昨日の東京新聞「発言」に、以下のような読者の声が寄せられていた。一読して、温もりを感じさせる投稿であった。

しかし、ノーベル平和賞の背景を考えるに、亀さんの考え方は以下の記事に近い。 史上最年少ノーベル賞受賞者・マララに課せられた使命
特に、以下の行が目を引く。
もし、マララが不幸にもこの世を去るようなことが起こるとすれば、マイケル・ジャクソンのように、自分が操り人形となって、故国・パキスタンの人々を英米の仕掛けた内戦によって殺害させてしまったことに気が付いたとき。
拙ブログでもノーベル賞について時折取り上げており、特に以下の記事ではノーベル賞の正体に迫ったつもりである。 ロスチャイルドとノーベル賞
ノーベル平和賞で思い出したのが、憲法九条をノーベル賞に推すという運動だ。その運動の欠陥を完膚無きまでに叩きのめしたのが、以下の織田邦男氏の記事だ。 世界に恥を晒した「憲法9条ノーベル平和賞」申請
同記事を読みながら、拙ブログでも紹介した今東光和尚の言葉を思い出した。和尚の言うとおりである。
憲法九条であろうと一〇〇条であろうと、大体日本の憲法なんてヤワなものをやかましく言ってる暇があったら、木刀でも振っとれ、この馬鹿野郎! http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-397.html
- 関連記事
-
スポンサーサイト
|