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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
意と知
飯山一郎さんが管理人を務める掲示板「放知技」に、平気で土足で上がりこんできたケンコー法師こと、ムーの風を少し相手にしたところ、以下のようなカキコをしてきた。

17121701.jpg
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15507578/835/

これで、ケンコー法師の人間性があからさまになったので、一応の目的は果たせたと思う。あとは、何を言ってこようがスルーするつもりでいたところ、最近の投稿で今までとは全く異なる丁寧な言葉遣いに接し、もしかしたら靴を脱ぐ気になったのではと、一瞬思ったほどである。だが、そのあたりの見極めは、もう暫く様子を見守っていく必要がある。

さて、最近「副島隆彦の英語力」を書いた折、久方振りに山岸勝榮先生のブログに訪れたことを書いたが、ここ数日の先生の記事は、人生を真摯に生きてきた人物にして初めて書ける内容の記事の連続であった。たとえば、「忘年会、酒宴、女性…」という記事…。


我が国では、酒は女性を通じて神に捧げるものであったし、その女性から男性が分けてもらうものだった。


そして、思わず目が釘付けになったのは、「我が国」という山岸先生の記述で、「我が国」ではなく「この国」と言う人たちが主流を占める今の日本にあって、大変嬉しく思った次第である。このあたり、同様に「我が国」と言えと口を酸っぱくして説く、『みち』発行人の藤原源太郎さんを彷彿させるものがある。

ところで、昨日の飯山一郎さんのHP記事、「応神天皇(ホンダワケ)が祟る時代が来る…鴨」を読み、女性宮家創設の記述があったので注目した。そして、思い出したのが舎人学校での栗原茂さんの言葉であった。幸いメモに残しているので、一部を割愛の上、本稿の最後に転載しておこう。

13030701.jpg

栗原さんの話を耳にした直後、中川八洋氏の一連の著書に接したのだが、なかでも『皇統断絶』(ビジネス社)が印象に残った。本棚から同書を引っ張り出し、パラパラと捲ってみたところ、至る所に赤や青の線が引いてある。来年三月末まで続く今の仕事が一段落した後、改めて栗原さんが語っていた男系因襲論、そして中川氏の『皇統断絶』を再読し、何等かの形で記事にしてみたいと思う。ちなみに、中川氏の『皇統断絶』については、拙稿「皇位継承」でも少し触れている。


■平成22年度歌会始
1月16日に配布された栗原さんの玉稿の第4ページ目、「昭和天皇の御製 今上天皇選録の本年の意」に記載されている、「本稿一ページ目に記載の各お歌は、すべて今上天皇の御製に連れており、さらに右六首中の一首と照合するように詠まれており、たとえば、皇后陛下の歌は今上天皇との連歌となりながら、右二番目の御製に応じているのである」だが、昭和天皇の御製「西ひがし むつみかはして 栄ゆかむ 世をこそ祈れ としのはじめに」と絡めて、栗原さんから以下のような解説があった。

「西ひがし」は、西洋文明で云うところの東西を意味しているが(ユダヤ人の不幸は、南北を知らなかった事)、皇統譜と王統譜の違いをも示している。すなわち、皇統譜とは東西南北の真ん中に天が在る。しかし、王統譜には天は無く、かつ最初は東西だけで南北は無く、後に南北が出来ている。来月1日発行の『みち』(2月1日号)の栗原稿でエジプト王国が採り上げられているが、エジプト王国は典型的な王統譜であった。
また、皇統譜は男系因襲であり、王統譜は女系因襲である。つまり、皇統譜の男系因襲は、天皇という種を蒔く畑(女性)は誰でも良い、すなわち天皇の種を育てる畑であれば誰でも良いという考えである。これは女性を尊重していることを意味する。逆に、王統譜の女系因襲の種は何処の男でも良く、それをプリンセスと云う畑に蒔くという考えであるため、連続性が無く女性を見下している形である。
古事記の観点から見れば、蛭子(中世以降は恵比須として尊崇された。すなわち、商業の神、市場主義の神)は王統譜を現しており、皇統譜を現しているのが天照大神である。そして、蛭子を産んだのがオリエントであると、古事記は明白に述べている。
また、王統譜は三角形に喩えられる。すなわち、ピタゴラスのサイン・コサイン・タンジェントである。一方、皇統譜は五角形(ペンタゴン)に喩えられ、円を入れると三角形と比較して余白が少ない。
意の世界と知・情の世界の違いであるが、文字の世界は知の世界であるのに対して、音の世界は意の世界である。人間の五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)だけの世界が王統譜の世界を現し、一方で五感に閃きるあるいはインスピレーション(意)を加えたものが、皇統譜を現している。この閃きで今日まで来たのが皇統譜である。この第六感である閃きこそ、シャーマンのシャーマンたる所以がある。


平成22年1月25日記

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コメント
皇統譜
栗原氏の玉稿を読み、感嘆!しました。
何となく考えていたことの、深層が披歴されており、
人類ー日本民族に蓄積されている”叡智”というのか
”根源の力”というのか、圧倒されます。

深く広く、掘り起こし、宇宙全体を包む認識、感覚、……へ
すこしでも繋がらないと…と思いました。
[2017/12/21 11:50] URL | オガワ #- [ 編集 ]


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