プロフィール

亀さん

Author:亀さん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

kamesan

人生は冥土までの暇潰し

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
資本主義の終焉04
拙稿「資本主義の終焉02」で、『月刊日本』2014年十月号に掲載された水野和夫氏の記事、「安倍政権は成長主義と決別せよ!」を紹介した時、水野氏の記事を一読してピンと来たので『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)を取り寄せておいたのだが、実際に手にとって読み始めたのは半年が経過した一昨日であった。それはともかく、半日ほどかけて『資本主義の終焉と歴史の危機』をじっくりと読み進めたこともあり、久しぶりに赤線や青線で一杯の本になった。

■資本主義の次に来るもの
拙稿「資本主義の終焉02」で、亀さんは以下のように書いた。

クルーグマンの言う消費税10%どころか、さらに深刻な事態が引き起こされる可能性を、先々週のまほろば会の一部の出席者が指摘していた。たとえば、預金封鎖が強制的に実施され、自分たちの銀行預金を全て国に没収されるというケース、68年ぶりのデノミ実施といったケースなどである。その引き金となるのが、地球規模で起こるであろう地殻変動、藤原源太郎さんの言葉を借りれば「資本主義の終焉」ということになる。


「資本主義の終焉」と語っていた藤原さんが、「資本主義の後、どのような時代が来るのか分かっている者はいない」と漏らしておられたのを今でも覚えているが、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)も同様であり、資本主義が終焉したら次はどのような時代が来るのか、水野氏自身も青写真が描けていないのが以下の行からも窺えるのである。

その明確な解答を私は持ちあわせていません。というよりそれは一人でできるものではなく、中世から近代への転換期に、ホッブズ、デカルト、ニュートンがいたように、現代の知性を総動員する必要があると思います。(p.132)


数百年に一度という大転換期、より具体的に言えば、過去にあった荘園制・封建制から資本主義・主権国家体制への移行、水野氏はそれを「長い十六世紀」と称した。そして、「長い十六世紀」に匹敵する大転換期が目の前で展開しているとし、この大転換期を「長い十六世紀」と対比させる形で、「長い二十一世紀」と水野氏は称したのである。

つまり、封建社会が終焉し、資本主義を牽引車とする近代社会に移行してから五百年が経過、今度は脱近代社会とでも呼ぶべき時代に移行しつつあるのが現代なのだが、今の資本主義を乗り越えた新しい社会が出現するまでには、現人類の最高頭脳を結集したとしても、相当の年月がかかるであろうということが、「長い十六世紀」という歴史の教訓から想像がつくのである。

ここで、「長い十六世紀」と「長い二十一世紀」というアナロジーは、今という時代性を正確に把握する上で不可欠とすら思えてくるのであり、その意味で『資本主義の終焉と歴史の危機』の一読を一人でも多くの読者にお勧めしたい。アマゾンで確認したが、発売して一年以上が経っているというのに、今なおベストセラー1位についているのも頷けるのだ。

15040203.jpg

■次の覇権国は中国にあらず
最近の拙稿「中国の台頭、日本の凋落」および「中国の台頭、日本の凋落02」で、世界経済の新たな覇権国が中国であるかのような印象を与えたかもしれない。しかし、水野氏の『資本主義の終焉と歴史の危機』を正確に読み通せば、次の覇権国が中国ではないということが分かるのだ。そのあたりを正確に理解していただく意味で、少々長くなるが以下に引用しておこう(傍線は亀さん)。

グローバリゼーションが危機を加速する
シュミットの『陸と海と』を参照しながら、私は二一世紀を「海の国に対する陸の国のたたかいの世紀」と位置づけ、近代において海を支配して覇権を握った英米に対して、陸の国であるEUやBRICSなどの新興諸国が優位に立とうとしているのではないか、と考えてきました。

現在の状況を見れば、海の帝国である英米の衰退に加えて、EUも停滞しているのですから、もうひとつの陸の大国である中国を代表とするユーラシア大陸の国が、今後しばらくは成長を謳歌していくでしょう。

ただ、それもマクロな視野で見るならば、たかだか数十年の一時的なものにすぎないのです。すでに説明したように、新興国の成長は「近代」という土俵のうえでのことであり、現在の中国やインドの成長と日本の高度経済成長を重ねて見ることが多いように、それはかつての日本と同じ姿なのです。オランダやイギリスが「長い一六世紀」にスペインやイタリアにとってかわって世界のリーダーになれたのは、中世封建システムにとってかわる近代システムを持ち出したからです。

結局、近代を延命させようとする二一世紀のグローバリゼーションは、エネルギーが無限に消費できることを前提としていますから、一六世紀以来の近代の理念となんら変わりがありません。

したがって、近代の延長上で成長を続けている限りは、新興国もいずれ現在の先進国と同じ課題に直面していきます。

むしろ、グローバリゼーションによって成長が加速している分、遠くない将来に同様の危機が訪れるでしょう。すでに現在、少子高齢化やバブル危機、国内格差、環境問題などが新興国で危ぶまれていることからも、それは明らかです。

だとすれば、もはや近代資本主義の土俵のうえで、覇権交替があるとは考えられません。次の覇権は、資本主義とは異なるシステムを構築した国が握ることになります。

そしてその可能性をもっとも秘めている国が近代のピークを極めて最先端を走る日本なのです。しかし、日本は第三の矢である「成長戦略」をもっとも重視するアベノミクスに固執している限り、残念ながらそのチャンスを逃すことになりかねません。近代システムが盤石であるという前提で日本の経済政策の舵が取られていること、そしてその誤りと危険性について、次章で説明していきたいと思います。
(p.99)


以上、水野氏の主張に従えば、アベノミクスを葬れば日本が次の覇権国になるということが読み取れよう。

ただ、仮に日本がアベノミクスを葬り、さらにはネオコンといった戦争屋を日本から追放さえすれば、水野氏の考える方向、すなわち日本がスムーズに次の覇権国になれるかと言うと、亀さんは必ずしもそうならないと思っている。その理由の一つに日本人の国民性があり、日本人は概ねリーダーシップを執るのが苦手な国民だからだ。さらに、福島原発事故と五十数基の原発を抱える日本列島なので、当面は綱渡りの状態が続くだけでなく、拙稿「迫り来るXデー」でも述べたように、近くデブリ(溶けた核燃料の塊)が固い岩盤に到達し、人類が体験したことのない超核爆発が起き、東日本、さらには日本列島全体が死の列島となり、〝次の覇権国〟どころの話ではなくなる恐れがあるからだ。だから、蒙古襲来時のような神風が再び日本列島に吹いてくれることを、今や祈るしかないのである。


関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://toneri2672.blog.fc2.com/tb.php/795-cb027cd9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)