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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
魂入れ
今年の年賀状に、小生は以下のような文を記している。

 昨秋、古くなった墓の改修に着手、今月中旬に完成予定で、春彼岸には間に合いそうです。そして、改修を請け負っていただいた石材店の社長と打ち合わせを進めていく中、江戸中期(宝永5年)から祖母の勢恵(昭和40年没)に至る御先祖様が、土に還っていったことの重みを噛みしめている自分が居り、己れの人生を振り返る良い機会となりました。


その改修が完了したので、1月27日、副住職様にお経をあげていただき、滞りなく魂入れ(お性根入れ)を終えた。当日は透き通るような青空、周囲の墓が古いだけに、改修を終えたばかりの家の墓だけがピカピカで、「拙宅だけ墓が新しくなって申し訳ない」という気持ちと同時に、何とも気恥ずかしいという複雑な気持ちになった。生憎、当日の写真を撮っていないのだが、以下の写真から魂入れが執り行われる様子を想像していただければと思う。

24012701.jpg
魂入れ

ここに、改修工事の間、骨壺を本堂に安置していただいた菩提寺、工事を請け負っていただいた石材会社、魂入れに参列してくれた親族には心から感謝したい。

さて、漸く仕事(翻訳)が一段落したこともあり、久方ぶりにブログ記事を一本書いておこう。今回のテーマは「和歌」。和歌について最後に記事にしたのが昨秋の「和歌のこころ」で、その時に小生は歌会始の儀について触れている。

和歌と言えば、毎年一月に皇居で催される歌会始の儀を思い出す。


その歌会始の儀が1月19日(金)、皇居の宮殿「松の間」で催された。


歌会始「和」を楽しむ初心者向けの秘訣、関係者も知らぬ秘話…来年は愛子さまも参列か【皇室ちょっといい話】(135)(2024年1月24日)

例年通り歌会始の儀の中継があったが、今年の場合は録画も含めて二回観たのも、個人的に様々な思いが去来したからである。

■國體
國體を日本精神と言い換えてもよいと思う。

武田邦彦氏は、日本列島こそが文明発祥の地と主張していたが、そのあたりは拙稿「文明発祥の地」で詳述した。その拙稿でも少し触れたが、文明発祥の地はハートランド(シベリア)か、武田氏の謂うところの日本列島のいずれかだろうと個人的には思っている。

23100103.jpg

では、人類は何処で誕生したのか? ということになると、今までは通説通りにアフリカ大陸だとばかり思っていたが、そうではないだろうということに、数年前から薄々気づくようになった。それは、拙稿「人類の起源」で紹介した、『人類の隠された起源』(マイクル・クレモ 翔泳社)に目を通した影響が大きい。人類の起源については、いずれ稿を改めたて筆を進めることにしよう。

ところで、文明のみならず人類そのものも日本列島で誕生したと、武田氏が主張していたのを拙稿「文明発祥の地」で紹介したわけだが、『人類の隠された起源』に目を通してからというもの、我々ホモサピエンスの誕生は数百万年、もしかすると数千万年前に誕生したという、驚愕するような考古学上の発見の数々を同書で接し、人類の起源は必ずしも日本列島に限らないのではと漠然と考えるようになったのだが、このあたりは今後の研究テーマであり、あるていどの情報を収集し、考えが纏まったら記事にしたいと思っている。

17080717.jpg
1400万年前の日本列島・・・

それにしても、我々が住んでいる日本列島は実に摩訶不思議な列島であるとつくづく思う。ちなみに、拙稿「奇跡の日本列島」をアップしているので、日本列島の誕生に纏わるテーマに関心のある読者に再読していただけたら幸いだ。ちなみに、上掲の切り抜きは「奇跡の日本列島」に掲載したものだ。

それから、日本列島は「龍の背骨」あるいは「世界の雛型」などと言われており、その列島で一万年続いた縄文時代よりも遙か昔、気の遠くなるような大昔から長い時間をかけて、日本人という民族気質が育まれたということになる。そうした日本人を日本人たらしめるものを一言で言い表すとすれば、「調和」、「日本精神」、「共同体」、あるいは「八紘爲宇」といった言葉に置き換えることができよう。ウィキペディアは八紘爲宇を「全世界を一つの家にすること」と定義しているが、同時にウィキペディアは「天皇総帝論」についても言及している。換言すれば、二千六百年前どころか、縄文時代を通り越した遙か太古の昔から、気の遠くなるような時間をかけて日本人という民族が誕生したということだ。このあたり、「天皇総帝論」と関連して小生は、拙稿「」でも概説している。

■和歌
東京皇室に詳しい山浦嘉久さんや栗原茂さんは、歌会始とは〝天皇のツイート〟という表現をしていたことが時々あった。そうした話を聞くに及んで、いつしか小生も拙いなりに自身の視点で、天皇皇后陛下のツイートを読み解くという試みを幾度かしており、一例として拙稿「祈りの御歌」でも個人的な天皇ツイートの解釈を行っている。

以下は、今年の歌会始で披講された御製と御歌についての小生なりの解釈である。

をちこちの旅路に会へる人びとの笑顔を見れば心和みぬ


日テレは御製の背景を以下のように解説していた。

(背景)天皇陛下は47都道府県全て、皇后さまはオンライン2県を含めて45都道府県と、天皇皇后両陛下は全国ほぼ全ての都道府県を訪ねられてきました。去年は新型コロナウイルスの位置づけが変わり、全国植樹祭など恒例の「4大行幸啓」も全て訪問でき、令和になってから両陛下お二人での訪問は、20都道府県(オンラインを含めると28都道府県)となりました。訪問先で温かく迎えてもらったことをうれしく思い、陛下は、各地で人々の笑顔を見てご自身の心も和む気持ちを歌に詠まれました。
【全文紹介】「歌会始の儀」皇室の方々の歌~今年のお題は「和」~


日テレの解説は国内に限定しているが、陛下は外つ国にも御訪問遊ばされておられるのを忘れるべきではない。

また、天皇陛下の御製にある「各地で人々の笑顔を見てご自身の心も和む」という気持ちだけを、陛下は詠んだのではないと小生は考えている。つまり、小生が元旦に拙稿「激動の年」でも書いたことだが、今年が今までにない激動の年になること、陛下の方が遙かに広くかつ深く知っておられるのは間違いないということである。そうした激動の年になることを覚悟の上、最後には「人々の笑顔」を見ることができると、陛下は確信しておられるのだと直感的に思った。今の我々は真っ暗なトンネルの中にいるが、間もなく遙か前方に光射す出口が見えてくるはずだ。そうしたことを暗に、陛下は国民に伝えようとされたのだろう。

拙稿「激動の年」で馬渕睦夫元ウクライナ大使が登場する動画を紹介しているが、馬渕氏の発言を陛下は確実に分かっておられる。千年あるいは数千年に一度と言われている大転換期の現在、苦難に満ちるであろう激動の年を無事に潜り抜けた果てに、人々の笑顔に満ちた世の中が到来すると、陛下は暗にメッセージを国民に向けて送っておられると思うのは小生だけだろうか・・・。

次に皇后様の御歌・・・

広島をはじめて訪(と)ひて平和への深き念(おも)ひを吾子(あこ)は綴れり


同じく日テレは御歌を以下のように解説していた。

(背景)長女の愛子さまは、中学3年生5月の修学旅行で初めて広島を訪ねられました。原爆ドームや広島平和記念資料館の展示などを見て平和の大切さを肌で感じ、その時の経験と深めた平和への願いを中学校(学習院女子中等科)の卒業文集の作文につづられました。日頃から平和を願う両陛下はこのことを感慨深く思い、皇后さまはそのお気持ちを込めてこの歌を詠まれました。


表層的には愛子さまの広島への修学旅行を詠んだ歌に思えるかもしれないが、核戦争も辞さないネオコンの捨て身に、深く心配されておられる皇后さまの「平和への深き念ひ」と小生は受け止めた。ここは、雅子さまの平和への思いが天に通じ、世界規模の核戦争(第三次世界大戦)を回避、ネオコンが滅んで平和な日が到来することを願うばかりである。

■人生
今年の歌会始の儀、最年少の神田日陽里さん(17歳)から、最高齢の古橋正好さん(88歳)に至るまでの入選者の歌に耳を傾けながら、今まで自分が歩んできた人生の儚さ、自分がこの世に生まれてきたことの意味を考えたのだし、同時に拙稿「人の一生」を思い出しつつ、入選者と己れの人生を重ね合わせている自分がいた。

コーヒーブレイク
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