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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
やっぱり、山口百恵は菩薩だった
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1ヶ月ほど前にNHKで放送された、アナザーストーリーズの「山口百恵引退 覚悟のラストソング」、これを見て山口百恵について記事を書きたくなったんだが、フクイチ関連で書きたいことが多かったため、なかなか書く機会がなかった。幸い、現在はフクイチも落ち着いているようなので、落合莞爾さんの講演会を前に書いておこう。

このNHKの番組で思わず唸ったのは、わずか21歳の山口百恵が見せた人間性の素晴らしさだった。周囲に対する細やかな気配りもさることながら、一旦決めたことは最後まで貫き通すという芯の強さ、それでいて昔の映画で見るような大和撫子としての美しさを併せ持っている…、とても21歳の女性とは思えなかった。山口百恵の歌を多く作曲した阿木燿子も、番組の中で同様のことを語っていた。

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実は、山口百恵のことを書こうと思ったのに、もう一つの理由がある。それは、今からちょうど40年前の1975年に体験した、山口百恵についてのある思い出だ。その頃の亀さんは昼間学校に通いながら、住み込みで朝夕は新聞配達のアルバイトをしていた。まぁ、山田太郎クンだったワケだ(山田太郎と言っても、わかんねぇだろうなぁ…)。このあたり、拙ブログの「寅さんのことば 30」でも少し書いているので、古い読者は覚えているかもしれない…。

その頃の亀さんは、都内で住込みの新聞配達で学費を稼ぎながら、昼間の専門学校に通って貿易を学んでいた。新聞の住込み先は新宿三丁目だったんだが、三年間かけて世界を放浪していた時も面白かったけど、新宿三丁目での生活もケッコー面白かった(笑)。

初めて新聞配達を体験することになった亀さんに指導してくれたのは、ブタ箱(刑務所)でのお務めを終えたばかりの中年の元ヤクザで、毎晩互いに酒を酌み交わしながら色々な武勇伝を聞いたもんだよ。その他に家出して亀さん同様に住み込みで働くようになった、中学を卒業したばかりの男の子、店の売上げ全額を懐に夜逃げした配達員、東大を出ていながら定職に就かず、五木の子守歌が恐ろしく上手かった♪ヒッピー(風来坊)風のあんちゃん…。




上記の記事では、「東大を出ていながら定職に就かず、五木の子守歌が恐ろしく上手かった♪ヒッピー(風来坊)風のあんちゃん」と書いたが、正確には、「恐ろしく上手かった」というよりは、その男の歌う五木の子守歌に何とも言えぬ凄み、人間の悲しみで満ち溢れていたのだ。どのような人生を送ってきたのだろうか…、一度酒を酌み交わしつつ、じっくりと話を聞いてみようと思う間もなく、いつの間にかその男は新聞店からいなくなっていた。ともあれ、後にも先にも、あれより凄い五木の子守歌を聴いたことはない。

その男の五木の子守歌を聴いていた時、どういうわけか亀さんの弟も来ていた。彼は亀さんと違って歌がもの凄く上手く、ギターを弾きながら歌ってくれたのが、歌ってくれた曲の一つが山口百恵の歌だった。1975年当時の山口百恵は未だ16歳の少女だったはずで、そんな小娘の何処が良いのかと思いつつ、弟や他の新聞配達の同僚が熱心に山口百恵について語り合っているのを、酒を呑みながら耳を傾けていたのを覚えている。

本稿をほぼ書き上げたところで、何気なくネットで調べていたところ、NHKの上記番組でも大きく取り上げていた、山口百恵のファイナル・コンサートがDVDで発売されるのを知った。欲しいなぁ…。

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「百恵ちゃんの伝説から神話へ 日本武道館さよならコンサート・ライブ-完全オリジナル版- [DVD]
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