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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
プロへの分かれ道
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現在、高峰秀子著『わたしの渡世日記』(上・下巻)の新潮文庫版を、仕事の合間に夢中で読んでいる。同書を取り寄せたきっかけは、アマゾンで読んだ映画「キネマの天地」のコメントだった。

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同コメントで『わたしの渡世日記』を取り上げていたので、てっきり高峰秀子が田中絹代について書いた本だとばかり思って取り寄せたのだが、良い意味で期待を裏切られた。この本は、高峰秀子自らの半生を綴った自伝だったのである。昨夜、漸く『わたしの渡世日記』の上巻を読み終えたので、以下に印象に残った行を引用するとともに、亀さんのコメントを添えておこう。下巻もいずれ記事にしたいと思っている。

今でこそ家族の縁は薄く、親も子もない世の中になったが、当時はたとえ自分が干ぼしになろうとも、親子兄弟のためには一肌も二肌も脱ぐのが人の道であり世間の常識であった。
『わたしの渡世日記』(上巻)p.143


→親殺し・子殺しが当たり前の現代を生きる身として、昔と今との違いを思い知らされた行であった。

私は三越デパートの正面玄関に頑張っている二頭のライオンの銅像を見ると、どうしても谷崎潤一郎と梅原龍三郎の二人を思い出す。片や文学、片や絵画の神さまのような二人をライオンに喩えるのは失礼かも知れないけど、ライオンは百獣の王ということになっているから、まあ、かんべんしていただくとして、その貫禄、スケールの大きさ、人間的な魅力では日本広しといえども、両巨頭だと、私は思っている。
『わたしの渡世日記』(上巻)p.175


→その通りだと思う。たとえば谷崎潤一郎、今東光和尚が尊敬していた唯一の人物こそ、谷崎潤一郎だったことを知るだけに、改めて高峰秀子の人を見る眼の確かさを思った次第である。なお、谷崎潤一郎と今東光の交流については、和尚の『極道辻説法』を参照のこと。

私は無学のせいか、こわいもの知らずで、「偉い人」を恐れない。あちらがたまたま「偉い」だけで、こちらが「偉くない」だけで、人間であることに変わりはないからである。
『わたしの渡世日記』(上巻)p.176


→参ったね、確かにそのとおりだ。亀さんも無学だし、相手が誰であれ今までに遠慮なく会ってきただけに、全く以てその通りだと思うね。

もし、スクリーンの中の杉村春子に出会わなければ、私は、映画や芝居というものは、与えられた脚本の台詞を正確に覚えて、カメラや観客の前で、それらしく歌い、囀ればこと足りるのだ。記憶力さえあれば訳者は務まる、と思っていただろう。それでは物真似のうまい九官鳥ではないか。
『わたしの渡世日記』(上巻)p.270


→スクリーンの杉村春子と出会った高峰秀子は、幸運だったというべきだろう。亀さんが今だに大根役者(訳者)の域を出ないのは、高峰秀子にとっての杉村春子との出逢いがなかったからだ…(シミジミ…)。

私は心の中には以前として役者稼業に徹し切れない部分が、尾てい骨のように頑固にくっついていた。いや、正直に言えば、私自身が役者をしているくせに、どこかで役者稼業を見下している部分があった。というほうが当たっているかもしれない。「どうせ演(や)るなら、他人よりうまく演ろう」という気持ちはあったが、役者として悩んだことはない。馴れることに馴れすぎ、勉強を怠った自分が、心から恥ずかしかった。「好きも嫌いも仕事と割り切って、演る以上はプロに徹しよう。持てない興味もつとめて持とう。人間嫌いを返上して、もっと人間を知ろう。タクワンの臭みを、他人の五倍十倍に感じるようになろう」

私の眼からウロコが落ちた。それから三十年、曲がりなりにも役者の道を歩み続けて五十歳になったいま、あのときの山本嘉次郎の言葉がなかったら、いったい私はどうなっていただろう、と慄然とする。

『わたしの渡世日記』(上巻)p.351~352


→この行は『わたしの渡世日記』(上巻)のハイライトとも云うべき行で、是非同書を手にとって読者自ら目を通していただきたいと思っている。仕事、人生、恋愛、何でもよい。人間生きていると必ず壁にぶち当たる。そんな時、両親、先生、先輩など、誰かの言葉で、その後の人生が大きく変わるということは、亀さんのちっぽけな人生体験に照らし合わせてみても、確かにあり得るのだ。そして、その時は言われたことの深い意味が分からなくても、いずれ分かる時が来るのだし、さらには言われたことを今後の人生の糧にできるかどうかは、すべてそれを受け止める人にかかっている…、ということを高峰秀子の本を読んで改めて思った次第である。

ここで、ふと心に浮かんだ「キネマの天地」のワンシーンが以下のシーンだ。

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駆け出しの女優・田中小春(田中絹代)が初めて台詞のある役を、それも当時の大監督だった小津安二郎監督から、たった一言とは云えもらう。ところが、そのわずか一言の台詞のシーンで、なかなか小津監督のOKをもらえない小春…。途中、「外で深呼吸をして来なさい」と小津監督に言われ、外に出てきたところが上記のシーンである。このすぐあと、小春は深呼吸をして再び現場に戻るのだが、それを優しく見守る笠智衆演じる小使トモさんを見て、その演技の凄さに思わず唸った。

亀さんの息子も、このような体験を社会に出て、幾度か積み重ねていきながら一人前になっていくのだろうと思うと、胸が熱くなるシーンでもあった。
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