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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
アルゼンチンで思ふ(4)
前稿「アルゼンチンで思ふ(3)」をアップした後、脳裏に浮かんだのが東京大空襲、そして広島・長崎の原爆であった。米軍による日本人の大量殺戮から、スペイン軍によるインディオの大量殺戮を連想したからというだけではなく、殺戮された日本人とインディオは、ともに縄文人という共通の遠祖を持つからだ。

■アルゼンチンの将来
さて、前稿にも書いたように、今回は先の第二次世界大戦以降のアルゼンチンを中心に筆を進めるが、その前に、インディオの時代から現代に至るまでのアルゼンチンの歴史を鳥瞰図的に捉えていただくため、ウィキペディア独自の時代区分を「アルゼンチンの歴史」から引用しておこう。

1 先コロンブス期(先史時代-1516年)

1.1 先インカ期(先史時代-15世紀)
1.2 インカ帝国による征服(15世紀-16世紀)
2 スペイン植民地時代(1516年-1810年)
3 解放戦争と内戦(1810年-1829年)
4 ロサス時代(1829年-1852年)
5 土着主義の敗北と国家統一(1853年-1880年)
6 急速な近代化と「移民の洪水」(1880年-1916年)
7 急進党の時代(1916年-1930年)
8 「忌まわしき十年間」(decada infame)(1930年-1943年)
9 ペロニスモの時代(1943年-1955年)
10 暴力と衝突の時代(1955年-1982年)
10.1 暴力と衝突の時代(1955年-1966年)
10.2 アルゼンチン革命の挫折(1966年-1973年)
10.3 ペロンの復権(1973年-1976年)
10.4 軍事独裁政権(1976年-1982年)
10.5 マルビナス戦争(1982年)
11 敗戦と民政移管から経済崩壊まで(1982年-2003年)
12 現在のアルゼンチン(2003年-)


ウィキペディアを通読して、亀さんはアルゼンチンの将来に不安を抱き、親友シルビアの娘の代父(英:godfather 西: padrino)として、第二の祖国であるアルゼンチンの将来を憂えた。そして、仮にアルゼンチンが健全な国家に生まれ変わるとすれば、それは五年先や十年先といった時間ではなく、百年~二百年といった時間を要することだろうと思った次第である。

ここで、誤解を恐れずにアルゼンチンの歴史を大まかに述べるとすれば、平和なインディオの時代が長く続いたアルゼンチンにスペインが侵略、インディオによる抵抗の時代が暫く続いた。その間、スペイン人とインディオとの間にメスティーソが誕生、さらに、同じ白人系のスペイン人でも、スペイン本国から来たスペイン人のペニンスラールと、スペイン人を親として現地で生まれたクリオーリョという違いが生じ、クリオーリョは低い地位に置かれていた。

やがて1808年、スペイン独立戦争が勃発してボルボン朝が崩壊、南米諸国独立のきっかけとなった。アルゼンチンも1810年、五月革命を経て独立を果たしているが、独立に向けて中心となったのがクリオーリョであった。その後のアルゼンチンは主な輸出先であり遠祖でもあったヨーロッパとの貿易を巡り、親ヨーロッパ派(自由貿易派)と反ヨーロッパ派(民族主義派)とに別れ、後々も国民統合に大きな禍根を残している。

その後は紆余曲折を経て今日のアルゼンチンがあるわけだが、ここで第二次世界大戦後のアルゼンチンの歩みを振り返れば、寡頭支配層対ペロニスタという構図が浮かび上がってくる。このペロニスタだが、ブエノスアイレスで一ヶ月お世話になった、親友シルビアとの政治に関する会話でも、いつも中心の話題であったのがペロニスタだった。ウィキペディアの「アルゼンチンの歴史」は、ペロニスタについて以下のように書いている。

枢軸国の最終的な敗北がもはや明らかとなった1945年3月27日に、ファーレル政権はナチス・ドイツと大日本帝国に宣戦布告したが、この頃にはペロンは自らをアルゼンチンの主権と、労働者の権利を擁護する存在としてイメージ形成し、ペロンの思想はペロニスモ、ペロンの支持者はペロニスタと呼ばれるようになっていた。


ここで注意すべきは、ペロニスタが軍事政権の期間を挟んで、大きく変容を遂げたということだ。それは、親友シルビアが第二次世界大戦直後のペロニスタ政権を高評価している一方、同じペロニスタであるキルチネル政権を徹底して嫌っていることからして明らかである。

シルビアの夫オスカルが仕事から帰宅すると、亀さんの二人でワインを酌み交わしながらテレビのニュース番組を見ることが多かったのだが、ニュースの多くがキルチネル前政権の汚職追究の報道であった。キルチネルの属する正義党は1999年に就任したメネム大統領から、2015年に大統領選で敗れたキルチネル大統領までの16年間続いたのであり、末期に至っては「権力は必ず腐敗する」を地で行くような政党に落ちぶれていた。そこにマクリ政権誕生の余地があったわけだが、国会では依然としてペロニスモが多いため、アルゼンチン経済の舵取りに、今のマクリ大統領は大苦戦を強いられているのが現状だ。

今月の3日、ペソ急落と政府の資金調達能力への懸念が投資家の間で広がったことから、マクリ大統領が一時的な輸出税や省庁の再編を含む財政再建策を発表しているが、直後に以下のようなニュースが流れた。
トランプ氏、アルゼンチン支持を表明 通貨下落への対応めぐり

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このあたりも含め、次稿ではアルゼンチン経済について言及していこう。
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