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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
北満州と日本列島 05
■弥生時代(前4世紀(前10世紀) - 後3世紀中頃)
弥生時代に関しては、ウィキペディアの解説を引き合いに出し、その上で正しい解答を示す形をとりたい。つまり、今回も前稿の縄文時代同様、世界戦略情報誌『みち』を基に、正しい解答を示すことにしよう。

18121501.jpg

さて、現在のウィキペディアの「弥生時代」の項目をみるに、定説通りに弥生時代の始まりを前4世紀としているものの、続いて括弧付きで弥生時代の始まりを(前10世紀)としている。ところが、そのウィキペディアの弥生時代についての解説文の冒頭は、いきなり以下のような文章で始まっている(青下線)…。

弥生時代(やよいじだい)は、日本列島における時代区分の一つであり、紀元前10世紀頃から、紀元後3世紀中頃までにあたる時代の名称。採集経済の縄文時代の後、水稲農耕を主とした生産経済の時代である。縄文時代晩期にはすでに水稲農耕は行われているが、多様な生業の一つとして行われており弥生時代の定義からは外れる[1]。


冒頭で、「紀元前10世紀頃から、紀元後3世紀中頃までにあたる時代の名称」(青下線)と書き、続く段落で「弥生時代は紀元前10世紀に始まる」(赤下線)と書いているが、弥生時代が始まったとされる前4世紀は何所にいったのかwww

それはともかく、並行してウィキペディアが書いている、「採集経済の縄文時代の後、水稲農耕を主とした生産経済の「弥生」時代である」は、まったくの的外れである。このあたりは、ネットでいろいろと書かれているので、本稿では割愛したい。それでも尚、疑問に思う読者は以下の一連の論文に目を通すといいだろう。いずれも世界戦略情報誌『みち』に載った、天童(竺丸)編集長の論文だ。

紀元前一〇世紀水田稲作開始 ←稲作は縄文時代
渡来人先進文化将来説の荒唐無稽
渡来人は日本列島に埋没同化して姿を消した
縄文農耕の成熟と弥生水田稲作
中島一憲「渡来人文明開化史観の虚構」


特に、上掲の一連の論文で注目すべきは、「縄文農耕の成熟と弥生水田稲作」の以下の文章だ。

 縄文時代を狩猟採集に基づく野蛮な時代、弥生時代を水田稲作開始による革新的時代と捉える単純な図式では、わが文明の骨肉に触れることはとてもできないのだ。縄文・弥生以来連綿として一貫するもの、それこそが日本文明の精髄であり、わが皇室祭祀の中核にある。


止めとして、最終稿の「中島一憲「渡来人文明開化史観の虚構」にある、以下の文章を引用しておこう。

 この副題にあるように、従来久しく教科書的常識とされてきた「渡来人のもたらした文明により弥生時代が始まり、古墳時代を通じた国家形成が促された」とする歴史観に真っ向から挑戦するのが著者中島一憲氏の全編を貫く基本姿勢である。それは縄文時代を狩猟採集段階の未開社会とみなす大勢の常識に疑問を持ち、具に検証した事実を踏まえて、「縄文時代とは成熟した文明社会であった」という独自の洞察に支えられているのである。


われわれが学校で習ってきたはずの、「渡来人のもたらした文明により弥生時代が始まり、古墳時代を通じた国家形成が促された」は、まったくの嘘っぱちであったことが分かるだろう。

これにて、弥生時代については切り上げ、いよいよ次稿からは飯山史観の要諦である、古墳時代に筆を進めることになるが、その前に、次稿では改めて飯山史観を、「日本列島に流入した人たち」という角度から俯瞰してみることにしたい。ちなみに、以下は飯山さんの放知技への投稿である。

小生,『飯山一郎の“真説・明治維新”』を書きます.

先ず…,序論として「日本歴史原論」.日本の歴史は,外圧と占領により大変化します.
その「外圧と占領」は,今までに7回半ありました.

第1回目は,紀元前1万5千年前頃.コロポックル小人族や石器文化人が住む日本列島に土器文化人が侵入.縄文文化が始まる.

第2回目は,紀元前5千年頃.定住稲作民族が移住してきて,移動型の縄文人に代わり農作定住民族が主流になる.いわゆる「弥生時代」.

第3回目は,西暦紀元前後,古墳文化をもつ豪族たちが侵入してきて,日本は豪族・古墳文化の時代になる.

第4回目は,7世紀.豪族・古墳文化の日本列島に,百済国が侵入してきて,天皇制国家「日本」を建国する.

第5回目は,9世紀.奥羽地方に獰猛なアテルイ族や突厥族が侵入(外圧),京の征夷大将軍が征伐するも,日本は貴族社会から武家国家に変容.

第6回目は,19世紀.英国が「カラー革命」を策謀し,坂本竜馬,高杉晋作らの「尊王派」や「倒幕派」を扇動して,幕藩体制の徳川国を倒し,西欧文化万歳!の明治新国家を建国させ,英国による間接支配が始まる.

ただし,高杉晋作は上海から帰国後,西欧列強の「カラー革命」を見抜いていたが…,明治維新の前年,29才で死去.
この高杉晋作の「無念と残念」を,安倍晋三は熟知している.

第7回目は,20世紀.大東亜戦争に敗北した日本は,米国の占領下に入り,以後70年間,米国の植民地・属国となる.

第8回目は,現在進行中だが,日本は,米国の支配下から脱するため,ロシアとの同盟関係に入る.← いまココ.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16155707/828/

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[2018/12/15 16:03] | # [ 編集 ]


天武天皇と百済、そして済州島ですが、最初に飯山さんの以下の記事や投稿を参照にしてください。
◆2008/05/10(土) 天武天皇は,済州島の御方である
http://grnba.jp/more3.html#TG0510

次に、「放知技」に以下の記述があります。百済から済州島へという記述がありますね。
「『日本国』は、天武が、百済→済州島→宮崎→志布志→難波→奈良
という経路を辿った末に建国しました」
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13005535/13/

ついでに、もう一つ。洪城郡一帯は百済の地というのが世の中の〝常識〟ですが、現地に赴いた飯山さんが同地に百済の跡が全くないことに気づいた…、という驚愕のカキコがあります…
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16034724/311/

このあたりについては、以下の拙稿に転載したスライド資料の一つ、「倭の地(二世紀末~三世紀中葉)」にヒントが隠されています。百済の時代より少し前ですが…。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1606.html

【追伸】
2014年当時の飯山さんは、百済の故地は帯方郡であり、そこに百済という国が建国されたと思っておられたようです。しかし、その帯方郡に百済の痕跡が全くなかった…。このあたりについての真相究明には、現地へ赴き、確認する必要がありそうです。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/14758876/725/
[2018/12/16 04:45] URL | 亀さん #FlJCcfGk [ 編集 ]

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[2018/12/16 07:22] | # [ 編集 ]


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