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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
寅さんのことば 第2部 26

明日からな、家中そろって面白楽しく、ホカホカホカホカ暮らすんだよ。
第17作「寅次郎夕焼け小焼け」


「寅次郎夕焼け小焼け」、男はつらいよでは一番好きな作品だ。〝若い〟寅さんとぼたん(大地喜和子)も良かったが、脇を固めた宇野重吉と岡田嘉子が凄い。何故か? 亀さんの下手な解説より、以下の記事を一読いただきたい。

岡田嘉子さんの眼  ― 人生のふたつの後悔 ―
この映画には宇野重吉さんの初恋の人、志乃役で往年のスター、岡田嘉子さんが出演している。彼女の体から出るあのオーラはいったいなんだろう。人の歩めない道をあえて歩んで来たものだけが持ちうる優しくも強い眼光。凛とした姿かたち。今日の今日までいろんな役者さんの演技を見てきたがあのようなオーラは、あとにも先にもあの龍野での岡田嘉子さんだけだった。青観役をみごとに演じきった宇野さんとともに心底感服した。

岡田嘉子さんは戦前にソ連へ亡命し、戦中戦後の数々の苦しい体験を経て、日本へ一時帰国している時にこの映画に出演されたのだが、かの地での厳しい環境の中での体験があの姿かたちになって、見る私たちを圧倒したのであろう。日本で役者のことだけを考えて安穏としているたくさんの俳優さんと生き様が違うのである。あの優しさの奥にある眼の力は普通じゃない。何かを視、体験してきた眼だ。

愛人と手を取って南樺太の国境線を越え、亡命したが、運悪くスターリンの大粛清の最中だったこともあり、愛人は銃殺、岡田さんも10年もの間厳しい収容所で強制労働を強いられた。10年間の収容所生活から解放された岡田さんはモスクワ放送のアナウンサーになって後に滝口慎太郎氏と結婚,彼の死後、1972年に滝口氏の遺骨とともに、宇野重吉さんらが出迎える中、実に34年ぶりの帰国を果たす。この「夕焼け小焼け」に出演した当時、岡田さんは一切そのことを人にもスタッフにも言わなかったためこの衝撃の事実がわかったのはその後、ソ連に戻ってからだという。

「私、近頃よくこう思うの。人生に後悔はつきものなんじゃないかしらって。

ああすればよかったなあ…という後悔と、

もうひとつは、

どうしてあんなことしてしまったのだろう…、という後悔…」


この言葉は、あとから考えると、岡田さんの人生そのものであり、岡田さん以外の人には言えないセリフだったと今でも確信している。
あの眼光を持ったまま、岡田さんは14年後に日本を去り、ソ連に戻り、かの地で独り寂しく永眠された。
ソ連に戻る際、友人の杉村春子さんが「日本の方が暖かいのに」となんとか止めようとしたが、岡田さんは寂しそうに笑い、「東京のあわただしい空気より、静かなモスクワの方が肌に合うんですよ。それに私を愛してくれた2人の男が眠っている国だし」と杉村さんに言ったそうだ。

多磨霊園にある墓碑には「悔いなき命をおしみなく」という自筆が刻まれている。

私がインドネシアでの生活に悩み、苦しんでいた30代後半、ひょっとしたら…、この「夕焼け小焼け」の岡田さんの深い眼光とあの凛としたお姿、あのセリフを見聴きするために何度もこの作品を見ていたのかもしれない、と今、これを書いていてふと思った。そうかもしれない…。

私は岡田嘉子さんに救われたのかもしれない…。役者は人生が出る、生き様が出る。渥美さんや、岡田さん、宇野さん、笠さんを見ているとそう思う。撮影現場で一生懸命体当たりの演技をしてもしょうがないのだ。そんな甘い物ではない。勝負すべきは日々の孤独の中での生き様なのだから。

http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/17saku.htm


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