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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
古墳時代 12
19050702.jpg

2018年3月3日、故飯山一郎さんや道友と一緒に誉田山古墳を訪れ、その時初めて国宝・2号鞍に小生は接している。夢にまで見た鞍であった。この2号鞍について、福岡大学助教授(当時)の桃崎祐輔氏が論文を公開しており、特に注目していただきたいのが以下の記述だ。

遼寧省北票県の喇嘛洞ⅡM101号墓出土の龍文透彫鞍は大阪府誉田丸山(応神陵陪塚)2号鞍と細部に至るまでほとんどまったく同一で、丸山2号鞍は北燕の製品である可能性が高そうです。
『三燕文物精粋』の驚愕 桃李


桃崎氏の「北燕の製品である可能性が高い」、という言葉にある北燕(407年 - 436年)は、中国の五胡十六国時代の王朝の一国で、鮮卑化した漢人将軍馮跋が後燕王の慕容熙を廃して建国、首都を黄龍府すなわち龍城(現在の遼寧省朝陽市)に置いたのだが、その北燕の版図は以下の通りだった。

19050701.jpg
雄霸北方数百年的?卑人,建立燕国最多的是慕容氏

北燕王朝は応神天皇の御代から百年ほど経った後の王朝だが、ウィキペディアは古墳時代を西暦250年~538年としているので、2号鞍は日本の古墳時代につくられた鞍ということになる。その後、日本に亡命してきた百済の渡来人(王族)が、2号鞍を日本に持ち運んできたのだ。

ここで、「北魏馮太后は、天皇家の先祖だった!」とする、飯山さんのHP記事を改めて再読、否、熟読していただきたい。
http://grnba.jp/more16.html#ws0129

上記のHP記事以外にも掲示板「放知技」に、飯山さんは沢山の北魏に関する投稿を行っているので、同掲示板トップの右側にある「検索:」に〝北燕〟と入力して[検索]ボタンをクリックすると、19件ほど「北燕」を含む投稿がヒットする。亀さん(旧ハンドル名 サムライ)を含め、他の人たちの投稿は読む必要がなく、飯山さんの投稿にだけ目を通せば十分だ。

19050703.jpg

ところで、現在は古墳時代を中心に飯山史観の作業日誌をココに書いているわけだが、近く「天武天皇」シリーズに突入する。そのキーワードは「百済」。ちなみに放知技で検索すると、ナント、ページ数にして9ページ、合計で267もの投稿がヒットするwww。亀さんの投稿も含まれているんだが、こんなのはどうでもよく、飯山さんの投稿の他、堺のおっさんと小ボンボンの投稿を熟読すれば十分だ。こうして読み通した投稿についての感想は、天武天皇シリーズに突入したら、テーマに応じて取り上げていきたいと思う。

19050704.jpg

さて、古墳時代シリーズも終わりに近づいている。これから、応神天皇の出自の他、太陽信仰、聖方位、クルガン等について筆を進めていく予定である。
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