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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
生涯一書生
道友の猿都瑠さんが、最近入手したという本を紹介していた。
『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』

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猿都瑠さんが入手したという本の題名を目にして、脳裏に浮かんだのが数学者・望月新一、続いて自然定数だった。

最初に、望月の凄さはアマゾンの「商品の説明」を覗くだけで想像できよう。

京都大学の望月新一教授によって構築された論文は、「未来から来た論文」と称されるなど、数学界のみならず、世界に衝撃をもたらした。

この論文は、世界で理解できるのは多く見積もっても数人、といわれるほどの難解さであり、論文の発表から6年以上たった現在もなおアクセプトに至っていない


望月について関心のある読者は、『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』にあたっていただくとして、今回の主テーマは望月ではなくて自然定数だ。

黄金比やフィボナッチ数列という言葉に接した読者は多いと思うが、なんとなく神秘的な響きがあり、つい、自然定数の一つではと勘違いしそうである。しかし、違うのである。

最初に、小生は旧ブログで『虚数の情緒』という本の書評をアップしているが、その中で以下のような書評を残している。

筆者(亀さん)が『虚数の情緒』を評価している理由の一つは、黄金比およびフィボナッチ数列について、さわり程度ではあるものの、真面目に言及している点です。


今となっては、上記の記述を削除したい気持ちで一杯だ。それは、『栗本慎一郎最終講義』に書いてあった、以下の記述による。

黄金比や黄金分割が人の感覚にとって美しいものと働きかけたという証拠はない。根拠も皆無だ。むしろ、作業の都合上楽なようにと、人が悪い頭を絞って考案したということが容易に想像出来るのである。完全に人知の及ぶ範囲内にあって、その意味で少しも面白くない。

だからなぜ決まっているのか分からない多くの自然定数(光速c重力Gや電子の質量meなど)とも、もちろん違うのである。これらの自然定数は、社会よりもいくつかの上位の層において決められているものだろう。

『栗本慎一郎最終講義』p.44

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詳しくは、黄金比とフィボナッチ数列について言及した、『栗本慎一郎最終講義』の小節「冬至線、聖方位と黄金比は違う」(p.41~44)に目を通していただくとして、栗本の文章を目にして、黄金比・フィボナッチ数列についての見方を、根底から変えなければならないということに気づかされたのである。世の中には、「フィボナッチおじさん」という具合に、黄金比・フィボナッチ数列の信者が大勢おり、栗本の本を読むまでは小生もそうした信者の一人だった。しかし、栗本に言わせれば、黄金比やフィボナッチ数列は神秘でもなんでもなく、単に、「人が悪い頭を絞って考案した」モノに過ぎないと、バッサリとフィボナッチ数列信者を斬り捨てている。この栗本の文章を目にした小生は最初、暫く考え込んでしまったのだが、やがて、「なるほど、言われてみれば、確かにその通り」と、漸く納得した次第である。

では、フィボナッチ数列といったものと対極をなす自然定数とは何か、ということになるわけだが、上掲の栗本の言葉(下線)、「自然定数は、社会よりもいくつかの上位の層において決められている」が示すように、人智の及ばぬ次元の神数こそが自然定数なのだ。自然定数こそ神の数であり、何故にかかる自然定数が存在するのかという答えは、小生が生きている間に解けそうにない。

拙稿「天武天皇 05」で、地元の同窓生M君と偶然街中でバッタリと会い、近くの喫茶店で多くを語り合ったことを書いたが、久しぶりの語り合いの最後に、小生は以下のようにM君に語った。

我々が、あと10年あるいは20年生き永らえたとしても、どれだけ体験を重ねたとしても、どれだけ多くの本を読んだとしても、知り得ることはホンの一部だろうね。九牛の一毛を知っただけで、この人生を終えるのは間違いない。


それが分かっていながら、知的好奇心が些かも衰えないのは何故なのだろうか…。苦労して真実・真理を追究し、やがて、「あっ、分かった」と思った瞬間、さらなる未知の世界が眼前に広がっていることに気づかされるのである。そして、再び追究していくということを、今までの人生で幾度繰り返したことか…。吉川英治ではないが、まさに「生涯一書生」ということなのだ。思えば、「なぜ、夕陽は赤いの…?」と、物心がついたころから小生は書生だったし、いまでも書生の身であるが、こうした生き方を悔いたこと、一度もない。
人生如白駒過隙

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【追記】
神計らいで、録画しておいたNHKドキュメンタリーの「超AI入門特別編 世界の知性が語る パラダイム転換」を見た。AIは放知技でも時折だが話題になっており、かつ『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』に関連しそうなだけに、興味深く同番組を見た。

同番組で最近進歩が著しい将棋ソフトを取り上げていたが、ここで渡辺正次郎の以下の記事にも目を通していただければと思う。
羽生善治氏はいい事言うなぁ!!

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マックス・デグマーク

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宇宙と数学

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洞察歯観のすすめ(39)
前日に続いて、「洞察歯観のすすめ」をお届けする。第二弾の冒頭を読み、「アレ、第二弾は音楽論か…」と勘違いする読者も出るかもしれないが、今回も医学についての深いお話だ。通読し、改めて「自然治癒力」の凄さを見直した亀さんであった。そして、あの近藤誠医学博士が登場するので、がんに関心のある読者は今回も必読だ。

***「五郎君。医は仁術やない。医は算術や」***
五夜連続でテレビ放映された「白い巨塔」リメイク作品。懐かしいタイトルに惹かれて、また、
「懐かしい昭和の俳優陣も登場するらしい」
そう友人から知らされ、雪国仕込みの酒をひっかけながら、みておりました。
先ずは気になったことが・・・いや、ビックリしたのは映像のバックで流れる音楽(テーマ曲)・・・
物語が始まったと思ったら、いきなり、レッド・ツェッペリンとピアソラが何やらセッションでもしているのだろうか、というような音が飛び出し・・・そして、その流れるメロディの一部は、遠い過去にどこかで聴いたような。冷酒に酔いながら想いを巡らせていると、曇りガラスの向こうから記憶が浮かび上がってきました・・・。
その昔、SRI(科学捜査研究所)が、優れた科学捜査をもって、数々の化学を悪用した難事件、怪事件を解決していくという一話完結型の「怪奇大作戦」というテレビドラマがありました。記憶にありますでしょうか?(これは、ウルトラQに始まる円谷作品{空想科学ドラマ}のなかの一作品。ドラマの音楽づくりは、(玉木宏樹・山本直純によるもの)で・・・そのテーマ曲のメロディーとオーバーラップしてしまい、医学界の暗部を鋭く追求する社会派ドラマのBGMとしては、映像と音楽が、なんとも、かみ合っていない咬合不良を起こしているような。少々違和感をもちました。
怪奇大作戦という・・・子ども向けのテレビ番組(昭和43年~44年に放映)ではありましたが、昭和の時代の物語というよりは、近未来に起こるであろう怪奇な人間ドラマを描いていたように感じられます・・・かえって、今の時代にマッチしており、興味深くみることが出来るかも知れません。
色濃く記憶に残っているところでは、「狂気人間」というタイトルのエピソードがありました・・・
###連続して複数の殺人事件が起こり、犯人は逮捕されるも、精神鑑定の結果、狂人であると断定され病院に隔離される。ところが、数ヶ月の後、狂人であったはずが、正常な精神を取り戻す・・・事件を起こした狂人たちの影に、脳波変調機なるものを使用して人間を一時的に精神異常者に仕立て上げる。狂わせ屋の存在があった・・・ここに、刑法第39条「心神喪失者の行為は之を罰せず」を絡ませた、25分ドラマ作品###
これが茶の間に流れたわけで・・・およそ、よい子たちがみるテレビ番組とは、ほど遠い内容だったと思いますが、今の時代にみるならば、しっくりくるかも知れません。

ドラマが一夜、二夜と・・・(白い巨塔の物語が)展開していくなかで、どういうわけか、もう一人。音楽家の名前が浮かび上がってきました。宮内國郎です。
宮内國郎は、映画やテレビ番組の音楽作りをしていた作曲家ですが、円谷作品である「ウルトラQ」「、「ウルトラマン」の音楽を担当していた人物です。と言えば、メロディーが浮かんでくるのではないでしょうか。
白い巨塔、ドラマ上で効果音的に使用される短いメロディ・・・を少々注意深く(酔っ払いながら)聴いていると、これが、宮内國郎を思わせるものが鏤められており、社会派ドラマであるはずが、突然、アンバランスゾーンへと誘い込まれ、マンモスフラワー(ウルトラQ)でも登場したのかと錯覚してしまうほどでした。また、宮内國郎スタイルの音に加えて、タンジェリン・ドリームであったり、ヴァンゲリス・パパタナシューといったミュージシャンのサウンドを薄味にして、ふりかけにしたような音作りも感じられ・・・おかげで、懐かしい昭和TVの一コマを、あれこれと思い出す楽しい暇潰しが出来ました。
ついでながら、山崎豊子原作の「白い巨塔」。昭和においては、田宮二郎・主演。音楽は渡辺岳夫。平成には唐沢寿明・主演で、音楽担当は加古隆でした。ドラマ上で流れていたテーマ曲など記憶にありますでしょうか?
平成ヴァージョンにおいては、テーマ曲が、ニュージーランド出身のヘイリー・ウェステンラが歌う「アメイジング・グレース」でした。メロディーを聴くとドラマの一場面を思い出す方もいるでしょう。ヘイリーの透明感溢れる歌声とメロディーの印象が強烈で、加古隆の魅力が少々薄味に聞こえてしまった感じがありましたが、案外、音で視聴率を稼いだ作品だったのかも知れません。
昭和ヴァージョンでは、渡辺岳夫が重厚なインスト曲でドラマに色を添えておりました。渡辺岳夫・・・というと、少々気に掛かる作曲家なのですが、以前、渡辺岳夫をここで紹介したことがありました。
「~思い込んだら~試練の道を~ゆくが男の~ど根性~」
「巨人の星」や、「アタック・ナンバーワン」などの作曲者でもあります。

ーーー外科医は よく知っているーーー

さて、ドラマを見ていて、ある場面で、ふと近藤誠氏の顔を思い出しました。
浪速大学医学部付属病院の内科診察室(診察室のナンバーが13番だったような)。、
内科の里見脩二と、外科の財前五郎が患者を前に治療内容を説明する場面。
財前が、患者に、
「膵臓がんです。こんなに早期に発見されることはまず無いほどの小さいものです。手術でがんを摘出すれば、心配ありません。他に方法はありませんよ」
と話す。手術するしかないと言われ言葉を失う患者に、里見が、
「膵臓は沈黙の臓器と呼ばれ、見つかったときはかなり進行しているケースが多いものですが、早く発見できたのは、財前先生のおかげですし、彼は僕が一番信頼している外科医ですから・・・」
と、がん摘出手術を勧める。

このような場面において、近藤誠氏ならば、なんと言うでしょうか・・・
*** 「手術しか方法が無い」「がんを取りきれるし、再発もしにくい」
がんと診断されて、頭が真っ白になっている患者さんに、医者はしょっちゅうウソをついて、手術に誘導します。***

***膵がん(膵臓がん)は、「見つかったときは手遅れ」「がんの王様」と恐れられ、手術した3820人の5年生存率は、わずか9.2%(全国がんセンター協議会調べ)。しかも、元気な人が検査で膵がんを見つけられ、すぐに亡くなる悲劇が多すぎます。
膵臓にメスを入れず、様子を見たら意外におとなしく、転移もなかなか出てこなかったという人を数多く見ている。また、ある外科医は、手術をバンバンやり、一時は抗がん剤治療も一手に引き受けていたものが、苦しみ抜いて死ぬ患者さんを何千人も見て、「がんは自然に任せた方が、ラクに長生きできる」と方向転換。
「がんの治療は一切しません。痛みや呼吸苦はモルヒネなどでしっかり抑えます。すると、最後まで自分らしく、治療するよりずっと長く生きられることが多い」***

医者は、切りたいがために、手術するようにと誘導する・・・ところが、医者ががんになった時、また、医者の家族が、がんになった場合はどうかというと、財前教授のように
「すぐ手術して摘出しましょう。他に手だてはない」
とは、必ずしもいわないようで・・・

近藤氏の話を続けます。

***がんはステージ1~4までは全部、切らないほうがいい。僕は患者さんにいつもそう伝えています。外科医は患者のがんを、どんどん切りますが、自分や家族ががんになると、話は別だったりします。
外科の食道がん手術班のリーダーが、「母親の食道がんの放射線治療をして欲しい」と頼みに来たことがあるし、がんの手術で名を上げて大病院の院長になった同僚は、自分自身が大腸がんになると、何年も放置していました。切るとどれだけ痛み、苦しむか。早死にしやすいか。消化器(食道 胃 大腸)のがんの手術は特に、どれだけ体を弱らせるか。外科医はよく知っている。
「がんは切るもの」
「切れば移転しない。治る」
「一刻も早く切って捨てたい」
これは日本では特に大きな思い込みです。がんの治療を外科が先導してきたため、「まず手術」とみんなが信じ込み、死者の山が築かれてきた歴史があります。
話は19世紀に遡ります。1881年、オーストリアの外科医、ビルロートが世界初の胃がん手術に挑みました。患者はたった4ヶ月で逝き、続く手術でもバタバタ死んだのに、
「世界で初めてがん手術に成功」
という大ニュースは地球を駆け巡り、
「患者はお亡くなりに」の部分は巧妙に隠されました。
それから140年、今も医学生は、「ビルロートが世界初の胃がん手術に成功」と教えられ、医学者も患者も「がんは切れば治る」と勘違いしたまま、命を縮める手術が繰り返されています。***

***切ると、どれだけ苦しみ、早死にしやすいか・・・外科医はよく知っている。

「手術をすると、がんが暴れる」
「がんが空気に触れると怒り出す」
外科医たちは昔から、仲間内では、よくそう話していました。***

外科医は、よく知っている・・・わけです。
財前教授も第一外科の医局内で、手術をすると、がんが暴れ、苦しみ早死にしやすい。そのような話をしていたのでしょうか。

近藤氏の話をもうひとつ。自然治癒力について・・・
***あなたの体の中には最高の名医がいる。その名医とは、
あなたの体に生まれたときから備わっている「自然治癒力」のこと。人間誰でも、そしてどの生物にも、虫や猫や犬でも、植物にも、自然治癒力(自然良癒力)があります。自然治癒力とは読んで字の如く、放っておいても自然に治る、生体に備わった治癒力により病を治す力のこと。私たち人間の身体は、誰でもみんなこの自然治癒力で守られています。風邪だけでなく、口内炎、胃潰瘍、肝炎、湿疹、切り傷などのすべての不調は受診しなくても自然治癒力で治るのです。
これらの症状が治癒するのは、医師や薬が治しているわけではありません。医師はほんの少しのお手伝いをしているだけで、あなたの身体が持つ自然治癒力のおかげで自然に治っているのです。

ーー追記ーー

「五郎君。医は仁術やない。医は算術や。うちみたいな開業医が、なんぼ千客万来の患者があっても、月末の保険点数の計算がヘタやったら、商売にならへん。この保険点数の算術こそが個人病院の命や」
財前五郎と義父の又一とのやり取り・・・この場面、印象に残るところですが、みている間に、田宮二郎と曽我廼家明蝶の姿が思い出されました。
また、今回のリメイクで意外な昭和の顔が登場しておりました。迷曲?「うぐいすだにミュージックホール」を歌っていた落語家ですが・・・!
”””リメイク作品・・・最終回で、ちょっとビックリしたことが。「リリーマルレーン」が、さりげなく流れておりました。マレーネ・ディートリッヒの顔が浮かび上がってきます。
確か昭和の時代。大阪万博のイベントで来日して、ファンを熱狂させたと記憶しておりますが・・・マレーネ・ディートリッヒ。その妖艶なる瞳に魔物が取り憑いていたのかも知れません。ディートリッヒの一人娘が、貴重な記録を残しております・・・酔いが程よく回っているせいか、その題名が思い出せません・・・”””。
酔いが回ったところで、「リリーマルレーン」を聴きながら寝るとします。



洞察歯観のすすめ(38)
歯科&音楽ウォッチャーさんの前稿「洞察歯観のすすめ(37)」をアップしたのが、今年の4月14日だから、かれこれ二ヶ月以上もの月日が経ったことになる。一ヶ月目を過ぎた五月あたりから、なかなか次の原稿が届かないので催促しようと思ったほどだが、おそらく御母堂の世話で忙しいのだろうと、小生なりに遠慮していたwww そして、漸く届いた新稿、仕事が一段落して真っ先に読んだのだが、今回も実にグー!!! 

アラカン(還暦世代)のおじさんやおばさんが集まると、話は決まって健康の話になるとか…。亀さんも地元の友人らと呑むことが多く、以前は小生が声をかけて呑み会を進んで開催していたものだが、今はやっていない。自分たちの健康の話や老親の話で始終することが分かっているからだ。

ところで、今回のウォッチャーさんの話で特に印象に残ったのが、「100人の名医をたち所にゲットする方法」だった。「えっ、100人もの名医に見てもらうと、ベラボーなお金がかかるのでは…」と心配するアナタ、実は一銭もかからないのでR。どのようにするのかって? そのあたりは、ウォッチャーさんの以下の記事に目を通して猪!

週末=久しぶりに事務所で、スーダラ宴会をいたしました。参加者は何時もながらの、おじさん・おばさん族なのですが、今回は珍しく、平成生まれの若手が数人参加しており、賑やかなものとなりました。
その時のこと・・・乾杯したと思ったら、早速にも飛び出してきた話題が、財前五郎と浪速大学の物語、「白い巨塔」。そしてもうひとつ,「高血圧」と 「クスリ」!
「白い巨塔」といえば、おじさん・おばさん族は、田宮二郎を思い出しますが・・・平成生まれの若手は、田宮二郎も、山本學も知りません。松田聖子や山口百恵も昔々のアイドル。
おじさんたちが、ビールを飲みつつ、
「白い巨塔は山崎豊子の原作で、昭和41年に映画化され、その後にテレビ連続ドラマになり・・・」
説明している間に、
「えーっ!そんな昔からあるんですかぁ~」
と、平成チームは驚き、大笑い。
わたしも、そんな昔の「白い巨塔」のリメイク作品を暇潰しにみておりました。ドラマが始まると同時に流れ出した音楽(テーマ曲)を聴くに、忘れていた意外な昭和のテレビ番組(化学を悪用した怪奇な犯罪ドラマ)が心に浮かび上がってきたのですが・・・まあ、それはさておき、事務所宴会で毎度の如く話題に上がるのが、健康に関することです・・・何せ宴会のレギュラーは、おじさん&おばさん族ですから。
といったところで、先ずは、高血圧とクスリです。

「あなた血圧、高めだからクスリ(降圧剤)飲まなきゃダメよ・・・って、お医者に、さんざん脅されたけど、今はもう全然飲んでないのよ」
と、大ジョッキでビールを美味しそうに飲みほして話しだしたのが、Fさん。
このFさん、昨年(ブログNO 29)において、高血圧を取り上げたことがありましたが・・・
お医者に、
「先生。わたし、高血圧だから、血圧下げなきゃダメよっていわれましたけど・・・わたしが血圧高い、その理由は何なんでしょうか??」
素朴な疑問を投げかけたところ、お医者先生(女医さん)は、
「そんなことがわかれば、医者はいらないですよねぇ~!」
そっぽ向いたまま、冷たい言葉が返ってきたので、
「お医者がわからないとはねぇ・・・」
と苦笑しながら帰宅した女性です。
その後、通院をキャンセル。
クスリを止めて大丈夫だろうかと、一時は不安が心に広がったものの、あれやこれやと血圧や、クスリ(降圧剤)について調べるようになり、
「書店や図書館に通ったのよ。なんか学生時代に戻ったような気分で・・・」
と、そうするなか、
「やっぱりクスリは、危険なモノ!お医者に言われるままに飲むものじゃないわね!」
そう呟くに至り、クスリを止め、
「クスリを止めて大丈夫だろうか・・・」
という一時の不安を振り払い、しばらくしてからは、起床時の嫌な気だるさがなくなり食事もアルコールも、通院していた頃より美味しく感じられるようになったとのこと。
そのFさんがここ最近、読んだという本の中から、
松本光政氏(著) 「やっぱり 高血圧はほっとくのが一番」
そしてもう一冊、和田秀樹(著) 「だから医者は薬を飲まない」
二冊の新書を紹介してくれました。
Fさんが、和田氏、松本氏の著書の一部をコピーして、宴会参加者みんなに配ってくれましたので、下記、紹介してみます。二冊の本は、200ページ前後の新書ブックなので、書店で手に取り飛ばし読みするのもいいかもしれません。

(Fさんから手渡されたコピー用紙に興味深く目を通していたのは、おじさん・おばさん族より、むしろ平成チームのほうでした。一読した後、平成チームがFさんに、医者とのやり取りから、クスリを飲み続けていた時と、クスリをストップしてからの体調の変化などを熱心に質問しておりました)

***「こんなに沢山のクスリを飲んで大丈夫だろうか??」
調剤薬局で受け取った大量のクスリを見たら、誰しもこんな疑問を抱くと思います。
ところが、医者自身もこんなに沢山のクスリを飲んで大丈夫かな?と思いながら処方箋を書いていたとしたら、皆さんはどう思いますか??そんなことが現実に起こっているとしたら・・・・
日本の医療は専門分化型になっています。大学病院に行くと、昔だったら内科はひとつしかなかったのに、いまは、
「循環器内科」「消化器内科」 「呼吸内科」「腎臓内科」「糖尿病内科」「神経内科」
というふうに細かく分かれています。
専門分化が進んだことによって、それぞれの分野で治療が進歩した面ももちろんありますが、実は現在では専門分化型医療の弊害のほうが目立っているのです。それは医者自身が自分で開業してみて初めてわかる事実かも知れません。
例えば、大学病院で循環器を専門としていた医者が自分でクリニックを開業するという場合、循環器だけでは流行らないからという理由で、「循環器内科 内科 小児科」などと複数の科を看板に掲げることがよくあります。「循環器が内科全般と小児科も診ます」
ということです。
あるいは外科を専門にやってきた医者が、開業の際に外科では患者さんがあまり来ないからという理由で、「内科 小児科 耳鼻科」などと掲げることもあります。
「外科が専門なのに」と疑問を持つかも知れませんが、医師免許さえ持っていれば、麻酔科を除いてどの科を標榜してもかまわないと国が認めているのです。

そもそも大学の医学部では全科を履修しなければなりません。一科目でも落とすと卒業することは出来ないのです。将来は耳鼻咽喉科になると決めていても、眼科も内科も外科も産婦人科もすべての試験に受からなければ、進級することも卒業も出来ないのです。国家試験もいまは、すべての科目を取り混ぜた総合問題形式で出題されます。つまり、医学部を卒業して医師国家試験に受かって医師免許を持った人、つまり医者は、基本的に医学全般の知識を持っているわけですから、開業の際に自分の専門以外の科を標榜することに何ら問題は無いわけです。
ただし、自分の専門分野以外の分野については十分なトレーニングを積んでいないので、自信を持って対応しているとは言い難い面があります。循環器が専門の開業医のところに消化器や呼吸器の問題を抱えた患者さんが来たら、そちらの専門の医者ほど詳しく診ることは出来ないということになります。
とは言っても、「胃腸のことはあまり詳しくなくて・・・」と患者さんに不安を与えるようなことを言う医者はいません。かと言って、自分の知識だけでは心配ですから、
「今日の治療指針」(医学書院)といった医学専門のハンドブックを開いて治療法を調べたり処方すべきクスリを決めたりするわけです。
ハンドブックには標準的な治療法とクスリの名前や用法用量もでているので、自分の専門外の知識を得るのに非常に心強いわけですが、標準治療として推奨されているクスリは、たいがいどんな病気に対しても一種類ではなく二種類、三種類ぐらいあるのです。そうすると、心臓病の患者さんを診ているとき、
「実は、骨粗しょう症もあるんです」「血糖値も高い」「ぜんそく持ちです」「胃潰瘍もあります」
と言われると、そういうことなら・・・ということで医者もそれらのクスリを処方するわけですが、例えば、ひとつの病気や症状に対して三種類のクスリを出さなければならないとしたら、全部でだいたい十五種類のクスリをだすことになるわけです。
「さすがに、ちょっと多いな」
と医者自身も思っているはずですが、総合的な判断が出来ず、どうやって量を減らしたらいいのか、ほとんど判断つきません。***

どうやって量を減らしたらいいのか、ほとんど判断つきません・・・でありながらも、なんでも診ます・・・「虎の巻」とにらめっこしながら、ごった煮診療。といったところでしょうか。
著者の和田氏は、内科の認定医の資格を持っているとのことで、
***「内科学会の勉強会や研修会などに参加することがありますが、そこでは残念なことに、クスリの減らし方を教わることはなく、逆に新しいクスリの使い方を次から次へと聞かされ、減らすどころか、「薬漬け医療」を促進するかのようなことが行われている」***
とも記しています。
通院をキャンセルした後、Fさんは煩わしさから解放されたと思いきや、家族、友人などから、
「なに考えてるの。血圧高いんだから、クスリ飲まなきゃダメじゃない」
「あなた、そんな馬鹿なことしてたら、大変なことになるわよ」
と、非難の嵐!Fさん、家族、友人に診療室でのやり取りや、自分で調べたことなどを、話してはみたものの、
「聞く耳・・・持たないのよ。困ったことに。お医者が言うこと、することが正しいと思い込んでるから・・・いくら話してもダメ。こんな本があるから、ちょっと読んでみたらって勧めてみても、見向きもしない・・・」

お医者様は、神様です・・・と、それほどに思い込んでいる友人・知人が、わたしの身近にもチラホラおります。頭が痛いの、腹痛だの、風邪っぴきや、花粉症気味だのと言っては病院通いして、クスリを土産にもらって安堵する。「お医者love!」というタイプの人様に、何を話したところで通じません。患者の後ろで、虎の巻を見ながらごった煮診療するお医者様は、「紙様」とお呼びした方が、よいのかも知れません。
ところで、今、ふと思い出したのですが・・・
内科の待合で座ったまま長々と待たされ、名前を呼ばれドクターと面会かと思いきや、看護師から、
「診察の前に、体重と血圧を測りますね・・・」
と言われ、その後、体重、血圧の数字が打ち込まれた、薄っぺらなスーパーのレシートのようなものを渡され診察室へと移動。
お医者先生は診察の間、ずぅ~~と、電動絡繰り箱(パソコン)と向き合い、話をするのも横を向いたまま、患者の顔などろくに見ない。診察終了後は、降圧剤を土産に持って帰るようにと言われ・・・
と、このような体験をされた方が、数多くいるのではないでしょうか!診察直前に、体重と血圧をチェックする・・・これ、巧妙な心理的仕掛けです。この後、診察というスタイルのもと、「あなたメタボで、血圧が沸騰してます・・・」
などと恫喝され、ヤク中患者へと導かれます。まあ、ここは、大げさに言えば、ということですが。しかし、心理的仕掛けにより患者は一瞬意識混濁。その間に、医者の声の響きは、紙であっても神の如く患者の心に流れ込んでしまうのかも知れません。

さて、ここで、松本光政(著) 「やっぱり高血圧はほっとくのが一番」
Fさんが、何度となく、暗記するほどに読み返したというところ。
***身体の中には、100人の名医を抱えている。内科 外科 婦人科 眼科 耳鼻科 皮膚科 整形外科 循環器科 血液内科など、ありとあらゆる診療科の名医たちが総出であなたの身体の修復にあたっているのです。ヤブでも研修医でもありません。名医がです。これを知れば、ちょっとした症状で慌てて受診しなくても大丈夫だと納得できるのではないでしょうか。***
***自然治癒力には、
身体を一定に保とうとする=恒常性維持機能
傷ついたものを元に戻そうとする=自己再生機能
異物を排除して自分を守る=自己防衛機能(免疫力)
という3つのはたきがあります。***

***あなたの身体は、そのとき、その状況に応じて最も適した値になるようにあなたの血圧を調整します。階段を上がっているときは血圧を高くします。高くしないと上がれないからです。下りは少々下がるでしょう。下りは肉体にとって楽なため、血圧を高くする必要は無いからです。
怒っているときには血圧は上がるでしょう。怒りという感情が起こると血圧は高くなります。これは動物の本能です。ゆったりとリラックスしているときは、血圧は下がります。このように、あなたがどのような状況にあるのかに応じて、最適な血圧を身体は選んでいます。ですから、血圧は一定ではありません。誰でも高くなったり低くなったりします。
よく患者さんが、「血圧がしょっちゅう変動します」と訴えますが、それはちっともおかしなことではないのです。血圧は終始変化しているのです。寝ているときは寝るのに適した血圧に、起きるときは起きるのに必要な血圧に、ご飯を食べるときは、ご飯を食べるのに必要な血圧にといったふうに、身体はその場面にふさわしい血圧を自動調整してくれるのです。
毎日の暮らしのなかで、心も身体もいつ変化しています。その変化に合わせて一番良い血圧値を身体に作りだしています。血圧は変動するもので、それどころか激しく変動しているのが正常な人間なのだと理解してください。***


***人間は後ろ足で立ち上がった珍しい哺乳動物です。立ち上がったために地球の重力に逆らって、心臓よりも高いところにある脳に血液を送らなければなりません。では、どうしたら重力に逆らい、心臓から脳まで血液をポンプアップ出来るのでしょうか。それはポンプの圧力を上げることでしょう。圧力を上げて心臓から上へと血液を送り出さないと、脳はたちまち血液不足に陥って人間は死んでしまいます。しかも年をとると血管は狭くなり、弾力が無くなります。だから年とともに人間の血圧は上がるのです。それなのに、なぜわざわざ薬を飲んで血圧を下げるのでしょうか。血圧を下げたら、脳の血流が低下して、脳に栄養や酸素が行き渡らなくなってしまいます。だから降圧剤を飲む人には、好ましくない不調が現れるのです。***

***あなたが着ている洋服は既製品でも、既製品を着ているあなたの身体は世界にただひとつのオーダーメイドです。白血球の数、赤血球の数、コレステロールの値、肝臓の機能、尿酸値、そのほかの身体中のホルモン、数万以上の血液物質の数値など誰一人として同じ人はいません。あなたの身体は、自分の命にとって、最も良い値に見事にコントロールされ、構成されています。まさに名工が作ったオーダーメイドです。その見事に構成され、コントロールされているものを、ほかの誰かが決めた標準にあわせるために化学薬品で無理にいじっても良いものでしょうか。名工が作ったオーダーメイドの洋服をいじれる人はそうはいないでしょう。あなたの身体だってそうです。本人でもない医師がいじれるわけがありません。あなたの現在の身体は、あなたの身体に備わった自然治癒力という名工があなたのためだけにオーダーメイドで仕上げてくれた姿です。
検査値もそうです。現在のその値こそがあなたにとって最良の値なのです。医師がなんと言おうと、あなたにとって一番ふさわしい値を他人に合わせる必要などありません。他人は他人です。せっかくあなたの身体に最適の状態にオーダーメイドされているのに、それをクスリによって世間一般に合わせようとすることが問題なのです。***


あそこが痛いの痒いのと病院通いしている間に、あれやこれやとクスリを与えられ、飲み続ける。そうするうちに、身体の中にある、100人の名医たち(自然治癒力)が弱体化していく。クスリというのは、ことによると、身体の中にある100人の名医たちを暗殺するためのヒットマンの役目にある・・・ということなのかも、知れません。
身体の中にある100人の名医たちは、ヤブでも未熟な研修医でもなく、また、大量の薬を飲ませ、金銭を要求する算術医でもない。ヒットマン・チームを近づけないようにすることが先ずは肝心。

ーー追記ーー

そう言えば、五夜連続で「白い巨塔」のリメイク作品をみていた平成チームの女性が、
「あの里見っていう内科のお医者さんって、なんか優しそうにしてるけど、なんたらかんたら言って患者を検査漬けにして、ストレス与えてますよね!」
と感想を漏らしておりました。これには、おじさん・おばさんチーム、
「なるほど。そういう見方もあるか・・・」
と、驚き!爆笑しました!
###ー ただ今、BGMに「バッハの無伴奏チェロ組曲 第1番プレリュード」をカザルスで聴きながら、雪国仕込みの酒を一杯飲んでいるのですが・・・どういうわけか、バッハの無伴奏チェロ組曲を聴きながらの一杯が、やけに美味しく感じます。酒がチェロの音色に聴き惚れているのでしょうか・・・それにしても美味い!
飲む前に、一升瓶に音楽鑑賞させると、まろやかに変身するのかも知れません??-###



放知技 01
掲示板「放知技」で、消費税は詐欺であるという真実を、見事に白日の下に晒した一連のスレがあった(以下)。我が国で3%の消費税が導入されたのは1989年4月1日、爾来、30年の歳月が流れた。その間、我々国民は騙され続けてきた、ということになる。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/749-758/

何故、消費税が詐欺なのかという答えは、じっくりと上掲の一連の投稿を読めば分かるので割愛するが、今日は>>757の虹ちゃんのスレを取り上げたい。小生、10年ほど前から虹ちゃんの投稿には注目してきた。それわ、虹ちゃんのユーモアとエスプリが凄いからである。最近の虹ちゃんの投稿にも、鋭い投稿があったんだが、それわ、「しとりごと」への投稿だ。

輝けるヌポンの明日を真剣に考える省庁など存在しない

と思われがちだが・・・決してそんなことわない

気象庁だけわ ヌポンの明日を真剣に考えておるのだ

なんせかんせ・・・言い訳できねえから

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16580696/153/


稀少庁、でわなくて気象庁を〝除く〟、各省庁をツーレツに皮肉った投稿になっているのだが、お分かりいただけるだろうか…? 本スレで消費税と詐欺省、もとい財務省を痛烈に皮肉ったmespesadoさんの上掲の投稿もさることながら、虹ちゃんの投稿もなかなか…

それにしても、放知技が織り成す人間模様は実に面黒い…、でわなくて面白い。政治の堺のおっさん、経済のmespesadoさん、エロ三人兄弟(堺のYさん、オマンゴロウさん、亀さん)、次世代の放知技を背負うであろう〝若者〟トリオ、すなわち、出世外人さん、猿都瑠さん、そして八戸のマタタビさん、さらにはアマゾネス三姉妹(suyapさん、ぎのご怪獣さん、ままりんさん)と、あまりにも多彩で豪華な顔ぶれに目が眩むことであろう。その他、飲尿獣医さん、この世は焼肉定食さん、Conganasさん、kenichi2409さん、たかひろさんと、実に個性溢れる面々が雁首を並べている。

あっ、放知技最強の反面教師を紹介し忘れるところだった…

小生が本スレの>>488にも書いたように、放知技の若い読者に、「人間、吾輩のようになってはイケマセン!!!!」と、貴重な人生訓を垂れてくださるmukuちゃんだ。定年後、暇を持て余しているmukuちゃんについて、最も的確に評していたのは以下の投稿だ。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/743/

面白かったのが、mukuちゃんを指して「マウンティングじじい」という言葉。偶然なんだが、今朝、NHKのワイルドライフ・シリーズで「アフリカケニアの高原 サバンナのヒヒ 気遣いが力に勝てるか?」つうのを放送、マウンティングされる(する?)ヒヒを見て、思わずmukuちゃんを思い出した次第でR(爆)

mukuちゃん、無知にも負けず、暇にも負けず、放知技の若い読者のため、反面教師としての〝カガミ〟であり続けてくれ(懇願)!!!

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ヤップ島の石貨
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過日、掲示板「放知技」の本スレで、ヤップ島のsuyapさんに小生は以下のような質問を行った。

栗本の言うヤップ島の話が本当なのかどうか、お時間のある時でけっこうですので、suyapさんの率直なご意見をお聞かせください。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/713/


これは、栗本慎一郎が自著『パンツをはいたサル』の小節、「お力ネが、穣れを清める」(p.72~76)で、ヤップ島についてアレコレ述べていたので、栗本の書いていることが本当かどうかを尋ねたというわけである。すると、打てば響くようにsuyapさんが回答してくれた。そして、肝心な結論は…

残念ながら、栗本センセの話も、ブーッです(笑)
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/720/


放知技にわ、小生が恐怖心を抱く三人のアマゾネス…、でわなくて三人姉妹(suyapさん、ぎのご怪獣さん、ままりんさん)がいるんだが(花子さんつう、モー一人の姐さんも怖かったwww)、それだけに今回も、清水の舞台から飛び降りるつもりつうか、恐怖心に煽られながら(ビクビクしながら)質問した次第でR…(爆)。

なお、小生は後で無知、もとい鞭で叩かれないように、丁寧にsuyapさんに御礼の言葉を述べたことは言うまでもない。以下、小生の御礼レス…

mespesadoさん、フォーローありがとうございます。

さて…

>>717
> 「租税貨幣論」、破れたり!

加えて、

>>715
> 財務官僚はわかってんのかよ、コノヤロー!

普段は温厚な(?)mespesadoさんの言葉とは、トテモトテモ思えないほど過激www(爆)

mespesadoさんが貨幣の観点(経済学)で租税貨幣論を叩くのだとすれば、小生やsuyapさんは石貨の観点(人類文化学)で、主流派経済学を叩くつう戦法が成り立つかも…。いわゆる、「前門の虎、後門の狼」戦法…。蟷螂の斧ではあるけれども、〝連中〟(財務官僚・主流派経済学者)の正体、そして企みを暴き、白日の下に晒すのも、長い目で見れば決して無駄骨折りで終わらないかと…。人間、辛抱だ。

それにしても、「貨幣信用論」ならぬ「貨幣信仰論」とわ、けだし名言。


>>720
suyapさん、回答多謝!!! それにしても、せっかく南の島でのんびりしていたところ、しかも寝ようとしていたところ、急に叩き起こしてしまったようで申し訳ない m(.___.)m でも、お陰様で大変助かりました。近く、ブログ記事にして纏めるかもしれません。それだけ、貴重なヤップ島についての人類文化論でした!!

最初に、
__________
>栗本の言うヤップ島の話が本当なのかどうか、

残念ながら、栗本センセの話も、ブーッです(笑)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
やはり…。栗本慎一郎も目から鱗的な良いことを書いているんだが、飯山史観というフィルターに通すと、「アレ?」と思う記述が散見します。同様に、ヤップ島の石貨についての栗本の話も、suyap文化論というフィルターを通せば、「違う!」という記述も出るのではと思って(期待して)いました。

__________
石貨ファンタジーを抱いて訪れるツーリストやメディア、研究者への対応に、

ヤップ人もガイドの私もいささか辟易しています。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そうなるのも、西洋人とアジア太平洋の民の価値観が全く異なるからこそですね。

ここで我々の祖先を振り返るに、近代以前は文字で遺された中国や朝鮮の史書を通じて、東アジアの歴史習得に努めた日本人、一方、文字を持たなかったツラン民族の存在が欠落していた…。さら近代以降に及んで、今度は福沢諭吉の脱亜論が示すように、中国から西洋の価値観に飛びついて突っ走るようになり(欧米志向)、アジアの価値観から目を逸らす(アジア軽視)ことを旨としてきた。

しかし、21世紀に突入したあたりから、それではいけいなと多くの人たちが気づくようになった。一万円札の顔が福沢諭吉から渋沢栄一に切り替わるのも、そうした一つの流れを示しているの鴨…(爆)

そして、最後にヤップ島の石貨ですが、

__________
さて、その使われ方ですが、西洋に毒された現代人が想像するマネー、おカネ

ではありません、キパッ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
御意。「おカネではない」という視座、それこそ、飯山史観に織り込みたい視座です。その意味で、以下は重要な指摘だと思いました。

__________
共生社会では、人と人の結びつきが何より大事です。

そういう結びつきを作るひとつのツールが石貨なのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ホリエモンに聞かせてやりたい…(笑) 「貨幣信仰論」に倣うとすれば、「石幣合体論」ということですね(浜崎伝助とみち子さんの合体つう具合に、アチラの意味の〝合体〟でわない)。


>>721

> 「人類学で「石貨銀行」と呼ばれる石貨置き場」は大勘違いです。

このあたり、ヤップ島に根を張ったsuyapさんだからこそ分かることで、この指摘がなかったら、小生を含め一般は栗本の言うことを、今でも鵜呑みにしていたことでせう。

ありがとうございました。でわ、ゆっくりお休みください…、てか、モー朝だ。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/725/

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その後、はぐらめいさんが自身のブログに、「オカネの起源」と題して小生の投稿を取り上げてくれた。感謝カンゲキ雨嵐!!!!

天武天皇 05
■箕子朝鮮
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済

箕子朝鮮(きしちょうせん、紀元前12世紀?[2] - 紀元前194年)は、中国の殷に出自を持つ[3]箕子が建国した朝鮮の古代国家[注釈 1]。古朝鮮の一つ。首都は王険城(現在の平壌)。『三国志』「魏志」東夷伝 辰韓条、『魏略』逸文などに具体的な記述があり、考古学的発見からは、箕の姓を持つ人々が殷朝から周朝にかけて中国北部に住んでおり、殷朝から周朝への時代変化とともに満州、朝鮮へと移住した可能性が指摘されている[4]。
ウィキペデア「箕子朝鮮」

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最初に、ウィキペディアに掲載されている版図(下図)、これは明かな間違い。その論拠として、故飯山一郎さんが以下のように指摘している。

ウィキペディアで『箕子朝鮮』を調べると、『箕子朝鮮』は図のように現在の北朝鮮と同じだ。

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ウィキペディア「箕子朝鮮」項の掲載図

『箕子朝鮮』が広大な満州一帯で「殷賑」を極めた国家だったことなど、○で分かってないワケワカメが描いた地図だ。

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◆2011/01/20(木) 金王朝の “深い深い謎” -56-


つまり、箕子朝鮮が建国された当時の領土は河北と満州の地だったはずで(丸印)、次第に自国の領土を拡大、そして殷賑を極めること八百余年…。

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上掲の飯山さんの記事は、本当の箕子朝鮮の版図について解説しているだけではなく、朝鮮半島が朝鮮あるいは韓と呼ばれるようになった由来も述べている。それだけではない。飯山さんは「幽閉史観」を乗り越えることの重要性を、結語として述べていることを付言しておこう。

これからは、全てを、もっともっと広い空間のなかで考えていこう!
『朝鮮』も「朝鮮半島」のなかだけでなく、満州全域をイメージしながら見ていこう!


数日前、酒のつまみの買い出しに街に出たところ、一年ぶりに同窓生のM君と会った。彼はここ数年、母校の大学で行われている週一回のセミナー(戦後史)に積極的に出席、昨年は夫婦でハンガリー、今夏はクロアチアとスロベニアを歴訪するという。大手都市銀行に長年勤めたM君は五十代に突入する少し前に同行を退職、以降は進学塾を開いて生計を立てていた。還暦を迎えたのをきっかけに塾を畳み、今では悠々自適のリタイア生活を送っている。そのM君、母校で歴史を学んでいくうちに、次第に「幽閉史観」から脱しないことには、本当の歴史は見えてこないことを悟ったようで、彼の口から「遊牧民族」の言葉が飛び出した時は本当に嬉しかった。ただ、ツランという言葉、そしてツラン本来の姿については気づいていないようだったので、代わりに「無文字社会」や遊牧民族が及ぼした影響について、大いに語り合ってその日は分かれた。また近く酒を酌み交わしながら、歴史についてじっくりと語り合いたいと思う。

箕子朝鮮の話に戻す。やはり飯山一郎さんのHP記事に、殷滅亡から箕子朝鮮の建国に至る過程を述べた記事があるので、そのリンク、および箕子朝鮮についての重要な指摘を引用、併せて小生の補足を加えておこう。

◆2011/01/17(月) 金王朝の “深い深い謎” -53-

今から3~4千年前に繁栄した殷という国は…、
まだ出現してない漢民族の国ではなく、後に百済国をつくる朝鮮民族の国だった!


小生は天武天皇は百済の一王子であると書いたが、その百済をさらに遡ると殷に行き着く。つまり、日本のルーツは殷だったのだ。

◆2011/01/18(火) 金王朝の “深い深い謎” -54-

殷を倒した周の武王が箕子邸を訪問、政(まつりごと)について質問した時は、
箕子のあまりの博識と徳の高さに驚嘆、武王は箕子を尊敬するあまり家臣とせず…、
朝鮮侯! に封じた。(これが「朝鮮」なる文字が史書に現れる最初である!)
cf. 『史記』 巻38 「武王既克殷 訪問箕子 於是武王乃封箕子於朝鮮」
この後…、
朝鮮侯箕子は、殷の遺民を率いて東方へ赴き、『箕子朝鮮』を建国、礼儀や産業技術を広め、「八條之教」を実施して民を教化、『朝鮮国』を発展させた、という。
cf. 『通典』東夷上 「周封殷之太師之國 太師教以禮義 田蠶 作八條之教
  無門之閉 而人不為盜 其後四十餘代 至戰國時 朝鮮侯亦僭稱王」


どのようにして箕子朝鮮が八百余年も続いたのか、実に良く分かる記事である。また、箕子朝鮮以前に檀君朝鮮があったという伝説が流布しているが、飽くまでも伝説に過ぎない。故鹿島曻が『桓檀古記』を著しており、小生は同書を15年以上前に大枚をはたいて入手しているが、今では後悔している…。

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◆2011/01/19(水) 金王朝の “深い深い謎” -55-

中国五千年の歴史のなかで、「漢民族」の中国と言えるのは、『前漢』と『後漢』だけ!

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これは、漢民族が登場したのは殷王朝以降であったことを示す文章なのだが、実は後漢以降、漢民族は滅んでしまっている。つまり、今の中国本土の中国人は、漢民族ではないということなのだ。そのあたりの論拠を上掲の記事が白日の下に晒しているのだが、掲示板「放知技」の読者にとっては先刻承知の事実である。

尤も、後漢を最後に漢民族は歴史の舞台から姿を消したものの、民族としては今でも生き残っている。生き残っているどころか、今でも中国本土や華僑を動かしている民族だという指摘すらある。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13006114/3/

一方、「客家は漢族よりも古い民族で、西戎(せいじゅう)だ!」という指摘もあり、このあたりについては今後の研究成果を待ちたい。

次回は北魏に筆を進める。

陛下と水
過日、拙稿「自省録と合気道」をアップしているが、その時に紹介したのがJBpressの「古代ローマの人生訓と合気道精神はこんなに似ている」という記事だった。記事の筆者は佐藤けんいち氏。その佐藤氏の最新記事(以下)も、実に興味深い内容であった。
発見に満ちている人工河川・利根川の“流域”

利根川と言えば、最近見たNHK「新日本風土記」の再放送番組、「利根川」を思い出すのだが、佐藤氏も記事で利根川の東遷について言及している。

利根川の東遷
江戸時代初期の17世紀前半に行われた大規模土木事業のことだ。もともと江戸湾(現在の東京湾)に流れ込んでいた利根川の中下流を、人工河川を開削することによって流れを変え、東の銚子河口から太平洋に流れ込むようにしたのである。重機の存在しない時代であり、着手から完成まで約60年かかっている。


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小生が注目したのは、竹村公太郎氏の利根川に関する仮説を、佐藤氏が取り上げていたことだ。拙ブログでも、過去に竹村氏の著作を紹介した、「地形・気象というモノサシ」と題した記事を書いている。詳しくは竹村氏の著作にあたっていただくとして、今回の佐藤氏の記事中、最も注目したのが今上陛下の御本である。

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『水運史から世界の水へ』(徳仁親王、NHK出版、2019)

アマゾンで確認したところ、同書の内容構成は以下のようになっていた。

はじめに
第1章 平和と繁栄、そして幸福のための水
第2章 京都と地方を結ぶ水の道 ―古代・中世の琵琶湖・淀川水運を中心として
第3章 中世における瀬戸内海水運について ―兵庫の港を中心に
第4章 オックスフォードにおける私の研究
第5章 17~18世紀におけるテムズ川の水上交通について
第6章 江戸と水運
第7章 水災害とその歴史 ―日本における地震による津波災害をふりかえって
第8章 世界の水問題の現状と課題 ―UNSGABでの活動を終えて
参考収録 Quest for Better Relations between People and Water


そして、以下は同書の内容紹介だ。

皇太子殿下が語る「水の力」「水の恵み」
中世・瀬戸内海の水運史や、17~18世紀のイギリス・テムズ川の水上交通史の研究を経て、関心はやがて世界の水問題へ。史料に真っ直ぐに向き合い、各地の水利用の現場を歩き、水災害の被災地への訪問を重ねてこられた殿下のまなざしは、「水と私たち」の未来に向けられてゆく。昭和62年(1987年)の初講演から平成30年(2018年)の世界水フォーラムの基調講演まで、皇太子殿下のご講演の記録・全9篇。


ところで、最終章の第8章に関連することだが、小生は翻訳者として駆け出しの頃、陛下が基調講演をされた、世界水フォーラムの翻訳を一部担当したことがあり、爾来、陛下と水について、時々思いを巡らせてきた。その意味で、同書は陛下の水運研究に関するものだけではなく、同時に陛下の人間が浮き彫りにされており、現皇室に関心のある読者にとって欠かせない御本となっている。以下、アマゾンのカスタマーレビューから…

吉村和就
徳仁親王殿下の水に対する研究の集大成である。第三回世界水フォーラムから第8回世界水フォーラムに参加し、殿下の講演を生で、又会場のビデオで拝聴した私に取り最高の書籍であり、販売直後に買い求めた。殿下自ら撮影した写真、必ず水の現場に行き確かめた歴史上の事実が随所に織り込まれている。日本国民、皆が手にとって読んで頂きたい待望の書籍である。


いのちの水
道友の佐久間稔医学博士が来る6月23日(日)、愛知県一宮市で開催される「第10回尿健康法全国大会」にて、講演を行う旨の案内が放知技に投稿された。佐久間先生と小生の接点は故飯山一郎さんで、昨秋の「飯山一郎を送る会」で初めてお会いしている。掲示板「放知技」でも「飲尿獣医」というハンドル名で、連日のように精力的な投稿を行っている常連さんだ。ご参考までに、『飯山一郎最終講義』で佐久間先生の追悼文を読むことができ、内容は佐久間家のファミリーヒストリーなのだが、いかにも佐久間先生らしい温もりのある追悼文だった。
飲尿獣医と飯山一郎先生」p.211~221

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都合のつく読者は、大会に顔を出してみると良いだろう。また、大会後に懇親会もあるというので、佐久間先生と知己になり、人脈を広げ、健康についての知識を深める絶好の機会でもある。

ところで、小生は数日前に放知技に投稿しているが、それは『傷寒論』と人尿についてであった。

中国の『傷寒論』、アーユルヴェーダ、ギリシア・ローマ医学書といった古典が誕生、当然ながら尿療法についても取り上げられていますが、小生、昔から漢方に関心があり、拙ブログでも『傷寒論』の記事をアップしているほどで、深い関心があります。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-70.html


ちなみに、傷寒論で言及されている人尿の効能について、解説しているサイト記事の一部を以下に示しておこう。

・人尿
基原:
健康人の小便の中間尿を用いる。
とくに10歳以下の男子の小便を童便といい、良品とされている。
また妊娠2~3ヶ月の
健康な妊婦の尿を妊娠尿として用いることもある。

滋陰清熱・止血・活血化瘀の作用があり、
結核などの発熱や喀血、高齢者や病後の衰弱に用いる。
傷寒論では下痢で陰液まで
損なわれたときに白通湯に猪胆汁とともに人尿を配合する。

【古医書】傷寒論: 弁少陰病脈証并治


一人でも多くの読者が参加してくれることを期待しつつ、筆を擱く。

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祝サイクル安打!
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6月14日(米国現地時間6月13日)、大谷翔平選手が日本人メジャーリーガー初のサイクル安打を達成、小生も最後の打席で単打を大谷が打つ瞬間をテレビで興奮しつつ見た。NHKのアナウンサーが「日本人初のサイクル安打」と、ドジャースの元投手で解説者を務める斉藤隆に伝えると、「そうですかぁー!」と斎藤は驚きの声を上げていた。小生もすでにイチローあたりが達成していたものとばかり思っていたので、斎藤同様に驚いたwww 早速ネットで確認してみたところ、サイクル安打にリーチをかけた日本人選手が過去に大勢いたのを知った。
サイクル安打にリーチをかけた日本人メジャーリーガーは10人。大谷翔平は2度目のリーチで達成

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大谷と言えば、日本ハム時代から同投手を見守り続けてきた身として、160kmを超す剛速球を投げる投手としての印象が強いのだが、昨秋、肘手術をしていたこともあり、今季は打撃一本に絞っていた大谷、復帰した当初こそ不調だったものの、六月に入って徐々に本来の調子を取り戻しつつある。そんな大谷を見ていると、つい投手としても凄いということを忘れてしまうほどだ。斯様に小生が大谷の活躍に注目しているのも、投打で活躍する大谷の凄さもさることながら、息子たちが同年代であることも、大谷に関心を抱くようになった理由の一つだ。そして、何よりも岩手の田舎出であるだけに、素朴で人間性も素晴らしい。

そんな大谷を的確に評している野球評論家として、最初に頭に浮かぶのが三冠王を三度達成した落合博満だ。小生は落合の一匹狼的なところが気に入っているのだが、野球を見る目も確かなものがある。以下、落合の大谷評…



もう一人、的確に大谷を評価している野球解説者に、ノムさんこと野村克也がいる。野村も小生の好きな元プロ野球選手の一人だ。そのノムさん、最初は「野球を舐めている!」と、大谷の二刀流に猛反対していた。ところが、しばらくして大谷が投打で本物であることが分かると、親子以上の年の差がありながら、「大谷さん、すみませんでした」と頭を下げたあたり、なかなかできることではなく、改めてノムさんを見直した次第である。



どうやらノムさん、同じく元プロ野球選手の張本勲とは犬猿の仲のようだ。そのノムさんについて言及した面白いツイッター記事をメスペサドさんが本スレで紹介していた。

禿同!

天武天皇 04
■殷
ツラン→ツングース→→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


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現在、存在が明らかにされている中国最古の王朝。本来は商といった。巨大な殷王の地下墓である殷墟が発見されている。

前16世紀中ごろ、殷の湯王が、夏の暴君桀を滅ぼし、王朝を建てた(このような武力による政権交代を、放伐という)。都は河南省の二里崗遺跡の城郭がそれに当たると考えられている。以後、何度か遷都を繰り返し、次第に黄河中流中原に支配権を拡大していった。前14世紀の19代の王盤庚のとき、河南省安陽県の殷墟の地に遷都し、以後最後の紂王が前11世紀に周に倒されるまで続く。甲骨文字によるとこの都は大邑商と言われ、殷も当時は商といった。殷は高度な青銅器製造技術を持ち、甲骨文字を使用した。

世界史の窓 殷


最初に、殷の出自を裏付ける史料をネットで探してみたのだが、意外と少ないことが分かった。それはともかく、殷の出自について一番分かりやすく解説していると思ったのが、「るいネット」の以下の記事であり、殷の出自は遊牧民族だと明白に書いてある。

殷帝国の動物犠牲の中の羊の多用をみては、殷族はもと遊牧民として中国に流入した一種族である可能性を窺わせるものである。これを裏付けるものに、上記殷族の主用食糧の大麦も西アジア原産種であるという点である。
殷(商)王朝の出自


ここで思い出すのが、飯山一郎さんの以下の記事だ。

 百済国の先祖は “扶余国”.“扶余国” からは“高句麗国” も出ている.
 “扶余国” の先祖はユーラシア東部の遊牧民 “ツングース族” だ.

◆2009/02/11(水)  日本は,百済の継承国家である!


また、以下のような記事もある。我々日本人と豚の関係が分かり、興味深い。

遠い昔.中国東北部 (満州) の広大な平原で…,
モンゴル族系の扶余族は,ツングース族 と混血して 扶余国 を建てた.
扶余国の王子一派は,さらに南下し,渤海沿岸で馬韓国を吸収して 百済国 をつくる.

◆2009/05/02(土) われわれの先祖は豚を飼う民族だった.


扶余国のルーツはツングースであると、飯山さんは書いているのだが、ここで思い出していただきたいのが、最近の飯山史観カテゴリで毎回冒頭に示す以下の流れである。

ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


つまり、赤文字で示した流れは、ツングース族の一派である、朝鮮系の流れを示しているのである。

次に注目していただきたいのが、飯山さんの以下の記述だ。

『亀卜(きぼく)』は、“神の意志”を占う秘術として、北方遊牧民の間ではシャーマン
の秘法だった。

…中略…

『亀卜(きぼく)』は、『馬韓』で、さらに高度に発達し洗練されます。
『扶余』の北方シャーマニズム(ツラン・シャーマニズム)が融合されるからです。

『馬韓』に伝えられた『殷』の『亀卜(きぼく)術』の秘法と、“ツラン・シャーマニズム”
合体
これが今後の主題となる『ツランの秘儀』であります。

◆2011/03/02(水) 金王朝の “深い深い謎” -91-


これは、殷から馬韓までの主流は朝鮮系ツングース族だということを示しているわけだが、あくまでもツングース族が〝主流〟だったということで、異民族の影響も受けていたのだ。そのあたりを如実に述べているのが以下の記事だ。

しかし、「卵生説話」なら、そのメッカは南方の島嶼域だろう。それに、玄鳥による妊娠。これは燕を指すと思われるが、夏候鳥だから、南方渡来ということになる。純粋のツングースでは無いということでは。

それに、ツングース系であれば、神が憑依するシャーマンのお告げが政治の中心になる筈。それと、殷の占トは違うのでは。占トは"霊的憑依"ではなく、専門家が"知識"を駆使して天の声を読み取る仕組みである。これは西域の遊牧民の動物骨焼占トや、南海島嶼民の海亀甲羅焼占トの風習に近いのではないかという気がする。

殷の帝も蛮夷戎狄の類が出自


亀卜とシャーマニズムの合体については、別の機会に書きたいと思う。いずれにせよ、遊牧民族もといツラン民族の流れは、実にダイナミックなものだった、ということがお分かりいただけたと思う。

天武天皇 03
■ツングース
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済

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ツラン民族圏

ツランの主要な一民族であるツングース民族とは、どのような民族だったのか、「世界史の窓」HPから「ツングース系」という小項目の全文を引用しておこう。

アルタイ語族に属し、中国東北地方で狩猟生活を送っていた民族。その中の女真が金と清を建国した。

 漢民族から見て北方民族に入る民族で、トゥングースとも表記。アルタイ語族に属するツングース語を用いる諸民族をツングース系と総称する。現在の中国の東北地方(旧満州)から南シベリアにかけての森林地帯で、部族に分かれて半農半狩猟生活を送っていた。古くは高句麗を建国した貊族、7世紀末の渤海国を建国した靺鞨族もツングース系とされる。最も有力となったのは女真で、12世紀に金を建国し、中国の北半分を支配した。金は1234年にモンゴルに滅ぼされたが、後の17世紀に満州族と称して清を建国した。


続いて、故飯山一郎さんがHP記事で、ツングースについて言及した記事が幾本かあるが、そのうちの一本を以下に紹介しておく。

遠い昔.中国東北部 (満州) の広大な平原で…,
モンゴル族系の扶余族は,ツングース族 と混血して 扶余国 を建てた.
扶余国の王子一派は,さらに南下し,渤海沿岸で馬韓国を吸収して 百済国 をつくる.
やがて,百済国の末裔(大海人皇子)は日本国をつくる….(cf. 飯山一郎の古代史).

われわれの先祖は豚を飼う民族だった.


掲示板「放知技」にも、飯山さんのツングースについての投稿がある。ここで、ツングース族はウラル・アルタイ語族に属することを思い出すに、ウラル・アルタイ語族についての飯山さんの貴重な投稿が幾つかあり、なかでも重要な指摘は以下だ。

「日本語は、BodyとHeartは南島語から…,
HeadとSpiritはアルタイ語から形成された複合言語である」
ということになります.

そして…,
日本語の「アルタイ語化」は,天武天皇の御代から開始されるのです.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13047287/9/


つまり、過日の拙稿「天武天皇 01」にも書いた通り、「北(ツラン民族)や南(黒潮民族)といった各方面から日本列島に渡来してきた」ことから、南島語とアルタイ語の複合語である日本語が誕生、それが天武天皇の御代以降、「アルタイ語化」した日本語となったわけである。

ここで、母語についてだが、拙稿「和僑」で以下のように小生は書いた。

ここで、人の思考行動形式を支配している根源的なもの、それはその人の母語であると亀さんは思っている。そのあたりを教えてくれたのが、同時通訳の泰斗・故國弘正雄であった。國弘先生の資料が見つからないので朧気な記憶で書くが、「人の生涯の母語は小学校2~3年生ころまでに決まり、その年齢を過ぎると後はどんなに努力してもバイリンガルには成るのかせいぜいで、一部の天才を除き、絶対にバイカルチャーには成れない」というものである。これは亀さんの体験からもその通りだと思う。英語と日本語のバイリンガル、時には数ヶ国語を自由に操る知人友人には数多く出会ったものの、未だにバイカルチャーの人間と出会ったことはない。


母語については、天童竺丸さんの考察も見逃せない。

 今日相互に大きく異なる言語のグループとして、「膠着語」「孤立語」「屈折語」の三つが挙げられる。
「孤立語」とは他の言語と関係を有しない独りぼっちの言語という意味ではなく、文章の中で単語が何時も同じ形で孤立し(それ自身が語尾変化したり他の要素を付加しないでも)文法上のさまざまな意味をもつことを特徴とする言語集団の謂である。支那語やチベット語、タイ語などがこの言語グループに属する。
 いわゆる「てにをは」をくっつけてやらなければ、文法上の意味が明確にならない言語が「膠着語」である。膠でくっつけるように小辞をつけて意味を明らかにする言語というほどの意味である。ツラン民族の言語の特徴はこの「膠着語」である。
「屈折語」とは、動詞も名詞も実際に文章の中で使われるときは、その文法上の意味(役割)によって語形を屈折(変化)させる言語集団である。津田氏の話に出てきた印欧語族は、この「屈折語」のグループに属する。

ツラン魂は健在なり 2


加えて、日本語が北(ツラン民族)と南(黒潮民族)との複合語であるという観点に立てば、同じく天童さんの「わが産土は吉備である」(『みち』平成30年9月1日号)という記事は重要だ。残念ながら同記事の電子化はされていないものの、拙稿「北満州と日本列島 04」に転載したので、関心のある読者は一読願いたい。以下、転載した記事の一部を再掲しておく。

日本語祖語は北方言語と南方言語が渾然一体化を遂げた奇跡の言語であった。構文(シンタックス)は言葉そのものを活用・屈折させニュアンスを表現する印欧語系統の屈折語ではなく、助辞を補うことによって言葉と言葉の関係を明確にするという膠着語の系統を引き、北方ツングース語と密接な関係にある。そして語彙には南島祖語(原始アウストロネシア語)に系統を曳く夥しい言葉があって、濃やかな感情表現には接頭辞強調による段階変化(例えば、あか、まっか、まっかっか)をそのまま採用している。


北朝鮮の正体
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小生は掲示板「放知技」のメインスレに、秋嶋亮(響堂雪乃)氏が一年ほど前に著した、『北朝鮮のミサイルはなぜ日本に落ちないのか』について投稿している。

そして先ほど、手隙の時に同書を引っ張り出し、「プロローグ」を一読、さらにページ全体にサーッと目を通し、それから第一章から腰を据えて目を通し始めたのだが、タイムアウトになったので最初の二小節(「1.誰も戦争になると思っていない」および「2 アメリカによる拉致事件は北朝鮮よりも多い」)に目を通したところで、残りのページの通読を止めた。残りのページは何時読めるか分からないのだが、思うところがあり、未読ながらも同書から受けた印象を以下に書いておこう。

■DS観の違い
数年前、初めて秋嶋氏の本を目に通した時、秋嶋氏と小生のDS(Deep State)観、すなわち彼我の世界権力観に大きな隔たりがあるのを知った。秋嶋氏のDS観を如実に示す文章を、上記の二小節から取り上げてみよう。

拉致被害者の家族がホワイトハウスに陳情に行く、そしたら大統領が「自由を脅かす敵は許しません」みたいに頼もしく答えるシーンが放映されるじゃないですか。そうやってアメリカは「正義の国」、北朝鮮は「悪の国」というイメージを刷り込んでいるわけです。いずれにしろ北朝鮮の拉致事件がアメリカのプロパガンダに利用されていることは間違いありません。
p.27


同書の残りのページを読了しないことには何とも言えないが、少なくとも秋嶋氏には、トランプがDSと対峙しているという視点が欠落している。このあたり、放知技の読者であれば、小生の云わんとすることがお分かりいただけることだろう。ある意味、トランプも安倍晋三も世界権力の一角を占めていることは間違いないにせよ、少なくとも国益という観点から見れば、国益を軽んじているDSと、国益を重んじるトランプの違いに秋嶋氏が目を向けていない点が気になった。

このあたりから察するに、秋嶋氏はトランプも世界権力に組み込まれている、あるいはDSとトランプの立ち位置は、両建構造(ヤラセ)と考えている節があるが、本当にそうなのかといった判断は、同氏の『北朝鮮のミサイルはなぜ日本に落ちないのか』を読了した段階で行いたい。一方、小生はトランプが世界権力と対峙しているとする立場だ。

ここ数年に至って世界権力への対抗勢力として、プーチン、金正恩、トランプ、安倍晋三、習近平らが台頭してきたのは、現在進行中である大転換期の前触れである。
世界権力と童話


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13日、ホルムズ海峡付近で攻撃を受けて火災を起こし、オマーン湾で煙を上げるタンカー(AP)

■歴史の闇
もう一点、秋嶋氏の書籍にサーッと目を通してから、最初の二小節を精読して腑に落ちなかったのは、秋嶋氏が故飯山一郎さんと長年の付き合いがありながら、北朝鮮についての洞察に深みがないという点だ。横田めぐみさんは金正恩の御母堂、とまで書いてくれとは言わないまでも、金正恩と胡錦涛の深い関係といった、飯山さんが遺してくれた「金王朝の “深い謎”」について、多少は言及して欲しかったと思う。

ともあれ、同書に接した放知技の読者であれば、単に周知の事実が並んでいるだけなので、物足りなさを感じたのではないだろうか。たとえば…

平壌空港から横田基地の直行便が出ている
p.20


90年代のアルゼンチンやブラジルやチリなどでも軍事政権により十数万人が拉致されました
p.24


といったことが書いてあるのだが、これは放知技の読者にとって〝常識〟の部類に属す。

これでは、残りのページにも目を通そうという気力が無くなるというものだ。尤も、副島隆彦のような御仁の著した『米軍の北朝鮮爆撃は6月!』などと比較すれば、秋嶋氏の本の方が数百万倍も優れているのは言うまでもない。ご参考までに、副島の『米軍の北朝鮮爆撃は6月!』は以下の拙稿で酷評済みだ。
メスペサド理論(1)

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■社会学の重要性
秋嶋氏は同書の「プロローグ」で、実に大切なことを書いている。それは、社会学について言及した以下の行である。

これまで地政学や軍事学などが綴った北朝鮮論は極一面を捉えたものに過ぎず、その全体像を暴き白日のもとにさらす仕事は社会学を道具として初めて可能となるのだ。
p.6


全く以て同感である。社会学、すなわち社会科学の重要性を教えてくれた、IBDの石上社長に改めてお礼を申し述べたいと思った次第である。

 社会科学は、人間の過去の営みによって自然的に作られた社会の仕組み、政治、産業、技術、経済、法律、価値観、嗜好、思想、文化等がどのように仕組まれて形成されているか、それらがどのように機能しているのか、並びに、どのような社会が人間に取って最も有益であるのかを明らかにし、それを実現できるようにすることを目的としています。そのため、社会科学は、人間社会を対象として分析し、その中に隠されている真実を見抜き、それを法則、原理、原則という形で言語表現し、それに基づいて将来を予測してゆきます。但し、社会科学においては、一時的な便宜性よりも普遍的な正義を求め、知識のみに振り回されない人間の信義の確立を求め、部分的な繁栄よりも人類の採るべき道を追求してゆきます。
従って、社会科学は、哲学に限りなく近い存在ということができます。

「異文化ビジネスのすすめ」第2号


天武天皇 02
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小生は『飯山一郎最終講義』に、「飯山史観を後世に遺す」と題する追悼文を寄稿、飯山史観に基づき、以下のような日本人のルーツの大枠を示した(p.145)。

ツラン→ツングース→扶余→百済→日本


今の時点で読み返してみるに、大分端折ってしまった感が強い。そこで、これを詳細に示そうとしたら以下のようになった。

ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済→済州島→九州宮崎→志布志・種子島→大阪・難波→奈良


前稿「天武天皇 01」で「天武天皇は百済国の王子」と書いた手前、ツランから百済まで(済州島以降は略)、参考となりそうなHPやブログを引用しつつ、上に示す日本人のルーツのラフスケッチを描いてみることにしよう。

■ツラン
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済

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ツラン民族圏

ツランについて語る前に、ホモサピエンスがアフリカを脱出した当時まで、一気に時計の針を戻してみる。

脱アフリカ組のホモサピエンスの一部が、コーカサス山脈を越えてシベリアに進出しているが、この集団が後にツラン(太古シベリアの諸民族を総称)となった。そのツランを構成する民族は大きく分けて三つあり、モンゴル民族、トルコ(テュルク)民族、そしてツングース民族だ。そして、最後のツングース民族こそ、百済国のルーツだ。
北方モンゴロイドの拡散(ツングース族、モンゴル族、テュルク族の起源)

もう一点、忘れてはならないのがツランを誕生させたシベリアで、そこは、人類文明の策源地となった。このあたりについては、拙稿「ツランの原郷」を参照されたい。

その他、旧ブログの拙稿「ツランという絆」では、ツランに関する様々な史料を紹介した。

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※ 『大興安嶺探検』(今西錦司編集 朝日文庫)については、拙稿「歩く思想家」を参照のこと

ツランから百済までの日本人のルーツについて、一気に書き上げるつもりでいたが、どうも無理なようなので、項目ごとに書き分けていきたいと思う。よって、次稿は「■ツングース」について筆を進めよう。

自省録と合気道
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JBpressの一本の記事(以下)に目が留まった。拙稿「今を生きる」で自省録について書き、さらに「世界権力と童話」で合気道について書いた身として、この両者を結びつけた同記事に興味深く目を通した次第である。
古代ローマの人生訓と合気道精神はこんなに似ている

一読して、前稿「今を生きる」を思い出させる記述が多いと思った。そう思った記述として、「いまこの瞬間こそ重要」、「すべてが瞬間ごとに変化していること」などがある。さらに、「宇宙ではすべてがつながっている」という記述に接し、合気道の修行時代を懐かしく思い出した次第である。また、本の題名は忘れたが、図書館で借りた合気道の本に載っていた、イラストも同時に思い出したのである。それは、縁側に腰を下ろしている植芝盛平翁のイラストだったのだが、何気なく庭を眺めていた植芝翁が、宇宙との一体感を悟った瞬間を描いたイラストで、その時、涙が翁の頬を伝わったという。そのイラストが忘れられないのは、当時の自分には分からないまでも、翁の氣が小生に伝わったからではと、今にして思う。

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同記事の筆者である佐藤けんいち氏は、小生同様、若いころに合気道の修行に励んでいたとあり、留学先のアメリカで合気道を指導していた体験をもとに語った、以下の言葉は印象深い。

私の個人的な関心ではあるが、合気道という20世紀の日本生まれの武道が、意外なことに『自省録』を貫く精神に相通じるものがあることを見ていきたいと思う。


加えて、佐藤氏の以下の言葉、同じく合気道の修行をしてきた身として、心から同意する次第である。

逮捕術に使用されているため、合気道が女性警察官にとっては必須のスキルとなっていることは、比較的よく知られていることだろう。たしかに護身術としても有用だ。だが、単なる「術」ではない。あくまでも基本は「道」であり、きわめて思想性の強い武道なのである。


この「道」についてだが、英語道を提唱しておられた松本道弘師範に、「道」についての多くを教えていただいており、改めて自分は合気道から英語道へと、道を追い求めてきたのだなと思った。尤も、この道は果てしなく、日暮れて道遠しといった感が強い。

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最後に、個人的に最も強く惹かれたのが以下の文章…。

大本教の教祖・出口王仁三郎のもとで、約8年にわたってスピリチュアルトレーニング(=精神修行)を行っていた植芝盛平(1883~1969年)には、『合気神髄』や『武産(たけむす)合氣』という言行録が没後に出版されているが、言霊学(ことだまがく)をはじめとする「古神道」(こしんとう)関連の思想が濃厚に流れ込んでおり、慣れていないと違和感を覚えるだろうし、独自の概念とロジックが展開しているので、正直いって理解するのは簡単ではない。

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大本教、出口王仁三郎、そして言霊と、JINMOさんが世界戦略情報誌『みち』に連載中のテーマそのものである。ミュージシャンであるJINMOさんが、どのように出口王仁三郎を描くのか、どのように言霊について言及するのか、今から非常に楽しみだ。

天武天皇 01
四回続いた「蘇我一族」シリーズを終え、今回から新シリーズ「天武天皇」に着手する。いよいよ、飯山史観の山場を迎えたということになるのだが、本来は、 推古朝、舒明・皇極朝、孝徳朝、天智朝のそれぞれについても詳述しなければならないところ、専ら蘇我氏だけに焦点を当てて書いただけで、次の天武朝に移る形になってしまった。結果、飛鳥時代(古墳末期~大和時代)を端折ってしまったのだが、このあたりの穴埋めは、後に飯山史観を一本の電子ファイルに纏める際、流れが分かるように多少は加筆する予定である(この飯山史観カテゴリはあくまでも作業日誌)。現実として、仕事(翻訳)に追われている身の故、なかなか調査や執筆に多くの時間を割けないためなのだが、このあたりは平にご容赦願いたい。

では、早急に天武天皇シリーズを開始させていただく。

■はじめに
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百済国の王子であった天武天皇が、唐による暗殺から逃れるため、済州島から九州へ命からがら日本列島に逃れてきた、というのが飯山史観の要諦なのだが、これは、飯山一郎さんの主張していた「外圧と占領説」、第四回「7世紀.豪族・古墳文化の日本列島に,百済国が侵入」に相当する。このあたりは、栗本慎一郎の史観、そして世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長の史観と最も異なる点であろう。

それ以前の日本列島、すなわち旧石器時代から縄文時代を経て、古墳時代(古墳時代シリーズ)、そして飛鳥時代(蘇我一族シリーズ)については、今まで47回にわたり飯山史観カテゴリとして書き連ねてきた。そして、飛鳥時代については前稿「蘇我一族 04」で述べたとおり、北(ツラン民族)や南(黒潮民族)といった各方面から日本列島に渡来してきた、諸豪族が犇めいていた日本列島に蘇我氏が登場、諸豪族の統一が実現したあたりを中心に書いたのだが、さらにその後に至って日本列島に流れてきたのが百済系天武天皇の一団であった。それが、日本の歴史の始まりとなったわけである。蛇足ながら、その時期から現代までの概要を示すとすれば、以下のようになろう。

大化の改新(乙巳の変)で中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原氏)という“一神教派” が天下を取り、それが壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)という“多神教派”の天下となった。そして公になっていないが三度目の乱が起こって再び藤原氏による体制=“一神教派”の天下に戻り、それが今日に至っても続いている
扶桑国王蘇我一族の真実


上掲の拙稿「扶桑国王蘇我一族の真実」で、世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長の「巻頭言」を一部紹介しているが、重要なので改めて以下に再掲しておく。


みち330号(平成23年01月15日) ツランの足跡 ─ 遙かなるツラン
みち329号(平成22年12月15日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 6
みち328号(平成22年12月01日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 5
みち327号(平成22年11月15日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 4
みち326号(平成22年11月01日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 3
みち325号(平成22年10月15日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 2
みち324号(平成22年10月01日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 1


冒頭の「ツランの足跡 ─ 遙かなるツラン」にある以下の記述…

罽賓国からやってきた塞族の僧たちは、文明の新たなる発展を報告するためはるばるとツラン文明の本部・司令塔であった日本列島の扶桑国へと訪れてきたのである。


実は、前稿「蘇我一族 04」に引用した栗本慎一郎の言葉に繋がるのである。

日本史は今後、世界史のキーになるというのが私の予想だから、日本史家は今後も視野を広げて研究を続けていただきたいものだ。


それから、巻頭言は「大化改新から壬申の乱へ」と題したシリーズであるのに注目していただきたい。本当に大化改新と壬申の乱があったのかどうか、このあたりについては本シリーズでスポットを当ててみたいと思う。

ともあれ、今後の天武天皇シリーズで描いてみたいのは、天武天皇の正体、すなわち天武天皇のルーツ(ツングース→扶余→百済成立)、そして天武天皇が日本に及ぼした影響であり、今回の「天武天皇」シリーズの次は、南北朝時代、すなわち「南北時代」シリーズに筆を進める予定だ。その間、飯山さんの「外圧と占領説」の第五回、「9世紀.奥羽地方に獰猛なアテルイ族や突厥族が侵入(外圧)」も挿入したいと思っている。

では、次回から本格的に「天武天皇」シリーズに筆を進めることにしよう。

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天武天皇と額田王

蘇我一族 04
今回で「蘇我一族」の第四弾となるわけだが、先程、今までに書いた蘇我一族01~03を読み返して気づいたことがある。それは、蘇我氏の出自、さらには蘇我氏が日本列島に及ぼした影響という、肝心なことを未だ書いていなかったということである。

そこで、栗本慎一郎の『シリウスの都 飛鳥』を叩き台に、飯山史観というフィルターを通して観た、蘇我氏の出自と影響について書いてみよう。栗本の本を選んだのは、蘇我氏について書かれて本は数多くあれど、遊牧民族(蘇我氏も遊牧民族に属す)の視座で書かれた歴史書は意外と少なく、そうした少ない本の中でも、栗本の『シリウスの都 飛鳥』が最も優れていると思うからだ(他に、『シルクロードと唐帝国』(森安孝夫)がある)。

最初に、『シリウスの都 飛鳥』の構成を確認しておこう。以下のように四章から成っている。

第一章 経済人類学と古代社会論
第二章 なぜヤマトが大和になり日本の首都になったのか
第三章 飛鳥京と日本古代王権の革命
第四章 蘇我氏はサカ族である!?


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どれも章名からして興味深い章である。そして、改めてサーッと再読して気づいたことがある。それは、各章の要諦が同書の「前書き」と「結語」に集約されているということ。だから、時間のない読者は「前書き」と「結語」だけ読めばポイントは掴めると思う。しかし、できれば各章を精読することをお勧めしたい。その最大の理由は、読者が教科書や歴史学者が著した蘇我氏についての本から得た既成概念と、大きくかけ離れた栗本史観が至る所で炸裂しているからであり、栗本の蘇我氏観を頭ではなく、肚で分かるためには同書の通読が欠かせないと思うからだ。尤も、栗本の著したほとんどの本に目を通してきた読者であれば、「前書き」と「結語」だけでもよいかもしれない。

■最後に登場した蘇我氏
最初に、蘇我氏が歴史上に登場する以前の日本列島をおさらいしておこう。ここで思い出していただきたいのは、拙稿「古墳時代 11」で紹介した、飯山さんの「「外圧と占領説」だ。

ここで思い出すのが、故飯山一郎さんが行った投稿、「外圧と占領説」だ。出世外人さんの日本史図式と対比させる意味で、「日本の歴史は,外圧と占領により大変化する」とする飯山さんの外圧と占領説を念頭に、以下のようにまとめてみた。

 *第1回目は:紀元前1万5千年前頃.日本列島に土器文化人が侵入

 *第2回目は,紀元前5千年頃.定住稲作民族が移住

 *第3回目は,西暦紀元前後,古墳文化をもつ豪族たちが侵入

 *第4回目は,7世紀.豪族・古墳文化の日本列島に,百済国が侵入

 *第5回目は,9世紀.奥羽地方に獰猛なアテルイ族や突厥族が侵入(外圧)

 *第6回目は,19世紀.英国が「カラー革命」を策謀し,英国による間接支配開始

 *第7回目は,20世紀.大東亜戦争に敗北した日本は,米国の占領下に入り,以後70年間,米国の植民地・属国

 *第8回目は,米国の支配下から脱するため,ロシアとの同盟関係に入る.← いまココ.

 http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16155707/828/


第3回目,「西暦紀元前後,古墳文化をもつ豪族たちが侵入」という記述に注目していただきたい。当時、北(ツラン民族)から、あるいは南(黒潮民族)から、さまざまな民族が日本列島に渡来(あるいは漂流)し、やがて各地に豪族が誕生、その後は豪族間での合従連衡の時代がしばらく続いた。そうした豪族が犇めく時代から統一に向かう日本列島の時代に突入しようとするときに登場したのが蘇我氏だった。このあたりを栗本は『シリウスの都 飛鳥』(p.7)で、「五世紀末以降、突如日本政治の表舞台に現れて、七世紀中葉には内部の裏切りにあって滅ぼされてしまった蘇我氏」と書き表している。

■蘇我氏の出自
蘇我氏とは何者だったのか…。その蘇我氏の出自を栗本は『シリウスの都 飛鳥』で明らかにした。

五世紀末以降、突如日本政治の表舞台に現れて、七世紀中葉には内部の裏切りにあって滅ぼされてしまった蘇我氏が最初に出てきた場所は、今日のイラン高原東部のシースタンで、紀元前三世紀から紀元四世紀までサカスタンと呼ばれていた場所だろう(いくつかの事実に基づく「推定」である)。
『シリウスの都 飛鳥』p.7


このように、栗本は蘇我氏の出自をイラン高原東部のシースタンとしているわけだが、聖方位といったゾロアスター教の色合いが濃い蘇我氏の時代といった事実からも、栗本のシースタン説を受け入れてよいと思う。一方、蘇我氏にとっては先住民であった他の豪族は、北(ツラン民族)や南(黒潮民族)からと、各方面から日本列島に渡来(あるいは漂流)してきた人たちだった。たとえば、九州を始原地とする古墳群から、シベリアに点在するクルガンを築造したツランの面影が見て取れる。

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蘇我一族 01


■蘇我氏の宗教
蘇我氏の宗教について、栗本は以下のように述べている。

蘇我氏や聖徳太子はおそらくは、一般にスキタイと呼ばれる遊牧民の特定の一角にあった人たちでミトラ教的価値観を持つ人たちであった。
『シリウスの都 飛鳥』p.3


ミトラ教、すなわちゾロアスター教のルーツである。

そのサカスタンの地は、ササン朝ペルシアの時代にも宗教的中心地であり、太陽信仰の中心地であった。ということは、世界に広がった太陽信仰の最初の中心地だった。蘇我氏が奉持した仏教は、弥勒信仰、大日如来信仰であって、インドにはない無量光信仰であるのはこういう理由なのである。
『シリウスの都 飛鳥』p.8


蘇我氏のルーツが、まさにササン朝ペルシアにあることが分かるだろう(拙稿「蘇我一族 03」参照)。

ここで、ゾロアスター教以外に仏教についても栗本は言及している。ここで思い出すべきは、もう一方のインド仏教で、飯山さんの仏教伝来説を思い出してほしい。

大隅半島に仏教を伝えたのは、朝鮮半島からの王仁(わに)博士と世間一般では思っているようだが、この仏教伝来もいずれ見直さなければならない時期が到来するだろう。

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志布志の旅 02


なを、ミトラ教と言えばウィキペディアの「ミトラ教」に書いてある通り、「古代ローマで隆盛した、太陽神ミトラス(ミスラス)を主神とする密儀宗教」と見做すのが一般的だ。しかし、ゾロアスター教の元となったミトラ教の始原地は、栗本同様、インド・イランだったと小生は考えており、以降、その線で筆を進めていく。

■天皇制の起源
小生は「古墳時代 14」で以下のように書いた。

天武天皇は百済国王子(大海人皇子)で、初めて天皇を名乗り今日の日本を築いた人物であった。


ここで注意していただきたいのは、天武天皇が天皇と名乗るまでは、天皇制のプロトタイプ(原型)が既に日本列島で完成していたということである。

つまり、栗本の言葉を借りれば、「天皇制のあり方を含む日本文化の基盤は蘇我氏の悲劇」に由来しているということだ、換言すれば、天皇制のルーツは蘇我氏にありと栗本は言っていることになる。しかし、蘇我氏よりも遥か昔の人たち、すなわち、飯山史観で言うところの第3回目,「西暦紀元前後に日本列島に渡来した古墳文化を持つ豪族」が、天皇制のルーツであったと小生は睨んでいるが、このあたりは今後の検討課題としたい。

■蘇我氏が日本列島に及ぼした影響
蘇我氏の出自が分かったところで、具体的に蘇我氏が日本列島に及ぼした影響とは、一体全体何だったのか、このあたりは「前書き」に詳述されているので、少々長くなるものの以下に引用しておこう。ちなみに下線は、飯山史観というフィルターを通した時、〝?〟と思われる箇所だ。このあたりは機会があれば言及していきたい。

蘇我氏が日本にやってくる前に、最低、縄文時代中期から日本列島に先行して存在する太陽信仰のネットワークが二つあった。青森の三内丸山社会の存在はその証拠の一つだ。その時代にはすでに驚くべき規模の土木工事も行なわれていて、「王国」と呼ばれるべきものが存在した。このことは、文字と文明の関係についての(王国や文明なら必ず文字を持っているに違いないという)旧来の呪縛が解けさえすればすぐにでも分かってくることだと思う。

日本列島内の太陽信仰のネットワークは二つできた。最初北日本のものが先行していたが、縄文時代晩期(紀元前)には大和の三輪山を基点にするネットワークが成立した。この新しい中心となるのが三輪王朝である。三輪王朝になると九州の諸勢力も加わった連邦的政権ができていたと思われる。いやむしろ、そのことがあったために、北日本ネットワークは三輪山ネットワークに吸収されていったのだろう。

こうしたネットワークがあったことが、日本列島が中国や朝鮮とは違う強力な太陽信仰の受け入れ土俵としてやはり太陽信仰を持つユーラシアの遊牧民から重視されたのである。ユーラシアにはおりしも自分たちの存在基盤に揺らぎを感じていた人々がいた。彼らは、日本列島に新たな希望を求めて渡来してきたのである。そして、そのほとんどは日本列島内では太陽信仰における先進地帯である北日本にやってきた。九州ではない。応神、仁徳及び北陸系の王朝はいずれも北日本を拠点にして成立したと考えられる根拠はこれである。

そしてそれらの土台があったところに何度にも及ぶ渡来人の波のなかでほぼ最後にやってきて北日本の王となったのが、蘇我氏一族だった。わずか二百年足らずの栄華から滅亡に至った蘇我氏に関連することどもには、ゾロアスター教的要素と言うよりも、そのはるか前からユーラシア全域での大宗教運動だったミトラ数的要素が多く見出される。作家・松本清張をはじめ、多くの考察者が日本古代社会にゾロアスター教的あるいはユダヤ教的なエッセンスの数々を見出し、その奥底を追究しようとしたが、実はゾロアスター教やユダヤ教をはるかにさかのぼるミトラ教的要素を考えると、もっと多くのことどもが明らかになってくるのである。少なくとも私は三十年の考察の結果、そのような結論に至りつつある。蘇我氏は同時期に中国で次々に建国した旧遊牧民に対して、基底は同じ遊牧民としての共感や、逆にそれゆえに特別な対抗意識を持ったことも見出される。飛ぶ鳥の飛鳥の都における仏教の諸要素はとりあえずかつて(匈奴幕下時代)の同僚鮮卑族が作った北魏をならったものだが、聖徳太子はその鮮卑出身の隋には対抗意識丸出しの国書を送っている。飛鳥京の後にできた平城京は、北魏の平城からその名を受け継いだものだが、飛ぶ鳥の飛鳥の都にはそのアスカという音といい、飛ぶ鳥に託したシンボリズムといい、鮮卑が漢化していくはるか前からユーラシア遊牧民にあったミトラ(信仰)に関わる文化からきたものが大きいと思われる。このミトラと太陽の信仰(及びそのネットワーク)の要素がこれまであまりに軽視されてきたのが遺憾である。

 さらにそこに不思議な「後ろの正面」としてシリウス信仰の基盤を見るというのが本書の題名の意味である。

それを示す一つに、縄文晩期からのネットワークに突然、大きな変更が加えられたという事実がある。それは本書で私が「聖方位」呼ぶ特別な方位であって、それが宗教的に重要なものに登場し始める。そしてやがて、北日本から近江にかけて、太陽のネットワークからシリウスのネットワークへという改変が起こされ始める。

われわれがよく知っている蘇我氏の隆盛の後、六四五年のクーデターによって一族本家は滅亡し、支持勢力は四散した。だが、彼らが作ろうとした日本王権つまり天皇制はそのまま双分制や上天思想の要素を根幹に残して成立していった。つまり、王権や律令国家の基礎は蘇我氏が作って今日に至るのだ。また、北日本を中心にして、金属鉱山関係者、水利事業者、運搬事業者、山岳信仰関係者、遍歴の商人など、非主流に回った蘇我氏や聖徳太子の一統が残されたのである。蝦夷の将軍アテルイ、奥州藤原氏、北関東の王・平将門は、いずれもその関係者またはその後裔である。鹿島神宮を信仰する北関東武士団もその流れである。それがなければ、鎌倉や江戸が政府の中心になることはなかった。つまり、蘇我本家は滅びても日本文化に大きな影響を残したのである。それを私は上天思想と本書で検討する双分制だと考えている。この他に妙見信仰や閻魔大王、牛頭天王への尊崇、蘇民将来護符の信仰など関連するものを挙げれば切りがない。つまり、蘇我氏や聖徳太子(もちろん、もし実在したならばだが)は日本文化の基層を決定したのである。

……中略……

ともあれ、中大兄皇子と藤原鎌足が構築した古代初期や縄文時代晩期に関わる歴史像は大きな嘘であった、という結論は明らかだ。真実の再構築には、ポランニーの経済人類学が新たに知的ツールとして投入されるべきだと思う。
『シリウスの都 飛鳥』p.8~12


栗本の云うポランニー経済人類学は重要であり、栗本史観のキーワードの一つだ。よって、今後は折に触れて取り上げていくことにしたい。

■最後に
蘇我氏の出自と影響について長々と書いたが、一つだけ再度強調しておきたいことがある。それは、「限りなく真実にたどりつこうという人たちにだけ本書を贈る」と、栗本慎一郎が『シリウスの都 飛鳥』(同書p.7)に書いているように、飯山史観も既成概念にとらわれないものであるだけに、真実に近づきたいという読者だけを対象に書いている。よって、以降の「飯山史観」シリーズを読むことは、日本史に関する従来説に安住したいという読者には苦痛を伴うと思われるので、かかる読者には拙ブログの飯山史観シリーズを読み飛ばすようお勧めする。その方が、精神的な苦痛を受けることもない。

それから、小生が飯山史観の編集に取り組んでいる理由の一つが、『シリアスの都 飛鳥』のp.7に書いてあったので紹介しておこう。

日本史は今後、世界史のキーになるというのが私の予想だから、日本史家は今後も視野を広げて研究を続けていただきたいものだ。


まだまだ蘇我氏について書かねばならないことが残されていると思うし、しばらくは蘇我氏族について続けたいと思っていたが、飯山史観最大の山場である天武天皇シリーズを、一刻も早くスタートさせたいという気持ちが強まったこともあり、今回を以て蘇我氏族シリーズを一応終了させ、次稿以降からは天武天皇シリーズを開始することとしたい。


世界権力と童話
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過日、NHKのダークサイドミステリー・シリーズで、「あなたの知らない童話の闇 夢か悪夢か本当か?」という番組を放送していた。内容は、シンデレラ、ハーメルンの笛吹き男、ヘンゼルとグレーテルといった、グリム童話に隠された闇世界についての話で、童話の闇世界は前々から関心のあったテーマだった。何故なら、グリム童話の場合、その闇世界についての書籍もいろいろと出版されているし、ネットでも話題になることが多いからだ。たとえば以下のネット記事…
闇の支配者の洗脳ツール「グリム童話集」

上掲の記事は、童話が闇の支配者の洗脳ツールだったと主張する、オドオドしい内容になっているが、その出典が故飯山一郎さんに完膚なきまで叩きのめされたカレイドスコープ…(爆) 同ブログについては、拙ブログでも時々登場してもらっている。たとえば、「えっ! 第三次世界大戦が勃発するのォ~?(笑)」といった記事だ。

第三次世界大戦についての上稿に安西ファイルが登場しているが、この安西ファイル、世界戦略情報誌『みち』の「世界情報分析」(藤原源太郎)の代わりとして、最近になって連載されるようになった。そのため、今までのように安西ファイルを拙ブログに転載するわけにはいかなくなったので、安西ファイルを拙ブログで取り上げる機会が激減したという訳である。

ところが、最新号の『みち』(六月一日号)の安西ファイルに、カレイドスコープが登場していたので取り上げないわけにはいかなくなった。そこで、「ピノキオ」と「アンジー」に絞って同号の安西ファイルを紹介したい。

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■ピノキオ
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(ピノキオを模したタイのプラユット首相の似顔絵を描いた仮面と、プラユット首相に予定通り選挙実施を要求するタイの反政府デモ隊)

安西ファイルは年始に『The Economist』誌の表紙について、多角的に論評するのを常としている。今年も「英国誌『エコノミスト』の正体」シリーズで取り上げており、『みち』四月十五日号より連載中だ。何故に、毎年『The Economist』誌の表紙を取り上げているのか? このあたりは拙稿「二人の武士 02」にも書いているが、本稿でも再掲しておこう。

英国の政治経済誌『エコノミスト』(The Economist)の特集号「世界はこうなる」に関し、『エコノミスト』の特徴を詳しく見ていくとともに、同誌がなぜ世界寡頭権力のプロパガンダの道具なのか、歴史を遡りつつ、この雑誌を編集・発行した者たちの狙いを暴くことを通じて解明していく。


小生も『みち』校正の手伝いをしていることもあって、『The Economist』誌シリーズすべてに目を通しており、なかなかの力作だと思っている。何故に力作なのかは、実際に『みち』を手に取っていただくとして、最新号で取り上げていたピノキオを最初に取り上げてみよう。安西さんはピノキオについて多岐にわたり、目に見えぬ闇についての鋭い論評を展開しており、特に鋭かったのが以下の行である。

ピノキオに関するHP「The Vigilant Citizen」に収められている中にある「ピノキオの密教的解釈」なる解説によると、「作者のカルロ・コッローディはフリーメイソン会員」であり、「グノーシス流に解釈すると、ジュゼッペ爺さんはデミウルゴス、青い妖精はノウス、ロバに変身するのは女神イシスが登場するアプレイウスの『黄金のロバ』」だという。さらに「クジラに呑み込まれるのは、旧約聖書の『ヨナ書』。いずれも秘教的にはイニシエーションの諸段階を意味する」と分析している。


グノーシス、フリーメイソンといった、実に興味深い言葉が並んでいるではないか…。冒頭のNHKの番組も童話に潜む闇世界の一部を紹介しているが、安西ファイルは更に童話の闇世界に迫っていた…。

また、個人的に鋭い指摘だと思ったのは、「名曲『星に願い』の背後にあるシリウス信仰」という小節である。シリウス信仰については、拙稿「古墳時代 13」でも取り上げた。

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それから、野呂芳男の論文『女神信仰と「ピノッキオの冒険」』も、実に示唆に富むものであったことを追記しておこう。そして、野呂の論文についての行は、キリスト教の深奥に迫る上で必読だと思った。何故なら、野呂論文はピノキオ物語が反カトリック的であることを明らかにしているからである。さらに詳しく書きたいのだが、著作権侵害だと天童編集長や安西さんに叱られそうなので、このあたりで止めておく(爆)。
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■アンジー
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(大淫婦バビロンを描いた絵画。7つ首の獣(黙示録の獣)に騎乗する女性として描写されている。左はロシアのエングレービングによる1800年代の作品。右は、マルティン・ルターが1534年に翻訳した新約聖書における、ハンス・ブルクマイアー作の木版画(1523年))

安西さんがアンジーを取り上げているあたりで、あのカレイドスコープの登場だ(笑)。どのようにカレイドスコープについて書かれているのか、以下に目を通していただきたい。

HP「カレイドスコープ」を主宰するダンディ・ハリマオ氏は、アンジーを「バビロンの大淫婦」(大淫婦バビロン)ではないかと見立てているが、これは言い得て妙だ。大淫婦バビロンとは、キリスト教の『新約聖書』の一節『ヨハネの黙示録』のアレゴリー(寓意像)であり、大いなるバビロンともいわれる。『ヨハネの黙示録』によれば、「悪魔の住むところ」であり「汚れた霊の巣窟」である。女の姿で表されておりきらびやかな装身具を身につけ、手に金杯を持つが、その杯は姦淫による汚れに穢されているという。大淫婦は殉教者の血を流すが、神のさばきによって滅ぼされる。


詳細は安西ファイルに譲るとして、エコノミスト誌の表紙と絡めて、小生が注目したのは以下の記述であった。ナント、ダ・ヴィンチが登場しているではないか! 確かに、表紙にはダ・ヴィンチが描いた「ウィトルウィウス的人体図」が…。そのダ・ヴィンチについて、安西さんは次回のまほろば会(六月)で取り上げるという。

現代のお金の仕組みのルーツは「古代バビロニア(バビロン)」にあり、「マネーメイキングスター」のアンジーが悪魔に魂を売り渡した虚像であることを鑑みるに、「2019 世界はこうなる」の表紙のイラストにアンジーが選ばれたのは、決して偶然ではないことがわかる。

彼女は闇の勢力が仕立て上げた偽物の女神であり、闇の勢力は、彼女をモデルにして世界中の女性たちをますます魔女に変身させるための広告党として大々的に売り出すことを、堂々と宣言しているのである。

女性信仰はグノーシスと親和性が高く、レオナルド・ダ・ヴィンチとも深い関わりがある。次回はいよいよ、「2019 世界はこうなる」の表紙のなかでも中核的なイラストとなっている「ウィトルウィウス的人体図」を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチに関する話へと駒を進めていくことにしたい。


過日、「ダ・ヴィンチの素顔」と題する記事を書いた身として、安西さんのダ・ヴィンチ論について思うところがあったら記事にしたいと思う。

【追記1】
冒頭で取り上げた『みち』の最新号(六月一日号)の巻頭言で、悪霊が取り上げられていた。「悪霊どもが跳梁跋扈する時代」と題した記事であり、天童竺丸編集長は以下のように書いている。

●「令和」になって一ヶ月が過ぎた。この短い期間に、平成までの時代にも確かにあったがさほど顕著でなかったさまざまな動きが形を採って現われ、誰の目にも明らかになった。その最大のものは、先の登戸小学生殺傷事件に見られるような無差別大量殺戮である。米国で繰り返される銃乱射事件がもはや海の彼方の奇異な現象として呆れるわけには行かなくなった。


加えて、天童編集長は悪霊と日本人について以下のように書いた。

ところが、明治維新、大正デモクラシー、敗戦を経て、日本の人心はますます殺伐となってきた。まず家族が崩壊し、地域が崩壊し、学校が崩壊し、そして人間が毀れた。その毀れた人間に、手ぐすね引いて好機を窺っていた悪霊どもが取り憑いたのである。


暗澹たる思いをした読者も少なからずいると思うが、一方で悪霊に立ち向かう術、そして明るい日本の未来についても、天童編集長が結語で述べているので安心していただきたい。

ところで、今回の事件に絡んで気になるブログ記事を一本紹介しておこう。
外務省職員殺人事

トランプ訪日の最中に起きた事件で、小学生の女の子の他、外務省職員が犠牲になった。そのあたりの背景について、きのこ姐さんが書いているが、果たして、あの事件は故意だったのか、あるいは偶然だったのか…。



【追記2】

同じく『みち』の最新号(六月一日号)の「寄絃乃儀」シリーズで、JINMOさんが出口王仁三郎について取り上げていた。ここでも邪神が登場…。

艮の金神は「猛悪の祟り神」とさえ称される邪神であるが、出口王仁三郎はこれを実は鬼門に封印された国祖・国之常立神(国常立尊)であり、他の神々によるクーデタにより邪へと貶められたが、やがて救世主である六六六(或いは五六七)として復活を実現すると主張した。


出口王仁三郎と言えば、咄嗟に思い出すのが合気道の開祖・植芝盛平だ。小生は高校生の時に合気道の修行を始めているが、合気道と大本教の関係は一般に信じられている以上に深い。そのあたりのさわりを示した動画があるので紹介しておこう。



【追記3】
拙稿「二人の武士 02」で登場させた安西正鷹さんと野崎晃市博士の二人だが、カレイドスコープの記事を引用することの多い安西さんは、世界権力の存在を信じていることが分かるのであり、その点は野崎博士も同様だ。たとえば、ブログ『文殊菩薩』の「英国メイ首相が辞任か」という記事にあった、以下の記述に注目していただきたい。

メイ首相もドイツのメルケル首相と同じく、小さなころから将来は首相となるべく某組織により育てられた傀儡に過ぎない。


天童竺丸編集長も同様で、『悪の遺産ヴェルファイア』の終章で、「世界権力の正体を明かす」を書いている。

確かに、お三方の見立ての通りだと小生も思うが、一方、ここ数年に至って世界権力への対抗勢力として、プーチン、金正恩、トランプ、安倍晋三、習近平らが台頭してきたのは、現在進行中である大転換期の前触れである。

若者は嫌いだ
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NHKで「シリーズ 山田太一の世界」という番組をやっていたので見た。山田太一作「男たちの旅路」の第一部(1~3)という、今から43年前のドラマの一挙放送であった。1976年2月28日に初回放送とあるから、小生が新宿の朝日新聞専売所で働きながら、昼間は専門学校に通っていた頃だ。雨漏りがしそうなオンボロアパートの一室で、テレビのない生活を送っていたこともあり、「男たちの旅路」という番組については、今日に至るまで全く知らなかった。ちなみに、当時の小生は23歳であった。

この「男たちの旅路」についての山田太一のインタビュー記事がある。以下に一部を引用する。

 「男たちの旅路」は昭和51~57年、NHKの土曜ドラマ枠で全13話が放送された。警備会社を舞台に、特攻隊の生き残りのガードマン、吉岡(鶴田浩二)と、陽平(水谷豊)や悦子(桃井かおり)ら戦後世代の若者たちの衝突や交流を描き、世代間のギャップや社会問題を浮き彫りにしていった。

吉岡(鶴田浩二)が葛藤しながら若者に説教したり、自身の思いを告白したりする場面が今も強烈な印象を残す。山田さんは脚本執筆前、鶴田の自宅を訪れ、熱心に特攻隊の話をする鶴田の姿を見て物語の着想を得たという。


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何故に鶴田浩二は特攻隊にそれほど拘っていたのか? そのあたりを山田自身が語っている。

鶴田さんの演技には重みがあった。戦時中、同年代の特攻隊員が飛び立っていくのを間近で見ていた鶴田さんだからこそ、説得力があった。


特攻隊…、小生は数ケ月前に「知覧と特攻隊」と題するブログ記事を書いているが、その時に以下のようなことを書いた。

特攻隊を描いた映画は数多くあれど、「紙屋悦子の青春」より優れた特攻隊の映画はないように、個人的には思う。それは、当時の時代背景だけではなく、若くして散った青年らの心のうちを、余すところなく描いている映画だったからだ。


今日の平和な日本を思うに、特攻隊の若者たちを含め、外地あるいは内地で散っていた若者たちの心境を、今でも時折思うことがあるのだし、そのたびに胸が痛む自分がいる。それでもなを、戦争の実体験がある鶴田の世代と、その子供にあたる小生の世代との間に横たわるギャップは、途方もなく大きいと気づかされるのである。そして、この両世代間を較べるに、人間としての重みが全く違う。

たとえば、「男たちの旅路」に登場する、チャラチャラ感一杯の陽平演じる水谷豊を見ていると、やはり水谷が出演していた「傷だらけの天使」というドラマを思い出す(同ドラマについては、拙稿「兄貴ィ~」で取り上げている。)のだし、そうしたチャラチャラ男を演じる水谷を見るたびに、水谷と同世代である当時の自分を見ているような錯覚に陥ること、しばしばであった。

ここで、山田太一、水谷豊、桃井かおりが「男たちの旅路」を振り返るという、貴重なビデオが残されている。



自分が、友が、明日には確実に死ぬという、今の日本人には想像すら及ばぬ体験をしてきた鶴田浩二の世代が「大人」とすれば、鶴田の子供に相当する小生の世代は未だに「子供」である。そのあたりは、上掲のビデオに出てくる水谷の、「当時の鶴田さんと同じ五十代になったけど、未だに大人になったという実感がわかない」という言葉が如実に物語っている。それが、口から突いて出る言葉が甘っちょろい理想論ばかりの若者への、「若者は嫌いだ」という鶴田演じる吉岡の言葉となった。

戦争への悲惨さについて現実感が一層薄れた我々の子供世代の場合はどうか? そのあたりは、戦争発言で問題となった丸山穂高衆院議員が好例である。戦争体験のある親を持つ小生世代からみれば、そのまたこどもの世代に相当する35歳という丸山議員を見るにつけ、まさに戦争の悲惨さが一層薄まってきていることが感じ取れるのだ。
丸山議員の“戦争”発言に「ああ、きたか」 平成最後の夜、82歳のヤマタクが語ったこと

丸山議員のような戦争観を持つ若者は一部だけと願いたいが、今の平和は誰のお蔭なのか、平和な日本を当たり前のように受け止めている若者に、一度は鶴田世代の言葉に耳を傾けて欲しいと思う。
神風特攻隊――現代の若者たちはどうみているのか

小生は今の若者に対して、鶴田のように「若者は嫌いだ」などとは、口が裂けても言えない。何故なら、戦争観については今の若者と五十歩百歩と思っているからで、事実、実際に空自に三年間身を置いた下の息子の方が、小生よりも遥かに平和の尊さを身体で分かっているからだ。

ともあれ、令和の御代に突入してからというもの、世界の動きが急に慌ただしくなってきた。これは、戦争以上の壮絶な体験、文字通り五百年、千年に一度という大転換期が確実に迫っていることと無関係ではない。そうした大苦難を今の若者に乗り越えて欲しいと切に願うのだし、大変な時代を生きていくであろう若者のため、この上は飯山史観という一つの羅針盤を一刻でも早く遺さねばと思う。

【追加1】
戦争だけではなく、日本経済の実態についても、今の若者に深く知って欲しいと思う。その意味で、掲示板「放知技」の重鎮mespesadoさんの以下の投稿、日本経済の実態を一層深く把握するためにも、一度は目を通すといいだろう。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/587/

ちなみに、mespesadoさんは文末で以下のように語っている。

今回の5月18日の山形県で行った講演の中身である。ただ、その講演は2

時間という長い講演だったので、オカネの誤解を解くためのエッセンスの部

分だけを抜粋したのが今回の書き込みの内容です。


mespesadoさんの講演が一冊の本になって上梓されているので、一度手に取っていただけたら幸いだ。

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【追加2】