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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
鳳凰堂に見るペルシアの影
「人々の心 飛天の美」と題する柳絮さんの素晴らしい記事を読み、平等院鳳凰堂の平成修理完成を記念した特別展観「天上の舞 飛天の美」が、赤坂のサントリー美術館で開催されていることを知った。

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殊に、以下の柳絮さんの結びの言葉が胸を打つ。

千年前に今の工人と同じように真摯な仕事をした匠たちがいた。作り上げたものを文化として千年の間守り伝えてきた人々がいた。そしてそれを今拝観し敬意を払う人々がいる。それらの人々はすべて繋がっている。生命の繋がる共同体とは地理的な広がりの中に存するだけではなく、歴史的な広がりも視野に入れなくてはならない。礼をなして菩薩像に触れている人々を見ていてこみ上げるものがあった。


ところで、鳳凰堂はペルシア美の極致であると云ったら、読者はどう思われるだろうか。このあたりは秘史に属していたこともあり、歴史音痴の亀さんが気付いたのは10年前、すなわち『扶桑国王蘇我一族の真実』(渡辺豊和著 新人物往来社)を紐解いた時だった。

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ペルシア美が爛漫と咲き誇ったのは鳳凰堂だけではない。平泉の金色堂も同様だったのであり、ここにも蘇我氏の影響を垣間見る。尤も、世間の常識では平泉藤原氏は蘇我氏ではないことになっているのだが、実は平泉藤原氏こそ蘇我氏の流れを汲む蝦夷の酋長だったことは、ツラン(扶桑国)についての背景知識がないことには俄には信じ難いことだろう。(ツランに関心を持った読者は、「巻頭言」のツラン関連の記事に目を通すことをお薦めしたい)

東大寺には正倉院御物を含めペルシア渡りのものが多い。二月堂のお水取りは福井県小浜市の遠敷井から東大寺の若狭井まで水を送ってきて、それを取水する行事である。これは僧実忠によって始められたのであるが、伊藤義教(『ペルシア文化渡来考』岩波書店)は実忠をペルシア人であろうという。遠敷井から若狭井まで直線距離にして九〇キロ、これはイメージとしての地下水溝(カナートまたはカレーズ)である。まさにイランの砂漠に現在でも敷設されているものである。また二月堂の巨大松明を掲げて走る達陀の行法はゾロアスターの拝火を思わせる。正倉院にペルシア渡りの物品が数多く収蔵されているのも実忠がもたらしたものなのか。ともあれここにもペルシア美は開花を待っていた。
ペルシア美が繚乱と花開いたのは平安時代中期の平等院鳳凰堂においてである。阿弥陀信仰は無量光を崇めることであり、西方浄土、すなわちペルシアヘの憧れを表出することである。無量光が世界を包み込むイメージを建築化した最大傑作が鳳凰堂であるが、これに酷似した建築空間はサファヴィ朝ペルシア(一五〇二~一六ニ九年)の首都イスファハンに現在も数多く残されている。サファヴィ朝自体はイスラム教であるが、イスファハンの王の広場の主軸は正確に真北から二〇度西に傾いているところをみると、この王朝は明らかにアケメネス朝やササン朝の正統ペルシア文化の復古を意識している。ここに鳳凰堂と酷似する建築空間が多く見られるのは翻って鳳凰堂がペルシア美であるということになる。

『扶桑国王蘇我一族の真実』p.316


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アーリー・ガープー宮殿
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