FC2ブログ
プロフィール

亀さん

Author:亀さん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

kamesan

人生は冥土までの暇潰し

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
ツランと世界権力(中級編)
拙ブログに「飯山史観」という新カテゴリを設けた時、拙稿「飯山史観の事始め」で小生は以下の言葉を紹介した。

18091901.jpg

「守破離」は、小生が常に念頭に置いている言葉の一つだ。上の言葉の解説によれば、、「守」の段階とは「決められた型を守って、繰り返し、基本を習得する」とある。つまり、「ツランと世界権力」に当て嵌めるとすれば、「守」の段階とは初級者レベルに相当し、ツランと世界権力について学んでいる過程を指す。そして、一通り学び終えると、いよいよ次は「破」の段階へと進む。すなわち、「ツランと世界権力」中級編である。本稿では、この中級者を対象に筆を進めよう。

■中級編
前稿の「ツランと世界権力(初級編)」では、「ツランと世界権力」と「ガン(癌)」との相似に焦点を当てて筆を進めたのだが、本稿では前稿で取り上げた書籍やHP記事以外に、中級編に進んだら読むべき書籍を数冊取り上げておきたい。そして、ここで注意すべき点は、単に紹介する書籍を表層的に理解するだけでは駄目なのであり、そこに人生体験というものが加わっていることが必要で、そうした人生体験無しには、ツランと世界権力の中級を修了することはできないと思う。

何故、人生体験が必要なのか? 最初に、前稿「NHKの正体」に書いた、以下の言葉から始めたい。

今のところ、DSやネオコンに関連付けて文大統領について言及しているのは、掲示板「放知技」をはじめ、一部のブログだけのようだ。


つまり、ネオコンといった世界権力に気づいた人たちが集い、精力的に意見交換を行っている場(掲示板)となると、ネット界広しと雖も今のところ放知技しか見当たらない。尤も、「蛆虫」が時々湧き出るが…(嗤)。なかでも、国際情勢に関して秀逸な投稿を連発しているのが堺のおっさんで、例えば以下の言葉…

部分的妥協を互いに模索するのもまた…リアリズム。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16851868/186/


これは、真にリアリズムを解した、あるいは体験した者にしか書けない言葉だ。堺のおっさんの場合、『三国志』を繰り返し読んできた他、武経七書をはじめ、マキアヴェリの『政略論』、『君子論』、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』、政治過程論の関連書と、「ツランと世界権力」の中級編を通過するにあたり、不可欠な書籍に目を通しており、これが大きく物を言っている。

堺のおっさんとは三年近く前、中国の青州で初対面を果たしているが、爾来、どうしてあれだけの優れた、政治についての観察眼が投影された投稿を連発できるのかと、小生は考えながら堺のおっさんの投稿を熟読玩味してきた。そして或る日突然閃いたのは、堺のおっさんの人生体験である。つまり、堺のおっさんは実業家として、自身の事業を成功に導いたという経験がある。この堺のおっさんと同業界に身を置いていた実弟、会うたびに酒を酌み交わしつつ知ったことは、同業界では沢山の海千山千の人間と接する機会が多いということだった。このあたり、宗教者からヤクザまで、実に多様な人間と胸襟を開いて接してきた、飯山一郎さんを思い出させるに十分だった。そうした体験を通じて人間というものを観察しつつ、独自の人間に対する鑑識眼を飯山さんや堺のおっさんは身につけたのだろう。

何故に鑑識眼が国際政治を俯瞰する時に物を言うのか? それは、政治という世界は一般社会と異なり、海千山千の人間が犇めき合う、魑魅魍魎の世界だからだ。そうした世界に棲む人間を相手にするだけに、時には壮絶な駆け引きに巻き込まれるだろうし、場合によっては胆力を試されることもある。また、政治家の発する言葉、大抵は建前に過ぎず、決して本音を言わないことの方が多い。いつも本音ばかりでは、やっていけないのが政治の世界であるし、様々な策略を講じてでも、己れの政治的使命を遂行していかなければならない世界だ。そうした一癖二癖もある政治家の中でも、トップに登り詰めた政治家の場合、国益のためとあらば、時には自国民の犠牲も厭わないことすらある。そのあたりの例で有名なのが「コベントリーの悲劇」で、旧ブログ「西郷隆盛」でも少し言及している。

そして、国益という重荷を背負うリーダーは孤独であり、最終的に独りで最終決断を下さねばならないのだ。だから、一国のリーダー同士が面と接すれば、やはり物を言うのが、それまでに構築してきた人間関係だ。昨今の例を挙げるとすれば、安倍晋三と文在寅へのトランプの接し方の違いを例に挙げるだけで十分だろう。換言すれば、相手国リーダーと阿吽の呼吸に至ることができるかどうかで、時には一国の運命をも左右しかねないのだ。

翻って、飯山一郎さんや堺のおっさんも孤高の経営者として、海千山千の人間を相手にしてきた。立場上、孤独という状態にあって、経営の最終判断を下すという体験を潜り抜けてきただけに、国のリーダーの肚も分かるのだし、あれほどまでに国際政治について深く洞察でき、勘も働くのだろう。

ともあれ、「ツランと世界権力」に精通するには、関連書を読んでいるだけでは不十分で、生の人間に対する深い洞察力を磨く体験をはじめ、様々な人生体験をしてきたかどうかが勝負の分かれ目となる。これが、「読書と経験は両輪」とする、今東光和尚の含蓄ある言葉の裏だ。この「読書と経験は両輪」だが、拙稿「海上の道 02」で、今東光の「経験か読書か」として取り上げている。

補足だが、普段は建前しか言わない政治家の言動から、実際の本音は何なのかを探るべく、血眼になっているのが投機家だろう。その意味で、ブログ【文殊菩薩】で時々掲載される、酒田宗休さんの諸記事、必読である。

また、やはり上掲の投稿にあった堺のおっさんの以下の言葉…

今世界中でネオコンと反ネオコンの手打ちが

あちらこちらで見られるようになった。


「手打ち」…、読者は「手打ち」という言葉から何を連想しただろうか? 小生は、抗争を繰り広げていた暴力団同士の「手打ち盃」を連想した。つまり、ネオコンvs.反ネオコンを暴力団同士の争いという観点で捉えれば、世界情勢の実態が見えてくるように思う。

ここで、ネオコンと反ネオコンについて少しだけ解説するとすれば、ネオコンとは世界権力の本部たる〝英国〟(ロンドンのシティ)の下位組織であり、最近までは米国を根城としていた。しかし、トランプが登場したことにより、最初はトランプvs.反トランプ(ネオコン)という熾烈な闘いが、両陣営の間で繰り広げられていたが、ここにきて、反トランプ陣営の旗色が目に見えて悪くなってきた。そのあたりは、対中国貿易戦争、ロシア疑惑事件、その他における、トランプの言動を注意深く観察していれば判ることだ。だから、これを米国から中国への覇権移行の始まりと見做すこともできよう。ともあれ、米国には未だにネオコンの残党が巣食っているものの、ネオコンを中国へ追いやる切っ掛けをつくったトランプの功績たるや大である。

ところで、肝心な反ネオコンの陣容だが、プーチン、トランプ、金正恩、安倍晋三といった各国のリーダーで構成されており、その連合軍のリーダーがハートランドを自国領とするプーチンだ。その反ネオコン陣営の今後だが、プーチン(66歳)、トランプ(73歳)、安倍晋三(64歳)と、年齢的なこともあり間もなくフェードアウトする。そして、その後の反ネオコン連合のリーダーとなるのが若い金正恩(35歳)だろう。何故そうなるのかということについては、野崎晃市博士の著した『飯山一郎最終講義』を読了した読者には説明不要かと思う。

18112519.jpg

尤も、将来において必ずしも金正恩が、反ネオコン連合のリーダーになれるという保証はない。それだけ、三千年の歴史を持つ世界権力は、世界の隅々にまで根を張っており、強力な敵だからだ。また、前稿「ツランと世界権力(初級編)」にも書いたように、「全身に転移したガンによって死に至る(人類滅亡)」という最悪のケースにはならないという保証はどこにもない。一方、「綺麗にガンが無くなる(人類生存)」という最高の結果に終わるという保証もない。ともあれ、少なくとも向こう数十年間に何等かの劇的な変動、すなわち生(全身ガン克服)か死(全身ガンによる逝去)、いずれの道を我々人類は突き進むのかという道筋が、近い将来において見えてくることだろう。

再び、冒頭の「守破離」を見ていただきたい。「ツランと世界権力」中級の段階、すなわち「破」の段階とは、『「守」で身につけた基本をベースにしながら“自分なりの工夫”をして、徐々に基本を破る』とある。つまり、「ツランと世界権力」を自家薬籠中の物にしたあたりで、次の「離」の段階、すなわち「ツランと世界権力」上級者への入口に立つ。その「ツランと世界権力」上級編については、長くなるので「飯山史観」の最終章と絡めて言及していく予定だ。

【補遺1】

【討論】世界を支配する者たち[桜R1/6/29]

上掲の動画は、さくらチャンネル主催の世界権力に関する討論会で、収録されたのは二ヶ月前の6月29日、最近二百年ほどの世界権力の動向を中心に議論を行っている。読者それぞれの意見・異見はあるだろうが、それはそれで暇潰しの意味で、一度見ておくのもいいかもしれない。小生は最初の30分ほどしか見ていないが、時間的な余裕ができたら残りを見るつもりだ。

【補遺2】
前稿ではツランを人体と喩えたが、そのあたりを一層深く理解するには、天童竺丸編集長の他の本、『憎悪の呪縛』にも目を通すことをお勧めする。この本は、一神教と多神教について取り上げた本なのだが、同書を足掛かりに、安田喜憲氏の著した『一神教の闇』などにも目を通すといいかもしれない。以下、同書を取り上げた世界戦略情報誌『みち』の「巻頭言」。

19090301.jpg

16062301.jpg

◎参考記事
農耕民族vs.遊牧民族
一神教の正体
関連記事
スポンサーサイト




コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://toneri2672.blog.fc2.com/tb.php/1720-20d1174d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)