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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
大海人皇子の正体
昨日、飯山一郎さんが大海人皇子を取り上げていた。311さえなければ、今頃は天武天皇の謎について、さらに飯山さんが深く掘り下げ、我々のために公開してくれたであろうと思えるだけに、誠に残念でならない。

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  「宗像市に行き“古神道の森”の空気を吸った」

ところで、上記の記事で目を引くのは、「天武天皇と済州島の関係は深い」という飯山さんの主張である。その根拠として飯山さんは日本書紀を取り上げているのだが、亀さんも旧ブログで日本書紀をもとにして、数本の記事を書いたことがある。
『日本書紀』

『日本書紀』の記事で紹介した記事の一つが、「第二回・『覇王 不比等』全三巻(黒須紀一郎著 作品社)」 であり、同記事に登場する不比等と同時代の空気を吸っていたのが天武天皇その人である。関心のある方は一読戴ければと思う。ちなみに、黒須紀一郎は確か、「天武天皇は新羅系の支配者」という説を下敷きに、『覇王 不比等』を書いたと記憶している。

その他にも大海人皇子に関する諸説が世の中に数多あり、なかでも落合莞爾さんの『明治維新の極秘計画』に登場する大海人皇子像は興味深い。少々長くなるが、以下に転載しておこう。

海人熊野和田氏=橘氏
はるか縄文時代の昔から日本列島に住んでいた族種橘氏は、三世紀ころから陸続として渡来してきた騎馬族の攻撃目標になることを避けるために、橘姓を隠した時期が続いていました。

元明天皇が県犬養三千代に「以後は橘姓を称すべし」と勅諚したのは、実際には聖武天皇が葛城王(諸兄)に賜姓したのかも知れませんが、「もう大丈夫だから、橘氏にカミングアウトしなさい」との意味と視るべきです。カミングアウトの許可は、葛城王から申請したのでしょう。

因みに、三千代の父系の県犬養氏は伴造と呼ばれる大和政権の中下級貴族で、職能民の犬養部を統率した実務官僚です。職掌は屯倉(大蔵)の管理で、県犬養連・海犬養連・若犬養連・安曇犬養連の四氏が犬養部を統率していました。県とは朝廷直轄領で、県犬養氏は首都圏所在の屯倉の守衛を職掌として、旧は犬を使っていたから、この名称です。

守衛から警護役を経てしだいに軍事的職能を帯びた犬養部は、壬申の乱に際して大海人皇子(天武天皇)の近衛として活躍し、乱後に一族の県犬養輝儒が正三位の重臣となり、三千代の父の県犬養東人も従四位下に叙せられています。

大海人皇子を養育した凡海直は安曇系海人族です。また多大の軍事的支援をした尾張・美濃の尾張氏は丹波海部氏の末喬ですから、三千代が最初に仕えた天武天皇は、いみじくも大海人の名が示す通り、海人族の連合による天武王朝を開いたのです。

それまでの大和朝廷は、数代前から百済色の濃い王朝で、天智天皇まで続きましたが、百済は北方騎馬民の扶余族ですから、何時の頃にか来日して皇統に混入したのでしょう。

北家や清和源氏など大陸から朝鮮半島を通過して渡来した騎馬系族種は、軍事力で列島社会を制覇しましたが、以後は政治力で優勢に立ったため、他の族種に偽称されることはあっても、自ら姓を隠すことはいたしません。

しかしながら、橘氏や平氏などの海人族は、軍事的または政治的に劣勢の時期が長く、その時期には、優勢の他族種に潜入したり、他族種を偽称することが通例だったのです。

清和源氏を自称する小笠原氏は本来海人橘氏ですが、騎馬系の攻撃を逃れるため、敢えて騎馬家系の本家を偽称したのです。天正二十(一五九三)年に小笠原諸島を発見した小笠原貞頼は、『大日本人名辞書』によれば信濃国深志城主で、小笠原長時1↓長隆1↓長元⊥貞頼と相続したようです。かたや家康の側近で、御朱印船で知られる貿易商茶屋四郎次郎も信濃小笠原家の出で、本名を中島清延といい当初は家康に仕える武士でした。清延の父は小笠原豊後守明延、母は小笠原長隆の娘ですから清延は貞頼の従兄弟に当たり、深志城主小笠原家も茶屋中島家も共に深く海洋に関係しています。

元亀三(一五七二)年十一月三方原の合戦に際し、家康は清延の功を賞し「手づから橘を執り之を授けて曰く、橘は是れ祥瑞なり。宜敷く以て汝の家紋となすべしと。此の時三つ梶の葉の家紋を改めて橘となす」との伝承を『大日本人名辞書」は記載しています。県犬養三千代の場合と甚だ似ていますが、清延の戦功を賞した家康が、橘姓へのカミングアウトを認めたのでしょう。つまり、小笠原氏の本当の血統は橘氏なのです。

『明治維新の極秘計画』p.173~


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