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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
国の終わり
依然として放射能のタダ漏れが続く福島原発、人間が住めるような土地ではなくなった東日本で、しぶとく一住民として生き残っている亀さんだが、一方で国の終わりも日を追う毎に強く感じるようになった。そんな折、NHKの「古代史ミステリー “御柱”~最後の“縄文”~」という番組を見た。



取り敢えず最後まで見たものの、実に酷い番組であった。そう思った理由として、稲作と黒曜石の二例だけ挙げておこう。

最初に稲作。稲作が朝鮮半島から日本に伝わったというナレーションが、以下の図とともに流れた(朝鮮半島から日本に向けて示されている黄色の矢印に注目)。それに対して異を唱えているのが、世界戦略情報誌『みち』(通巻第438号)の「巻頭言」(p.2)で、朝鮮半島から稲作がもたらされたという説は荒唐無稽と、天童竺丸さんは切り捨てている(傍線は亀さん)。

 紀元前一〇〇〇年のころ、従来の学説では縄文時代に属する時代から陸稲栽培が行なわれ、やがて水稲稲作へとスムースに移行していったことは北九州や吉備地方の縄文遺跡で確認されている。
 朝鮮半島から渡来した大量の渡来民が鉄器と稲作をもたらしたという荒唐の説はNHKという公器をもってしていかに喧伝しようが、歴史的事実を前にしてはスゴスゴと退散するしかない。大陸との不断の交流に支えられた石器・縄文時代以来の文明の蓄積が、日本列島に稲作を中心とする新時代をもたらしたと考えるのが自然である。


なお、全文を読みたいという読者のため、世界戦略情報誌『みち』(通巻第438号)の「巻頭言」(2ページ)を本稿の最後に掲載しておこう。

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また、黒曜石にしても、諏訪地方が黒曜石の一大産出地と言わんばかりのナレーションが流れていたが、諏訪以外にも黒曜石の産出地があったことを、何故かNHKは伝えていない。実は、遙か古代から黒曜石の産出地として注目されていたのが、北海道の大雪山系連峰であった。そのあたりの詳細は、世界戦略情報誌『みち』(通巻第434号)の「巻頭言」(2ページ)に目を通していただきたい。同記事も本稿の最後に掲載しておく。

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念のため、NHK高校生講座の日本史をチェックしてみたところ、「弥生文化と小国家の形成」と題する番組、嘘で塗り固めた番組であった。こんな授業を受けている高校生が可哀想だ…。

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チャレンジスピリット


中内氏に初めてインタビューをしたのは、忘れもしない昭和62年の秋である。僕がジャーナリストを稼業として4年目、31歳の時だ。
神戸のオリエンタルホテルの中に応接室があり、確かそこでお会いした。
インタビューを終え、ドアに向かって歩いているとき「田村さんはどこにも属されていないんですか」と中内氏が声を掛けてきた。
まったくのフリーです、と答えると間髪を入れずに「フリーが一番やね」と何とも言えない魅力的な笑顔で言われたのを昨日のことのように覚えている。
その後もこの稼業を続けていくなかで、何かあったとき必ずこの言葉が脳裏をよぎった。

 資本主義社会の牙城のような株式会社という組織に戦後、初めて「理念」を持ち込んだのが彼である。

利益率がイトーヨーカ堂に比べて悪いなどと批判に晒されても「あれだけ利益が出るならもう少し安く売れるやろ」と言い出すのが中内氏であった。

 タカ派が多い関西財界にあって、数少ないハト派でもあった。自分自身の戦争体験から培われたものだ。
これも別の機会のインタビューだったが、
日本が先の大東亜戦争に進んでいったのも流通を止められたからだと話し、続けて
「だからこそ流通業は、そこの国の民族資本でやらないと駄目なんだ。
だから、ダイエーは海外へノウハウは出しても直接投資はしない」と語った。
 昭和32年9月23日、京阪電車千林大宮駅前に「主婦の店ダイエー薬局」がオープンした。店の大きさは29坪、従業員は13人、初日売上げは28万円であった。それが最盛期には、グループで年商5兆円を超えていた。
1日の売上げは約150億円である。これほどの企業の先頭に立ち、自分自身を鼓舞し、進めてきたのである。
功罪相半ばするとの批判もあるが、僕は戦後経営者の中では人としても企業人として
も、遥かに「功」が大きい、魅力的な人物として記憶に留めたい。

 明治期の経済人は自分の理念や思想を受け継いでもらいたいがために多くの学校を作った。戦後においては、中内氏が作った流通科学大学が最後のものとなるように思う。

「社会に出たらチャレンジスピリット、挑戦する勇気を持って欲しい」。この7月8日、流通科学大学での最後の講義で学生達に託したメッセージである。ご冥福をお祈りします。

※中内功氏の「功」の漢字は、つくりの部分が「力」ではなく「刀」ですが、フォントにない
ため「功」と表記しています。ご了承ください。

坐忘日記より

http://www.tamurano.com/column.htm
[2016/06/29 10:05] URL | #- [ 編集 ]

INFINICO(株)代表 中内丈滋氏の投資ファンド【ヴェトナム東南アジアファンドの件】
流通科学大学上田教授とINFINICO(株) 中内丈滋氏の作った合資フャンドの被害

INFINICO(株)代表 中内丈滋氏の投資ファンド【ヴェトナム東南アジアファンドの件】

ずっと台湾企業鴻海の三宅氏と大阪地裁で係争中との事で。。未だ未解決の詐欺事件

中内氏や流通科学大学上田教授とも在ろうお方を信じて居りましたが。。未だ返金も無

中内氏や流通科学大学上田教授には、せめて結果くらいは、ご連絡頂きたいものです。

流通科学大学教授とダイエー創業家中内丈滋氏とも在ろう方のお仕事だったのですから

中内功氏の功に泥を塗った儘では故人も浮ばれないでしょう。

泣き寝入り無力な主婦の私 (*_*;
[2016/06/29 16:11] URL | おもいやり婆ちゃん #- [ 編集 ]


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