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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
山本覚馬と教育勅語
NHKの大河ドラマ「八重の桜・再び戦さを学ばず」を見る。見終わって強く印象に残ったのが、同志社を新島襄と共に設立した、新島八重の兄・山本覚馬であった。亡くなる半年前、同志社の卒業式で覚馬が行ったスピーチは素晴らしかったが、それ以上に印象に残ったのが、冒頭で覚馬が見せた教育勅語に対する〝一抹の不安〟であった。

13120902.jpg

覚馬が一抹の不安を感じたのは、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」の行である。この行の正確な意味は、「教育勅語」のページに詳しく解説されているので参照していただくとして、覚馬ほどの人物なら教育勅語を正しく理解していたはずだ。それでも覚馬が不安を抱いたのは、時の明治政府が薩長藩閥だったからであり、覚馬自身は〝朝敵〟とされた元会津藩士だったことが大きい。

 教育勅語が、戦後ただちに廃止され、今でも軍国主義の象徴のように言われているのは、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運ヲ扶翼スベシ」の部分のせいです。しかし、教育勅語がつくられた時代背景と流れを見るならば、これは「徳川家や主家に対して忠誠を尽くしていた時代は終わった。これからは国家に忠誠を尽くしなさい」ということを言いたかったのが理解できると思います。当たり前といえば当たり前で、本来、目くじら立ててどうこう言う部分ではなかろうと思います。
「教育勅語」


つまり、政府(政体)が皇室(国体)を利用して、天皇の名の下に国民を戦場へ駆り立てるという意図を、覚馬は鋭く見抜いていたのである。やがて、日本は軍国主義の道を突き進み、日清戦争の開戦へと至る。

なお、山本覚馬については、「横浜日記」というブログが優れているので、一読をお勧めしたい。
横浜日記」(216)その1<山本覚馬のこと=維新後京都と幕末会津藩>
横浜日記」(216)その2<山本覚馬のこと=維新後京都と幕末会津藩>
横浜日記」(216)その3<山本覚馬のこと=維新後京都と幕末会津藩>

ところで、次回の大河ドラマに黒田官兵衛が登場する。「八重の桜」は同志社に多少の縁があったので、初めて1年を通じてNHKの大河ドラマを見たが、今度の「軍師官兵衛」は、多分見ることはない。もし見るとすれば、官兵衛をハンセン病者として取り上げた場合に限る。このあたりについては、最新の世界戦略情報誌『みち』の「洞察日本史」に掲載された、落合莞爾さんの以下の言葉を参照されたい。

生れてから見たことがないNHKの大河ドラマの来春のテーマは黒田官兵衛と聞いたが、官兵衛がハンセン病者であったことを、口にせずとも誰しも知っていた時代は過ぎ去った。ハンセン病患者が清正公祠に参っていた意味を知らない者たちの時代となった今、官兵衛が有岡城の土牢でハンセン病に罹病したことを知ったうえで製作したのであろうか。
『みち』12月1日号 p.14

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コメント

先日、私の記事にコメントを書いてくれた人のブログに行ってみたら、教育勅語に
ついて書いていらして、私自身も3年前に書いたなぁ~って思って見てみたら、
亀さんがコメントを書いてくださっていました。
その翌日か数日後、別のブログの記事に書いてある神社の説明板の文章が、
まるで教育勅語のようだなぁ~って感じたので、そうコメントしたら、その人も
教育勅語について過去に記事を書いていて、拝見しました。
そしたら、今度は亀さんのところで、また教育勅語で、びっくりです。。。
このシンクロは・・・何・・・?!って感じです。。。

「八重の桜」、残念ながら、本当にたまにしか見れてないんです。。。
今週も見逃してしまいました。
土曜日の再放送もどうなることやら・・・。
録画しておけ!って感じですけど、そこまでして見たいわけでもないので・・・。

それにしても、山本覚馬という人物は、すごい慧眼のある方だったんですね。。。
ドラマの中だけなのか、実際に危惧していたのか、知りませんが。。。

2395
[2013/12/10 05:05] URL | ひろみ #3USpdlJ2 [ 編集 ]

堀川政略
ひろみさん、

スペインでもNHKの大河ドラマを見られるとは、昔と比べて大変便利になりましたね。

さて、本稿には書きませんでしたが、今回の番組の〝裏〟のハイライトは、番組の最後に登場した会津藩主の松平容保が孝明天皇から賜った宸翰と御製で、世に公開するように山川に下命したシーンだったと思います。これは、落合莞爾さんの堀川政略と何処かで結びついているのですが、そのあたりは〝皆様〟のNHKでは描くわけにはいかなかったようですね。
[2013/12/10 06:27] URL | 亀さん #FlJCcfGk [ 編集 ]


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