半教養は無教養よりも悪い

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昨日紹介した『国が亡びるということ』(竹中平蔵・佐藤優共著 中央公論新社)で、印象に残った小節を以下に転載しておこう。文中にある、「高名な大使経験者」、読者は誰だとお思いだろうか…(笑)。尤も、亀さん場合は半教養どころか、無教養なんだが…(涙)。

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     ゲンナジー・ブルブリス

佐藤優 これは私も外交官時代によく経験したことですが、公使や参事官をロシア人のところに連れていくでしょう。最初の名刺交換の時はいいんです。ニコニコして握手すればいいんですから。ところが、教養が不可欠になる「杜交」となるとからっきしできない。そうすると、相手側も愛想を尽かして、そのうちに会ってもらえなくなるんです。これは国益にとって大変な損失ですよ。社交ができずに、腹を割った外交なんてできるはずがありません。

具体例を一つ披瀝しましょう。ゲンナジー・ブルブリスという人がいました。このブルブリスがソ連崩壊のシナリオを書いたんですね。彼らがさきほど話に出た“シカゴ・ボーイズ”と呼ばれたガイダル・チームを連れてきたんです。ブルブリスは弁証法的唯物論の哲学の先生だったのですが、私は彼に非常にかわいがられて、木戸御免でいつでも話を聞ける関係でした。

ある時、日本からある高名な大使経験者が文化交流という名目でロシアに来た。そして「ブルブリスと会いたい」と言うので、私がブルブリスのもとへ連れていったんです。すると、その大使経験者はいきなり、「私はドストエフスキーとトルストイから強い影響を受けました。ロシア文化を人生の糧にしたんです」と言うわけですよ。日本では「ロシアの文豪」でひと括りにされることが多いですが、ロシアではこの二人が、同じ土俵に上がることは絶対にありません。まずはそれで非常にまずい空気になったんですね。そもそもブルブリスは、「エリツィンを後ろで操っている『カラマーゾフの兄弟』に出てくる大審問官のような奴だ」と言われていた人ですよ。ブルブリスとしては、日本からやってきてわざわざそんな不自然な話をするのは、そういう自分への当てこすりだと受け取った。

竹中平蔵 なるほどね。(笑)

佐藤 さらに、そこで空気を察して黙ればいいのに、その方は「特に『カラマーゾフの兄弟』は良かった」と言ってしまったんですね。そうするとブルブリスとしても話を広げていかざるをえない。それで「じゃあイワンと、アリョーシャと、ドミトリーと、この三人の間の関係についてどう思いますか?」と質問した。すると、その高名な元大使の方は、下を向いて黙ってしまったんです。気まずい沈黙が流れた後、「読んだけれど、忘れました」と小声でつぶやきました。「人生の糧」と言っていたそばから「忘れてしまった」と。(笑)

竹中 それは、ひどいですね。

佐藤 この話にはまだ続きがあります。その元大使は「汚名返上をしないといけない」とでも思ったのか、今度は「先日、サミュエル・ハンティントンの論文を読みました」と言うわけです。ちょうどベストセラーになった『文明の衝突』が日本で出版された後でした。するとフルブリスは「読んだけど、忘れました」と言うわけです(笑)。そして、こう続けました。「日本でオスヴァルト・シュペングラーは訳されていますか?」。元大使はきょとんとしているんですね。さらに続けて、今度は私のほうを見て、「ニコライ・ミハイロフスキーの翻訳はあるのかね」と、そう聞くんですよ。つまり、ブルブリスは、「ハンティソトンの議論は、シュペングラーの『西洋の没落』や、ロシアの有名な地政学者であるミハイロフスキーの焼き直しだ」ということを、遠回しに言っていたんですけれど、元大使には、何のことだかさっぱり分からない。

結局、何ともいえない気まずい雰囲気のまま会談は終わったのですが、その元大使は大変満足したらしく、「ぜひまたお会いしたい」とブルブリスに笑顔を向けた。それに対してブルブリスは、「今度はロシア外務省を経由してアプローチしてください」と返したんですね。

ロシア外務省は、絶対にブルブリスとの面会を取りつけることをしません。

さらにこの話にはおまけがあって、帰りの車中で、元大使から私は説教をくらったんです。

「今日の会談は実によかった。しかし、ロシアもまだまだだな。ブルブリスはハンティントンをよく知らないようだし、いまひとつ教養に問題がある。君もロシアのことだけやっていないで、少しアメリカにも目を向けたらどうなんだ」と。(笑)

十九世紀ロシアの文芸評論家に、ディミトリー・ピーサレフという人がいるのですが、彼の言葉に「半教養は無教養よりも悪い」というものがあります。けだし名言ですが、日本の外交関係者には、そういう人たちが非常に多いんですよ。

『国が亡びるということ』p.66

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