『あんどーなつ』という漫画がある。過去に何本か『あんどーなつ』についての記事を書いた記憶があったので、念のため検索して確認したところ、ナント26本も・・・。最近、『あんどーなつ』がテレビで再放送されていることもあって、久しぶりに漫画本を読み返してみたのだが、思うところが多々あった。

左上に赤下線を引いた「他から来た物を上手に取り入れた」、小生が放知技に投稿した以下の行とも相通じるものがある。
そうした概念が「日本列島」に人が定住し始めてから、気の遠くなるような時間をかけて、今や日本人のDNAの一部にすらなっているように思えます。 https://grnba.bbs.fc2.com/reply/17349208/333/
対象が漫画本の場合は和菓子、放知技の場合は皇統という違いはあるにせよ、そこには日本列島に住む我々の祖先たちが獲得したDNA、つまり日本の心とも呼ぶべきものが読み取れるのだ。
ここで、各国版の映画「怪しい彼女」に目を転じてみるに、改めてそうした思いを強くした自分がいる。拙ブログで日本版「あやしい彼女」について、過去において4本の記事を書いているが、今回は他国版の「怪しい彼女」について取り上げてみよう。

小生は日本版「あやしい彼女」を観てからというもの、思うところがあってオリジナル版である韓国版「怪しい彼女」、続いてベトナム版や中国版も観てみた。基本的にオリジナルである韓国版の「怪しい彼女」が、各国版の下敷きになっているわけだが、それぞれの映画に各国の国民性が滲み出ており、個人的に実に面白かったと思っている。
日本版も他国版同様、オリジナル版である韓国版を下敷きにしつつも、上掲の『あんどーなつ』の言葉にもあるように、実に上手く日本の心を表現していたと思うし、ある意味、まったく別の映画になっていると個人的に思ったほどである。ここに、他から来た物を上手に取り入れてみせた、日本版の制作スタッフによる匠の技を見るのだし、日本人の琴線に触れる映画になっていた。
以下、四本の映画を見比べた上での簡単な小生の感想である。
■お天道様 日本語版では「お天道様」という言葉が幾度か登場している。また、「お天道様」と題するブログ記事も書いたこともあり、ここに、日本の心を見る思いをしたものだ。
 あー、駄目、絶対駄目! 二度とお天道様の下を歩けなくなるよぉ・・・
他国では同シーンがどのように演じられたか、比較の意味で画像を並べておこう。
 地獄で閻魔様に脅されたって、いけないよ・・・ (韓国版)
 ダメだよ・・・ (ベトナム版)
 無理・・・ (中国版)
■歌 「天性の歌声」と題した拙稿で、大鳥節子(多部未華子)が歌った「悲しくてやりきれない」を紹介した。歌に関して言えば、ベトナム版や中国版の歌も良かったが、個人的に最も聞き惚れたのが、オ・ドゥリ(シム・ウンギョン)の「雨水」だった。
『雨水』(字幕追加版)シム・ウンギョンさんShim Eun Kyeong
■家族 4ヶ国の「怪しい彼女」を見終えて思ったことは、主テーマは「家族」と断言できるということだ。拙稿「子は親を選ぶ」でも、個人的に最も感動したシーンとして紹介している。
 お前がいたから、私はお母さんになれたんだ。
その点、韓国版の同シーンも良かったと思うが、個人的に最も感動したのは、以下のシーンだった。
 いい夢を見たよ。あんなに楽しい夢は初めてだった・・・
自分が元の姿に戻ってしまうというのに、歌手になった夢を棄てることになるというのに、胸を高鳴らせた恋人を失うというのに、血を分けた孫の命を救うため、躊躇うことなく孫に輸血するオ・ドゥリ、そんな彼女の胸中を一掬の涙で表現したシーン、実に見事である。
まとまりのない記事になってしまったが、小生の映画関係の友人や知人、今回の拙稿を読んでどう思ったのか気になる。ここは、感想の一つや二つを寄せてもらえたら有り難い。
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