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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
古墳時代 08
今日(3月18日)は春の彼岸入り、明日あたりから再び仕事に追われる身なので、本日中に菩提寺へ行ってくるつもりだ。この「墓参り」だが、飯山(一郎)さんが実に興味深いことを書いている。

仏教とは無関係の”墓参り”

……中略……

 では、この“墓参り”という宗教行事は、一体どんな宗教なのか?
 この意味を本当に知っているのは、実は、美智子皇后であると思う。

 ★”お盆”を考える


お盆と彼岸は違うものの、同じ墓参りということで取り上げてみるのだが、同記事で注目すべきは、「墓参りは仏教と無関係」という飯山さんの言葉だ。ならば、墓参りは何の宗教と関係があるのか、というヒントが上掲記事の結語、「美智子皇后」という言葉に隠されている。

墓参りと関係する〝宗教〟について、飯山さんと直接語り合う機会はなかったものの、多分、その宗教とはシャーマニズムのことを指しているはずだ。そのシャーマニズムについては、以下の拙稿で輪郭を掴んでいただければと思う。
巫女・雅子妃

■『日本書紀』の背景(コンテキスト)
前稿「古墳時代 07」で約束した通り、『日本書紀』の背景について筆を進めてみたい。昨秋発売された『飯山一郎の最終講義』に、飯山さんが『日本書紀』について少しだが、触れていたのを朧げに思い出したので再読してみた。

■『日本書紀』は世界一!
  さて……、人が文章を書くのは動機や目的があるからですよね? 落書きだって、それを書く動機や目的があるワケで。
  であるから、文章を読むときは、「この文章を書いた動機は何か?」「この文章を書いた目的は何か?」とチェックしながら文章を読み進める。
  すると、文章の表面に書かれた美しく耳ざわりの良い話が、実は読者をダマすために創作された「感動の物語」だった!なんてことが見え てくる。
  その「読者をダマすために創作された物語」の〝見本〟として、世界一壮大な「物語」が、じつは、日本にある。
  それは、いったい何か?
『日本書紀』だ。『日本書紀』というのは、当時世界一の大帝国だった〝大唐帝国〟を見事にダマしきった、壮大な「歴史物語」なのです。

『飯山一郎最終講義』p.11

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下線で示した「見事に唐帝国を騙しきった『日本書紀』」という、飯山さんの結語を理解するには、飯山史観、特に天武天皇の正体について識る必要がある。天武天皇については、今の古墳時代シリーズを終えた後に筆を進める予定だが、一足先に飯山さんの大まかな天武天皇観だけでも確認したいのであれば、「飯山一郎の古代史」に掲載されている、天武天皇に関した記事に目を通すといいだろう。たとえば、「天武天皇は,済州島の御方である!」といった記事だ。

『飯山一郎最終講義』で、注目して欲しい行がもう一ヶ所ある。

『日本書紀』の表面ヅラの文章(テキスト)は流し読みしながら、『日本書紀』を書いた動機や目的、そして当時の国際環境や背景(コンテキスト)を徹底的に分析しながら『日本書紀』を読み進める。その結果、飯山一郎は、『日本書紀』の秘密だけでなく、古代の日本人が「日本国」と命名した、その国名の秘密をも知ることができました。
『飯山一郎最終講義』p.17


前稿にも書いたことだが、「コンテキスト」を把握することの大切さが、この飯山さんの文章で改めて確認できよう。

それにしても、コンテキストを読み抜き、誰にも真似のできぬ分析力(インテリジェンス)を発揮し、驚くような数々の結論を示してみせた飯山さんには、過去のHP記事や放知技への投稿などを読み直すたびに舌を巻くのだし、まさに巨人という形容が相応しい先達であった。そして、巨人と謂えば、堺のおっさんや小ボンボンさんの投稿を思い出す。

多くの教えを残した飯山氏の功績は、時間の経過とともに薄れるばかりか

いっそう深く、より鮮明になりつつある。

巨人を理解するには時間が必要なのである。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16492748/998/


>飯山先生の巨人ぶりがどのように形成されてきたのか

確かなことは…常人とはつねに真逆の道を進んで歩んだ。この一言に尽きると思います。

また、ろくに学校に通わずともほぼ独学で、渉猟した書籍の数は3万冊にも及んだとも。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16507984/210/


再び『飯山一郎最終講義』に戻るが、小生が寄稿した飯山さんへの追悼文の題は、「飯山史観を後世に遺す」というものだったが、これは単に過去の物語として『飯山史観』を遺すということだけではなく、現在、さらには将来に向けた一種の羅針盤、見取り図にしたいと思ったからだ。その意味で、以下の飯山さんの文章、目に見えぬ形で愚生の背中を押してくれているような気がする。

歴史とは、過去と現在と未来のために生かしてこそ価値を発揮するのであり、それこそが本物の歴史観です。
『飯山一郎最終講義』p.17


そうしたニュアンスを込めて、小生は掲示板「放知技」に投稿した。

堺のおっさんやmespesadoさんによる放知技への投稿、あるいは野崎博士によるブログ記事は、国際政治・経済の優れた解説になっていることから必読で、これらを丁寧に追っていくことは、あたかも大海を航海する上で不可欠な羅針盤を手に入れたようなもの、つまり、今後の世界の潮流をほぼ確実に見通すことができる、見取り図を手に入れたに等しくなります。
だから、「現在」についての見取り図は「放知技」、特に本スレで、「将来」についての見取り図はブログ【文殊菩薩】で、「過去」についての見取り図は飯山さんが遺してくれた過去の記事や投稿、殊に飯山史観に関係するものを、それこそ眼光紙背に徹して(行間を読むつもりで)いけばE-のではないでしょうか。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/12492283/355/


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