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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
武士の時代 10
昔から天台宗の古僧による後醍醐天皇への評価は暗愚、一方で護良(もりなが)親王への評価は英明と、はっきりと分かれていたことは、拙稿「武士の時代 08」に既述した。

落合莞爾さんも、小学生四年時の担当だった吉田耕先生、さらには中学生の時に後南朝研究に没頭していた叔父から、天台宗と同様の後醍醐天皇評と護良親王評を聞いたと、『南北朝こそ日本の機密』の第十四章「南北朝偽史を禊祓(みそぎはら)う重要性」、「後南朝への感傷」節で述べている。つまり、後醍醐天皇が暗愚と思われているのは、「後醍醐天皇の建武中興の失敗の最大の原因は、護良親王と楠木正成の二人を喪ったからだ」と、今和尚が語っているように(『毒舌日本史』p.205)、やはり落合さんの担任や叔父も同様なことを語っていたことが、落合さんの『南北朝こそ日本の機密』に書かれており、小生も天台宗の古僧、そして落合さんの担任や叔父に同意するものである。

その落合さん、担任や叔父から耳にした護良親王評から、さらに一歩踏み込んだ護良親王についての考察を、『南北朝こそ日本の機密』第Ⅲ部『秘策「大塔政略」』の第八章「南北朝解消の秘策」で展開している。つまり、捕えられて鎌倉送りとなった護良親王、脱牢に成功して生き長らえ、大塔政略を実現したと落合さんは書いているのだ。

なを、『南北朝こそ日本の機密』の目次はアマゾンには載っていないが、幸い以下のサイトで同書の目次を詳細に載せている。そして、目次を眺めるだけでも同書の大凡の内容が掴めるので、実に有り難いサイトだと小生は思う。
『南北朝こそ日本の機密』目次

さて、「やっぱり護良親王は生きていた!」と、落合さんは長年主張しているわけだが、果たして真偽のほどはどうなのか・・・。

実は『南北朝こそ日本の機密』が出版される前、小生は落合さんから同書の草稿を電子ファイルで送っていただいたことがあり、中丸祐昌氏の著した『南北朝異聞』について落合さんが以下のように評していたことから、小生も護良親王生存説を信じるようになり、そのあたりは拙稿「南北朝異聞」にも述べた。以下、左稿でも引用した落合さんの『南北朝異聞』評である。

その内容(『南北朝異聞』)を十分信ずべきものと判断する私は、その著の存在をここに紹介し、以て大塔宮生存説の一証とさせていただきます
『南北朝こそ日本の機密』p.184

13111004.jpg


上掲の拙稿を公開した当時は尤もな話だと、小生も護良親王(大塔宮)生存説を信じたものの、その後において調査を重ねていくうち、幾つか腑に落ちない点が目に付くようになった。特に、飯山さんの〝下甑島説〟が決定打となり、小生は拙稿「薩摩ワンワールドと皇室」で以下のように書いた。

さて、薩摩ワンワールドと皇室について、最近の飯山さんの投稿は飛び飛びなので、独断と偏見を恐れず以下のように纏めてみた。

(1)第一ステージ:九州を舞台に、大化の改新に先行して蘇我氏(仏教派)と物部氏(神教派)が戦った。
(2)第二ステージ:同じく九州を舞台に南北朝の時代、南朝と北朝が志布志で激しく戦い、南朝が敗北、南朝の生き残りは下甑島(しもこしきじま)へ逃亡した。
(3)第三ステージ:江戸中期、下甑島に逃亡していた南朝側の子孫が、薩摩に聳える金峯山の麓に移住、準備を整えた上で長州の熊毛郡・田布施へと向かった。


ここで(2)の南北朝時代に焦点を当てるとすれば、学校で習った南北朝説から、『南北朝こそ日本の機密』(成甲書房)の落合説に至るまで、さまざまな南北朝説に亀さんは接してきた。『南北朝こそ日本の機密』は落合秘史の核であり、個人的に落合秘史の中でも一番好きな作品なのだが、それでも、『南北朝こそ日本の機密』に書かれている内容が、南北朝秘史の決定打とは未だに思えないのだ。

ところがここに来て、「南朝と北朝が志布志で激しく戦った」という、「え?」と思うような新説を飯山さんが発表した。なかなか面白い説なので、今後は時間をかけて吟味してみたいと思う。ともあれ、南北朝を含めた「日本の機密」の発掘という、亀さんの残りの人生の暇潰しのテーマを、お陰様で見つけることができたようだ。


一方、明治天皇の正体は大室寅之祐であるとする点で、落合さんも飯山さんも一致しており、小生も20年以上前に鹿島曻の『裏切られた三人の天皇』に接し、「明治天皇=大室寅之祐」説として、旧ブログに載せたこともあることから、お二方同様に明治天皇=大室寅之祐説を信じている。

明治天皇(1)
明治天皇(2)

21020601.jpg

ともあれ、飯山史観に従えば、大室寅之祐のルーツは同じ南朝系は南朝系でも、志布志の戦争で北朝に敗れた南朝が下甑島に逃れ、同島の和田家に囲われつつ、南朝系の血筋を細々と繋いできたのであり、その子孫が後の大室寅之祐ということになる。小生は飯山史観を基底においている(信じている)こともあって、さる筋(栗原茂さん)や落合莞爾さんの説く、大室寅之祐のルーツは護良親王とする説よりも、和田家に囲われていた南朝系の子孫こそが大室寅之祐だとする飯山説の方を信じる。

その一方で、冒頭で紹介した『南北朝こそ日本の機密』の目次を、改めてじっくり眺めるに、第Ⅳ部「伏見殿の真相」の真偽を見極める意味で、一度は時間を掛けて伏見宮について検証する必要があると感じているのも確かだ。何故なら、堀川政略を落合さんに伝えたさる筋(栗原茂さん)から、実に多様な視座から伏見宮について直接聞き及んでおり、伏見宮について一度整理する必要性を感じているからだ。

次稿では、今東光和尚や落合莞爾さんの楠木正成観を取り上げたい。

【追記】
『南北朝こそ日本の機密』のカスタマーデビューを、小生がアマゾンに投稿したことは、拙稿「武士の時代 09」にも書いたが、実は天童竺丸さんや藤井厳喜氏もカスタマーデビューを書いているので、以下に紹介しておこう。

[カスタマーデビュー 1]
國體の謎に迫って神国日本を顕彰し、読む者の常識を打ち砕く驚愕の書
世界戦略情報みち編集人天童竺丸


[カスタマーデビュー 2]
解明された南北朝史の本質:現皇室は南朝正統の嫡流
藤井厳喜

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