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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
アルゼンチンで思ふ(2)
■ブエノスアイレスで過ごした日々
本シリーズでは、アルゼンチンの政治、経済、宗教、言語といったテーマを中心に書き連ねていく予定だが、その前に、一ヶ月にわたってお世話になった親友シルビアの家族や、その妹夫婦の紹介を簡単にしておこう。

シルビアの家は築百年を超えており、30年ほど前に二階を建て増ししている。以下は家の中の様子である。

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一家が集う大リビングルーム。ここで夕食後にテレビを見たり語り合ったりした

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プールのある裏庭、夏は満天の星空の下で夕食…!

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ペチカで暖を取るナラ

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ひなたぼっこをするナラとベト

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亀さんの寝室、右奥に見えるのが小リビングルーム

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寝室にある書架

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寝室からの外の眺め

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小リビングルーム。人形は娘のマリオンに、扇子はシルビア夫妻にプレゼントしたもの

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前菜

平日は亀さんが一番先に起床。大リビングルームでメールをチェックしたり、ネット記事を読んだりしていた。翻訳の仕事が入っている場合は締切日に間に合わせる形で進め、それ以外はシルビアを中心に家族と多岐にわたって語り合うのが日課であった。亀さんの仕事は翻訳なので、ネット環境が整ってさえていれば、世界中の翻訳会社から仕事を承ることができる。ちなみに、海外で仕事をしたのは今回が初めてであった。

朝6時半頃に娘のマリオンが二階の寝室から降りてきて、簡単な朝食をとった後、自宅前の道路に停めてある車で職場へと向かう。ちなみに彼女は大学で心理学を専攻、自閉症の就学前の子どもを担当するセラピストである。その後、隣部屋からシルビアの夫オスカルが起床、いろいろと語り合いながら朝食を一緒にとる。オスカルはプラスチック加工の工場を自営しており、以前は従業員数名を雇っていたというが、このところの不況で一人で仕事を切り盛りしているという。遠祖はロシアにルーツを持つドイツ系アルゼンチン人で、亀さんも同じような仕事の経験がある上、現在やっている翻訳の仕事も自動車や工作機械といった機械系が主流だ。このように、互いにハード(機械)系統が得意なドイツ系アルゼンチン人と日本人同士ということで馬が合い、話も弾んだものである。

二人が出かけた後は、主婦であるシルビアと家事の合間に、時々お茶を飲みながら多岐にわたってあれこれと語り合った。彼女、日に一回は買い物に出かけるので同行、買い物の後は喫茶店で美味しいコーヒーを飲みながらの会話が弾んだ。夕方になるとマリオン、続いてオスカルが帰宅、オスカルとワインを酌み交わしながら一緒に夕食をとるのが常であった。夕食後、語り合ったりテレビを見たりして過ごし、夜の10時過ぎにそれぞれ床に就くというのがお決まりのパターンであった。

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熱心に鶴を折るオスカールとクラウディアの娘アネリサ

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シルビアの妹クラウディアと夫のカルカッチャー

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亀さんの両脇がオスカールとシルビア、下に座る三人は左から娘のマリオン、息子のエリック、そしてクラウディア

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裏庭で豪快にアサード(焼肉)焼き

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超美味だったアサード

シルビア家には息子のエリックがいるが、現在は大学院生で経営学を専攻している。つい最近まではマリオン同様に親と同居していたのだが、最近できたガールフレンドのアパートで寝泊まりすることが増えたようで、週一回のペースで帰宅していた。そのエリック、本日の8月30日にスペインに向かって、五ヶ月間に及ぶ海外留学に旅立つ。

週末にもなると、オスカルやシルビアの友人らが大勢押しかけてきた。亀さんの歓迎会と歓送会の時はシルビアの妹夫婦、その娘たち、娘たちの恋人が駆けつけてくれ、深夜まで多くを語り合い、食べ、飲み、歌った。ちなみにシルビアの妹クラウディアの場合、ブエノスアイレス市に居を構えていることもあり、数回にわたりブエノスアイレス市の観光スポットを案内してくれたり、食事に誘ったりしてくれた。クラウディアの夫カルカッチャーとは46年前にシルビアの実家で幾度か会っている。つまり、当時高校三年生だった16歳のクラウディアと、交際していたのがカルカッチャーだったというわけで、お互いの初恋を実らせたということになる。そのカルカッチャーが拙い英語で亀さんが帰国するという前日、「今度は、いつアルゼンチンに戻ってくるのか?」と訊いてきた時はグッときた。また、帰国の時もシルビア夫妻に空港まで送ってもらったのだが、亀さんが別れの言葉を述べようとした時、シルビアに「来てくれて有り難う」と先に言われ、思わずほろっとした亀さんであった。

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アルゼンチンで思ふ(1)
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十代の頃に約一ヶ月ほどをかけて、地球の裏側にあるアルゼンチンをヒッチハイクで旅した亀さんは、最近、実に46年ぶりにアルゼンチンの土を踏んだ。前回同様、一ヶ月(2018年7月23日~8月25日)という短い期間だったが、ある意味、己れの人生そのものを見つめ直す旅ともなった。そこで、ブログ再開にあたり、当地での体験を「アルゼンチンで思ふ」シリーズとして書き連ねてみたい。

■ポルテーニョ
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築百年を誇るシルビアの家

アルゼンチンの首都ブエノスアイレス市(Capital Federal)は、南米のパリとも言われており、あたかもヨーロッパに居るのではと錯覚を起こすほどの美しい都市である。そのブエノスアイレス市から車で20分ほどのブエノスアイレス州(Provincia de Buenos Aires)の一角に、アルゼンチン人の親友の一人、シルビア(女性)の家がある。結局、彼女の家で一ヶ月にわたり亀さんはお世話になった。このように書くと、アルゼンチンで生活した体験を持つ人たちにとって、俄には信じがたい話のはずである。何故か?

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シルビア一家の最寄り駅

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のんびりと電車を待つシルビアと夫のオスカール

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そして亀さん

ここで、以下に亀さん同様、アルゼンチンに滞在した体験がある、風樹茂氏の記事を取り上げてみよう。


 誤解してはならないが、ポルテーニョの差別は膚の色によるのではなく、あらゆる他者に対する差別なのである。意見が違うもの、別の政治信条を持つもの、利害が対立するもの、身内じゃないもの、その距離が遠ければ遠いほど、差別が強まる。ポルテーニョ自身もこの差別からは無傷ではいられない。

アルゼンチンで繰り返される新自由主義とポピュリズム


風樹氏の上の記事は、本物の焼肉(パリヤーダ)を求め、ブエノスアイレス市内のレストランを歩き回り、二週間かけて漸く本物の焼肉を出すレストランを探し当てた時の体験談である。しかし、苦労して本物の焼肉にありつけたものの、そこで風樹氏は後味の悪い体験をしている。それは、ポルテーニョであった給仕から受けた〝差別〟であった。ここで、風樹氏の言うポルテーニョとは、白人系でブエノスアイレス生まれの人たちのことを指すのだが、そのポルテーニョである給仕から露骨な〝差別〟を受けたというわけである。ポルテーニョ誕生の背景については、アルゼンチン史を紐解く必要があるので別稿で改めたい。

ちなみに亀さんの場合、シルビアの家族(シルビア・彼女の夫・息子・娘)をはじめ、シルビアの妹夫婦といった親戚や友人らからは、一切〝差別〟を受けていない。それは、シルビアとその妹がブエノスアイレス市から北方400キロ離れた、エントレ・リオス州ノゴジャ生まれ・育ちということもあるが、それ以上に大きかったのが、シルビアが亀さん同様、〝脱藩人〟であったことにある。この脱藩人については、拙稿「南方熊楠の世界(3)」あるいは「南方熊楠の世界(4)」で詳述した。

ともあれ、風樹氏や亀さんのアルゼンチンでの体験は、以下の風樹氏の記述にもある、数日の観光だけ、それも観光スポットをめまぐるしく回るだけの観光とは、まったく異質のものである。尤も、そうした旅行の仕方に亀さんもアレコレ言うことはできない。何故なら、かく言う亀さんも十代の頃は小田実ではないが、「何でも見てやろう」と貪欲にアチコチ歩き回る旅をしているからだが、今回はブエノスアイレス州の一角にあるシルビアの家で主に日々を過ごすという形をとった。しかも、滅多に外出することもなく、殆どの時間をシルビアの家で過ごしている。自然、英語のできるシルビアやその家族、そしてシルビアの親戚や知人らと触れあうことが多い日々だったので、当然ながら観光地を回るだけの人たちの受けたアルゼンチン観とは、大きく掛け離れたものとなった。

2、3日しか留まらない観光客や、5つ星のホテルに泊まり、政府関係者やビジネスマンと会う新聞記者、政治家、企業関係者などは「素晴らしい、肉もうまい、音楽もいい、女性も美しい、国の経済が悪いなんて嘘だろう」という印象しか残らないかもしれない。
アルゼンチンサッカーは憎悪の祭典だった


このように、深くアルゼンチンと関わった風樹氏と亀さんだが、体験の中味次第で、かくもアルゼンチン観が異なってくるのかという格好の見本にもなっている。

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