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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
洞察歯観のすすめ(28)
信州の雪深い田舎で暮らすウォッチャーさんから久々の便り。早速以下にアップさせていただこう。小生のブログ記事「金正恩の健康」と深く関連するので、今回も必読デス!

アルトゥール・ルービンシュタインという名を聞けば、鍵盤の王者と言われるほどの偉大なピアニストであり、人当たりのよいジェントルマンというイメージがある・・・らしい。
先日、スーダラ新年会に参加した時のこと、ある女性にCDをプレゼントしました。昨年末、ルービンシュタインが聴きたいと話していたので、適当なものを選んでおいたのですが、ビールを片手に暫く音楽談義をしていたところ、
「ルービンシュタインって、どんな感じの人だったんですかねェ・・・?」
と彼女に聞かれました・・・どうも、名ピアニストにして、優しいジェントルマンというイメージが彼女の胸の内に染みこんでいるようで、そのイメージをテーブルごとひっくり返すようなエピソードを紹介するわけにもいかず・・・7歳でデビューして、8カ国語を話し、人並み外れた記憶力の持ち主であったらしい等々、差し障りのない程度に止めたのですが、この世界的ピアニスト・・・実は、丁半博打に目がない。
「飲む打つ買う」これが、三度の飯より大好物。ギャンブル狂いで、稼いだギャラはすっからかん。飲みに行けば、綺麗どころを集めてどんちゃん騒ぎ。
分かっちゃいるけど、やめられない、人生をばく進していた人物。40半ばで結婚した後は、分かっちゃいるけど・・・は、下火になったようです。
新年会がお開きとなった後、ほろ酔い加減で帰宅したその翌日、PCを開いてみると・・・

亀さん、ブログを見てビックリしました。
金正恩の健康状態。腎臓機能低下の可能性ーーてっきり、イギリス・BBCあたりが音声分析したのかと思いきや・・・
韓国専門家が音声分析。とあり、早速、あれこれとニュースを拾ってみましたが、聯合ニュースに下記の内容がありました。

***韓国の音声分析専門の趙東旭(チョ・ドンウク)忠北道立大教授は、金正恩氏の新年の辞の音声を分析し、金委員長の腎臓機能が低下している可能性があるとの見方を示した。
心臓機能は舌音。肺機能は歯音。腎臓機能は唇音と関係があるという韓医学の聴診論に基づいて行われた。分析の結果、唇音の音声エネルギー(71,657 dB)が舌音(76,077dB)と歯音(74,232dB)に比べて低かったという。一方、発音の正確度を示す周波数の変動と振幅の変動率は、唇音が最も高かったという。発音が正確な場合は周波数の変動率と振幅の変動率が低くなる。趙氏は、唇音の音声エネルギーが低く、発音が不正確というのは腎臓機能が低下している証拠として、一般的に体重が急増すると糖尿や高血圧となり、腎臓機能が落ちる可能性があると説明。
音声だけで健康状態を正確に診断することは難しいが、太った体型から推測すると、腎臓機能に問題が生じている可能性が高いと述べた。***

韓医学の聴診論とは、どのようなものなのか分かりませんが、記事は音声だけで健康状態を判断するは難しく、腎臓機能に問題が生じている可能性が高いと結んでおり、この後は読者が勝手に考えてくださいね・・・ということなのでしょうか。では、信州ワインでも飲みながら、勝手に妄想してみます。
腎臓機能低下の可能性といわれても、これは健康診断などで、医者から、
「検査数値がよくないですね」
と、不安を煽られているようで、今ひとつピンとこない。どうも、
「金正恩の健康状態は、悪化する方向へ進んでますよ」
暗に誘導しているかのように感じられます。新年早々、このタイミングで健康不安説は何か別なるサインを示しているかも知れません。
また、デイリースターを見ると、ミサイル沈黙の60日、北朝鮮のボスの健康に懸念と題した記事があり・・・

***33歳の北朝鮮指導者の体重は、そのぜいたくなライフスタイルにより増え続けており、ここ数年は彼の健康状態を疑問視する声が上がっていると指摘。金正恩氏が気球のように激太りしていること、夫人や妹との外出時に椅子に座る前にすでに大汗をかいていたこと、化粧品工場を視察した際、足に不安を感じているかのように机に寄りかかっていたこと、靴工場でも顔が汗で覆われ、手にしていた荷物を降ろす必要があるほどだったことなどが、最近撮影された写真から分かると伝えた。
また、金正恩氏は通風、糖尿病、心臓病、高血圧に苦しんでいると報告されているとし、彼が愛する高価なチーズとビールは特別に輸入されたものであり、寿司やピザを含む高脂肪の食生活のために世界各地からシェフが集められられているとも指摘。***

このデイリースターの記事は、食い倒れデブと罵っているようで、ファミレス・ワイドショーの美味しいジャンク・メニューになりそうです。
美食する欲に身を沈めるようなタイプとは、思えませんが・・・。

腎臓が悪くなると、浮腫(むくみ) 頻尿 だるさ 貧血 かゆみ などの症状が現れると医者から聞いたことがありましたが、音声情報だけで健康状態をどれほど把握できるのか、興味がわくところです・・・それにしても、イギリス・BBCではなかったんですね。
世界の音声情報収集・分析・加工は、イギリス・BBCあたりも、趙教授に勝るとも劣らぬマル秘技を持っているように思うのですが・・・。

さて、金正恩朝鮮労働党委員長が、1日に発表した、「新年の辞」。(YouTubeで見てみました。 2014年 2016年 2017年、そして今年と、4パターンがYouTube上で確認できました)
声でその人の健康状態を瞬時にピタリと当てる・・・ということはできませんが、日頃お付き合いのある人であれば、見聞きするなか、そんな感じがする・・・あくまでも、そのような感じを受けるという程度のことです。当たるも八卦当たらぬも八卦・・・。(声を通じて相手の心の奥底まで感じ取ってやろうとエネルギーを注ぐのは、女性を口説くときだけです)
といったところで、金正恩氏の声に耳を傾けてみました。
YouTubeで、2018年ー2017年ー2016年ー2014年の順番で、「新年の辞」をざっと見たのですが、2018年の映像は始まって数分、少々違和感を覚えました・・・・。
声を聞くと、2014年の映像と比べて2018年の映像は、声量、声の色艶が冴えないように思います。2014年を見るに、その声は・・・力強く、響きもよいと感じます。ピーマンの肉詰めに喩えると、具がはち切れるほど詰まっているようで。
2018年になると、具の量がかなり削られてしまった感がありますが、そこから重大なる病魔が潜んでいるというところに繋がるような印象は特に受けませんでした。趙教授による韓医学の聴診論に基づいた音声分析に、例えば、2014年あたりから2018年までの声の変化についての考察が加えられていたなら、もう少しニュースに深みが増し濃厚なものになったようにも思うのですが・・・
過去において、音声分析をしたデーターはないのでしょうか。
健康に問題あり・・・この先は、悪化するとみることもできれば、回復に向かっているともとれます。
ついでながら、2018年の映像から腎臓機能のほかにケチをつけるとしたら、亀山さん・・・どのあたりをピックアップしますか。
ブレス。息継ぎ部分が、ちょっと気になると言えば、気になりませんか。少々深く息継ぎをする場面で聞きとれる音から、
「肺機能に問題が生じている可能性あり」
そのような指摘でもよかったのではないでしょうか。肺機能低下の可能性。いびき。心臓病悪化等々、続編が出てくるかも知れません。

ところで、2018年の「新年の辞」における違和感ですが・・・新年の幸(信州ワイン)を味わいながら、モニターを前にしていたので、アルコールで濡れた目の錯覚だろうと思いますが、一時・・・腹話術を見せられているような気分になったものです。

追記

ルービンシュタインが、こんなことを言っておりました。
「ピアノの練習を1日サボると、自分に分かり、2日サボると、ジャーナリストに。3日サボると、聴衆にバレる」
ギャンブルと、らんちき騒ぎに明け暮れる遊び人ピアニストだったものが、結婚後は、かみさんの愛のムチにしごかれ、偉大なピアニストに変身。しかし、ルービンシュタインの音楽家人生を支えたのは、もっと大きな存在であり・・・そのあたり、イギリス・BBCに聞いてみたいとところですが・・・ワインもなくなってきたので、寝るとします。




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亀さんが所有している唯一のルービンシュタインCD

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『クラシックCDの名盤』(中野雄 文藝春秋)p.187~189

金正恩の健康
スプートニク紙が1月8日、金正恩の健康状態について言及した朝鮮日報の記事を転載していた。
金正恩氏、腎臓に問題か 声の分析で判明

具体的な記事内容だが、この1月1日に金正恩が国民に向けて行った、「新年の辞」を同記事では取り上げており、新年の辞を発表する金正恩の様子を見た趙東旭(チョ・ドンウク)忠北道立大教授が、「金氏の腎臓には問題がある」という見解を示したのである。ご参考までに、以下が金正恩による新年の辞である。



同記事を読んで思い出したのが、道友であるウォッチャーさんと共通の知人Fさんだ。その知人がYouTubeで話しているのを見たウォッチャーさん、知人の健康に何等かの問題があるのではと指摘したのである。ちなみに、ウォッチャーさんは声でその人の健康状態を瞬時に見抜く達人である。その意味で、上の記事にあるように、本当に金正恩の腎臓に問題があるのかどうか、ウォッチャーさんの見解を聞きたいと思うのである。

ところで、そのウォッチャーさんが年末に送ってくれたメールに、以下のようなことが書いてあった。


亀さん…声の響き良く、以前より健康体なったのではと感じましたが…低音の魅力は、フランク永井に近づいているかも知れません!?


ウォッチャーさんは亀さんと同じ同じ飯能市に住んでいたことがある。そのウォッチャーさんが引っ越してから一年ほどが経過した2016年6月19日、亀さんは一日一食の生活に入っている。爾来、一年半以上が経過したが、どうやら大きな効果があったようで、それがウォッチャーの上の言葉となったのだろう。そう言えば、「喧嘩は男の華」の本郷七郎さんも、四半世紀振りに受話器に飛び込んできた小生の声を耳にして、「元気そうだね!」と言ってくれたのを思い出した。

ここに来てトランプと金正恩が急接近しつつある今日、外見からして心配なのが金正恩同委員長の健康である。プーチンを筆頭に、今後は世界をリードしていく一人であるだけに、一日一食の生活を実践する等、健康管理に気を配って欲しいと思った。以下は、亀さんが一日一食を実践すると、周囲に言いふらしていた頃の記事でR。
まるで行者…

魔王様としゅんくん
いつもの年であれば、必ず元旦に届くように年賀状を12月中旬までには投函していた亀さんだったのだが、今年に限って未だに年賀状を認めていない。それだけ、連日仕事の締め切りに追われていたっつうワケだ。

しかし、先方から届く年賀状は毎年楽しみ(爆)。今日の元旦も、全国各地の友人知人から年賀状が届いたんだが、その中の一枚に思わず目が釘付けになったwww。

それは、和歌山は田辺市の親友からの年賀状である。実に、ほのぼのとした漫画が描いてあり、そんな友人の年賀状を毎年受け取るのを楽しみにしている亀さんなのだが、今年の場合、友人の下手くそな字で以下のように書いてあるのを目にして、亀さんはアッと驚く為五郎…

まんが家の娘
カドカワより
コミックの2巻目
好評発売中
(PR)


と、あるではないか…。えっ、彼奴の娘が漫画家として天下のカドカワからコミックを…。早速友人に電話を入れ、アレコレ聞いてみた。「娘さんが出したコミックの題名、そしてペンネームは?」

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それが以下のコミックだ。


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魔王様としゅんくん 1


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魔王様としゅんくん 2


話が一段落した後、娘さんのほのぼのとしたイラストを毎年見て、こちらまで心が温まるヨと伝え、それから友人と四方山話をしたのだが、実に興味深いエピソードを教えれてくれた。たとえば、叔父が南方熊楠に会っているつう話や、別の叔父が結婚する時、仲人を合気道の開祖・植芝盛平が快く受けてくれたといった、実に興味深いエピソードの数々を友人は披露してくれたのでR。

ついでに友人に訊いてみた。友人の若い頃は南方熊楠にソックリなので、つい、「もしかして、お前は南方熊楠と姻戚関係?」と尋ねてみたのである。残念ながら、ソーではなかった(ガッカリ)。ソーだよね、ソーであれば今頃は田舎のGさんで、終わっているハズがない!(上のイラストの左端が亀さんの親友のK君…)

電話の後、アマゾンで確認したんだが、実に味わいのあるコミック…、掲示板「放知技」の堺のおっさんが大ファンだという、『よつばと』をつい思い出した。ついでに、亀さんは同コミックについて記事にしているので、関心のある読者がいたら、読んでもらえると嬉しい。
いぃ~ねぇ、よつばと!

ここで、亀さんから読者の皆様に心からのお願い…。この若き漫画家を世に送り出すため、アマゾンで友人の娘さんの漫画を「なか見検索!」で確認し、気に入ったら買ってやっていただきたいんだが………。拙ブログで、こんなお願いを読者にするのは、実は初めてなんで慣れていないんだが、親友の娘さんともなれば、心から応援したくなるつうのが亀ごころ…、ではなくて、おじさんごころつうワケなのだ。

逆打ち
拙稿「南方マンダラ」で、亀さんは以下のように書いた。

12月9日、抜けるような青空のもと、掲示板「放知技」の読者5名と天覧山・多峯主山を散策、久方振りに森林浴を楽しんできた。


実は、掲示板「放知技」の仲間を山に連れて行く前に、飯能駅から山に向かう道中にある亀さん家の菩提寺に寄り、粗末な亀さん家の墓に案内している。その菩提寺の境内に空海の立象があるのだが、「空海の立象を廻ると、四国八十八ヶ所を廻ったのと同じ御利益がある」と、タコにもイカにも物知り顔風に亀さんは説明したのである。そして自ら空海立象を廻ってみせた…。

ところがである。近くにあった案内板を読んだ仲間の一人が、「アレ、今の亀さんは右廻り…。案内板には左廻りが正式と書いてある」、と言うではないか…。

今頃になって気になったので先ほどネットで確認したところ、「逆打ち」というものがあるのを知った。以下のサイトを参照していただきたいが、たしか大分前に見たNHKの四国巡礼の番組でも、逆打ちを取り上げているのを思い出したのである。
四国八十八ヶ所・逆打ち(反時計回りにまわる意味とは?)

今から思うに、あの時はドーシテ、無意識に右廻りをしたのか…。菩提寺を訪れる度に、元気だった母が決まって空海立像を左廻りする光景が、目に焼き付いていたはずなのに…。その刹那、思わず震えがきた。このあたりについては、いずれ書きたいと思う。

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放知技の仲間を案内した21年前の菩提寺

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旧盆の墓参りをする母と息子

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弘法大師立像

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弘法大師立象を左廻りする母と姪

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冷たい飲み物を頂戴する姪と息子

南方マンダラ
12月9日、抜けるような青空のもと、掲示板「放知技」の読者5名と天覧山・多峯主山を散策、久方振りに森林浴を楽しんできた。そして帰宅した翌日、録画しておいた同日放送のTVシンポジウム(NHK)、「いのちのマンダラに生かされる~今に息づく南方熊楠の思想~」を見たのである。

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南方熊楠林中裸像(和歌山県西牟婁郡上富田町にて1910年撮影)

実に示唆に富む番組であった。番組を見終わって再確認できたことは、「熊楠は現代日本人の道標 我々の進むべき道」ということである。自然の懐に抱かれた翌日同番組を見ただけに、なおさらその感を強くした。

では、何故に熊楠は「道標、進むべき道」と亀さんは思っているのか? それは、南方マンダラ(南方の曼荼羅)にある。では、南方マンダラとは何かだが、こればかりは亀さんの下手な解説よりも、鶴見和子の「南方熊楠の曼荼羅論」に接した方が早い。

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鶴見は南方マンダラについて、以下のような言葉で的確に表現している。

 熊楠は、真言密教の曼荼羅を、科学の方法論のモデルとして読み替えたのである。

 熊楠がロンドンに居たころの19世紀の科学は、ニュートン力学が支配的パラダイムであった。それは因果律-必然性-の発見を究極の目標としていた。これに対し熊楠は、因果律は必然性を明らかにする性質があるが、自然現象も社会現象も必然性だけでは捕らえられないと考えた。必然性と偶然性との両面から捕らえるのでなければ真実はわからない。

 仏教は因縁を説く。因は因果律-必然性-であって、縁は偶然性である。したがって科学の方法論としては、仏教のほうがニュートン力学を超えていると喝破したのである。


近代科学とその限界については、拙稿「生と死を見つめる 2」でも以下のように書いた。

大学病院の医師らは、人間的に良い人たちが多いのが分かるのだし、日々研鑽に励んでいるのも分かる。だが、彼らは細分化された医学のホンの一部に詳しいというだけで、人間の身体については偏った見方に陥っている、


換言すれば、今の医者は人体の一部だけやたらに詳しく、人体の全体を捉えて目の前の患者を診断することができない。だから、直感、熊楠の言葉を借りれば「やりあて」が働かないのである。やりあてというのは熊楠の独創語だが、以下の記事でやりあての大凡の概念が掴めるはずだ。
公開講座:南方熊楠の新次元

さて、ここまで書いた時点で、一気に上の鶴見女史の記事に目を通してみたところ、最後の段落に目が留まった。

 古代インドに発祥し、密教とともに日本に伝来したこの曼荼羅の思想を、今、南方熊楠が生きていたら、これこそ諸宗教・諸文明の交流・対話の思想であり、未来に向かって人類が地球上に生き残るための平和共生への道すじだと、高らかに主張するのではないだろうか。


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まさに、昨日のNHKの番組を見ながら脳裏に浮かんだ、「熊楠は現代日本人の道標 我々の進むべき道」と、根底で相通じるものがある。今後も折に触れ、熊楠の世界を書いていきたい。

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昭和天皇の御製

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孫文と熊楠

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熊楠と管鮑の交わりだった土宜法龍

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『Nature』に掲載された熊楠の論文数は50篇

【追記】
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浜松の農業王さん投稿の写真


洞察歯観のすすめ(27)
ここんところ、連日のように仕事の締め切りに追われ、なかなかブログ更新とまではいかない。そんな折、救いの手が差延べられた…。歯科&音楽ウォッチャーさんである。ここ2ヶ月ほど山の便りがなかったので、信州の山奥で遭難でもしたのかと、チト心配していたんだが、どうやら生きていたようでホッとしたwww。

早速、以下に歯科&音楽ウォッチャーさんの便りを転載しておこう。テーマは「亀」…、ではなくて「噛め」でR。大変参考になる話なので、健康に関心のある読者は今回も必読デス。

それから、還暦を過ぎてからピアノの練習を始めたという、歯科&音楽ウォッチャーさんの友人の話も出てくるんだが、亀さんはピアノはやらないが、毎日10時間も仕事でパソコンのキーボードを叩いている。だから、コレもピアノと同じ効果が期待できるのかも…。

~~ボケボケ防止~~
ここ暫く、貧乏暇なし・・・忙しく動いておりましたが、やっと一息ついております・・・と思いきや、もう師走!一息入れて年末、
クリスマスのネオン祭りあたりまでは忙しさが続きそうです。

さて、一息ついて久しぶりに、ホルショフスキーのピアノを聴いております・・・1991年6月、ロンドンでのライブ音源。
この時、ホルショフスキー、99歳。枯れるどころか、艶のあるやさしい音を聞かせてくれます。 コンサート・ピアニストとして多くの聴衆を前にして演奏するエネルギーは、いったいどこから沸いてくるのか・・・1987年、12月。東京カザルス・ホールにて来日コンサートを行った時のライブ映像をみると、100歳近い高齢を感じさせない・・・どころか、10代のやんちゃ坊主を思わせる悪戯っぽく笑みを浮かべる場面もみられます。
ホルショフスキーのように・・・というわけではありませんが、仕事を退き、60の手習いとばかり、ピアノ教室にせっせと通っている友人がおります。なぜ、ピアノを選んだのかと聞いてみると、
「ボケ防止によさそうなので・・・」
という答えが返ってきたのですが、習い始めて半年ほど。今のところ、何とか続いているようです。ピアノ教室の先生によると、ピアノは脳によい刺激を与えてくれる要素が多々あり、指を使うことで脳が活性化し、ボケボケ防止にはもってこい・・・とのこと!

ボケボケ防止に音楽教室通いが健康法のひとつなら、我が家で出来る「噛む噛む」健康スタイルもある。

今からざっと100年ほど前のこと。
時計商人のホーレス・フレッチャーというリッチマンがおりまして、雇いのコックを5人抱え、美食の日々を送っていたところが、
「立てば、ビア樽 座れば、肉まん 歩く姿は、ボンレスハム」
といった状態になり、40歳にして、身長171センチ。体重が、約100キロ。
美食三昧から体調不良をおこし、病魔にとりつかれ、絶望感に陥るも、そこから心機一転。健康を取り戻すため苦労を重ねた末、噛む健康法を編みだし、「噛む健康法・虎の巻き食べ方12条」を作り上げました。
下記 ・・・その12条を紹介してみます。


「噛む健康法 虎の巻」

第1条
腹が大いに減り、運動や仕事の後に自然に出てきた食欲が、どうしても食べずにはいられない段階になるまで、我慢して食べないほうがよい。

第2条
その時に食べる食品は、食品の精神真理的な面も十分に頭に入れて、今最もほしいものを選んで順番を立てる。その時、食品の取り合わせについては、厳密に学問上の原則を気にかける必要はない。

第3条
口に入れた一塊の食べ物は、十分に噛んで砕いて、噛んでいるうちに出てくる唾液としっかり混ぜ、何度もかむこと。そうすることで、飲み込みの反射が自然に働き、食道が開き、食べ物が流れ込む。口に中に残った分は、また繰り返し同様にするが決して強い力での噛みすぎや、過度に長い咀嚼はしないこと。

第4条
食事の時には、ただ一心に食べることを楽しむこと。美味しいという感覚を思うままに働かせて、それぞれの口に合うものを食べるがよい。食事中は精神を口の中に集中して、いわば、「ゆっくりゆっくり 良く噛んでたべる」ようにすること。何か気にかかることがあっても、食事中はそれを一切考えない。気にかけないこと。ひどく忙しく、つめて頭を使うことがあったとしたら、その日だけ一食にしてもよい。仕事が終わってから食べる。もし、気がむしゃくしゃしたり、原が立ったり、とても気持ちが沈んだり、何か悪いことがあったりした時は、一度くらいなら食事はしないほうがよい。そうした時は、食べ物が思うように体内で利用されないで身体の具合を悪くするから、気分の回復を待つ。今、口の中の食べ物がどんなふうに噛まれたのだろうか?唾液がうまく混ざったか?さて、どんな味が出てくるのか?などと、そっと様子を探って食べ物に集中することを忘れてはならない。そうすると、唾液ばかりでなく胃液の分泌も盛んになってくる。

第5条
よくよく腹加減に気をつけて大抵のところで止めておく。うまい!といってむやみやたらに食べない。腹八分目がよい。「腹八分は医者要らず」である。もっとも、フレッチャー式噛み方をすると、胃が自然に満足して詰め込もうとしても、そうはならない。つまり、満足感というものが自然に湧き出してくるから、もっとよい。

第6条
以上の点を固く守れば、食べ物は完全に消化する。わずかばかりの残り物ができても、ほとんど内臓をわずらわすことなく、糞便は力まなくても、そろりそろりと排泄される。まことに便利である。すなわち、便の量が減るということは本当にありがたい。

第7条
それに排泄された便はあまり臭くない。多く食べて、ろくに噛まないままで飲み込むと、腸内で細菌の働きが盛んになり、そのために大いに腐敗分解が行われるから、インドール、スカトールという臭み成分などができて悪く臭うが、フレッチャー式ならば大丈夫。

第8条
食べ物の種類にもよるが、このように行われると、出るものも順調に降りてくる。

第9条
便の重さは、一日せいぜい40~50グラムぐらいである。しかし、食物繊維の多いものを多く食べると多くなる。ただし、腐敗することが少ないため、腸内で毒素が生ぜず、有害な腸毒が血液に吸収されての自家中毒になることはない。したがって脳の働きも向上するし、ほかの臓器も病気にかからないから、健康上どれほどよいかが計り知れない。

第10条
食べるときには、なるべく汁物や液を避けるほうがよい。液体をとると、十分に咀嚼が出来ないし、唾液が食べ物とよく混ざらない。食事以外に水は飲むべし。

第11条
慣れないうちは、非常に根気がいるが、注意を集中し、がんばって一生懸命やれば、出来ないことはない。十分な唾液の分泌は、「口内消化」の大切な要素である。口内消化にさえ十分に気をつければ、次の胃の消化液分泌、その次もきちんと正しく行われる。

第12条
「フレッチャーの噛む健康法」を実行してみたいと思う人は、初めから過大な期待をかけないほうがよい。しかし、初めが肝心。はじめたら少しずつ実行していくことである。暫くしたら一度は、「ハタと壁に突き当たるところ」があり、不快感が生じるかもしれない。しかし、これは一時的なもので、これを乗り越えることが出来れば、あとは忍耐と、この法則の注意点を十分に頭に入れて実行したら、きっと成功できる。

咀嚼の心 母心。噛めば命の泉沸く!
噛むことは、脳を働かせ、消化を助け、味覚を刺激し、消化吸収を助け、知性を高め、精神を安定させ、老化防止、便秘予防、ストレス解消にも良し。


ーー追記ーー
噛む・・・といえば、英国の首相を4期にわたり務めた、ウイリアム・グラッドストンは、新聞記者から、85歳にして元気なのはどうしてかと質問され、
「天は、私たちに32本の歯を与えたから、食事をするときには、何時も32回噛んで飲み込むようにしている。
子供たちにも言い聞かせ、毎回確実に守らせている。だから、みんな元気だ」
と話したという。

ーー追記 その2--
そういえば、亀さんもよく噛んでました・・・女性の小指を!
若かりし頃の亀さんは、女性の小指を噛んで口説いたとか・・・口説かなかったとか・・・
差し迫ってきた忘年会ライブは、「あなたが 噛んだ 小指が痛い」 亀さんに小指を噛まれた妖艶なる女性がゲスト出演??





生と死を見つめる 3
NHKのBSプレミアムカフェ「生と死を見つめる」シリーズの最後は、「千の風になって」。同シリーズの他の二本と較べ、異質の番組であった。何故なら、死後の世界を取り扱ったテーマの番組だったからである。

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初回放送は2006年というから、今から11年ほど前になる。水先案内人は女優の木村多江さん、最愛の人を失ったら、人はどうすれば生きていけるのかと、最愛の父親を失った木村さんは、国内外で自身同様に最愛の人を失った、多くの人たちと悲しみを分かち合い、彼女自身が次第に癒やされていくという内容の番組だ。そして、同番組を支えていたものこそ、「千の風になって」という詩であった。

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以下は、番組で印象に残ったシーンである。

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亀さんも過去に最愛の人を含め、親しかった友人や知人との別れを幾度か体験している。そして、最近になって時折思い出すのが、今東光和尚の言葉である。拙稿「神や運命について」にも載せているが、ここでも和尚の言葉を再掲しておこう。

神や運命について
人類が続く限り、神とか運命とかいう言葉は、人の心にいつまでも宿ってはなれないだろう。実際、真摯な努力を続けてゆく人間ほど、自己の生涯に運命的なものを感じるのではないかと思う。ぼくには、この世の人間の営みには人の力の及ばない何かの力が作用しているのではないかと思えてならない。今先生は、これについてどうお考えになるか。
(大分県臼杵市 19歳 H・Y)

それは確かにおめえの言う通りなんだ。おめえみたいな人こそが、仏教なりキリスト教なりを少し覗いて、信仰の道に入って神や仏というものと接心することが大切だ。「接心」とは神なり仏なりと心を接し、道を求めることで、おめえなんかには非常にいいことじゃないかと思うね。

四国巡礼は菅笠に「同行二人」と書くんだが、これは弘法大師…お大師さんが「わしは常におまえらと一緒に居るんだ」と教えて人々を安心させたことから来ているんでね。だからいつでもその巡礼者は同行二人になる。私とお大師さん、お大師さんと私というものが歩いてて、一緒に四国八十八力所をご遍路できるという安心で、みんな常にこの言葉を書くんだ。

またキリスト教でも、キリストがいわゆるダマスカスで現れて、「我汝らと共に在り。安心せよ」と言った。この「我汝らと共に在り」という言葉がクリスチャンにとって非常に強い言葉でね。だからキリスト教徒は、キリストが常に自分と一緒にいるんだと信じている。つまり、「同行二人」と同じことだろう?

弘法大師も「我汝らと共に在り」と言っているから、あの四国の断崖絶壁でも、山野を越えて八十八ヵ所をご遍路できると同じようにキリスト教徒もまた、いかなる難難辛苦に遭おうとも「我汝らと共に在り」だから「ああ自分の苦しさはキリストがわかってくれている。悲しみはキリストがわかってくれている」と安心できるわけだ。これ、両者とも同じ考えなんだよ。

おめえは、どうも自分の力だけで生きているような気がしないというのは、何かが「我汝らと共に在り」、そういうものの暗示を受けているわけだから、非常にいい精神と言える。だから謙虚な気持ちで「私は誰かと共に在る」と信じろ。それが亡き父であるか、亡き母であるか、亡き兄であるか亡き姉であるかもわからんが、常に誰かが自分を保護していると意識していることが大切だ。

オレもこの年になって「我汝らと共に在り」と同じように、オレにはやっぱりそういう仏神が常についてくれているという、一つの安心感があるね。たとえばオレが病気で苦しんでいると、そばに占星術の大家がいてくれて「いまが最悪の時。あと半月でこの病気の星は去っていくからご心配なく」と言って慰めてくれるし、易をやる人がまた易で「今年は病占が出ていたけど、それも今年の暮れに脱出できます」と言って鼓舞してくれる。オレはまだ天台の寺を復興しなくちゃならないというような大きな役を持っている。そこで仏が、「やはり、まだ今東光を死なせてはならんぞ。もう少しあれを働かせにゃならん」と、オレの寿命を延ばしているのがオレにははっきりわかる。これもまたオレの宿命だと思っているんだ。まさにおめえの言う通りでね。

『続 極道辻説法』p.170~


年齢を重ねた今、和尚の言う「我汝らと共に在り」、日増しに強く感じるようになった自分がいる。

生と死を見つめる 2
NHKのBSプレミアムカフェ「生と死を見つめる」シリーズの二本目は、「百万回の永訣 柳原和子 がんを生き抜く」という、ガンと闘うノンフィクション作家・柳原和子を追ったドキュメンタリー番組であった。末期ガンを患う親戚や知人が身近にいるだけに、最近は医療とガン、そして生死について考えることが多くなったこともあり、同番組を最後まで見てしまった。そして、柳原ほどの知識人にして、ガンになったら病院へ行くものと、最後の最後まで思い込んでいた様子が強く印象に残った。

もし、柳原が病院に行くことなく、拙稿「健康が全て」にも転載した飯山一郎さんの提唱する、「現在の体質を変えるための最も簡便な方法」を実践していたとしたら、今でも彼女は元気に活躍していた可能性が高い。

このように書くと、「エッ、病気になったら、病院へ行くのが当然では?」というのが大方の反応だろう。

しかし、「現在の体質を変えるための最も簡便な方法」を世に提起した飯山さんは、「病院には行くな!」とすら言い切る。亀さんもその通りだと思う。無論、番組に登場していた大学病院の医師らは、人間的に良い人たちが多いのが分かるのだし、日々研鑽に励んでいるのも分かる。だが、彼らは細分化された医学のホンの一部に詳しいというだけで、人間の身体については偏った見方に陥っている、早く言えば無知なのである。

亀さんは人体というものを深く追求するため、千島喜久男の『血液と健康の知恵』(地湧社)、三木成夫や西原克成らの一連の書籍に目を通し、かつ飯山さんが提唱する乳酸菌や健康法を採り入れたことによって、若い頃よりも今の方が健康なのではとすら思えるのだ。

入院したら最後、確実に死期を早める。

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大木を見上げる柳原和子

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柳原の著した『がん患者学』

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ガン治療方法について、友人の近藤誠医師にセカンドオピニオンを求める柳原

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大学病院の医師や看護婦が参加するセミナーに講師として招かれた柳原

生と死を見つめる 1
NHKのBSプレミアムカフェで三夜にわたり、「生と死を見つめる」と題するシリーズが放送された。

新藤兼人95歳 人生との格闘果てず
百万回の永訣 柳原和子 がんを生き抜く
千の風になって


BSプレミアムカフェはシリーズものを放送することが多いが、亀さんは気になるテーマの番組だけを見ることが多く、それも始めから終わりまで見ることは滅多にない。しかし、今回の「生と死を見つめる」シリーズの場合、初めて全番組、それもすべて通しで見た。

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番組内容はテーマごとに異なっていたので、一本ずつ取り上げていこう。最初は「新藤兼人95歳 人生との格闘果てず」。この番組は2008年に公開された新藤兼人監督95歳の時の作品、「石内尋常高等小學校 花は散れども}の撮影現場での模様を中心に構成されていた。そして、同番組を見ながら新藤監督の「一枚のハガキ」を思い出したのである(拙稿「大竹しのぶという女優」参照)。「一枚のハガキ」では大竹しのぶと豊川悦司が主演していたが、同映画でも二人の主演であった。ちなみに、亀さんは大竹しのぶについては表の顔しか本ブログに書いていないが、実は大竹しのぶには裏の顔もある。
男狂いは還暦過ぎてますますの大竹しのぶに続くあの女!!

大竹しのぶの裏の顔はともかく、番組の新藤監督を見て、ふと三木武吉が末期に語った以下の言葉を思い出した。

死期が迫った1956年、枕元に呼んだ馬場元治に「こどもをよろしく」と消え入るような声で伝えたが、馬場は「妾もたくさん、子もたくさん。さてはて、どの子どものことか」と思ったが、三木が亡くなってからはたと気がついた。「こども」は「子ども」ではなくて「こだま=児玉誉士夫」のことだったのだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%9C%A8%E6%AD%A6%E5%90%89


また、三木の以下の言葉は、あまりにも有名だ。

私の前に立ったフケ(=福家)ば飛ぶような候補者がある有力候補と申したのは、不肖この三木武吉であります。なるべくなら、皆さんの貴重なる一票は、先の無力候補に投ぜられるより、有力候補たる私に…と、三木は考えます。なお、正確を期さねばならんので、さきの無力候補の数字的間違いを、ここで訂正しておきます。私には、妾が4人あると申されたが、事実は5人であります。5を4と数えるごとき、小学校一年生といえども、恥とすべきであります。1つ数え損なったとみえます。ただし、5人の女性たちは、今日ではいずれも老来廃馬と相成り、役には立ちませぬ。が、これを捨て去るごとき不人情は、三木武吉にはできませんから、みな今日も養っております。


番組を通じて新藤監督も、なかなかアチラの方で頑張ったことが分かる。そんな新藤監督だからこそ、大竹を主演女優に選んだのだと思った。それは兎も角、95歳という高齢、足腰が弱って自力で歩けないので、車いすに乗って撮影現場に赴き、かつ緑内障を患っていたため目は良く見えなかったはずなのに、それでも現場監督を務め通した気力、その執念には恐れ入った。人間、最後の最後まで現役であらねばならぬと、つくづく思った次第である。

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車いすを押してもらいつつ、撮影現場に向かう新藤監督

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撮影現場で大竹しのぶと

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老人ホームに入居することになった市本先生を運ぶシーンの撮影風景

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映画の主人公になった恩師を囲む同窓会に出席するため、数十年ぶりに帰郷した新藤監督

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二番目の妻が逝去した後に結婚した、三番目の妻の乙羽信子と。大竹しのぶ演じる二番目の妻の心境は如何許りか…。

てくのぱぱさんのメール
読者の一人、てくのぱぱさんから以下のようなコメントが、拙ブログ「人生は冥土までの暇潰し」の「拍手」欄を通して届いた。

久しぶりに投稿します。今回の亀さんのブログは特によかったっと思い拍手しました。今年初めから、亀さんの政治に関するブログはほとんど飯山さんの受け売りでその点に関してはぼくはどうしても同意できませんでした。ぼくは過去の自分のブログで崇拝者を作ってはいけないという意味の記事を書きましたが、生意気ながらそれは亀さんに発したものです。こういう私ではありますが忘年会に出席してもよろしいでしょうか。「排除」されるならそれはそれで結構です。


それに対して、亀さんは以下のように認めており、てくのぱぱさん本人の了解を得た上で、以下に公開する。

てくのぱぱさん、お久しぶりです。

さて、てくのぱぱさんのメールを拝読し、やや誤解があるようなので一言付け加えさせていただきます。

■崇拝者
てくのぱぱさんは恰も小生が飯山一郎さんを、崇拝(崇め敬うこと。信仰すること)しているといったニュアンスで書いておられますが、小生は飯山さんを崇拝しているわけではありません。「同志」(飯山さんの表現を借りれば「仲間」)と思っています。

ここで云う同志とは、文字通り〝志〟を同じうする者という意味であり、具体的に云えば、我々を生み、育んでくれた日本、そして我々の子どもや孫、さらには日本民族の未来永劫の繁栄と発展という願いが根底にあります。

加えて、拙稿「孤高たれ」に書いた、以下の小生の拙文を思い出していただければ幸いです。

人は己れを生み育んでくれた、祖国の内部崩壊を如何に食い止めるかという、大義を第一において行動するというのが本来のあるべき姿であることに思い致すに、日本社会のネバネバした納豆の糸という人間関係を断ち切り、孤高に徹する勇気が、国難に直面している今こそ必要な時はない。


■受け売り
小生のブログ記事は「ほとんど飯山さんの受け売り」との由、そう思っていただいているのだとしたら、これ以上光栄なことはありません。何故なら、飯山さんが精力的に書いておられる、政治についてのHP記事や掲示板「放知技」への投稿、ほぼ小生は同意できるからです。

一方、てくのぱぱさんの「飯山一郎と朝堂院大覚」という記事を読み、てくのぱぱさんは飯山派ではなく朝堂院派であることが、文面から暗に読み取れます。

安倍総理は売国奴だと断定し一刻も早い政権交代が必要であり、最もまともな政党は共産党だ…


ここに、てくのぱぱさんの政治観と小生のそれとは、大きな隔たりがあることが分かります。しかし、十人十色という格言があるように、人それぞれであり、意見の食い違いがあって当然ではないでしょうか。むしろ、大切なのは常に自分の考えは本当に正しいのだろうかと、自己チェックを絶えず行っていくことだと思っております。そして、自分の考えが間違っていることが分かったら、それを潔く認め、軌道修正を行っていくことが肝心なのではと愚考します。

■忘年会
パーティでは政治や宗教の話をするべからずという、先人の教えがあります。今回はパーティではなくて忘年会という違いはあるものの、忘年会や艶会(宴会)も何等変わるところはなく、それぞれの政治観や宗教観が異なるのは当然のことであり、その違いを認めた上で酒を酌み交わし、楽しい一時を過ごす、これで良いのではないでしょうか。そもそも、てくのぱぱさんが忘年会をやろうと掲示板「放知技」に投稿した言い出しっぺなのですから、いまさら参加できないなどとは言わせません象。(爆)

亀さん
こちらに投稿するのは久しぶりですが、今年飯能スリーデーマーチに参加した人、参加できなかったけど参加したかった人、その他亀さんのファンを対象に忘年会をやりませんか?
ぼくはあの時行った中華料理店が忘れられません。美味しかったし安かったし。12月あたりが無理だったら、1月、2月の新年会でもいいと思いますが。。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/153/


では、当日を楽しみにしております。


亀さん拝


【追伸】
以下は、てくのぱぱさんの掲載承諾のメールでR。

亀さん
お世話になります。
私のコメントとそれに対する亀さんのコメントを亀さんのブログでアップして良いかというお話ですが、もちろん結構です、というより光栄です。
おそらく飯山さんと亀さんの安倍首相に関するご意見に違和感を持っている(飯山さんと亀さんのブログの)読者も多いと思いますので、その代表(笑)として紹介していただけることはありがたいことです。
確かに現時点では安倍首相の評価に関しては飯山さんや亀さんよりも朝堂院の言うことの方が真実に近いのではないかと私は思っておりますが、安倍スキャンダルがジャパン・ハンドラーズによって仕掛けられたというのも真実かと思います。マスコミが一斉に報道する時には裏にジャパン・ハンドラーズがいるというのは常識ですから。
それにしても飯山さんも亀さんも朝堂院も日本と日本人を愛する国士であり、プーチンを高く評価し、ロシア・中国・南北朝鮮と仲良くすべきという考えは一緒なのに、安倍首相の評価が180度違うのはなぜかというのは私にとって謎です。
それはそれとして、今回私のコメントに過去の記事まで引用してご丁寧に回答していただき、改めて亀さんの心の広いことに感動いたしました。
忘年会、すっきりした気持ちで参加させていただきます。
コタツを出したりしていて(笑)ご連絡が遅れ、申し訳ありませんでした。