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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
農耕民族vs.遊牧民族
『植民地化する日本、帝国化する世界』に、「被征服民族はヒトと見なされない」という小節がある。その中で、「アテン」と「ハザール」という、ユダヤ人の出自を探る上で、キーワードとなる言葉が二つ出ていたので、以下に引用しよう(太字・赤字は亀さん)。

フルフォード 旧約聖書はヒクソスが書いた本だという証拠が最近出ているんです。エジプトの遺跡の書き込みでおもしろいことがわかる。ヒクソスというのは北から来たんです。港のほう、カイロ、地中海から。いっときはエジプト全土を支配したけど、その支配体制が終わろうとしているときに、エジプトの北半分だけ、今のカイロとかあのあたりの王様(パロ)をアテンと言ったんです。アテンは天国みたいな庭で、裸で暮らしていた。妹と結婚していて、兄妹で近親相姦して。それがエデンの楽園です。

ヒクソスはエジプトから追い出されて、天国を失って、中近東に行く羽目になった。これが「出エジプト記」にあたる出来事です。約1世紀にわたるエジプト支配の後、ヒクソスはエジプトを離れて、元々いた中近東へと戻っていきます。その時に一緒に連れていったのが「元祖ヘブライ人」、つまり、民族学的な意味のユダヤ人(古代ユダヤ民族)であったと言われています。その後、中央アジアのハザール民族を家畜にした。それが今のユダヤ人。9割のユダヤ人は、3500年あったユダヤという国と一切何の縁もないわけです。

『植民地化する日本、帝国化する世界』p.131~


最初はアテンについてだが、『憎悪の呪縛 一神教とユダヤ人の起源』(天童竺丸 文明地政学協会)を読む限り、フルフォード氏が言及するところのアテンは眉唾物である。ちなみに、旧稿「一神教の正体」で、以下のように亀さんはアテンについて書いた。

ユダヤ教は古代エジプトで発生し、わずか10年ほど一神教の時代が続いただけで、一神教徒らはエジプトを追放されました(後に出エジプト記としてデフォルメされています)。そして、古代エジプトは再び多神教の世界に戻ったというのが、『憎悪の呪縛 一神教とユダヤ人の起源』の粗筋です。


16062301.jpg

『憎悪の呪縛 一神教とユダヤ人の起源』の説を採るとすれば、アテンはたかだか10年だけエジプトに君臨したのに過ぎず、後は這う這うの体(ほうほうのてい)で追い出されたということになる。また、フルフォード氏の言う出エジプト記云々は、『憎悪の呪縛 一神教とユダヤ人の起源』によれば、出エジプト記としてデフォルメされたものにすぎないことも分かるのだ。

次にハザールだが、「中央アジアのハザール民族を家畜にした。それが今のユダヤ人…」とフルフォード氏は語っており、つい最近まで亀さんもそのように思っていた。だが、最近に至ってどうも違うぞと、考えを改めるようになったのだが、そのあたりは拙稿「文明の原郷ツラン」を参照されたい。同稿のポイントを掻い摘まんで言えば、「ユダヤ人ハザール説は不毛な説」ということなのだ。そう主張しているのは、世界戦略情報誌『みち』に、「文明の原郷ツラン」を連載している天童竺丸さんだ。天童さんの話によれば、ハザール帝国の民は一神教のユダヤ教と異なり、昔も今も多神教を信仰しているとのことであり、また、「ハザール帝国の支配層のみユダヤ教に改宗した」という、従来信じられてきた説すら怪しいのだと言う。

アーサー・ケストラーや栗本慎一郎氏による、「アシュケナジーはハザール帝国の末裔」とする説が、今や否定されつつあるなか、改めて『植民地化する日本、帝国化する世界』に目を通して気づいたことは、同書は人に推薦するに値する良書ではあるものの、唯一惜しまれる点、それが遊牧民族独自の発想・行動様式について、理解が及んでいないという点である。だから、両著者、特に響堂雪乃氏が飯山一郎さんや天童竺丸さんの知る、遊牧民族の発想・行動様式を自家薬籠中の物にすれば、同氏のインテリジェンスはさらにパワーアップするに相違ないと、つくづく思った次第である。

ともあれ、司馬遷の『史記』をはじめとする我々が知る歴史は、あくまでも農耕(定住)民族の視点で書かれたものに過ぎないという点、肝に銘じるべきである。一方で遊牧民族の場合、記録というものを一切遺さなかった民族であった。そのため、我々は遊牧民族について、すなわち真の歴史について、未だに無知のままなのである。
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コメント

偽のコスモポリタンと真のコスモポリタンのようですね。。。

以前、私もコスモポリタンについて書いたことがあります。
現在でも概ね変わっていませんけれど、細かい部分では修正を
かけないといけなくなっているような気がしますが。。。
近いうちに「コスモポリタン3」を書くかもしれません(笑)

私の個人的なちょっと偏った歴史観が元になっているので、
お恥ずかしい限りですが、とりあえず、リンクを入れておきます。

「コスモポリタン」2012-07-12
http://blog.goo.ne.jp/tres-cerdidos/e/7ffe273ba9ca016544036ed8144f7b26

「コスモポリタン2~選民思想と共栄共存思想」2013-09-24
http://blog.goo.ne.jp/tres-cerdidos/e/ad929d95570eafecd6d6f51e0df7488d

[2016/06/24 23:26] URL | ひろみ #3USpdlJ2 [ 編集 ]


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