたが、実は、少年Aは冤罪の可能性が極めて高いことを指摘しておこう。亀さん同様に冤罪だと確信しているのが、『神戸事件を読む』を著した熊谷英彦氏である。亀さんは同氏と幾度かメールのやり取りをしており、そのメールの一部を本人の了解を得た上で、以下に公開している。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/06/post_9f14.html

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なお、拙ブログでは数ヶ月前、『絶歌』について拙稿「堀の中の少年たちで紹介している。併せて一読いただければ幸いである。

世界中どこでも
飯山一郎さんのHPの最新記事を読んだ。ついに、中国が福島原発事故の実態を発表、安倍内閣がどのような反応を示すのか、世界が注目するところとなり、まさに安倍首相にとってはまな板の鯉といった心境だろう。ともあれ、事故から5年以上が経過、ようやく事態が大きく動き出す。

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http://grnba.com/iiyama/index.html#zz06101

もう、いくら安倍内閣や日本のマスコミが必死に隠そうとしても、大勢の日本人が原発事故の実態を知るのは時間の問題だ。そして次は、人間が住めなくなった日本列島を、大勢の人たちが去っていくだろう。だが、人間到る処青山ありという諺があるではないか、なぁに、人間生きていこうと思えば、世界中どこでも生きていけるから大丈夫だ。昨日の東京新聞夕刊に、以下のような面白いエッセイが載っていた。香港人の逞しさを我々も見習いたいものだ。

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過日の拙稿「45年という歳月の重み」を執筆していた時、久しぶりに44年前のアルバムを眺めていた。以下は3ヶ月ほど働いていた、イタリアンレストランの裏口で撮った写真である。場所はオックスフォード・ストリートに面していた所で、このストリートはロンドンどころか、ヨーロッパで最も人通りが多いストリートなのでR。そのストリートに面したショッピングモールの一角に、亀さんがバイトをしていたイタリアンレストランがあった。レストランには、亀さんをはじめとする、世界各国の若者がバイトをしていたのであり、まさにインターナショナルな職場であった。

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(写真左)ショッピングモールで働く陽気な仲間たち。前列の二人は左から亀さんの働いていたレストランのイタリア人マネージャー、右は同じショッピングモールにあるファッション店のマネージャー。後列の二人は左からコロンビア人のダリオ、その右がアルゼンチン人のホルヘ。ホルヘは後に亀さん家で草鞋を脱ぎ、半年間居候している。
(写真右)プレイボーイなファッション店のマネージャーを囲む、亀さんと同じレストランで働くウェイトレスの女の子たち。ちなみに、左の女の子が亀さんのアルゼンチン人ガールフレンドだ。拙稿「Sさんへの返信」に登場するSさんも、亀さん家で彼女に会っている。

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(写真左)やはり同じショッピングモールの何処かの店のマネージャー。確かイタリア人だったと記憶している。仕草から想像できるように、大変面白いオヤジだった。
(写真右)太めの女の子は正真正銘のパリジェンヌ。その娘(こ)を囲んでいる二人はジャマイカ出身で、亀さんと同じレストランで働いていた。亀さんにとって、ロンドンの〝兄貴〟的な存在だった。

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(写真左)職場の仲間たち。亀さんの横にいるのが左からコロンビア人のダリオ、右は亀さんの後釜で入ってきたエジプト人の若者(名前失念)。それにしも、改めて鏡に映る自分を見るに、髪の毛に白いものが大分混じるようになり、後頭部が寂しくなってきている上、おでこには深い皺が刻まれるようになった。やはり、44年間という時間が経ったのだなと、つくづく思った次第でR。まぁ、「スミカスミレ」のように、若返ることができないのが人生だ。
(写真右)太めのパリジェンヌと。彼女からは本場のフランス語を教わった。お礼に、亀さんも本場の日本語を教えたんだが、一度、仕事中に日本語で「Aishiteru!」と言われたことがある(爆)。

45年という歳月の重み
昨日の拙稿「日本のラテンアメリカ化?」で、1972年9月にチリの首都サンチャゴを散策していて、アジェンデ大統領のパレードに遭遇したことを書いた。遠方から接近してくるオープンカーから、大勢の大衆に向かって手を振るアジェンデ大統領が、接近してきた刹那お互いに目と目が逢った。その時、同大統領の身体からオーラのようなものが出ているのを感じ取れたのだし、何よりも同大統領の身体全体に人としての温もりを感じ取れのである。今にして思えば、実に貴重な体験であった。

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サンチャゴの街から望むアンデス山脈

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アジェンデ大統領 殺害される数時間前の演説

1972年というと今から44年前で、当時の亀さんは19歳、1972年3月23日に大勢の親戚や友人に見送られて、羽田からモスクワを経由してコペンハーゲンに飛んでいる。コペンハーゲンでは観光を兼ねて数日間ほど滞在した。最初、隣の国スウェーデンに文通相手だった同い年の女の子が、ストックホルムに住んでいたので会いに行くつもりでいたが、取り敢えずロンドンでバイトをして旅行資金を貯めながら、英会話学校に通って英会話を身につけ、3ヶ月ほどしたらヨーロッパを1~2ヶ月ほどかけて一周、スウェーデンにも寄ってガールフレンドに会い、その後日本に帰国するつもりでいた。

では、どうして半年後の1972年9月にチリのサンチャゴなのかと言うと、バイトをしていたロンドンで知り合った、可愛いアルゼンチン人の女の子を追いかけ、南米に飛んだというわけだ。彼女のことは拙稿「寅さんのことば 第2部 11」にも少し書いた。

ここで、テレビドラマ「スミカスミレ」で印象に残るワンシーンがある。それは、人生をやり直したいと切望していた、70歳の如月澄が最後の最後に夢を叶え、45年前の25歳の姿になり、新しい人生を歩み出すというシーンだ。そんな如月澄の心からの笑顔を見た化け猫の黎(れい)は、以下のメッセージを残して如月澄の家を後にするのだった。

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それにしても、45年と云えばほぼ半世紀だ。1972年当時の亀さんには実感がまったく湧かなかったが、漸く今になって45年という時の重みが分かった。それにしても、亀さんの45年なんて、アッという間だったワイ…。

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ウルグアイ人のガールフレンド、アナベールと
※ アルゼンチンのバリローチェからチリのプエルトモントまで、船とバスを乗り継いでアンデス山脈を横断した時に知り合い、サンチャゴまで一緒に旅をした同い年の女の子。44年が経った今でも、時々メール交換をしている。

我が良き友へ
拙稿「人生、なめんなよ」に「拍手」してくれた読者の中に、拙ブログがきっかけで、「深夜食堂」に〝嵌まってしまった〟ちゅう、てくのぱぱさんというブロガーが名乗り出てくれた。E-機会なので紹介させていただこう。ブログ名は「我が良き友へ」。

ちなみに、同ブログで深夜食堂について取り上げているのは、「深夜食堂に嵌ってしまった」という記事だ。亀さんのことも書いてあった(爆)。

てくのぱぱさんのコメントで、飯島奈美というフードスタイリストが、深夜食堂に一役買っていたということを初めて知った。亀さんはニューヨークのレストランや、東京の居酒屋で板前の仕事をしていたので、料理の難しさも十分に分かっているつもりだが、一度機会があれば目を通してみたい本だ。

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『深夜食堂の料理帖』(飯島奈美著 安倍夜郎イラスト)

てくのぱぱさん、今後とも4649

【追伸】
てくのぱぱさんのブログでも紹介されていたが、映画「ペコロスの母に会いに行く」が、最近テレビで放送されたので見た。実に、心温まる映画であった。また、放送されるカモョ…。

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【追伸2】
てくのぱぱさんの描く漫画、素晴らしい! で、以下に無断転載(笑)。

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猫まんま
この10年間、亀さんが気に入ったTVドラマは3本ある。「深夜食堂」、「あんどーなつ」、そして「スミカスミレ」の3本だ。「深夜食堂」と「あんどーなつ」については、今までに何本か拙ブログで記事にしてきた。「スミカスミレ」の場合、最近のドラマということもあって記事数こそ少ないものの、これから色々と書いていくつもりだ。また、以上の3本のドラマの場合、共通しているものがあるんだが、それについてはいずれ書く。

で、今日は久しぶりに昔のTVドラマ「深夜食堂」の第二話「猫まんま」について取り上げたい。どんなドラマかということに関心のある向きは、以下を見て欲しい。



ところで、拙ブログはFC2というサーバー元にお世話になっているんだが、亀さん同様にFC2ブログを開設している読者の場合、だれが、いつ、亀さんのブログにアクセスしたか分かる仕組みになっている。そして、音楽の通なら名前を出せば誰でも知っている、実力派の歌手某が拙ブログにアクセスしてくれていることを今回お伝えしておこう(エヘン!)。

マイクを握らせれば、音痴どころか落語の域に入ってしまう亀さんだから、その人のプロとしての実力のほどは、正直言って良ぉ~く分からないんだが(涙)、同じ曲を歌う30名を超えるプロの歌手を聞き比べたところ、「一番気に入ったのでCDを購入した」という歌手こそ、亀さんのブログにアクセスしてくれている歌手なのだ。断っておくが、そのプロ歌手ちゅうのは、あの歯科&音楽ウォッチャーさんのことでは断じてない象、念のため…(爆)。

で、歯科&音楽ウォッチャーさん、そろそろ次の原稿…。

日航機事故と明石家さんま
日に一回は必ず訪問している掲示板「放知技」で、明石家さんまについての興味深い投稿が昨日あった。

1985年8月12日、大阪でMBSラジオ『ヤングタウン』レギュラー出演のため伊丹行きの日航機に搭乗予定だったが、直前の仕事である「ひょうきん族」の収録が早めに終わり、一便早い全日空の便に振り替えたため、日本航空123便墜落事故を逃れた。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15711778/731/


また、同投稿で紹介されていた以下の記事、さんまが大竹しのぶとの間でもうけた娘に、「いまる」という名前を付けた背景を知るに及んで、咄嗟に思い出した人物がいる。
日航機墜落事故と明石家さんま…「IMALU」の名前に込めた想い - NAVER まとめ

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10年近く前になるが、光寺(神奈川県大和市)住職の玉井禮一郎さんと一緒に、日蓮上人縁の保田妙本寺(千葉県安房郡鋸南町)を訪ねたことがある。訪問した目的は創価学会の土台を揺るがせかねない、歴史的事実の確認の旅であった。このあたりに関心のある読者は、たまいらぼ出版の一連の出版物を参照されたい。

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保田妙本寺(左)と陰陽二相一対の曼陀羅本尊(右)

それはともかく、その日の夜は玉井さんの友人宅で一晩お世話になろうということで、玉井さんの長年の親友Xさん宅のある木更津市に向かった。木更津駅に着くと、駅のロータリーでXさんが我々を待ってくれていた。その晩はXさん宅で酒を酌み交わしつつ、話は深夜に及んだ。そのなかで、特に印象に残った話が、Xさんの「運命」に纏わる話であった。

明石家さんま同様、実はXさんも日航機123便に搭乗する予定だったというのだ。事故のあった当日、大阪に向かうため最初は日航機123便に搭乗するつもりでいたが、都合で別の便にしたことにより、明石家さんま同様に命拾いをしていたのだ。Xさんの話にじっくり耳を傾けていた玉井さん、突然次のように言い出したのであった。

その体験を本にしてみないか?


実は玉井さん、光寺の住職であると同時に、たまいらぼ出版の社長なのである。一緒に話を聞いていた小生にも、編集を手伝って欲しいと言ってきた。結局、話は流れてしまったものの、あの時のXさんの話に耳を傾けながら、人の持つ運命というものの不思議さについて、つくづく考えさせられた亀さんであった。

運命で思い出したが、拙ブログでも「人生は〝運〟だ」という記事を書いている。その時に取り上げた『運命の研究』(武市雄図馬著 東明社)、未だに全ページに目を通していないのを思い出した…。

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実像と虚像
お陰様で、明日(5/17)の夕方が締め切りの仕事(翻訳)を、2日ほど早く終えることができた。最後に記事をアップしたのは5月9日なので、ちょうど一週間更新できなかったことになる。海外の自動車メーカーからの仕事なのだが、五月雨式に依頼が来ることが多く、時には普段より大量の依頼が、立て続けに来ることが毎年1~2回あり、今年の場合は今がそんな時期に相当しているようだ。そのため、あと数回は大量の依頼が続くかもしれない。ともあれ、再び忙しくなる前に、急ぎ「実像と虚像」について書いておこう。

最初に、ここで言う「実像と虚像」だが、俳優を例に取り上げてみたい。拙ブログでは映画やTVドラマについての記事が多く、たとえば高倉健主演の幻の映画「三代目襲名」を、拙稿「最強の侠客が登場する日」で取り上げている。その時、同映画で山口組・田岡一雄三代目組長を演じた高倉健に対して、「「よくやった、健さん!」と亀さんは高く評価した。その他の多くの映画でも、不器用で演技も下手なのに、なぜか高倉健は多くの人の心を打つ。

だが、映画に登場する高倉健は、あくまでも演技者に過ぎず、高倉健の〝虚像〟だ。生身の高倉健の〝実像〟は、もっとドロドロしている。そのあたりの具体的なエピソードは、決してテレビといった公の場で語られることはないが、一度だけ、そのあたりを匂わす発言をした人物がいる。脚本家の倉本聰氏だ。亀さんは録画したTV映画やドキュメンタリーを、Excelを使ってデータベース化しており、先ほど確認したところ、高倉健に関するドキュメンタリー番組は以下の通りで、多分そのうちの1本に倉本氏が登場しているはずだ(順不同)。

昭和偉人伝 高倉健
高倉健インタビュー
高倉健が残したもの~“人を想う”心の旅~
NHK BSプレミアム 拝啓 高倉健様
NHKプレミアムカフェ 俳優 高倉健 その素顔に迫る
クローズアップ現代 “人を想う” ~映画俳優・高倉健さん~


亀さんのアンテナに引っ掛かったのは、高倉健の運転する車に同乗した時の倉本氏の話だ。倉本氏は高倉健と四方山話をしているうち、以下のように問うたのである。

どうして、再婚しないのですか?


刹那、高倉健は急ブレーキをかけ、しばし無言で前方を見つめたままになった。やがて、笑顔を倉本氏に向け、当たり障りのないことを一言二言だけ言うと、再び車を走らせ、あとは別の話題に切り替えたのだという。

実は、倉本氏以外にも〝同様の話〟をしてくれた、栗原茂さんという知己がいる。栗原さんはフランク永井を〝兄貴〟と慕っていた人で、若い頃は用心棒も兼ねてフランク永井のお供をすることが多かったという。当然ながら、フランク永井を通して大勢の歌手や芸能人と接しており、彼らの〝実像〟について驚くほど多くを知っている。そして高倉健についても、倉本氏同様のことを栗原さんが話してくれたことがあるので、倉本氏の話はほぼ間違いないと思っている。なお、ネットという公の場ということもあり、これ以上の具体的な話は控えさせていただく。

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フランク永井

ところで、掲示板「放知技」の以下のスレッドにおいて、皇室と瀬島龍三について活発な意見交換が行われている。その瀬島龍三と栗原さんは実に深い交流があった。大量の仕事が再び入らなければ、栗原さん本人から聞き出した瀬島龍三の〝実像〟を下敷きに、近く瀬島龍三について取り上げてみたいと思う。
飯山一郎へ伝言・密告・質問・短信etc -16-


〝最後〟の同窓会
親しい同窓生を中心とした飲み会の幹事を、亀さんは長年仰せつかっているんだが、昨夕、今年初の飲み会を地元の料理店で実施した。亀さんの小中学時代の同窓生8名が集合、お陰様で実に楽しい一時を過ごせた。

最初、老いた両親の介護、さらには子どもたちの現在といった近状報告が主だったので、亀さんは話を盛り上げる意味で掲示板「放知技」の投稿を紹介、性の話を切り出してみた。ところが、全員が立たん立たんと情けないことを言っているので、七十代後半になっても立派に立ったという、今東光和尚のエピソードを披露したのである。

当時、和尚の編集担当の一人に集英社の島地勝彦というのがいて、和尚が孫のように可愛がっていた編集者だった。その島地氏、ある日、用事で都内にあった和尚のマンションを訪ねたところ、和尚の部屋の鍵がかかっていなかったので、そのまま入室したところ、ナント部屋の奥で和尚が一生懸命マスをかいているのを目撃してしまう…。慌てた島地氏、「和尚、何をしているんですか!」と大僧正を叱ると、和尚はばつの悪るそうな顔を島地氏に向けたという。

そのエビソードを本か何かで初めて知った時、亀さんは改めて和尚は凄いと思ったものだ。だから、当時の和尚よりも15歳も君たちは若いのだから、今から立っただの立たんだのと、情けないことを言うなと、昨夕の同窓生の同い年の息子たちを叱り飛ばした次第でR(爆)。

薬についても話題に出た。同窓生の一人が降圧剤を欠かさず服用していると言うので、「そんなの直ちに止めろ!」と言ったのだが、頭から医者の言うことを信じ切っているようで、全く聞く耳を持ってくれなかった…。薬と言えば、今東光和尚と薬に纏わる面白いエピソードがあるので、以下に披露しよう。


製薬会杜は有名人に薬の試供品を送るのが好きだ。まだ元気だった頃の今東光は、朝起きると旅行先の旅館の机の上に、色とりどりのホルモン剤やら、ビタミン剤やらを一粒一粒丁寧に並べる。色の配色を考えては置きかえ、

「どうだい、きれいだろう、おい?」

六十粒並べ終えると、ひとつかみにして、大きな口の中ヘポイ。ムシャムシャ、ピーナツみたいに食べてしまう。この話を聞いたNHKでは「朝の訪問」という番組で、さっそくこのエピソードをとりあげ、和尚にインタビュー。

「で、薬は効くんですか?」

「冗談じゃない。こんな薬、効くわけがないだろうが」

以来、全国の製薬会杜から、一個の試供品も送ってこなくなった。

『最後の極道辻説法』p.258


同窓生との語らいは楽しかったものの、一方で複雑な気持ちで同窓生を眺めているもう一人の自分がいた。誰も「ホ」の字(福島原発事故問題)について深刻に受け止めることもなく、話題にすら出なかったからだ。亀さんは福島原発事故の直後、大勢の親戚・友人・知人に放射能対策を講じるようにと、メール・電話・葉書などで強く訴えたのだが、家族以外、結局誰も取り合ってくれなかった。1年ほど前に亀さんは同窓生の一人と、さしで呑んだことがあった。その時、福島原発事故による放射能の恐ろしさを改めて語ったところ、その同窓生は亀さんに対して、「嘘つき野郎」と怒り出してしまったのだ。昨夜、その同窓生も参加していだが、今年の初め、二度目だか三度目だかのポリープ切除手術を受けていた。

以下のシーンは、TVドラマ「スミカスミレ」の第五話からである。如月すみれの愛する真白勇征は、難病に罹って明日の命も知れぬ身…。そんな真白の命を救うため、すみれは自分の猫魂を真白に与える決心をする。しかし、そうすることによってすみれは、元の65歳に戻ってしまう…。それでも愛する真白を救うためならと、猫魂を真白に与える当日、〝最後の授業〟に臨んだすみれは学友を見回し、短かった学生生活を振り返るのだった…。

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すみれ 47年間…

夢が叶って…

この椿丘大学で…

皆さんと一緒に勉強できて…

お友達になれて…

本当に…

よかった…


すみれと同様に亀さんも、多分これが〝最後〟の同窓会になるだろうなと、同窓生が楽しそうに語り合っているのを傍らで眺めていた。亀さんは閉会の挨拶で次回は10月に同窓会をやると約束したものの、多分、その頃には首都圏が麻痺、同窓会どころではないだろうなと、複雑な思いにかられた次第である。



松坂慶子を女優にした「事件」
以下は、TVドラマ「スミカスミレ」(最終回)で、松坂慶子演じる如月澄が、45歳下の町田啓太演じる真白勇征から、心の籠もったプロポーズを受けるシーンである。

真白 すみれ、如月澄さん。

澄 はい…

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真白 おれも、あなたのことを愛しています。

心から…、この世の中で一番!

僕と結婚してください。


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70歳の女性が初めてプロポーズされた時に示すであろう、表情と仕草、これしかないだろうという完膚無きまでの演技で、松坂慶子が見事に演じ切っているのを見て、思わず唸った。

ここで、松坂慶子と言えば山田監督を思い出す。彼女は同監督の「男はつらいよ」に2本(「浪花の恋の寅次郎」および「寅次郎の縁談」)の他、「キネマの天地」に出演している。この山田監督は筋金入りの反戦派監督であり、その山田監督の映画に出演している俳優の中に反戦派が多い。例えば、「男はつらいよ」の「柴又慕情」、「寅次郎恋やつれ」の他、「母べえ」、「母と暮せば」などに主演した吉永小百合、「男はつらいよ」の「寅次郎頑張れ!」、「学校III」に主演した大竹しのぶなどだ。その他にも、山田監督同様に筋金入りの反戦派の俳優がいた。あの故三國連太郎である。三国は同監督の「息子」に主演しているが、血は争えぬもので、その三国の息子・佐藤浩市も、己れの意見を持つ俳優のようだ。以下の記事を参照されたい。
佐藤浩市がテレビの萎縮・右傾化に危機感表明!「このままだとナショナリズムに訴えるドラマしか残らなくなる」

ここで、松坂慶子と大竹しのぶと言えば、原作が亀さんの敬愛する大岡昇平の『事件』を原作とした、映画「事件」を取り上げないわけにはいかない。
名匠新藤兼人逝く 松坂慶子を女優にした「事件」

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今後も松坂慶子の活躍を期待しよう。

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左は松坂慶子、右は桐谷美玲