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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
法隆寺を科学する
日本で生まれ育った者にとって、自国の歴史で最大の謎は二つある。一つは「邪馬台国」、もう一つは「法隆寺」だ。このうち、邪馬台国については「青州で思ふ(4)」で述べたとおり、山形明郷先生が『卑弥呼の正体』(三五館)を世に問い、完膚なきまでに邪馬台国を巡る近畿vs.九州の両説を粉砕、邪馬台国は中国の遼東半島に在ったことを立証済みである。尤も、未だに邪馬台国は日本の近畿か九州に在ったと、信じ込んでいる人たちが圧倒的多数を占める日本なので、本当の邪馬台国は遼東半島に在ったという歴史的事実が、広く受け容れられるようになるまでには、まだまだ気の遠くなるような年月がかかることだろう。、ご参考までに、以下に日本で〝常識〟になっている版図を示す。

16101201.jpg

もう一つ、日本の歴史で最大の謎である法隆寺だが、同寺が建立された経緯や、同寺に伝わる仏像や美術芸術品の出自など、未だに謎が多いとされている(亀さん注:法隆寺の仏像は北魏由来である。「青州で思ふ(3)」参照)。さらに、法隆寺最大の謎として、同寺の再建・非再建論争がある。この論争の火種は日本書紀に法隆寺が全焼したという行があるためで、それが以下の天智天皇九年(六七〇)の条だ。

夏四月癸卯朔壬申、夜半災法隆寺、一屋無余、 大雨雷震


16111601.jpg

ところが、ここに来て従来の法隆寺再建論争とは別に、法隆寺は移建されたという新見解を示す人物が出現した。それが本稿の表題となっている、『法隆寺を科学する』(白馬社)の筆者・天野正樹氏である。天野氏はあの西岡常一(宮大工棟梁)と、法隆寺東室(ひがしむろ)の解体修理時、協同で調査を行った人物である(昭和32~34年)。

その天野氏、従来の法隆寺再建説あるいは非再建説のいずれにも立たず、法隆寺移建説を唱えているのだが、そのあたりは『法隆寺を科学する』で物の見事に立証されており、この機会に一読されることをお薦めする。加えて、同書の「序」で飯山一郎さんが、以下のような〝添え華〟を書いている。

『日本書紀』は、当時の中国の最高レベルの歴史哲学と漢語・漢文を駆使して書かれた「正史」なのであるが、このような大事業は何を目的にして為されたのか? この答えを明確に述べた知識人は皆無であった。

正解を書いておこう。
それは「大唐国が何としても殲滅したかった百済国の継承国家は日本列島には存在しない!」「日本列島に存在するのは、百済国とは全く異なる歴史を持った日本国なのである!」という『大ウソ』を、大唐国に信じてもうためであった。
したがって「法隆寺全焼!」という『大ウソ』も、「日本国は百済国の継承国家である」という真実を書けない以上、「ウソをウソで誤魔化す!」という人間性あふれる手法だったのである。

『法隆寺を科学する』p.5~6


以上を理解できれば、大転換期の真っ只中にある我々にとって、以下の飯山さんのメッセージは生きていく上での羅針盤となり得よう。

『日本書紀』だけではなく、すべからく書かれて文章は、表面的な字面(じづら、テキスト)をマトモに信じてはいけない。文章が書かれた背景や動機(コンテキスト)や「行間」を深く読みとらえなければ真実・真相は見えてこない! ということだ。
『法隆寺を科学する』p.4


ところで、『法隆寺を科学する』のp.71に示す斑鳩の里は、基本的に道路や建物が磁北よりも20°ほど西寄りの角度になっている。そのあたりの背景について特に同書では言及していないので、背景を知りたい読者には栗本慎一郎氏の『シリウスの都 飛鳥』を勧めておこう。実は、この20°のズレは「聖方位」と言い、渡来人であった蘇我氏が日本に持ち込んできたものなのである。

16111602.jpg
『法隆寺を科学する』p.71

16111603.jpg
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コメント

亀先輩、こんにちは

https://www.boj.or.jp/announcements/education/data/are02n.pdf

和を以って貴しとなす

紙幣の肖像は、聖徳太子さんがええですな。
[2016/11/16 10:58] URL | 成田 #- [ 編集 ]

ドーシテ…
聖徳太子から福沢諭吉なんかに変えたんだろう…?
[2016/11/16 11:54] URL | 亀さん #FlJCcfGk [ 編集 ]


亀先輩、一万円札の肖像が聖徳太子さんから福沢諭吉さんに変わった理由、いろいろと諸説があるようです。

一万円札の肖像が何故、聖徳太子と(から)福沢諭吉かを考える Christmas Eve (鈴木勝彦的、人生見聞思候)

http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2009/12/hachristmas_eve.html

お札から消えた聖徳太子像 | ドット模様のくつ底

http://s.ameblo.jp/yamato-mana/entry-11205853969.html

歴史の奥行き、じっくり考察したいと思います。
[2016/11/16 13:29] URL | 成田 #- [ 編集 ]


追伸、

262 武田佐知子先生著 信仰の王権 聖徳太子/モナ丼/本読

http://www.hi-net.zaq.ne.jp/bupef907/books262.htm

読んでみようと思います。
[2016/11/16 14:06] URL | 成田 #- [ 編集 ]

聖徳太子も天武天皇も渡来人
成田さん

> http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2009/12/hachristmas_eve.html
福沢諭吉は文明開化の推進派でした。小生は福沢が何処まで文明開化の行き着き先を、当時分かっていたのか疑問に思います。その行き着く先、現在において明らかに答えは出ており、そのあたりは最近の記事にも書きました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1276.html

> http://s.ameblo.jp/yamato-mana/entry-11205853969.html
聖徳太子は、実在したのかどうかすら疑われる謎に包まれた人物ですが、飯山一郎さんの仰せの天武天皇は済州島から日本列島に渡来したように、聖徳太子も渡来人であると小生は思います。このあたり、権力抗争や役小角らを絡め、もう少し調べていく必要がありそうです。
[2016/11/16 14:13] URL | 亀さん #FlJCcfGk [ 編集 ]


当時分かっていたのか疑問に思います。その行き着く先、現在において明らかに答えは出ており

亀先輩私もそう思います。
もし、聖徳太子さんが明治あるいは現在に生きておられたら学問のすすめではなく、
遊びのすすめ 人との付き合い 宴会のすすめを強力出版されていたのではないかと思います。
[2016/11/16 15:45] URL | 成田 #- [ 編集 ]

でも…
遊びはE-んだけど、飲む・打つ・買うの三拍子が揃ったら、破産だワイ…(爆)

さて、これから出かけて飲み会です…
[2016/11/16 16:10] URL | 亀さん #FlJCcfGk [ 編集 ]


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