NHKで5月5日に放送された、「世界ふれあい街歩き」のサンパウロ/ ブラジルの録画を見た。1972年7月、アフリカのガンビアを飛び立ち大西洋を横断、ブラジルのリオデジャネイロに降りた亀さんは、亀なのでコパカバーナで一週間ほど甲羅干しをしてから、ベロオリゾンテ、ブラジリア、サンパウロ、サントスと旅し、最後にイグアスの滝を観光してブラジルを出国、お隣のパラグアイに入国している。当時のブラジルは人類の坩堝といった感の国だったが、43年後の今日に至ってさらに坩堝の度合いを深めていると、画面に映るサンパウロを見て思った。
この「世界ふれあい街歩き」という番組は、文字通り世界各地の街を歩き、地元の人たちとの温もりある交流を見せてくれる番組だ。今回のサンパウロ編も、街角の〝帽子屋さん〟との会話が面白かった。その帽子屋さんのルーツは、「ポルトガル系とイタリア系とアフリカ系とスペイン系だよ」とのことで、まさに人類の坩堝の街に住むパウリスタ(サンパウロ人)そのものだ。


亀さんは十代の頃に日本を飛び出して世界を放浪したので、3年ほど後に帰国した時は祖国日本の〝粗〟ばかりが目に付いたものである。かつ、秩父山地の麓という田舎に実家があって、戦前のような共同体の雰囲気が未だ残る土地柄だったため、何とも言えぬ息苦しさを感じたものである。だから、11年が経った1986年の新年早々、仕事でシンガポールに三週間ほど滞在をしていた時、どこか解放されたような気分になり、ホッとしたものだ。何故なら、シンガポールはサンパウロ同様、マレー系、インド系、中国系といった人類の坩堝の街だったからである。過日の拙稿「山窩のすすめ」に書いた、何事にも縛られない自由な生き方、つまり山窩的な生き様を貫く人たちで、サンパウロもシンガポールも溢れていたのだ。その意味で、近い将来において放射能のために、国外脱出をせざるを得なくなった場合を考えると、山窩的な生き様を貫いた方が海外では生活しやすいはずだ。
その山窩だが、アマゾンで確認したところ未読の山窩の本が数冊あったので、面白そうなのを2冊取り寄せてみた。『山に生きる人びと』(宮本常一 河出文庫)と『サンカの民と被差別の世界』(五木寛之 講談社)である。本の読後感は稿を改めて書きたいと思うが、特に五木寛之の「フーテンの寅さんへの憧れ」(p.243~)と題する章、これを叩き台に「山窩のすすめ」パート2を書けそうだ。

ともあれ、何事にも縛られず自由に行動する山窩的な生き方を一時でも体験したためか、旅番組が好きな亀さんである。たとえば国内に限っても、「新日本風土記」、「鶴瓶の家族に乾杯」、「サヘル・ローズのイチオシNIPPON」…、さらに国内から京都に的を絞っただけも良質の旅番組が目白押しだ。たとえば、「京都国宝浪漫」、「悠久への旅 とっておきの京都」、「高島礼子・日本の古都」、「古寺名刹 こころの百景」…など。

本稿をアップしようとした矢先、メルマガ「宮崎正弘の国際ニュース・早読み(号外)」が届いた。室谷克実との対談本『日本に惨敗し ついに終わる中国と韓国 』(徳間書店)発行のお知らせである。室谷克実については「山崎行太郎を応援する!」で叩いたことがあるが、そんな御仁と対談本を出すようでは宮崎正弘もお終いだね。
このように書くと、亀さんは親中派かと勘違いされそうだが、最近の「櫻井よしこも安倍晋三も「ネット右翼」である」と題する山崎氏の記事にある、「私は、どちらかと言えば、中国や中国人が好きではない。また、中国や中国人の言い分を擁護しようとも思はない」に亀さんは同意するものである。
さらに山崎は以下のように続けている。
櫻井よしこや金谷穣等の中国論は、「ヘイトスピーチ」レベルの中国論でしかない。中国嫌いの一部の日本人には受けるかもしれないが、この中国論は、日本人を貶めるものでしかないだろう。いつから、日本人は、こんなに下品で、無教養な日本人に堕落したのか http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20150522/1432239681
これは、宮崎正弘や室谷克実についても言えることだろう。サンパウロからヘイトスピーチへと横道に逸れてしまったが、今日はこの辺で…
- 関連記事
-
スポンサーサイト
|