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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
司馬遼太郎
今東光の『続 極道辻説法』p.88に、以下のような記述がある。

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和尚独白

オレはずいぶんいろんなことやってきたが、昔、新聞社の杜長もやったことがあるんだ。仏教関係の小さな新聞社でね、つぶれそうになって頼まれてさ。広告っていうのが、墓石だとかお線香だとか。これじゃ金にならねえからつぶれるわけだ。そこでまず第一にやったことが、編集長をはじめ社員全員に広告取りをさせてね。編集の野郎ども、大騒ぎしやがった。

それから、オレが目をつけていた新聞記者に長編小説を連載させた。「今先生、とても無埋です。まだ短編しか書いたことないんですから」と尻ごみする奴を、「長編だって短編だって変わりゃあしねえよ。ただし原稿料はオレのポケットマネーから出すからたいしてやれない。その代り、好きなこと書いていい。また何年続いてもかまわない」

その小説が終わった時、オレは講談社に頼みこんで本にしてもらった。それが直木賞に選ばれてな。それが司馬遼太郎よ。

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かつて、「近代日本とフルベッキ」というシリーズを一年間にわたり執筆、某国際コンサルティング会社のHPに公開されたことがある。幕末明治の志士を一人一人取り上げるスタイルだったが、取り上げた志士の一人に坂本龍馬がいた。それを別の掲示板に一部公開したところ、副島隆彦氏が一読して簡単な感想を書いてきたことがある(以下にリンクを張っておく)。ちなみに、「野田隼人」とは亀さんが一時使用していたハンドル名である。
[341] 「阿修羅」というサイトの中の、野田隼人という人の文章を転載します。

実は、副島氏が引用しているのは、龍馬関連の記事の一部にすぎない。よって、この機会に全文を掲載しておこう。和尚には悪いが、亀さんは司馬遼太郎を評価していない。その理由は以下を読めば分かってもらえるはずだ。


第二章 坂本龍馬


1.龍馬に関する最良の書・『坂本龍馬と明治維新』
 本シリーズの連載を開始するきっかけとなった『ニューリーダー』誌の対談記事、「近代日本の基盤としてのフルベッキ山脈」が『賢者のネジ』に収録され、6月30日に発行されてから早四ヶ月が経った。偶然にも、出版元のたまいらぼ出版の玉井禮一郎社長と知己の間柄であったことから、同書の編集の一部を手伝う形になったのであるが、そのお陰で本の企画から出版に至るまでの一連の流れの大凡を知ることが出来たのは貴重な体験であった。結局、たまいらぼ出版には月に2回程度のペースで編集のお手伝いに行ったことになるが、そうした編集作業の合間に玉井社長との何気ない雑談もあり、今から思うに大変有意義な雑談であった。そんなある日、たまたま坂本龍馬のことが話題になり、「幕末から明治を描いたもので、一番優れた本は何だと思う?」と玉井社長が尋ねてきたので、即座に「『坂本龍馬と明治維新』(マリアス・ジャンセン 時事通信社刊)だと思います」と筆者は答えている。『坂本龍馬と明治維新』には未だ一度しか目を通していないが、龍馬の手紙を活用して見事に龍馬像を描き出しており、同書が高い評価を得ている理由がよく分かったものである。果して、『賢者のネジ』の「近代日本の基盤としてのフルベッキ山脈」でも以下のように『坂本龍馬と明治維新』を高く評価していた。

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藤原肇:徳富蘇峰は変節漢だけでなくインチキ男です。権力に懐柔されて御用言論人になってしまい、政府のプロパガンダの旗振り役でした。だから、弟の徳富蘆花からも変節を理由に義絶されており、行き着いたところはファシストの権化でした。三宅雪嶺が歴史の資料に手紙を活用したように、マリアス・ジャンセンも『坂本龍馬と明治維新』(時事通信社刊)の中で、手紙を使って心理分析と状況判断をしており、幕末から明治維新にかけての時期を描いたものでは最高です。続いて大仏次郎の『天皇の世紀』(朝日新聞社刊)があり、その次には奈良本辰也が書いた各種の歴史評論がある。その後に、萩原延寿の『遠い崖』(朝日新聞社刊)や村松剛の『醒めた炎』(中央公論社刊)になる。しかし、小説は10位以下というのが私の判定です。
小島直記:小説はフィクションとして読者に迎合するから、どうしても面白くしなければならないので無理がある。あれだけ国民に人気のある司馬遼太郎でも、かなり嘘を書いているのに、読者はそれに気がつかないで、小説を歴史と取り違えている。小説を書くときの悩みはそれをどう克服するかであり、そこに小説や文学の限界を感じた。そのために、私は同じ小説でも伝記を書くことに人生の路線を改めました。そして、人間を描くことを通じて彼が生きた時代に迫り、歴史の空白部を埋めることができないかと思って、これまでなんとか仕事を続けてきたが、雪嶺の『同時代史』を読んだ時には衝撃を受けました。
『賢者のネジ』(藤原肇ほか たまいらぼ出版)P.142

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2.司馬遼太郎の国民文学・『竜馬がゆく』
 伝記作家の小島直記氏の「司馬遼太郎でも、かなり嘘を書いている」という上記の発言を目にして驚いた読者もおられると思う。筆者の場合、司馬遼太郎の著した『竜馬がゆく』には過ぎ去った青春の思い出が詰まっているのであり、あれは確か20代前半の頃だったと思うが、筆者は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を旅行鞄に詰め、萩の松陰神社をはじめとして山陰地方を旅した思い出がある。数日間の小旅行だったが、車中、あるいは旅館で、時間があればむさぼるように『竜馬がゆく』を読んでいたのが今では懐かしい。今日に至っても司馬遼太郎の『竜馬がゆく』は依然として若者に根強い人気があるようで、ネットサーフィンをしていると以下のような『竜馬がゆく』の書評を目にすることが多い。

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僕が最初に「竜馬が行く」を読んだのは高校生のときでした。何気なく本屋で手にとって読み始めたのですが、これがもう止まらない。日本史の時間に「これは明治維新の勉強だ」と自分に言い訳しながら、教科書に隠して夢中で読んだものでした。読み終えたあとは、体が震えたことを今でも覚えています。その後、何度も読みましたが、そのたびに感動してます。とにかく司馬遼太郎の竜馬はかっこよすぎます。スケールがでかい。優しい。「竜馬に明治維新を成し遂げさせるために、天が彼に生を与えたとしか思えない」と司馬氏が言っていることは、まさにその通りだと思います。僕の人生感に多大な影響を与えた本書は、激動の日本の今に必読です。
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 山陰地方を一人旅していた当時の自分であれば上記の書評に大いに共鳴したであろうが、その後人生体験を積み重ねてきた今日では、小島直記氏のように筆者も司馬遼太郎氏の言葉の嘘を見抜けるようになっていた。そして、その司馬遼太郎氏を小島直記氏以上に痛烈に批判した講演会が、さる9月20日に東京都内で開かれたのである。講師は前シリーズ『日本脱藩のすすめ』の「第11回 国際経済のすすめ(経済編)」に登場した副島隆彦氏である。講演会の正式なタイトルは「「司馬遼太郎をぶった斬る!」という過激なタイトルだが、大勢の人たちが集まったという。

3.副島隆彦の代表作・『属国・日本』
講演会の目的は、新たに出版された副島氏の『思想劇画 属国日本史 幕末編』(早月堂書房刊)というマンガ本の出版記念にあった。これは、副島氏が以前著した『属国・日本論』(五月書房)の一節(幕末・明治期編)を抜粋してマンガ本にしたものである。マンガの中に登場する副島隆彦氏らしい人物の吐く言葉に品性が感じられず、読者に推薦するには躊躇するものの、その元となった『属国・日本論』(五月書房)はなかなかの良書であり、一読に値すると思う。殊に同書の場合、「アメリカと日本は対等のパートナーではない。日本はペリー提督によって無理矢理に開国させられて以来、一時期を除いて今日に至るまでアメリカの属国であった」ということを徹底的に納得させてくれる本でもある。

この『属国・日本論』(五月書房)について、筆者自身が副管理人を務める掲示板[藤原肇の宇宙巡礼]の「若き日の修験者・空海のコスモロジーと錬金術」というスレッドに、以下のような書評を先月投稿した(一部訂正)。

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名前: 野田隼人 投稿日: 2004/09/12(日) 05:06

エンセンさん、『思想劇画 属国日本史 幕末編』のご紹介ありがとうございました。その後、副島隆彦氏のホームページ[学問道場]を訪ねてみたところ、須藤よしなおさんという学問道場のメンバーの方も『思想劇画 属国日本史 幕末編』の一部を紹介していました。
http://snsi-j.jp/boyakif/diary.cgi

ただ、エンセンさんの紹介してくれた『思想劇画 属国日本史 幕末編』の一部を拝見したものの、副島氏の「バカヤロー! ふざけたことをぬかすな!」といった台詞に代表されるように、品のない副島氏の言葉のオンパレードといった感があり、故手塚治虫の作品を知る一人として、『思想劇画 属国日本史 幕末編』は手にする気が起こりません。内容的には良いものだけに大変残念だと思ったのですが、『思想劇画 属国日本史 幕末編』は同じ副島氏が著した『属国・日本論』(五月書房)の「幕末・明治期編」を劇画化したものと後に知り、取り敢えず『属国・日本論』をオンライン書店を通して取り寄せて一読したところ、予想に反してなかなかの良書でした。特に深く共鳴したのは以下のくだりです。機会があれば拙稿「近代日本とフルベッキ」で紹介させていただく予定です。
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政治の流れを大きく背後で動かしているのは、軍事力とそのための資金である。このリアルな事実を抜きにしてあれこれ見てきたようなことを書いてある本は駄本だ。現実の政治を知らない学者たちの、厳密な文献考証だけでも駄目である。どれだけの軍事援助をどのような勢力が行ったのかを見きわめようとするリアルな眼を持たなければ、幕末維新期の謎を解明することはできない。 『属国・日本論』P.200
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このくだりを読んでピンと来たので、同書を最初から最後まで目を通してみました。そうした中で思わず息を呑んだのは、「なぜ佐藤栄作元首相はノーベル平和賞を受賞したのか」という題名の章でした。佐藤栄作元首相のノーベル平和賞受賞した理由と、それが20年後のソビエト連邦崩壊に結びつくまでのプロセスを、ものの見事なまでの副島氏のインテリジェンスで以て炙り出している箇所を読み、思わず唸った次第です。

ただ、二カ所惜しいところがありました。

一つは、「甘粕正彦(大杉栄と伊藤野枝を殺害した軍人でもある)」(P.233)とある点です。確かに通説ではそうなのですが、大杉栄と伊藤野枝を殺害した真の犯人は甘粕正彦ではないという説もあるのです。そのあたりの詳細は『賢者のネジ』(藤原肇著 たまいらぼ出版)の「第八章 大杉栄と甘粕正彦を巡る不思議な因縁」に書かれていますので参照願います。

二つは、米国のシンクタンクを分類するのに、〝リバータリアン保守派〟(P.120)という表現を副島氏が用いている点です。しかし、欧米の識者であれば、個人であれシンクタンクのような組織であれ、自らをリバータリアンと名乗るような危ないことはしないはずです。「本当のリバータリアンというのは、自身がリバータリアンであることを徹底的に隠すのが本来の姿であり、自分がリバータリアンであることを公にすれば、命が幾つあっても足りない」というのがリバータリアンという存在であると、知人の在米の某識者が語ってくれたのを思い出します。

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4.龍馬の背後に見え隠れするイギリスの影

 上記にもある通り、「政治の流れを大きく背後で動かしているのは、軍事力とそのための資金である」という副島氏の考察は正鵠を射ており、筆者も前シリーズ『日本脱藩のすすめ』の「第六回 国際政治のすすめ(政治編)」に、「金融ヘゲモニーとの軍事ヘゲモニーこそは、パクス・アメリカーナを推進していく両輪に相当する」旨のことと書いていて、副島氏同様に軍事力とその資金が世界を動かしていると考える一人である。時間があれば、会員の方は前シリーズ『日本脱藩のすすめ』の「第六回 国際政治のすすめ(政治編)」に再度目を通していただければ有り難い。

また、副島氏のいう「政治の流れを大きく背後で動かしているもの」を捉えるには、前シリーズ『日本脱藩のすすめ』の「最終回 再び日本脱藩のすすめ((総編)」にも述べたように、「上次元より観察して物事を的確に判断すること。例として、日本の経済・政治の現状を正しく把握するには、次元を一つ上げてアジア全体の経済・政治の流れを掴むようにし、アジアの経済・政治の現状を正しく把握するには、さらに次元を一つ上げて世界全体の経済・政治の流れを掴むようにすること」が出来るように修行を積むことが肝心なのである。

 オンラインで公開している『竜馬がゆく』の「BOOK」データベースによれば、「薩長連合、大政奉還、あれァ、ぜんぶ龍馬一人がやったことさ」と勝海舟が語ったと書いてある。果たして勝の言っていたことは本当なのだろうか。『属国・日本論』では以下のように述べている。

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 坂本(龍馬)は、薩長同盟=薩長密約(1866年1月21日、京都の薩摩藩邸で、西郷隆盛と木戸孝允が合意した攻守同盟六ヶ条)を仲介した幕末史上の重要人物とされる。しかし一介の脱藩浪士が何のうしろだても無しに、このような政治力を持てるだろうか。背後にはやはり、ジャーディン・マセソンとその日本対策班であったグラバーと、イギリスの外交官たちがひかえていたと考えるべきだ。
『属国・日本論』(副島隆彦著 五月書房)P.176

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 一般に、明治維新は下級武士を中心に日本人だけの力で成し遂げたものであるというのが日本での通説になっているようだが、『属国・日本論』はそうした通説に対して否と答えているのであり、筆者も『属国・日本論』に全く同感である。論より証拠、グラバー自身が薩長の仲を取り持ったと述べた記録が残っており、それにより龍馬の背後にはグラバー、さらにはジャーディン・マセソン商会がいたことが明らかである。

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 グラバーはのちに薩長同盟、鹿児島訪問、倒幕という文脈のなかで自分を位置づけ、「つまり自分の一番役に立ったのは、ハーリー・パークスと、それから薩長の間にあって壁をこわしたことで、これが自分の一番手柄だったと思います」と自負している。(『史談会雑誌』)(杉山伸也著『明治維新とイギリス商人』岩波新書、1993年)

 グラバー自身もこれぐらいの白状は、どこかでやっているものである。いったいこのグラバーの背後に日本を属国にして管理してゆくためのどれほどの策略がめぐらしてあったのか、今のところこれ以上は分からない。
 まるで日本人だけで、それも情熱に燃えた下級武士たちの力で明治維新ができたと考えるのは底の浅い歴史認識である。
『属国・日本論』(副島隆彦著 五月書房)P.200

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5.秘密結社・フリーメーソン
 以上、龍馬を表に立てて資金面の援助を行い、薩長に武器を売り込むように指図をしていたのがグラバー商会、ジャーディン・マセソン商会であり、さらにグラバー自身が告白しているように、日本の青写真を設計していたのもグラバー商会、ジャーディン・マセソン商会であったことがお分かりいただけたと思う。では、龍馬の背後にいたグラバー、ジャーディン・マセソン商会とは、そもそも何者だったのだろうか。

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上海にあったのは(今でも香港にある)ジャーディン・マセソンという大商社である。このジャーディン・マセソンは現在でもイギリスで四番目ぐらいの大企業であり中国の利権を握りしめてきた商社である。このジャーディン・マセソンの日本支社とでも言うべき商社がジョン・グラバー商会である。おそらく、彼らは全て秘密結社フリー・メイソンの会員たちであろう。私は陰謀理論(コンスピラシー・セオリー)をことさら煽りたてる人間ではないが、この事実は、日本史学者たちでも認めている。この上海のジャーディン・マセソンが日本を開国に向かわせ、日本を自分たちの意思に従って動かした組織だと私は、判定したい。
『属国・日本論』(副島隆彦著 五月書房)P.170

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 上記のように、副島氏はジャーディン・マセソン商会およびグラバー商会を「フリーメーソンの会員たち」といった簡単な記述で済ませているが、幕末明治にかけての日本、さらには今日に至るまでの日本にフリーメーソンが大きな影響を及ぼしてきたのであり、そのあたりをテーマに取り上げた『石の扉』(加治将一著 新潮社)という題名の本が最近発売されている。中でも本シリーズ「近代日本とフルベッキ」と関連して注目すべきは同書の「第五章 解き明かされる明治維新の裏」であるが、内容的には副島氏が『属国・日本論』の中で説いている幕末維新期の域を出ていない。しかし、フリーメーソンの全体像を把握するには格好の書であるので、『属国・日本論』同様に一読をお薦めする所以である。

最後に、「船中八策」と「龍馬暗殺」にも触れておこう。船中八策が作成されたのは1867年6月であり、長崎から京都に向っていた船「夕顔」の中で坂本龍馬が書いたとされているが、実際は長岡謙吉が書き上げたものらしい。そして確認すれば分かることだが、船中八策は英国君主制度そのものといえるのである。さらに、未だに謎とされている龍馬暗殺についても、公武合体を最後まで推し進めようとしていた龍馬は、最早イギリスにとって不要な存在になったことを考えるに、ここでもグラバー商会とジャーディン・マセソン商会、すなわちイギリスの影が見え隠れするのであり、朧気ながらも今までに見えなかったものが見えてきたのではないだろうか。

 ところで、龍馬の思想的師匠であった横井小楠は尭舜を理想としつつも、同時に西洋文明への理解も優れていた、幕末・明治を代表する開国派の思想家であった。その横井とフルベッキとの間ではどのような知的交流があったのだろうか、次号ではそのあたりを含めて筆を進めようと思う。
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