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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
国と国民の捨て石になる覚悟
「国際派日本人養成講座」というメルマガがある。今日届いた同メルマガは、中野陸軍学校と小野田少尉を取り上げていた。小野田氏にインタビューを試みたことのある斎藤充功さんが、以下の記事を読んだとしたら、どのような読後感を述べてくれるだろうか…。

14012504.jpg

■■ Japan On the Globe(833) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

Common Sense : 国と国民の捨て石になる覚悟
~ 陸軍中野学校

「地位も名誉も金もいらない。国と国民のために、捨て石となる覚悟」を持った男たちがいた。

■転送歓迎■ H26.01.26 ■ 45,258 Copies ■ 3,796,203,Views■
無料購読申込・取消: http://blog.jog-net.jp/


■1.「30年間もジャングルで生き抜いた強い意志は尊敬に値する」

 小野田寛郎(ひろお)さんが1月16日に亡くなった。昭和19年末、22歳にして、米軍上陸間近のフィリピンのルバング島に送られ、「離島残置諜者」として、米軍占領後のゲリラ戦指揮を命ぜられた。

 以後、30年間、ジャングルに立て籠もり、戦後のフィリピン警察軍による93回の討伐にも屈せずに戦い抜いた。その間、姉や兄弟による現地での呼びかけにも応じず、最後に元上官からの「命令」を受けて、ようやく投降した。

 投降後、小野田少尉はマルコス大統領に「30年間もジャングルで生き抜いた強い意志は尊敬に値する」と賞賛され、過去の行為はすべて赦された。[a]

 それから40年、小野田さんの逝去に、米紙ニューヨーク・タイムズは評伝を掲載し、小野田さんが任務への忠誠心と忍耐力を体現し、「戦後の繁栄と物質主義の広がりの中で、多くの日本人が失われたと感じていた誇りを呼び覚ました」と評している。[1]

 小野田さんは「軍国主義教育」で鍛えられた、と思い込みがちだが、事実は異なる。中学校を卒業すると、貿易商社に就職して中国の武漢に赴任し、英国製の背広を着て、米国車に乗り、夜のダンスホールに入り浸る生活をしていた。

 中国娘を口説けるほど中国語ができるのを買われて、陸軍の諜報員養成機関、中野学校に送られ、そこでわずか3ヶ月の特訓の後に、フィリピンに向かったのである。

 この若きプレイボーイを、マルコス大統領やニューヨークタイムス記者も賞賛する戦士に変身させた陸軍中野学校とは、どのような学校だったのだろうか。


■2.「本日から、いっさい軍服を着てはならぬ」

 陸軍中野学校(当初は「後方勤務要員養成所」)の第一期生が集められたのは、昭和13(1938)年春だった。陸軍大臣命令で、各部隊に「1名ないし数名の部隊最優秀者を要員候補として推薦するように」との指示が出され、その中から、家族関係、思想傾向などの審査、および面接の結果、20名が選ばれた。当時の日本における最優秀の若者たちと言ってよい。

 選ばれた20人は上京すると、「平服で靖国神社の第二鳥居の下に集合せよ」と命ぜられた。定刻に集まっていると、背広姿の紳士が迎えに来た。一人があわてて挙手の礼をすると、「平服で、敬礼する奴があるか」と小声でたしなめられた。

 その紳士に連れられて、小学校の分教場のような古い二階屋に辿り着いた。その中には、6つの部屋があり、教室が一つ、小使い室一つ、事務室が二つ、兵隊ベッドの並んだ寝室が二つあった。

 そんな薄汚い建物に連れ込まれて、「本日から、いっさい軍服を着てはならぬ」と申し渡されたので、誰もひどく情けない顔をした。


■3.「その地に骨を埋める覚悟で定住し」

 専任教官は3人いた。そのうち学校設立の中心人物の一人で、所長の秋草俊中佐が背広姿で、こう述べた。

__________
 諸君も知ってのとおり、戦争の形態は、野戦から国の総力を結集して戦う、総力戦態勢に移行しつつある。したがって軍情報も、従来の大公使館付き武官からの軍事情報だけでは十分ではない。

 政治、経済、思想、宗教等、広範囲の情報を必要とするのだが、武官は2年ないし5年で異動する。1ヵ所に定住するということがないから、その国の人物風俗にもうとく、また軍人は、なんといっても社会常識にとぼしい。・・・

 諸君は、この養成所で一年間の訓育をうけたのち、たぶん、ソ連、中国、あるいは英米と、世界各国に派遣されるだろう。そして、その地に骨を埋める覚悟で定住し、武官にさぐりえない情報をさぐるのである。[2,p135]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 中野学校は、期によって教育目的が多少違っていた。第一期生は、単独で各国に潜入し、一般市民として定住しながら、諜報勤務につかせることを目的に、訓練された。「いっさい軍服を着てはならぬ」とは、こういう意味だった。


■4.徹底した自由教育

 その日から始まった生活は、およそ軍隊とは縁遠い、自由なものだった。午前10時から午後5時までは学課があったが、それ以外は自由時間で、どこに遊びに行こうが勝手だった。門限もなく、翌朝の10時までに帰れば、外泊すら許された。

 ある時、2、3人で話をしている時に、秋草中佐が話の仲間に入った。何かの拍子に「天皇」の名が出たので、あわてて「気をつけ」の姿勢をとると、いきなり「バカ者っ」と怒鳴られた。

__________
 天皇の名をきいて、直立不動の姿勢をとるのは軍人だけだ。仮におまえたちが、セビロ服を着て地方人(弊誌注:民間人)になりすましていても、それではたちまち化けの皮がはがれてしまう。・・・
 第一番に天皇もわれわれと同じ人間だということを知っておけ。[1,p138]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 かくいう秋草中佐は、かつては近衛師団に青年将校として勤務したエリートだったが、語学将校として外遊してからは、背広姿で特殊任務についている事が多かった。家に帰れば飯を食うとき以外は、軍歌を歌っているか、大イビキで寝ているだけ、という豪傑風で、見合い結婚した夫人が「この人はどうかしているのではないか」と新聞の身の上相談欄に手紙を出したこともあった。

 しかし、実際は緻密な頭脳の持ち主で、ロシア語はじめ数カ国語に通じ、陸軍では対ソ諜報の第一人者だった。終戦時には少将として満洲ハルピンの特務機関長をしていて、ソ連が攻め込んでくる際にも「オレが逃げれば、代わりに誰かがやられる」と言って、動かなかった。

 果たして侵入したソ連軍は第一番に秋草少将を捕まえ、ハバロフスクの収容所に送った。ソ連通の秋草少将が米国に連れ去られるのを恐れた、とも言う。その後の消息は知られていない。


■5.「国と国民のために、捨て石となる覚悟」

 こうした教官による、天皇に関する自由な言論すら許される徹底した自由教育が、中野学校の精神だった。なにゆえに、このような自由教育がなされたのか、副所長格の福本亀治中佐は、こう説明している。

__________
 集めたのが、全国選り抜きの秀才である。しかも彼らは、訓練を卒(お)えて外国にいけば、何十年、あるいは生涯、商人なり、会社員になっていつき、一般市民として生活するのである。誰も監視するものもなく、一人で行動するのだ。

 外部から強制の、しごきや一時的猛訓練で、つけ焼き刃的にきたえあげたところで、長い孤独や、筆舌につくせぬ労苦に堪えられるものではない。

 かつて気ままに行動させておいて、その自由におぼれ自己を見失うようでは、ものの役にたつはずがないから、「地位も名誉も金もいらない。国と国民のために、捨て石となる覚悟」だけをもたせるように指導して、あとは彼らの自由にまかせた。[2,p142]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


■6.「いやだったら遠慮なく申し出ろ」

 秋草中佐も、一期生たちにこう説いた。

__________
 諸君は、民間人として、外国にもぐりこむのである。検挙されることがあれば「スパイ」あるいは「間諜」という罪名で牢獄につながれ、戦時ならば当然銃殺または絞首刑をまぬがれまい。

現に日露戦争中、北京の青木大佐と結んで、敵中深く潜行して(弊誌注:兵員輸送阻止のためにシベリア)鉄道爆破を企てた民間志士、横川省三、沖禎助は、露軍の巡邏兵に捕らわれ、帝国の万歳を叫びながら銃殺されている。・・・

 諸君は、かがやかしい未来を持っている。諸君の才能をもって努力したならば、未来の大臣も、大学総長も、あるいは会社の社長にもなれるであろう。

しかし、いまの日本が、国民の安全を守り、そして国の発展を期するためにもっとも必要としているのは、大臣でも大学総長でも会社の社長でもない。名利を求めず、一身一家をすてて、日本民族発展の礎石となる人物、本官が諸君に求めるものはこれである。

しかし、陸軍といえども、これを諸君に強制することはできない。もし諸君のうちに、この任務が不適当だと思うもの、あるいは「イヤだ」と思うものがあったなら、いまからでもおそくない。遠慮なく申し出てほしい。[1,p175]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 入所して3ヶ月ほどの間に、秋草中佐から2度、他の二人の教官からも、「世界のどこで、どんなふうにして果てるかもしれないのだ。もし、いやだったら遠慮なく申し出ろ」と言われた。


■7.「国家社会に尽くしたという誇り」の無形の勲章を

 この方針に関して、一期生の一人はこう語っている。

__________
 はじめは、われわれも深く考えなかった。ところが、3月か4月して、しだいに諜報の実態もわかってくる。将来のことなども考えるようになると、(これは、ぼやぼやしておれないぞ)という気がしてきた。つまり、やる気が自然に盛りあがってきたわけで、自分から進んで学び、くふうするようになった。

夜など、町へ遊びに出ても、はじめはただおもしろいだけで、深い考えもなく、麻雀や囲碁をやっていたが、それは将来、どこでどんなふうに役だち、あるいは身を守ることになるかもしれないぞと考えると、ダンスも撞球(弊誌注:どうきゅう、ビリヤード)も、単なる遊びではなくなり、しぜん、おどろくほど上達も早くなった。[2,p143]
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 一期生の間でも、自分たちの将来に関して議論し、こんな結論で皆が一致した。

__________
 陸軍、いや、日本の国がわれわれに望んでいるのは、骨を異境に埋めて、国と人民のために働くことである。われわれももちろん、栄進などは考えてもいない。

そうなれば、たとえ少尉、中尉の吹けば飛ぶような軽い身分でも、むしろ階級はじゃまであって、なんの役にもたたない。どうせ身をすてた奉公なら、このさい、すっ裸になって、やってやってやり抜き、自分の手で自分の心に「国家社会に尽くしたという誇り」の無形の勲章を飾ろうではないか。[2,p184]
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 その翌日、一期生はこぞって陸軍の軍籍をのぞいて欲しいと願い出た。教官たちは、そのあっぱれな覚悟に感激したが、軍籍のない民間人からの情報では、軍はとりあげない、と説いて、ようやく思いとどまらせた。


■8.「大事な仕事を全身でやったことを幸福に思います」

 諜報員、スパイと言うと、我々がすぐに思い浮かべるのは、映画の007、ジェームス・ボンドである。派手なアクションやスリルで観客を楽しませてくれるが、自分が現実世界で主人公となったら、どうだろう。

 映画とは違って、現実世界では使命を全うできず、途中で敵に殺されてしまうかも知れない。しかも、誰にも知られないうちに。もしジェームス・ボンドほどの能力・才能があったら、そんな危険な人生を歩むよりも、実業家にでもなって、富と名誉を得た方がよほど良い、と多くの人が思うだろう。

 そういう気持ちに背を向けて、現実の諜報員が、命を懸けて使命に向かうのは、ひとえに国家のためである。007シリーズのタイトルの一つに ”On Her Majesty's Secret Service”(女王陛下のための機密活動)とあるのも、そうした国家的使命感を表している。

 英国では、自分の名利を度外視して、国家のために働く諜報員は名誉な仕事と考えられている。ボーイ・スカウトの創設者であるロバート・ベーデン=パウエル卿は、もともと諜報官として活躍した人で、「諜報活動こそ、男子の一生を傾けるにたる愉快なスポーツである」と言っている。[2,p37]

 ちなみにボーイ・スカウトの「スカウト」とは、「偵察」とか「斥候」を意味するから、諜報活動ともつながっている。小野田さんが帰国後に自然の中で子供たちを鍛える「小野田自然塾」を始めた事も軌を一にしている。

 小野田さんは帰国後、30年のジャングル生活を振り返って、「若い、勢い盛んなときに大事な仕事を全身でやったことを幸福に思います」と語っている[a]。パウエル卿の言葉に通じている。

 これも、小野田さんが中野学校で「国と国民のために捨て石となる」覚悟を固めたからこそと知れば、この言葉は理解できよう。そうであればこそ、マルコス大統領やニューヨーク・タイムズ記者の賞賛を浴びたのである。

 我々、諜報活動には縁のない一般国民でも、私利私欲を離れて「国と国民のために捨て石」となる覚悟を持った名もなき先人たちの事を思い起こしてみることは大切だ。そういう人生を思い出させてくれた小野田さんに感謝しつつ、ご冥福をお祈りしたい。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(437) 小野田寛郎の30年戦争
「いまの日本が失ったものを持っている戦前の日本人の生の声が聞けるかもしれない」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog437.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. MSN産経ニュース、H26.1.18「失われた『誇り』喚起 米紙が小野田さんの評伝」
http://t.co/K1jD9Lj1CR

2. 畠山清行『秘録・陸軍中野学校』★★、新潮文庫、H15
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4101155216/japanontheg01-22/

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