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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
天武天皇 18
掲示板「放知技」で、実に興味深いmespesadoさんの投稿が二本あった。

聖徳太子が架空の人物だとしたら、この十七条の憲法って誰が作ったんだろう???
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/17178824/189/


「皇室典範」については、自民党の安藤議員が主張しているように、これを国民の意見で決まる国会に改正権を持たせるのは問題でしょうね。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/17178824/196/


以下、上掲のmespesadoさんの二本の投稿に小生の私見を示した後、日本人にとっての天皇について述べることにする。

十七条憲法
最初に、十七条憲法を定めたとされている聖徳太子が、架空の人物であることを明らかにした藤井輝久著『天皇系図の分析について』、および小生の旧ブログ記事「聖徳太子と日本人」を紹介しておこう。

『天皇系図の分析について』については、第十二章の「聖徳太子は架空の人物--憲法十七条も架空」p.501~を再読していただきたい。聖徳太子が架空人物であることを言及した、拙稿「聖徳太子と日本人」も併せて一読いただけたら幸いだ。

拙記事をアップしたのは2007年4月9日とあるから、13年前の記事ということになる。当時は飯山一郎さんの日本書紀観を知る前だったので、上掲の記事に飯山史観が反映されていないのは仕方がない。もし、当時において飯山史観を知っていたとしたら、多分、違った内容の記事になっていたはずだ。ちなみに、飯山さんも聖徳太子は架空の人物と考えていた一人だった。

天武天皇以前に,推古天皇や聖徳太子は,存在しなかったのです!
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13047287/5/


さて、十七条憲法だが、大山誠一氏が十七条憲法について、言及している行を引用しているので以下に再掲しておこう。

720年に編纂された『日本書紀』の中で、聖徳太子という人物が出現し、彼の名において憲法十七条がだされたのである。くどいようであるが、それは、推古朝の出来事ではない。すべて、『日本書紀』が完成した養老4年(720年)当時の出来事である。日本の古代史を正しく理解できるか否かは、そこの所を正確に認識できるかどうかにかかっている。
『聖徳太子と日本人』p.121


藤井氏も上掲の第十二章の第六節、「憲法十七条も架空だった」p.538~で、やはり同様のことを記述の上、聖徳太子が架空の人物である証拠を二つ示しているのだが、本稿では割愛するので詳細は同節に目を通していただきたい。ちなみに、藤井氏も大山氏同様、「憲法十七条は、後世に(日本書紀と共に)作られた」、つまり「天武朝以降」の作(p.539)と明記している。従って、日本書紀の編集に携わった者が、十七条憲法を作成したということで間違いないと思うが、具体的に誰かということまでは不明だ。ただ、言えることは、確実に天武天皇の大御心が反映された憲法であることは間違いない。

皇室典範
次に、皇室典範に関しては、小生は世界戦略情報誌『みち』の執筆者や読者が集う、まほろば会で皇室情報に詳しかった、栗原茂さんや山浦嘉久さんらに多角的な皇室典範論を耳にしている。たとえば2011年12月17日の場合、山浦さんから直接お聞きした内容は以下のようなものであった。

民主党現政権の発足を直前にひかえた2009年9月10日、皇室典範の改正問題に取り組むよう鳩山新内閣に要請する意向を、記者会見で表明した羽毛田信吾宮内庁長官は、今度は野田佳彦総理大臣に対して、女性皇族による宮家の創設について進言したことが明らかになっている。こうした動きに徹底的に反対したであろう立場の元祖的な人物こそ、神道思想家の今泉定助に他ならず、その今泉定助の言葉が今日蘇りつつある。

20050801.jpg
今泉定助


その他にも栗原さんや山浦さんに皇室典範について、多くを教わったこともあり、それが中川八洋氏の著した『皇統断絶』(ビジネス社)との出会いとなった。同書の読後感は拙稿「皇位継承」に書いている。ただし、中川氏の文体は灰汁が強く、自説をグイグイと押し通すタイプなので、そのあたりを念頭に読むと良いだろう。

ともあれ、皇室典範問題とは、詰まるところ「皇統護持」か「皇統断絶」に行き着く。そのあたりの理解を深めるには、上掲の『皇統断絶』第四章、「旧・皇室典範」の精読を勧めたい。並行して、皇室典範作成に携わった井上毅(拙稿「教育勅語の真実」参照)の思想を理解することも役に立つ。何故なら、明治時代の皇室典範の解釈を巡り、世の中に多大な影響を及ぼしたのが井上だったからだ。

なを、『皇統断絶』は悠仁親王が誕生される前に執筆された本なので、そのあたりを頭に置いて読む必要がある。ちなみに、中川氏は悠仁親王誕生後、『悠仁天皇と皇室典範』(清流出版)と題する本を著していることを追記しておく。その他、中川氏は『国民の憲法改正』(清流出版)等、多くの本を著しているので、関心のあるテーマの中川氏の本に目を通すと良いかもしれない。

ただ、一点だけ注意しておくべきは、中川氏の近衛文麿観、そしてコミンテルン観である。拙稿「二・二六事件と現代」をきっかけに、山口富永の著した『近衛上奏文と皇道派』に目を通した読者であれば、中川氏の近衛文麿観あるいはコミンテル観の間違いを容易に見出すことができよう。

■日本人と天皇
我々日本人にとって、天皇とは何なのかと考えることは、実はこれ、己れのアイデンティティそのものを問うことなのである。このあたりは、飯山史観の編集が最終段階に進んだ時、最終章に盛り込みたいと思うが、ここで誤解を恐れずに書くとすれば、現在我々が住んでいる日本列島そのものに答えがあるということである。そのあたりについては、放知技に少しだけ自己見解を示した、拙文を投稿しているので以下に転載しておこう。

実際に同書(『コトバの原典』)に目を通せば、何故日本人の間に「陰徳」といった思考行動様式が誕生したのか、朧気ながらも分かってくると思います。さらに深く追求するのであれば、小笠原孝次といった言霊に関する一連の著作に取り組む、四季折々の日本列島を旅し、各地の神社を訪れ、神事を体験し神楽を観る、時には自然に身を投げるといった、長い真理追究に向けた旅を貫いていく覚悟が必要になるでせう
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/17178824/157/

16122701.jpg


なぜ日本列島に天皇が誕生したのか…、こうした他国にはなく日本人だけにある民族気質が醸成されたのも、やはり日本列島に答えを求めるしかない。なを、日本列島についてさらに深く知りたくなった読者は、拙稿「奇跡の日本列島」に一度目を通していただければと思う。

今回の武漢ウイルスをきっかけに、世界中で大きな地殻変動が起きつつあるが、何が我々を日本人たらしめているのか、これからの日本人は、世界でどのような役割を担うべきかといった指針(羅針盤)を示すことが、現在進めている飯山史観の結語になるような気がする。

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