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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
紅迷
中国の四大名著と言えば、『三国志演義』、『水滸伝』、『西遊記』、『紅楼夢』だ。亀さんの場合、原書(中国語)で読んだわけではないものの、『紅楼夢』を除く他の小説はすべて読破した。ちなみに、『三国志演義』は『英雄 生きるべきか 死すべきか』(上・中・下の各巻)と題した柴田錬三郎訳、『水滸伝』は陳舜臣訳、『西遊記』(上・中・下の各巻)は、村上知行訳をそれぞれ読んでいる。

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さて、拙稿「小室直樹の限界」で取り上げた『中国共産党帝国の崩壊』、久しぶりに再読し、『三国志演義』と『水滸伝』の2冊は、中国を理解する上で欠かせないと再認識した次第である。ちなみに、小室は『中国共産党帝国の崩壊』で、この2冊を以下のように評している。

三国志に通暁したらたいしたもの。中国の革命とはこんなもんだ。それがわかってしまう。p.153

三国志を心して読むと、今の中国の行く末も予測できるというものだ。p.166

日本で水滸伝が読まれるときには、単なる小説として読まれ、その思想的意味が語られることはない。
ところが中国では大きな思想的意味がある。それは、太平天国の乱との関係においてである。
p.184


また、小室は毛沢東の読書歴についても語っており、非常に興味深い内容であった。

・幼少期の毛沢東は四書(大学、論語、孟子、中庸)を徹底的に叩き込まれた。p.147~
・少年期の毛沢東の愛読書は『三国志』と『水滸伝』であった。p.150


ところで、『三国志演義』、『水滸伝』、『西遊記』の三冊は一応目を通したが、残る一冊『紅楼夢』の場合、亀さんは未だに読んでいない。そのワケは、東明社の故吉田寅二の友人であった故張明澄氏の著作に、〝『紅楼夢』は麻薬のようなモノ〟という行があったのを今でも覚えているからだ。ちなみに、張氏は東明社から『誤訳・愚訳』と『小周天』を出しており、その他に出版社は違うものの、『誤読だらけの邪馬台国』(ジアス・ブックス)、『間違いだらけの漢文』(久保書店)といった本も執筆している。それらの本は全て京都にいる息子にプレゼントしてしまったので、もう亀さんの手許にはない。

ともあれ、どの本だったか忘れたが〝『紅楼夢』は麻薬のようなモノ〟という行には、、「『紅楼夢』は中国人の間で最も人気があり、一度読み始めると、かっぱえびせんのように止まらない。読み終えても、また読み出す」、といった内容のことも、うろ覚えであるが張明澄氏の本に書いてあったのだ。だから、拙宅には父母が揃えておいてくれた、世界文学全集の中に『紅楼夢』もあるのだが、麻薬中毒になっては大変と、未だに目を通していない…(爆)。でも、モー還暦も過ぎたのだし、そろそろ読み始めてもE-かと思う、今日この頃である。ちなみに、拙宅にある『紅楼夢』は河出書房が昭和43年に出した全集で、ナント今から53年も前の本だ。しかし、中身は年月が経ったのを感じさせないほど綺麗だ。多分、酸性紙ではないからだろう。

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最後に、「アジア夢紀行」という面白そうなブログに、紅楼夢に関する記事があるのを見つけた。その中で注目したのが「紅楼夢 5」の以下の記述だ。なるほど、『紅楼夢』も毛沢東の愛読書だったのか…。

国語ブログに、この頃よく出てくる本に『紅楼夢』がある。毛沢東が好きだった本で、それを研究する『紅学』という学問もあるらしい。『紅迷』と呼ばれる熱狂的なファンもいるという。僕の中国語の若い先生は『紅学』を知らなかったけれど。『紅楼夢』ってどんなのかなと思いネットで調べると、いろいろ出てくる。本格的に読みたければ、
http://www.saohua.com/shuku/honglou/index.htm
だけれど、中国語初級だと
http://www.saohua.com/shuku/lianhuanhua/hongloumeng/index.html
がいいかなと思う。これは絵の感じといい文字の大きさといい小学校3,4年生用かなと思う。繁体字だけど、『紅楼夢』の入門解説番組がYoutubeにあります。



【追記】 『中国共産党帝国の崩壊』で印象に残った行

易姓革命が何度起こっても、社会を貫く歴史法則が変わることがない。依然として昔のまんま。p.42

中国共産党の階級的基盤はプロレタリアートではなく、農民である。
p.53

中国人の部外婚制 p.56

中国の病気の近因はスタグフレーション(不況なのにインフレが進む)、中因は人民なき人民革命、そして遠因は五千年来の中国の歴史である。p.105

「中国が汚職大国になってしまった理由」p.135

わが国では一般に、老子が道教の始祖だと思われているが、実は、そうではない。
老子の教えがそのまま道教になったのではなく、この太平道こそ、のちの道教のことのはじめなのである。
p.164

鄧小平は、毛沢東主義が内包する尖鋭なる二極的矛盾を解決せずして、毛沢東が狙っていたカリスマをたたきおとして急性アノミーを呼び出してしまった。
中国よ、どこへゆく。
p.209


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海外に口座を開く
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拍手アイコンを押した読者から、コメントが連日のように届く。拙稿がどのように読まれているのかが良く分かり、筆者としては有り難いブログ機能の一つだ。

ところで、過日「円が紙切れになる日」をアップして以来、海外の銀行で口座を開設する方法についての情報が、現地に住む日本人読者から寄せられるようになった。また、「円が紙切れになる日」を書いた亀さんは、海外の銀行に口座を開くエキスパートだと勘違いしたのか、開設方法の問い合わも来るようになった…。そこで、一つ一つに回答しようと思ったが、内容的に他の読者も関心があるテーマだと思うので、投稿者を特定できないように一部を訂正の上、以下に紹介しよう。

最初に、日本国籍を持つ我々が海外で口座を開設するとなると、いろいろと困難を伴うようだ。寄せられたコメントから、香港およびフィリピンに絞り、銀行口座を開設する方法を簡単に採り上げてみよう。最初に香港の場合…。

・ゴールド口座で最低金額が200万香港ドル(日本円で約2600万)。
・本人が銀行まで赴く。
・日本のパスポート以外に、住民票、口座残高証明書など、英語の書類。


次にフィリピンの場合…。

・低預金残高は25,000ペソ(日本円で約11,300円)
・本人が銀行まで赴く。
・日本のパスポート以外に、国際運転免許証かフィリピンの運転免許証。


亀さんはシティバンクに口座を開いていたので、海外に点在する同行のATMを自由に使えたが、ご存じのとおりシティバンクが昨年、日本から撤退してしまっている。そのシティバンクを引き継いだのが、三井住友系のSMBC信託銀行であった。そのSMBC信託銀行のキャッシュカードで、世界中の200万台のATMを使って現地通貨で引き出せる。だから、円が紙切れになるとは思っていない読者には、お勧めのキャンペーンだろう。

おっと、円が間もなく紙切れになる前提で、本記事を書いているんだったワイ…。上記の香港とフィリピンでの銀行口座開設については、ネットでも優れた情報が多いので、一度アクセスしてみるといいだろう。たとえば…。

HSBC HK(香港)で口座開設してきました
【亀さんコメント】何故か、香港の場合はHSBCがメインだ…。
フィリピンでの銀行口座開設体験記! 成功と失敗の全記録公開!
【亀さんコメント】円高の今、ペソ購入のタイミング鴨…。


一方、亀さんに銀行口座の開設方法を問い合わせてきた読者もいた…。

中国の銀行で口座を開設して円を元に替えて預金するという、飯山一郎さんが推奨する方法をいずれ採用するつもりです。しかし、今すぐに中国に行ってというわけにはいかないので、円が紙切れになる前に、日本で円を元に替えおくという手、どう思われるでしょうか?


この質問者の場合、中国に銀行口座を開設することに決めているようだが、現地に同胞の知人友人がいない個人が、いきなり外国で生活基盤を構築していくのは、かなりの困難を伴うと思うし、成功する確率も極めて低いだろう。ただ、中国の場合、飯山さんの新しい日本建国という事業に関与することを考えているのであれば、周囲との繋がりもあることから成功の確率は高い。だから、一度中国に行ってみることお勧めしたい。その上で中国に銀行口座を開設するかどうかを決めても遅くはないはずだ。また、今は円高傾向にあるので、1~2ヶ月程度の生活費を円から元に替えておくのも悪くないと思う。

実際に中国に行ってみて、別のアジアの国に切り替える場合も、中国に口座開設しておくことは強みになると思う。なぜなら、今後のアジアは中国を中心に動いていくからだ。

一方でアジア圏以外の場所、たとえばヨーロッパ圏に住みたいと考えを変えた場合、元よりもヨーロッパの通貨(ユーロやポンド)を持っていた方が便利なのだが、英国のEU脱退が決定し、さらには米露の間で揺れ動いているEUなので、ユーロの将来がバラ色とは言いがたいのだ。このあたりが、頭の痛いところかしもれない。

【追記1】
オンナ壺振り師

【追記2】
外貨預金ナビ


小室直樹の限界
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昨日は仕事を早めに終えることができたので、小室直樹の『中国共産党帝国の崩壊』(光文社)を再読してみた。読み終えた上での同書に対する感想だが、相変わらず社会科学というメスさばきには目を見張るものがあり、中国という国の本質を物の見事に抉り出してみせるあたり、敬愛する碩学の本だとつくづく思った次第である。だが、一方で学者としての小室直樹の限界が、浮き彫りになった本でもあった。

『中国共産党帝国の崩壊』が発行されたのは1989年9月30日と、今から四半世紀ほど前である。その当時の小室は書名が示すように、中国が崩壊すると予言していたわけだが、今日に至ってみれば小室の予言が外れたことは明らかである。1988年3月に発行した『ソビエト帝国の崩壊』(光文社)では、ソ連の崩壊を当てているだけに、何故に小室は中国については予言を外したのか、関心のある読者も多いことだろう。このあたりは、『中国共産党帝国の崩壊』の冒頭の小節、「中国の崩壊は中華人民共和国成立の日から始まった」を一読すれば一目瞭然なので、少々長くなるものの、以下に同小節の全文を引用しておこう。

中国の崩壊は中華人民共和国成立の日から始まった
一九四九年十月一日午後三時。毛沢東は中華人民共和国の成立を宣言した。北京、天安門上。
奇蹟。
何人も想像を絶することである。
中国革命について、スターリンは最後まで危倶をいだいていた。まさか毛沢東が革命に成功しようとは。スターリンには信じられない思いであった。
アメリカにとってもそれはまさかである。
一九四五年八月、日本軍が降伏して、第二次世界大戦が終結したとき、蒋介石の国民党軍は、毛沢東の共産軍にくらべて、いや、くらべようがないほど圧倒的に優勢であった。
兵力は四百五十万に近かった。米軍装備をもつ兵団だけでも二百万以上。
共産軍は百万そこそこ。日本軍から接収した銃剣をもっていればいいほうで、それすらもっていない貧弱武装の兵隊も多かった。
蒋介石軍は大戦中、日本軍に最後まで連戦連敗であったので、アメリカの信用を失っていた。
蒋介石ってなんて弱いんだろう。また、蒋介石の軍人と官僚が腐敗していること。これもアメリカはよく知っていた。
しかし、それにしても共産軍に負けるとは、アメリカもスターリン同様信じられない思いであった。
陸軍の兵力と装備において、比較にもなんにもならないほど優勢であっただけではない。蒋介石には空軍……近代戦においては決定的た意味をもつ……があった。共産軍には皆無。
そのうえ、アメリカは蒋介石に二十億ドルも援助をした。まさかと思ったけど念のためか。
スターリンは毛沢東に援助といえるほどのものは与えなかった。
蒋介石は正規軍であった。これに対し、毛沢東の共産軍は百姓一撲に毛が生えた程度の農民軍。
一九四九年十月一日の天安門。
毛沢東にとっても中華人民共和国にとっても絶頂。
ここまでは栄光の歴史。これ以後は崩壊の歴史。
そして、かの天安門事件。
中国観が一変した。
欧米諸国の中国に対する評価もガラリと変わったが、日本の中国評価の変わりようといったらなかった。それまで、欧米の所謂中国専門家だけでなく、その他大勢の中国ウォッチャーたちは、おおむね、中国の自由化に期待をいだいていた。
ブレジンスキー・元アメリカ大統領補佐官など、中国経済の未来に関して、今となっては想像もできないほど楽観していた。彼はなんと、中国の経済成長のスピードは、NIES諸国に勝るとも劣らないとまで予測していたのだ。もしそうだとすれば、二十年後には中国の経済力は世界第三位にはなる。そうなれば、政治の自由化にだって希望がもてよう。
笑ってはいけない。
こんな妄想をいだいていたのは、ブレジンスキーのようなオッチョコチョイだけではなかった。偉大なる外交家キッシンジャーの意見も、これとそう隔たったものではなかった。キッシンジャーは、将来における中国の軍事的脅威にとくに注目していた。人民解放軍侮りがたし、と評価していたのだ。
あの人や、この人や。
彼らの意見を正確に引用すると、少しまわりくどくなる。読みにくくもなる。
が、一言で言い尽くせば、ソ連経済はほとんど絶望的である、が、中国経済には希望がある。
こう思い込んでいる人が多かった。
そしてさらに、中国経済に余裕ができてくれば、政治的自由化も得られるであろう。
こんな図式を、当然のごとく前提にして、中国を考えている人が多かった。
鄧小平の経済開放政策は、西側諸国に、かなり大きな好意を育んできていた。
アメリカは、まだ、中国を全面的には信用してはいなかった。が、巧妙な政策を施せば少しは手懐けることができるのではあるまいか。
アメリカの対中政策は、対ソ政策とは自ずから異なったものとなってきていた。
日本の中国に対する信用の程度は、アメリカよりもずっと大きかった。日本の対中経済援助は群を抜いて第一位。大方の世論も郵小平の開放政策を高く評価していた。中国は変わった。だから、中国のためにできるだけのことをしてあげなければ。
これらの意見や態度が、天安門事件の結果、一変した。
この意味においてだけでも、ソ連のアフガニスタソ侵略にも比すべきか。古い例も思い出しておけば、スターリン批判、ハンガリー事件、毛沢東批判など。いや、これら以上の画期的事件であろう。
人民軍が人民に発砲した。人びとはこう言って戦懐した。朝野は震憾した(全世界がブルブルブル)……後に敷衍(詳しい説明)するが、この認識は実は正しくない。
ソ連は、東ドイツ、ハンガリー、チェコスロバキアにおいて人民を虐殺した。天安門事件はソ連の暴挙にもまして天地ともに許さざるところである。自国の国民を虐殺したのだから。
中国に対する評価は泥に塗れた。血に塗れた。

『中国共産党帝国の崩壊』p.14~17


若い読者には奇異に映るかもしれないが、かつての日本人の中国に対する態度は、それはもう下へも置かぬもてなしぶりであった。だから、中国のことを批判しようものなら、当時は周囲から袋叩きにあったものである。ところが、小室も書いているように、天安門事件を堺に状況は大きく変わった。

まぁ、天安門事件が境目になったという〝事実〟はその通りなのだが、〝真実〟は違う。つまり、天安門事件の黒幕に思いを致さないことには、天安門事件の〝真実〟(本質)に迫ることはできないということなのだ。そして、天安門事件の黒幕は、イラン戦争(2003年、イラク)、バラ革命(2003年、グルジア)、オレンジ革命(2004年、ウクライナ)、チューリップ革命(2005年、キルギス)、リビア内戦(2011年)、クリミア・東部紛争(2014年)、シリア内戦(2015年)でも暗躍していたのである。おっと、もう少しで肝心なことを指摘するのを忘れるところだった。それは、ソ連を誕生させたのも、この黒幕であったという〝真実〟である。
http://www.nextftp.com/tamailab/etc/warring_factions.pdf

拙ブログでは「天安門事件とは何だったのか」と題した記事を書いており、その中で亀さんは以下のように書いた。

ロシアと組んで軍事力でアメリカを圧倒し、覇権が中露に移行してしまった今日を考えるに、天安門事件の時に中国共産党の息の根を止めておくべきだったと、今頃アメリカは後悔しているのてはないだろうか…。


ここで、上記の小節に引用した小室直樹の以下の記述を思い起こしていただきたい。

ブレジンスキー・元アメリカ大統領補佐官など、中国経済の未来に関して、今となっては想像もできないほど楽観していた。彼はなんと、中国の経済成長のスピードは、NIES諸国に勝るとも劣らないとまで予測していたのだ。もしそうだとすれば、二十年後には中国の経済力は世界第三位にはなる。そうなれば、政治の自由化にだって希望がもてよう。
笑ってはいけない。
こんな妄想をいだいていたのは、ブレジンスキーのようなオッチョコチョイだけではなかった。偉大なる外交家キッシンジャーの意見も、これとそう隔たったものではなかった。キッシンジャーは、将来における中国の軍事的脅威にとくに注目していた。人民解放軍侮りがたし、と評価していたのだ。


つまり、間違っていたのは小室直樹の方で、正しかったのはブレジンスキーやキッシンジャーの方であったことが、今にして分かるのだ。だからこそ亀さんは、「天安門事件の時に中国共産党の息の根を止めておくべきだったと、今頃アメリカは後悔しているのてはないだろうか」と書いたのである。

ところで、『中国共産党帝国の崩壊』の書評を書いた、「Ddogのプログレッシブな日々」というブログは、小室直樹の中国経済の予言が外れたことについて、以下のように述べている。

小室先生は中国崩壊を予言したのが、南巡講話前であったので、予言が外れたのではない。
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/39949389.html


しかし、小室直樹の予言で外れたのは、何も中国の経済だけではない。中国の軍事についても、予言が外れたのである(今日では中露がアメリカを軍事力で圧倒するようになり、今年に入って覇権がアメリカから中露に移行した)。

ここで瞠目すべき中国についての考察は、矢部宏治氏が『戦争をしない国』に見せた以下の記述である。少々長くなるものの、中国という国を知る上で重要なので、以下に全文を引用しておこう。矢部氏の文章に、小室直樹の予見が外れたもう一つの理由が、示されているのにお気づきだろうか…。

「中国というのは近い国ですね。日本人として、中国は非常に重要な国だと思います」
「歴史的に見てみると、日本の文化というのはずいぶん中国の恩恵を受けているわけですね。中国からあるものを受け入れて、日本の文化というものが形成されてきたわけです。そういう歴史的な過程というものを十分知っておくことが、(略)これからの中国との付き合いの基本になるんじゃないかと思います」

昭和53年(1978年)8月10日/明仁皇太子殿下による夏の定例会見


地政学という言葉があります。ある国の政治的・軍事的なポジションは、主にその国のもつ地理的な条件によって決定される。そういう視点から国際関係についての研究をする学問です。そうした見方からすると、現在の日本の地政学的特徴は非常に単純です。なぜならそれは、「アメリカと中国のあいだ」と、ひとことで表現することができるからです。
かつてローマ帝国が地中海を「われらが海」と表現したように、アメリカは第二次大戦の勝利によって日本を手に入れ、そこに基地をおくことで、太平洋を「アメリカの湖」とし、唯一の超大国の地位を確立することに成功しました。
しかしその状況は、いま、大きく変化しようとしています。
私が15年前に仕事をした世界的歴史学者、オックスフォード大学の故J・M・ロバーツ教授は、大著『世界の歴史・日本版』(全10巻創元社)のなかで、こんなことを書いています。
<中国の帝政を終わらせた「20世紀の中国革命」は、フランス革命よりもはるかに本質的な意味で、新しい時代の始まりをつげる出来事でした。(大9巻)>
<世界の歴史全体から見ても、その重要性に匹敵する出来事は「7世紀のイスラム教の拡大」と「16世紀以降の近代ヨーロッパ文明の世界進出」以外には見当たりません。(第10巻)>
本当の学問がもつ方とはすごいものです。この原稿をもらった2001年、私はこの文章の意味がまったくわかっていませんでした。もしきちんと理解していたら、その後、株で大儲けすることができたでしょう(笑)。この直後から、中国の猛烈な経済成長が始まったからです。
つまりロバーツ教授は、人類の文明史全体を見わたしたうえで、現在の世界を「近代ヨーロッパ文明の時代から、新しいアジア文明の時代への転換期」と位置づけているのです。
ロバーツ教授によれば、その新しい時代の主役である中国のもっとも大きな地政学的特徴
は、西側の国境が険しい山脈によって外の世界と遮断されていることだそうです。(第5巻)
だから16世紀に突如、世界に進出し始めた西洋文明が、世界最大の経済大国である中国にアクセスするためには、東側の太平洋側から上陸するしかなかった。そのとき決定的に重要な意味をもつことになったのが、中国の東の海上に浮かぶ、南からフィリピン、台湾、沖縄、日本という島国だった。この地政学的な関係は、500年前から変わっていないわけです。
たとえば1582年、日本での布教経験をもつイエズス会の宣教師ヴァリニャーノは、当時スペイン帝国領だったフィリピンの総督に対し次のような内容の手紙を書いています。
<日本は国土が貧しく、国民は勇敢で、つねに軍事訓練を積んでいるので征服には不向きです。しかし中国における皇帝陛下の希望(=植民地化)をかなえるには非常に役に立つでしょう>(一部要約)
このように西洋文明の拡張主義者の中には、日本を使って中国を攻撃しようという勢力(軍産複合体)が昔からつねに存在する。その誘導にだけは、絶対にのってはならないのです。
中国と日本を分断し、対立させるために、これまでさまざまなトリックが考えだされてきました。その代表的なひとつがハンチントンの「8大文明説」という大ウソです。
よく考えてみてください。どうして西ヨーロッパやアメリ力、オーストラリアが全体で「西欧文明」というひとつの文明なのに、日本は一カ国だけで「日本文明」を形成しているのか。
文明とは、民族の垣根を越えて、多くの人びとが生命と社会を維持していくためのシステムのことです。はしで米を食べ、着物をオビでしめ、中国にまねて都を作った日本の、いったいどこが「独自文明」なのでしょう。
アメリカと軍事的に敵対することは、日本にとって破滅を意味します。それはすでに歴史的に証明された事実です。しかし、19世紀初頭まで、世界のGDPの50%以上はつねに中国とインドが占めていた。そして2050年のアジアのGDPも、世界の50%を占めるという推計があります。日本の未来がアジアとの経済的な融合にあることは、だれの目にもあきらかです。
だからアメリカを排除せず、彼らにも十分な利益をあたえる形で、平和的なアジアの経済発展をめざしていく。だれがどう考えても、それ以外に道はないのです。

『戦争をしない国』p.63~65


今回は小室直樹の限界という辛口の批評になってしまったが、一方で『中国共産党帝国の崩壊』は、中国の本質に肉薄できる良書でもある。よって、再来月に中国へ渡航する前に、再び同書を叩き台にした記事をアップしたいと考えている。

懐かしき寅さんワールド
拙稿「その意気です」に紹介した道友から、久しぶりに便りが届いた。半年前、その道友への返信に、亀さんは以下のような言葉を贈っている。

その意気です。新しい人生の門出をお祝い申し上げます。頑張ってください。


その後、幸い転職に成功したようで、新しい勤務先で勉強の毎日だという。今度は職人技が求められる仕事のようで、日本沈没までに達人の域に達すれば、世界何処でも潰しが効くとのことだ。だから、ここは一日でも早く、世界で通用する域に達して欲しいと思う。なぁに、サケを断ち、タバコを断ち、オンナを断てば、マァ大丈夫だ。

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その道友が、TBSの「世界ふしぎ発見」という番組で、来る9月10日に「懐かしき寅さんワールド」が放送されると教えてくれた。実は、「男はつらいよ」シリーズで唯一の海外ロケが、オーストリアのウィーンで行われている。

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その海外だが、亀さんは再来月の上旬に中国を初訪問する。最初、ウィーンに行った寅さんに倣い、亀さんも寅さんスタイルで中国に行こうとシンケンに考えたんだが、ネットで確認したところ、柴又には寅さんスタイルを実現できるグッツを売ってないことが分かった(ガッカリ…)。だから、寅さんスタイルで中国に行くのは諦め、万一日中間でドンパチということになって、現地に足留めを喰らっても大丈夫なように、アルピニスト・スタイルで行くことにした(笑)。

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二つの玉音放送 その5
■二・二六事件に見る日本の原理
小室直樹の『昭和天皇の悲劇』に、「二・二六事件を貫くパラドックスこそ日本人の根本理念である」と題した小節があり、そこに書かれている内容に驚いた読者も多かったのではないだろうか。ご参考までに、以下に同小節の結語を転載しておく。

二・二六事件を貫いているのは、人類がギリシャ以来親しんできた論理とは別世界の「論理」である。
決起軍には反乱軍である。ゆえに、政府の転覆を図った。それと同時に、決起軍は反乱軍ではない。ゆえに、政府軍の指揮下に入った。
決起軍は反乱軍であると同時に、反乱軍ではない。ゆえに討伐軍に対峙しつつ正式に討伐軍から糧食などの市況を受ける。
決起軍は反乱軍でもなく、反乱軍でないのでもない。ゆえに、天皇のために尽くせば尽くすほど天皇の怒りを買うというパラドックスのために自壊した。
この論理こそ、日本人の思想と行動とを貫く根本的理念となった。
日本人はこれ以降、かかる根本理念から逸脱したことはない。
そしてこのパラドックスこそが、昭和天皇の悲劇の源となったのである。

『昭和天皇の悲劇』p.95~96


〝日本人の根本理念〟について、このように小室による文章を読むと戸惑うかもしれないが、この〝日本人の根本理念〟なるもの、実は毎日のように我々は体験しているのだ。そうと気づかないのも、我々は呼吸している大気を意識していないように、あるいは、水中の魚が水を意識していないように、小室の言うところの日本の根本理念が、すっかり日本人の血肉と化していることの何よりの証と云えよう。

小室のように海外の大学院で研鑽を積んできた者による文章を読むに、今まで意識していなかった日本の根本理念の存在に気づくのだし、それが国外では極めて異質の理念として受け止められていることに、改めて気づかされるのである。そのあたりを悟ることができるのが、前回紹介した日本教についての動画なのだ。尤も、同動画の主テーマは宗教、それも日本教という一風変わったテーマだった。しかし、上述の二・二六事件と通底しているものがあることに、気づいた読者も多かったのではないだろうか。

以上で昭和天皇と玉音放送は一旦終えることにしたい。二つの玉音放送シリーズの後半、すなわち明仁天皇の玉音放送については、少し時間をおいて再開したいと思う。

【追補1】 『昭和天皇の悲劇』の最終小節
以下は、『昭和天皇の悲劇』の最終小節で、「昭和天皇の悲劇こそ奇蹟である」の全文引用(p.192~194)である。何等かの参考になれば幸いである。

昭和天皇の悲劇こそ奇蹟である
そこで思い起こす。
昭和天皇が戦後、地方巡幸に出られたとき、その土地土地の人は言った。「せめて陛下の口からごめんなさいのひと言が聞きたかった」
しかし、陛下は最後までそれを具体的には口にされなかった。
なぜか。
陛下が国民に語りかけているお言葉を聞けば、その気持ちがおありになる(内面ではお思いになっている)ことは火を見るよりも明らかだ。
しかも、陛下はそれを表に出さらない(外面にお出しにならない)。
内面と外面の峻別。まさにこれはパウロのテーゼではないか。
その理由を今こそあげよう。
もし、陛下が「ごめんなさい」と言ったら戦争中陛下のためにと叫んで死にたもうた英霊になんとする。
考えてもみよ。その瞬間、日本を支えてきた秩序はすべて崩壊する。
急性無秩序状態。
オヤジよりも、カミナリよりも、地震よりも恐ろしいこのアノミーが戦争直後のボロ船たる日本を襲えば、もはやその後に今日の大国・日本の千分の一の姿も見ることはできなかったであろう。
かかるところまで考えを及ばせば、陛下のとった行動はもはやキリスト並みの奇蹟としかいいようがない。
しかも、この奇蹟の意味を最後まで理解されることなく崩御あらせられた昭和天皇。
そのご無念のほどは、はたいかばかりか。
我々日本人。
昭和天皇の悲劇の上に咲いたこの奇蹟に感謝する千万の理由があろうとも、一片の非難も見出すことはない。
昭和天皇の悲劇……これこそ奇蹟である。
そして、昭和六十四年一月七日のこの日、日本人が失ったものがいかに大きかったか、年を追って強く気づくであろう。


【追補2】 さる舎人からの批評
今回の「二つの玉音放送」シリーズの前編にあたる、「昭和天皇と玉音放送」の草稿は3年前に完成していた。その草稿を2年半前にさる舎人に目を通していただいたところ、以下のような回答が届いている。

まず、世俗的な見方では亀さんの見解は間違っていない。しかし、神格天皇の世界は遙かに文字(もんじ)を超えている存在なのだ。つまり、小室直樹にせよ孫崎享にせよ、文献を有り難たる姿勢(物証主義に埋没した姿)がありありである。神格シャーマンに必要なのは畏怖心であり、畏怖を相手に感じさせるレベルに達しているのが天皇である。この畏怖こそアニミズム、シャーマニズムに繋がる。しかし、それは大変な道のりの故、世俗世界ではジャーナリズムという、「ことさきだちて」ならぬ文字という安易な世界に行くのである。そして、生まれるのが蛭子であり淡島というかたわということになる。
平成24年8月10日(金)


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1936年2月27日付『東京日日新聞』(現毎日新聞)

二つの玉音放送 その4
■立憲政治とデモクラシー
小室直樹が著した『昭和天皇の悲劇』に、「昭和天皇は、デモクラシー断念のかわりに戦争を選びたもうた」と題する小節がある。ここで、〝戦争を選びたもうた〟という文言に、目が点になった読者も多かったはずだ。よって、小室の云わんとすることを理解していただく意味で、同小節の全文を以下に引用しておこう。

昭和天皇はデモクラシー断念のかわりに戦争を選びたもうた
その顕著な一例こそが、天皇の戦争責任論である。
立憲の常道を守ることは、デモクラシーが確立されるための必要条件である。立憲の常道なくしてデモクラシーなし。
デモクラシーを欲するならば、何が何でも(死んでも)、立憲の常道は守られなければならない。
天皇は、輔弼の臣が一致して上奏したことは、たとえ意にそわぬことでも、そのまま許可しなければならない。
これぞ、立憲の常道のエッセンス。
そして、これが確立されないことには、デモクラシーは断じてあり得ないのである。
いかにも、戦前、戦中の日本にデモクラシーはなかった。
が、もし、デモクラシーを望むなら、死んでも立憲の常道は守るゾ。
この決意とその実行なくしてデモクラシーはあり得ないのである。
大東亜戦争開戦にあたっては、内閣も統帥部も、一致して対米英開戦を上奏した。
この上奏を却下すれば、勿論、内閣は総辞職のほかはない。
ことによれば、対米英開戦は避け得たかもしれない。
それとともに、日本の立憲政治はけしとんでしまう。
デモクラシーヘの道は、絶望となる。
雲山万里の彼方へ去ってしまう。
昭和十六年(一九四一年)に目前にあったのは、戦争とデモクラシー(への可能性)か、平和と専政(立憲政の蹂躙、デモクラシーの断念)か。
実に、この間の選択であった。
貴方だったら、どちらを選ぶ。
戦争は、あるいは死を意味するかもしれない。
しかし、死をも覚悟することなしに、真の自由が得られることはない。
これ世界史の鉄則である。
勿論、生命を賭しただけで自由が得られるものではない。自由への途は遠く、かつけわしい。前途に横たわる困難は多い。
しかも、生命を賭すことなしに、自由とデモクラシーが得られることは絶対にあり得ない。
マッカーサー・コムプレクスによって、この世界の鉄則は、日本人の脳裡から去ってしまった。いや、はじめから入ろうとしなかったのであった。
もし、この世界史の鉄則を知悉して(知り尽くして)いたならば、昭和天皇に戦争責任を問うなどという発想が、そもそも出て来ようがないのである。
上に論じたように、昭和天皇の戦争責任論とデモクラシー支持とは、全く両立し得ない立場である。
昭和天皇は、デモクラシーの断念のかわりに戦争を選びもうたのである。
自由を求めデモクラシーを欣求する(ひたすら願う)者は、昭和天皇を賛美する百千の理由を見出しても、戦争責任を問う一つの理由をも見出し得ないのである。
しかしながら、この事実を理解できる日本人は今や日本にはいない。そして、この無理解こそが昭和天皇の最大の悲劇につながる。
では、なぜ日本人はこの事実を認識できないのか。それはいつからはじまったのかを次に述べよう。

『昭和天皇の悲劇』p.48~51


最終行の「なぜ日本人はこの事実を認識できないのか」という小室の指摘は、次回取り上げる予定の「■二・二六事件に見る日本の原理」に、出来る範囲で答えを示しておくので、次回までお待ちいただきたい。

ところで、小室の云う「生命を賭すことなしに、自由とデモクラシーが得られることは絶対にあり得ない」、これを「言論の自由」という観点から捉えてみると、案外理解しやすいかもしれない。そこで、言論の自由についての私見を【追補】で簡単に述べておいたので、一読戴けたら幸いである。

次回は社会科学の観点から捉えた、日本人以外の人たちには摩訶不思議に映るであろう、二・二六事件について取り上げることにする。

【追補】 言論の自由
小室直樹は、「デモクラシーは命を懸けて獲得するもの」と述べた。それは、権力と対峙する時の姿勢、すなわち「言論の自由を死守する」ことにも繋がるのであり、そのため、時には死を覚悟する必要もある。幸い、還暦まで生きてきたのでもう十分であり、子どもたちも成人式を終えて親としての務めも果たし終えている身として、これからは次の世代のため、頑固親父の遺言を書き連ねていく所存。

小室直樹も『昭和天皇の悲劇』の小節「死を恐れる者に言論の自由を語る資格はない」(p.26~28)で、言論の自由についての私見を展開しているので、関心のある読者は同書を図書館などで探し、一読していただけたらと思う(残念乍ら、同書は既に絶版のため)。



二つの玉音放送 その3
■日本独特の〝空気〟(ニューマ)
3年ほど前になるが、「日本の〝空気〟」と題した記事を書いたことがある。当時の〝空気〟は、2020年に開催が決まった東京オリンピックが発生させたもので、国民の圧倒的多数が東京オリンピック開催を支持、テレビは大変なお祭り騒ぎだったことを、まるで昨日のことのように覚えている読者も多いことだろう。そうした〝空気〟に対して、亀さんは敢えて異を唱えたが、今でもその考えは変わっていない。

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そして、今回の今上陛下の生前退位を巡って、大手マスコミが世論調査を実施したところ、実に多くの国民が賛意を示したところからも窺えるように、新たな〝空気〟が発生したことが分かるのである。この日本独自の〝空気〟というものの実体だが、小室直樹は自著『昭和天皇の悲劇』(光文社)で以下のように述べている。

空気(ニューマ)が一変すれば、何人も、これに抗することなど出来っこない。
『昭和天皇の悲劇』p.102


この何人には、恐れ多いことながら、天皇皇后両陛下も含まれているのである。

再び、以下の行に目に通して欲しい。

昭和天皇は、ことあるたびに、朕は、つねに爾臣民とともにあり、と勅したもう。この勅のとおり、陛下は日本国民とともに空気(ニューマ)の中に在りたもうたのであった。
このことを、同じ空気の中に在って身動きの出来なかった日本国民の誰が非難し得よう。
天皇の「戦争責任」を論ずるときに、くれぐれも、銘記すべきことである。

『昭和天皇の悲劇』p.107


こうした日本独自の〝空気〟を理解するには、社会科学の助けを借りる必要があるのだが、そうした困難な研究を、すでに故小室直樹が行ってくれており、ここに改めて感謝の意を表したいと思う(小室直樹の行った具体的な研究内容については、『昭和天皇の悲劇』を直接参照のこと)。

なお、愚生に社会科学の大切さを教えてくれた人生の先輩として、小室直樹以外に国際コンサルティング会社IBDの石上進社長がおられる。この石上社長に指導して戴いた社会科学について、自身のメルマガに執筆したことがある。以下の拙稿の最後にメルマガのリンクを張ってあるので、社会科学に関心のある読者に一読していただけたら幸いだ。
〝お嗤い〟番組と「お笑い」番組

小室も『昭和天皇の悲劇』の中で、以下のように説いている。

「一歩の差が千里の差を生む」(丸山真男)という。丸山真男氏は、この差を理解することにこそ社会科学の神髄はあると道破した。
『昭和天皇の悲劇』p.175


今回は空気からはじまって、社会科学の話に行き着いたが、この社会科学という解析手法を昭和天皇に応用してみたところ、浮かび上がってきたのが二・二六事件である。二・二六事件は、日本人以外の人たちから見れば、あまりにも摩訶不思議な日本独自の思考・行動様式が潜んでいるのだが、このあたりを取り上げる前に、「二つの玉音放送 その1」で言及した「立憲国家であった大日本帝国」、そしてデモクラシーを次回取り上げたい。何となれば、立憲制とデモクラシーは天皇の戦争責任に深く関与するからだ。

【追補】 生前退位を巡る朝日と日経の世論調査

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http://www.asahi.com/articles/ASJ863D4CJ86UZPS002.html

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http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS11H0U_R10C16A8MM8000/

二つの玉音放送 その2
■昭和天皇の戦争責任
前稿「二つの玉音放送 その1」では、輔弼を任ずる者の存在により、昭和天皇に戦争責任はないとする小室直樹の主張を伝えたが、今回は別の角度から、昭和天皇の戦争責任について考えてみたい。再び小室の『昭和天皇の悲劇』から引用する。

窮乏しきった農山漁村の匡救をバネとして、軍部は暴走をはじめた。
そして日本は、驀地に戦争にむけてつき進む。
もはや、いかなる力をもってしても、この勢いを押し止めることなんか、出来はしない。
天皇責任を問う者、すすんでは「あの戦争は防止されるべきであった」と唱える者。
彼らは、このことを、いったいぜんたい、どう考えるのだろう。
事後に賢者になるのは容易である、といわれている。
事後も事後、半世紀もの後世になって、戦争責任論者は昭和初期における農村困窮問題にどう答えるのだろう。
あの戦争は、するべきではなかった。
では、どの時点において。
昭和16年12月の時点か。
志那事変か。
さかのぼって満州事変か。
究極にまで戦争の原因をたずぬれば、農村困窮にまでたどりつかざるを得ない。
農村の困窮を救わなくて、戦争へむけての巨大なエネルギーは発散させ得ないのである。
借問す。
あの戦争はなすべきではなかった、と論ずる者よ。昭和の初年において、農村の困窮は、いかに匡救されるべきであったのか、キミにその策ありや。もしなくんば、口を閉ざしたまえ。

『昭和天皇の悲劇』p.77~79


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<娘身売りの時代>  昭和初期・東北地方

今日、昭和天皇に戦争責任ありと主張する識者は多い。一例として、脚本家だった故笠原和夫を取り上げてみよう。笠原は自著『昭和の劇』で以下のように書いた。

裕仁が個人で何を考えていようとも、あの人は第一級の戦犯ですよ。これは間違いなく戦犯です。それは誰が見たってそうであってね。それなのに、何の処罰もされず、戦後ぬくぬくと来たということ……これは絶対に許しがたいんですね。
『昭和の劇』p.486


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もし、笠原が健在であったとしたら、この小室の問にどう答えただろうか…。小室の文章から明白なように、戦争の原因を遡っていけば、最終的には農村困窮問題に行き着くのである。

ところで、昭和天皇の戦争責任について考えるにあたり、空気(ニューマ)の存在も見落とすことはできない。次回は、この空気について取り上げてみよう。

【追補】 当時と現在
学資を稼ぐため身体を売る女学生、介護疲れによる老親殺し、生活苦による子殺し、正社員の激減とフリーターの急増等々、現代日本の暗い世相は、ある意味で昭和初期を彷彿させるものがある。昭和初期の場合、究極的に戦争の道に突き進み、誰もその流れを止めることかできなかった。

二つの玉音放送 その1
昭和天皇による昭和20年8月15日の玉音放送、明仁天皇による平成28年8月8日の玉音放送、この二つの玉音放送を取り上げる形で、「二つの玉音放送」と題し、数回に分けて書き連ねてみたいと思う。ちなみに、昭和天皇関連で中心となった資料は、昭和天皇が崩御された年と同年である、平成元年(昭和64年)2月28日に発行された、小室直樹の筆による『昭和天皇の悲劇』(光文社)、そして明仁天皇関連で中心となった資料は、平成27年7月1日に発行された、矢部宏治が著した『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館)である。最初は昭和天皇について取り上げていきたい。

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■昭和天皇の玉音放送
昭和天皇の玉音放送は〝聖断〟であったと、『昭和天皇の悲劇』に小室直樹は書いている。そこで、最初に紹介しなければならないのが以下の行である。

大日本帝国は立憲国家であった。天皇は、専制君主ではなく立憲君主であった。
ゆえに天皇は補弼する(助言し承認する)者が一致して奉上したことは、お気に召さないことでも、裁可されなければならない。
したがって、いかなる決定といえども、輔弼の任にあたる者(国務大臣、参謀総長、軍令部総長)に責任がある。
天皇に責任があるということは、考えられない。

『昭和天皇の悲劇』p.30


小室直樹の上記文章は、立憲国家であった大日本帝国、輔弼の任にあたる者の任務、そして昭和天皇の戦争責任の有無について、わずか数行の中に的確に纏めた、優れた文章と云えよう。

なお、ここで昭和天皇の玉音放送について思いを致す時、取り上げるべきは「聖断」である。何故に玉音放送が「聖断」なのか、そもそも、小室直樹が言うところの「聖断」とは如何なるものか…。ここで、敢えて小室直樹の「聖断」を定義するとすれば、以下のようになると思う。

輔弼の任にあたる者が不在だった二・二六事件の時、そしてポツダム宣言の受託か本土総決戦かを巡って、輔弼の任にあたる者の意見が対立した時、立憲政治を護るため、昭和天皇による天皇大権が発動された。これを以て昭和天皇の「聖断」とする。


以降、この小室直樹の「聖断」の定義に従うことにするが、では、第二次世界大戦開戦の昭和天皇の詔は、何故に聖断と言わないのか…。それは、開戦時は輔弼を任ずる者が総意の上、昭和天皇に上奏したからである。このように、輔弼が機能した場合、聖断とは言わないのである。

次回以降、別の観点から昭和天皇の戦争責任について、取り上げることにしよう。

円が紙切れになる日
10日前になる。おもむろに東京新聞の第一面に目を通したところ、「預金紙切れに」という見出しが目に飛び込んできた。「すは、預金封鎖か!」と、一瞬思ったほどだ。以下は件の記事だが、預金封鎖を念頭に書かれた記事であることは明白だ。

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阿呆ノミクスならぬアベノミクス失敗のため、ますます日本が貧困化してきたことは、庶民であれば誰しもが肌で感じている。小泉純一郎と竹中平蔵が持ち込み、安倍晋三が再び竹中平蔵を登板させたことにより、新自由主義路線が息を吹き返したのであり、1%にも満たない富裕層はますます富み、一方で残り99%である我々庶民は、ますます貧しくなっていくというわけである。

ともあれ新自由主義の導入によって日本は、アメリカにとって体のいいATMに成り下がり、せっかく我々庶民が汗水垂らして稼いだお金を、湯水のように連中に使われているわけだ。これが他の国であれば、とっくの昔に一揆が起きていたはずである。しかし、日本人の国民性なのだろう、これだけ好き勝手なことをされても、ほとんど抵抗らしい抵抗もせずに、ひたすらじっとしているだけなのだから、やがて茹でガエルとなって逝くだろうと思って間違いない。

ここで、歴史にもしもはないとは言うものの、もし日本が多少の犠牲を払ってでも、アメリカのATMとしての役割を断ち切っていたとしたら、今頃はロシアや中国をはじめとする、他のアジア諸国のように豊かな生活が、我々を待っていたはずなのだ。

昨日、ロシアのスプートニク紙が、ロイター発と断りながらも、以下のような興味深い記事を紹介していたが、まさに東京新聞の記事を裏付ける形となった。

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日本は事実上「ヘリコプターマネー」を使用している

関連して、拙稿「日本のラテンアメリカ化?」で、『植民地化する日本、帝国化する世界』という本の書評を書いており、以下は拙稿からの一部引用である。

・「円が間違いなく暴落する理由」(p.106~)
・「ラテンアメリカの悲劇に見る日本の未来」(p.109~)

両小節とも同書を紐解いて直接確認していただくとして、最初の小節「円が間違いなく暴落する理由」」は、亀さんもその通りだと思うし、どうせ円は紙屑になるんだから、そうなる前に使い切るなり、海外に口座を開設して外貨預金をしておくなり、金銀などに替えておくといって手を打っておくべきだろう。また、同小節の以下の記述にも注目していただきたい。

すでに100兆円を超えるカネを海外に持ち出しているけど、要は円の暴落を想定して、他国の通貨や金融商品、あるいは現物資産に転化しているわけです。
『植民地化する日本、帝国化する世界』p.108~


日本円が紙屑と化することを、信じる信じないは読者の自由だが、今年中あるいは来年早々に紙屑化するという、〝最悪の推測〟を下した上で、それなりの準備をしていくのも、一つの生き方である。

【追加情報】

 ドル円は日本時間19日午前7時10分現在、1ドル=99円93銭前後で推移。直近1時間は横ばい圏での動きとなっている。過去24時間では31銭のドル安円高。ドルは18日午前9時23分に99円62銭の安値をつけている。
ドル円は1ドル99円93銭前後で推移=東京為替


ゴジラvs.自衛隊 その3
てくのぱぱさんのシン・ゴリラ漫画が完成した。
シン・ゴジラ」は必見だ!

同じくゴジラを描いた、30年前の作品も同時公開中だ。ちなみに、以下はてくのぱぱさんの最新作である。
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子どものころか…。そう言えば家の息子たちも、テレビ放送のゴジラ映画を見てからというもの、ゴジラの大ファンになった。だから、「ヨシ! 今度の日曜日に動物園へ行って、ゴジラを見よう」と、幾度か約束したものの、仕事が入ったり雨が降ったりで、未だに約束を果たしていない…。そうこうするうちに、いつの間にやら息子らは二十代に…。

子どもと言えば、仕事が一段落した昨日、録画してあった映画「奇跡」を見た。是枝裕和監督の作品だ。その他にも同監督の映画は、「歩いても 歩いても」、そして「そして父になる」の2本を大分前に見ている。映画「男はつらいよ」同様、庶民の何気ない日常を描いた映画を、亀さんは好んで見る癖があるんだが、是枝監督の場合もそうした庶民派の作品が多い。

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その「奇跡」だが、事情があって別れ別れに暮らしている、二人の男の子の兄弟を中心に展開する映画で、心温まる作品に仕上がっていた。

ところで、テレビ番組「深夜食堂」の第9話 アジの開き」に、粋な婆さん役でりりィが登場しているが、ナント映画「奇跡」にも登場、懐かしい友人にバッタリ会ったような気分になった。


世の中は、酸いも甘いも、長良川、お見事! 
………
てくのぱぱさん、ゴジラの漫画、お見事!


ゴジラvs.自衛隊 その2
前稿「ゴジラvs.自衛隊」を読んだという、ブログ友のてくのぱぱさんから以下のような便りが届いた。

残暑お見舞い申し上げます。この間「シン・ゴジラ」を見て、それをネタに久しぶりにブログを更新しようと思っていたところ亀さんに先を越されました(笑)。でも私なりの視点で遅ればせながらマンガ付でブログを更新しようと思っていますので期待せずにお待ちください。(更新完了時にはご連絡いたします。)


志波さん、読者の皆さん、〝期待せずに〟ではなくて、どのような漫画か…、大いに期待しようぜい!

てくのぱぱさん、渾身の力作を頼む
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ゴジラvs.自衛隊
現在、映画「シン・ゴジラ」が話題になっているんだが、亀さんは子どもの頃からゴジラの大のファンである。キングギドラとの闘いも思い出深いが、やはり、なんと言ってもゴジラの「シェー」だよね…、今でも脳裏に焼き付いている。これはゴジラシリーズの第6作、「怪獣大戦争」に登場するシーンで、確か小学校高学年の時、弟を連れて街の映画館で見たと今まで記憶していたんたが、先ほど「怪獣大戦争」の公開日をネットで確認したところ、1965年(昭和40年)12月19日とある。つまり、亀さんが中学生一年生の時に見た映画ちゅうわけだ…。ホント、人間の記憶なんて当てにならん。それにしても、〝いい歳こいた中学一年生〟が、子どもが見るような怪獣映画を夢中で見ていたちゅうわけで、まことにお恥ずかしい…。

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さて、この旧盆に帰省した息子が、帰省中に友人と映画「シン・ゴジラ」を見たというので、久しぶりに近所の居酒屋で酒を酌み交わしながら、同映画の粗筋を訊いてみた。特に、日本の総理大臣がゴジラに殺られるというシーンがあるという話を聞いて、流石は「シン・ゴジラ」と、思わず心のなかで喝采を叫んだ次第でR(爆)。

ところで、一足先に映画「シン・ゴジラ」を見たという読者のメールを、新井信介氏が公開していた。

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http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/07/post-222.php

その後、新井氏本人も同映画を見たようで、以下のように書いていた。

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http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/08/4.php

エッ…、「日本企業がフクイチ問題を解決…」、無理、ムリ、絶対に無理! - ( ̄^ ̄)キパッ

日本の政府や企業に、フクイチ問題を解決できるワケがない。論より証拠、事故以来5年以上も経つちゅうのに、未だにフクイチから死の水蒸気がモクモクと、タダ漏れではないか…。

ところで、現代ビジネスが面白いシン・ゴジラ論を書いていた。

『シン・ゴジラ』に覚えた“違和感”の正体〜繰り返し発露する日本人の「儚い願望」
同じ現代ビジネスが、もう一本の優れたシン・ゴジラの記事を書いている。
東京中を破壊するゴジラが、いつも素通りする場所とは? 「シン・ゴジラ」が暗示する日本のあやうさ


また、ダイヤモンドオンラインも、ユニークな視点からシン・ゴジラを取り上げていた。

もしゴジラが上陸したら?現役自衛官たちが真剣に考えてみた(上)
もしゴジラが上陸したら?現役自衛官たちが真剣に考えてみた(下)


特に秀でてたのは以下の小節だ。

防衛省はわれわれの敵」!
現場自衛官と防衛省の温度差も


 こんな調子で記者のふっかけた“架空の話”にも、制服組の現役・元職自衛官たちは、「私人の立場」と前置きをした上で事細かく質問に答えてくれた。だが防衛省本省の職員からは最後まで、具体的な話を聞くことはできなかった。

 実際にゴジラが現れた際、第一線部隊として投入される特別警備隊に所属していた隊員のひとりは、こう息巻いた。「たとえ架空の話でも、我々は想定しうる敵をどう倒すかを常に考えなければならない。それを示せない防衛省は敵だ――。安全保障は我々に任せてもらいたい」。

 防衛省が「敵」だとは穏やかではない発言だが、制服組、つまり現場自衛官と、事務方である防衛省職員のすれ違いが垣間見えた瞬間だった。脅威が迫り来れば、わが国の安全保障は待ったなしだ。新安保法制以降、その権限が縮小されつつあるといわれる防衛省と、これまでにないほど士気旺盛といわれる自衛官たちの意識の差が、この言葉に詰まっているかのようだった。

もしゴジラが上陸したら?現役自衛官たちが真剣に考えてみた(下)


亀さんは現役の自衛官の知り合いが多いのだが、ハッキリ言って…、ハッキリ言わなくても同じことだが、本当に自衛隊の〝頭脳〟に相当する、トップの安倍首相から防衛省の幹部に至るまで、まったく現状を認識できていないのだ。一方、現場の自衛官は流石に現状をしっかりと把握している。こんな具合だから、「防衛省はわれわれの敵!」という現場の声が出るのもムリもない…。

そうした現場を預かる自衛官の凄さを物語るエピソードを一つ。最近、地位ある自衛官某と酒を酌み交わす機会があった。そして驚いたのは、ロシアと中国が軍事力でアメリカを追い越し、すでに覇権が中露に移行していることを、ナント現役の自衛官がしっかりと把握していた点である。未だに世界の軍事大国はアメリカと、頭から信じ込んでいるボンクラの何処かの国のトップとは、大違いである(爆)。

【追伸】
飯山一郎さんが以下の投稿をしてくれた。まさに、感謝感激雨霰である。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/366-367/

【オマケ】
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ゴジラの天敵・ガメラ

爺さんと中国
前稿「青年よ、荒野を目指せ04」を書いたところ、掲示板「放知技」でリスナーさんが紹介してくれた。多分、飯山一郎さんが何等かの反応をしてくるだろうと思っていたら、やはり〝想定内〟であった(爆)。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/361-363/

一読し、まさに感謝感激雨霰(あられ)。ただ、小生は招聘されるほどの者ではないので、自分でチケットを手配の上、飯山さんの都合にあわせて、今秋か来春にでも青州市を訪問したいと思っている。

ところで、「亀さん@人生は冥土に行くまで歴史の猛勉強」ということになるでしょう! 」ということなんだが、改めて青州市をキーワードに、ウィキペディアで確認してみたところ、確かに歴史の宝庫であることが分かった。ここから何が飛び出してくるのか、今から楽しみだ。さらに、緯度を確認すると、青州市が東日本同様、ナラ林文化圏に属していることを確認できた。と言うことは、青州市と東日本は地理的に、一衣帯水という位置関係にあることだ。因みに、青州市は北緯36度41分、東日本でほぼ同緯度の場所を探すと、北緯36度43分の日光市がある。

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若い頃に中尾佐助の『現代文明ふたつの源流』や、佐々木高明の『稲作以前』などを読んできた身として、青州人と東日本人は、ナラ林文化圏という同一文化圏に属しているので、言語といった面では異なるものの、人間性、すなわち気質で似通った面が多いのかどうか、是非現地で確認してきたいと思う。

なお、ナラ林文化圏と対照を成すのが照葉樹文化圏で、未だ目を通したことはないが、あるブログで佐々木高明の『照葉樹林文化とは何か』の書評を載せていた。その中にナラ林文化圏に言及した行があったので、以下に引用しておこう。

東アジアでは長江流域を境に、その南には常緑の広葉樹林帯が広がり、北側には落葉樹林帯(ナラ林帯)が広がる。日本も、西日本は照葉樹林帯に属し東日本はナラ林帯に属す。ナラ林文化における採取・狩猟型の伝統文化には、内陸森林・狩猟民型と沿岸・定着漁労民型の二つの類型がある。縄文期には、照葉樹林文化に属する焼き畑型の農業が西日本に広がっていた事が,遺跡の調査でわかってきている。
http://blog.livedoor.jp/liveokubo/archives/52083673.html


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お陰様で、冥土までの暇潰しが一つ増えた。なお、「青年よ、荒野を目指せ」同様、「爺さんと中国」もシリーズ化し、進捗状況は都度報告していくので、乞うご期待。

青年よ、荒野を目指せ04
昨日、家族と車で菩提寺へ行き、ご先祖様を見送ってきた。旧盆中の親戚や兄弟との付き合いで、仕事(翻訳)も溜まりに溜まってしまい、現在遅れを取り戻すべく青息吐息といったところだ。

さて、本日の主題「青年よ、荒野を目指せ」だが、同題名で過去3本ほど書いている。

青年よ、荒野を目指せ
青年よ、荒野を目指せ02
青年よ、荒野を目指せ03


今回、第4弾を書くことにしたのは、前稿「もう十分…」で弟の若い頃の体験について書いたが、その時に弟の話を帰省していた息子や、息子の友人も弟の話を傾けていたからだ。特に、弟の沖縄での体験談に若い彼らは腰を抜かしたようだ。息子の友達(拙稿「失敗してもいい 僕はやるを選ぶ 03」参照)は、殊の外熱心に聞き入っていたが、書物だけではなく、実際に体験することの大切さを知ったようだ。

己れの恥ずかしい体験談に熱心に耳を傾けてくれる、二十歳になったばかりの若者たちに、亀さんの弟たちは気をよくしたのか、いろいろと若者らにアドバイスを送っていた。特に弟らが強調していたのが、海外国内問わず、旅に出ることの大切さだった。このあたり、亀さんの世代の旅のバイブル・小田実の『何でもみてやろう』や、息子らの世代の旅のバイブル・沢木耕太郎の『深夜特急』シリーズ、この機会に若い読者に一読をお勧めしたい。

アラカン(還暦世代)の弟たちと、二十歳になったばかりの若者らの対話を横目で見ながら、ふと、今年の冬に放送されたTVドラマ、「スミカスミレ」の制作発表記者会見を再び思い出した。

最初に、以下は制作発表記者会見で発表された、漫画『スミカスミレ』の原作者、高梨みつばからのメッセージである。実にE-こと言っているではないか…。

若い時は若い自分が当たり前で、有り難さも感じないのですが、すみれはその有り難さを知っています。知っているからこそ、すべての出来事に感謝することができます。桐谷さんの演じるすみれの頑張りから、今の大切さを感じ取ってもらえたらと思っています。

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その後、「20歳の頃の自分にアドバイスをおくるとしたら?」というテーマのもと、出演者がそれぞれの考えを述べていたが、強く印象に残ったのが如月澄役の松坂慶子と、化け猫・黎役の及川光博の発言であった。

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松坂 二十歳の頃の自分は将来について悩み、くよくよしたり、取り越し苦労をしたりしていた…。だけど、誰もが通る道なのだから、ここは青春を思い切り楽しみ、安心してねって、言ってあげたい。

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及川 未来に不安しかなく、根拠の無い自信だけがあった…。だから、二十歳の自分には、ちゃんとデビューできるから、焦らず努力を続けなさい、と言いたいですね。

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亀さんのような還暦を過ぎた世代の場合、今や黄昏の人生を迎えているわけだが、二十歳になったばかりの若者らは、未だ〝死〟というものに実感が湧かないようで、自分の将来に悩み、「未来に不安しかなかった」(及川光博)り、あるいは「くよくよしたり、取り越し苦労」(松坂慶子)をしているのが、手に取るように分かった。しかし、松坂も語っていたように、そうした若者が抱く未来への不安は、どの若者も抱いているのであり、それよりも、今は青春を思い切り楽しんで欲しいと、つくづく思った。

無論、フクイチによる日本の終焉は、上記の息子の友人らも分かっているので、今度息子や息子の友人に会ったら、海外武者修行を強く勧めるつもりである。そして、拙稿「施設で育った私」でも書いたことだが、若者が辛うじてひとり立ちできるのも、28歳前後だと最近確信するに至ったこともあり、その意味で亀さんもあと6~7年ほど長生きして、息子たちやその同世代のために頑張りたいと思った次第である。

ところで、飯山一郎さんが「青州市にいらっしゃい」というエールを送ってくれた。堺のおっさん、すでに爺さん,紋次郎さんといった優秀な人たちなら分かるが、亀さんのような呑兵衛にも声をかけてくれるとは、流石は飯山さん、度量が広い。よしゃぁ~、オンナを断つ覚悟で、中国本土に行ってみますか…。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817377/75/


隆子 神様、仏様、キリスト様、どうかこの子の命をお助けください。

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隆子 この子の命が助かったら、私、サケでも、タバコでも、オトコでも断ちますから…。そうお祈りしとったの。

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 ほぉ、偶然だなぁ…。

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 俺もね、オンナ断ちますからって、そうお祈りしていたんだよ。

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男はつらいよ第39作 「寅次郎物語」


もう十分…
昨日は旧盆の入り、家族と車で菩提寺に行き、ご先祖様に手を合わせてきた。日に日に悪化するフクイチであるにも拘わらず、今年も再び旧盆を迎えることができたことは、滅法界嬉しい。

昨年の今頃、すなわち拙稿「日本最後の旧盆」を書いた当時、今年の旧盆を迎えられる可能性は極めて低く、少なくとも東日本の場合、梅雨明け頃には首都圏が麻痺、旧盆を迎える頃には原始生活に突入しているだろうと、〝最悪の事態〟を想定していたのだが、今のところ想定していたよりも〝軽傷〟で事は推移しており、表立って物流に大きな支障を来していないようだ。
今上陛下の〝奇蹟〟


夕方になって、正月以来久しぶりに兄弟が集まり、互いの半年間の近状報告を交わした。その後、今年も政治経済の話題で盛り上がったが、やがてお互いの健康についての話題に切り替わった。一人の弟は最近の検診で、身体のあちこちに20個以上ものポリープが見つかったと告白してくれた。

もう一人の弟の場合はさらに最悪で、検診でガンが見つかったとのこと。しかも、すでにステージ4に突入しており、医者からは余命数年と宣告されたようだ。その弟、「人生で思い残すはない」と、泰然と振る舞うのであった。何故か?

弟の場合、若い頃からギャンブルにのめり込み、ギャンブル好きが昂じて、ついにはギャンブルそのものを仕事にしてしまった男である。思い起こせば、亀さんが子どもの頃は家に麻雀卓が2台あり、父の同僚が大勢家に押しかけて来ては、ワイワイガヤガヤと卓を囲んでいたものである。そして、3人兄弟の中で最も熱心に父や父の同僚の麻雀を見ていたのが、今回ガンを宣告された弟だ。今にして思えば、そうした子ども時代の麻雀との出会いが、弟をしてギャンブルに目覚めさせたのだろう。

埼玉県所沢市の高校に進学してからの弟は、今度はパチンコにのめり込み、授業をサボっては、駅前のパチンコ店に通っていたようだ。その高校は県立高校だったが、当時は私服が認められていたこともあり、店員は高校生かどうかの見分けが付かなかった。たがら、堂々とパチンコ店に入り浸ることができたというわけだ。新台が入ろうものなら、その日の学校の教室は、どこもかしこも閑古鳥が鳴いていたという。

高校を卒業してからの弟は、海外を放浪していた愚兄の亀さんを見倣ってか、料理専門学校に通い、調理師の免状を取って卒業したかと思ったら、今度は国内放浪の旅に出た。旅の途中、京都で知り合ったという、小指のないヤーさんと意気投合、その後も一緒に旅を続け、最終目的地の沖縄に到着、すっかり沖縄が気に入ってしまった弟は、職を転々としながらも、そのまま沖縄に居座ってしまったというわけでである。

沖縄での弟は、バーテンダー、沖仲仕などを体験しているが、なかでも工事現場監督としての体験談は壮絶だ。一緒に働く本土からの男たちのほとんどは、本土に居られなくなって、沖縄に逃れてきた小指のない男たちであり、弟は連中と一緒に文字通りのタコ部屋で、寝起きをともにしたという。仕事の後は、連中と卓を囲むことも多かったようだが、流石に麻雀に強い連中が多く、そうした連中と卓を囲むことで、相当麻雀の腕を上げたようだ。そうした一癖も二癖もある連中を、二十代の頃に取り纏めてきたのだから、これは胆力がつくわけである。

弟は競馬にも狂った。競馬新聞は隅から隅まで目を通し、書き込みで新聞が真っ赤になったという。その後の弟は結婚をしたが、ナント新居は府中市の東京競馬場近くを選んでいる。

このように弟は、ギャンブルというものに、徹底的に打ち込んできたからなのだろう、ギャンブルを通じて、人生というもの、人間というものが、もう十分に分かったから、いつ死んでも悔いはない、とすら言い切るまでになった。

確かに弟の場合、ギャンブルを通じて徹底的に人生を楽しみ、さらには子どもたちが巣立ち、それぞれの人生を歩み始めたので、親としての務めは立派に果たし終えている。また、ギャンブルというものを通じて、徹底的に遊んできただけに、もう十分、いつ人生の最後の日を迎えても、悔いはないという心境に達したようだ。

だから、亀さんとしてもこれ以上弟に言うことは何もない。だが、来年は福島原発事故以外に弟らの病が重なり、再び兄弟が三人揃って次の旧盆を迎えることができるのだろうかと、ふと思った。

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今度、弟が再訪したら、臨終の山岡鉄舟が示した立ち振る舞いを描いた、『武士道―文武両道の思想』(山岡鉄舟・勝海舟共著 角川選書)、家の書架の何処かにあるはずなので、仕事が一段落したら探し出し、プレゼントするつもりだ。なお、ネットでも「山岡鉄舟の臨終の見事さ」と題した記事で、山岡鉄舟の臨終の様子が分かる。どのようにして漢(おとこ)は己れの人生終えるべきか、良き指針となるはずだ。

 えー、おばあちゃんは九十二歳の天寿をまっとうしたと
 伺っております。
 本日この七回目の法要に、かくも大勢の関係者が
 集まられるということで、個人の人柄が偲ばれます。


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 人間この世に生まれて来る時もたっった独り。
 そして、死んでいく時もたっった独りでございます。
 なんと寂しいことではございませんか。


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 天に軌道があるごとく、
人それぞれに運命の星というもを持っております。


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http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/32saku.htm


昔フサフサ、今ツルツル
今年の冬、「スミカスミレ」(全8回)という番組が放送され、拙ブログでも様々な角度から同番組を取り上げてきた。最近、放送前に行われた制作発表記者会見を見たが、なぜかカロリミットのCMを亀さんは思い出した。カロリミットのCMと言っても、すぐにはピンと来ないかもしれないが、以下を見れば思い出すカモ…。



ドーシテ、上記のCMを思い出したかというと、「スミカスミレ」の制作発表で以下のシーンがあったからだ。

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白黒写真の乙女は、20歳の時の松坂慶子で、スラリとしているのが分かるはずだ。しかし、それから40年以上も過ぎた今、ご覧のように太め(失礼!)…、つうか、ふくよかな松坂慶子にヘンシンしていた…。まぁ、それでも写真の松坂は、チャーミングだと思う亀さんであった。

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さて、主題の「昔フサフサ、今ツルツル」だが、制作発表に同席していた一人に、小日向文世がいる。小日向は1954年1月23日生まれというから、ちょうど亀さんより一歳下だ。晩婚で、二人の息子が未だに学生という点も共通している。なお、写真の若者は20歳の時の小日向である。

そして、髪の毛でも共通点があった。小日向は制作発表の場で、昔は髪の毛がふさふさしていたが、今やすっかり後退してしまったと苦笑いしていたが、実は亀さんもそうだ。だから、掲示板「放知技」で常連の一人である堺のおっさんが、リンス代わりに乳酸菌を使ってみたところ、「髪の毛が増えたような気がする」、といったカキコしていたので、早速亀さんもリンス代わりに、乳酸菌を使うようになった次第でR。今のところ、特に目立った変化はないようなんだが、諦めずに辛抱強く使い続けてみようと思っている。そして、20歳の頃のように髪の毛が蘇るという奇跡が、本当に起きたら再び報告することをお約束する。

それにしても…、乳酸菌恐るべし!

【追記 白黒写真について】
松坂慶子と小日向文世が、二十歳の時の撮った写真が白黒なのは、何もレトロ感を出すためではない。二人と同じ世代の亀さんは、当時をヨォ~ク覚えているんだが、1970年代前半あたりまでは、フィルムは白黒が普通で、カラーフィルムは高嶺の花だったのだ。だから、亀さんも日本で写真を撮る時は、専ら白黒オンリーだった。それに、松坂慶子と小日向文世も未だ売れていない頃だったから、白黒写真だったとしても別に不思議でも何でもない。

しかし、1972年3月23日に日本を脱藩して以降、二度と海外渡航など出来ないと思っていたので、一生の想い出にと、清水の舞台から飛び降りるつもりで、奮発してカラーフィルムを買ったという次第でR。

ところが今日、デジカメでカラー写真を、何十枚、何百枚と、好きなだけ撮れる時代が到来、まさに隔世の感がある。また、フィルムの現像代やプリント代も一切不要というのもスゴイ…。ちなみに、1971年3月に亀さんは工業高校を卒業しているが、卒業アルバムはオール白黒だったのは言うまでもない。

平成の木枯らし紋次郎、参上!
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掲示板「放知技」に、木枯らし紋次郎さんという凄腕の侠客が塒(とぐろ)を巻いている。大分前の話になるが、同掲示板に土足で無遠慮に乗り込んできた、佐野千遥とかいうバカセを完膚なきまでに叩きのめし、その存在感を広く世に示した漢(おとこ)だ。

亀さんは掲示板「放知技」で、紋次郎さんの発言にいつも注目しているんだが、英語は無論のこと、中国語のネット記事も自由自在に読みこなせるという抜群の語学力には舌を巻くし、さらには、佐野千遥センセーを徹底的に叩きのめして見せた、技術分野全般についてズバ抜けた知識に加えて、世界の政治や歴史についての恐ろしいまでの洞察力を、掲示板「放知技」の訪問者のために惜しみなく提供してくれている。

そんな紋次郎さん、さらには経済分野にも強いことを今日知り、腰を抜かした次第である。論より証拠、以下の紋次郎さんの投稿に目を通していただきたい。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/235/

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亀さんは小室直樹の影響を受け、分厚いサミュエルソンの『経済学』を原書で購入したまでは良かったんだが、最初の数十ページを読んだだけで、あとは積ん読で終わっている…(泣)。だから、大分前に書いた拙稿「チャートとウンコ」でも、以下のように白状しなければならないという、情けない有様なのだ。

亀さんは経済専門誌である『Forbes』の記事翻訳を数多く担当してきているくせに、未だに経済音痴なんだが…(爆)。だから、上のチャートを見てもチンプンカンプンといったところが正直なところだ。


ところで、紋次郎さんが仰せの〝あの方〟、亀さんも最近の拙稿「安西ファイル[2676.07]」で、〝あの方〟の記事の書評を安西さんにお願いしている。

安西ファイル発行後、ブログ「カレイドスコープ」が、「金を巡る世界政府と中国・ロシア同盟の見えない戦争」と題する記事を書いた。亀さんはカレイドスコープの記事を、熱心に追っているわけではないので断言はできないものの、ワンワールドvs.中露同盟という形で捉えた記事は、今回が初めてではないだろうか。そのあたりを含め、気鋭の現役エコノミストである安西さんが、同記事を読んでどのように思ったか、書評を直接お願いしたので、もしかしたら次回のまほろば会あたりで、安西さんの書評を聞けるかもしれず、聞けた場合は概要を拙ブログで公開したいと思っている。以下、カレイドスコープ記事からの抜粋である。


尤も、紋次郎さんの上記の投稿のお陰で、〝あの方〟の底の浅さがヨォ~ク分かったので、モーEーかと思っているんだが(爆)、まほろば会を通して、せっかく現役のエコノミストである大手町太郎さんや、安西正鷹さんの知己を得ているのだから、カレイドスコープ氏が書いた上記の記事、お二人はどう思っているのか、この機会に是非聴きたいという気もする…。

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 人間は…、なぜ死ぬんでしょうね…         

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 人間……?

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 う~ん、そうねえ…、まア、なんて言うかな、まア、結局ぅ…あれじゃないですかね…、あの、こう、
 人間が、いつまでも生きていると、あのー、こう、丘の上がね、人間ばっかりになっちゃうんで、うじゃうじゃうじゃうじゃ、
 メンセキが決まっているからで、みんなでもって、こうやって、満員になって押しくら饅頭しているうちに、ほら足の置く場所も
 なくなっちゃって、で、隅っこにいるヤツが『お前、どけよ!』なんてって言われると、アーアーアーなんつって海の中へ、
 ボチャン!と落っこってそいでアップ、アップして助けてくれ!助けてくれ!なんつってねェ、死んじゃうんです。
 まあ結局、そういうことになってんじゃないですかね、昔から、うん、まあ、深く考えない方がいいですよ、それ以上は…。


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http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi17.htm


寅さんの言うとおりでね、深く考えない方がE-つうことだろう…。人間が何億人増えようと、食わせていけるだけの食糧生産が可能であれば、人口爆発なんかあまり気にすることもないちゅうことだ。分かった? ビル・ゲイツのおっさん!

今上陛下の〝奇蹟〟
昨年の今頃、すなわち拙稿「日本最後の旧盆」を書いた当時、今年の旧盆を迎えられる可能性は極めて低く、少なくとも東日本の場合、梅雨明け頃には首都圏が麻痺、旧盆を迎える頃には原始生活に突入しているだろうと、〝最悪の事態〟を想定していたのだが、今のところ想定していたよりも〝軽傷〟で事は推移しており、表立って物流に大きな支障を来していないようだ。それでも、ほぼ過去一年間にわたり、〝最悪の事態〟を想定しつつ、それ相応の準備を進めてきたことは、決して無駄にはならないと確信する今日この頃である。

むろん、行ってきたのは食糧の備蓄といった物資面の準備だけではない。精神面の準備、たとえば死について真剣に考え続けてきた一年間でもあった。それだけに、明後日には旧盆を迎え、再び親戚と顔を合わせることができることの喜びは、ことのほか大きい。

前回の拙稿「平成の玉音放送」で、亀さんは以下のように書いた。

広島と長崎にそれぞれ原爆を落とされ、それが8月15日の先帝の玉音放送という聖断となったのだが、その聖断がもたらした奇蹟(詳細は『昭和天皇の悲劇』の第二部「奇蹟の陰にひそむ昭和天皇の悲劇」を参照のこと)と同等、あるいはそれ以上の奇蹟が、昨日の今上陛下のビデオメッセージ、すなわち平成の玉音放送によって、引き起こされるであろうという確信を持つに至った。


ここで、「確信を持つに至った」と書いたが、「直感的に思った」とでもした方が、より正確だったのかもしれない。そう思う理由を、近く文章化して拙ブログにアップしたいと思うが、そのためには、『昭和天皇の悲劇』の再々々読を行い、海外、とりわけロシアと中国が、どのように平成の玉音放送を受け止めたかという、確認と考察が必要となってくる。

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松本駅に到着された皇太子ご一家

そんな折、皇太子ご一家が本日の式典御臨席のため、昨日の10日に長野県松本市に到着されている。皇太子ご一家の長野ご訪問というニュースを耳にして、咄嗟に脳裏に浮かんだのが信濃の連峰、そして役小角(えんのおづぬ)であった。

その役小角だが、三峯神社を囲む鎮守の杜・秩父山地を毎日眺めている身に、三峯神社には役小角が御座すと教えてくれたのが、天童竺丸さんである(役小角は三峯神社で修行を積んでいる)。その天童さんが世界戦略情報誌『みち』(8月1日号)の「文明の原郷ツラン」に、三峯神社について以下のような興味深いことを述べていた。少々長くなるものの、一節そのまま引用しておこう。

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左より、秩父連峰、三峯神社、守護神狼

●新たな王となった英雄が同族たちの前で高らかに誓いの言葉を述べるところから引用を始めよう。
そして言うには、
「お前たちの王に私はなった。弓と盾とを手に執ろう。家紋を我らの証にしよう。蒼き狼を雄叫びにしよう。鉄の槍を林にしよう。狩り場に野馬を遊ばせよう。海と川と、太陽を旗幟に、空を砦にしよう」
と言った。(原詩九六~一〇二行)

ここで興味深いのは、「戴冠式」とも称すべき、新たに王となる神聖な儀式において、最近でこそ疎かにしているものの、われわれ日本人に非常に馴染みが深い「家紋」が登場することである。トルコ民族にとって「家紋」がどのような意味を持っていたのかは無学にして存知しないが、新王の誓いの言葉の中で「家紋を我らの証にしよう」と告げられている点を考えると、「家紋」を同じくする血族集団の結束こそが、遊牧騎馬民族の隆盛・発展の源泉であったことが推察されるのである。
また、「蒼き狼」もここで引き合いに出されている。つまり、われわれがジンギス・カンの別名として知っている「蒼き狼」は、ただモンゴル民族にのみ特有の英雄に対する尊称ではなく、テュルク系民族を含めたツラン民族一般に広く共通する「狼信仰」の表われ
と見るべきことが分かる。
例えば、突蕨は自らの民族の出自を、牝の狼と人問の男の子の交わりに求めているのである。
そして、言うまでもなく、わが日本においても、民族信仰の深層に紛れもなく「狼信仰」が横たわっており、その痕跡は大和、山城、駿河、武蔵などの古い神社の伝承に見ることができる。とくに、武蔵御嶽神社や秩父三峯神社の信仰圏の関東では、狼は神の使いとして広く信仰され、「大口真神」なる尊称を以て呼ばれている。
古代日本語、特に万葉集東歌との間にウズベク語との只ならぬ類似点を見出し、またコタツなどの生活習慣を同じくすることも勘案して両者の親密な関係を洞察したのは、初代註ウズベキスタン大使孫崎享氏の夫人孫崎紀子氏であるが、関東における「狼信仰」の奥深さもまた、ツラン民族共通の信仰の痕跡であるように思われる。
そもそも、「坂東武者」と呼ばれる武装騎馬集団がなにゆえに関東地方に特に多く発生したのか、万人を納得させるに足る研究はいまだ出ていない。言ってみれば空想的とでも言うほかない江上波夫の「遊牧騎馬民族渡来説」が確たる論証もなく独り歩きしているだけで、具体的に中央アジアのどの系統の遊牧騎馬民族が何時、どのような経路で渡来したのかについても、推測すら語られていない。
わが国中世武士団の発生は古代官牧との関連で説明されることもあるが、馬を飼育することと馬に乗って戦うことの間には密接な関係が確かにある。だが、そこには、ほんのわずかだが、決定的な飛躍がなければならない、と私は考える。
それはあるいは、かつて触れたことがある「七世紀東アジア大変動」に連動する動きだったのかも知れないが、具体的な関連を指摘する充分な準備がまだ私にはない。
ただ、わが国の歴史を主に日本列島内だけの事情で考え、せいぜい朝鮮半島や支那関内政権との関係を時に勘案するだけの「島国歴史観」では、中世末から近世まで列島全域を席捲した武士団の発生を説明することはできないという思いは強く持っている。

『みち』(通巻453号)p.13~14


陛下の平成の玉音放送が放送されたのが8月8日、その二日後、皇太子ご一家が信濃入りされた事の意義は深い。

【追記】
拙稿「平成の玉音放送」で、亀さんは以下のように書いた。

広島と長崎にそれぞれ原爆を落とされ、それが8月15日の先帝の玉音放送という聖断となった。


それに対して、聖断すなわち終戦の切っ掛けとなったのは、広島長崎に落とされた二発の原爆ではなく、今上陛下の玉音放送と同日の8月8日(1945年)、ソ連が日本に宣戦布告したことにより、先帝(昭和天皇)が日本の共産化を恐れたためとする異見もあった。それどころか、先の大戦は米国と日本の〝共同作業〟だとする記事すらあった。
長崎原爆を地上起爆させたのは江本文政か松永安左江門か?

それ以外にも掲示板「放知技」で、『天皇の陰謀』(ディビット・バーガミニ著)という、ウェブ公開の書籍を紹介してくれた親切なM・Jという御仁も登場した。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/223/

それはそれで有り難いことなのだが、何故、陛下の平成の玉音放送の直後というタイミングなのか…(嗤う)。掲示板「放知技」の以下の投稿を熟読のこと。今、我々が行わなければならないことは、今上陛下の〝平成の玉音放送〟を、世界がどう受け止めたかを正確に把握し、それに対して我々はどう応えるべきなのかについて考え抜くことこそが、今や最優先事項のはずである。なぜなら、今上陛下の〝奇蹟〟を活かすも殺すも、すべて我々の肩にかかっているからだ。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/201/

平成の玉音放送


昨日の午後3時、NHKをはじめとする民放各局で、今上陛下のビデオメッセージを放送、エアコンもない自宅の茶の間のテレビの前で、正座して静かに耳を傾ける自分がいた。その後は仕事(翻訳)の締め切りが気になっていたこともさることながら、今年最も酷暑の一日になりそうだという天気予報が頭にあったこともあり、本日の昼過ぎまでの涼しいうちに仕事に没頭、一段落した本日の夕方になって、本稿の執筆に着手した次第である。

本日の秩父他方は38℃になるとの予報だったが、佐々木(良昭)さんのブログ記事「上には上があるクウエイト極暑ニュース」にあったように、今年の中近東で観測された55℃と比べれば、当地(秩父山地)の38℃なんて可愛いものである。だが、35℃を超えたのは今日だけなのに、ここ一週間で6000人以上もの人たちが、熱中症で搬送されたというのは異常だ。これは、明らかに「ホ」の字によるものだと分かる。

さて、2011年3月16日のビデオメッセージでは、陛下の大御心を肌で感じたが、今回のビデオメッセージの場合、昭和20年8月15日の先帝(昭和天皇)の玉音放送と重ね合わせつつ、今上陛下の玉音放送に耳を傾ける自分がいた。

広島と長崎にそれぞれ原爆を落とされ、それが8月15日の先帝の玉音放送という聖断となったのだが、その聖断がもたらした奇蹟(詳細は『昭和天皇の悲劇』の第二部「奇蹟の陰にひそむ昭和天皇の悲劇」を参照のこと)と同等、あるいはそれ以上の奇蹟が、昨日の今上陛下のビデオメッセージ、すなわち平成の玉音放送によって、引き起こされるであろうという確信を持つに至った。

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だが、終戦当時の日本と比べるに、今の日本は当時と大きく異なっている。それは、先帝が御聖断を下された時点で、確かに国土は焦土と化したものの、日本を背負う日本人は確実に生き残っていた。一方、今上陛下の御聖断が下された昨日の段階で、すでに福島原発事故から5年以上が経過、その間に日本列島の住民全員が、致命的とも云える内部被曝を被ってしまっている。これが何を意味するかといえば、免疫力向上の対策を講じてきた一部の者を除き、老若男女問わず全員が時をほぼ同じくして、間もなく死に絶えるという冷酷な予測である。尤も、亀さんは「向こう5~10年のうちに、多くの同胞が死に絶える」と拙稿「若者への遺言」に書いたが、それすら見通しが甘いと指摘してきた読者がいる。これは匿名による投稿のため、本来は公開してはならない情報だが、一人でも多くの同胞に日本の現状に気づいてもらうため、敢えて以下に一部を公開すること、投稿者にはご了解願いたい。投稿してくれたのは海外滞在者で、拙稿「若者への遺言」の拍手欄にコメントをしてきた、仕事で福岡に出張した一読者である。

失礼を承知で申し上げるならば、「あと5~10年の猶予」はさらに短くなっていると、7月の福岡で痛感しました。高湿度。カビ臭さ。咳をしている人のあまりの多さ。室内の熱中症で亡くなる方の報道の多さ。。。もう皆さん忘れてしまったのねと悲しくなりました。わたくし自身も戻って来て喉の痛みから3日間発熱して寝込みました。あらびき茶&乳酸菌&豆乳ヨーグルトで防御したつもりが、ここまで体調を崩すのは初めてでした。


同様に、飯山一郎さんも以下のようにズバリ書いておられる。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/156/

以上、日本の現実を踏まえていただいた上で、改めて旧稿「天皇霊性の時代」で紹介した竹本忠雄氏の言葉を再掲させていただく。

西洋では、二〇世紀末から二一世紀初めにかけてこの文明の交代劇が起こるであろうと、久しい以前からさまざまに予告されてきていました。神を絶対者として崇めた往古の「父の時代」から、男性性の原理を中心としたイエスこと「息子の時代」へ、そして女性性が重んじられる「霊性の時代」へと移行が行われるであろうというのです。そして実際に、西洋は大変化を遂げました。
『天皇霊性の時代』p.12


この竹本氏の言葉は、掲示板「放知技」の常連の一人である、堺のおっさんの以下の投稿と深く結びつく。

覇権の移行も、振り子が行き来するようにこの東洋的極と西洋的極を
800年周期で歴史上起こっているのが事実。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15749312/996/


先を急ぐので詳しい解説は省略させていただくとして、もう一本の拙稿「この国の将来は美智子妃にかかっている」に書いた、以下の拙記述も紹介させていただく。

そうした安倍政権の危険な動きに対して、今上陛下は数々のメッセージの行間に〝反戦への思い〟を籠められてきた。そうした陛下の孤独な闘いの最大の理解者、そして最大の支援者こそが皇后陛下に他ならず、それが本稿の主題「この国の将来は美智子妃にかかっている」となった。


この愚生の記述は、堺のおっさんが書いた以下の結びの言葉と結びつくのである。

国体とは、その核が今上陛下である。国体の総体は言うまでもなく国民だ。
それは、政体のゆがみを正すとてつもないパワーを持つ。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/159/


ここで忘れてはならないのは、堺のおっさんが云うところの、「核であられる今上陛下」を陰乍らに支えておられるのが、皇后美智子様という事実である。その意味で、拙稿「この国の将来は美智子妃にかかっている」を再読、若しくは同稿で紹介した、『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』([文]矢部宏治[写真]須田慎太郎 小学館)を、日本の物流が完全に止まる前に、入手して一読されることを強くお勧めする。

安倍政権の危険な動きに対して、今上陛下は数々のメッセージの行間に〝反戦への思い〟を籠められてきた。そうした陛下の孤独な闘いの最大の理解者、そして最大の支援者こそが皇后陛下に他ならず、それが本稿の主題「この国の将来は美智子妃にかかっている」となった。
この国の将来は美智子妃にかかっている


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霊性の時代へ
本日(平成28年8月8日)の午後3時、今上陛下がお気持ちを表明されたビデオメッセージが、NHKをはじめとする民放各局で一斉に放送される。2011年3月16日に続くこと、二本目のビデオメッセージである。一本目については、拙稿「命運尽きた瑞穂の国、だが…」で触れており、亀さんは以下のように書いた。

誤解を恐れずに言えば、陛下のおことばは〝宮内庁以外〟から届いた情報を基に、いずれ日本が〝死〟を迎えることを理解された上でのものだったのだ。


拙ブログの読者であれば、「いずれ日本が〝死〟を迎える」とは、何を意味しているかについての解説は不要と思うが、初めて拙ブログを訪れた読者は、上記の拙稿拙稿「命運尽きた瑞穂の国、だが…」を、一度じっくりと目を通していただきたい。

さて、数時間後に迫った〝二回目の玉音放送〟の前に、改めて読み返した旧稿が一本ある。「天皇霊性の時代」だ。執筆したのは2010年1月2日、東日本大震災から遡ること一年前、鳩山由紀夫が首相(2009年9月16日~2010年6月8日)であった時で、再び日本が主権を取り戻し、明るい未来が一瞬見えた時でもあった。だが、すぐに米国ネオコンと日本の高級官僚の巻き返しにより、敢えなく鳩山内閣は潰され、再び暗黒時代に逆戻りしてしまったことは記憶に新しい。このあたりの詳しい経緯は、矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を是非参照していただきたい。

だが、如何にネオコンや高級官僚が躍起になっても、人間を超えた時代の大きな潮流に逆らうことはできない。そして潮流の正体こそが霊性であると亀さんは確信している。ここで云う霊性については、旧稿「天皇霊性の時代」か、直に竹本忠雄著『天皇霊性の時代』(海竜社)を当たっていただきたい。

ここで再び拙稿「命運尽きた瑞穂の国、だが…」に戻るが、以下の行を改めて思い起こしていただきたい。

詳しくは、『StarPeople』誌の「飯山一郎の“新日本建国神話”」シリーズ、「◆第3話◆『新日本国建国』の方法と知恵」を参照されたい。ここに、一縷の望みが残っている。


今年の春先から飯山一郎さんを中心に、中国での事業が急ピッチで進んでいることは、飯山さんのHPや掲示板【放知技】を追っていけば分かると思うが、ここで一度立ち止まり、建国という言葉の持つ重みに思いを致すべきだ。そのためにも、掲示板「放知技」の以下の投稿に目を通して戴きたい。

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青年よ、荒野を目指せ!
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昭和と寅さんは遠くなりにけり
1995年に放送されたという、「渥美清の“寅さん”勤続25年」を見た。目を見張ったのが、画面に登場する面々の若さであった。例えば山田洋次監督、1931年生まれというから、放送のあった1995年当時は64歳(写真左)、今の亀さんと同じだ。もう一葉の写真は、現在84歳の山田監督で、21年という歳月を感じさせてくれる一葉である。

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時間をさらに遡ると、映画「男はつらいよ」の第一作の公開は、昭和44年8月とある。亀さんが高校二年生の時だ。その後の亀さんは地元の会社に就職、昭和46年に1ヶ月ほど、本社のある大阪で新入社員研修を受けている。その時iに休みの日を利用して、安芸の宮島を旅しているが、そこで初めて見た「男はつらいよ」が「奮闘篇」だった。そのあたりの詳細は、過去記事「寅さんのことば 2」に書いた。

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まさに、昭和と寅さんは遠くなりにけり…。





迫り来るのは恐怖か、文明転換の号砲か 白頭山に大噴火の兆候
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行政調査新聞が以下の新記事をアップした。
迫り来るのは恐怖か、文明転換の号砲か 
白頭山に大噴火の兆候


最初に同記事で注目すべきは、以下の行である。

米国が凋落し中国やロシアが世界政治の中心に出てくる日は、そう遠くはないだろう。だがそこに北朝鮮が名乗りをあげる可能性もあるのだ。


上記の文章は何を意味するかと言えば、北朝鮮は豊富な地下資源に加えて、不凍港である羅先港という、「第二のシンガポール、ロッテルダム」を持つことを考えれば、今年の初めに覇権国となった中露同盟に加えて、近く北朝鮮が一枚加わる可能性も、あながち否定できないということだ。

なお、今回の主テーマは白頭山であったが、以下は識者某から耳にした、白頭山に関する情報だ。真偽については読者の判断に任せる。

朝鮮の白頭山を護っているウリ集団。白頭山が噴火した時、石が十和田湖まで飛んだ。その十和田湖から持ってきた祠(道祖神)が、今日の白頭山の山頂に飾ってある。白頭山は神聖な御山である。


いのちの種、奇跡のリンゴ
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8月3日、BSジャパンのシネマクラッシュスペシャルで、「奇跡のリンゴ」が放送された。

初公開された2013年6月8日当時、同映画はかなり話題を集めていた映画だったので、映画館に足を運ぶつもりでいたのだが、仕事の締め切りを抱えていたため、結局見逃してしまったのである。だから、同映画が放送されるということを知り、忘れずに録画しておいたという次第だ。昨日仕事を終えた後、さっそく同映画の録画を観賞したが、久方に感動した映画となった。

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亀さんが阿部サダヲ演じる木村秋則氏の農法に、関心を持ったのは2010年頃だったと思う。地元に野口タネ屋という店があるのだが、店主である野口勲氏、当時は掲示板「飯能」の管理人的な存在だったので、亀さんは掲示板で野口氏と幾度か情報交換を行っている。以下は、当時の情報交換の様子を示した一部で、投稿No.296、300、そして301が野口氏。No.292と299が亀さんだ。
http://kanto.machi.to/bbs/read.cgi/kanto/1306373907/292-301

また、掲示板「放知技」でも亀さんは、「放射能地獄の日本で生き抜く方法」と題するスレッドを、5年ほど前に立ち上げている(〝サムライ〟は当時の亀さんのハンドル名)。

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亀さんが地元の野口勲氏や、『奇跡のリンゴ』の木村秋則氏に関心を持つのは、当時から多国籍企業と農薬について関心があったからだ。多国籍企業と農薬の関連性については、拙稿「御三家」で示した。ちなみに、以下の記事は木村秋則氏のリンゴと、飯山一郎さんのあらびき茶が、「無農薬」というキーワードで結び付くことを示した記事だが、その中でも、「これ、すべて乳酸菌のおかげだ」という記述に注目していただきたい。
◆2015/05/22(金)  昨年秋のカボチャが庭の片隅で…

この乳酸菌をベースに飯山一郎さんが、中国大陸で八面六臂の活躍をしておられるわけだが、その後の展開を暗示しているのが、掲示板「放知技」の堺のおっさんが放った以下の投稿だ。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15749312/805/

【追加情報】
松岡正剛の千夜千冊「タネが危ない」

「すべては宇宙の采配」 奇跡のりんご農家 木村秋則 東邦出版 [良書紹介]

いのちの種

モー、二十年…
一週間以上も前に近所の電気屋さんに頼んでおいた、ビデオプレーヤーが昨日になって漸く届いた。以前であれば、在庫に無くても2~3日のうちに届けてくれたものだが、今回は一週間以上もかかっている。何故だろうかと思い、電気屋の親父がプレーヤーのセッティング中、それとなく探りを入れてみたところ、「ホ」の字が原因と思われる、ドライバの確保が困難になってきたという点を挙げていた他、意外な所で小泉純一郎と竹中平蔵が日本に持ち込んだ、新自由主義が日本にしっかりと根を張っているのを、改めて再確認した次第である。三波春夫村田英雄ではないが、「お客様は神様です」といった、かつての日本の会社にあった企業姿勢、どうやら風前の灯火のようだ。お客様のためではなく、手前の会社を太らせることしか頭にないようで、自前の倉庫を持つという金のかかることは止め、すべてを物流業者に丸投げして経費を浮かせているのが分かった。結局、割を食うのは我々のような消費者だ。

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ともあれ、届いたビデオプレーヤーで早速録画したのが、NHKの「映画“男はつらいよ”~寅さん誕生 知られざるドラマ~」という番組であった。渥美清が旅立った1996年8月4日から、ちょうど今日で20年目を迎えたことを知った。幸い、今日の仕事も早めに終えたので、久しぶりにスクリーンの寅さんに会ってみるか…。

【お詫び】
「お客様は神様です」と言ったのは、村田英雄ではなく三波春夫だという指摘が、一読者からありました。そう言われてみれば確かにそのとおりで、この暑さで惚けたの鴨…。よって急ぎ訂正しました。申し訳ありません。

縄文の息吹
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時代が大きく揺れ動いている。たとえば、掲示板「放知技」の常連の一人である、堺のおっさんの投稿に注目されたい(赤線は亀さん)。

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西洋的覇権vs.東洋的覇権とは言い得て妙である。分かる人には分かると思うが、今年に入ってから、明らかにアメリカからロシア・中国連合へと覇権が移行している。同時に、覇権の〝〟も劇的な変貌を遂げたことを、ズバリ指摘した堺のおっさんは流石である。最後の西洋的覇権であるアメリカの戦争屋が、破れかぶれになって中露を相手にした世界核戦争という、第三次世界大戦が勃発する一抹の不安は残るものの、戦争屋が最後の砦としている日本から追い出され、さらに世界各地から追放されることで、初めて東洋的覇権の時代を迎えることになるはずだ。

また、拙稿「安西ファイル[2676.07]で言及した、安西ファイルの「お金の話レジュメ」で、亀さんが最も注目したのが「③英国でも始まった縄文化への回帰」であった。ここで、安西さんの謂う「縄文化への回帰」、実はコレ、堺のおっさんの謂う「東洋覇権」と、深く通底しているのだ。その意味で、先月の安西ファイルの「「③英国でも始まった縄文化への回帰」は実に貴重な記事であった。そして、安西さんの謂うところの「縄文への回帰」を理解する上で、キーワードとなるのが〝アラハバキ〟である。このあたりに関心のある読者は、以下の安西稿を再読されたい。
既に始まっている意識とシステムの変化

なお、安西さんが英国について言及していたが、ここで是非紹介しておきたいのが、先日NHKで再放送された、2013年制作の「超古代からの挑戦状!~縄文ストーンサークル編~」である。同番組を見ながら、英国のストーンヘンジに代表される環状列石の遺跡は、何も英国だけの専売特許ではないことを、改めて思い出させてくれた優れた番組であった。そして、英国のストーンヘンジ、日本の大湯環状列石(秋田県鹿角市)は、どちらも紀元前二千年頃と、ほぼ時期を同じくして誕生している点に注目されたい。なお、写真文集『巨石──イギリス・アイルランドの古代を歩く』(早川書房)を著した、山田英春氏の以下のブログ記事にも注目しよう。
東北探石・遺跡撮影行

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ストーンヘンジ(左)と大湯の環状列石(右)

ここまで書いて、初めて縄文の息吹を肌で感じたような気がした。そう、日本の縄文のルーツはシベリアであった。

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【参考】
女性は太陽だ!

若者への遺言
激動の世界において、今後どう生きていくべきかと悩んでいる若者に、頑固親父からの遺言を贈ろう。この機会に、一読してもらえたら幸いだ。

◎世界と日本の現状を正確に把握すること
最初に、人は生きている時代の制約を受け、人生を送り、やがて一生を終える生き物だということを、この機会に改めて思い起こして欲しい。早い話が、仮に石器時代に生まれたとしたら、自分はどのような人生を送っていたか、逆に、近い将来において第三次世界大戦規模の核戦争が勃発し、人類のほとんどが死に絶えた後に生まれたとしたら、自分はどのような人生を送っているだろうかと、頭の中でシミュレーションして欲しいのだ。要は、自分の生きている時代を知ること、これが人生計画への第一歩となる。

次に、世界と日本の現状についてだが、現在の世界最大の問題は福島原発問題であることを、ここでしっかり認識しておいて欲しい。尤も、本当の福島原発事故の惨状を理解しているのは、実際のところ日本列島に住む人たちのなかでも、ほんの一握り(総人口の1%以下)だろう。その福島原発事故から早5年が過ぎた。その間、日本列島の住民全員が致命的な内部被曝になり、老若男女関係なく、ほとんどの人が5~10年の間にバタバタと死んでいくという、冷酷な事実にしっかりと目を向けること。福島原発事故がもたらす惨禍について、信じる信じないは自由だが、肝心なのは常に最悪の事態を想定して生きていくことだ。では、具体的にどうするのか? それは、内部被曝を乗り越えられるだけの免疫力を、今からでも身につけておくことである。尤も、(過去5年以上にわたる内部被曝のため)対策を講じたのにも拘わらず、運悪く5~10年後に死ぬようなことになったとしても、それはそれで悔いのない人生を送るのだと、今から自分自身に言い聞かせ、それなりの覚悟を決めてこれからの人生を歩んでいって欲しい。ともあれ、福島原発を抱える日本列島の住民は無論のこと、お隣の東アジア、(偏西風に乗って運ばれる微粒子状の放射性物質のため)太平洋の向こう側にある北米の住民も、人生を長らえたいと望んで居るのであれば、今かでも免疫力アップに努めることが大切だ。以上の現状把握にあたり、推薦したい一冊の本がある。それは、以下の『飯山一郎の世界の読み方、身の守り方』である。

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もう一点、大局的な観点から見た世界の潮流だが、2016年冒頭に覇権がアメリカからロシアと中国に移行したことを念頭に、今後の人生計画を立てることが不可欠だ。尤も、「世界最強の軍隊を抱える国は何処か」と、現役の自衛官に尋ねたとしても、ほぼ全員が異口同音に「米国」だと間違って答えるはずだ。これは、日本および欧米のマスコミの情報にしか接してないのが原因だ。孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」ではないが、ロシアや中国といった〝彼〟のことも正しく知らないことには、偏った情報になってしまうのだし、そうした間違った情報を基に立てた、人生計画そのものに大きな狂いを生じてしまうと、覚悟するべきである。その意味で、日本語で読めるロシアの情報誌「スプートニク」、今後は機会ある毎に読み進めていくことを、この機会に強く勧めたい。

◎十代から二十代にかけて、就活中の若者に贈る言葉
平成の御代(1989年)になってから、わずか2年後の1991年に日本はバブル崩壊を迎えている。だから、戦後から平成二年あたりまでの〝昭和の就活〟は、今の時代と比べると夢のような時代だったと云えよう。たとえば、正社員で就職して退職しても、また次に就職した会社で正社員として入社できるのが当たり前の時代だったのだ。しかし、そうした昭和の就活と異なり、平成二年以降の〝平成の就活〟は年々厳しさを増してきており、今日では正社員で入社したことが、大変ラッキーという時代になってしまった…。だから、正社員として入社できる可能性が最も高い今の高校生や大学生は、こうした機会をみすみす逃すのは惜しい。8月に入っても内定が決まっていない高校生や大学生がいるが、その場合は中小企業に狙いを変えるのも一手だ。ただし、情報収集に力を入れ、昔の日本にはあった「人を大切にする会社」への就職を強く勧めたい。その意味で、一度以下の記事に目を通しておこう。人を大切にする企業とは、どういう会社か分かるはずである。
市場が3分の1に縮小しても成長し続ける会社
ところで、来年の春あたり(2017年4月)、下手をすると折角の内定を次々に取り消されるどころか、内定先の企業が次々に倒産していく、大変な時代に突入している可能性もある。そうした大変な時代を我々は生きているだと、くれぐれも忘れないこと。

◎今後の進路選択肢
・卒業してからフリーターになる
将来、人並みの生活ができない恐れが高いことを覚悟のこと。そして、最終的に路頭に迷うようなことがあったとしても、自分で選んだフリーターの道である。泣き言は絶対に言わないこと。無論、人並みの結婚や家庭生活、海外旅行、ゆとりある老後といった夢は、最初から棄てること。〝昭和の就活〟と異なり、〝平成の就活〟は一度フリーターの道を選んでしまうと、その後の人生において正社員になる可能性は限りなくゼロに近くなる。
・一般企業の内定を得て、卒業後に就職
新卒で入社するのは誰もが一生に一度だけであり、しかも正規社員として雇用される可能性が持つとも高い時だ。その意味で、一度は会社組織に身を置いてみて、組織の看板で如何に大きな仕事が出来るかを体験したり、組織の歯車の一つとして働くことの辛さなどを体験したりするのも良いかもしれない。ただし、世界は大転換期を迎えていることを思えば、生涯にわたって正規社員でいられる保証は、限りなくゼロに近いのを忘れるな!
・中国で活躍する飯山一郎さんの弟子入り
これからは中露の時代である。その意味で、飯山一郎さんの進めるグルンパ運動に参画するのも面白い。最早、敷かれたレールに乗って人生を送る時代ではないのだ。なお、グルンパ運動については、「飯山一郎のLittle HP」を参照のこと。
・起業
「寄らば大樹の陰」という諺がある。しかし、こうした諺か生きていた〝昭和の就活〟時代は、とうの昔に過ぎ去った。これからの〝平成の就活〟という時代においては、組織に頼らず、国にも頼らず、専ら己れを信じて生き、起業していくだけの気概が必要だ。
・専門技術を身につけ、フリーランスとして生きる
所謂、職人のすすめである。たとえば、翻訳業も専門技術を身につけたフリーランスの片割れである。つまり、翻訳者はノートパソコン一台があれば、日本でも海外のどこでも翻訳の仕事は可能なのだ。ただし、以下の将棋関連の記事にもあるように、翻訳者としての将来性は極めて暗い。その他、将来ライターになりたい場合も、いきなり家族を養っていくのは無理なので、最初は出版社に勤めるのも一つの手だ。
最強将棋ソフトの開発者が問う~人工知能の未来、そして人類が迫られる「価値観」の大転換

◎若者の傾向、その他
・人生を嘗めている若者
現在の高校三年生や大学四年生で、未だに内定を得ていない学生は、考え方が甘かったと言わざるを得ない。未だに内定を得ていない学生は、前述のように大きな戦略転換が必要だ。もう一度、以下の記事を再読のこと。
市場が3分の1に縮小しても成長し続ける会社
・恵まれている若者
事故などで寝たきりの生活している不運な若者某もいる。その点、大半の若者は五大満足なのだし、まだまだ無限の可能性が目の前に広がっていることを忘れるな! それから、人は28歳あたりまでは一人前ではないとする説があるので注目。28歳一人前説については、「施設で育った私」を参照。
・世間知らずな若者
若者は世間知らずである。だから、あまり天狗になるな。天狗になりそうな時は、少しでも早めに高慢ちきな鼻をへし折ってもらった方が、今後のためでもある。数年先に鼻をへし折られるようであっては、快復が一層困難となり、目も当てられないではないか…。

以上

安西ファイル[2676.07]
先月23日、世界戦略情報誌『みち』編集部において、出席者に安西ファイルが配布された。主な内容は以下の通りである。

【お金の話レジュメ】
①ネガティブ勢力の総本山・英国から世界に流出する闇
②英国のEU離脱の背景
③英国でも始まった縄文化への回帰
④スポーツ界で示されたイングランドの没落とウェールズの復活
⑤全世界を刺激する英国のEU離脱の波紋
⑥2016年秋から本格的に始まる大いなる変化

【大麻レジュメ】
①大麻合法化支持へと傾く米国の連邦政府と世論
②続々と大麻合法化を決定する米国の諸州


安西ファイル発行後、ブログ「カレイドスコープ」が、「金を巡る世界政府と中国・ロシア同盟の見えない戦争」と題する記事を書いた。亀さんはカレイドスコープの記事を、熱心に追っているわけではないので断言はできないものの、ワンワールドvs.中露同盟という形で捉えた記事は、今回が初めてではないだろうか。そのあたりを含め、気鋭の現役エコノミストである安西さんが、同記事を読んでどのように思ったか、書評を直接お願いしたので、もしかしたら次回のまほろば会あたりで、安西さんの書評を聞けるかもしれず、聞けた場合は概要を拙ブログで公開したいと思っている。以下、カレイドスコープ記事からの抜粋である。

西側は、姿を徐々に現しつつある世界政府の「信用」によって人工知能から生み出される仮想通貨を軸とした通貨システムに移ろうとしています。

反対に、あくまでも現物にこだわる中国とロシアの同盟は、金で裏付けされた通貨にこだわっています。

将来、中国・ロシア同盟と西側の世界政府との間で、本当の意味での通貨戦争が勃発するかも知れません。それは、金や銀の価値を大幅に減価してしまいかねないからです。

もし、そのとき、武力を伴う大規模な軍事作戦にまで発展することがあるとすれば、後世の人々は、ひょっとしたら、それを「第三次世界大戦」と呼ぶことでしょう。


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【連絡】
拙稿「安西ファイルの新装開店」で予めお知らせしたとおり、安西ファイルは今後、文明地政学協会で公開することになっています。よって、拙ブログで全面公開する予定はありません(天童竺丸さんの話によれば、昨年の2月に発生したソフト問題、解決に向けて取り組んでいるとのことでした)。
安西ファイルのご案内

【参照】
カレイドスコープ関連の書評記事
オンナ壺振り師