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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
高松宮様と今東光
昨日書いた記事(榎本武揚)で、『徳川慶喜公伝』について少し触れたが、現在『みち』という情報誌で天童(竺丸)さんが慶喜公を連載中なので、関心のある読者は購読して戴ければ幸いである。

さて、慶喜公と関連して、慶喜公の孫・故高松宮妃喜久子妃殿下の『菊と葵のものがたり』を思い出すが、同書は中央公論社で出版された本で、例の『高松宮日記』(全八巻)も同社から出版されている。

ここで、亀さんの祖母の弟だった熊太郎翁は、川越市笠幡の霞ヶ関カンツリー倶楽部に一時勤務していた時があり、書道の達人であった翁は賞状書きなどをしていたという。その翁の書を見た高松宮宣仁殿下から、翁は直接お褒めの言葉を戴いたことがあるとのことだ。

その高松宮家と今東光は多少の交流があったようで、以下にそのあたりに触れた和尚の記事を転載しておこう。




升田名人も舌をまいた禅僧

今先生、あなたは三島竜沢寺にいた山本玄峰という禅僧を知っているだろうか。彼をどう思うか聞きたいのだ。

というのは、将棋四百年の歴史の中で最強といわれる大天才井田幸三九段が、こういうことをいっていたからだ。

「なかにひとり、衣にクツをはいてヒョロヒョロしよる坊さんがいる。わたしは、妙な恰好の坊さんやなと思うてね。しばらくうしろ姿を見ておると、何か魅きつけられるものがある。この妙な坊さんが、だんだんとぼくには大きくみえてくる。そのうちにだな、この坊さんが動くと、まるで岩が動くようにみえてきだした。わたしゃ、世の中にはえらい人間がおるもんだとびっくりした……」

それが静岡県に住む山本玄峰という人だと教えてもらったが、その人がどういう人なのかは知らないが、とにかくこんな人物に会ったのはこの老師ひとりきりだ、と言っていたからだ。(山形県新庄市 田宮俊一)


親しくおつき合いしたことはないけど、何回かはお目にかかっている。ずいぶんな年でおられましたがね。この方は臨済禅で、道場は非常に厳しくて、勤まらずに逃げ出すのが多かったというくらい辛辣無比なる老師だった。しかし、非常に愛情の深い人で、富士山の下の三島の竜沢寺という寺で教えていられたが、もう亡くなった方でね。

この人のところで修行した人のひとりに、ダダの詩人で高橋新吉という有名な人がいる。これはもう手のつけられない奴でな。ダダで無法でアウトローや。それが年とってから何を感じたのか竜沢寺へ飛び込んで、坊主にはならなかったが居士としてだいぶ玄峰老師にどつかれてね。そこで相当修行してからダダから脱却して、禅宗がかったまともな詩を書き始めたが、やがて気違いになったという噂があるくらい、無茶苦茶な奴だった。それが玄峰老師のおかげで人間らしくなってきたじゃないか。佐藤春夫のところへも出入りして破門くったり、もう無茶苦茶だったんだ。

また晩年まで非常に老師に可愛がられ、老師に教えられ、叱られもしたし褒められもしたし、老師にもまた非常によくしたのが田中清玄なんだ。ああいう人たちに、ひとつのバックボーンを作ったのがこの人でね。大変た人だった。

ある時、ある会議に出て玄峰老師にお目にかかった。そうしたら、もう耳が遠くって何言ってっかわからない。と、「今さん、もう私はダメだよ。耳も聞こえんし、何だか生きてるんだか死んでるんだか……もうダメだよ」って。「だけどお声聞いていると、まだ若い奴など怒鳴られるようなお声してますね」と言ったら、「うん。怒鳴ることは怒鳴る」って。やっばりその時なんか、ギロッとした声を出してね。

その時、ちょうど高松宮妃殿下がおいでになって、それでみんなで式が済んで席を立ったんだ。それで老師が、背が小さくて、もう縮んじゃって、それでこうやってお辞儀したんで、オレもしょうがないから老師と並んでこうやって、それで妃殿下をお通ししようと思った。そうしたら、スースースーッと妃殿下がおいでになったと思ったらスーッと立ちどまって、「老師、どうぞ」と言ったね。老師が遠慮して躊曙していると、「どうぞ老師。どうぞ老師」って。それでオレは老師のけつ突っついたんだ。「お行きたさい、さあー」。そうしたら老師が「さようでございますか。ごめん」と言って行ったね。そこでオレも一緒に行こうと思ったら、妃殿下が「あなたは悪者だから後」って言うんだよ、オレに。旦那様の高松宮様が大津においでになった時、オレがそばに行って「お、これは殿下」と言ってお辞儀したら、「うふん、悪い奴が来たな」と言うくらい、オレはあそこのうちでは悪者になっているんだ。

とにかく、その妃殿下がご会釈するくらいの老僧だったんだ。だからオレはその時に、この老師くらい貫禄が出て、妃殿下が「お先にどうぞ」と言われるくらいまでならんと人間あかんなと思ってつくづく眺めていたがね。そういう人だよ、山本玄峰という方は。
『最後の極道辻説法』p.137

yoshinobu_kikuko.jpg
慶喜公の膝に抱かれる喜久子姫(大正2年2月)
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