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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
東京物語
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「東京物語」

昨日は原節子を偲ぶということで、小津安二郎監督の「東京物語」をNHKが急遽放送、数年ぶりに同映画を鑑賞した。改めて同映画の制作時期が昭和28年と、亀さんの生まれた年だったことを思い出し、自分の生まれた当時の日本の原風景が、目の前で展開して感無量であった。都心を走る路面電車、今も残る銀座の旧服部時計店、亀さんの父親が勤務していた国鉄の職場風景など…。国鉄と云えば、尾道に住む平山周吉(笠智衆)・とみ(東山千栄子)老夫婦が、夜行列車で丸一日かけて上京するシーンが登場していたが、当時は新幹線なぞ走っていなかったのだ(新幹線の開通は東京オリンピックのあった1964年10月1日)。

今回最も印象に残ったシーンは、平山老夫婦を自分のアパートに招待した紀子(原節子)が、平山老人が酒好きということで、隣室の奥さんに三分の一ほど残っていた一升瓶を、そのまま分けてもらうシーンだ。隣近所同士で酒や醤油などを融通し合うというのは、今の日本では想像もできないかもしれないが、当時は至極当たり前に見られた光景だったのである。

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「明日は来らず」

それにしても、「東京物語」を見ていると、脈々と流れる映画のDNAを感じざるを得ない。ご存じのように、「東京物語」は1937年公開されたレオ・マッケリー監督の「明日は来らず」が下敷きになっており、さらに後年、その小津監督の「東京物語」を下敷きに、山田洋次監督が「東京家族」を制作している。後世の日本映画を制作する人たちに、福島原発事故によって間もなく滅ぶ祖国日本、その日本が滅んだ後の新・「東京物語」を制作してもらいたいものだと、「東京物語」を見ながらぼんやりと思った。

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「東京家族」

さて、「東京物語」で小津監督が描こうとしたのは、家族の繋がりの喪失についてだったが、その一因が戦後取り入れたアメリカ型の食生活にあると亀さんは思っていたところ、神計らいで昨夜目を通した渡辺正次郎氏の『黙ってられるか!』(明窓出版)にも同様のことが書かれていたので、少々長くなるものの以下に引用しておこう(太字・傍線は亀さん)

※敗戦直後、アメリカが日本民族滅亡を狙い持ち込んだもの
欧米文化が持ち込んだもので日本人から忍耐強い体、根性ある精神を奪い取った許せないものは、
「四つ足(獣)の肉と血」
である。
日本民族は、農耕を主とする永い永い歴史を持つ民族であった。主食は米、ヒエ、麦(穀物)であった。毎日の食事は、米を主とし、野菜、根菜類であり、多少裕福な家庭は、これに少しの小魚が加わっていた。これらはすべてアルカリ性食物である。
この食生活が、日本民族の性格を温厚にし、耐えることを覚えさせ、根性を養ったことは間違いない。
食物を育てるために、雨の日も風の日も、雪や嵐の日も、山を切り開き畑を耕し、種を蒔き、土を被せ、水を与え、成長を妨げる雑草、害虫を取り、強風から守り続けてきた。これを三か月、半年続けてようやく収穫となる。この繰り返しを三千年以上(数十万年説もある)に渡って続けた民族こそ日本民族である。
山、川、谷そして田團の中でのこの行為が日本民族の情感と情緒を養い、
「思いやりの精神」
と、
「慈しみの心」
を育んでくれたのである。
これが、赤ん坊の成長を見守る慈母の心と、妻と子を守る父親の強い精神力を育てたのだ。
第二次世界大戦で世界を相手に戦った日本。その日本人をアメリ力が一番恐れたものは何だったか。それは二つあった。
ひとつは、
『太陽(神)と大地(神)』
に感謝し、常に太陽と大地と共に歩む民族の、家族愛、精神力、団結力、天皇への忠誠心であり、もうひとつは食生活である。
アメリカ兵から見たら想像もつかないお粗末な食事である。ところがそこに気づくまでに時間がかかった。彼らが考える動物性食材が何もないのに、日本兵は絶対に降伏せず、ねばり強く戦い続ける。その精神力、体力はどこから生まれるのか。
それは彼らにとっては一種の恐怖でもあった。長い時間をかけて調査の結果、それは穀物、根菜、野菜の日本食にあることにようやく気がついたのだ、
日本兵の強さが、食べ物にあることを知らなかったアメリカを中心とした外国勢力は、始めのころ日本民族のお粗末な食生活、闘争心を剥き出しにしない民族を見て、一か月もあれば叩きつぶし、降伏させられるだろうと考えたのは間違いない。ところが違った。
『日本民族のため』
『アジア(欧米に植民地化された)の同胞のため』
と、戦い続ける日本民族の精神力に衝撃を受けた。例え一兵たりとも戦う。ジャングルで一年、二年、三年と、草を食い、木の根を食い、泥水を飲みながら戦い続ける肉体、それを支える精神力に彼らは恐怖を抱いたのだ。
彼らは、動物の肉がなければ体が動かないのだ。肉がなければ生きられない。その彼らとしては、日本民族が肉を食べずに戦えることに恐怖を感じたのも当然である。
戦後、彼ら占領軍たるアメリカは、日本民族の家族愛、団結力の村社会、天皇中心社会に恐れを抱き、それを崩壊させるために、
『団地政策』
を強制し、家族をバラバラにした。
これが核家族の始まりであり、両親、両祖母のいない、即ち叱るもの、教えるもの、道徳を説くもののいない自由気ままな家庭を作ったのだ。その上その家庭に、アメリカの乱れた文化をとめどなく送り込んだ。
同時に、
「日本人の身体は発育不全だ」
と肉食を徹底して強制した。
最初は牛の乳、牛乳から教え込んだ。牛乳で慣らし、米よりもパンが体に良いと嘘を教え、バターを教え、チーズを教え、とうとう肉を食い、血の滴る生肉に近いものまで食うことを教えこんだ。
長い時間をかけ、子供たちに牛乳を飲ませ、チーズ、バターを教え、ハンバーグを教えこみ肉食のとりこにして、子供たちに凶暴さを教えこんだと表現してもいい。
民族運動に携わるものとしては、日本民族魂、大和魂を国民に取り戻さすためには、こうしたことを国民に訴えていくことも必要であると思う。

※動物の血が人間を狂わせ人類滅亡の病を生む
日本では昭和の二十年代まで、医者が治せない病は両手で数えるほどしかなかった。ところが戦後からこっち、医者が直せない病気、原因のわからない病気がその数二百にも三百にも増えたといわれる。
こうした病気のほとんどがアメリ力を中心とした世界各国から入り込み、今や医者も手のつけられない不治の病が日本列島を覆い始めている。
現代の若い世代は知らないだろうが、梅毒も外国人が日本に持ち込んだもので、その梅毒をアメリ力大陸に持ち込んだのは、アメリ力大陸を発見したあのスペインのコロンブスである。
彼の人生は、船で航海に次ぐ航海だった。数か月、数年の船の生活の中に当然女性はいない。俗に言うノーマル(男女)セックスは不可能である。一説に寄れば、セックスに飢えた彼ら、コロンブスも船員たちも、自分たちの食料であった雌羊をセックスの対象にしたのだという。
そのような性行為を繰り返すことは、当然、人間と動物の血が混ざり合うことになり、無理な合体と生態の違う動物の血が混ざり、動物が病気を持っていれば人問にうつり、人間の持っていた病気も動物にもうつるだろう。また、その動物を人間が食うことにより、病原菌が人間の体内にも入る。その彼らが陸地を見つけては上陸し、その土地の女性と肉体関係を持つ。彼らの持つ病気は瞬く問にその島、陸に広がり世界に広がっていく。
最初にセックスを例に挙げたが、セックスだけではない。ひとつの動物には、とても人間が解明できないものがあって当然で、以前ヨーロッパで問題になった『狂牛病』などはその典型ではないか。その動物を殺し食料にし、肉と血を食う行為は、人間の血に動物の病気が入り込んで当然だろう。
太陽と大地の恵みを食料とした日本民族は、相当の抵抗力があったが、肉食の繰り返しの年月が経つにつれ、抵抗力は弱まり病にかかっていく。
昔は、大人の病気と言われた血圧の病気や糖尿病が、今では子供にも増えているのもそれが原因であるのは間違いないだろう。
肉食を主とするアメリカ人は心臓病、血圧、糖尿病が圧倒的に多いという。そのアメリカ人が、二十数年前に日本の穀物、野菜、根菜類中心の生活を見て、肉食中心から日本食に食生活を変えて、心臓病が三割も減ったことが報告されている事実さえある。
機械文明、物質文明の先進国は、日本人のモラルを崩壊させただけでなく、不治の病まで持ち込んできたのだ。
民族運動の諸君、国際化の波を避けられない時代であるのも認めざるを得ない。だが、動物の血を体内に取り込んだ凶暴な欧米人に、神国日本を好き勝手に汚染されては、子々孫々にまで禍根を残すことになることに気づいてほしい。せめて私たちから食生活を変え.ることもひとつの運動であろう。
ここで申し上げて置かなければならないのは、肉食に賛同している人の中から、
「それじゃ、沖縄はどうなんだ。本土より昔から肉を多く食ぺながら長生きをしているじゃないか」
と反論が出てくることだ。
残念ながら、これは沖縄の人達の本当の食生活を知らない人の言うことである。沖縄には肉料理を作るとき、遥か昔から伝えられた大変重要な言葉がある。それは、
「悪玉を出す」
という言葉だ。これは肉が人間に与える害を知っているからこそ伝えられた言葉で、
「肉を食べる時は、その肉の毒素をすべて出せ」
ということである。
改めて思い浮かべれば明らかだが沖縄は豚肉を良く食べる。だが、その豚肉はとことん煮込んで灰汁を出し切り、口に入れればとろける状態か、ゼラチン状態にしてある。これは動物の持つ血(毒素)を出し切ってしまう料理法で、琉球時代、いやその遥か昔から沖縄に伝えられた神の教えに基づいた料理法であったのだ。

『黙ってられるか!』p.139~

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過日お会いした『月刊日本』の山浦嘉久さんに、福島原発事故を起因とする内部被曝で大勢の人たちが死んでいる話をすると、古希を迎えた自分の同窓は未だにピンピンしている者が多いと言っておられたが、それは、卵を兄弟姉妹で分け合ってごはんを食べてきたという食生活にある(「今のわたしがあるのも あなたのおかげです」)。そして、戦後も基本的にご飯、味噌汁、菜っ葉という生活を、今でも続けている人たちは大変お元気だ。このあたりのヒントになりそうなのが、以下の2本の拙稿であり、この機会に再読してもらえたら幸いだ。
これからの時代は清酒と焼酎でいこう
まるで行者…
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