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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
縄文人に倣う
人手不足か話題になっている。以下は、グーグルに「人手不足」と入力すると表示される、人手不足に関するトップニュースだ。

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人手不足の原因は、団塊世代の大量引退や若年人口の減少にあることは、大手マスコミも報道していることであり、国土交通省も「若者を取り巻く社会経済状況の変化」というデータを公表している。

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図表2 我が国人口の長期的な推移

ここで、同データに掲載された上図に注目していただきたい。2100年時点における日本の人口を以下のように予測しているのだ。

高位集計 6485万人
中位集計 4959万人
低位集計 3795万人


高位集計と低位集計の隔たりが大きい。亀さんは日本最大の問題を克服できたとしても、2100年の日本の人口は、江戸時代中期から幕末明治にかけての3000万人台に推移するだろうと見ている。

再び人手不足の問題に戻るが、一つ注目するべきなのはとAI(人工知能)である。最近の拙稿「未来を見通す目」で、亀さんは以下のように書いた。

味深い記事が日刊ゲンダイに掲載された。
AIで雇用崩壊 井上智洋氏「30年後働けるのは人口の1割

同記事によれば、亀さんが生業としている翻訳の場合、今から7~8年後(2025年頃)に、翻訳といった仕事はAI(人工知能)に脅かされ始めるとある。確かに、自動車・機械・コンピュータといった取扱説明書あたりなら、昨今の囲碁や将棋ソフトの著しい進歩から推測すれば、大いにあり得る話だ。


つまり、現在の人手不足はAIの進展ぶりを見る限り、近未来には解決できる可能性が高く、現在は言わば過渡期にあると思っていいだろう。同様に、「日本なら人口が減ってもロボットで仕事を補完できる」と、英エコノミスト誌も指摘している。
日本は人口減少でも明るい未来を描ける

だが、欧米列強の宣伝係であるエコノミスト誌は、日本最大の問題について一切言及していない。日本最大の問題、すなわちフクイチ(福島第一原子力発電所)である。この点に関しては、拙稿「日露メディアの違い」にも書いたとおり、プーチンの強力な支援のもと、安倍首相がフクイチ問題の解決に向かって動くことが公になった。なお、北方四島という限られた空間での日露経済協力しか、日本のマスコミは書いていないが、日本の企業がシベリアに進出している動きから読み取れるように、シベリアという土地を舞台に、日本人、殊に日本の若者には巨大な活躍の場が用意されていると思ってよいだろう。

拙稿「古代マヤと日本」で亀さんは以下のように書いた。

一週間ほど前、「飯山一郎の縄文時代論」が飯山一郎HPに掲載、最も興味深かったのが丸木舟で太平洋を横断した縄文の人々であった。大洋を横断した舟は全長6~7メートル、食料は積まずに釣り針だけで魚を釣り、時々やって来るスコールで真水を縄文土器に溜めたということだが、大海を物ともせず、アメリカ大陸の各地に足跡を遺した我らのご先祖様は凄い。


そうした凄いご先祖様の子孫なのだから、「君たちも海外へ雄飛しろ」と、息子や息子の友人に発破をかけている今日この頃である。

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欧米列強の悪行
プーチンとの首脳会談を終えた安倍首相は、次の訪問国である英国へ赴き、メイ首相との首脳対談を行った。

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Mr Abe the first world leader Mrs May has hosted at Chequers, the Prime Minister’s country retreat

ロシアと英国という世界の二大〝胴元〟国について、拙稿「オンナ壺振り師」で亀さんは以下のように書いている。


まぁ、衰えの目立つ米ドル姐さんから、ピチピチした中国元姐さんに、オンナ壺振り師を替えたいという、英国胴元のスケベーな気持ちは良ぉ~く分かるんだが(爆)、綺麗な〝中国姐さん〟にはロシアという、怖ぁ~い胴元がついている…。このあたり、英国胴元はどう折り合いをつけるつもりなんだろうか…(嗤う)


今回、ロシアと英国という二大胴元を訪問した安倍首相に、綱渡り的なしたたかさを見るのは、なにも亀さんだけではあるまい。これは、小国が二大勢力の狭間で生きていく上での智恵なのである。

それから、亀さんは次のようなことも書いた。


思い起こせば中国元姐さんの御母堂の場合、英国胴元に阿片戦争(1840年6月28日 - 1842年8月29日)、さらにはアロー戦争(1856年6月28日 - 1860年8月)で、二度も慰み者にされた過去がある。母親が受けた屈辱を、娘の中国元姐さんが知らないはずがない…。


ここで、以下の記事に目を通してみよう。
「北朝鮮問題」を考える時に忘れてはいけないこと

英国は,インドを武力で,中国をアヘンと武力で収奪しまくることによって大英帝国を築いたのです.

欧米列強から見て,最もオイシイ国.それは今でも中国です.


その欧米列強の一角を占める米国が、北朝鮮に対して行った数々の悪行も、北朝鮮問題を考察するにあたって忘れてはならない視点である。このあたり、以下の飯山一郎さんの記事「北朝鮮は「怨念の国」だということ」を参照されたい。

ワシントンは、朝鮮民主主義人民共和国を飢餓にさらし、北朝鮮政府が外国資本や市場にアクセスするのを阻止し、経済を壊滅的経済制裁で締め付け、強力なミサイル・システムや軍事基地をすぐそばに配備した。 原典:『マスコミに載らない海外記事


欧米列強が悪行の限りを尽くしてきたことを詳細に知る上で、拙稿「戦争の引き金…」で紹介した、『悪徳の世界史〈2〉宗教の悪徳 宗教ビジネス不道徳講座 (悪徳の世界史』が参考になると思う。

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日露メディアの違い
昨日、モスクワで日露首脳会談が行われたが、東京新聞とスプートニクの報道の仕方に大きな違いがあった。最初に東京新聞だが、今朝の朝刊に目を通したところ、日露首脳会談の記事は以下だけであった。「北方四島 見えぬ道筋」とあるように、ロシア側が強硬な主張を貫いているため、取り付く島もないという印象を読者に植え付けている。

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実は、昨日のプーチンの発言には、日本の運命を左右しかねない重要な発言があった。

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https://jp.sputniknews.com/politics/201704273579636/

フクイチ(福島第一原子力発電所)報道に力を入れている東京新聞にして、スプートニクが報じたプーチンのフクイチ発言を記事にしていないのは、何等かの意図が隠されているのか、あるいはプーチンの発言の重大性に、同紙が気が付いていないかのいずれかだろう。

上記のプーチン発言以外に、亀さんが注目したのは以下の写真である。

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安倍首相の表情を見れば、プーチンとの良好な人間関係を築いているのが分かるのだ。世の中、殊に政治の世界においては、人間関係がモノを言う。そのあたり、掲示板「放知技」の以下の投稿に目を通していただきたい。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16090538/151/

ちなみに、以下はブッシュと売国奴の小泉純一郎だが、国士の安倍晋三とプーチンの写真と見比べるに、その差は歴然としている。

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今回で17回目を迎えた両首脳の会談、安倍首相の暗殺といった不測の事態でも起こらない限り、日本の未来に希望が持てる。

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日露新時代へ
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今朝、安倍首相がモスクワに向かって出発した。今回の日露首脳会談は、日本の運命を決定づける大変重要な会談となるだろう。何を根拠に、日本の運命を決定づけるほどの重要な会談になるのかという点については、すでに拙ブログで多くを語ってきたので繰り返さないが、代わりに、管理者のみ閲覧可能なコメントを寄こしてくれた、ある読者の投稿を以下に紹介しておこう。

こんばんは!いよいよ明日、アベちゃんのロシア行きですね!「ごめんアベちゃん、今までわたくし誤解しておりました…


ここで、連日にわたり精力的にHP記事を書き、自身が管理する掲示板「放知技」でも多くを投稿している、飯山一郎さんが今日、以下の重要な記事を書いている。
安倍訪露の真の目的は一体何か?

ここで、日本にとってフクイチこそが最大の課題であることを、繰り返し主張してきた飯山さんは、プーチン大統領と安倍首相による『日露協同のフクイチ鎮圧計画』について、過去一年以上にわたって書いてきた多くの記事のなかでも、特に重要な記事を以下のように紹介している。

プーチンの日本攻略開始のサイン
プーチンを「救いの神」と思い始めた日本
『フクイチを鎮圧する法』と『脱米入露』
ロシアがフクイチ鎮圧に関して明確なサイン!
フクイチの鎮圧は プーチンと安倍晋三がヤル!
プーチンと安倍晋三の『フクイチ鎮圧計画』

改めて紹介された記事を再読し、フクイチこそ今回訪露する安倍首相にとって、最も重要なテーマであることが分かるのだが、このあたりに気づいているメディアやブログは、残念ながら「放知技」の読者以外には見当たらないのが本当のところだ。

ここで思い出したのだが、覇権が米国から中露に移行したという〝事実〟も、世間に理解されていないことの一つである。以下の記事を参照されたい。
世界を読みぬいてから身を守る!

同記事は、米国から中露に覇権が移行したことについて書かれている記事なのだが、亀さんの周囲で中露に覇権が移行した〝事実〟を把握しているのは、飯山さんのHPおよび放知技の一部の読者、そして亀さんの身内だけである。例えば、拙稿「ゴジラvs.自衛隊」で亀さんは以下のように書いた。

現場を預かる自衛官の凄さを物語るエピソードを一つ。最近、地位ある自衛官某と酒を酌み交わす機会があった。そして驚いたのは、ロシアと中国が軍事力でアメリカを追い越し、すでに覇権が中露に移行していることを、ナント現役の自衛官がしっかりと把握していた点である。


実は、上記の自衛官の一人に、今年の3月まで自衛官だった息子が含まれている。彼は、上司や先輩から覇権移行の話を多く耳にしたのだろう、しっかりと現実を把握していることが分かり、嬉しく思ったものである。

また、一昨日は弟と痛飲しているが、2ヶ月前に語り合った時、弟は覇権移行や安倍首相の肚を理解していない様子だったので、亀さんは噛んで含めるように説明したのだが、それからわずか2ヶ月しか経っていないというのに、瀋陽軍区の存在からロシアが世界最強の軍事大国になった現実に至るまで、今や完璧に理解しているのを知り、心から嬉しく思ったものだ。その弟とは世界政治・経済以外にも、賭博や任侠の世界について多くを語り合っているので、いずれ稿を改めて記事にしたいと思う。

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本日の4月25日、朝鮮人民軍創建85周年が開催される。果たして、金正恩が核実験を強行するのかどうか、今や世界中が注目しているところだ。そうした緊迫した空気の中、昨日は仕事の合間にNHKの「SWITCHインタビュー 達人達」を見た。対談者は視力と聴力を失った東大教授の福島智、もう一人は難病を抱える生命科学者の柳澤桂子で、二人の対談を通じて「生きるとはなにか」について、改めて考えさせられた次第である。

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そして、柳沢が今までに50冊以上もの本を著してきたことを知った。その中でも、『生きて死ぬ智慧』の場合、般若心経を現代訳した同女史の力作と言えるのだが、亀さんは「空」について長年にわたって気になりつつも、未だに良く理解できていないだけに、以下のカスタマーレビューを読み、一度目を通してみたいと思った次第である。

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なお、以下は今東光和尚が「空」について、若い読者に回答したものである。

☆☆〝空〟の意味は?
『般若心経』って本にのっている言葉で「色不異空…」というのがあるが、その意味、とくに〝空〟の意味を教えてほしい。別に仏教に入門するわけじゃないけど、この言葉、何か気になるんだ。ついでに聞くけど、仏教ではどの宗派が信頼できるだろうか?
(新潟市 高2生)

〝空〟なんて、そんなむずかしい言葉を一言で説明できるかい。仏教には「空観」といって非常にむずかしい課題があるんだ。つまり唯物史観の「観」みたいに「空観」というのが。唯物史観の対照で、唯心論から言えば空観なんだ。そんなごついものを、五行か十行の返答でてめえに言えるかってんだ! このうす馬鹿野郎! まったくてめえのドタマがいかに空かということが、これでわかる。それも仏教なんか入門する気はねえとかよ。そんな口幅ったいことを言わずに、空を知るまで「仏教入門」から始まって、いろんなものを読んで、それから自分の空観というものを発見し、確立していくんじゃなけりゃあダメだ。
それまでには十年かかるか三十年かかるか、オレみたいに七十年かかってもまだはっきりしねえってことになるかもしれねえ。
またどの宗派がいいかって? そんなの天台宗にきまってるじゃねえか。天台の坊主に聞けば天台が一番いいというのは当り前だろうが。オレが創価学会なら創価学会が一番いいって言うわな。なにとぼけた質問しやがる。この馬鹿野郎!

『続 極道辻説法』p.39


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月刊日本も…
昨日、2ヶ月ぶりに上京、まほろば会(世界戦略情報誌『みち』の執筆者と読者の会)に顔を出してきた。いつものように安西ファイルが参加者に配布され、トランプ大統領を巡るテーマを中心に、安西正鷹さんによる解説が行われたのだが、特に印象に残ったのがトランプの娘婿である、ジャレッド・クシュナーについての情報であった。昨夜知り得たクシュナーの人物については、近日中に稿を改めて記事にしたい。

さて、家を出る前に郵便受けを覗いたところ、『月刊日本』(五月号)が届いていたので、さっそく電車の中で目を通した。2012年12月16日に安倍晋三が総理に返り咲いた当時の『月刊日本』は、安倍首相への期待感で溢れていたのを今でも覚えているが、時の経過とともに同誌は安倍首相への批判を強めるようになり、そうした同誌の姿勢に亀さんも同調していたものだ。しかし、2月11日のトランプ大統領と安倍首相による日米首脳会談あたりから、亀さんの安倍晋三観は大きく変わった。一方、『月刊日本』は相変わらず安倍首相を批判し続けている…。それは、今号の特集の冒頭にあった同誌編集部の文からも明らかである。

トランプ政権の誕生によってTPPは頓挫した。にもかかわらず、安倍政権はグローバル企業に奉仕するための政策を推進し続けているということである。(特集1 おコメが食べられなくなる!!)

大手メディアの記者たちも「羽織ゴロ」の精神を取り戻し、森友学園問題追及に全力を尽くしてもらいたい。(特集2 森友学園問題の真相)


これでは、森友学園問題で大騒ぎしている他の大手メディアと、何ら変わるところがないではないか…。「月刊日本よ、お前もか」と暗い気持ちになりかけていたとき、鈴木宗男の「籠池氏の証人喚問に思う」という記事が目に止まった。

 そもそも籠池氏は偽証罪以前に嘘つきである。私学審議会に対して「私立海陽中等教育学校に推薦枠がある」と嘘をついたり、「安倍晋三記念小学校」の名称で勝手に寄付金を集めたり、あまつさえホームページに「昭和天皇陛下には、全国植樹祭の途次、当園に御臨幸賜り」と偽証していた。愛国者を自称していながら、昭和天皇陛下を利用するとは、なんと畏れ多いことか。言語道断である。法律以前に、人として許し難いと怒りを禁じえない。
『月刊日本』(五月号)p.107


胸のすく思いであった。

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帰宅後、掲示板「放知技」を覗いてみると、飯山一郎さんの鈴木宗男についての投稿があり、ここでもシンクロニシティを感じたものである(笑)。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16090538/151/

【別報】
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今朝の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(10)。


近頃の若い者は
数日前、19歳の南谷真鈴さんという女子大生が、北極点到達を成し遂げたというニュースを耳にしたときは、「エッ!」と驚いたものである。それだけではない。あの植村直己にして実現できなかった、南極点到達も昨年(2016年)の1月に成功しているのだ。さらに凄いのは、若干19歳にして7大陸最高峰の登頂に成功していることである。その意味で、昨年掲載された「TABI LABO」のインタビュー記事は、そうしたスーパーウーマンの素顔を上手く引き出せているように見えた。

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http://tabi-labo.com/271474/marinminamiya

亀さんの周囲を見渡しても、息子の友人で逞しく自分の人生を切り拓いていこうとしている若者が何人かいる。そうした若者の一人、仮にA君としておくが、A君は親に頼ることなくバイトで資金を貯め、近く海外放浪の旅に出るのだという。亀さんも十代の頃に3年間ほど世界放浪の旅を体験しているだけに、「亀さんがエールを送っていた」と、A君に伝えるよう息子に頼んでいる。

このように、一時は森友学園問題で大騒ぎ(バカ騒ぎ)をしていたマスコミやブログと違い、こうした若者の生き様は爽快ですらある。そして、脳裏に浮かんできたのが「近頃の若者は」という常套句だった。この「近頃の若者は」だが、アンサイクロペディアが示す定義が面白い。

時代の変化というものに対し、若年者はすぐさま流れに乗るかのごとく追随するが、齢を重ねて年長者になると自分の人生経験という一定の杓子に固執してしまい、新しいものを受け入れるような柔軟性が失われてしまう事がある。それらの者が、「新しい時代」の先端を行くようなものを若者が行っているのを見た際、良くこの言葉が発せられる。当人も若年の時、年長者から同じ事を言われたのは全く覚えていないようで、それが現代に至るまでこの言葉が受け継がれている土台になっている。

現在ではこの言葉の使用も若年化が進んでおり、幼稚園の年長(5・6歳)も使用している。しかし使用する状況は同じで、年少・年中の新しい考えについていけなくなった園児が使用しているようである。


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ここで、「植村直己物語」という映画を読者はご存知だろうか。同映画については拙稿「私は、今でも植村が生きていると信じてます」でも少し触れているが、同映画を見て思ったことの一つがスポンサー探しの苦労である。大陸最高峰登頂や南極北極点到達を実現するには、莫大な資金が必要なのだ。このスポンサー探し、植村直己の場合には泥臭さを感じたものだが、南谷真鈴さんの場合はスマートさを感じる。これも、時代の違い、あるいは男女の違いにあるのかもしれない。

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シンクロニシティ
半年前に「日本の最高機密」と題する記事をアップ、当時は未だ〝健在〟だったリテラや新井信介氏の記事を紹介しているが、それから半年しが経っていないというのに、リテラや新井信介氏の劣化ぶりは目を覆うものがある…。亀さんは同記事の中で以下のように書いた。


最後に今後のナリオだが、日本の人口激減が本当であったことを思い知らされる日を迎え、国中がパニックになるか(国家の崩壊)、(知人友人がバタバタと逝き)気がついたら周囲に誰も居なくなったという日を迎えるか(国家の臨終)、いずれかと思うべし。


今までは後者の国家の臨終、すなわち〝静かな死〟を日本は迎えようとしている気配が濃厚であった。ところが、その後になって状況が変化したのである。すなわち、飯山一郎さんのHP記事「安倍首相が4月27にモスクワ訪問! 」にもあるように、日本の運命を左右しかねないフクイチ問題、ここに至って一条の光を見いだせるようになったのだ。

さて、ここで少し横道に逸れるが、掲示板「放知技」の常連の一人である、疲れ人さんの投稿に注目されたい。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16090538/24/

このシンクロニシティで思い出したのが、故宍戸幸輔さんである。翁の事務所や自宅には幾度かお邪魔しており、多くを語り合っているが、ニューサイエンス、すなわち精神世界がテーマになったことが多く、そうした話題の一つがシンクロニシティであった。そうした流れの中、翁にシンクロニシティの本を薦められ、亀さんは購入している。

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同書の内容だが、何分にも15年も前に目を通した本であり、どのようなことが書かれてあったのか、記憶が曖昧になっていたので、アマゾンのカスタマーレビューに目を通し、漸く思い出すことができた。そして、翁とシンクロニシティについて語り合った時は、以下のアマゾンのカスタマーレビューにもあるように、テレパシーといった超心理学や心霊現象などについて、多くを語り合っていたのも同時に思い出したのである。

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ここで、アマゾンのカスタマーレビューにある「他者との人生の一致」、これは疲れ人さんが仰せの「集団発狂のシンクロニシティ」と、何処かで通じるものがありそうだ。だが、今回はシンクロニシティについてあまり深入りはせずに、このあたりで止めておく。

さて、冒頭でリテラや新井信介氏が劣化したと書いたが、リテラの場合、拙稿「変わったのは…」でも書いた通り、今も昔も基本的には何も変わっていない点を指摘しておこう。同記事にも書いたとおり、大きく変わったのは亀さんの方なのだ。同様に、掲示板「放知技」の飯山一郎さんをはじめ、多くの常連さんの安倍晋三像も劇的に変わったのである。

副島隆彦、植草一秀、ネットゲリラ、カレイドスコープ、山崎行太郎といった〝識者〟らは、飯山さんに接するという機会に恵まれることもなかったので、大転換期という時代の本流に取り残されてしまったのは仕方がない。しかし、飯山さんとスカイプで何度も語り合ったという新井氏の場合、どうして自身の安倍晋三観が変わらないのか…。折角、誰も気づかなかった安倍晋三像を、飯山さんが明示してくれたというのに …。ここで脳裏に浮かんだのは、マキャベリのヴィルトゥフォルトゥナである。これらを強いて日本語に訳すとすれば、力量(ヴィルトゥ)、そして運(フォルトゥナ)あたりになるのでないだろうか。新井氏の場合、飯山さんの知遇を得るという運(フォルトゥナ)には恵まれていたが、今までの安倍晋三像から抜け出せなかったのも、新井氏がルサンチマンという状態にあったこと、放射能の影響が多少出てきたということ以外に、マキャベリが言うところの〝力量〟に欠けていたため、飯山さんが示す安倍晋三の人物への理解が至らなかったのだ、ということが容易に想像できるのである。

ヴィルトゥとフォルトゥナ
さて、共和国の官僚であったマキアヴェリにとって、原理的には正しいソデリーニ政権がなぜ挫折し崩壊したかという問題がある。この解決として、彼は政治制度そのものよりも、それの背後にある精神に問趣があるという結論に達した。そしてこの考えを提示するために、有名なヴィルトゥという語彙を使用した。彼の二つの著書のなかで、このことばは多面的な性格をそなえていて、いちがいに統一した訳語では表現できない。某本的には、ラテン語のVirtusのイタリア語化であり、人間に大事業を達成せしめるような、人間の根本的な性格を示すものである。ことばをかえれば、すべての人間行動がそこから起こる力とか活力をさす。したがってマキアヴュリにとって、政治的な成功の裏づけは、その理論の正しさ、知恵の使い方などによるのではなく、集中された意志力、内からわきあがる「理屈をこえた」洞察にあるということになる。すなわち、それまで共利国の限界のなかで模索していた彼が、その活路として、一種の非合理な(といっても悪い意味ではなく)、そして精神主義的なものへ移っていくのである。
ヴィルトゥは政治指導にはなくてはならぬものだった。軍隊の長であろうと、国家の責任者であろうと、ヴィルトゥを必要とした。しかし、彼によれば、ヴィルトゥは個人も集団もともにもちうるものなのである。
しかし、彼にとっては、この精神主義は万能ではない、人間の行為は自然の循環、すなわち運命にしたがわねばならない(『政略論」第二巻第1章』。人間の行為は、その瞬間における情勢に一貫してしばりつけられていることは、マキアヴェリももちろん認めていた.当時の考えでは、人間にある行動を起こさせるように導く力(マキアヴェリはこれを「必要」と表現する)は、あくまでも人問の意志の外にある、どちらかといえば人間に敵対する力として把握していた。つまり運命の前にはどうにもならない、人間がいかにヴィルトゥを発揮しても、どうにもならないというあきらめであった。しかし、彼のなかには、彼の積極的な傾向からする、一種の確信がみられる。どのようなネチェシタがあろうとも、最後の結果は、それに対する人間の対応のしかたにあるのだと考える。彼によれば、完全に絶望的とみなされる情勢はまれにしかない。たいていのばあいは、環境を自分に都合よく変える可能性は人間にある。自然が人間に与えている能力を活用するかぎり、人間は外部の圧力に直面しても希望がある。
このように、事態をコントロールする可能性を人間がそなえているという考え方は、ヴィルトゥとフォルトゥナに関するマキアヴェリ特有の考え方を示すこととなる(『君主論」第25章参照』。マキアヴェリは、ヴィルトゥとフォルトゥナには一種のつりあいがあるのだと考えたのである。
マキアヴェリ以前の人々はフォルトゥナは気まぐれで彼女のお気に入りの人々にのみほほえみかけるものだと考えていた。しかし、マキアヴェリの独創的なこれらの考え方は、以前からの一般の見解を修正した。彼によれば、事態をコントロールする機会は、短い瞬間においてのみ人閲に与えられている。つまり、好ましい情勢をつかみとることこそヴィルトゥなのである。このように好ましい情勢にヴィルトゥを一致させるという考えは、マキアヴェリの政治思想のうちのもっとも菟命的た姿を示すものなのである。この相対主義は、『君主論』の全巻を通じてひろがっていくことになる。ここにおいてヴィルトゥは、観察と選択と果断によって構成されることとなった。
以上のようなヴィルトゥを主体とする政治の理念は、旧来の原理のなかでは解決しえなくなったイタリアの、現状の打開に苦しんだマキアヴュリが、その苦悩の結果たどりついた一種のユートピアであった。
貴族化してゆきづまっていた旧来の商人世界の打算から、新しい国際環境のなかにひきずり出されたイタリアに、マキアヴェリの思索は集中された。彼の思想の意味は、旧来の打算から一歩ぬけ出ようとした努力のなかにこそ見いだされるのである。そしてこのことから、『君主論』と『政略論』の目的としていた点を知ることができると思う。

『世界の名著』(中央公論社)の第16巻『マキアヴェリ』p.38~40


変わったのは…
ここ数日、マスコミやブログが流す記事を眺めていると、時々だが不思議に思うことがある。つまり、自分では当たり前と思っていたことを、世の中は正反対の見方をしているのだ、やがてそれは、何故なんだという疑問となった。どうして世の中は変わったのだろうと、狐につままれたような気がしてならなかったのである。NHK、朝日新聞、読売新聞は言うに及ばず、右派の代表である産経ニュースから、左派の代表であるリテラに至るまで、森友学園問題で大騒ぎをしていたかと思えば、今度は明日にもアメリカと北朝鮮の間で戦争が起こると、これまた蜂の巣をつついたよう大騒ぎを繰り返している…。森友学園問題では拙稿「森友狂想曲」で、北朝鮮問題については拙稿「トランプの肚 2」で簡単に触れたので、それぞれの背景についての私見は繰り返さないが、それでも、まともな記事を書いているジャーナリストやブロガーが、一握りだが残っていたのが救いだった。だが、ここに至って、彼らも〝変節〟しつつあるようだ。

たとえば、「世相を斬る」のブロガーあいば達也氏。数日前の記事の見出しを見て、オヤオヤと思った。まさに、過日の拙稿「クズ記事」で紹介した、カレイドスコープを彷彿させるに十分で、感情剥き出しの記事になっているではないか…。
イカレテる安倍官邸 何ごとも「問題ない」の官房長官

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あいば達也氏

だが、同記事を読みながら、ふと気がついた。それは、変わったのは彼らではなく、亀さん自身だったということだ。よくよく考えてみるに、彼らは昔も今も基本的に何も変わっていないのだ。しかし、亀さんの場合は大きく変わったものがある。それは〝大局観〟である。

どのように大局観が変わったか?

最初に、過去数年間にわたりプーチンの言動を追っていくことで、次第に〝世界の森〟が見えるようになってきた自分がいた。続いて習近平の登場によって〝中国の森〟、さらにはトランプの登場によって〝米国の森〟が、あたかも霧が晴れたかように見えてきたのである。そして、今年に入って安倍晋三の肚が漸く見えるようになったことで、〝日本の森〟も次第に見えてきたという次第である(拙稿「木を見て森を見ず」参照)

その結果、何が起きたか? 

最近は新聞の記事やブログ記事の見出しを一瞥するだけで、大凡の内容が本文を読まずとも分かるので、見出しだけを見て、本文は読まないという記事が増えてきたのだ。そのお陰で、かなりの時間が節約できるようになった。あとは、日々大きく変動する世界に合わせて、己れの大局観を微調整していくだけで済む。

ところで、副島隆彦、植草一秀、新井信介、ネットゲリラ、カレイドスコープ、山崎行太郎といった、逝ってしまったブロガーはともかく、正しい大局観を持っていると思っていた数少ないブロガーで、田中宇氏やあいば達也氏らがいたが、どうやら彼らも大局観を失いつつあるのは、誠に残念である。たとえば、以下は最近の田中氏の記事…。

トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策【2017年4月16日】
中国に北朝鮮核を抑止させるトランプの好戦策【2017年4月14日】
ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも【2017年4月11日】
軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃【2017年4月8日】 

田中宇の国際ニュース解説


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田中宇氏

如何にもトランプは稀代の戦略家と言いたげの田中氏だが、間違っているよ、ウーさん…。同じ〝サカイ〟でも、掲示板「放知技」の堺のおっさんとは月とスッポンだワイ(爆)。

松岡正剛×コムアイ
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松岡正剛とコムアイ

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松岡正剛の〝書〟の世界

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コムアイの〝音〟の世界

松岡正剛と言えば、「千夜千冊」で知られている編集工学生みの親だが、その松岡が昨日NHKで放送された、「SWITCHインタビュー 達人達」に登場、対談相手は異彩を放つミュージシャンのコムアイであった。

松岡の〝書〟という世界、そしてコムアイの〝音〟という世界、この二つの異質の世界に住む二人、しかも年齢差が半世紀近いということもあって、興味深く同番組を通して見た。そして番組を見終え、強く印象に残ったのが、〝ビギニングとエンディングのある出来事は、全て17段階に分割できる〟という、松岡の発見であった。これは、禅の悟りにいたる道筋について、牛を主題とした十枚の絵で表したという十牛図、あるいは、三木成夫医学博士の「宗族発生の位置…個体発生との関係」といった、凄い世界を我々に示してくれるのではという予感がするのだ。

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十牛図

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宗族発生の位置…個体発生との関係

ところで、2004年に胃ガンの手術を受けている松岡、どうやら自身のエンディングを意識している様子が窺い知れたのだが、その松岡が17段階という新発見について近く本にするとのこと、今から非常に楽しみである。

【別報】
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今朝の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(9)。


未来を見通す目
ヨーロッパの非英語圏にオフィスを構える、X社という翻訳会社との付き合いは、かれこれ10年近くになる。そのX会社は2年ほど前から、英語から日本語に機械翻訳したファイルを送ってくるようになった。しかし、ほとんどは使い物にならない和訳のオンパレードであり、一度すべての和文を削除してから、改めて翻訳し直しているのが現状だ。加えて、原文である英語も酷い。特に最近は酷くなってきたので、「ドイツ語の原文を機械翻訳させた英文を使用しているのか?」と、数日前にX社の担当者に問い合わせたところ、客先であるメーカーの担当者が英訳しているとのことで、担当者も客先の英訳の酷さについては先刻承知であった(笑)。

そんな矢先、興味深い記事が日刊ゲンダイに掲載された。
AIで雇用崩壊 井上智洋氏「30年後働けるのは人口の1割

同記事によれば、亀さんが生業としている翻訳の場合、今から7~8年後(2025年頃)に、翻訳といった仕事はAI(人工知能)に脅かされ始めるとある。確かに、自動車・機械・コンピュータといった取扱説明書あたりなら、昨今の囲碁や将棋ソフトの著しい進歩から推測すれば、大いにあり得る話だ。

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ここで、将棋と翻訳とは分野が違うのだが、将棋を翻訳に置き換えて以下の記事を読めば、機械資源(CPUコアやストレージ)+機械学習(コンピュータによる学習の蓄積)の活用により、プロの翻訳者と何ら遜色のない和文に訳せそうである。
プロ棋士に連勝!将棋ソフト「Ponanza」はなぜここまで強いのか

ただし、文学、殊に長年の風雪に耐えてきた古典文学となると、人間の心が深く関わってくるだけに、将来においてもAIによる翻訳は、不可能であると亀さんは見ている(拙稿「心知体」参照)。

ところで、昨日の東京新聞夕刊の片隅に、みずほ銀行と電子マネーについての記事が掲載された。

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みずほ銀行と言えば、繋がりの深い孫正義を連想するが、その孫が発表した以下の論文に改めて目を通してみた。
孫正義氏「OneWebで情報通信革命を」12億ドル出資する“宇宙ベンチャー”の未来を語る

AIの登場によって自分の現在の仕事が、どのような変化を遂げていくのかについて想像すると同時に、社会全体に大きな影響を及ぼしそうな、孫正義の未来プロジェクトも併せて検討することにより、自分の未来設計を立体的に描くことができるのではと思う。まさに、孫正義の語る「あらゆる産業が再定義される日」が、目の前に迫っているのである。

【別報】
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先週の金曜日、佐藤優氏のコラム記事が東京新聞に掲載された。同コラムの中で佐藤氏は、「アサド政権は自国民に対してサリン使用したとみている」と発言しているのに注目されたい(拙稿「放射脳?」参照)。

日本の運命
最初に、フクイチ(福島第一原子力発電所)に関連する記事を2本、以下に転載する。最初は2年前に発売された『週刊女性』(2015年4月28日号)の記事だ。

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小泉進次郎も感涙エール、福島県立ふたば未来学園高の入学式に密着

同記事に目を通せば分かることだが、当時もタダ漏れしていた死の水蒸気について、その深刻な事態には一切触れていないのが分かる。そして、写真には小泉進次郎が写っているが、ご存知の通り、彼はネオコン派の議員である。そうした知識があれば、福島県立ふたば未来学園が開校された背景が見えてこよう。

月日は流れ、最近になって次第にフクイチ事故の深刻さが浮き彫りになりつつあり、そのあたりが良く分かるのが、今年2017年2月10日付の福島民報の記事である。

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第一原発2号機 調査計画見直しか 高線量でロボット故障

つまり、ロボットが故障するほど線量の高い原発から、わずか30kmの所に同学園が開校されたことを意味する。ここで改めて目を引くのは、同記事が掲載された2月10日という日付であり、トランプが当選した2016年11月9日から3ヶ月後、そしてトランプ・安倍首脳会談の前日である。この記事で分かるのは、、ようやく原子力ムラの影響力が少しは薄れつつあるということだ。以上を念頭に置けば、以下の記事は必読である。
安倍首相が4月27にモスクワ訪問!

だが、掲示板「放知技」を丹念に追っている読者ならいざ知らず、世間一般には理解してもらえそうにない。その主な理由は以下のとおりだ。

■フクイチ事故の実態を知らない
フクイチ事故の実態が分かっている一握りの人たちを除き、その他大勢はフクイチ事故は単なる過去の話としてしか受け止めておらず、今では事故以前と変わらぬ日常を送っている人たちが圧倒的多数を占めている。だから、日本、そして世界の最大の課題がフクイチ事故であることに、気づかないのも無理りもない。

■安倍首相の実像を知らない
最近は下火になったようだが、依然として森友学園問題という、些細なことで騒いでいるマスコミばかりである。また、ネットの世界に目を転じれば、森友学園事件をきっかけに、馬脚を現したブロガーたちが結構多い。こうした連中に、安倍首相の言動が理解できるわけがなく、ここは放置しておくに限る。

■原子力ムラの実体を知らない
地震が多発し、しかも狭い国土に54基もの原発がある背景を深く追求していくと、国際原子力ムラという存在に行き着く。そして、連中は未だに日本では大きな力を保持しているのだ。自分を生み、育んでくれた祖国を思うのであれば、本来なら立ち上がってしかるべきなのだが、戦後72年の長きにわたって洗脳され続けてきた奴隷であるため、今や抵抗することすら忘れているようだ。

ともあれ、4月27日に行われるという、露日首脳会談の成功を祈ろう。

放射脳?
掲示板「放知技」の常連である東映特撮さんが紹介してくれた、「最新ニュース速報 佐藤優 北朝鮮」(2017年4月6日)というラジオトークを聞いた。



飯山一郎さんも同トークを聞いたらしく、以下のように佐藤優氏の発言を評している。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16057898/782/

「4日のシリアの化学ガス散布はアサドの仕業だ!」という旨の発言を佐藤氏がしていたのは、YouTubeの12:58あたりで、「アメリカは殺したいIS要員をピンポイントで殺す、ロシアはISを皆殺しにする」という旨の発言を行った後、さらに佐藤氏は以下のようにはっきりと断言した。

アサド政権は毒ガスで皆殺しにする…


どうやら佐藤氏、化学兵器を使った犯人がアサドのシリア政府軍だと思っているようで、これはもう嗤うしかない。佐藤氏も元外交官なのだから、米政府が今までに多くの嘘を吐いてきた事実を、そろそろ見抜くことができても良さそうなものなんだが…。念のため、米政府の嘘の例を一つだけ挙げるとすれば、あのイラク侵攻がある。しかし、今の佐藤氏は、当時のことをすっかり忘れているようだ(嗤)。
米政府大量破壊兵器調査『ドルファー最終報告』--開戦責任追及の原点 ...

また、ISの正体は米国のネオコンであることは、世界の識者にとって今や常識の一部と化しているというのに、何故か未だにISの正体が佐藤氏には見えていないようだ。その証拠として、昨年の『月刊日本』八月号に載った、「バングラテロ事件」という記事、これは佐藤優と山崎行太郎による対談記事だったのだが、佐藤氏はISとアメリカは敵対していると明確に発言している。

それから、北朝鮮とISが手を組む可能性についての発言も、大変勉強になった(爆)。

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昨年の『月刊日本』八月号 p.44

ついでに、対談相手の山崎行太郎氏、最近の同氏のブログで珍しく海外の話題を取り上げているなと思ったら、ナント、シリア爆撃についてであった。

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http://yamazakikoutarou.hateblo.jp/archive/2017/04/08

あまりにもピント外れの記事を書く山崎氏の知的劣化ぶり、大変気の毒に思った次第である。

【追報】
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米軍によるシリア爆撃の後、すっかり元気を取り戻したIS (4月10日付の東京新聞夕刊)

トランプの肚 2
3月1日(現地時間2月28日)、米国議会で行われたトランプ大統領による初の施政方針演説をNHKが生中継、翌朝の東京新聞が施政方針演説要旨を載せているが、その全文を亀さんは拙稿「トランプの肚」に転載した。

同記事を書いた3月2日の時点では、堺のおっさんが放知技に書いていたように、「ネオコン戦争に対する、トランプの勝利である」という指摘は正しかった。しかし、同時に堺のおっさんは、「だが、まだ安心はできない」という言葉を添えるのも忘れなかった。果たせるかな、その後は堺のおっさんが危惧していた通りの展開になった。それが〝電撃的〟な米軍によるシリアへのミサイル攻撃、ざらには米国と北朝鮮の直接対決という流れである。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16034724/499/

ここで思い起こしていただきたいのは、拙稿に転載した施政方針演説の中で、特に亀さんが注目したトランプの以下の発言である。

▼過激派組織「イスラム国」(IS)はイスラム教徒、キリスト教徒、あらゆる信仰の男女、子どもを殺害してきた。この下劣な敵を地球上から消滅させるために、イスラム世界を含む同盟国と共に取り組む。
▼イランの弾道ミサイル計画を支援する組織、個人に新たな制裁を科した。イスラエルとの強固な同盟を再確認した。


これは、背後に戦争屋が控えていることを匂わすトランプ発言だったが、演説の2週間ほど前、ロシアとの太いパイプを構築しようとしていた、フリン大統領補佐官が辞任に追い込まれたことで、戦争屋の影がくっきりと見えるようになり、さらに1ヶ月後の4月5日、シリアへの攻撃に反対していたバノン大統領上級顧問・首席戦略官も、NSCから外されるに及んで、戦争屋によるトランプ包囲網が一層強固なものになったことが分かる。

このあたりを堺のおっさん同様に危惧していたのが、拙稿「トランプ占い」で紹介した『月刊日本』の山浦嘉久論説委員の記事、「戦後という楽園の喪失」で、山浦さんが指摘していた東シナ海とゴラン高原、ここに来て世界の注目を集めるようになった。ゴラン高原について言えば、イスラエルとシリアが国境を接している地帯であり、今回の米軍によるシリアへのミサイル攻撃とコインの裏表の関係にある。

ただし、今回の米軍によるシリアへのミサイル攻撃が、どのような顛末を迎えたかという点については、昨日発行された田中宇の最新記事、「軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃」にあった、以下の記述通りである。

 米軍はこれまで、ロシア軍と協調し、シリア東部でIS退治の空爆を続けてきた。だが今回の濡れ衣的なミサイル攻撃で、ロシアは怒って米国との協調を解除した。米軍がシリアで活動するのは困難になった。今回の件は、シリアの将来を決める国際体制から米国が追い出され、ロシアやイランの影響力が増し、露イランの傘下でアサドが続投する多極化的な事態に拍車をかけそうだ。


次に、やはり山浦さんが指摘していた東シナ海に目を転じても、北朝鮮への攻撃を匂わすトランプの発言を裏付けるかのように、原子力空母カール・ビンソンを擁する第1空母打撃群が朝鮮半島に向かった。そうした米軍の動きと合わせるかのように、中国も香港のビクトリア湾に軍艦を待機させているとは、拙ブログの香港の読者から情報である。読者の話によれば、一隻だけでもビクトリア湾に軍艦が停泊しているのは大変珍しいことなのに、一度に三隻もの記憶はないと言う。

ところで、朝鮮半島を巡る情勢は今後どう展開するのだろうか…。いつものように最悪のシナリオを想定するとすれば、日米韓と北朝鮮+瀋陽軍区の直接対決である。そうなった場合、北朝鮮、すなわち瀋陽軍区の圧勝で終わることは確実であり、空母カール・ビンソンを中心とする第1空母打撃群は、一瞬にして海の海蘊となる。なぜ、そう断言できるのかと言えば、アメリカの兵器は高いだけで、役に立たない代物ばかりだからだ。そのような事態に陥ったのも、ソ連の崩壊で冷戦が終結して以降、アメリカに驕が生じたためである。そのため、今や陸海空(宇宙含む)にわたる軍事力競争においては、すっかりロシアと中国に水をあけられてしまっているのが現実だ。だから、米軍が軍事行動を起こし、北朝鮮(瀋陽軍)に完膚無きまでに叩きのめされるという、〝最高〟のシナリオを期待している。

【別報】
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東京新聞に掲載された乳酸菌に関する大図解


いつものバターン
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昨日、東京新聞(夕刊)の第一面を開いたところ、「米、シリアにミサイル攻撃」という大見出しが目に飛び込んできた。「アサド政権が毒ガスを用い、女性や子ども、美しい赤ん坊まで殺害した」、「テロリズムを終わらせる」、「多くの一線を越えた」といった、一連のトランプ発言を目にした人たちは、やがてトランプ発言を〝真実〟として受け容れていく…。そうしたいつもの〝誘導〟パターンが、ここでも繰り返されているのが分かる。

しかし、本当のところはどうなのか? これは、飯山一郎さんのHP記事、「今回のミサイル攻撃は,跳ねっ返りの戦争屋軍人の無茶苦茶な無理筋だ」にあるとおりだ。

飯山さんの記事を読み、何が何でもカラー革命をシリアでも成功させたいという、「跳ねっ返りの戦争屋軍人」の意気込みを感じるのだが、このカラー革命のルーツを知る上で格好の書籍が、レーニンの著した『何をなすべきか』であるとは、掲示板「放知技」の常連の一人、堺のおっさんの言である。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16057898/485/

堺のおっさんが紹介している『何をなすべきか』、残念ながら目を通したことはないが、レーニンの横顔の一部を栗本慎一郎が、自著『パンツを脱いだサル』(現代書館)で描いており、同書に目を通して思うところがあったので、亀さんも記事にしたことがある。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-651.html

栗本は人間について、「戦争と殺戮に快感を覚える生き物」と喝破しており、そうした人間の性(さが)を念頭に、今回の米軍によるシリアへのミサイル攻撃、そして「跳ねっ返りの戦争屋軍人」の思考パターンなど、いろいろと思索するのも一興である。

さて、再び東京新聞に目を転じてみよう。ロシア側の発言は、「根拠のない非難」と書かれているだけである。これは、東京新聞もネオコン派の新聞なので、当然と言えば当然の話なのだが、何故にロシアが「根拠のない非難」とするのか、スプートニク紙にも目を通すことで、思考のバランスを取っておくことが大切である。すると、以下の記事に目が行くはずだ。
デイリーメール 2013年の米国のシリアへの化学攻撃計画についての記事を削除

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これで、今回の米軍によるミサイル攻撃も、カラー革命の一環であることが納得できよう。なお、デイリーメールだが、ネットゲリラも自身の記事、「糖尿まっしぐら」で同紙を引用していたので、ついでに紹介しておこう(嗤)。それから、ネオコン派政治家の石破茂も登場していた(爆)。

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洞察歯観のすすめ(21)
1ヶ月ぶりに歯科&音楽ウォッチャーさんからメールが届く。今回は高血圧についての貴重な情報なので、参考にしていただきたい。なお、拙ブログでも〝薬害〟については、「〝最後〟の同窓会」という記事を書いている。また、一昨年の6月、飯山一郎さんの講演会(東京)に出席した時、講演が始まる前に飯山さんが小さな箱を机の上に置き、「降圧剤を持っている人は、今すぐこの箱に入れてください!」と、大声で呼びかけておられたのを思い出す。

それにしても、歯科&音楽ウォッチャーさんのユニークな発想、どこから来ているんだろうか…。

森友石鹸オペラは昼の時間帯だけでなく朝から夜まで炎上集客リズムに乗って大ヒット垂れ流し上映中。あちらこちらで炎上して、全国的に炎上交際の輪が広がっているのかも知れません。
事務所の近くにあるファミレス座においても、森友に始まり、家族が、学校が、仕事が等々、怒り・ストレスをため込んだ心の炎と血圧を燃やしております。面白いことに、あちらこちらからのボックス席から湧き上がる声を聞いていると、ファミレス座に集う喋くり族は、フーガ(遁走曲)スタイルのようで・・・対話に弾みがつき、徐々に興奮高まり、相手が話し終わらぬうちに話し始めてしまう。気持ちが突っ走って、考える先に口が出てしまう・・・といったストレッタ(追迫)をもって、ファミレスワイドショーがクライマックスへ。
病院も、いろいろな演奏スタイルを考案しては患者狩り・・・いや、真心サービスに心血を注いでいるようで。ファミレス座を後に、血圧が燃えているところで検診など病院へと足を運ぶ。すると、
「血圧・・かなり、高いですねぇ」
などと言われ、更に、
「高血圧症というのは、脳梗塞。心臓病・・・など命にかかわる合弁症の原因になるんですよ!」
と、優しく冷たい表情で脅しのアリアを聞かされた挙げ句、
「血圧を下げる薬を出しますから、今日から薬を飲んでください・・・」
顔を背けたままカルテに何やら書き込み、スタッフに渡し、受付で会計を済ませ薬の入った分厚い福袋を受け取るその時、診療室の奥から医師が、少々大きな声で、
「薬、ちゃんと飲んでください!」と声をかける。
すると、医師からバトンを受け取るように、受付の女性スタッフ二人が少しの間をおいて、
「薬、ちゃんと飲んでくださいね」
「忘れず、飲んでください。お大事に」
落ち着いた声と、明るいトーンのツイン・ヴォーカルで患者を送る。
医師と受付スタッフは、カノン(輪唱)スタイルで患者の心にプレッシャーをすり込む。
今宵は、いつもの如く、いつものスチャラカ・メンバーが集い事務所宴会をしております。

信州の酒が美味いか!秩父の酒が美味いか?森友事件から始まり、昭和ホームドラマ~高血圧へと話題が流れ、そして今、どこの酒が美味いか・・・と揉めてます。
揉めている間に、高血圧の話題を・・・もう少し。カノン・スタイルの医院に通っているのは、信州の酒が好みだという、スチャラカ・メンバーのMさん。
Mさんは自宅近くの医院(親の代からの近所づきあいで、今はかたち程度に付き合っている)で検診を受け、高血圧と言われ、何度か通っては福袋を受け取っているものの、袋の中身を口にしたことはない。
Mさんに言わせると、
「おけつが、高い!は、医者の殺し文句。降圧剤は、認知症、インポ!にするための特効薬」
(おけつ・・・とは、お血=血圧のことで、これはMさん独特の言い回し。Mさんの身近に薬に関わる仕事をしている人がいるようで・・・)
高血圧をネタに降圧剤をもって薬漬けにする行為を、Mさんは、「おけつ狩り!」と呼んでおります。
Mさん推薦の本が二冊あります。これは、事務所にも置いてあるのですが、手にする人皆、興味津々。目を皿のようにして読んでおります。特に男性は読み進めながら、ついつい股間に手を伸ばしたくなるような・・・。

一部、内容を紹介しておきます・・・。
その一冊目。岡本裕 著「9割の病気は、自分で治せる」
高血圧にふれて。
「脳梗塞や脳卒中、心筋梗塞の原因になるということで、散々言われてきた、高圧症や高脂血症についても、長寿の人に高めの人がけっこういて、従来の理論を覆す現象が見られる。健康診断で血圧が高いといわれ、降圧剤を飲むようになってから体調が悪くなってしまった人もいる。

血圧が高くなるのは、細胞の隅々まで過不足なく血液を送り届けて、末端の汚れた血液を回収しようとする体の自然な営みです。高齢になり血液が細くなると、血圧が高くなるのは当然で、それを薬で無理矢理下げようというのですから、体だって悲鳴を上げてしまう。血圧を無理矢理一気に下げてしまうと、全身の血の巡りが悪くなり、酸素や栄養素が細胞の隅々まで運ばれないだけでなく、二酸化炭素などの老廃物も細胞から回収しにくくなってしまう。その結果、不眠になったり食欲が低下したりして元気がなくなり、人によっては、ボケ(認知症)症状が出てしまうことがある。

血圧が高めの人は、就寝中に足を少し高くして寝たり、足首を上下に動かしたり、あるいはふくらはぎをマッサージして、滞りやすい膝からしての血流を良くしてあげるだけでかなり改善します。また、腹式呼吸も交感神経が優位になって血管が広がるので血圧を下げる効果がある。上に血圧が180以下を保っていルようであれば降圧剤は不要。

現在、高血圧症と診断される基準は国際高血圧学会が決めたもので、日本の厚生労働省もこの基準を採用している。それによると、65歳未満は、上の血圧(収縮血圧)129以下、舌の血圧(拡張期血圧)84以下として、65歳以上は、上が139以下、下が89以下が正常で、これより高いと高血圧症と診断されてしまいます」
そして、二冊目。ロバート・メンデルソン 著 弓場 隆(訳)「こうして医者は嘘をつく」
メンデルソンは、降圧剤について、

「それほど危険でない治療法で十分な効果をあげられる病気に対しても、多くの新薬が開発され処方されている。降圧剤が開発されたときも、それまでこの種の薬がなかったのですぐに人気が出た。おかげで医者は高血圧症の患者に生活改善を呼びかける必要がなくなった。降圧剤の処方を書き、それを服用するように患者に指示すればいいからだ。おまけにテレビやラジオ、雑誌で製薬会社が降圧剤の宣伝をしている。医者は、高血圧症の唯一の治療法は降圧剤の服用ですと大勢の人を洗脳するばかりで、この薬の副作用については警告しようとしない。もちろん、医者は降圧剤の副作用についてよく知っている。降圧剤の副作用を抑える薬の広告が医学雑誌にいっぱい載っているからだ。降圧剤の副作用を列挙しよう。発疹じんましん 光線過敏症 めまい 胃弱 筋肉のけいれん 血管の炎症 皮膚のひりひりするような刺激 関節炎 精神障害 意識障害 集中力の欠如 ひきつけ吐き気 性欲減退 インポテンス。

ちなみに、性欲減退は、降圧剤を服用している男女両方に共通する現象だ。中年男性の間で、心理的要因ではなく降圧剤の副作用のためにインポテンスになって悩んでいる人は、かなりの数に上ると思われる。世界のどんなセックス療法をもってしても、薬物療法が引き起こす性欲減退とインポテンスを治すことができない」


酔いつぶれる前に、気になることを記しておきます。

ある田舎町に住む友人からの報告なのですが、昨年の秋口あたりから、頻繁に葬式が続いているとのこと。その友人の言によると、
「去年の10月半ばぐらいから、、やけに葬式が続いている。仕事場からほど近いところにあるOOOホールの前を通る度に、OO家葬儀・告別式と書かれた文字が目に飛び込んでくる。ここに30年以上いるが、こんなことは初めてだ・・・」
とのこと。
人工の現状分析 人口動態の特徴(国内 県内ランキング)
OO市 OO町 人口ビジョン。
「人工の変化が地域の将来に与える影響の分析。
経済・産業面での影響
環境面での影響
行政運営面での影響
公共サービス面での影響
年少人口の減少に伴う影
生産年齢人口の減少に伴う影響」
等々・・・我が町人口減少の数字の変化を確認しておくことも必要かと。


追記

安倍晋三。 大石内蔵助か多羅尾坂内か。はたまた、ミル・マスカラスか。 果たして・・・?
安倍さんは、鉄人28号かと思っておりましたが、森友狂想曲と背中合わせに聞こえてくるのは、安倍晋三・変奏(変装)曲。なのかも知れません。
それも、「性格変奏」という通好みの高度なテクニックを用いているのかも・・・。これを見分ける・・・いや、聴き感じ取るのは至難!


奇跡の金星を勝ち取った稀勢の里。次は 一番大勝負。安倍の里の出番か。

キングクリムゾン・・・「エピタフ」を聴きながら、雑魚寝です。Confusin Will be my epitaph (笑´∀`)


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驕る者は久しからず
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NHKの「SWITCHインタビュー 達人達」で、上橋菜穂子(作家)と齊藤慶輔(獣医師)の対談を見て、強く印象に残ったのでブログ記事にしようと思っていた矢先、3日前に発売された世界戦略情報誌『みち』の最新号(4月1日号)に、天童竺丸さんの「上橋菜穂子が成就した「異類婚姻譚」革命」と題する記事が巻頭言を飾った。そこで、急ぎ上橋女史が登場した同インタビューを取り上げることにしよう。

最初に、天童さんは以下のように上橋女史を評した。

上橋が放った「異類婚姻譚」における第一次・第二次の革命は上橋の作品が小説としてばかりでなく、ラジオ・ドラマや漫画、アニメ、映画の原作として使われ、多くの人々が上橋の思想に触れれば触れるほど、国民意識の深いレベルに浸透していくことだろう。


天童さんの謂う「第一次・第二次の革命」とは。具体的にどのような革命を指すのかは、直接『みち』で確認していただくとして、上原の対談相手となった齊藤獣医は、まさに動物の〝心〟を知り尽くしていることが、テレビの画面を通じて伝わってきたのである。

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さらに、「異をとなえる人間 止めようという努力」という斎藤の発言は、野生動物、殊に北海道に生息する猛禽類を滅亡に追いやっている、愚かな一部の人間に対する警鐘なのだが、そうした斎藤の姿勢は、プーチン・習近平・トランプ・安倍晋三というリーダーを筆頭とする、好戦派ネオコンと対峙する人たちの姿勢と重なるのだ。

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その後、二人の対談が単行本となって出版された。

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http://uehashi.com/blog/2017/01/switch.html

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【別報】
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昨日の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(8)。

マキアヴェリの周辺
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自宅の書架にある『世界の名著』(中央公論社)の一冊に、『マキアヴェリ』がある。巻末に発行日が昭和41年(1966年)とあるから、今から半世紀以上も前の本だ。現在、この『マキアヴェリ』を柴錬三国志とともに、毎晩少しずつ読み進めているが、昨夜、同書に挟まれていた小冊に何気なく目を通したところ、ナント開高健がマキアヴェリについて、会田雄次と対談している記事であることを知った。

その開高健だが、かつて『週刊プレイボーイ』に人生相談が1966年に登場、亀さんが特に気に入ってるのが、今東光の「極道辻説法」、柴田錬三郎の「円月説法」、そして開高健の「風に訊け」なのだ(「男が興奮する人生相談」)。

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現在、掲示板「放知技」の「飯山一郎と紳士・淑女の歓談室 -24-」で、展開されている大転換期というテーマを念頭に、会田雄次と開高健の対談記事を読み比べてみるのも一興である。


マキアヴェリの周辺

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〈対談〉
開高 健(作家)
会田 雄次(『世界の名著』第16巻責任編集)

乱世の小貴族
開高 歴史上の英雄、偉人といわれる人は、やせた小男が多いですね〔笑)、ナポレオン、ヒトラー、秀吉……。見かけによらず精力的で、しぶとくて、嫉妬心があって、陰険で、大男の肥満漢にあるとぼけたところがない。
会田 マキアヴェリも、やせた男だったでしょう。上から見おろすのと、下から見あげて謀反を企てるのとの違い、騎馬民族と農耕民族との相違でしょう。ナポレオンの小心さにも共通したところがありますね。『君主論』を書いた背後にも、偉くなりたい、自分をもっと使ってみろという気持があったと思うんです。
開高 マキアヴェリの生まれや育ちは、どうだったんですか。
会田 貴族の生まれですけれど、イタリアには貴族が多くて、マキアヴェリのばあいは日本の侍程度ですよ。
開高 いわば旗本みたいなところですか。
会田 三十石、百石といった御家人というところでしょう。マキアヴェリの息子が安物だったんです、事業をしても失敗ばかりして、だから最後はちょっと悲惨だったのではないですか。マキアヴェリのお父さんは当時一流の人文主義者と交際のあったなかなかの教養人でした。お母さんのほうも家柄はよくて、詩人で、お父さんに劣らず知性豊かな人だったらしいですね。
開高 サマセット・モームの小説に、マキアヴェリを主人公にした『昔も今も』というのがありますね。僕は昔から愛読しているんです。あの小説ですと、マキアヴェリは夫人に「おまえはいい女房だ、いい女房だ」とばかり言っていて、夫人のほうは夫人のほうで、マキアヴェリの浮気やら好色ぶりをよく知っていながら知らんふりしている。そして台所でいそいそとひばりの料理など作っている。マキアヴェリ自身には凶悪無惨なボルジアという独裁者が迫ってきて、フィレンツェをつぶしにかかろうと構えている。それを徒手空拳舌先三寸でまるめこみに、マキアヴェリは出かけ、そうしてだましたりだまされたりしながら、一方ではつまらない女を好きになって言い寄るものの、いいかげんにあしらわれて、いっこうに首尾が果たせたい。ボルジアのほうは、うまい具合にまるめこんだけれども、女のほうだけはいかんともしがたくて、あげくの果てに、自分がばかにしていたお供の青年にしてやられて、子供までつくられる。しかし、フィレンツェは無事だったと家に帰ってくる。それで、おれもちょっと政治生活に退屈したといって、楽しみのために小説を書いてみようかと思うのだよ、ひばりの料理を食べながらね(笑)。考えてみれば、このひばりも気の毒なもので、さんざん歌ったあとで食われてしまうんだなというようなことを言うと、夫人が横から、あなたの心に通ずる道は胃袋を通っているんですからねとかなんとか言う。友だちはそのマキアヴェリの希望を聞いて、とびあがって驚いて、自分の楽しみのために小説を書くなど、批評家にどんなことを言われるかわからない。するとマキアヴェリはひばりを食いながらせせら笑って、あの連中は、いつも楽しんだあとで文句を言うのが商売なんだ。古来自分の楽しみのため以外に書かれた傑作ってあるか。ベトロニウスの『サチュリコン』がなんのために書かれたか、よく考えてみろ。いい例ではないか。おれは小説を書くんだ――というので、そこで幕切れになっていますね。結局マキアヴェリ自身がマキアヴェリズムにやられてしまうという通俗的な皮肉もたいへん気がきいているし、僕はやはり非常に成熟した知性を感じますね。モーム独特の目が生きているわけで、政治小説の出色の作のひとつだと思うんです。日本の現代文学のなかで政治小説ということを考えると、すぐにコミュニズムとの対決、敗北、その挫折、誠実な良心の追求というようなことしかしませんけれど、僕はああいう政治小説が出てくるようになれば、そういう社会はかなり成熟したものだと思いますね。
会田 そう、それだったら日本もかなり成熟した社会になりましたね。当時のイタリアといえば、すでに成熟しきった社会だったわけで、そうした目から見たら、イギリス人にしてもフランス人にしても、わけのわからない宗教だとかイデオロギーをかついでいる猿にしか思えなかったでしょう。その点マキアヴェリはすっかり見抜いていたはずですよ。
開高 『昔も今も』では、非常に頭のよい、口先の達者な、手練手管にたけた、中年のけちんぼの好色漢、まあ男としての要素を全部備えている…(笑)。
会田 だからマキアヴェリは思想家として、あるいはドイツ、日本、つまり後進国流にいえば、道徳家、思想家としては安物だと解釈されるわけですよ。小、中学校程度の道徳思想で武装している人がそう思うのは当然でしょうが、イタリア人にとってはばかばかしいでしょうね、それは。
開高 至誠天に通ずるなどということは、けっして言わないですね。「道」を追究するという日本人の倫理意識には、いつも政治と道徳を一体化しようとするものがあって、だからユーモアが出てこない。
会田 マキアヴェリにある偽悪家的な性格にも、ルネサンス時代の、古い道徳意識に反抗しているマキアヴェリの姿勢があったからで、天然自然にそこまで成熟した、りっぱな男とも思えませんね。
開高 僕は偽善者というのは、ある意味で尊敬するときがありますね。なぜかというと、偽善というのは、つねに気を張っていなければつとまらない感情生活ですからね。これはつらいことだと思います。おそらく偽悪も同じことでしょう。使うエネルギーは同じで、ただ方向が違うだけだと思うんです。偽善にもならず、偽悪にもならず、小心翼々とした人物たちが、偉大な偽善者、偉大な偽悪者を描いてみようとか、筆の先に引っかけてみようとすると、これはつらいことですね。
会田 しかしマキアヴュリはおもしろいことに、偽善に徹した人間は尊敬してますね。ところがぼろを出すものだから怒る。偽悪者に対しても。どっちつかずをルネサンス人は軽蔑します。でも、善と知りつつ善をなさず、悪と知りつつ悪をなさない、これをいちばん軽蔑する。
開高 常住坐臥、全身目にしていなければならないわけですから、これはたまらない。
会田 ですからウェルナーという傭兵隊長が自分の胸甲に、「神、慈悲、憐欄の敵」と刻ませていたのも、そうしないと自分がささえきれたかったからだと思いますよ。

政治の芸術化
開高 当時の人民は、政治や政治家をどう見ていたんですか。
会田 将来を見通している政治家もいないし、はっきりした指導理念があるわけではないし、権力闘争に明け暮れていたわけですから、ばかにしていたでしょう。そのかわり政治に対する批判は、寸鉄人を刺すようなことばで、なかなか辛辣ですよ。しかし、それをひっくり返すまでにはならない。操縦するほうが、まだまだうわ手だったからでしょうね。
開高 そうすると、政治を道徳のひとつの形と考えないで、一種の技術、また芸術というように見ていたわけですか。
会田 それをマキアヴェリがとくに打ち出したんですね。政治と技術というよりも、ひとつの道徳や宗教から完全に独立した政治の世界だと考えますからね。世の中の常識や道徳から見れば、これ以上、上の人はないというような人が見事に失敗する。それから、非常に悪辣無惨で、こんな悪人はないというのがちゃんと君主になっておさまっている。あるいは、これは絶対信頼していいと思っていた男が、主人を裏切って殺してしまう。そうしたことをマキアヴュリは見ているんで、哲学だとか、道徳だとか、宗教だとか、そうしたものとは違った法則のようなものがあるだろう、それを見抜くぞ、見抜けたぞという自負があったのではないかと思いますね。もっともはっきりした理論体系とか、世界観の体系にまではいかない、見抜いたという感じね。命をかけて、相手と弁舌でやりとりする。マキアヴュリのうしろにはフィレンツェの興廃がかかっているんですから、じつに楽しかったでしょうね。
開高 革命家の生きがいはこれと同じでしょうね。平和になったらボヤッとしてしまいますよ。
会田 ところがマキアヴェリのかわいそうなのは、まだまだ能力があると思っていたのに、ボルジアが死んでしまって、自分を知ってくれる者はいなくなる、そして、まわりには安物の君主ばかり。しかも、その君主ですら自分を使ってくれない、呆然としたところがありますね。マキアヴュリ自身も知っていたのではないでしょうか、『君主論』がむなしい叫びのようなものであるということを。
開高 それはどういうことですか。マキアヴェリがやはり両刃の剣として恐れられていたからなのでしょうか。つまり、味方として使っている分にはいいけれど、その鋭さは、同時に敵にまわしたらこっちに切ってかかってくるものだという……。使いこなせなかったということですか。
会田 そうでしょうね。もうすこし使いこなせる者がいたらよかったのでしょうが、とほうもない人間ですから使い誤れば自分より上になりますからね。大ロレンツォぐらいだったら使いこなせたかもしれないでしょうけれど。
開高 さっき、当時の人民の、政治や政治家に対する話が出ましたが、マキアヴェリは人民というものをどう考えていたんでしょうね。
会田 これはちょっとむずかしい。共和主義者だという人と、君主政論者だという人と、人民に愛情をもっていたというのと、軽蔑していたという意見がありますからね。やはり矛盾していたのではないでしょうか。接していて、かわいくてしようがないというときと、この愚か者という憎しみとがあって、そのどちらともいえない。私利私欲にばかりとらわれている者にも腹が立つ。しかしそうばかにしていると、なんか偉い、こわいもので、力もあるし、民衆の英知のようなものも感じられて、どこか始末に困ったところがあったでしょうね。だからこの得体の知れない民衆をどうしようかというところが、楽しかったのではありませんか。この民衆というものの実体、むしろこれは開高さんから逆にお聞きしたいな。開高さんの『日本も三文オペラ』のように、たくましくて、どんなときでも生きていって、戦争になったら、平気で死んだ人問の死骸を剥いで、もうける。戦争になったら非常によろこんだ民衆がいたこともたしかですね。
開高 これはE・H・カーの『カール・マルクス』の結びの文句で、僕は忘れられないんですが、こう言っているんです。つまり、集団化の革命の時代を開いたのはマルクスだった。マルクスがはじめて集団というものを発見した。しかし、人間のなかには個別化の衝動というものがあって、これはすでに天性である。この個別化の革命が次にくるのだけれども、これに対しては、まだだれもなんの処方箋も書いていない、という意味のことです。それ以来これはずっと謎として残されているんですね。マキアヴュリの時代というのは個人の時代であって、集団というものはまだ発見されていなかったというのが、いちおうの通説ですね。しかし僕は、さっき会田さんがおっしゃったように、マキアヴェリは人民を一面ではたいへんに恐れていたと思いますけど。
会田 恐れていますね。プルクハルトが、ルネサンス時代は近代の雛形で、全部近代の実験例があると言ってます。といいますのは、ルネサソスの初期に、フィレンツェにチオンピの乱というのがあって、これはエソゲルスが最初のプロレタリア革命みたいなものだと言っているくらいで、ルンペン・プロレタリアと組織労働者とによる革命です。しかし惨憺たる失敗に終わった。なぜかというと、労働者のエゴイズム、それと原料を買うのも売るのも大商人のはずなのに、それを排除してしまった、つまり経営不在になったためですよ。マキアヴェリはそれを歴史上追体験していますから、人民を恐れていると同時に、これではいけないということもわかっていた。
開高 人民を決定的な要素として感じていたんでしょうね。
会田 かなり感じていると思いますよ。人心を掌握するということがいちばん大事だといっています。
開高 そのためには手段も選ばない。
会田 とにかく掌握しなければならない。それはしかし、おだてることも必要だし、なぐることも必要だし……。
開高 こっちの頭を切ったら、こっちの頭がとび出すという、ヒドラみたいな怪物のようには感じていなかったですか。
会田 それは当然でしょうね.だからそれをうわまわる、征服する。統御する力量が必要になる。知恵が要るわけですよ。それを自分はもっているんだというようなところがあったのではないでしょうか。だからそれがうまくいったときはおもしろい。当時の政治家には、混乱が多いほどおもしろがるというような、へんなところもありますからね。あまり簡単にいってしまったのでは楽しくないのですよ。大人物にぶつかるほど、その楽しみがふえる。
開高 大勝負ですからね。
会田 身ぶるいしたでしょう、恐怖と楽しさが入り混じっている。あのころは命があったら拾いものだという気がありますからね。チェリーニが言っているように、ちょっと散歩に行って、けんかして七人殺してきましたというような世界なんですから(笑)、われわれには想像できない世界ですよ。
開高 マイホーム時代にはなかなかわからないが、乱世になるとよくわかる。
会田 だからマキアヴェリのわかる人はマイホームでなしに…。
開高 治にいて乱を求むる人ですね。
会田 矛盾だらけの人間ですよ。
開高 やはり、芸術家といったらすこしあまい呼び方になりますが、芸術家にも非常に悪魔的な芸術家もいますから、そうした意味では、マキアヴェリも天性芸術家ですね。芸術家は博奕打ちみたいなもんですから、そういう人物は、ああした混沌期でないと、生きている気がしないのでしょうね。

力の政治と組織の政治
会田 マキアヴェリは、組織の力を見抜けなかったのですね。イタリアがフランスから攻められたとき、ひとたまりもなくやられてしまう。マキアヴェリはそれを見て、どんな偉い人間がその軍隊を組織しているのかと思ったでしょう。ところがその廷臣団というのが、ぶよぶよの坊主ばかりで、コンサルタントにもたいした人物がいるわけでもない。それではシャルル八世とはよほどの人間だろうと想像していたら、これが二十四歳、まったく自分では決断のできない、猫背の神経質な男なんですね。こんなぶよぶよの廷臣団と、こんな男が軍隊を組織してどうしてこんな大軍団で遠征してこられたのか、マキアヴェリにはわからないんです。それは組織の力なんですね、絶対主義の。ところがそれが見抜けなかった。マキアヴェリは、むしろイタリアにはシャルル八世よりもはるかに偉い人物がいる。あんなできの悪い人間でも、こんな力を発揮するのだったら、もっとりっぱな君主を置くことによってどんなことでもできるのではないかと思ったのではないでLようかね。その点でしたら、同時代の歴史家だったグィッチャルディーニのほうが上だと思います。マキアヴュリの友人ですが、位置はマキアヴェリよりもちょっと高かったから、組織まで見破れる場所に遭遇できた。この点、マキアヴュリには能力がありながらチャンスがなかったわけで、かわいそうなところですよ。
開高 会田さん、かりにボルジアがイタリアを統一していたらイタリア人民はどうなっていたでしょうか。
会田 マキアヴェリの立場からいえば、よかったでしょう、その瞬間は人民も苦しかったでしょうが。
開高 話がすこし飛びますけれど、全体制、独裁制のことですが、秦の始皇帝はどうして万里の長城を作ったかということを、小説のような形で書いたんですがね。僕の野心では、現代の全体主義と相呼応するひとつの寓話みたいな形で……。そのときはまだ僕も道徳主義、センチメンタリズムがおおいにありましてね。それで始皇帝を悪の革命家みたいに扱ったんです。それから北京へ行ったとき、北京の歴史博物館を見て歩いていると、長い髭をはやした始皇帝が、大きな額におさまって、麗々しくかかげてあった。博物館の館長がいろいろ説明してくれたんですが、その説明がすべて唯物史観の階級闘争論で、納得しきれないものが多い。まあそれはいいとして、始皇帝をこんなにりっぱにかかげてあるが、僕はじつは始皇帝を小説に書いて、ヒトラーも及ばぬくらいの悪玉で、全体主義の大親玉である……というようなことを言った。そうしたら、その館長はにこにこ笑って聞いてましたが、中国では始皇帝の評価はまだ決まっていませんと言う。六年ほど前の話ですよ。悪の親玉だということはわかりますし、認めますが、同時に彼は中国史上はじめて全国統一をした政治家だった。それは中国にとって貴重なものなんだと言うんです。全国統一することは、あの膨大な大陸では、政治家の最上の美徳なんですね。それで、いかなる善政を施そうとも、全土を統一しなければだめなんだという価値観があるらしい。日本のばあいは、とっくの昔にすんでしまっていて、内戦の苦悩というものを経てきていない。兄弟殺しだとか、国内分裂の闘争のね。それでその苦悩というものは、これはなににもまさる悪なんだという意識は全然ない。純潔なんです。単一民族がひとつの政府をひっくり返してやろうか、もちこたえてやろうかという発想法だけなんです。ところがあの大陸にはごく近世まで、帝国が無数にあった。そのときになって僕は、中国史の苦悩の一端にやっと触れたような気がしました。イタリアのばあいは言語、文物、尺度が同じだったのでしょうから、ボルジアの統一を始皇帝の中国統一とは比べられないでしょうが、悪政を行なったとしても、統一は果たせたのではないかと思います。そうしたら汚名からまぬがれていくところが多かったのではないでしょうかね。

鳩と蛇の教訓
会田 ところが日本は島国で、ちょうど大きさが統一指向的で、努力しなくても統一ができた。統一というものが、どんなに必要であり、正裏なことか、日本人には全然わからない。マキヴュアリには、ボルジアだろうがなんだろうが、ここで統一しなければ、イタリアはめちゃくちゃになるだろうという見通しが十分あったわけです。この点は民衆にはわかりませんから、生活のほうばかりを大事にしている。そんなとき、この統一のためなら、もうなにをやってもよろしい。統一が最大のもの、唯一無二で、ほかの価値はまったく下だという、これがわからないのかというくやしさがあったのではないか。また、現実に統一できなかったからこそ、あとでイタリアは悲惨なことになってしまいますね。そうしたことがわからずに、ただ、道徳主義だけによってマキアヴェリをかたづけることは、たいへん一面的で危険なことですよ。僕は、マキアヴェリというのは、いわば昔の人で、毒されていないところがあるでしょう、へんな体系主義ということからまぬがれています。ですからそれは、もう一度マキアヴェリを回復してほしいのですよ。現代はニュートン物理学の時代と違って、相対性の時代なんですから、精神科学だけがニュートン哲学みたいな真理を追いかけていたのでは、どうにもならない。マキアヴェリの相対主義の上に立って……そして腰をすえてほしいと思いますね。
開高 そうね、マキアヴェリから得る教訓を、現代式に当てはめることばでむりやりに当ててみれば、鳩のごとくやさしく、蛇のごとく聡かれというほかないでしょうね。
会田 日本は、どっちかに徹する顔をしたがるからいけないですよ。極端にいえば、毒を全身に受けよということですね。
開高 無菌培養ばかりしていたら、人間はますます弱くなってしまいますからね。

(昭和四十一年九月二十八日 虎の門「福田家」にて))