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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
プーチンと柔道
少年時代に柔の道に入ったプーチンは、下手な日本人以上に武道の心を知っている。ある意味、柔道こそプーチンの原点であると言っても過言ではないということが、以下のプーチンのインタビュー記事でわかると思う。出典は『プーチンと柔道の心』(朝日新聞出版)で、残念ながら同書は絶版である。なお、インタビュアはNHKの元モスクワ支局長だった小林和男氏。

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プーチン大統領インタビュー[2003年5月26日]

小林:大統領、こうしてノヴォアガリョーヴァのお宅でお目にかかることができてたいへん光栄です。こちらにお伺いするのはこれが初めてです。実は、今回のインタビューの目的は大統領と柔道との関わりについて伺うことです。柔道と人生について、率直なところをお聞かせいただければと思います。

まず、大統領と柔道との出会いについてお伺いしたいのですが、それはどのようなものだったのでしょうか。大統領はどのような少年時代を過ごされていたのでしょうか。

プーチン:よろしいでしょう。別に隠すようなことではありませんから(笑)。私が最初に取り組んだのはサンボという競技でした。これはソビエトで作られたスポーツです。

ハルランピエフという有名な選手がいて、ソビエトのいろいろな民族の格闘技から要素を取り入れて、サンボというスポーツを作り上げたのです。ちなみに、このサンボという言葉は「武器を用いない自衛手段」というロシア語の略語です。

小林:それは空手のようなものですね。

プーチン:いや、違います。ソビエトの各民族の格闘技からいろいろな技を取り入れて組み合わせたものです。柔道と同じような服装ですが。サンボは今も盛んに行われていて、ヨーロッパ選手権や世界選手権も開催されています。

私が始めたのは一九六六年か六七年頃でした。そして、それから二、三年経って、私がサンボを習っていたグループは全員、柔道に移ることになりました。ソビエトでも積極的に柔道を普及させようという動きがあったからです。六四年から柔道がオリンピック種目になっていたためです。

小林:なるほど。オリンピック対策ですね。

プーチン:そうなんです。そして、私がいたグループは全員、柔道に移りました。それはコーチが決めたことで、私が選んだわけではありません。ただ、そのことで後悔したことは一度もありません。そして柔道が大好きになりました。それ以来、ほとんどずっと柔道を続けてきました。

小林:一緒に柔道をしていた人たちは何人ぐらいいたのですか。

プーチン:そうですねえ。三〇人ぐらいだったと思います。

小林:ここでぜひお伺いしたいことがあります。最初の稽古では何を習われましたか。

プーチン:真っ先に規律が大切だということでした。規律、そしてコーチから教えてもらうことに創造的に取り組むということです。いつも言われたことは、どういう状況でどういう動きをするのか、試合をどういうふうに組み立てるのか、自分で考えるということです。そして、もちろん熱心に練習することです。

小林:どんなスポーツも同じですね。

プーチン:もちろんです。どんなスポーツでも同じことです。ただ、柔道を始めたときに思ったことは、サンボの個々の要素とよく似たところがあるということでした。いろいろな技、投げ技などはほとんど同じでした。違うところがあるとすれば、柔道着とサンボ着がちょっと違うというところでしょうか。サンボ着は体にかなり密着する感じで、ベルトもしっかりと着用します。サンボ着にはベルトを通すところがついています。

柔道着にはそういうのはありませんよね。柔道着はかなりゆったりとした感じで、帯も固定されていません。これは些細なことのように思えますが、投げ技のかけ方がずいぶん違ってきます。
それから、ルールも違います。例えば、サンボでは足への関節技が認められています。膝の欄節やアキレス腱も認められています。柔道では足への関節技は禁止されています。その代わり、柔道には締め技が認められています。これはサンボでは禁じられています。

小林:柔道を習った目的は、世界チャンピオンを目指すことだったのですか。

プーチン:そんな、たいしたことではありませんでした。目標は柔道の力を借りることでした。かなり単純なものです。私は子供の頃不良だったのです。日本の皆さんにわかっていただけるかどうかわかりませんが、ほとんどの時間を外で遊んで過ごしました。つまり、他の子供たちと一緒に、通りでよたっていたということです。ですから、私は「通りで育った」と言ってもいいでしょう。両親は私をまともにしようと、接する時間をなるべくたくさん取ろうとしていました。そのために母は仕事を辞めたくらいです。「通り」には独自の厳しい掟がありました。

特にあのくらいの年齢だと、何か揉め事が起きたときには、数学の方程式が解けるかどうかで勝ち負けを決めるようなことにはなりません。芸術や文学の知識も役には立ちません。たいていは、掴み合いの喧嘩です。はっきり言えば。そして、強いものが正しい、ということになるのです。強い人が頼られるのです。

その頃の私の周りの世界でいい顔をするために、私はいろいろな方法で体を鍛えようとしました。小柄でしたから。ボクシングをしてみたり、レスリングをしてみたり、そうやっていくうち柔道に辿り着いたわけです。ただ、柔道に辿り着いて、私は変わりました。考え方だとか、人生観、他の人との接し方も変わりました。そういうふうに、スポーツ、特に柔道は私の人生の中で大きな役割を果たしたのです。センセイが良かったのです。

小林:柔道の稽古はとても厳しいものがあると思いますが。どうやってその厳しさに耐えられたのでしょう。

プーチン:かなり真剣にやらないといけませんね。最初の段階ではそもそもの動機が強くなることで、自分たちの世界の中でいい地位を得ることでしたから。ただ、そのあとは、そういうことは人生の中で大切なことではないということがわかってきました。

コーチのセンセイや柔道のルール、スポーツクラブの中の人間関係というものから影響を受けて、人生や他の人、周りの世界、友人たちに対する考え方も変わってきました。

試合にも勝てるようになってきて、自分を表現し、自分の存在を確認するための手段が、これまでとは変わってきました。自分の力を見せるために通りで喧嘩をする必要はなくなりました。柔道で、畳の上で自分を鍛えればいいのです。そこにはルールというものがあります。「通り」にはルールはありません。柔道の世界には厳格なルールがあり、自分の力を見せようと思ったら、それはルールの枠の中でやらなければなりません。

そういったこと、それから、スポーツ界のいろいろな精神というものが私にも徐々に影響を及ぼしていったのです。

小林:ということは、柔道が一人の少年を大きく変えたと?

プーチン:柔道だけではありませんが、柔道がかなり大きかったということです。柔道と出会っていなかったらどうなっていたかわからない。それは確かですね。

私の両親は最初、柔道には反対だったんです。

小林:どうしてですか。

プーチン:通りでやっている喧嘩の延長のようなものだと思っていたからでしょう。悪仲間のグループの喧嘩で勝つために柔道をするんだと思ったのでしょう。でも柔道を始めてから私が徐々にいい方向に変わっていくのが両親にもわかったと思います。コーチのセンセイもうちに来て両親にいろいろと話をしてくれました。そうしているうちに、柔道に対する両親の考え方も変わってきました。最初は反対していたのに、反対しなくなっただけではなくて応援してくれるようになりました。私が試合に勝つようになると、とても喜んでくれました。

小林:初めて試合で勝ったときのことは覚えていますか。

プーチン:いや、覚えていません。ただ、中にははっきりと覚えている試合もあります。それは地区の大会とか、クラブの試合で、特にレベルの高い試合ではなかったのですが、勝ったときのことは今でも覚えています。とても苦労しましたから。そういう試合のことは今でも覚えています。そのときの相手には感謝しています。それは、相手も正々堂々と全力で戦ってくれたからです。

小林:最初のコーチの先生は今も活躍していますか。

プーチン:はい。ときどきお目にかかることがあります。今でも指導を続けられています。子供たちを相手に、男の子や女の子に柔道を教えています。今は女子も柔道をやっていますから。とても元気な方で、今も指導を続けられています。そういう意味で、私は運がよかったと思います。センセイはとても熱心な方でしたから。

小林:熱心というのは、つまり……。

プーチン:つまり柔道に人生を捧げている方ということです。柔道と子供たちにです。

とても才能のある方で、お話もおもしろく、もし他の分野の仕事をされていたとしても、やはり優れた業績を残されていたと思います。でも、実際には子供たちの指導に全人生を捧げているのです。そして、柔道に。

小林:真の教育者だということですね。

プーチン:そのとおりです。

小林:広い意昧で。

プーチン:まったくそのとおりです。

小林:柔道では相手の力を利用しますが、最初、どう思われましたか。

プーチン:そのことはすぐにはわかりませんでした。相手の力を利用して自分が勝つことができるというのはすぐには理解できません。鍛錬をしていくうちにわかってくるものです。自分の技能が磨かれて、自分の蓄えがかなり多くなって、そのとき初めて理解できるのです。自分の力、自分の知識、自分の能力だけではなく、相手を知っていれば、その知識を利用して自分の勝ちにつなげることができるのです。それがわかるようになるのは、自分の技能が伸びてからのことです。柔道の選手ならばよくわかることだと思います。

相手の失敗を利用するだけではなくて、相手が何をどうしようとしているのか、どういう技を持っているのか、どういう得意技があるのか、そういうことをあらかじめ知ったうえで、それを克服するわけです。相手の体重の慣性や相手の技の慣性を利用することもできます。利用しようとする、と言ったほうが正確ですかね。

(ここでお茶が出る)

小林:それは緑茶ですか。

プーチン:緑茶ですよ。

小林:お好きですか。

プーチン:ええ。日本や中国からも輸入しています。これは中国産かもしれない。

小林:ところで、柔道のない人生というものは考えられますか。

プーチン:今では考えられませんね。

小林:もし、柔道の先生との出会いがなかったら、どういう人生になっていたと思いますか。

プーチン:わかりません。まったくの仮定の話になってしまいますから。ただ、私の人生は完全に別のものになっていたと思います。たぶん。

小林:ロシアにはいろいろな格闘技があるそうですが、柔道との違いで一番大きい点は何でしょうか。

プーチン:基本的には格闘技はどれも好きです。それぞれの伝統がありますレスリングのグレコローマンスタイルにしても、フリースタイルにしても、サンボにしてもそうです。サンボもおもしろい競技で、そのうちにオリンピック種目になるかもしれませんよ。

ロシァ国内のいろいろな民族には独自の格闘技の豊かな文化があります。コーカサスの多くの民族にとっては格闘技は儀式のようなものです。タタルスタンも格闘技などさまざまなスポーツが盛んなところです。現地のお祭りに行ったことがありますが、広場で大勢の人たちが試合を見ていました。格闘技はスポーツの中でも特に人気があるということです。

小林:柔道を一緒にやっていた人たちとの交流は今も続いていますか。

プーチン:中には柔道をやめてしまって交流もなくなった人もいますが、指導者になった人も大勢います。今でも子供や大人の指導をしている人もいます。滅多に会わない人もいるし、かなりよく会う人もいます。

三年ほど前、柔道をしている友人がサンクトペテルブルクに柔道クラブを作るというのでお手伝いしたことがあります。「ヤワラ・ニワ」というクラブです。ここを通じて私たちがつながっているという面もあります。そこの選手の人たちと会うこともあります。このクラブの選手の大半はロシア代表に入っています。

小林:確か、大統領は一九七六年にレニンクラードで初めて優勝されましたが。その後はどういう目標を立てたのでしょう。ソ連選手権優勝とかオリンピック出場とか。

プーチン:その当時はもう、そういう大きな目標を立てることはできませんでした。すでに保安機関の将校になっていたからです。畔年前から保安機関の仕事をしていて、練習のための時間を確保することができないことはわかっていました。もう、それまでのように柔道のために使える時間はなかったのです。

小林:柔道をやめてしまおうと思ったことはありませんか。

プーチン:まあ、そういうこともありました。柔道をやめなければならないときが来ると思ったこともありました。ただ、ペテルブルクの市役所で働いていたとき、日本の総領事の方から、一〇日間日本を訪問しないかとお誘いを受けたことがありました。まったく意外な話だったので、どうしてペテルブルクの私が日本を訪問するのかと尋ねてみました。当時、私は副市長でした。

小林:サプチャクさんが市長だったときですね。

プーチン:そうです。総領事の方がまた実に率直に話をされる方で、その話では、いろんな国からパートナーを招待する計画があって、たまたま空きがあるのでロシアからも何人か来ていただきたい。そこであなたを招待したい、ということでした。その話を聞いて、悪い話ではないな、と思いました。

ペテルブルクと大阪が姉妹都市になっていることもあり、私は一〇日間、日本を訪問することにしました。そこで、日本ではどういうところに行くのか、と尋ねてみたところ、視察旅行なのでどこでも希望に応じるということでした。いい話ではありませんか。私は大阪、東京、京都を選びました。東京では講道館を見たいと希望を出しました。そこで私にとって意外だった、というよりも、驚いたことがあります。私は上の方の席から稽古の様子を見学しただけなのですが……。

小林:自分でも稽古したい、と思われたんですね。

プーチン:いや、そのときはそうは思いませんでした。講道館の稽古がどういうものか見てみたかっただけです。私は上の方の席におとなしく座って、稽古を見ていました。

若い人、まだ子供の人たちが稽古をしていました。すると、そこにかなり年配の方が二人現れたのです。どのくらいの年齢だったのかはわかりませんが、私には七〇歳以上に見えました。そして、丁寧に慎重にではありますが、三〇分ほど畳の上で稽古をしました。お互いを丁寧に投げることも何度かありました。びっくりしました。まったく予想外でした。本当に印象深い光景で、柔道は一生続けていくことができるし、続けなければならないと思いました。

小林:講道館では、ご自分でも技を披露されましたよね。

プーチン:いや、そのときは何もしていません。見学だけして帰ってきました。二〇〇〇年に大統領として日本を公式訪問したときに、森首相と一緒にもう一度訪れました。

小林:そのときに巴投げを披露されましたよね。

フーチン:ええ、やってくれと言われたものですから。

小林:日本の柔道家の人たちはあの巴投げを見てびっくりしたようです。稽古を続けていなければできない技だということです。ということは、ずっと稽古を続けていらしたということですね。

プーチン:まあ、専門的というほどではありませんが、以前はかなりやっていましたから。全国大会のときにはほとんど毎日稽古していましたし、合宿では一日に二回稽古がありました。それで技が体に染み込んだんだと思います。今では毎日どころか、毎週稽古するのも難しいくらいです。

実はここのトレーニングルームにも畳の練習場があります。後から案内しましょう。

さっき、昔の柔道仲間のことを質問されましたが、昔の仲間がときどき遊びに来て、一緒に稽古することもあります。それから、「ヤワラ・ニワ」の現役の選手がここに来ることもあります。中にはロシア代表の選手もいます。そういう感じで、ときどきは畳の上に立っています。

小林:沖縄訪問のときには形を披露されました。そのとき中学生から背負い投げをされました。ロシアの人たちの中にはテレビでそのシーンを見て、大統領が子供に投げられたのは屈辱的だと言う人もいましたが、大統領は何も弁明も説明もしませんでした。なぜですか。

プーチン:情報は徐々に自然な形で伝えなければならないということもありますが、説明が不要なこともあります。あのときの日本の中学生との柔道の稽古については、日本の皆さんにはわかっていただけると思います。畳の上では、というよりもスポーツの場では、上下関係というものはありません。誰もが平等です。それに畳の上では、お互いに平等だというだけではなく、お互いに敬意を払わなければなりません。そして、相手に対する敬意を表す一番の方法は、相手が得意なことをする機会を与えるということなのです。

小林:礼とはいったい何なのでしょうか。

プーチン:礼とは、伝統に対する敬意でもあると思います。柔道は世界的なスポーツになりましたが、それは勇敢なスポーツだからというだけではなくて、何世紀もの伝統を守っているからでもあると思います。日本文化の伝統です。それが柔道の大きな魅力だと私は思います。今の世界はグローバル化の中で国や人の交流が進み、それぞれの利益だけではなく、お互いに対する利益も絡み合っています。そういう状況下では文化的な伝統という要素が大切になってくると思います。そういう意味で、礼とは伝統と柔道に対する敬意だと思います。同時に、相手に対する敬意でもあります。

小林:敬意ですね。大統領のメソセージには「尊敬される国家」という言葉が使われていますね。

プーチン:年頭教書ですね。

小林:性格ということについてお伺いしたいのですが、大統領はいつも冷静だという印象があります。

プーチン:できる限りそうするよう努めているつもりです。

小林:そのような信条には柔道の影響もあるのでしょうか。`

フーチン:ありますね、もちろん。私の性格は、どちらかといえば短気なほうで、すぐに頭に血が上ってしまうほうです。でも、それが常に好ましい行動ではないことが柔道などを通じてわかりました。それよりも大事なことは自分の気持ちを抑えて、素早い反応、素早い対応をすることで、その方が効果的です。そうして、初めて最高の結果を出すことができます。

小林:大統領は危機的な状況で断固たる措置をとるという特徴をお持ちだと思いますが、ご自分でもそう思われますか。

プーチン:いろいろ危機的な出来事もありましたが、これまでのところうまくいっていると思います。

小林:それも柔道とある程度関係しているということですか。

プーチン:そうですね。もちろん、柔道の影響だけというわけではありませんけれども。ロシアにはかつてスボーロフという優れた軍人がいました。この人の言葉に、「攻撃は最大の防御である」というものがあります。柔道でも同じことです。

小林:大統領は「柔道は単なるスポーツではなく、哲学だ」とおっしゃったことがありますが、「哲学」とはどういう意昧ですか。

プーチン:それは考え方、周囲の世界のとらえ方、そして人との関係、相手との関係です。これまでにも何度か申し上げましたが、柔道は相手への敬意を養います。柔道は勝つために相手の力を利用することを教えてくれますが、同時にルールを守ることも教えています。そして、柔道は伝統とも結びついています。伝統は柔道というスポーツの一部なのです。これがすべてではありませんが、そうしたことが選手の世界観の根底にあると思います。そういう意味で、柔道は単なるスポーツではなく、哲学でもあると私は思うのです。

小林:つまり、柔道を世界的な視野で受け止めておられるということですね。

プーチン:柔道は日本の豊かな文化が産み出したものの一つだと思います。日本文化は独自の方法で世界中の多くの人々の心に届いています。その意味で、日本の文化が人類全体の財産であるのと同じように、その文化の一部である柔道も全世界、特にスポーツ界の財産だと思います。

小林:柔道を通じて日本をよく理解できた、と。

プーチン:そうです。伝統という話をしましたが、柔道を始めたときには日本に対する関心も湧いてきました。服装という基本的なところから始まって、「礼」とか「引き分け」とか、柔道で使われる日本語の言葉にも興味を覚えました。そういう言葉がどういう意味で、どういう背景があるのか、どういうルールなのかも知りたくなりました。そうしているうちに、日本から来られた柔道の専門家とお会いする機会も出てきて、日本についての見方や知識はさらに広がりました。まあ、少しずつですけれども、日本に対する興味が自然に生まれてきたということです。

小林:とてもいいお言葉を伺うことができたと思います。大統領の影響力はとても大きいものがありますが、ロシアにおける柔道の将来はいかがでしょうか。

プーチン:柔道にはこれからも盛んになってほしいと思います。きっとそうなると思います。嬉しいことに私の二人の娘たちも柔道を習っています。ロシアだけではなく、世界の多くの国で柔道は人気があります。ロシアにおける柔道の力を示す一例として、ヨーロッパ柔道協会でロシア語が公用語になっていることをお知らせしたい。

小林:えっ、本当ですか。

プーチン:本当ですよ。これはどういうことかというと、柔道は日本民族の文化の一部であると同時に、どんどん国際化が進んでいるということです。これはとてもいいことだと私は思います。こういうグローバル化は人類全体に素晴らしい成果をもたらすと思います。

小林:大統領、柔道への思いを嬉しく伺うことができました。あちらの報道官がもう時間だと言っています。

プーチン:いやもう少し。これから私の道場を案内しましょう。



ソファーにかけてのインタビューはここで終わった。一緒にと促されて公邸の外に出ると日差しがまだ強かったが、松と白樺、菩提樹の大木に囲まれた広大な庭には小鳥の声が響き、心地よかった。

木立の中を二人で共通の趣味のスキーなどについて話しながら二〇〇メートルほど行くと、そこに真新しい煉瓦の建物が現れた。それが道場だと言う。促されて中に入るとまず目に入ったのが見事な等身大のブロンズの座像だ。柔道を知らない私にもこれが嘉納治五郎だとわかる。どうして嘉納治五郎の像がここにあるのか不思議がる私に、プーチン大統領はルシコフ・モスクワ市長が大統領の誕生日のお祝いに贈ってくれたものだと説明した。ルシコフ市長は二〇〇〇年の大統領選挙でプーチン大統領と争った人物だ。大統領の誕生日に、大統領が大好きな柔道の大先達の像を贈ったことで、政治的な力関係がはっきりとわかった。

作者はグルジア出身で世界的な彫刻家のツェレテーリだという。彼の作品はモスクワでもニューヨークの国連本部でも日本のロシア大使館の大ホールでも見られるが、作品は途方もなく大きいものが多く、私の趣味には合わない。しかし嘉納治五郎のブロンズは彼の他の作品と違って品性が感じられた好作品だ。

座像の横が道場への入り口になっている。大統領に促されて道場に入り、私は恥をさらした。プーチン大統領は入り口でぴしっと立ち、礼をしてから入ったのだ。私が柔道をたしなまず、柔道についての知識もないことがすっかり暴露されてしまった。日本の柔道家の皆さんに申し訳ないことをしたと思う。慌ただしく日本を出発して行ったインタビューだったが、柔道の基本精神についてはきちんと知識を得てから臨むべきだった。悔やまれたが時すでに遅し。しかしプーチン大統領は私の非礼を不快に思うそぶりも見せず、道場の案内をしてくれた。

道場は五〇畳ほどもあろうか。畳ではなくブルーのマットになっていて、正面に書と嘉納治五郎の写真が掲げられている。壁に掲げられた書は一字だが読めない。大統領の説明では嘉納治五郎の手になるものだという。一緒に入ったのは、私の他はロシア人のカメラマンだけだ。ロシア人は書などに興味も示さず、残念ながら写真にも収めていない。

書の意味はわからなかったが、私は本当に嬉しかった。日本人がロシアの現職の大統領にこのように敬意を持たれているのだから。そのことを私は大統領に伝えてお礼を言った。心から。しかし感謝の後、一つ質問を加えた。

「大統領が日本人の柔道家に対してこのような敬意を払って下さっていることを知り本当に嬉しいです。そこで伺いたいのですが、大統領は、今お付き合いのある日本の政治家をどう考えておられますか」

これを聞いて大統領が笑い出した。

「君、私はそういう手にはひっかからないんだよ!」

私も大笑いをした。当たり前だ。責任ある一国の大統領が無責任な論評などするはずもない。でも気持ちは通じあって大笑いになった。カメラマンがその笑いを見事に記録してくれた。

時間はどんどん経ってゆく。後ろに控えたグローモフ報道官がしきりに時計を気にして、早く切り上げるよう促した。しかし大統領はそれを制し、カメラマンも報道官も入れずに私を更衣室に案内した。衣装棚を開けると、そこには白と紺の柔道着と一緒にサンボ着もかかっていた。更衣室の隣は温水プールになっている。熱帯植物の鉢が飾られ、窓の向こうにはうっそうとした林が広がっている。

「柔道の鍛錬をできるだけしたいと思っているのだが、なかなか思うに任せない。しかし毎日一〇〇〇メートルは泳ぐようにしている」

そう話す大統領に私はインタビューの記念品として講道館で買ってきた柔道着を渡した。

報道官はますます私たちを急かす。それもそのはずだった。私の後には中国の胡錦濤総書記が初めてのロシア公式訪問でプーチン大統領と会談する予定になっていたのだ。中国との首脳会談の時間を押してまで柔道の話を続けるプーチン大統領の柔道への思いは、インタビューの中で「柔道と出会っていなかったらどうなっていたかわからない」という言葉からもじんわりと伝わってくる。


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プーチン大統領と小林和男氏

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嘉納治五郎のブロンズ像を前に

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和やかな雰囲気のプーチン大統領と小林氏
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コメント

亀さん
「プーチンと柔道の心」の長大な引用、ありがとうございました。良い内容ですね。プーチン大統領は、武道の枢要である「他者への敬意」という人としての至高の誠意を本当に大切にしているのであろうと感ぜられました。

世界戦略情報「みち」皇紀2673(平成25)年9月15日発行第389号の藤原氏の記事で、ハンガリー政府によるIMF離脱が取り上げられていましたが、「ツラン」とは、単なる覇権主義・殲滅主義に抗う精神的な理想・幻想ではなく、心ある数多の人々の精神の基底を貫く実在の気高さであり、昨今の世界潮流に本質的に大きな影響を及ぼし始めていることに、感銘を受けています。
[2013/09/19 18:51] URL | tantan #zFdqEtSE [ 編集 ]

ツラン、再び
tantanさん、

投稿ありがとうございました。

前回だったか、tantanさんは武道の嗜みがある旨のことを書いていましたので、多分今回のインタビュー記事を気に入ってくれていると思っていました。まさに、『プーチンと柔道の心』の白眉とも言うべき章でした。それ以外に、プーチンの柔道の師のインタビューも読み応えがありました。この章については、一週間ほどして本業の締め切りに追われていなければ、今回同様にOCRで読み込んでアップしたいと思います。

ハンガリーのIMF離脱ですが、実は「みち」の掲示板に明日あたりにでも書こうと思っていたテーマでしてが、tantanさんに先を越されましたね(笑)。

ちなみに、小生は大したことはありませんが、合気道(初段)をやっていました。上の息子は弓道、下の息子は剣道でした。

今後ともよろしくお願いします。
[2013/09/19 19:37] URL | 亀さん #FlJCcfGk [ 編集 ]

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[2013/09/23 18:05] | # [ 編集 ]


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