前稿「武士の時代 03」で、武士の時代を切り拓いた平氏政権から筆を進めると書いたが、もう少し回り道をしなければならなくなったようだ。それは、平氏政権について漠然と思索を巡らせていた時、佐藤優氏による『太平記』の講義を思い出したからである。
これは、『月刊日本』の執筆者や読者を中心に、佐藤氏を囲んで『太平記』を読み解いていくという小人数の講義であり、十年にわたって続いた、息の長い講義だった。小生は実際に出席したことはないが、上の息子が高校生の時に『太平記』に強い関心を抱き、出席者の一人であった、山浦嘉久さんを介して幾度か出席していた。講師役の佐藤氏をはじめ、出席していた山浦さんや稲村公望さんとの交流も深まり、本人にとって得がたい無形財産となったことだろう。その後、息子は京都の大学に進学したため、自然と講義から足が遠のく形となった。一方、講義そのものはその後も続けられ、十年という長い時間をかけ。ついに『太平記』全巻の講義の最終回を迎えたわけだが、その報告が『月刊日本』に掲載された以下の記事である。
佐藤優 『愚管抄』で危機の時代を読み解く

では、何故に佐藤氏は十年という長きにわたり、『太平記』の講義をボランティアで行ったのか。さらに、佐藤氏をして講義を続けさせたものは、一体全体何だったのかということになるが、その答えが上掲の記事に書いてある。
資本主義が行き詰まった現在、私たちは再び「近代の限界」に直面しています。この問題を解決しない限り、現下の危機は克服できないはずです。その意味で私たちは改めて「近代の限界」に取り組み、「近代の超克」を考える必要があるのです。
その上で重要なのが、かつての「復古維新」の思想なのです。実際、この思想はグローバリズムが行き詰まった状況で出て来ました。目指すべきモデルが同時代(共時性)に求められないため、過去(通時性)に求められたのです。
そして、『太平記』の講義を終えた佐藤氏、次に『愚管抄』の講義を新たに開始すると宣言したわけである。

何故に『愚管抄』なのか? そのあたりの理由について、佐藤氏は以下のように述べている。
米中主導のグローバリズムや皇統の問題に直面する今、私たちは『愚管抄』で13世紀にタイムスリップしてもう一つの日本と向き合いながら、日本国家とは何か、皇統とは何か、考えを深めていきたいと思います。
上記のような言葉を佐藤氏が発したのは、『平家物語』が、グローバリズム志向の『愚管抄』、そしてナショナリズム志向の『神皇正統記』という、思想的には相反する関係にある、二つの思想を採り入れた古典だからだ。
つまり、ディープステート(米国)や中共(中国)を代表とする、グローバリズムの立場に立脚して書かれたのが『愚管抄』、一方で皇統、すなわち反グローバリズム(ナショナリズム)の立場に立脚して書かれたのが『神皇正統記』と佐藤氏は考えているわけで、以下は上掲記事における佐藤氏の結語だ。
米中主導のグローバリズムや皇統の問題に直面する今、私たちは『愚管抄』で13世紀にタイムスリップしてもう一つの日本と向き合いながら、日本国家とは何か、皇統とは何か、考えを深めていきたいと思います。
この佐藤氏の発言について、もう少し解説を加える必要があるが、これは次稿で展開していこう。
【追記1】

『太平記』の劇画を描いたさいとう・たかを氏と、今回取り上げた佐藤優氏という珍しい取り合わせの対談記事がある。 さいとう・たかを氏 ゴルゴ13がAI兵器にも負けない理由
特に印象に残ったのは、以下のやりとりであった。
さいとう:ゴルゴは標的をじっと待つでしょ。“間”がある。この“間”というのは、日本人的感覚で、他の文化からはなかなか理解しにくい。自分で描いていて、ある時、気づいたのですが、ゴルゴの行動は「無私」なんです。
佐藤:私が無い、の無私ですか?
さいとう:そう。たとえていうなら、剣の達人の無の境地に近い。撃つ時に、自分が無いんです。侍でいうところの居合い。一刀で相手を倒す。アメリカだとそうじゃない。機関銃をダダダダダダッと撃ちまくるほうがウケます。
佐藤:私、先生の『太平記 マンガ日本の古典』(中公文庫)も好きなんですが、あの面白さは「ゴルゴ=侍」にも通じるところなんでしょうね。ゴルゴの強靱な精神力は、弓道をやっている人とも近いような気がします。
さいとう氏は「間」は日本的感覚と語っているのだが、逆に言えば英語に通訳あるいは翻訳する際、頭を抱える日本語だということになる。この「間」だが、それに近いニュアンスが"space"に含まれている(『COBUILD English Dictionary』より)。
If you give someone space to think about something or to develop as a person, you allow them the time and freedom to do this. * You need space to think everything over...
そこで、たとえば「間を生かす」を英語で表現するとすれば、"to give space meaning"が近いかもしれないと今のところ思っているが、決してイコールではない。その意味で、改めて能や歌舞伎から、゛「間」について学び直す必要がありそうだ。
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