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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
消された「西郷写真」の謎 02
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昨日、『消された「西郷写真」の謎』が、謹呈の形で斎藤充功さん本人から届き、一気に読了した。貴重な書籍を贈っていただいた斎藤さんに、この場を借りて厚く御礼申し上げる次第である。なお、同書はアマゾン等で来週の25日に発売されるとのことだ。「西郷写真」を通じて歴史の深淵を探ることのできる良書なので、幕末明治の歴史に関心のある、一人でも多くの読者に目を通してもらえたらと思う。

亀さんは今まで、西郷隆盛の写真が発見できなかった理由として、西郷の写真嫌いが主因だという俗説を信じていたのだが、今回の斎藤説に接し、考えを改めねばと思った次第である。では、何故に新政府は西郷写真を隠したのか…。斎藤さんは以下のように考えたのである。

だが、私は風野(真知雄)の仮説とは反対に(西郷隆盛の)「真正写真」が流布することを大久保(利通)は恐れたのではないかと推察している。
『消された「西郷写真」の謎』p.84


つまり、大久保をはじめとする時の権力が、さる事情で西郷写真を葬ったとする説である。詳細は同書を読み進めていくことで、その背景を読者は知ることが出来るはずだ。考えてもみられよ、以下のように木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通といった、明治という時代を切り拓いた錚々たる先達を撮った写真が、この世に数多く存在しているというのに、何故、今日の今までに西郷隆盛の写真を我々は目にすることができなかったのか…。

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そうした疑問を念頭に置きつつ、同書を紐解きながら西郷写真の真相が解明されていくプロセスを、興奮しながら読み進めていった亀さんだったが、やがて別の疑問が浮かび上がった。それは、以下の明治天皇パパラッチ写真である。この写真は5年前の2009年、東大総合研究博物館が本邦で初公開したものだ。(詳細は「明治天皇の“パパラッチ”写真も 東大で新出史料の日仏展」を参照)

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『消された「西郷写真」の謎』p.285

落合莞爾さんは、睦仁親王は孝明天皇と共に堀川御所(京都)に〝お隠れになった〟とする、〝すり替え説〟を主張している。一方、その落合さんと学研『ムー』で誌上対談を行った斎藤さんは、すり替え説に賛同するものの、明治天皇のパパラッチ写真を根拠に、「すり替えは即位前ではなく、即位後に行われたのではないか」(『消された「西郷写真」の謎』p.201)と疑問を投げかけた。どちらの説が正しいのか…。このあたりの判断は、落合さんと斎藤さんによる誌上バトルが『ムー』で予定されているので、いずれ事は明白になるだろう。

最後に、明治天皇と西郷隆盛に関連して、斎藤さんが以下のようなことを書いていたので紹介しておこう。

何故、西郷の写真が〝消された〟のか………それは前述した、横須賀行幸における、明治天皇のパパラッチ写真が関係していると私は考えている。
『消された「西郷写真」の謎』p.123


関連して、『消された「西郷写真」の謎』のp.176を引用して本稿を終えるとしよう。

大宅壮一の『実録・天皇記』(大和書房)には次のような記述がある。

明治の新政府が出来て間もなく、十六歳の少年天皇が、わがままをして〝元勲〟たちのいうことをきかないと、西郷隆盛は「そんなことではまた昔の身分にかえしますぞ」といって叱りつけた。すると天皇はたちまちおとなしくなったという話が伝えられている。


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『実録・天皇記』p.75
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