漸く仕事が一段落したので、11月26日にBSジャパンで放送された、「昭和は輝いていた・ブルース・リー編」を見た。

う~ん、懐かしかった。ブルース・リーは1973年7月20日に逝去しているが、その2~3ヶ月ほど後、リーの生まれ故郷サンフランシスコに亀さんは住み始めている。当時の亀さんは大学の授業の合間を見ては、街の映画館に足を運んでいたものだった。多い週は、10本を超える映画を見たこともある。
そんな折、ブルース・リーの映画を見たのだが、ホント衝撃を受けたもんだよ。先月BSジャパンでブルース・リーのワンシーンを流していたんだが、リーが敵を徹底的に叩きのめすシーンに来ると、亀さんも思わず拳を握りしめたもんだ。

それで思い出した本がある。今東光の『最後の極道辻説法』の「和尚独白」だ。以下に転載しておこう。
和尚独白
オレはいまでもテレビで西部劇を観ていると、五体がカァと熱くなる。とくに殴り合いになると、思わずオレも両手を動かしてしまうくらいだ。先日、マカロニ・ウェスタンを観ていたら、ふとオレは天才的に喧嘩の強かった従兄のことを思い出した。
彼は、まだ仙台の二高に行っていたころ、後輩がヤクザに短刀で脅されてひどい目にあったので、そのヤクザ者をぶん殴り、もう二度と短刀が持てなくなるようにと、竹筒に右の指を一本一本入れて、ポキッポキッと折ってしまった。頭にきたヤクザ者は、訴え出たので裁判になった。
結局、慰謝料として当時の金で五百円支払うことに判決が下った。すると従兄は「慰謝料を千円支払いたい」と裁判長に異議を申し立てた。その理由がふるっていた。
「あいつは右の指を折られても、いまだ後悔もしていないし、罪の意識もうすいので、もう五百円支払うから、左の指も折ってやりたいのです」
その申し立てには、さすがのヤクザも震え上がり、右の手の分の五百円もいらないから左の指は、勘弁してもらいたい、と言いだした。喧嘩は、このように知恵があってこそ、はじめて勝つものなのだ。
オレは若いころ、この従兄と組んで全戦全勝の記録をつくったものである。
『最後の極道辻説法』p.46
ところで、この「和尚独白」なんだが、亀さんは今までに和尚自ら書いたものとばかり思っていた。ところがナント、これは当時和尚の編集担当をやっていた、島地勝彦氏が書いたものだという。知らなかったなぁ…(笑)。 『極道辻説法』の「和尚前白」はシマジさんがちゃっかり先生になり代わって書いていたんです
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