半世紀前の今日(1972年3月23日)、小生は羽田空港を飛び立ち、モスクワに向かったのだが、まるで昨日のことのように覚えている。拙稿「南方熊楠の世界(4)」にも、小生は以下のように書いている。
「南方熊楠の世界(3)」にも書いたとおり、亀さんの脱藩人としての修行は、十代という多感な時期に日本を飛び立った日、1972年3月23日に始まった。その後、三年近くにわたり海外で過ごしたことで、「己れを生み育んでくれた祖国を思う一方で、相手の国籍や肌の色に拘ることなく、お互いに同じ人間として自然に接することができる」という、脱藩人としての土台が辛うじて完成した。
 ティワナク遺跡
そんな折、TBSの世界遺産シリーズで、「ティワナク遺跡 - インカ帝国を生んだ謎の古代文化」が放送された。
最初、「ティワナク遺跡」と番組で言われてもピンと来なかったのだが、映像を見るにつれ、「あぁ、ラパス(ボリビア首都)で数日滞在していた時、同室のスイス人の友人と一緒に訪れた、あの遺跡だ!」と思い出したのである。
帰国後に得た情報で、ティワナク遺跡やマチュピチュのインカ遺跡を造ったのは、アメリカ大陸にわたった我々の祖先である縄文人だと知っていたので、ある種の懐かしさを感じつつ番組に見入った次第だ。
しかし、何故に〝懐かしさ〟感じるのだろうか・・・。もしかしたら、自分の前世はティワクナあるいはマチュピチュで生活していた、縄文人の末裔だったのかもしれないと、ふと思った。
 チチカカ湖
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