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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
二つの玉音放送 その1
昭和天皇による昭和20年8月15日の玉音放送、明仁天皇による平成28年8月8日の玉音放送、この二つの玉音放送を取り上げる形で、「二つの玉音放送」と題し、数回に分けて書き連ねてみたいと思う。ちなみに、昭和天皇関連で中心となった資料は、昭和天皇が崩御された年と同年である、平成元年(昭和64年)2月28日に発行された、小室直樹の筆による『昭和天皇の悲劇』(光文社)、そして明仁天皇関連で中心となった資料は、平成27年7月1日に発行された、矢部宏治が著した『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館)である。最初は昭和天皇について取り上げていきたい。

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■昭和天皇の玉音放送
昭和天皇の玉音放送は〝聖断〟であったと、『昭和天皇の悲劇』に小室直樹は書いている。そこで、最初に紹介しなければならないのが以下の行である。

大日本帝国は立憲国家であった。天皇は、専制君主ではなく立憲君主であった。
ゆえに天皇は補弼する(助言し承認する)者が一致して奉上したことは、お気に召さないことでも、裁可されなければならない。
したがって、いかなる決定といえども、輔弼の任にあたる者(国務大臣、参謀総長、軍令部総長)に責任がある。
天皇に責任があるということは、考えられない。

『昭和天皇の悲劇』p.30


小室直樹の上記文章は、立憲国家であった大日本帝国、輔弼の任にあたる者の任務、そして昭和天皇の戦争責任の有無について、わずか数行の中に的確に纏めた、優れた文章と云えよう。

なお、ここで昭和天皇の玉音放送について思いを致す時、取り上げるべきは「聖断」である。何故に玉音放送が「聖断」なのか、そもそも、小室直樹が言うところの「聖断」とは如何なるものか…。ここで、敢えて小室直樹の「聖断」を定義するとすれば、以下のようになると思う。

輔弼の任にあたる者が不在だった二・二六事件の時、そしてポツダム宣言の受託か本土総決戦かを巡って、輔弼の任にあたる者の意見が対立した時、立憲政治を護るため、昭和天皇による天皇大権が発動された。これを以て昭和天皇の「聖断」とする。


以降、この小室直樹の「聖断」の定義に従うことにするが、では、第二次世界大戦開戦の昭和天皇の詔は、何故に聖断と言わないのか…。それは、開戦時は輔弼を任ずる者が総意の上、昭和天皇に上奏したからである。このように、輔弼が機能した場合、聖断とは言わないのである。

次回以降、別の観点から昭和天皇の戦争責任について、取り上げることにしよう。
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[2016/08/23 11:40] | # [ 編集 ]


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