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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
大正天皇
先日、世界戦略情報誌『みち』の会合で、同誌の主幹・藤原(源太郎)さんが語ってくれたのだけど、ナント小生のブログを読んでおられるとのこと。本ブログで『みち』のことを時々書いているので、読んでいただいているのかもしれないけど、今後は余り下手なことは書けないなぁ(笑)…。

その日、昭和天皇のことが話題に出た。そして思ったんだが、五年近く月一回のペースで『みち』の会合に顔を出しているけど、不思議と明治天皇と昭和天皇の話は頻繁に話題に出てくるのに、未だかつて一度として大正天皇が話題になったことがない。亀さんは『続 極道辻説法』で、世の中にあまり知られていない大正天皇のエピソードを、今東光が語っているのを時々思い出すので、この機会に全文を転載しておくことにした。


☆☆小説に大正天皇が登場しないわけ
最近、小説などを読んでいて疑問に思うのだが、明治天皇やいまの天皇のことはよく出てくるのに、大正天皇のことがちっとも出てこない。どうしてなのか、和尚、知っていたら教えてもらいたい。(群馬県太田市 21歳 丹野弘蔵)

これはいい質問だ。

大正天皇は生まれて間もなく何歳かの頃、脳膜炎をわずらったんだ。お医者がみんな手放したくらいの重病でね。明治大帝はたったひとりの男の子だから、非常に惜しんで、京都の妙法院の門跡で、村田寂純という大僧正に頼んだんだ。この妙法院は天台宗の門跡寺院では一等の寺で、明治大帝は京都にいらしたから、それで覚えていたんだな。妙法院には聖天様がお祭りしてある。この聖天様というのは、桓武天皇が信仰なさっていて、お冠の、まげを入れる巾子(こじ)にお守りとしていれておいた。それがお祭りしてあるのを思い出されたんだ。というのも、聖天というのは無理なお願いを聞いてくれるという神様なんだ、仏法の方では。それで、これは無理なお願いだからというんで、村田大僧正に勅使を立てて、聖天供の行をしてくれと頼んだわけだ。

村田大僧正はお受けすると、まず弟子どもをみんな呼んだ。「オレはこれから3721日間聖天供をする。命を張ってやるから多分オレは助からんだろう。それだからおまえたちには……」と、みんな形見分けをして、本山、比叡山に寄付するものはして、金を全部始末し、身辺をきれいにした。そして今度は行に入る前の前行七日という、七日間水を浴びた。そしていよいよ聖天堂に入った。

「扉は密閉して誰も近寄ってはいかん。行中に五鈷鈴(ごこれい)を鳴らし続けるから、その音が途絶えたら開けよ。ひょっとするとどうなっているかわからんから」と言って聖天堂に飛びこんだわけだ。五鈷鈴というのは爪が五つある真言密教の行に使う鈴だ。そうしてやっていたんだが、何日目かに五鈷鈴の音がしなくなった。「大変だ!」というんで、行って外から鍵をかけたやつを開けてみると、大僧正は密壇という壇から落ちてぶっ倒れているんだ。それで水をぶっかけたりなんかすると息を吹き返した。それをまた壇の上にあげて行を始める。みんな扉を閉めて出る。昼夜ぶっ通しだからみんな寝ずに聞き澄ましていると「リーン、リーン」という鈴の音が聞こえてくる。「まだお達者だな」と思っていると、そのうちバタッと聞こえなくなる。「それっ!」と行くと、またぶっ倒れている。

これを何回もくり返すんだ。食べ物はその間におかゆをちょっちょっととるだけ。それで聖天を攻め伏せたわけだ。二十一日済んで出てきた時にはかつがれて出てきた。

「ずいぶんお倒れになりましたが……」と言ったら、「ウーン、聖天さんが現われてオレを蹴とばしたんだ、無理を言うな、と。そのたびに密壇から蹴落とされたのを、おまえたちが救いあげてくれたんで、とうとう二十一日やれた」

そうしたら、二十一日過ぎたら宮内省から電報で「お命をとりとめた」と。それから間もなく村田さんは寝ちゃって、余命旦夕(たんせき)に迫った。

「お命をとりとめたことはまことに目出度い。しかし、おまえらに言っとくが、聖天様には無理な願いは絶対にするな。これは国家のことだからやったけど、無理な願いはするでないぞ」と遺言して亡くなった。そうしたら明治大帝が菊の紋章つきの、馬つきの馬車をくれたんだよ。そのお馬車にお棺が乗った。生きては乗れなかったんだ。

その人のお弟子が、おレが世話になった木下寂善という大僧正でね。形見分けされた人から聞いているんだから、現実の本当の話だ。密教の世界とはそういうものでね。これをやれる阿闇梨にならないと大阿闇梨とは言われないんだ。オレは叡山でそれをやってるんだよ。

そういう方だから、大正天皇はあまりよくないし、たいした働きはできなかったけれど、家来たちがいいのがいたから全部できたんだ。ただ、字のうまいことは抜群だった。大正天皇の書をあんまり人が言わないし見ていないから、これを知っている人は少ないよ。オレは数点拝見したが、たいしたもんだった。

嵯峨天皇は、弘法大師と橘逸勢と並んで三筆と言われたほど書がうまかったが、歴代天皇のうちでは大正天皇は上位五指に屈するんじゃないかな。それはもう大変なもんで、小野道風にも三筆にも負けないもんだよ。

明治時代の人で最高にうまかった副島種臣(蒼海)ですら、大正天皇の字を見ると「恐れ入りました」と拝んだくらいでね。こういうことをあんまり人が言わないというのは、オレは大変残念だといままで思っていた。それに明治、大正、昭和と三代並べてみると、大正時代が一番良かった時代じゃないかな。エロ、グロ、ナンセンスがはやったり、のん気でいい時代だった。オレが一番好きた時代だよ。
『続 極道辻説法』p.71
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