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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
天武天皇 17
天武天皇 14」で、小生は以下のように書いた。

最初に、「天武天皇 01」を読み返してみて、『扶桑国王蘇我一族の真実』という本からの引用に改めて注目した。何となれば、天武天皇の御代から現在に至るまでの我が国のかたちを俯瞰する上で、改めて吟味する必要がありそうな引用だったからだ。

大化の改新(乙巳の変)で中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原氏)という“一神教派” が天下を取り、それが壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)という“多神教派”の天下となった。そして公になっていないが三度目の乱が起こって再び藤原氏による体制=“一神教派”の天下に戻り、それが今日に至っても続いている。


今回は、上掲の引用に出てくる中臣鎌足(藤原鎌足)にスポットライトを当ててみよう。何故なら、通説によれば中臣鎌足は藤原氏の始祖とされており、今の皇室、そして日本社会に深く根を張っているのが藤原氏だからである。

最初に、中臣鎌足の出自だが、外来説を念頭に置けば、蘇我氏同様に中臣氏の遠祖も渡来人であったと小生は睨んでいる。よって、出自は北方系(ツラン民族)か南方系(黒潮民族)のいずれかということになるが、中臣氏は北方系であると考えているのが飯山さんの道友であり、『古代天皇制研究』(風詠社)を著した小川秀之氏だ。小川氏は掲示板「放知技」に以下のように書いている。

どこかで藤原氏の元の中臣氏は「倭胡連」とよばれていたとある本で読んだことがある。
狡猾な人々を多くだした藤原氏ももとはソグド人を祖にもっていたのかもしれない。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15862681/475/


他方、中臣氏は南方系とする説もあり、諸説あって本当のところは今のところ不明である。このあたりの究明は難しい上、中臣氏は原日本人という可能性も僅かだが残っているので、今の時点での判定は控えたい。尤も、原日本人といっても、脱アフリカを果たした人類が、日本列島に到着して棲み始めた遥かな昔を考えるに、我々の祖先という祖先は全員、朝鮮半島を含むユーラシア大陸から渡来、あるいは南方から黒潮の流れに乗って日本列島に辿り着いた、〝渡来人〟だ。ご参考までに、以下は拙稿「北満州と日本列島 03」に載せた作図である。

18120901.jpg

次に、飯山一郎さんの以下の投稿を思い出していただきたい。

「日本」という国家の出発点は,歴史的には,五つある.

 1.天武天皇の「日本建国」による脱唐国支配国家

 2.藤原(不比等)氏による貴族支配型律令国家

 3.徳川家康による武家支配型・幕藩体制国家

 4.明治政府による脱植民地型海外進出国家

 5.敗戦後の米国による占領・属国支配型国家
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16034724/370/


「2.藤原(不比等)氏による貴族支配型律令国家」とあるように、藤原不比等が貴族支配型律令国家の礎になったとする飯山さんの主張、藤原不比等から四家が誕生して以降の歴史を振り返れば、確かに不比等以降に貴族支配型律令国家が確立したことは間違いない。

以上、中臣鎌足の出自、そして貴族支配型律令国家の誕生以降を頭に置いて、先を急ごう。

以下の図を眺めて戴きたい。これは、藤原道長(藤原北家)を中心にした藤原氏の家系図だ。

20050701.jpg
藤原道長の祖先と子孫を家系図で簡単に説明

北家系の藤原道長以降、藤原忠道から近衛家、松殿家、九条家が誕生している。さらに孫の代になって、近衛家、鷹司家、九条家、一条家、二条家に分家、現在に至っているわけだが、このうち、近衛家に的を絞り、今という時点で脈々と息づいている近衛家について簡単にお浚いをしておこう。

最初に、小生は「二・二六事件と現代」という拙稿で近衛文麿を登場させているが、この近衛文麿は五摂家の近衞家の第29代当主、後陽成天皇の12世孫に当たる。また、旧熊本藩主細川家第17代当主・細川護貞と近衛文麿の次女・温子との間の長男として誕生したのが後の内閣総理大臣細川護熙だ。

それから、毎年一月に催される歌会始の儀では、三笠宮百合子大妃殿下の孫である近衛忠大が読師を務めているが、この近衛忠大の父は五摂家筆頭の近衞当主であり、社団法人日本赤十字社名誉社長を務める近衞忠煇だ。このように、近衛家一つとっても、現代でも皇室との結びつきは深いものがあり、令和という御代においても依然として、現代日本で高い地位に就いていることが分かる。

20050702.jpg
読師を務める近衛忠大

ご参考までに、以下は近衛家家系図である。

20050703.jpg

以上、渡来人を遠祖に持つ中臣氏を始点に、今でも日本社会に深く根を張る藤原氏の全容(正体)を、飯山史観を基に捉え直すことは多大な時間を要するのは想像に難くなく、そうした理由からも藤原氏についての追究は一端ここで中断し、次稿では飯山史観の別テーマについて筆を進めることとしたい。

【補足 1】
以下の二本のシリーズ動画は、中臣鎌足の時代に起きた諸事件、および現代日本にも影響を及ぼす藤原北家についての動画だ。(架空の人物である)聖徳太子などを登場させたり、フェイク(嘘)なのに壬申の乱を史実として扱っていたり、天智天皇と天武天皇は実の兄弟とする間違いを書いていたり、日本書紀が編纂された本当の背景を把握していなかったりと、飯山史観を識る読者であれば、かなり不満な点が多々あると思うが、同動画の作者が冒頭で、「あくまでも〝一つ〟の仮説としてお楽しみください」と断っているように、適当に〝楽しむ〟だけで良いと思う。


【衝撃】日本史最大のクーデター『大化の改新』 日本の歴史に藤原氏が生まれた日


日本を支配する?歴史の裏に現れる名家『藤原氏』について

【補足 2】
以下の二本の記事は、飯山史観に基づけばフェイクである乙巳の変を取り上げており、ネット世界では乙巳の変をどう捉えているのかを把握するだけで、あとは読み飛ばせば良いだろう。
【大化の改新と乙巳の変】古代史のターニングポイントを知る!
「韓人(からひと)」とは誰か?

【補足 3】
以下のサイトは、藤原氏の始祖中臣鎌足から現在に至るまでの藤原氏の流れ、あるいは藤原氏の家系図を確認する際に役に立つかもしれない。
尚富鎌足の子孫は現代にも続いていた!鎌足は百済人だった説は本当か?
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