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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
引き継がれていく命
4日前、隣の町にある映画館で「小さいおうち」を見た。全編を通じて山田洋次監督の平和志向が滲み出た、素晴らしい映画だった。神計らいか、ブログ友の飯山一郎さんも同監督の「母べえ」を取り上げていた。

『母べえ』は,いまも進む戦争化の風潮に,いま,あらためて,力づよく,しかし,おだやかに,「No!」というメッセージを発信した映画である.昔風の言葉で言えば,「反戦平和」の映画である.
◆2014/03/14(金) 映画『母べえ』は 今を予言していた!


「小さいおうち」もまさに反戦平和の映画である。讀賣新聞に山田監督のインタビュー記事が載っているのだが、特に印象に残った同監督のことばは以下のとおりだ。

高度成長前の人々の暮らしを描く小津作品に「身の丈にあった日本人のもう一つのモデル」を感じると言う。「日本人は果てしなき欲望にとりつかれ、僕らは今、その果ての下り坂で立ちつくしている。その代償に、僕らは何を失ったのか。今作を作りながら、そんなことを考えていました」
「小さいおうち」山田洋次監督…3度目の赤い三角屋根


同映画では東京大空襲(1945年3月10日)のシーンが登場、大空襲でタキが女中奉公をしていた平井家の夫妻が死去する。そして、ラストシーンに向かって映画は一気に流れていった。

映画を見終わってつくづく思ったのは、「引き継がれていく命」である。父と母、祖父と祖母、大祖父と大祖母、高祖父と高祖母…、綿々と続く命の連鎖。亀さんの父を例に挙げれば、父は大正12年に東京市荒川区日暮里で生まれ、川越で思春期を送り、その後は飯能に移り、残りの人生を飯能で過ごした。亀さんは「人生は〝運〟だ」と題する記事を書いたことがあるが、父もある意味で運の強い方だった。

父は大正12年(1923年)生まれだが、もし、父が2~3年ほど早く生まれていたとしたら、今の亀さんはこの世にいなかったかもしれない。当時の日本は乳児の死亡率が異常に高かったからだ。その原因として様々なものがあったのだが、特に主因ともいえる一つが水道水であった。幸い、後藤新平東京市長による強力なバックアップもあり、大正10年に東京市で水道水を塩素殺菌するという事業が始まったお陰で、父は水道水の犠牲にならずに済んだ。むろん、仮に水道水の塩素殺菌が完成していなかったとしても、父は乳児期を無事に過ごせた可能性の方が高いが、それでも後藤新平のお陰で父をはじめとする大勢の乳幼児の生存率が高まったことは確かだろう。

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『日本史の謎は「地形」で解ける【文明・文化篇】』(竹村公太郎 PHP文庫)

もう一つの危機は、父が兵隊として満洲に渡った時である。運良く、シベリアに抑留されることもなく、父は生きて再び日本の土を踏むことができた。もし、戦場で父が命を落とすようなことがあったとしたら、やはり今の亀さんはない。

このように父一人の生涯を考えただけでも、運命というものを感じるのだ。亀さん家のルーツ探しも仕事に追われて挫折したままなのだが、優先順位として父の妹にあたる叔母に近く会い、いろいろと昔の事を聞き出しておきたいと思っている。

昨日、息子と一緒に母の入院している病院を一週間ぶりに訪問、母と息子の会話を傍らで聞きながら、「小さいおうち」で老いたタキ(倍賞千恵子)が、タキの妹の孫・健史(妻夫木聡)と交わしていた会話を思い出していた。
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