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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
ツランと世界権力(初級編)
令和の御代になって早四ヶ月、世界は嘗てないほど激動の時代に突入している。どのような時代になるのかと、マスコミやネット界は百家争鳴の様相を呈しており、どの意見が正しく、あるいは間違っているのか、戸惑う読者も少なくないはずだ。このような場合にこそ物を言うのが「物差し」、すなわち個人が今までに構築してきた大局観だ。そして、小生が長年にわたって構築してきた物差しの一つが、「ツラン」対「世界権力」である。

■初級編
拙ブログ読み始めて日の浅い読者の場合、ツランと書いたところで何のことやらサッパリ、というのが本当のところだと思う。一方で世界権力の場合、言葉は耳にしたことがあっても、実態が掴めないというのが正直なところではないだろうか。そこで、後者の「世界権力」については、文明地政協会刊の『悪の遺産ヴェネツィア』を、機会があれば一度紐解いておくことをお勧めする。何故なら、「世界権力」について述べた数多の書の中でも、同書は小生の知る限り、「世界権力」についての最良の書だと信じるからである。ご参考までに、拙稿「プーチンvs.黒い貴族」で、『悪の遺産ヴェネツィア』の目次と最終章を転載してある。

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また、拙ブログでも過去記事において、「世界権力」について数本の記事を書いているので、これらも併せて一読していただけたら幸いである。

ところで、小生は前稿「NHKの正体」で以下のように書いた。

DSの源流を遡ればカルタゴ(フェニキア)に行き着く。そのあたりを把握しておけば、今の世界情勢の流れが掴めてくるはずだ。よって、DSの源流については別稿で詳述したい。


別稿で「世界権力」についての詳細を書くと、一応は約束したものの、詳説していくとなると、とても数本の連載記事では終わりそうになく、飯山史観の執筆に支障をきたす恐れがあるので、ここは取り敢えず『悪の遺産ヴェネツィア』の一読を勧めるだけに留め、三千年前のDS(世界権力)発生から今日に至る、「世界権力」の流れについての解説記事は割愛させていただく。

次に「ツラン」だが、日本でツランにおける第一研究者は、上掲の『悪の遺産ヴェネツィア』を著した、世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長だ。「みち」HPの「巻頭言」にツランに関する数々の玉稿が、一部公開されているので目を通すといいだろう。さまざまなテーマの記事が並んでいるが、ツラン関連と他のテーマの記事とを見分けやすいように、ツランについての記事は赤文字で色分けしてある。

「ツラン」と「世界権力」という両テーマについて、「天童竺丸」という同一人物の名前を出したが、小生は今までに百回ほど天童編集長に会っており、森羅万象にわたるテーマについて、天童編集長の言葉に耳を傾けてきた。

ここで、天童編集長の著作に注目していただきたい。ユースタス・マリンズの著した、世界権力に関する書籍の訳本が多いのに気づくはずだ。その天童編集長、マリンズだけではなく、ユダヤ問題について造詣が深かった太田龍との交流もあった。お二方との交流を天童編集長は重ねていくうち、世界権力と対峙する「ツラン」の存在を知るに至り、その後は独自の史観を構築してきたのであり、その成果の一部を上掲の「巻頭言」から見出すことができよう。

天童編集長と知己になってからほどなく、小生は飯山一郎さんとも交流するようになった。飯山さんの持つ独自の古代史観、すなわち「飯山史観」に出会ったのだ。その飯山さんが一年前に逝去されてからというもの、「飯山史観」を後世に遺さねばという思いに駆り立てられ、拙ブログに「飯山史観」という新カテゴリを一年前に開設、人類の誕生から現在に至るまでの人類史の執筆を開始した次第である。内容的には天童編集長の世界権力観とツラン観、そして飯山さんの古代史観をドッキングさせた形となっており、今でも仕事の合間に誠意筆を進めている。なお、ツランについてだが、拙ブログの飯山史観カテゴリでも多角的な観点から書いてあるので、天童編集長の巻頭言同様、拙稿にも目を通していただければと思う。

さて、「ツラン」および「世界権力」とも数千年来の歴史があり、その流れを一通り把握するだけでも大変な労力を強いられる。そこで、「ツラン」および「世界権力」を知ってから日の浅い読者(初級)を対象に、誤解を恐れずに小生流のアナロジーで、「ツラン」と「世界権力」の関係性について以下に書き表しておこう。

人類の歴史を一個人の身体に喩えるなら、個人の身体全体が「ツラン」ということになり、一方、「世界権力」とは個人の身体に出来たガンである。


※注: 世の中の常識では、ガンと書くと「死の宣告」といった悪いイメージを思い浮かべる読者も多いと思う。しかし、必ずしもそうとは限らないと説く識者も一部にはおり、たとえば、最近は放知技に久しく登場していないが、かつては精力的に投稿していたハリィー今村先生も、一般常識とは全く異なるガンについての自説を展開していたものである。小生も先生の説には概ね賛同しており、読者も時間がある時で構わないので一度目を通すと良いだろう。
気が向いた時に有益そうな健康法を語るスレ(2)

ガンについて言及したが、ツランと世界権力について学ぶ初級者は、「世界は、全身ガン(ガンが身体のあちこちに転移した状態)になった患者のようなもの。奇跡的に全身ガンを克服して綺麗にガンが無くなるか(人類生存)、全身に転移したガンによって死に至る(人類滅亡)」かという、瀬戸際に世界はあるのだということを念頭に置きつつ、ツランと世界権力について学んでいただければと願う。

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NHKの正体
毎年の八月十五日前後にわたって、戦争関連の番組を精力的に流しているNHKだが、そうした番組の一本を参議院議員の和田政宗氏が、痛烈に批判したツイートに目に止まった。

残念ながら、「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道」という番組を小生は見ていないものの、日頃の和田議員の言動から同氏の人となりが分かっているので、同番組の内容に大凡の見当がつく。

ともあれ、小生は拙稿「美に生きる」において、「NHKのニュース番組は偏向しているので、おカネを払ってまで見る価値はない」と書いたが、今夏も毎年恒例の戦争関連の番組を通じてNHKの偏向ぶりを知りたく、三本ほど戦争関連の番組を見たので、以下に感想を書いておこう。

「戦争花嫁たちのアメリカ」
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この番組は、日本に進駐してきたアメリカ兵と結婚し、アメリカへ渡った日本人戦争花嫁のドキュメンタリーである。アメリカに渡った戦争花嫁の苦闘を描いていたので、1970年代はじめに在サンフランシスコの戦争花嫁らと接してきた身として、番組の途中までは彼女らの苦労に思いを馳せつつ見ていたのだが、番組の最後になって、トランプを批判する戦争花嫁の子供たちの発言を耳にした途端、同番組の偏向ぶりに落胆した次第である。ちなみに、子供たち(と言っても亀さんと同年代)の発言内容は、トランプが民主党の女性下院議員4人に対して、「もとの国に帰れ」とツイートしたことへの反発である。

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米下院、トランプ氏非難決議を可決  「発言は人種差別的」

一見、トランプのツイートは普通の感覚からすれば、「人種差別」だと思うかもしれない。しかし、事はそう単純なものではない。これはメキシコ国境の壁建設とも深く関連しており、〝DS(Deep State)〟の深謀に対するトランプの抵抗なのだ。

ともあれ、「戦争花嫁たちのアメリカ」は反トランプというDS側に立って制作された番組であり、残り二本のNHKの番組にしても、同様にDS寄りの番組であったのは言うまでもない。

なお、DSの源流を遡ればカルタゴ(フェニキア)に行き着く。そのあたりを把握しておけば、今の世界情勢の流れが掴めてくるはずだ。よって、DSの源流については別稿で詳述したい。

・参考文献 『悪の遺産ヴェネツィア』(天童竺丸 文明地政学協会)

隠された“戦争協力” 朝鮮戦争と日本人
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朝鮮戦争が勃発し、在日韓のアメリカ軍が日本に軍事物質を発注、また輸送といったサービスを提供したことにより、朝鮮特需という名で日本が立ち直ったのはご存じのとおり。そして、今までの我々は、当時の日本がアメリカに対して行ったのは、あくまでも後方支援だけだったと思っていた。しかし、今回のNHK番組は、米軍とともに渡韓した日本人(70人)の尋問記録が最近に至って〝発見〟され、朝鮮半島に渡った日本人が銃をとって朝鮮人民軍と撃ち合い、なかには戦死した日本人も出たことを初公開している。

しかし、1950年から69年が経過した今、殊に日韓関係が戦後最悪になった今、どのような経過で尋問記録が〝発見〟されたのだろうか(番組ではアメリカの一研究者が発見したことになっている)…。加えて、同番組は米ソ冷戦を前面に押し出すのみで、米ソ冷戦が出来レースであったということについては、一切触れていない。米ソ冷戦という出来レースを演出したのが、上述のDSだったということに思いを致せば、そのことに一切触れなかった同番組は、DSサイドの番組であることことは一目瞭然である。

同様に、朝鮮戦争もDSが演出した出来レースだったが、そうした視点で現在の朝鮮半島情勢を眺めれば、新聞やテレビといった大手マスコミの報道やネットの論調が、文大統領への非難一色に染まっているのに気づくことだろう。

反文在寅論者の一人を挙げるとすれば、元駐韓大使だった武藤正敏氏がいる。同氏は『文在寅という災厄』といった本を著しただけではなく。テレビの各局に顔を出しており、フジテレビの「日曜報道 THE PRIME」に出演していたが、同時にBS朝日「日曜スクープ」にも出演、今日も各局での出演を続けている。このあたりを深読みすると、意外と面白いことが分かるかもしれない。
<徹底解説・ニュースの焦点>韓国・文在寅大統領・親北政策に限界?・韓国「対日」軟化の理由

ご参考までに、小生同様に武藤氏の『文在寅という災厄』といった、一連の書籍に目を通したことがないという読者は、同氏の韓国観は以下の記事に目を通せば大凡が分かると思う。
文在寅という「災厄」…元駐韓大使が明かす、その絶望的な無能ぶり

しかし、文大統領に対して厳しい見方をしている武藤正敏氏をはじめ、世の中のマスコミやネットのほとんどが、DSやネオコンについて言及していないのは何故なのか? 仮に気づいていたとしても、敢えて話題にするのを避けているのかもしれないが、今のところ、DSやネオコンに関連付けて文大統領について言及しているのは、掲示板「放知技」をはじめ、一部のブログだけのようだ。

全貌 二・二六事件~最高機密文書で迫る~
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この番組は、二・二六事件から83年が経過した今日、NHKが〝発見した〟という大日本帝国海軍作成の極秘文書を中心に、同事件に関して明らかになったことを解説している。

ここで海軍についてだが、二十代から三十代にかけての小生は、海軍はリベラル派だという好印象を抱いていた。これは、当時において流行っていた陸軍悪玉論に染まっていたためだ。しかし、その後は黒崎貞明の『恋闕』といった書籍に目を通すにつれ、次第に陸軍悪玉論という呪縛から解き放たれていく自分がいたのである。

ここで、「太平洋戦争 は日本 vs アメリカ の戦争ではなく、 帝国陸軍 vs 昭和天皇+帝国海軍+アメリカ の戦争だった」と題する、面白い記事を紹介しておこう。妄想も甚だしい記事ではあるが、それでも注目すべきは、「明治天皇をすり替えた薩長政権以降、それを仕掛けたユダヤ資本にとって天皇の派閥争いは日本をコントロールするいいネタであった」とする冒頭の記述だ。

「ユダヤ資本」についても、DSやネオコンの正体を把握している読者であれば、ユダヤ資本が何を指しているのか分かることだろう。DS、ネオコン、ユダヤ資本と表現は様々であるが、その背後にいるのが英国であり、前述したように、遡ればカルタゴ(フェニキア)に行き着く。別稿でカルタゴを出自とする英国について書くので、それを参照に、今の世界情報を読み取る物差しとしていただければ幸いである。

それから、二・二六事件は大東亜戦争の引き金となった事件であり、未だに全容が掴めていない事件だ。その理由は多々あるが、なかでも最大の理由はタブーに触れるからである。そのタブーとは、昭和天皇の戦争責任。そのあたりについては、やはり別稿で改めて述べることにしたい。

最後に、数日かけて見た今夏放送されたNHKの戦争番組、一本のブログ記事だけで終わらせるつもりだったが、昨今の世界情勢と絡め、数本の記事に分けたいと思う。よって、天武天皇シリーズ再開まで少し間が空きそうだ。

【追記1】
掲示板「放知技」の常連さんの一人、この世は焼肉定食さんが他のNHKの戦争関連番組を紹介していた。
歴代首相の人物評|昭和天皇「拝謁記」 戦争への悔恨|NHK NEWS WEB

【追記2】

NHKについては11:00あたりから。ただし、北朝鮮観などズレているので注意のこと。

天武天皇 10
■扶余
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


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夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)とも表記される。
「ウィキペディア」夫余


最初に、扶余のルーツについて一言。拙稿「天武天皇 03」でも紹介した飯山一郎さんのHP記事、以下に再掲するので目を通していただきたい。

遠い昔.中国東北部 (満州) の広大な平原で…,
モンゴル族系の扶余族は,ツングース族 と混血して 扶余国 を建てた.
扶余国の王子一派は,さらに南下し,渤海沿岸で馬韓国を吸収して 百済国 をつくる.
やがて,百済国の末裔(大海人皇子)は日本国をつくる….(cf. 飯山一郎の古代史).

われわれの先祖は豚を飼う民族だった.


拙稿「天武天皇 02」でも述べたことだが、ツランの主な民族は三民族、すなわち、ツングース族、モンゴル族、テュルク族だ。そして夫余はモンゴル系だったが(別の説もある)、ツングース族と混血したというわけだ。そのあたりについて、栗本慎一郎が興味深い関係図を作成している。

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上掲図の詳細は『栗本慎一郎の全世界史』の第9章、「アジアの中の日本と中国」(p.194~)を参照していただきたいが、殊に小節「■フーユ、コマと日本とのつながり」(p.197)は、夫余、高句麗、百済を取り上げているだけに注目だ。ただ、栗本は北魏と日本の深い繫がりには言及しておらず、そのあたりは飯山史観を最終的に総編集する際に、補足の形で追記したいと思っている。

それから、扶余から一気に高句麗と百済が出来したのではなく、複雑な過程を経ているのだが、そのあたりの詳細については、『みち』の天童竺丸編集長の巻頭言を参照していただきたい。
高句麗と百済の建国の母を産んだ卦婁部

ともあれ扶余のルーツは上述の通りであるが、金正日・金正恩親子が自身の故地として、愛して止まない馬韓国は夫余によって吸収され、やがて百済が誕生したということになる。

次稿では、天武天皇と深い縁のある百済について筆を進めよう。

【追記1】
小生は拙稿「天武天皇 04」で、以下の飯山さんの記述を紹介している。

『亀卜(きぼく)』は、『馬韓』で、さらに高度に発達し洗練されます。
『扶余』の北方シャーマニズム(ツラン・シャーマニズム)が融合されるからです。

『馬韓』に伝えられた『殷』の『亀卜(きぼく)術』の秘法と、“ツラン・シャーマニズム”
の合体! これが今後の主題となる『ツランの秘儀』であります。

◆2011/03/01(火) 金王朝の “深い深い謎” -90-


ここで馬韓だが、同国は殷の子孫が建国した国だ。そのあたりは、「金王朝の “深い深い謎” -70-」を参照していただくとして、興味深いリツイートを道友のJINMOさんが行っていたので紹介しておこう。


亀卜が明治以降に皇室に導入されたという、八幡書店の新書紹介をリツイートしたJINMOさんに感謝したい。では、明治以前の皇室は、どうだったのかということになるが、殷王朝の流れを汲む皇室であることを思えば、シャーマニズムは古来より綿々と受け継がれてきたはずである。また、亀卜が明治以降に皇室に導入という指摘で、咄嗟に脳裏に浮かんだのが田布施、すなわち大室天皇だった。

【追記2】
野崎晃市博士も、ブログ【文殊菩薩】で“鷹狩”の視座で百済と高句麗の出自は夫余であることを述べている。
鷹狩は扶余から百済経由で日本へ

天武天皇 09
ふと気がつくと、飯山史観シリーズ、今回の「天武天皇 09」で56本目だ。思えば、「飯山史観の事始め」と題した飯山史観の第1回目をアップしたのが、昨年の9月19日だから、かれこれ一年近く飯山史観シリーズを執筆してきたことになる。実のところ、小生の感覚としては飯山史観の三分の一が、漸く終わったなというのが正直なところで、残りの三分の二の100回分ほど、すなわち飯山史観の完結までには150本ほどの記事数になる見込みだ。加えて、現代、そして未来について特に力を入れて書きたいと思っているので、もしかしたら、200本を超えるかもしれないwww 

飯山史観は過去の歴史を主テーマとしているのに、何故に小生は現代と近未来について力を入れたいと思っているのか、そのあたりの答えは、以下の飯山一郎さんの朋友である、ヤン(梁)さんの言葉の中にある。

歴史の知識を漫然と増やすのではなく、今を知るために歴史を学ぶ!
…という姿勢。これが飯山史観の核にある考え方です。

◆2011/02/24(木) 金王朝の “深い深い謎” -87-


そう、「今という時代」は、どのような時代なのかについて正確に把握するために、小生は飯山さんの遺してくれた飯山史観を、一種の解説本のスタイルで書き連ねているというわけで、徹底的に解説していく、所謂、「急がば回れ」というやつだ。

飯山史観をスタートした一年前は、50本ていどで飯山史観を完結できると思っていたんだが、見通しがあまちゃん…、もとい甘ちゃんだった(爆) 愚痴はともかく、早速今回のテーマである「馬韓」に入ろう。

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独立騒動”で芸能界引退危機の能年玲奈、法廷闘争に向けて勉強中!


■馬韓
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


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三韓(さんかん)は、1世紀から5世紀にかけての朝鮮半島南部に存在した集団とその地域。朝鮮半島南部に居住していた人々を韓と言い、言語や風俗がそれぞれに特徴の異なる馬韓・弁韓・辰韓の3つに分かれていたことから「三韓」といった。
「ウィキペディア」三韓



上掲の版図と解説はウィキペディアからの引用だが、これは全くの出鱈目。

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山形先生も『邪馬台国論争 終結宣言』で、「前三韓」と題した一章を設けているが、飯山一郎さんも同章をベースに、『天皇制誕生前夜のクロニクル』なる記事を執筆、「◆2011/02/25(金) 金王朝の “深い深い謎” -88-」に全文が引用されている。よって、本稿でも以下に全文を引用させていただこう。

『天皇制誕生前夜のクロニクル』 (Ver 2.00)
飯山一郎 
  .

 「いま、北朝鮮は、百済国の前身 “馬韓国” の後継国家のようだ。」
…とヤンさんはポツリと言った。この意味を理解できる日本人は少ないだろう。
“馬韓国” とは、いったい、どんな国家だったのか?
ヤン教授の説明は、鎌倉時代の歴史書 『吾妻鏡』 のように難解だった。
そこで、私、飯山一郎が “てげてげ” (=大雑把) だが 簡単明瞭に説明したい。

古代朝鮮には、馬韓、辰韓、弁韓という国があった。いわゆる 『三韓時代』 である。
この 『三韓』 は、いわば競合関係にあった。対立もしていた。
もし、対立が深まり、戦争前夜のような深刻な事態になると、『辰王』 が仲介に入った。
『辰王』 とは、現在のタイ国の 『プーミポン国王陛下』 のような存在だと思っていい。
タイ国では、正式に 『プーミポンアドゥンラヤデート』 と お呼びしなければならない。
『プーミポンアドゥンラヤデート』 とは 「大地の力・並ぶ事なき至高の権威」 という意味
である。つまり、「最高権力」 ではなく、「最高権威」 である。この点、注意されたい。

三韓時代の 『辰王』 は、必ず 「馬韓国」 の王が即位した。
『辰王』 は世襲制であり、首都は 「月支国」 にあった。
『辰王』 は “鬼道” に優れ、“鬼道” によって三韓を支配下においていた。
この “鬼道” は、自然崇拝・精霊崇拝(アニミズム) に近かった。
『殷』の末裔(哀王・準)が馬韓王になった経緯では、“殷の鬼道”も混入しただろう。
『北魏』や『北燕』の鬼道が混入したであろうことも、可能性は非常に高い。
『辰王』 の “鬼道” は、日本の古神道や “卑彌呼の鬼道” に近いと思っていい。
なお、卑彌呼 (の使者) が帯方郡を訪れる際、“馬韓国” は通過地だった。
さて、突然…、
『辰王』 の統べる “馬韓国” に “侵入”してきたのは “扶余国” の残党であった。
“扶余国” は、ツングース族の末裔である。
ツングース族の王も、“鬼道” に優れた “草原のシャーマン”(巫師) であった。
“シャーマン” とは、ツングース語の「šaman、シャマン」から派生してきた言葉だ。
“扶余国のシャーマン” は、“馬韓国の辰王” の地位を奪い、やがて、帯方郡の故地に
新しい国家を立ち上げる。これが 『日本国』 の先祖 『百済国』 である。
したがって…、
『百済国』とは、“馬韓国” のアミニズムを吸収したシャーマニズムの国家なのである。

ここで…、
これまでの物語を大雑把にまとめてみよう。
卑彌呼の邪馬壹国が参内した帯方郡で、殷と、北魏と、北燕と、馬韓と、扶余が合流し、
百済国となり…、
韓半島まで東遷 (東征) し、満州で百済国が滅びると、百済国は日本に渡来してくる…。
百済人の血は、殷、北魏、北燕、馬韓、扶余、倭…、そして卑彌呼のDNAが渾然一体と
なった血脈で、この血流の一貫性こそが、万世一系の神話なのである。

ちなみに “馬韓国” は、帯方郡の南にあった。
現在の平壌は、当時の “馬韓国” の南端部に位置している。
まさしく、“不思議に満ちた地政学” である。

【参考文献】 『三国志魏書』扶余国伝、『三国志魏書』馬韓伝、『後漢書』馬韓伝、『晋書』馬韓伝、『北史』百済伝、
        『唐会要』百済伝、『通典』百濟、『隋書』百済伝、『周書』百済伝、『梁書』百済伝、『宋書』百済伝。


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(邪馬台国論争 終結宣言)p.118

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(邪馬台国論争 終結宣言)p.126

続きは、「◆2011/02/28(月) 金王朝の “深い深い謎” -89-」以降を読めば、朧気ながらも三韓の大凡の全体像が掴めるはずだ。ここで、異論はあると思うが、以下の飯山さんの言葉を思い出していただきたい。

『馬韓』や、『北燕』のような“流星国家”の存在に注目しないかぎり、日本の歴史は
見えてこない。


もう一点、三韓、殊に馬韓は今日の金王朝にとって重要な意味を持つ。以下の記事を参照。記事の内容を素直に理解できれば、今日の北朝鮮(韓国ではない)の立ち位置がわかるはずだ。

『馬韓』は、金正日・正恩父子が愛する遼東半島にあった!
◆2011/02/24(木) 金王朝の “深い深い謎” -87-


天武天皇 08
■邪馬台国
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


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邪馬台国という言葉を耳にすると、咄嗟に脳裏に浮かぶのが、山縣明郷先生の『邪馬台国論争 終結宣言』(後に三五館より装い改めて『卑弥呼の正体』として復活)だ。この本によって、小生の東アジア観が根底から覆されただけではなく、故飯山一郎さんを知る切っ掛けともなった。

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上掲の山形先生の『卑弥呼の正体』の場合、もう一冊の著書である『古代史犯罪』とともに、日本の歴史学会などから未だに無視され続けている。しかし、一握りではあるものの、同書に目を通し、書評を残している在野の歴史愛好家もいるのだ。たとえば、「頑固爺の言いたい放題」というブログであり、同ブログのオーナーである池澤康氏は以下のような書評を書いた。
邪馬台国は朝鮮半島にあった?!

邪馬台国の遼東半島説を打ち出した山形先生に対して、池澤氏は異を唱え、九州説を採っているのがわかる。そして、上掲の記事の中で池澤氏は、以下のように結論づけていた。

端的に言って、山形説は『倭人伝』を捏造と批判してるに等しいが、それにしては列島に関する記述に具体性があり、とても創作物語とは思えない。


池澤氏の「列島」という記述に注目していただきたい。明らかに、九州説をとる池澤氏は、『倭人伝』に出てくる「依山㠀為國邑」(山島に依り国邑を為す)とは、日本列島のことだと思っていることが分かる。

一方、同じ山形先生の本から、池澤氏と真逆の結論に達したのが飯山さんで、放知技の以下の投稿を参照されたい。

  また、『魏志倭人伝』が日本古代の事象を記した歴史書ではないこと
  も証明しきっています。
  したがって、卑弥呼の邪馬台国の所在地も日本列島ではなかったと
  明確に述べています。
  これは、「日本人の歴史観」と「常識」を根底から突き崩す大変な史観
  だと言えましょう。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13652197/824/


止めとして、以下の飯山さんのブログ記事を紹介しておこう。

この2冊(『卑弥呼の正体』・『古代史犯罪』)を眼光紙背! 熟読玩味すれば、
目からウロコどころではない! 脳細胞が入れ替わるような知的衝撃で、あなたは、
歴史観どころか世界観も人生観をも変えざるを得ないショック症状に見舞われる!

◆2011/02/03(木) 金王朝の “深い深い謎” -68-


もう一点追加しておくとすれば、邪馬台国は日本列島(畿内説と九州説)にあったと信じ込んでいるのは、日本の歴史学者だけという事実だ。

邪馬台国と卑弥呼の物語が古代日本の歴史だと思い込んでいるのは、
日本人だけ。

◆2011/02/12(土) 金王朝の “深い深い謎” -75-


次に、以下に示す通り、山形先生の『古代史犯罪』でいうところの、古代史犯罪を犯した過去の日本の歴史学者の流れを汲む人たちは、とてもではないが『古代史犯罪』の書評など怖くてできないはずだ。ともあれ、飯山さんあるいは坂口孝男氏といった山形先生の関係者を除き、骨のある山形本の書評を一度も目にしたことがないのだが、もし知っている読者がおられたら、ご一報いただければ幸いである。

遼東半島の熊岳城にあった『百済建国の始祖尉仇台之碑』を現在の韓国忠清南道
の錦江まで移動し、そこが「百済建国の地」であった! などと偽装する。
この悪質さ! これは完璧な犯罪! です。
こういう犯罪行為を、帝国陸軍と東京帝大は、共同して行っていました。

◆2011/02/03(木) 金王朝の “深い深い謎” -68-


最後に、旧著『邪馬台圀論争 終結宣言』から一部を抜粋、併せて邪馬台国の版図を載せておこう。

注・補筆「邪馬台に想定される国の具体的な所在地」に就いて

古代(二~三世紀)に存在した〝邪馬・郁馬・蓋馬〟国の、考古学蹟上の遺跡・痕跡地は、「鴨線江北岸・渾江口より遡ること九粁(キロ)の古馬嶺村周辺から、麻天嶺の中間地域」、即ち、「現・吉林省通化市古馬嶺村から、現・遼寧省丹東市寮馬県との中間地帯約九十粁(キロ)圏内」と推定する。

 可能性としては、「古馬嶺村を中心とする渾江下流域一帯」 の方が強いと言えよう。
 次頁(下図)の図面を参照されたし。

『邪馬台国論争 終結宣言』p.218

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さて、山形史観を支持する身として、主流を占める畿内説と九州説は取り敢えず脇に置いて、小生同様に遼東半島説をとる飯山さんの卑弥呼説を、ここで再確認しておきたい。以下、てげてげHPの「金王朝の “深い深い謎」シリーズから。

「卑弥呼は公孫氏!」の記述は、現在までのところ、中国史書中では、批判・非難の
対象にはなってない。ご安心の程!>山形師のファンの皆さん。

◆2011/02/13(日) 金王朝の “深い深い謎” -76-


『晋書』(巻九十七・四夷傅)には、↓こんな文言がある。
「乃立女子為王、名曰卑弥呼。宣帝之平公孫氏也、其女王遣使至帯方朝見。」
これを翻訳すると…、
「…女子を立て王となす。名を卑弥呼という。宣帝の平らぐ公孫氏なり…。」

◆2011/02/07(月) 金王朝の “深い深い謎” -70-


つまり、卑弥呼は日本人ではなく、中国人(公孫氏)であったということを『晋書』に書いてある事実、これを日本の歴史学者は何とする…。さらに、卑弥呼とシャーマニズムの関係…。

おおらかで神秘的な『亀卜(きぼく)』は、箕子朝鮮→馬韓→天皇陛下と継承されて
いきます。
馬韓近辺にいた卑弥呼にも伝承されたはずです。
「唯有男子一人給飲食傅辞出入」(『魏志倭人伝』)
「ただ男子一人あり、飲食を給し、辞を伝えて出入りす。」
この男子は、シャーマン卑弥呼が察した“神意”(=吉凶)を記述する覡(かんなぎ)
でありましょう。
卑弥呼という「巫女(みこ)」に仕える男子一人(=「覡(かんなぎ)」)。この関係は、
「原始神道」の萌芽といえるでしょう。
遠い昔、遠い遼東の地で、卑弥呼も 「原始神道」の形成にかかわっていたのです。
ですから、卑弥呼も、「天皇制」の先祖の一人と考えていいのです。

◆2011/03/01(火) 金王朝の “深い深い謎” -90-


ともあれ、卑弥呼は中国人という〝事実〟に心底驚いた読者は、一度、「金王朝の “深い深い謎」の「◆2011/02/08(火) 金王朝の “深い深い謎” -71-」以降に目を通しておいていただきたい。なぜなら、次稿の「馬韓」と深く関係してくるからだ。

最後に、現実の世界に戻り、以下の飯山さんの「予言」、ここで改めて噛み締めておこう。

21世紀のアジアは、“鬼=鬼道家”になったシャーマン史家=妄想家”が変える!
◆2011/02/13(日) 金王朝の “深い深い謎” -76-



【追記】
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精神核 Mensa Nuklea