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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
亡国の響き、除夜の鐘
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今日は大晦日、今年も残り数時間となった。現在は日本の上空を偏西風が東に向かって流れているため、福島原発の放射性物質が偏西風に乗って、北米大陸へと大量に流れている。その様子を示したのが上の図で、2014年4月19日に栃木県那須塩原市で行われた、小出裕章氏の講演で使用されたものだ。講演内容を読むに、当時の小出氏はかなりマトモであったことが分かる。その小出氏も、今や福島原発で発生している濃霧を、〝海霧〟であると言い逃れをしている有様…。そのあたりの詳細は以下のブログ記事を参照のこと。
「猛毒の濃霧が連日、東京都を襲っている!」 ← このことは拡散してはいけない情報だ。だから、小出裕章も苦渋の末に「あれは海霧です!」と言って逃げた。なのに高山清洲は、敢えて注意を喚起している。漢(ヲトコ)である。

高山清洲氏で思い出したが、〝寝返った〟のは何も小出氏だけではない。一時は亀さんも注目していたブログ「カレイドスコープ」も、残念ながら最近の記事を読む限り、大分ヘンになっている。同ブログにある放射能関連のカテゴリは、「原発・放射能」と「内部被曝」の二つがあるが、高山清洲氏を罵倒した直後の5月15日に発行された、以下の記事は比較的まともであり、カレイドスコープ氏を見直したものだった。また、数年前にブログを有償化した時にカレイドスコープ氏が約束した、「我々の健康に影響がある記事は全て無料で公開する」という約束も守り、同記事は無償で公開されている。
福島で行われている御用学者による放射能洗脳セミナー

ところが、その後のカレイドスコープ氏はヘンになった。それは、カレイドスコープ氏が高山清洲氏を罵倒したあたりからだ。その引き金となったのは多分「カネ」だと、きのこ姐さんは指摘していたが、亀さんも同感だ。
言論人のフリした広告屋

その後しばらくの間、放射能に関する記事が全然出なくなったので、「アレ?」と思っていたところ、11月24日に漸く出たのが以下の記事だ。
糖尿病の激増とストロンチウム90による内部被曝との関係

放射能と絡む我々の健康問題なのに、何故か当記事は〝有償〟になっている。我々の健康に影響を及ぼす内部被曝の記事は、確か無料で公開してくれるはずだったのに…。このままでは、折角「NWO」(新世界秩序)で我々を〝啓蒙〟してきた今までの努力が、水の泡となりかねないんだが…(嗤う)。尤も、以下のようなことを書いているくらいだから、有償記事にして却って正解だったのカモ…。

まずは、病院に行って血液検査と尿検査をやってもらうことです。


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ともあれ、内部被曝について真実を書いているブログは、今やゼロに近いという現実を念頭に置き、いつ首都圏機能が麻痺しても大丈夫なように、三が日が過ぎたら本格的にサバイバルの準備をしていこう。拙稿「山窩のすすめ 02」で紹介した『新冒険手帳』を、この正月休みに目を通していただければと思う。

ところで偏西風の話を冒頭で書いたが、来年の立春は2月4日だ。その日からお彼岸(3月17日~23日)までは日増しに暖かくなっていき、偏西風が徐々に北に押し上げられ、やがて春一番が吹く。よって、その頃から秋のお彼岸あたりまでは、今まで以上に外出は控えたいと思う。毎月出席していたまほろば会も、3月のまほろば会を最後に以降は出席を控えるつもりだ。やがて秋のお彼岸を迎える頃、幸いにして首都圏が麻痺していなかったら、9月のまほろば会に再び顔を出したいと、切に願う今日この頃である。

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昭和の怪物
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本題に入る前に、以下のブログ記事に掲載されていた画像について一言。同画像で特に亀さんが注目したのは、赤線で囲んだ人物だ。過日の新国立競技場事件に続いて、ふたば未来学園高校の応援団になっていることを知るに及んで、この男の正体をはっきりと知ることができたように思う。
『福島第一原発30km圏内に開校した「ふたば未来学園高校」。子供たちの健康なんか知ったこっちゃない、ってことですね。』

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さて、本題に入ろう。拙稿「なべおさみの新刊本」で紹介した『昭和の怪物』を読了した。なべ氏の前作『やくざと芸能と 私の愛した日本人』(イースト・プレス)に目を通した身として、ハイジャック関連を除いては特に目新しい記述は無く、前書の〝二番煎じ〟的な新刊本という感が強い。

それでも、なべ氏のハイジャック体験記(同書p.274~319)は手に汗を握る内容であり、人間というものを知る意味で一読の価値はあった。特に亀さんが注目したのは以下の記述だ。

私は通路を小走りに戻った。
みんなの目が注がれた。一気に話した。
「私は決心をしました。もし、この中に犯人の仲間が居るとしても、私は犯人が出て来たら犯人と戦います。それで、私が戦った時、手助けして欲しいんです。私と共に戦ってくれる人が居たら手を上げて下さい。正直いって、コックピットは危険な状態です。ですから、皆さんを後ろのドアから脱出させます。その準備の為に、コックピットを注意しながら共に闘ってくれる人、ありませんか!」
役者であるが為に、やっと信用されて一時間を世話焼きで過ごせたのだ。
もう限界が、みんなに来ていた。
脱出しかない。
闘うしかない。
私が先頭切って戦うから、助勢して欲しいと訴えたのだ。
何となんと八本の手が上った。
「一般乗客七〇」の中から、八人の手が上がったのだ。
直ぐに義勇軍として採用だ。
「八人の侍」の誕生だった。
彼らを前方の雑誌置き場に連れていった。
「ここから雑誌を腹に入れて下さい」
私は自分の腹を割って見せた。
「人間、腹さえ守ったら、めったに死にません!」
私は、恐らく犯人は単独だと思うと伝えた。これから脱出方法を検討し、実行しようと明かした。もしドアを開いたら、何らかの反応でコックピットに知られ、犯人に感知されたらまずい。
そこをどうするかだった。
もし気付かれて犯人が出て来たら、私が責任もって戦うからと、腹の雑誌を叩いてみせた。さて、この人々だが後で判っただけでも、ほとんどが中小企業の社長さんばかりだった。こんな時、手を上げる勇気は蛮勇ではない。神勇なのだ。人知では考えることのできない勇気を言う。
まさに神勇だ。機内に、男が居てくれた。
食われるのも恐れず、幼子を守る為に角をふりかざす母親獣の姿だ。
乗客の中には大企業のそれなりの人間もいた。ひとつ違うのは、この方々は会社や組織の上の人間からの命令を受け、立派に処理出来る能力に秀でた人々だ。
一方、「八人の侍」は、小規模な会社だが、銀行の手当てや社員の事、会社の管理経営と須く己の才覚で運営しなければならない。考えて実行して、なんぼの世界だ。潰せないからだ。
その違いが全てだった。与えられた事をそつなく出来る者より、己で考えて行動している人間しか死力は出せないと知った。手を上げない理由も良く判る。上げる男も理解出来る。
しかし、事におよんで一歩踏み出せるのが、男というものなのだと考えさせられた。今でも私は、手を上げた者こそが、あの事件の中で見た男の正念場での所作であり、隠れた英雄だったと信じています。居るんです。こうした勇気を持った人間が。
報道になんか少しも登場しない、本当のあの時の英雄です。報道の人間こそ「見の目弱く、観の目つよく」でしょう。

『昭和の怪物』p.302


ここでは、なべおさみという男の持つ勇気が本物であること分かる他、人間窮地に追い込まれると本物の偽物とに、はっきり別れるものだと改めて思った次第である。

中小企業のオヤジさんのように、日頃から自分の判断で動く人たちと異なり、「会社や組織の上の人間からの命令を受け、立派に処理出来る能力に秀でた人々」の場合、どうだったか…。実は中小企業のオヤジさんとは、あまりにも対照的だったのだ…。

先ず、ハイジャックに遭遇した日本航空機の機長の場合、乗員乗客の命を与っているのだという意識がゼロだっったことが、同書に目を通すことによって一目瞭然であり、乗員乗客を落ち着かせるどころか、この機長は逆に全員を恐怖の奈落に突き落としたのである。その後、無事に解放されるに及んで、その機長は記者会見の場で臆面もなく以下のように言い放ったのだという。

「私達は、日頃からこうした事を想定して、訓練をつんでおりますから、割と落ち着いて行動出来ました」
『昭和の怪物』p.319


もう一人、「会社や組織の上の人間からの命令を受け、立派に処理出来る能力に秀でた人々」は、どのような行動に出たか? 代表例を一つだけ以下に引用しておこう。

「俺を一番先に降ろしてくれ! 俺を一番先に降ろしてくれぇ!」
『昭和の怪物』p.314


なべ氏や8人の〝武士(もののふ)〟は後部のドアを開け、最初は幼子を抱えた母親、次に老婦人らを脱出させるつもりでいた。そこへ強引に割り込んできたのが、上記の「立派な会社の立派な立場」だったのである。人間の本物と偽物とが明瞭に分かる、面黒い行でもある。

その他、印象に残ったのが安倍晋三についてだ。親父の安倍晋太郎については、なべ氏は可愛がってもらったこともあって事細やかに書いているのに、息子の安倍晋三について書いていたのは、ナント以下の一行のみであった。

王さんのメールは、どんな一言でも私は保存してある。そうして大切に宝にしているのは、王貞治と安倍晋三総理の二人だけである。
『昭和の怪物』p.210


この行で分かるように、政治家としての安倍晋三については、一切言及していないのだ。賢明な読者なら、これが何を意味しているのかお分かりだろう。まぁ、息子の安倍ちゃんに関しては、讃えるようなモノはゼロということなんだが…(嗤う)。

その他、「高倉健となべおさみに見る任侠道」でも指摘したが、今回もユダヤ渡来説を繰り返していたのは残念だったし、『日本書紀』観についても底が浅い。だが、人間誰しも神様ではないのだ。清濁併せ呑むではないが、ここは心を広く持とうではないか。なお、『日本書紀』に関しては、拙稿「飯山一郎の“新日本建国神話”第2話」を是非参照されたい。

プーチンvs.黒い貴族
一昨日、久しぶりに夜の街に繰り出して痛飲したんだが、年末らしい寒さだったせいもあり、数年ぶりに風邪を引いた(前回は何時引いたのか記憶にない…)。幸い、昨日の朝からお昼頃まで鼻水が少し続くという軽い風邪だったようで、昼過ぎには風邪のことなどコロリと忘れ、いつものように焼酎(華奴)を飲んで寝て起きたら完治していた…。いつもの寝酒である焼酎が効いたのか、あらびき茶+豆乳ヨーグルトという免疫力アップが効いたのか、あるいは30年続けているヨガが効いたのかは分からないんだが…。

ところで、拙稿『「今のロシア」がわかる本』で亀さんは以下のように書いた。

実は、この〝不気味な存在〟について、明確に回答を示ているのが天童竺丸さんの『悪の遺産ヴェネツィア』であり、同書については旧稿『悪の遺産ヴェネツィア』で紹介済みだ。その中で、同書の白眉とも云える最終章の「世界権力の正体を明かす」を転載しているので、この機会に読者に目を通してもらえたら幸いだ。


本稿でも改めて最終章「世界権力の正体を明かす」を最後に転載しておくので、一読するといいだろう。因みに、『悪の遺産ヴェネツィア』の目次は以下の通りである。同書の要諦は最終章「世界権力の正体を明かす」にあるのだが、以下の目次を見て、さらに手にとって通読してみたいという読者がいたら、文明地政学協会に購入を申し込むか、図書館で借りるなどして読むといいだろう。お金のない関西の若い道友らは、図書館で借りて読んでいるようだ(図書館に無い場合、購入リクエストを出してみよう)。

【目次】
はじめに ヴェネツィアとは何か?
序章 ヴェネツィア=カルタゴは亡びなかった
第一章 ヴェネツィア包囲網--カンブレー同盟
第二章 ヴェネツィア・ユダヤ連合
第三章 ヴェネツィアによるナポリ簒奪耕作
第四章 スルタン暗殺指令
第五章 先進農業国家ヴェネツィア
第六章 ヴェネツィアの転身
第七章 ヴェネツィアによる英国簒奪史
第八章 黒い貴族ゲルフの歴史
第九章 反ゲルフの旗頭ホーエンシュタウフェン家
第一〇章 シュタウフェン朝シチリア王国
第一一章 英国王人質事件
第一二章 ゲルフ派皇帝という自己矛盾
第一三章 ゲルフ逼塞の時代
第一四章 ロンドン--新たなるヴェネツィア
第一五章 ライプニッツと黒い貴族の関係
第一六章 ヴェネツィアの新司令塔
終章 世界権力の正体を明かす


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さて、大分前置きが長くなったが今日の本題に移る。最初に、終章「世界権力の正体を明かす」に登場する宮廷ユダヤ人、ジョージ・ソロスについての記述に注目していただきたい。

 ソロスは恩師の「開かれた社会」理論を実践する役割を与えられて、金融バブルを世界各国で仕掛けたが、ソロスの投資会社であるクォンタム・ファンドに原資を提供したのは誰あろう、英国女王その人である。

 英国女王の私有財産の運用を任されて実力を発揮したソロスは「金融の神様」などと畏怖され、またマレーシアのマハティール首相など各国指導者の怒りを買ったが、何のことはないインサイダー情報によるインサイダー取引の実行責任者だったにすぎない。

 注目すべきはソロスのもうひとつの活動である。彼は世界各国とりわけ東欧圏を中心に「開かれた社会基金」(Open society Fund)を創設して、「慈善事業」にも精を出しているといわれたが、じつはこの「慈善事業」なるものが曲者で、ソロス基金こそソ連の崩壊を導き、東欧圏の社会主義からの離脱を促進した「トロイの木馬」であったのだ。

 中共の支那に対しても、ソロスの「開かれた社会」工作は仕掛けられていた。その支那側の協力者が趙紫陽である。一九八九年に起きたいわゆる「天安門事件」は、このソロスによる中共政権解体工作に対し、鄧小平など当時の中共指導部が断固たる粉砕措置に出た事件である。


ここで改めて再確認していただたいのは、海洋国家民族vs.大陸国家民族という構図である。『「今のロシア」がわかる本』を入手した読者は、以下の行の前後に注目しよう(赤い太字は亀さん)。

ロシア人には、あまり後先のことは考えずに、物事の本質を哲学的に探求するという性向がある。チャイコフスキーやドストエフスキーといった偉大な音楽家・文豪を輩出した国なのである。
これは、常に新しい技術や思想に触れる機会のある海洋国家民族が功利主義的なのに対し、そのような機会があまりない大陸的国家民族は1つの物事を哲学的に探求する特性をもつことと無縁ではないであろう。

『「今のロシア」がわかる本』p.22


実は、この功利主義的な海洋国家民族が、ヴェネツィア(黒い貴族)、それに奉仕する宮廷ユダヤのソロスといった連中なのだ。そして、ヴェネツィアに対抗しているのがプーチンや習近平らの大陸国家という構図である。そのプーチンによって、ヴェネツィア、ヴェネツィアの鉄砲玉である戦争屋(CIA+モサド)、さらにはISという鉄砲玉(戦争屋)の鉄砲玉らが、シリアを中心とした中近東から蹴散らされ、這う這うの体で退散しているのが現在の中東を巡る戦況である。ここで、そのプーチンのロシアという国の本当の姿を、正確に述べているのが以下の記事であり、必読だ。
本記事は『ロシア讃歌』である。しかし「媚露」ではない。絶対にない。 日本人が今までに知らなかった「ロシアという国家の政治思想的な真相」が丹念に書かれている。熟読をお願いしたい。(飯山一郎)

今後だが、日本のアメリカ大使館周辺に巣喰う戦争屋、続々と東京に逃れてくるISらに対して、プーチンはどのような次なる手を打ってくるのか、亀さんは固唾を呑んで見守っているところだ。今後の日本で起こり得るテロにISが絡むはずだが、今日あたりにも佐藤優の新著『日本でテロが起きる日』(時事通信社)が届くので、正月休みを利用して一読の上、読後感を記事にしたいと思う。ただ、出版元が時事通信社ということで、大凡の内容が透けて見えてしまうのだが…(爆)。

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●世界権力の正体を明かす
 前回までウェルフ家の消長を追ってドイツの黒い森や地中海、はてはパレスティナまでさんざん彷徨ってきた。やたらカタカナ名前がいっぱい出てきて、しかも同じ名前で父子だったり敵同士だったり、読みづらくて仕方がないとの苦情をさんざん頂戴した。

 そして何よりのご批判は、こんな西洋中世史の些細な事柄をいまさら読まされて、いま国家存亡の危機にあるときに何の意味があるのかというお怒りだった。

 ごもっともである。そして、そのお怒りに対しては、わが筆力の不足をただただお詫びするしかない。ただ、なぜにいまさら西洋中世史をなぞり返して、ウェルフ家という一貴族の歴史をたどってきたのか、弁明をしておく必要は感じている。それが改めて、本稿の意図をご説明することにもなるからである。

 歴史を偶然の所産と観る見方もあれば、特定の勢力の意図に基づいた人為の所産と観る見方もある。

 われわれは後者、すなわち世に謂う「陰謀史観」にかならずしも与するものではない。ひとつの意図で貫かれていると見ると、その意図に反する事柄や逸脱・祖語とも見るべき事件が歴史の随所に見られるからである。

 歴史はそれほど単純ではあるまい。大きくはこの地球の変動があり、ときどきに剥き出しになって人間を圧しつぶしてきた自然の猛威もある。また、敵対する強力な勢力が出現し彼らの前に立ちはだかることもあるだろう。ひとつの勢力の意図通りに歴史が作られたと見ることは、とてもできない。

 しかしまた一方、歴史をすべて偶然の所産と観るには、あまりにも暗合・符合するもの、出来すぎた事件が多いのも事実である。

 とくに「戦争の世紀」ともいわれ、戦争と殺戮に彩られた先の二〇世紀には、天然資源の独占を通して世界を支配しようという意図が数々の事件の背後に見え隠れする。そして、天然の膨大な資源に恵まれたアフリカ大陸がいま、数々の戦争と革命とクーデタと疫病とによる殺戮の果てに、荒涼たる死の大陸と化しつつあることを偶然と見るならば、それは知の怠慢であり精神の荒廃であると誹られても仕方あるまい。アフリカ大陸に住み着いていた人々は天然の富に恵まれていたがために、その富の纂奪・独占を狙う勢力の犠牲となって大量殺戮に処されたのである。

 二一世紀には彼らの邪悪なる意図の鉾先が、このアジアに向けられる徴候がある。すなわち、エネルギーをめぐっての血で血を洗う動乱が仕掛けられようとしているのだ。アフリカ大陸の悲劇はけっして他人事ではない。

 われわれは、世界の覇権的支配を意図するこの特定の勢力を、「世界権力」と呼んでいる。日本でも戦前からこの一派をユダヤ人と観て、「ユダヤの陰謀」なるものへの警戒を発した諸先輩があった。たしかにユダヤ人は世界権力の一翼を担う重要分子ではあるが、その本質はあくまで「宮廷ユダヤ人(ホーフユーデン)」に止まるというのが、現在の研究成果の教えるところである。すなわち、黒い貴族という主人に仕える従僕の地位にすぎない。

 それは、一介の運転手から米国国務長官へと成り上がりながらエリザベス女王に忠誠を貫いて爵位を得たヘンリー・キッシンジャーの役割に端的に見ることができる。また最近では、「金融の神様」ジョージ・ソロスもこうした「宮廷ユダヤ人」の典型的人物である。

 永年にわたって英国アリストテレス協会を牛耳った哲学者カール・ポッパーは、かつて一世を風靡したアダム・スミスやトーマス・ホッブス、ジョン・ロック、チャールズ・ダーウィンやハックスレー兄弟、バートランド・ラッセルなどと同じく、英国ヴェネツィア党による世界支配のための理論を提供する御用学者である。

 その主著『開かれた社会とその敵』は自由な市場原理による競争社会という理論を掲げつつ、実は社会秩序ないし国家存在を目の敵にしてその破壊を指示する戦闘指令書だった。カール・ポッパーの忠実な弟子となり、恩師の過激な理論の祖述的実践者となったのが、ハンガリーに生まれたナチス協力ユダヤ人の息子であるソロスだった。

 ソロスは恩師の「開かれた社会」理論を実践する役割を与えられて、金融バブルを世界各国で仕掛けたが、ソロスの投資会社であるクォンタム・ファンドに原資を提供したのは誰あろう、英国女王その人である。

 英国女王の私有財産の運用を任されて実力を発揮したソロスは「金融の神様」などと畏怖され、またマレーシアのマハティール首相など各国指導者の怒りを買ったが、何のことはないインサイダー情報によるインサイダー取引の実行責任者だったにすぎない。

 注目すべきはソロスのもうひとつの活動である。彼は世界各国とりわけ東欧圏を中心に「開かれた社会基金」(Open society Fund)を創設して、「慈善事業」にも精を出しているといわれたが、じつはこの「慈善事業」なるものが曲者で、ソロス基金こそソ連の崩壊を導き、東欧圏の社会主義からの離脱を促進した「トロイの木馬」であったのだ。

 中共の支那に対しても、ソロスの「開かれた社会」工作は仕掛けられていた。その支那側の協力者が趙紫陽である。一九八九年に起きたいわゆる「天安門事件」は、このソロスによる中共政権解体工作に対し、鄧小平など当時の中共指導部が断固たる粉砕措置に出た事件である。

 汚れ役はもっぱら「宮廷ユダヤ人」に任せみずからは超然としているのが、英国女王を表看板とする黒い貴族である。その英国王室という表看板を掲げるに当たって、いかに永年の執拗な粒々辛苦があったか、その前端をつぶさに見るために、縷々ウェルフ家の歴史を本稿でたどってきたのである。ゲルフ領袖とされたウェルフ家が現英国王室ウィンザー家となるには、永い永い紆余曲折の歴史がある。それこそ、「特定の勢力」の意図通りには、歴史が進まないという何よりの証拠である。

 そして、中世イタリアの都市国家の間あるいは貴族同士の争闘という矮小化された形で一般にも伝えられている教皇派(ゲルフ)と皇帝派(ギベリン)の争いは、ドイツないしイタリアをも巻きこんで一大地中海国家へと国家的統合を目指す勢力に対して、これを分断し宗教的・精神的呪縛の軛に縛りつけてみずから地上権力としても君臨しようとするローマ教皇と国家間の分裂抗争こそ商売の最大好機と見るヴェネツィアとが結託して粉砕しようとした動きにほかならない。

 ダンテ・アリギエーリやニッコロ・マキアヴェッリが悲願としたイタリアの国家的統合を妨げた最大の障害は、ヴェネツィアという一都市国家とローマ教皇庁の存在であった。そしてさらに言えば、ローマ教会をして地上権力へと変質させたのは、ヴェネツィアの無神論的自由市場理論だった。

 この「市場経済理論」すなわち「自由交易理論」は、なにも英国ヴェネツィア党の御用学者たるアダム・スミスやカール・ポッパーらの発明ではない。もともとヴェネツィアの専売特許的主張なのである。

 キッシンジャーが唱えた「勢力均衡理論(バランスオブパワー)」とて、その地政学的粉飾を剥ぎ取ってみると、「自由にのびのびと商売ができるのが何よりいいのだ」というヴェネツィアの本音が聞こえてこよう。

 その本音はのんきに聞こえるかも知れないが、こと「自由交易」が犯されそうになるや、ヴェネツィアは本気になった。国家の存亡を賭けても、「自由交易」を犯す敵との戦いを敢然と挑んで止まなかった。第四次十字軍を誑かして東ローマ帝国を一時的に中断しラテン帝国を樹立したのも、トルコ帝国との度重なる海戦にめげなかったのも、「自由交易」という国家的悲願を守るためだったのだ。

 寡頭勢力による巧妙な支配の機構によってみごとなまでに自国の国家的秩序を保ちつづけた(もちろん例外的な国家危機もあった)ヴェネツィアは、イタリアないしヨーロッパの各国に対してはさまざまな粉飾を凝らした「自由な競争こそ社会発展の原動力」などという御都合主義理論を撒き散らして徹底的な不安定化工作を発動しつづけた。これすべて、みずからが商売をやりやすい状態を保つためである。

 イグナティウス・ロヨラのイエズス会創設とマルティン・ルターによる宗教改革運動の両方とも、そのスポンサーはヴェネツィアだった。ゲルフとギベリンの抗争では味方同士だったローマ教会の強大化を牽制するためである。宗教改革は外から仕掛けられた揺さぶりであり、イエズス会は内奥深く打ちこまれた楔に喩えることができよう。

 そしてさらに、このヴェネツィアの主張はみずからいっさいの歴史記録を残さなかったフェニキア=カルタゴが黙々孜々として実践したところのものである。

 メソポタミア文明とエジプト文明の狭間にあって海洋交易都市として繁栄したフェニキアの存在は、いまではアルファベットの元になるフェニキア文字の発明によってわずかに記憶されるにすぎないが、もし彼らをして語らしめれば、「自由交易経済」こそ人類発展の原動力であると言いつのって、まるでソロスの口吻を彷彿とさせるに違いない。

 ユダヤ人の王ダヴィデが思い立ちその息子ソロモンによって実現されたエルサレム神殿およびソロモン宮殿の建設は、設計から資材の調達、施工に至るまでことごとくテュロスの王ヒラムの協力なしには実現できなかったであろう。

 ソロモンの栄華をもたらした「タルシンの船」による交易も、いわばヒラムの勧誘による投資事業だったのだ。強権による独占を主張しないかぎり、投資家は多いほどリスクが分散されるのは古今の真理である。交易品の調達から交易船の建造、そして実際の交易事業まで、すべてはテュロスの王ヒラムの意のままに運ばれたに相違ない。

 二大文明の間隙に位置し交易で栄えたフェニキア海岸都市群は一時期ペルシア帝国に従属させられ、最終的にアレキサンダー大王によって破壊されたが、そのひとつテュロスは地中海全域に交易中継のための植民都市を建設しており、それらの中心だったアフリカ大陸北岸のカルタゴに拠って生きのびた。

 そのカルタゴは数次のポエニ戦争によってローマ帝国に滅ぼされたとされるのだが、実はカルタゴは亡びなかったというのが、本稿の仮説である。たしかに、アフリカ大陸北岸の植民都市そのものはローマによって徹底的に破壊されつくし、塩まで撒かれて地上から姿を消した。そして、カルタゴがスペインなどの各地に建設した交易拠点もローマに簒奪された。

 しかしカルタゴの遺民たちは秘かにローマや各地に潜入し、ジッと時の経つのを窺いつづけた。そして、ローマ帝国の分裂・衰退の時が来るや、アドリア海の深奥、瘴癘はびこる不毛の小島に忽然として姿を現わしたのである。

 フェニキア=カルタゴの遺民でなくして、誰がこのような悪条件の重なる不毛の地に都市を建設しようなどと企てよう。テュロスしかり、カルタゴしかり、ニューヨークしかり、彼らが拠る海洋都市は、「海に出るに便なる」ことが必要にして充分な条件であるらしい。彼らには、陸の民には窺い知れない嗅覚と美学とがあるのであろう。その不毛の地に都市国家を建設するために注ぎこまれた途方もない富と努力を想像すると、気も遠くなるほどだ。

 彼らを誰がヴェネツィアと呼びはじめたのか。自称か他称かは知らないが、VeneziaのVeni- は紛れもなくローマ人がフェニキア=カルタゴを呼ぶときの名称Poeniである。V音とP音ないしPH音は相互に容易に転訛しうるからである。ローマに破壊され尽くしたカルタゴの末裔ヴェネツィアが、ローマを再建しようとするあらゆる試みを粉砕してきたのも、無理からぬところではある。

 二〇世紀はフェニキア=カルタゴの末裔たちが自らの最終的勝利を宣言して繁栄を謳歌した世紀であった。一八世紀に呱々の声を挙げた革命の嬰児は一九世紀の一〇〇年をかけてじっくりと養育され逞しい闘士へと成長を遂げる。そして二〇世紀に入ると、最初に血祭りにされたのが「新たなるローマ」を標榜していたロマノフ王家のロシア帝国であったのは革命勢力の本当の出自がどこにあるかを示して象徴的である。そして、「連合国」なる新たなる装いを纏った革命勢力は第一次の世界大戦によってハプスブルク帝国とトルコ・オスマン帝国を倒し、第二次世界大戦によって独第三帝国と日本帝国を解体させたのである。二〇世紀前半に各帝国に対する武力制覇を成し遂げた世界権力は執拗にも第三次世界大戦というべき金融戦争を各国に仕掛け、国家破綻を世界中に撒き散らかしてきた。そして二一世紀が到来する。「自由市場」「開かれた社会」「グローバリゼーション」を地球規模に蔓延させ、向かうところ敵無しとなったはずの彼らを自滅が襲ってくる。その運命や、如何に?


日本の原発を管理下に置いているイスラエル
田中龍作氏の最近のブログ記事、「イスラエル核攻撃と福島原発事故」を読んだ。「大津波と東電・福島原発事故に見舞われた三陸海岸に「ダビデの星」が、現れた」のを現地で目の当たりにして、「頭葉を ワシづかみ にされたような衝撃を受けた」と田中氏は書いた。そう言えば、日本の原発とイスラエルとの間の深い闇について、亀さんも記事を書いたのを思い出した。それが2年近く前に書いた、「原子力村という闇」と題する記事である。

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左は2011年4月、田中龍作氏が宮城県南三陸町にて撮影、右はネタニヤフ首相との会談時の安倍首相

ここで、イスラエルはIS最大のスポンサーであるという国際社会の常識に思いを致せば、拙稿「あべちゃんとISは大の仲良し」の理解がグーッと深まるだろう。

ところでブログ「中東TODAY」の佐々木良昭さんが、「バグダーデイがイスラエル・サウジ攻撃呼びかけ」と題する記事をアップした。一読し、これこそイスラエルとISによる猿芝居、つまり出来レースそのものだと亀さんは思ったんだが…(嗤う)。

秋刀魚の味
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拙稿「〝お嗤い〟番組と「お笑い」番組」で紹介した、「路線バスで寄り道の旅」や「さんぽサンデー」を、昨日の日曜日にノンビリと見たかったんだが、冬休みに入った家人にテレビを占領されてしまったため、しかたなく数日前に録画しておいた、小津安二郎の「秋刀魚の味」をDVDに焼き、仕事部屋のパソコンで鑑賞した(笑)。

同映画の公開は1962年11月18日というから、1964年10月10日に開催された東京オリンピックから遡ること2年前、亀さんは小学校の4年生だった。だから、かつての古き良き時代の日本を思い出しながら、懐かしく鑑賞した次第である。なかでも印象深かったシーンが、若夫婦の平山幸一(佐田啓二)と秋子(岡田茉莉子)が暮らしていた団地でのシーンだ。トマトを切らした秋子は、隣の奥さんの部屋を訪れる…

秋子:あっ、トマトあったら、二つばかり貸してよ。

隣の奥さん:あっ、あるある! 

……冷蔵庫からトマトを取ってくる隣の奥さん……

隣の奥さん:はい、これ。冷えてるわよ。

秋子:ありがとう。うちも買うことにしたの、冷蔵庫。


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上記のシーンを見ながら、当時の日本は〝納豆〟社会だったんだなぁと、改めて気づかされた次第である。当時の亀さんは、そうしたネバネバした納豆型の日本がイヤで、十代の頃に日本を飛び出し、3年間ほどの海外放浪生活を送ったのだった。だが、帰国してからン十年という歳月が流れ、2011年3月11日の東日本大震災が発生、福島原発が大爆発を起こして、日本の亡国が決定付けられるという、人生のターニングポイントに遭遇した。

このような時だからこそ欠かせないのが「秋刀魚の味」のシーンで見た、お互いに助け合うという互助の精神なのだが、ふと気づくと、今や日本は納豆社会から〝甘納豆〟社会に変貌を遂げていたのに気づく。

つまり、映画「秋刀魚の味」に見られるように、モノが無かった時代にはあった互助の精神、その互助の精神こそがネバネバに他ならなかったのだ。しかし、今の日本は互いが殻に閉じこもってしまっている、今こそお互いに助け合わなければならないというのに、芭蕉ではないが「秋深き隣はなにをする人ぞ」という、互助の精神を失った甘納豆型社会の日本になってしまっているのだ。だから、亡国という名の奈落の底に転げ落ちて行っていく日本を、われわれは最早防ぎようがないのである。

では、どうするのか? まずは、福島原発事故により日本が滅亡するという事実をしっかりと受け止めた上で、今後生きていく道を模索していくより他はない。その意味で、ロシアの『スプートニク』はサバイバル術の一環として必読だ。
「ロシア極東は、事実上あらゆる資源が豊富。ただし労働力を除いて」というスプートニクの大見出しは、事実上の「求人広告」だ。

補足新旧三種の神器について
1950年代後半の日本人は三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫に憧れていたものだが、10年が経過した1960年代後半以降は、新・三種の神器(カラーテレビ・クーラー・自動車)の時代に突入している。だから、未だ子どものいない平山夫妻も、10年後には子どもに恵まれ、白黒テレビからカラーテレビ、そしてクーラーで快適な生活を送り、自動車も買って週末は家族でドライブを楽しんでいるんだろうなと、フト思った。

朝敵からの警告 その2
昨夜、新たに枚の嫌がらせファックスが届いていた。これは、「朝敵からの警告 その1」で紹介した以下のリンク本を暗示している。朝敵側もこうした記事のリンクを貼られて困るというワケだ(嗤う)。

“官邸圧力、天皇に通ぜず” 戦争の悲惨と平和の尊さを切々と
古舘伊知郎降板 総まとめ特集! これが1年半、古舘と『報ステ』が受けてきた圧力だ
岸井キャスター降ろしの黒幕 『月刊日本』1月号 p.54~63


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東光ばさら対談 柴田錬三郎
かつて今東光が主催していた野良犬会の看板とも云うべき人物は、柴田錬三郎(以降、シバレン)だったと勝手に思っているんだが、今日紹介するのは、そのシバレンと和尚との対談だ。佐藤春夫、谷崎潤一郎らの素顔が分かるという面白い対談でもある。

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ところで、亀さんはシバレンの生き様が好きなんだが、今でも座右の銘としているのが『円月説法』であり、内容の面白さといったら、和尚の『極道辻説法』に匹敵するほどだ。

また、シバレンの歴史を観る眼は確かなものがあり、亀さんは中国語ができなかったので、仕方なく三国志は日本語に翻訳したものを読んだのだが、無論、読んだのは吉川英治の『三国志』ではなく、シバレンの『英雄ここにあり―三国志』(上中下巻)であった。

また、シバレンと云えば眠狂四郎、眠狂四郎と云えば市川雷蔵というくらいだが、冥土までの暇潰しに、もう一度シバレンの『眠狂四郎』シリーズを読み、市川雷蔵の映画「眠狂四郎」を見てみたいと思う今日この頃である。

では、今週末もゆっくりと和尚の対談記事を愉しんでくれ…。

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石坂洋次郎夫人の浮気
梶山 今先生、近々書の展示会を開くそうですが。

今 九月の二十六日から、銀座並木通りのサンモトヤマで、書と陶器の展示会をやるんだけど、それに出す屏風ね、三十万円なんだよ。それにおれが字を書いたんだが、うちのかあちゃんが「おとうちゃんが書かないほうがいいよ」というんだよ(笑い)。

柴田 汚れるっていうわけだ(笑い)。

今 それから自分で焼いた壷がいいのができたんだよ。

柴田 それは、今さん、自分で作ったんですか。

今 ウン。壷にヘラで寒山を描いたんですよ。そしたら、箒を持っているのが茶芭にサアッと出てな。自分が作っててどんなものができるか、わからないんだ。
おれが今度、非常に面白いなあと思ったのは、窯ね。あれに入れるでしょ。玄人でも、百入れると三割がパーだってね。今度は百入れたんです。入れる時に、ここまではわれわれの責任だけれども、それから先は火の神さまの仕事ですから、運否天賦でいきましょうと……。さあ、しかし、おれが少しいじったやつがあるからね。そうしたら、ツル首みたいにのびた一輪ざしがあるでしょ。あれがちょっとした、水が多くついたかどうかしたり、あるいは少し長く置いてても、おれみたいに(手首を曲げて)なっちゃうんだよ(笑い)。

柴田 ああ、曲がっちゃうんですか、あれは。

今 曲がっちゃう。土が立つというのはね、これは容易ならざる技術なんだ。だいたい柔らかい粘土だろ。それを水でぬらした手で固めていくわけだからね。茶碗でもろくろをずうっとけりながら土を立てるんだ。立つということは人生においていかに大切かというのを、まずあれからおれは学んだね。

柴田 もう遅いけど……(笑い)。

梶山 それで、その窯のほうはどうだったんですか。

今 百入れたうち、九十四あがっちった。

柴田 それは立派なもんだな。

今 これはもう、破天荒なそうだな。

柴田 今さん、津軽でしたね。津軽というのは、ほんとに不思議な入がいますね。石坂洋次郎にしても、太宰治にしても、みんなおかしいことはおかしいな、どこか。

今 いやあ、津軽には、ばかばかしくあけっぴろげな野郎と、それから陰々滅々がいるんだよ。その陰々滅々の最たるものは葛西善蔵、秋田雨雀、それから、太宰治のごときもそうだ。石坂洋次郎は陰々滅々とまではいかないんだ。“陰滅”があいつなんだよ。あけっぴろげでしょうがねえっていうのでは、おれみたいのが出ちゃうんだな。

柴田 両極端だなあ。

梶山 大宅壮一先生の説によりますと、青森、山口、それから鹿児島という、その両極端が出るのは、日本海とか、瀬戸内海とか、海の影響が…。

今 こっちは一番ひどいよな。津軽海峡で日本海と太平洋と両方からぶちかまされるから、陰々滅々となるんだよ。だから、石坂洋次郎はかなりユーモラスなものを書いても、なんか、つまり、津軽流にいうと口説き節なんだな。ぐちっぼくてね。

柴田 しかし、石坂さんは、どうして浮気を実行しなかったんだろう?

今 かあちゃんの手前、だめなんだ。

柴田 だって、かあちゃんはやっているじゃあないの。

今 かあちゃんは実行派なんだ。実行派と思索型とあって、石坂は考えているんだね(笑い)。今度やろうと思っているうちに、かあちゃんが先にやっちゃうんだ。

柴田 ところが、亡くなると全部書いちゃうでしょう。

今 それが陰滅なんだよ。陰々滅々だったら、生きているうちから書くべきだけど、やっぱり死ななきゃ書けないんだな。

梶山 こわかったですかね、奥さんが……。

柴田 こわいかあちゃんじゃなかったろうと思うし、だいいち、かあちゃんがやっているんだから、とうちゃんがやっててもおかしかない。

今 いや、かあちゃんは、それは華やかにやっちゃったんだよ。隠さねえんだから。そしてな、うちへ帰っても、知ってる人にも、わたしゃ浮気した。彼をここへ乗せた。だけど、ゴムをちゃんと入れてるからね、血はまじっていない、というんだっていうもの。血がまじったのは、おとうちゃんの洋次郎だけだっていうんだ(笑い)、どうだい。こういう説が、医学的にいいなら、おれも女房に対して、おまえの貞操は守っている。ゴム一重の付き合いは別だと、おれもいおうかと思うけど、どうだろうな。

柴田 やっぱりアレは行為だからなあ、ゴムを使おうと使うまいと関係ないな。

今 こりゃ具合悪いなあ。それじゃあいえねえや(笑い)。

柴田 だいいち、ぼくは石坂さんのかあちゃんにいわれたことあるもの。おまえは浮気がへたくそだというんだ。私なんかうまいもんで、三人は絶対にバレてないっていうんだな、とうちゃんに。それをゴルフ場に行きながらいわれたんですよ。しかし、どうも石坂さんは、それを全部知っているらしいんだなあ。かあちゃんは石坂さんが知らないと思っているらしいんだ。そこのところにあの夫婦はへんなギャップがありますね。

今 ああ、そうか。――いや、それがな、もうだいぶ前の話よ。かあちゃんがまだ達者な時分に、あのかあちゃんの女学校の東京同窓会の大会というのに講演頼まれたんだよ。うちのとうちゃんはそういうこと不得手だから、東光さんに頼もうと思って、といって。いやあ、もう、モテたの、モテたの、あのかあちゃんにね。おれをすっかり抱き込んじゃってな。席はこっちのほうとかなんとか、気味悪いほどな。もうそのころ、そろそろぜい肉がついて太りはじめてたからあったかくてな、抱かれていると(笑い)。

梶山 石坂夫人は美人だったんですか。

今 弘前でなんとか美人といわれたんだよ。津軽美人の筆頭に置かれていた、女学生時代は。

柴田 そうは見えなかったけどな。

今 おれだって、昔は黒髪がフサフサとあって、振り返るような美少年だったんだ。それ今日、このとおりだ……。

柴田 誰も見たことないから、信用できないんですよ(笑い)。

今 立証する人いねえか。

柴田 写真は見たことありますけどね。

「外房総には牛が住み」
柴田 ともかく、石坂さんというのは不思議な人だ。

今 それは不思議ですよ。

柴田 当人は大真面目なことをいうんです。ぼくがこの間ちょっと外房総へ行って来たという話をするでしょ。そうすると、「柴田君、外房総に牛はたくさんいたかア」とぼくに聞くわけですね。でも、外房総にばかり牛がいるわけじゃなし、「そんなにいませんでした」といったら、それはおかしいというんだな。これが、鉄道唱歌があるでしょ。あの中に「外房総は薄がすみ」という言葉があるのを「牛が住み」と覚えちゃったんだなあ(笑い)。鉄道唱歌だよ……。小学校の時からでしょう。それが、今だにそう信じているわけですね。津軽人というのはしつこいと思いましたね。

今 あのかあちゃん、「スパレン」というんだもの。

柴田 「スバレン」といわれたとたん、おれはゴルフがだめになっちゃう。

今 いや、小林秀雄がそうなんだ。文士でみんな行くんだろう、文芸春秋の主催やなんかで。そうすると、おれはよく知らないけど、なんか組むでしょう。

柴田 そうそう、四人で組むんです。

今 組むとね、ときどき小林秀雄とかあちゃんが当たるんだ。そうすると小林がまいった顔をして、「日出ちゃん、日出ちゃん」と日出海のところに来る。「日出ちゃん、替わっておくれよ」、「なんで替わる? 誰と替わるんだい」、「石坂のかあちゃんたんだ。おまえは同郷たんだから替わっておくれよ」、「だめだよ、おれもあのかあちゃんと組むのいやだよ」と日出海が断ると、小林がガッカリするんだって。日出海もしようがないから、「おオ、かあちゃんよ。あんまり余計な口出すな」って注意するんだって。そしたら、「ああ、わかってら、わかってら」というんだそうだ。それで小林がボールを狙っていよいよ打つという時に、パッとあげた瞬間をとらえて、「コバヤスさん、スッカリやってちょうだい」っていうんだって。そうすると小林が、パッとあげたのがニャロニャロになってね。もういけないんだって(笑い)。

柴田 その話、あるんです。実話がね。今日出海とサンケイの水野成夫とあのかあちゃんが三人で回ったことがあるんです。あの時も、やはり小林さんが替わってくれといって今日出海になったわけだ。その時、初めて水野成夫とかあちゃんは顔を合わせて、紹介されたわけです。それで回っているうちに、例によってかあちゃんがギャアギャアいったんです。だから今日出海が「楢山へ送るぞ、かあちゃん。うるせえから」といったんです。すかさず水野さんも「おれが後ろからケツ押す」といったって(笑い)。そうしたら、かあちゃん怒ったわけですよ。「今さんはいい、長年の付き合いだし、しかも同郷だ。けれども、水野さんはなんだ、私は今日初めて会った男が、後ろからシリを押すとはなんだ、今後、サンケイの新聞、雑誌には一切、とうちゃんに小説を書かせない」と宣言したくらい怒っちゃった。それ以来、石坂さんはサンケイに一文字も書いておらんね(笑い)。

今 偉いもんだね。とにかく、あのかあちゃんの話たら、なんぽ話してもキリがないだろね。柴錬、書けよ。

柴田 しかしもう、とうちゃん書いているじゃないですか、さんざん。

本気で惚れてしまう佐藤春夫
梶山 柴田さんは、佐藤春夫門下ですね。

柴田 今さんは、佐藤春夫とは昔から懇意でしたか。

今 だって千代子夫人と一緒になる前、女優の川路竜子の弟子と一緒になっていた時代だよ。何といったかな……ああ、お加代。これがまるぽちゃの可愛い奥さんでね。

柴田 お加代のほうに連れ子はいなかったんですか。

今 お加代は娘だったよ。いいことしたんだよ、あれは。文壇三バカといわれた藤森淳三というのが昔いたが、そいつが横恋慕しやがって、佐藤さんがカンカンに怒っていたことがあったよ。

佐藤春夫はあのころ、駒込の由緒深い吉祥寺の本堂や境内の見える路地の奥まったところの二階にいたよ。それが、お加代の家なんだ。猫が八匹か十匹いたかなあ、老猫ばっかり。それから、お加代のおばさんというのが五、六人いるんだよ。だから、あそこのうちはババアが五、六人いて、老いたる猫が十匹ぐらいいるんだ(笑い)。実に不気味なもんだね。谷崎潤一郎も「あれはへんなうちだね。あそこへ行くとどれがどれだかわからないけど、代わるがわる出てくるのがババアだね」といっていた。

梶山 化け猫屋敷ですね。

今 近所でも気味悪がってたって。その中で一人だけ、まるぽちゃの可愛いのがお加代ちゃんという奥さんで……。

梶山 正式に結婚していたんですか。

今 そうでしょう。一緒に住んでいたんだから。

柴田 佐藤春夫という人は浮気はしない人ですね。本気で惚れちゃうんですね。

今 それなんだよ。これは実に幼稚なほど惚れるんだよ。花柳寿美という踊りの名手がいたろう。あれに惚れちゃってな。大きなパネルを自分の部屋に置いて見ているんだよ、それでどうということもないんだよね。
だけど、戦争中、南方のジャワかどこかに行った時、ジャワの女に惚れちゃって、なんかえらくモテて帰って来た。そうしたら、また会いたくなったんだね。ところが、軍の従軍で同行したのが林房雄なんだ。それで林に「あの女の居所を君は知らないか」なんていっているんだよ。「ええ、私は関係ないし」と林が答えると、「関係なくても、先輩が可愛がった女の居所ぐらい君は調べておくべきではないか」って怒り出すんだそうだ(笑い)。林はまいっちゃって、「私は私のほうで忙しいんで、先生のほうまで気がつきませんでした。顔さえ覚えていない。まして居所とはとんでもないことでございます」。「君はそういうことだから、文壇でもあまりうまくいかないんだよ」なんて(笑い)、えらい話になっちゃった。「それでは二人で出かけて捜そうじゃございませんか」、「それなら君が案内したらいいだろう」ということになり、捜しに出かけた。あっちを叩き、こっちを叩きして、えらいもんだな、執念というやつは、見つけたそうだよ(笑い)。それでその女が出て来たら、佐藤さんはニヤッと笑って「林君、この女だったよ」というんだって。林が「ああ、ようござんした」というと、「君はもう用がないから帰ったらどうだ」だって(笑い)。

梶山 ほんとですか。

今 林がおれにそういうのだからね、責任ある話だよ。

柴田 しつこいのは、ぼくは身にしみて知ってますが、それはもう変わっているんだ。

泥吐かされた女との関係
今 あんたは、いつごろからのつき合い?

柴田 ぼくが佐藤春夫の弟子になったのは終戦直後ですが……。

今 慶応の先輩というわけじゃなかったのか。

柴田 ぼくはある女性のことをひた隠しに隠していたわけです。ところが、佐藤春夫がその女性に惚れちゃったわけです。その女性は未亡人なんですが、ものすごく惚れたわけですよ。

今 君の女にか。

柴田 ええ。それもあのしつこさで、佐藤春夫のほうが先に女を問いつめ、とうとうぼくのことを女に泥吐かせちゃったんです。今度はぼくを呼びつけて、「おまえ、やったか、やらんかったか」と問いつめてくるわけです。ぼくは相手は未亡人だし、子供もいるし、なるべく傷つけまいとして、やらんということをいっていたんですが、あの大手、搦め手から来る追及にはかなわんですね。呼び出しは毎日、速達で来るわけです、佐藤春夫のところから、ちょっと来いと。あの時、君はこう,いったけど、あれはどうも隠している節があるから、ここのところはもう一度、明らかにせよと。
だんだん問いつめられているうちにぼくも面倒くさくなって、ああ、やりました、といっちゃった。そうしたら、その状況を話せというんです(笑い)。

今 まいったね、あのおやじさんにも……。

柴田 最初はどうだった、というようなことをいうわけです。最初は、ぼくは栄養失調でインポテンツだったというようなことをいったら、そういうことはないはずだ、と問いつめて来るわけです。その時、女は実は亡くした亭主のモモ引きをはいていたんだ、冬で。おれ、泣けちゃいましてね、やりきれなくなってしまった。あのころ、終戦直後で物資不足でしょ。それでやりきれなくなってやめたというようなことをいうと、そういう話をどんどんぼくは泥吐かされたわけですよ。
そうしたら片方では、柴錬というやつは佐藤春夫のところにすわって、芥川賞をもらうためにあらゆる恥部をさらけ出しておるということになったわけですよ。そうじゃないんだ。佐藤春夫という人を知ってたら、絶対にごまかしがきかないんですよ。全部しゃべらされちゃった(笑い)。

今 そういうクセがあるのは、一つには谷崎潤一郎と闘ったせいですね。議論するんですよ、文学論を。谷崎先生のところに、佐藤春夫が行こうというもんだから二人で行くわね.やはり佐藤は芥川をライバルにしていたし、芥川の語学力にはちょっとコンプレックスを感じていた。芥川は東大だし、こっちは慶応だというコンプレックスもあった。たとえば、今月の中央公論に芥川のが出たとか……。佐藤さんは「芥川は自信のあるような話をぼくにしていたけど、ぼくはちっとも感心しないね」というようなことをぼくらの前でいい出すんだ。そうすると、谷崎先生は「いや、自信はどうだか知らないけど、そう悪い出来じゃない」。佐藤さんは「そういうこと自体おかしいね。谷崎は批評眼がないみたいだな」とからんでいく。谷崎先生がまた三歳の童子のごとくカッカとなるほうで、理路整然とやっつけ出すんですよ。しまいには、おれ見ていて、佐藤さんがくやしがって涙を流すんだから、ボロボロ。それを谷崎先生は仮借なくいじめるんだ。あの時代の作家というものは厳しいんだよ。

柴田 そういう訓練を受けたんですね。

今 だから容赦しないよ、柴錬のごときでは(笑い)。泥を吐くまでだめだよ。

柴田 とにかく、最後は東大の古畑種基博士のとこまで、ぼくを連れて行って、あそこの写真を全部出させた。それで、ぼくにその女の肉体構造が、どういう形をしてるか指摘しろというんですから(笑い)。あれにはまいったねえ。まあだいたいこういう形だっていったら、古畑博士が、男性的要素の多いほうの陰部だとか解説して、佐藤さんもやっと納得した。

原民喜自殺の一因
梶山 何ヵ月ぐらいやられたんですか。

柴田 二年ぐらいです(笑い)。いちばんよく知っているのは、もと『群像』の編集部にいた大久保房男だな。どういうわけだか、佐藤さんは、引きのばすとこれぐらいで(便せん大)、丸めると、こんなに小さくなる紙持ってるんですよ。和紙のいいやつなんだ。それになんか書いては、くるくる丸めて、千代子夫人がいないときに、ポンと大久保に渡すわけですよ。大久保がそれを読んでぼくのところに来る。これこれこういうことを解明せよということで、ぼくは、いちいちそれに答えなくちゃならんわけですよ。

今 佐藤さんは好きだけど、その女性とやってないの。

柴田 女がやらせないんです。接吻まではさせるんですが、その女、悪いやつでね(笑い)。接吻させたら、やらせたらいいじゃないですか(笑い)。

梶山 その女性は、まだ現在もお元気なわけですか。

柴田 ええ。

梶山 はその女性と原民喜さんとが……。

柴田 原民喜が惚れて結婚を申し込んだんです。その当時、原が十万円持っていた。かなり持っていたわけですね。だから自分は結婚できると思って申し込んだら、彼女がけっちゃったわけです。それが原の自殺した一つの理由にもなっているはずだ。つまり、彼女は一方で、非常に献身的にものをやってくれる人なんですよ。サルマタまで洗ってくれる人なんですよ。

梶山 能楽書林時代ですね。

柴田 そうそう、能学書林にいて、そこの片隅の部屋を一つ借りてたわけです。原という人は、世事、俗事にまったくうとい人ですからね。彼女はサルマタまで洗ってやったわけですよ。そうしたら、彼は結婚したくなったんだなあ。それをふっちゃったんだ。自殺の理由はそれにもある。

今 あんまり遊びをしない人なんか、そういうことがあるとショックだな。

梶山 まあ作品的な行きづまりとかなんとかいいますけれども……。

柴田 一番大きなものは彼女に対する失恋です。佐藤春夫にいわせれば、彼女は「女狐」ですがね。

今 佐藤は彼女を憎んじゃったの、自分にやらせないから。

柴田 いや、憎まないですよ。そのうちに彼女は十二ぐらい年下の共産党の青年と駈け落ちしてしまった。

今 みんな共産党はさらうんだな。

柴田 共産党の若い連中は、ものすごく惚れてみせますからね。いろいろ理屈をこねて。

詩人、春夫のなまめかしさ
今 しかし、佐藤春夫も、かあちゃんのお千代さんはこわかったらしいんだね。

柴田 ひところ、奥さんはもう頭に来ていましたよ。

今 佐藤はね、かあちゃんにすぐわかっちゃうもの。というのは、おれらが「ちょっと神楽坂へでも出かけよう」というと「ウーン、おっくうだからな」、「だって、だいぶ出ないんだろう」、「もう十何日ゲタはいたことないよ。庭にも出ないよ」てな調子でものぐさなんだよ。それがいったん女に惚れるとね、その女がいてもいなくてもかまわねえんだ。一日に何回とゲタはいて出かけるんだよ。だからもう、ゲタはき出したらかあちゃんにわかるよね(笑い)。出ないやつが出るんだもの。
それで、いつか、えらい夫婦喧嘩しちゃってさ、あの門のとこ、年中しまってんだろ。

柴田 ええ。

今 あの門の、石段でもないけど、あそこに佐藤春夫が着流しで、なんだかふっくらと懐をふくらませて腰かけているんだ。それでおれが「どうしたの」というと「おッ、東光、いいところへ来てくれた。かあちゃん、ねじりハチ巻きで怒っているから、ちょっとのぞいて見てくれないか」というから、仕方がない、おれは門から入るといけないから、台所口に回ってコンチハ」っていうと、「何屋さんかい」なんていって、かあちゃん、ほんとにな、ハチ巻きしてカンカンなんだよ。「なんだいその格好は、みっともない」、「いいじゃないかよ。それより東光、おやじに会わなかったか
い、往来で」、「ずうっと向こうにいたよ、ブラブラ歩いてたよ。どうしたんだ」、「ウン、出て行け、といったら、出て行ったんだよ。メガネと原稿用紙と万年筆を懐に入れて。どこかで書くんだろ」、「そんなみっともねえことないよ。ねえ、おれ呼んで来るから、もう怒りなさんな。だいいち、ハチ巻きとりなさい」、「いや、これはガンガン頭が痛い」、「あとでおれがもんでやっから、そのはげ頭」――若い時、島田結ってるから、こうはげているんだよ。「はげ頭もんでやっからな、もう怒りなさんな」、「そう、それじゃつれて来てよ。ほんとにみっともないよね」、「みっともないって。放り出したり、飛び出したりみっともないから、おれ連れて来る」というなり、裏口からまた出てね。「うまくいったぜ、もう少したってから帰ろう」といって、二人で石段のところへ腰をかけて時問をつぶしてね。さも遠方から連れて来たような顔をして(笑い)、二人でノコノコ帰った。おれはずいぶんそういう点、苦労してんだよ、オイ。

柴田 ああ、わがことのみならず、他人のも(笑い)。

今 しかし、佐藤春夫という人は面白いね。

柴田 なんかいう言葉がさえてましたよ。たとえば、人と議論になったりした時ね。舟橋聖一と議論した時、舟橋聖一が「それは佐藤さん、あんた神がかりだ」といったんです。そしたら、間髪を入れず佐藤春夫がね、「それじゃ君は下がかりだね」なんていった。そういううまさがある。

今 それはそうだね。頭の回転が非常に速い人だった。

柴田 紀州のほうから、慶応に入った学生がやって来た。これは親父が大工なんです。親父の職業のことを大工と書くのが恥ずかしいといった。佐藤さんのところへ来て、ほかの言葉はないだろうかと聞いたらね、「おまえ、大工の下に業という字を書け。そうすれば大工業になるじゃないか」って(笑い)。そういうふうな頭の回転の速さが……。

今 めずらしい人だ。

柴田 それでぼくは尊敬しちゃったんですよ。

今 だから、あの人が「車塵集」なんて書いてますね。支那の芸者の詩だとか、とくに女ばかりだ。ああいうものの翻訳は古今無類じゃないかな。

柴田 ちょっとないですね。

今 漢詩なんかね。今度のおれの展示会でも王維のものを書いたり、倪雲林の自叙伝を抜粋したりしてみると、ああ、佐藤春夫の訳は名訳だと……魚玄機といって、森鵬外が書いている女流詩人がいるんだ。それをどうやって訳していいかといったら、佐藤春夫以外にないな。そのうまさというものは、なまめかしくてね、それでいてみだらでなくて、非常にうまい。だから根本的に詩人なんだね。

梶山 言葉を大事にされるという感じは、ものすごく受けますね。

今 あれが失恋してね。自殺しようと思って、福岡まで飛んで行ったことがあるんだな。それで福岡だか佐賀だか、あの辺に何とかいう松林があるんだね。そこを泣きながら歩いている詩があるがね。

柴田 人と別るる一瞬の思いつめたる風景は松の梢のてっぺんに海一寸に青みたり――という詩だったかな。

今 覚えているね、この人。

梶山 柴田さんはね、記憶力というのはすごいですよ、こと字句に関しては。女に関しては寝た女の顔も覚えてないんだから(笑い)。

柴田 これはしょうがないや。

今 忘れるか、やっばり。おれも忘れる。

無学文盲だった奥むめお
梶山 佐藤さんは、俗に“門弟三千人”といわれるほど、いろんな方が出入りしていたんですね。

今 それでおもしろい話があるんだ。佐藤春夫と中学時代の同級で奥栄一という翻訳をする人がいた。ゴーチェだったかの翻訳をしたんだが、それを佐藤の世話で翻訳して新潮杜から出たのが、あとにも先にも一ぺんなんですよ。英語も独学でやった人でね。もっとも、ゴーチェだから仏文なんだけど、仏文できないから英文で訳した。これが貧乏でね、どうにもならなくなって……。中学時代に同級になったというのは、新宮中学で一年上級だったんですが、落第して佐藤さんと同級生になったんだね。二人共、文学が好きでね。佐藤さんのほうは懸泉堂というお医者さま。まあ、漢方医の毛のはえたような医者だったのだろうけど。

柴田 あれは藩の医者だったんでしょ。

今 そうなんだ。だから家代々漢方医だな。奥栄一という人はどんな家の人か知りませんが、あまり豊かでない。それが東京に出て来て、また佐藤にいろいろ世話になって、それで翻訳もした。それから間もなく結婚したんだよ。それが女工さんでな、目に一丁字のない女性だったんだ。その女房にもうそれこそイロハから教えたようなもんだな。文章を書くことも、演説することも教えた。それが子供ができましてね、その赤ちゃんをねんねこでしょって、メーデーの時、演説会に出して演説させたんだ。それを新聞でも、もうガッと大きく書いてねーそれが今の奥むめお女史だよ。

柴田 えッ!? 無学文盲だったわけですか。

今 無学文盲さ。だから奥栄一の傑作はね、そんなゴーチェの翻訳なんかじゃなく、奥むめおという無学文盲の女をあれだけのインテリに仕上げたことだね。それは佐藤春夫もおれも、彼の努力と誠実さというものを認めるよ。ところが、女史のほうは偉くなって来てね、社会的にいろいろ交渉ができて来ると、いかに自分の亭主がパカで無能かということが見えて来たんだね。それで別れちゃった。

柴田 それじゃ与謝野鉄幹と与謝野晶子みたいなもんだ。

今 そうよ。しかし、いまだに奥という姓は名乗ってんだよ。

梶山 それは初耳ですね。まあいろんなことを知ってるね(笑い)。

今 奥むめおがこの雑誌読んで、わたしゃあ無学文盲でなかったっていったら、じゃおれの前で対決してみろっておれいえるよ。奥むめおがまだそんな大したことになっていない時、奥が佐藤のところへ来て、いろいろ教えている教科書の話だとかしていたもの。

批評家は女を知らない……
柴田 ぼくは佐藤春夫が酒田のある女性に惚れて、ラブレターを送っていますけど、それを読んだことがあるんです。これは名文だなあ。あれで心を動かさない女がいたらどうかしているぐらい名文ですよ。その女性はまだ持っているはずです。

梶山 それは候文で書いてあるんですか。

柴田 候文ではないけど、その中に歌は入れてあるね。

梶山 錬さん、ラブレターなんか書いたことありますか。

柴田 全然書いたことない。

梶山 今 先生は?

今 おれはあるよ。

柴田 今 東光の恋文なんて、亡くなったら出て来るよ(笑い)。

今 宇野千代に書いたり、宇野千代が寄こしたりしたの、みんなねえンだからおしいねえ(笑い)。

柴田 十返肇がね、死ぬ二、三年前に女に惚れてね。ラブレターを書いていますよ。これを吉行(淳之介)が読んだら、もうあきれかえるぐらい甘ったるくてね。吉行が「おれ、絶対に評論家というのは信用しない」っていったもの(笑い)。実にへたくそらしいんだな、甘ったるくて。

梶山 いや、十返さんて純情なとこありますよ。

今 いいとこあったね、あいつ。

柴田 Hという評論家がいるでしょ。彼がぼくの知ってる新劇女優に惚れたわけですよ。どうしてもおまえと一緒になりたいということをいうが、新劇の女優のほうは鼻でせせら笑っている。Hのほうがわからなくなっちゃったんだな。それで対決しようというので、これもおかした話だけど、女房とその新劇の女優と三人で、さんざんやったわけですよ。Hが「女房と別れて一緒になる」といっているのに、新劇の女優のほうが「ウン」という返事はしない。そういうことをさんざんやっているうち、最後に妻君がケタケタと笑ってね。「Hは私と絶対に別れません」と。なぜだといったら、「結婚して二十五年間、いまだに一緒の床の中に寝てる」というんだって。

今 フーん。

柴田 女優のほうはもうあほらしくなったって。だいたい、評論家なんて中学生みたいなところあるわな。

今 そうだな。

柴田 それで男女の機微を書いた小説の批評ができるわけないですよ(笑い)。一ぺん女とバチャバチャやってみりゃいいじゃないか。それでどれほど女というものが扱いにくいものかという地獄の苦しみをやったら、はじめて小説の批評ができますよ。

“中尊寺心中”なんて書くなよ
今 だけど、生田長江という人は、偉い人だったな。佐藤春夫は、生田先生のところで食客になっていたんだ。長江さんは、はじめ夏目漱石の門を叩いたんだ。ところが、長江というのはエラ物でね。やっばり先生といえどもというので漱石批判をしたんだな。そうしたら、小宮豊隆、鈴木三重吉、こういう意地悪がみな生意気だといって、長江を村八分にしたんだよ。それで長江は一匹狼になってしまったけど、「青鞜」が出ると、平塚雷鳥なんかを応援した。そういう点は評論家として立派だよね。文明批評家というような感じがしてね。
佐藤さんの才気を長江が非常に可愛がった。これは必ず将来大を為すといって、また佐藤がペイペイの時代の「病める薔薇」というのが、長江の紹介で「中外」という雑誌に出たのですよ。それですぐに今度はおれを紹介してくれてね。だからおれらはその点、非常に長江先生の恩義を感じているんだけどね。
そこに生田春月というのが書生をしていたんです。これは先月、瀬戸内晴美にも話したんだが、この春月という男は、話もろくにしないで、なんか深刻で悲しくてな。ああいうのが恋愛すると、もう馬車馬みたいなんだな。それであれ、瀬戸内海で船から飛び込んで死んじゃったんですよ。失恋したのかなんか。ああいうのは融通がきかないんだよ。あと戻りできないんだ。義経みたいに、逆艪をつけるということができない。もう進むだけで退却ができないから、そこが深淵であろうと、断崖絶壁であろうと行っちゃうんだね。もっとも、おれなんかこの年だって、惰熱は若い人に負けないくらい持っているんだからな。おれだって心中するか、自殺するかわかりゃあしね。

梶山 中尊寺心中、なんてね(笑い)。

今 おい、そんな「中尊寺心中」なんていう小説書いてくれるなよ(笑い)。心中の名所にでもなったらかなわねえからな。

梶山 「中尊寺心中」という題がいいですよ。それで最後に金色堂を見て、心中する。

柴田 それは水上勉の世界だよ(笑い)。

今 勝手なこといいやがる(笑い)。

梶山 では、どうもこのへんで――。


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峰不二子と遊女
過日、亀さんは道友・抱き茗荷さんのブログに以下のようなコメントを投稿した。

天皇家と遊女
過日は「民のかまどより公を想ふ」シリーズ、お疲れ様でした。

さて、「賎民についての参考文献」として、喜田貞吉の著した『賤民概説』が青空文庫で読めるとは知りませんでした。貴重な文献の紹介、誠に有難うございました。

それと並行して、飯山一郎さんも推薦していた『異形の王権』(網野善彦 平凡社)の一読をお勧めします。天皇家と賎民の繋がりを説いた良書であり、たとえば、以下の行にご注目ください。

***************
鎌倉期までは「公民」に所属するものとして、また神仏に仕える女性として、天皇家・貴族との婚姻も普通のことであった遊女は、南北朝期以降、社会的な賤視の下にさらされはじめる。

……中略……

遊女もまた、ここに聖から賤に転落したのである。
『異形の王権』p.241
***************

ここに、さる筋が語っていた「被差別部落を知らねば解く事は出来ない」の真意が隠されています。

なお、落合さんの南北史観ですが、拙ブログ「人生は冥土までの暇潰し」でも書きましたように、まだ完全なものではないと小生は愚考しております。そう思っていた矢先、飯山さんの新しい南北朝説が飛び出しました。以下の拙稿を踏み台に、抱き茗荷さんなりの南北朝観を読みたいものと切望いたします。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-909.html

これからの御活躍を祈念しております。

亀さん拝


すると、抱き茗荷さんが「異形の王権」と題する新記事をアップ…。なるほどねぇ…、歯科&音楽ウォッチャーさんも、抱き茗荷さんも、アッチが好きな者同士なんだなぁ…(妙に納得)。

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歯科&音楽ウォッチャーさんの峰不二子ドクター

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抱き茗荷さんの遊女(葛飾北斎 喜能会之故真通 遊女と客の雲雨千話)

洞察歯観のすすめ(5)
歯科&音楽ウォッチャーさんに、あと1本ほど今年中にブログ記事にしたいとメールしたところ、期待通りに歯科医の現状についてのメールをくれた。

ところで、昨日の新井信介氏の記事には悲壮感すら漂っていたが、これは間もなく迎える日本という国の終焉を意味している。そうした中、歯科&音楽ウォッチャーさんに今のうちに歯の悪いところを治療しておくようにと、大分前にアドバイスしてもらっていたので、師走に入ってからン十年お世話になっている歯医者のオヤジに、悪いところを徹底的に治療してもらった。これで当面は歯医者に行く必要はなくなったので、安心して日本での最後の正月を迎えられそうだ。

おはようございます。

亀さん メール、ありがとうございます。先ほど帰宅、確認しました。

押し迫ったところに、急な飛び込み仕事が入り出突っ張りしておりました。

早速、見ました・・・いや、聴きました。亀さんの力強いフォルテのタッチで弾く、車屋さんの副会長・・・・突然を装い計画辞任。

五輪ピックの顔と顔が消えていきます。東京での大運動会は、スカイツリーより遙か上空に疑似空間でもこしらえてやっていただくしかなさそうですね。またほぼ同時に、広辞苑丸暗記=燃える闘魂アナウンサーがプロレス・ステーション降板するを発表。来年、3月いっぱいで・・・・というところが(味噌)でしょうか。

飛び込み仕事の合間に中古CD・レコードショップを冷やかしに覗いておりましたが、結構な混み合いです。年末年始ともなるとバーゲンセールに加えてレア(希少価値ある)作品とのめぐり会いを求めてオタク族が、いや、マニアックなコレクターたちが集結します。その眼(まなこ)はやる気満々の戦闘モード。目当ての作品をいち早く探し出すためには、鋭い嗅覚と素早い巣箱(レコード・CDが入っている棚)あさりが勝敗を分けるポイント。店内、あちこちで目にする音楽マニアたち・・・その手さばきたるや驚くべき早業・神業。オリンピックの各種タイムレースを見るよりスリルがあるかも知れません。コレクターの皆さん、日頃から場数を踏んで鍛錬怠ることなく、その高度な技術を錆び付かせることはありません。・・・・もちろん、私もコレクターたちの波に飛び込み、お安いところを2~3枚、射止めてまいりました。(^-^*)。

なかでも、卓越した技の持ち主は、動きは速く一定のリズムを刻んで、またそのリズムがぶれることなく、商品を手荒く扱うこともない。これは、側で見ていても気持ちよく感心します。

今日は、なにやら、世間はクリスマスなんですね~。だからというわけではありませんが、知り合いから思いがけず日本酒をいただきまして・・・・ついつい、今、飲んでます。BGMにとステファン・グラッペリを聴きながらキーボードを叩き始めたのですが、グラッペリのヴァイオリンの音が、飲め飲めと誘っているようで・・・。いただいたお酒、これが美味しい。口に含むと自然と喉の奥に流れ落ちていく感じで、この美味しさはまさに、幸(さち)ですね。

かみわざ・・・・といえば、歯医者さん世界にもありまして・・・・患者さんに高度な治療技術を提供するということで、技術料なるものを要求してきます。

亀さん。峰不二子ドクターの甘言に乗ってついふらっと保険治療から自費治療へとギアを入れ替えようとしたとき、この時点で自費治療の内容と掛かる費用を確認すれば良いのですが、その一呼吸を忘れて、首を縦に振ってギアチェンジしたら、一足飛びに悪夢の超特急で獄門島ご招待です。

さて、この、自費治療(=技術料)の料金はどのようにしてはじき出されるのか、ということですが。何かしらそれなりに目安があってのこと・・・・そう思われるでしょうか。
寅さんの露店口上を借りて紹介するなら、こんな感じでしょうか・・・・・。

「かどは一流デンタル、白歯科、黒歯科、赤歯科さんで、紅白粉つけた衛生士のオネーチャンに抜いてちょうだい、削ってちょうだいでお願すると100万両は下らない最新治療法。しかし、今日はそれだけ下さいとは言わない。浅野内匠頭じゃないが腹切ったつもり。70万でどうだ!50、30万。まだ手が上がらないか。今日の患者は貧乏人ばっかりか~。しょうがねーな。もってけ泥棒!10万ポッキリで、さあどうだ・・・・」

魔心歯科における自費治療の価格・・・・ドクターは患者の懐具合を覗き見しつつ、そしてなにより、ドクターの欲の皮のツッパリ加減で決定いたします(^O^)。

ベンツが欲しい。愛人28号と海外旅行。かみさんからミンクのコートをせがまれた・・・等など、その理由は様々あるようですが。

魔心溢れる自費診療代金=欲の皮のツッパリ価格・・・ということです。

保険治療から自費治療へと誘われたら、まず治療内容の違い(なぜ、保険治療では出来ないのか)を問いただすことです。その上で、自費にした場合、治療計画と掛かる費用を確認する。同意・契約書にサインを求められる場合もありますから、よくよく注意すべきです。ろくに説明もしてくれないドクターなら、紙っペラだと思って、早々に立ち去るべきです。

また、痛みがひどくなり、それこそ脳天突き抜けるほどの苦しみを抱えて歯医者に飛び込むようなことはしないことです。冷静な心でいられない状態で、一刻も早く痛みを取り除きたいあまり、「先生、悪いところ、みんな抜いてください・・・・」などと口走ったら、待ってました!魔心フル回転。「大丈夫ですよ。悪いところは全て治療しましょう」とばかり、あなたの口腔内を見つめる目は動殺歯観になってます(^O^)。

抜いてください。削ってくださいは禁句。歯医者好みの患者になって、命預けます。これは、最悪のパターン。

亀さん。医者のかみわざは、ただの口先&幻惑紙マジック。高度な治療技術など持ち合わせてはおりません。中身はピーマン。ライセンス(紙)は持ってますよ。それだけのこと。技術、センス、経験。どれをとっても、お粗末なペーパードライバーみたいなものです。

治療のための研究、勉強などろくにしてません。まことに高度な見栄と欲の皮のツッパリ。そして、カモネギ治療が唯一の持ち味!

この年末年始は、ゆっくりと音楽三昧したいと思いますが、つい先日、ふと心に浮かんだのが、オイゲン・キケロ。ジャズ畑のピアニストですが、もう長年(十代のころより)聴き込んでいるプレイヤーの一人です。90年代の半ば前後だったと思いますが、「それぞれのラストシーン」というアルバムをリリースしました。クラッシック曲をジャズアレンジしたアルバムですが、どれもどこかで聞いたあの曲とわかるものばかり。久しぶりに押し入れの奥から引っ張り出しました。

大晦日、このアルバムで年越しします。

除夜の鐘とともに一夜明けると、世の中、「猿の惑星」にすり替わっているかも・・・・知れません。(((o(*゚▽゚*)o)))

追記
亀さん。デンタルフロス(糸ようじ)ですが、これはあまり使いたくないですね。四角い部屋をほうきで丸く掃くと四隅にゴミが溜まる。これと同じことで大抵が中途半端な清掃で終了です。かえって歯間、歯肉にダメージを与えることになるのではと考えます。

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歯科&音楽ウォッチャーさん、コーフンした…?


テレビ局の自殺
テレビ局を含め、日本の大手マスコミの衰退が叫ばれてから久しいが、そうした中で頑張っているマスコミの一角が東京新聞だ。そのあたりは、本日の「政権批判がテレビから消える日」を読めば一目瞭然で、同紙の池田悌一・三沢典文の両記者による渾身のレポートを讃えたい。なお、同記事は昨日の拙稿「朝敵からの警告 その1」と関連づけて読んでもらえたら幸いだ。

【追伸】
拙稿『「今のロシア」がわかる本』を書いた当時、同書は1円+送料(250円)で売られていたのに、ナント今や2万円台の本に化けた…。ここで、買い損ねた人に一言。飯山一郎さんのロシアおよびプーチン情報、たとえば「◆2015/12/26(土)  プーチンの政治思想は、政治哲学の域に達した!」などを、丹念に追っていけば無理して2万円を支払ってまで購入する必要はないちゅうこと!

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なべおさみの新刊本
昨日の拙稿「また、始まったぁ~(爆)」で、「本当は俳優某についての話をアップするつもりでいた…」と冒頭に書いたが、その俳優とはなべおさみのことである。なべおさみについては、1年ほど前の拙稿「高倉健となべおさみに見る任侠道」で取り上げているので、再読していただけたら幸いだ。

その時、なべおさみが著した『やくざと芸能と 私の愛した日本人』(イースト・プレス)を少し紹介したが、そのなべおさみが今度は『昭和の怪物 裏も表も芸能界』(講談社)と題する本を出したというので、さっそく昨日注文した次第である。今日あたり届くというので、今から楽しみだ♪~ 任侠道に関心のある読者がいたら、一度なべおさみの新著を手に取ってみて欲しい。あの「Litera」でも同書を紹介していた。
なべおさみのヤバい交友録第二弾! 暴力団や政治家だけじゃない、王貞治を手かざし治療、ハイジャック犯撃退…

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ところで、拙ブログのランキングを確認してみたところ、ナント! FCブログでアクセスがアップしていたのが分かった(オレンジ色のマークに注目)。う~ん、「東光ばさら対談 井上ひさし」などのような、スケベーな対談記事ばかり紹介していると、亀さんの〝品格〟まで大勢の人に疑われてしまう…、どうしょうかなぁ…、未だ紹介したい素晴らしい猥談記事…、ではなくて対談記事が一杯あるんだが…と、悩む亀さんであった。

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朝敵からの警告 その1
昨日アップした「また、始まったぁ~(爆)」の続報である。同記事をアップした後だが、今のところ1枚も非通知ファックスは届いていない。

これで明らかになったことがある。非通知ファックスを届けてくる〝敵〟の正体は、今上陛下の誕生日に先立って行われた記者会見で、陛下に放射能についての発言をさせなかった〝敵〟、すなわち朝敵だったということだ。この朝敵は古舘伊知郎氏を降板させたのみならず、岸井キャスター降ろしの黒幕でもある。

“官邸圧力、天皇に通ぜず” 戦争の悲惨と平和の尊さを切々と
古舘伊知郎降板 総まとめ特集! これが1年半、古舘と『報ステ』が受けてきた圧力だ!
岸井キャスター降ろしの黒幕 『月刊日本』1月号 p.54~63

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時には五月雨、時には集中豪雨の形で拙宅のファックス機に届く、朝敵からのファックスについては、主に以下の2本の拙稿で取り上げたので、ここで改めて参照していただきたい。
IS関連の記事は正しかった…!
これもあれも、「ホの字」…

つまり、朝敵が嫌がらせファックスを送りつけてくる背景は、朝敵が公にして欲しくなかった情報をブログ記事にしたことにあった。

「IIS関連の記事は正しかった…!」の場合は、IS絡みの情報、すなわち公になっている安倍とエルドアンのズブズブな関係以外に、この二人はISともズブズブの関係にあることを書いたブログ記事だったが、朝敵のお陰で情報が正しかったことが分かった。

これもあれも、「ホの字」…」の場合は、五輪組織委員会の豊田副会長辞任の真相は「ホの字」にあると書いたブログ記事だったが、これも朝敵のお陰で正しい情報であることが分かった。

これからも朝敵からの嫌がらせは、ファックス以外の形でも届くだろうが、当方も遠慮なく朝敵の嫌がらせを公開させていただこう。なお、今後の朝敵からの嫌がらせに関する記事は、「朝敵からの警告」と題しシリーズの形でアップしていことにした。本記事はその記念すべき、「朝敵からの警告 その1」である。

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また、始まったぁ~(爆)
本当は俳優某についての話をアップするつもりでいたんだが、本日の12:30p.m.ジャスト(何故、時刻まで正確に書くか分かるね…?)、自宅のファックス機に間髪入れず連続して4枚の非通知ファックスが、「ダー、ダー、ダー、ダァーッ」と届いていた…。〝〟も一所懸命にお仕事をしていることだし、少しは付き合ってやらないと悪いと思い、本稿に切り替えた次第だ(爆)。

最初に、数日前に亀さんが非通知ファックスを1通受信したことを、拙稿「これもあれも、「ホの字」…」に書いたところ、読者某から以下のようなコメントが「拍手コメント欄」にが届いた。

イヤガラセFaxが「ホ」に関する事を認める結果に…。亀さんはすごく余裕な感じでお話ししてますけど、Faxで埋もれてませんか?大丈夫ですか?亀さんのブログ見てはせっせとFax送信してるヤツが目に浮かびます。


余裕って…、別に亀さんがファックスの送信費を支払っているわけでもないんだし、〝〟にはジャンスカFUCK…、ではなくてFAXを送ってもらっても一向に構わないとすら思っているんだが…(笑)。亀さんの場合、今まで本業である翻訳の仕事のため、何となくファックス機を家に置いていたんだが、最近では仕事でファックスを使うこともなくなったし(100%電子メールに切り替わった…)、お金が勿体ないのでボチボチ廃機にしようかと思っていた矢先、非表示ファックスが届くようになったというワケだ。そして、亀さんには直ぐに〝〟の〝狙い〟が読めたので、そのまま放置しているというワケだ。

ところで、7年ほど前にファックス用紙を大量にまとめ買いしていたが、残り少なくなったので、〝〟には申し訳ないけど、ファックス用紙を使い果たしたら用紙を補充するつもりはないので、そのつもりでいてくれ。でも、さらに非通知ファックスを送り届けたいのなら、悪いけどファックス用紙を拙宅に送ってくれないかなぁ…。ちなみに、サイズは「216mm×30mm×1"」なので、4649!

さて、今回間髪入れずに届いた4枚のファックスのに、実は五月雨式に5枚のファックス用紙が届いている(以下の{写真A})。最初の1枚目は拙稿これもあれも、「ホの字」…を書いてから23分後に〝〟が送信してきた(そのあたりの経緯については、これもあれも、「ホの字」…に書いたので参照のこと)。

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写真A

その後、これもあれも、「ホの字」…非通知ファックス ~♪~を追加したところ、ナント時間を置いて3枚の非通知が届いていた(爆)。なるほどぉ~♪

さらに、飯山一郎さんが「◆2015/12/22(火)3  逃避、逃散、脱出、脱藩、首都放棄」と題する記事を書いてくれた後、翌日(天皇陛下誕生日)追加の1枚が届いた。明らかに、飯山さんが拙稿これもあれも、「ホの字」…をHPに紹介してくれたためであるのが一目瞭然だ。

以上、合計で5枚だが、それが上の写真Aだ。

その後、冒頭で述べたようにダーッと連続して4枚の非通知ファックスが今日の昼過ぎに届いたのは(以下の写真B)、真実を書いた拙稿これもあれも、「ホの字」…に、ヒジョーに多くの人たちが注目したからだということが、容易に分かる…(爆)。ナルホドね…、「豊田副会長が突然辞任」の真の理由が、東京オリンピック中止、すなわち「ホの字」にある」のは、本当に真実だったんだなぁ。

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写真B

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亀さんのような注目度も低いブログにすら圧力をかけてくるなんで、今上陛下に圧力をかけ、放射能について一言も言わせなかった勢力(朝)だけのことはあるとつくづく思った…。
◆2015/12/23(水)2  稲の根本にあてごうた鎌はいずこに…

しかし、今や明らかにプーチンを筆頭とする我々の〝味方〟の方が、軍事力でも情報収集能力(スノーデンを思い出して欲しい…)でも、力は遙かに我々の方が上であり、かつ我々の〝味方〟は正義であるという点は、ある意味で心強いものがある。

まぁ、ともあれ〝〟から次のファックスが今晩無かった場合、明日は俳優某について記事をアップすることを約束する。読んで寝…!! 皆さん、〝〟が焦っている拙稿これもあれも、「ホの字」…、この機会に是非再読の上、ジャンスか「拍手」にクリックしていただきたい

非通知ファックス ~♪~ その2
本稿を書いて一休みしていたら、さらに枚の非通知ファックスが届いていた。まだ、ファックス用紙は大丈夫だと思うからジャンスカ送ってくれ(爆)。この3枚以外に何枚届いたか、明日報告するのでお楽しみに♪

プーチンのロシア
拙稿『「今のロシア」がわかる本』を公開する直前、畔蒜泰助さんの絶版となった本の在庫をアマゾンで確認したところ、ちょうど60冊あったのだが、ナント昨日の時点ですべて売り切れてしまった…。

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同書を手に入れた読者は幸いである。この上は同書に目を通すことにより、ロシアという国の本質、そしてプーチンの人物および戦略について、読者なりに摑み取っていただければと思う。同書は2008年4月10日発行という7年以上も前の本なのだが、亀さんは久しぶりに同書を再読し、改めて畔蒜さんのロシア観は本物であると再認識した次第である。

昨日、飯山一郎さんが以下のブログ記事を書いていたが、同記事の「ロシアという国家の政治思想的な真相」を、徹底的に書いた本こそが畔蒜さんの『「今のロシア」がわかる本』に他ならないのだ。
本記事は『ロシア讃歌』である。しかし「媚露」ではない。絶対にない。 日本人が今までに知らなかった「ロシアという国家の政治思想的な真相」が丹念に書かれている。熟読をお願いしたい。(飯山一郎)

なお、御参考までに以下は『「今のロシア」がわかる本』の目次である。

はじめに――プーチン・ロシアの地政戦略と「近未来のロシア」を予測する!

1章 世界有数の「エネルギー資源大国」
プーチンの「野望」がこの国を動かす!

▼ロシアが逃れられない「帝国の宿命」
▼なぜ、アメリカはロシアに一目置くのか?
▼アメリカ的な考え方、ロシア的な考え方
▼「国益」がすべてに優先する国家戦略
▼エネルギーを〝テコ〟に復活を遂げるロシア
▼ユコス事件と税制改革にみる「プーチンのやりかた」
▼ロシア経済の足を引っ張るものは何か?
▼ロシアはGDP世界トップ5を目指す!

2章 ロシアの「地政戦略」①
対テロでつながる米露の〝危うい絆〟

▼ロシアは「アメリカの一極支配」を許さない!
▼9・11テロ事件で激変した世界秩序
▼プーチン政権はこうして生まれた
▼冷戦終結直後、既に米露は手を結んでいた!?
▼プリマコフが描いた戦略に立ちはだかったネオコン
▼「共通の敵」を前に、ついに手を組んだ米露
▼なぜプーチンは、「対テロ戦争」をいち早く支持したのか?
▼再びプリマコフの戦略とネオコンの戦略が対峙
▼最後まで「イラク戦争回避」に努めたプーチン
▼なぜプーチンはブッシュをかばい続けたのか?
▼ネオコンが「米露接近」を恐れた木当の理由
▼米露の「戦略的対立」は欧州中東で繰り広げられる

3章 ロシアの「地政戦略」②
これがロシアの「対欧州戦略」のシナリオ

▼ロシア復活の陰に「ドイツ資本」あり
▼プーチン・ロシアの「最終目標」とは何か?
▼「独露接近」に危機感を抱く米ネオコン派
▼ウクライナ「オレンジ革命」の舞台裏
▼プーチンのシナリオを狂わせた「ヒューストン裁判」
▼プーチン政権の窮地を救った「中国の思惑」
▼「敵の敵は味方である」
▼ロシアの「対イラン核燃料供給協定」の真相
▼親米か、親露かで揺れた05年ドイツ総選挙
▼「北欧ガスパイブライン延設」で結束する独露
▼「天然ガス供給停止」で高まった「ロシア警戒論」

4章 ロシアの「地政戦略」③
核、テロ、パレスチナ
――中東情勢をめぐる〝ロシアの思惑〟

▼べーカー元米国務長官と、ロシア原子力産業の知られざる関係
▼《メガトンからメガワットヘ》協定とは?
▼幻に終わった米露の「核燃料供給合弁会社」
▼イランの核開兆問題――米露が選んだ打開策
▼「原子力協定」締結交渉はこうして始まった
▼見逃せないロシアのイラン・シリアヘの関与
▼米露対立の火種「ミサイル防衛システム配備問題」
▼歩み寄るプーチン、仲介に乗り出す父ブッシュ
▼「アメリカは優光順位を間違っていないか?」
▼ライス米国務長宜が公開した興味深い文書
▼中東和平会議で果たした米露の役割
▼「現在、イランは核開発を行っていない」

5章 ロシアの「地政戦略」④
「マネーロンダリング」と戦うプーチン

▼リトビネンコ変死事件の真相
▼冷戦末期のソ連と米CIAの死闘の歴史
▼「オリガルヒ」の背後には誰がいるのか?
▼国際資金洗浄ネットワークと戦うプーチン
▼「チェチェン問題」とロシア-サウジアラビア
▼「オリガルヒ問題」とロシア-イスラエル
▼アメリカとイスラエルが同時に発した意味深なメッセージ
▼プーチンとプリマコフ中東・東欧を押さえる最強の布陣

6章 メドベージェフ大統領就任
「院政」を選んだプーチンの〝もくろみ〟とは?

▼次期政権はメドベージェフ - プーチン体制へ
▼産業の多角化、インフラ整備……「今のロシア」7つの課題
▼相次ぐ国営企業設立の真の狙い
▼シロヴィキ派とサンクト派の使い分けができるのはプーチンただ一人

7章 BRICsの一角を担うロシア
日露関係この大国とどう付き合うか?

▼動き始める「極東開発ブロジェクト」
▼日本はここで活躍を求められている
▼「ウラン権益」の確保に乗り出す日本企業
▼シベリア鉄道整備はビッグチャンス
▼原子力と鉄道での対露協力は日本の地政戦略上のカード


祝出版 ♪~
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飯山一郎さんが新刊本を、ナント2冊も立て続けに出版するのだという。
◆2015/12/22(火)  売文業になるな! と自戒する日々。

1冊は響堂雪乃氏と共著で、『終末社会学辞典』という辞書を出版するとのこと。飯山さんによれば、「ピアスの『悪魔の辞典』を超えた、抜群に面黒い辞典形式の書籍」らしい。実は、亀さんもこうした類の辞書が大好きで、『The Devil's Dictionary』(悪魔の辞典)は、書名こそ知っていたものの、実際に目を通したことはないが、もう一方の雄、『The Left Handed Dictionary』(左手の辞典)は、今でも大切に保管しており、時折目を通しているほどだ。

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なるほどネェ、飯山一郎さんという人間を造ったのは、一つに『悪魔の辞典』があったのかぁ…。その伝で行けば、今の亀さんを造った辞典、つまり亀さんが捻くれた性格になってしまったのも、『左手の辞典』のせいだ…(T_T)

ここで飯山さんと響堂雪乃氏にアドバイス、「亀さん」とう項目を新たに設け、以下のように定義を入れるとE-カモ…。大ベストセラーになること間違いナシ!

亀さん:もしもし亀よ亀さんよ、世界のうちでお前ほど、ハンサムなものはない、どうしてそんなにハンサムかぁ…

もしもし亀よ亀さんよ、世界のうちでお前ほど、スケベーなものはない、どうしてそんなにスケベーかぁ…


ところで、もう一冊の『飯山一郎の世界の読み方・身の守り方』という本、飯山さんによれば「理論と実践を融合した世界初の行動哲学書で、世界の構造を知りつつ、同時に読者の健康を増進し、寿命を延ばす!という世界で始めての構成・構造になっている」とのことだから、発行即発禁ということになりそうな予感が…。焚書坑儒扱いになる前に、急ぎ同書を手に入れておこう!

ところで、家を飛び出し巣立った息子(同い年の〝息子〟のことではない、念のため…)に亀さんが送った本は、過去4年の間に以下の5冊しかない。

『発酵マニアの天然工房』(きのこ 三五館
『豆乳グルグルヨーグルトでー腸美人!』(マキノ出版)
『体質と食物』(秋月辰一郎 クリエー出版)
『昭和天皇の悲劇』(小室直樹 光文社)
『「今のロシア」がわかる本』(畔蒜泰助 知的生き方文庫)


来春は、2冊(『終末社会学辞典』および『飯山一郎の世界の読み方・身の守り方』)を送ってやらなければ…。

ところで、先日の拙稿で紹介した『「今のロシア」がわかる本』だけど、拙稿「今のロシア」がわかる本をアップする前に念のため確認しておいたところ、アマゾンで在庫が60冊ちょうどだったんだが、本稿アップする直前に再確認してみたところ、ナント残り21冊…、2人の息子にも是非読んで欲しいと思っていたので、今慌てて2冊分を発注したところだ…。それにしても、『「今のロシア」がわかる本』の良さが分かる人が、40人以上もいたとは、日本もまだまだ捨てたもんじゃないワイ…。

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60冊あったのに…

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ナント今や残り21冊…(T_T)

これもあれも、「ホの字」…
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今朝の東京新聞にサーッと目を通して、気になった記事が2本あった。両記事とも、「ホの字」(“惚れる”のホの字ではない。“放射能を意味するホの字だ)に深く関係してくる。1本目は「豊田副会長が突然辞任」という記事で、豊田副会長は具体的に言及していないものの、推測するに東京オリンピックが中止になることを薄々気づいているのではないか…。ともあれ、今週発売された『月刊日本』1月号に掲載された、村田光平氏の記事「〝アンダーコントロール〟という嘘」、および松岡淳一郎氏の記事「原発の〝たたみ方〟」は必読である。

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もう1本は訃報記事で、水谷豊主演のテレビドラマ「相棒」に時々出演していた、有沢比呂子が急性心不全で逝去した。死因は「ホの字」だと思ってほぼ間違いなく、あまりにも早すぎる死である。

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他にも、数日前に地元の友人から電話があり、今月のガン検査で引っ掛かったとのことで、年が明けてから改めて精密検査を受けるという。友人は風邪を引いて1ヶ月以上も経つというのに一向に快復せず、「免疫力が落ちた」と電話口の向こうでぼやいていた。その友人とは1年前、二人で酒を酌み交わしているのだが、その時に思い切って福島原発事故の現状を語ってみたことがある。しかし、まったく聞く耳を持ってくれなかったこともあり、今回は「お大事に」と言うのが精一杯であった。

別の友人や親戚はノーテンキにも長年にわたり降圧剤を毎日服用しているし、ある友人は医者に言われた通りにガン手術を受けてしまっている。何等疑いを挟むことなく、医者を信用してしまっている親戚や友人を目の前にして、何も出来ない自分がなさけない…。親戚や友人・知人には、311直後から内部被曝の危険性について、事あるあるごとに説いてきた亀さんだったが、本当に分かってくれた者は結局ゼロであった。だから、フクイチについて真実を語るのは、今では拙ブログ記事と身内だけとなった。

非通知ファックス ~♪~
時々五月雨式に届いているが、本日も正午ジャスト(12:00)に非通知ファックスが1枚届いた。これは明らかに23分前にアップした拙稿、「これもあれも、「ホの字」…」に対するものであり、これで「豊田副会長が突然辞任」の真の理由が、東京オリンピック中止、すなわち「ホの字」にあることを〝敵〟が肯定した形となった。感謝申し上げる次第である(嗤う)。

また、ここに至ってNHKも2011年3月14日午前11時1分に起きた、3号機の大爆発を認めた。あの大爆発は文字通り〝日本の終わり〟だったのだ! このように、〝敵〟が公開して欲しくないことも、徐々に明らかになりつつある流れになってきたのは、誠に喜ばしいことである。[13:00]
「NHKが、ようやく3号機の真相を公表!」 これは5年も経ってから出す死亡通知みたいなアッチ向いてホイだ。(飯山一郎)

非通知ファックスに関しては、拙稿「IS関連の記事は正しかった…!」参照

〝お嗤い〟番組と「お笑い」番組
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孫崎享・矢部宏治対談

発売から1年以上も経つというのに、未だにベストセラー第1位を続けている『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル)、亀さんにとって最も印象に残ったのが以下の行である。

自然科学の分野では世界的研究者を輩出してきた日本ですが、社会科学の研究者たちはどうしてこれほどダメなのでしょうか。
『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』p.165


その原因について矢部氏は以下のように結論づけている。

戦後日本の社会科学における「最高権威たち」というのは、「あらかじめ決まっている結論」をウラからあたえられ、それを正当化するためには自説を一八〇度変えても平気でいられる人物、「インテグリティ」の喪失にほとんど痛み感じない人物ということが大きな条件になっているのです。
『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』p.169


全く以てその通りである。そのあたりがイヤでも分かるのが、NHKの「日曜討論」だ。「日曜討論」については、過日の拙稿「精神と顔との関係」で少し触れたが、亀さんにとって「日曜討論」は〝お嗤い〟番組であり、日テレの「笑点」は「お笑い」番組として、毎週それぞれ愉しく見ている(爆)。

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「笑点」(左)と〝日曜討論〟(右)

蛇足だが、上記番組以外にテレビ朝日でやっている、、「路線バスで寄り道の旅」や「さんぽサンデー」も、息抜きになかなか楽しい番組だ。尤も、亀さんが上記の旅番組を極力見るようにしているのは、内部被曝による影響を極力抑えるため外出を控えているため、および5年近くにわたる放射性物質の影響が、画面に映っている様を確認するためなんだが…。

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「路線バスで寄り道の旅」(左)と「さんぽサンデー」(右)

ところで社会科学だが、かつての亀さんはメールマガジンを発行していた時期があり、その中で社会科学について言及したことがある。

■社会科学のすすめ
世界の一流紙などから世の中の出来事を正しく分析し、それを基に行動していく為には、社会科学的な分析法が不可欠である。同時に、言葉の上辺だけではなく、言葉の背後に隠された異文化、時代背景、言葉の変遷などを正しく把握しておくことも必要となる。

社会の出来事を社会科学的に分析する手法は、日本人にとって馴染みのない分野であり、過去の日本人で社会科学的分析を取り入れた者は少ない。日本の危機(亡国)を克服するためには不可欠な手法であるというのに、それをせずに日本の現状を野放しにするのであれば、日本はやがて滅びる運命にある。

2001年11月3日記す


こうした社会科学手法の重要性は、小室直樹の『危機の構造』、および拙メールマガジン【異文化ビジネスのすすめ】・第2号および第4号を参照していただきたい。それにしても、15年前の予言(上記赤字)が的中してしまったのは残念だ…。

東光ばさら対談 井上ひさし
過日の拙稿「余命半年…」で井上ひさしの名前を出したが、実は『東光ばさら対談』で井上は今東光和尚と対談を行っている。大僧正の今東光とカトリック教徒の井上ひさしの二人による、至高の対談…じゃなくて私行の猥談を愉しんでくれ…。

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十二階下の魔窟が玉の井へ
井上 先生は岩手県のほうへは?

今 こないだも行ってきたんだ。

井上 ぼくは一関にだいぶ長い間いたことがあるんですよ。ちょうど昭和二十四年ごろですが、キャサリンとかアイオンとか台風が二年続けてありまして、磐井川がそのたんびに氾濫しましてね。

今 どうしてそんなところにいたの。

井上 おふくろが、あそこで堤防工事の土建屋をやってたものですからね。

今 偉いね、女ボスじゃないの。

井上 昔、磐井川にものすごくでっかい木がありましてね。ぼくが生まれて初めて見たぐらい、直径三メートルもある木です。水かさが増しますと、その木に上流から流れてきたものがひっかかって堰止めちゃって、一関の町が水びたしになるんです。で、ある程度までくると、橋のほうがこわれて流される。それの繰り返しだったんです。ぼくが行きました時は、ちょうどその木を一ヵ月ぐらいかかって切っていました。昭和二十四年の夏ごろですね。

今 まだ拙僧が行く前だ。おいくつぐらい?

井上 中学三年ぐらいです。

今 それ以来いらっしゃらないの。

井上 同級生がいますから、五年に二へんぐらい行きます。

今 もっといらっしゃいよ。ぼくが(中尊寺の)住職してる間にいらっしゃいよ。

井上 平泉は一度も行ったことないんです。

今 何だい、これはまたひどいね。実はね、昔はずいぶん坊主が一関で飲んで遊んでたんだ。これが、おれが行ってから、ぴったり止まっちゃった。だから、料理屋や花柳界ではほんとうは困るんだけど、そう悪口もいわず、「先生が来てから、寺の風儀がよくなりました」って、評判はいいんだ。和尚は風儀は悪いんだけれども(笑い)、寺では厳しいもんだから、坊主どもはおとなしくしてる。あなた、大学のころ、まだ赤線ありましたか。

井上 ありました。

今 あなたはたいへん浅草好きなんだそうだけど、吉原は行ったことあるの。

井上 一度だけ行きました。

今 ぼくは古いんだよ。あれは明治四十年前後に大火がありましてね。徳川時代の建物が丸焼けになったの、昼火事で。ぼくアいとこに連れられて冷やかしにくっついて歩いて知ってるんだけど、いわゆる名門といわれたいいうちで、間口は広くても奥行きのないみたいなもんで、火災のあとに建たなくなっちゃったうちが、何軒かありましたよ。その筆頭が金瓶大黒といううちで、三条(実美)公とか山内(容堂)の殿様というような人が幕末から明治の初年にかけて遊んだという、たいへんなうちなんですけどね。で、そのあとに建ったやつが、ぼくらがはなはだ利用した吉原時代なんだな。それが関東大震災で丸焼けになりまして、そのあとに建ったのが、また終戦でストップになっちゃったわけですね。

井上 ぼくは浅草で働いていたんで、金を持って吉原に行く途中、あそこに千東通りがありますね、あそこの青線でみんなひっかかっちゃうんです。

今 ぼくらの時分は青線ていわないんだ。馬道を通っていよいよ行くと、猿之助横丁っていうのがある。そこから入ると、十二階下の魔窟なんだ。これもおもしろい話があってな。十二階下は吉原よりも女が多くて、たいへんな数がいたんですよ。ところが根津嘉一郎って怪物がいましてね、浅草から日光への電車つけるっていうんだ。重役はもちろんのこと株主全部反対なんですよ。日光なんて、そんなに行く客はないでしょう、その当時。今だってそんなにありゃしません。そこに電車をつけるなんて、こんなむだなことはないってみんな社長に反対をした。ところが根津は独裁者だから、何いってるんだ、あくまでもやるんだって、とうとう電車つけちゃった。
その時の警視総監が丸山鶴吉って、鬼総監といわれたやつなんだ。政治に色気があったんだな。根津に「おまえ貴族院に出してやろう、選挙費用も出してやる」っていわれて、丸山は「市内にこういう魔窟があるのは、鳳紀上はなはだおもしろくない」ってんで、断固として取り払いだよ。魔窟にいるやつは白首っていって、やかましいものなんだ。そいつらが反対やったり、おどかしたりしたって、鶴吉はサーベルに手をかけて交渉するものだから、ヤクザも何もよういえない。それで引っ越した。それが玉の井ですよ。
魔窟が玉の井に引っ越したでしょう。そうすると、客は日光行きの電車に乗るじゃないの。黒字だよ。それで、根津が「てめえたちおれに反対しやがったけど、先が見えなかったじゃねえか、このバカ野郎!」てんで、重役連中、クビのすげかえなんてやられてた。やっぱり根津さんは偉いってことになった。玉の井は根津が地所を選定して、魔窟を移転させたんです、サーペルの力で。だから、あの辺の地価は上がるし、夕方から夜にかけて客がじゃんすか乗るでしょう。もう電車は満員だよ。日光なんて、一日に一本行ってるだけだよ。

井上 玉の井線ですね(笑い)。

今 玉の井ができたろ。そうすると、ありとあらゆるところにタバコ屋、酒屋なんて店がついちゃったわけだ。これが全部、玉の井のスパイだよ。女が脱走したりすると、いち早くここから惰報が入っちゃうんだ。すると、おっ取り刀で行って捕らえちゃう。それはたいへんな組織だな。今でいうとマフィアだな。これ書きなさいよ、井上さん。ぼくはそんなもの書かない、品が悪くなるからさ(笑い)。タバコ屋でござれ、みんな組合から手当が行くんです。タバコ屋で居眠りこいてる婆アだと思って安心してると大間違い、片目あいて見てるようなやつで、寝てやしないんだ。だから、あそこの女はかわいそうなもんでしたね。吉原といくらも違わない厳重な監視の下に置かれたんだ。

井上 「新聞閲覧所」っていってたのは、ずっと前ですね。

今 十二階下の時代。それから少しやかましくなりまして、大正二年か三年ごろかな、銘酒屋(私娼窟)で軒灯をつけちゃならんてことになったんですよ。明るい灯の下で値段の交渉してるなんてけしからんていうんでね。ところがな、このほうが繁盛しちゃったんですよ。明るいと、ハゲ頭とかデブチンは嫌だよっていわれるのが、薄暗いだろ、わかりゃしないよ、シャッポかぶってりゃ。おかげで客の上がる率が高くなっちゃった。警察ってのはよっぽどバカだよな。そういうことがちっとも計算つかないんだからね。

井上 ケイソツっていうぐらいですから(笑い)。

“新宿青線”のダブルヘッダー
今 あなた、最初は新宿の赤線ですか。

井上 ぼくは初め半年ぐらい大学に行ったんですけれども、田舎の神父さんと東京の神父さんとでは、ぜんぜん違うんですね。東京のほうがインチキ臭いんですよ。で、たちまちいやになっちゃって、岩手県の釜石に帰っちゃって、国立療養所に勤めて、二年かかって十五万円ぐらい貯めました、一銭も使わないで。それでまた東京へ出て来て、復学の手続きして、新宿に映画見に行ったんです。夜遅くなって新宿高校のそば通ったら、「四つ目さん」なんていわれたんです、眼鏡かけてたものだから。「えっ」、「遊んでかない」なんてね。何のことだか、よくわかんなかったんですよ。けれども、遊んで行かないかっていうんだから、何かあるんじゃないかと思ったら、青線なんですよ。それですっかり病みつきにたりまして、二年間かかって貯めた十五万円が二ヵ月でなくなっちゃって、夏休み前にすっからかんになっちゃった(笑い)。それからアルバイトの連続だったんですけれど、サカリがつくっていうのはああいうもんですね。帰りには「もう絶対行くまい」と思うんですけど、次の夜になるとソワソワしてくるんですね。
ひどいのはですね、まだ明るいぐらいの夕方行くと安いんですよ。で、行ってすませて帰って来て、机の上に本なんか広げるんですけど、また雄心鬱勃としてくる。抑え切れずに、また八時ごろ出かけるわけです。

今 ダブルヘッダーだ。

井上 いても立ってもいられなくなるんですよ。ぼくが下宿してた家は、若夫婦が建てた小っちゃなうちで、四畳半の一番いい部屋がぼく。その隣が三畳で、そこで、若夫婦が九時ごろから始めるんです。そうすると、どうしようもなくなってくるんですよ。

今 それはそうだよ。おれは苦学してる時に神田明神の崖下の貧民窟に下宿してた。神田明神がありまして、こっち側が宮本町、その路地に入ると妻恋坂っていう有名な細い小さな坂がある。坂を下ったところが貧民窟になってるんだ。その向こうが神田の芸者街なんだ。汚ねえ貧民窟でね。そこの叩き大工が小さな二階屋こしらえて、その上にお神楽建て(建て増し)の一間こさえて三階なんだよ。そこがおいらの城。うっかりするとゆれるんだ。大きな地震だったらすっ飛んじゃうよ。ちょぼっとシャッポみたいのかぶせたような、ひでえうちだったね。立つとどたま(頭)がつかえるんだよ。だから、おれは猫背になったって怒るんだ(笑い)。二畳半か、三昼までいかない部屋でね。その叩き大工が若夫婦で、ガキ一匹いたかな。
おれは三階でガサガサと内職してね。襖に張る紙の松ボックリの模様なんてのを紙型のせて、ジャッジャッとやるんだ。何百枚こさえても、何ぽにもならないんだよ。それでも、夜も眠くなかったらやるってなもんでね、数をこなさないとメシが食えないからね。
ある晩な、おれがションベンンしに下へ行こうとしたんだ。三階の窓からやっちゃえばよかったのに(笑い)、行儀よく下の便所へ行こうと思ったら、常ならざる泣き声がするじゃないの。何だろうと思ってひょっと見たら、ガキをそっちのほうに放り出して、かあちゃんの上に大工が乗ってるわけだ。「あれ、まあ!」と、終わるまでゆっくり見てた。いまさらションベンに行かれなくなっちゃってな。そっと足音忍んで三階まで戻って、あらためて窓からしたんだ(笑い)。
あくる日、親父が出かけちゃってから下におりてったら、おかみさんが「こないだ建て増しがあって、親方のところからもらったキントンがあるから、これでお茶お飲みよ」っていうんだ。ゆンべやってもらったから機嫌がいいんだ(笑い)。それがいけなかったな、おれにキントン食わせたのが。おれはキントン食いながら、「おかみさん、ゆンベはひでえな。ションベンに下りてこようとしたら、おかみさんがあられもない声出して、ドッタンパッタンやっててね」、「あら、ま、やだよ」って、赤くなっちゃった。「ほんとにあんなの見たら吉原行きたくてしようがないけど、ゼニはなし、てめえのセガレのどたま殴って『あきらめろよ』って、ゆンベはあきらめさしたよ」、「そんなに辛かった?」、「そりゃ辛いよ」、「じゃ、お古でよかったら使っていいわよ」っていいやがるんだよ(笑い)。それじゃ使わしてもらいましょって、うまいことしちゃったよ(笑い)。

懺悔をすると身軽になる
井上 ぼくの場合も同じでしたね。

今 そうか、やっばり。

井上 見てるのがわかると、向こうもだんだん興奮するんですね。

今 向こうは気がついてたの。

井上 タバコ吸いながら見てるんですよ。廊下がありまして、ぼくの部屋の隣が三畳なんですよ。夏ですから開けてある。だから、始まると、灰皿持って廊下にすわって見るわけです(笑い)。

今 だいぶ時代が開けてるなあ。おれなんか足音忍んでるんだもの。

井上 いや、こっちも忍んでるんですけど、やっぱりタバコでもないと間が持てない。それで、蚊が飛んでくると、ピシャッとやったりしながらね(笑い)。旦那さんが映画の大道具の人で、映画の忙しいときでしたから、遅いことが多いんですよ。ある晩、「きょうはまだ始まらないかな」と心待ちしてると、且那さんは帰ってこないで、「シュークリームがあるから、いらっしゃい」っていうことになりましてね。

今 やっぱり、キントンより時代が新しくなってるわ(笑い)。

井上 「お古でもいいか」なんてこともいわれなくて、いきなりでしたよ。

今 「おいで」って?

井上 いや、ぼくのほうが「お願いします」(笑い)。それから、金はかかんないしっていうんでときどきお願いして、図々しく下宿代ためたりなんかもしまして(笑い)。旦那さんが「何であいつ下宿代払わないんだ」っていうことになったんですね。それでだんだんバレまして、ぼくは叩き出されたんです。

今 ちょっとおもしろいね。おれの時代はキントンだよ。井上君の時代はシュークリームだよ。おれのほうはセリフが入って「お古だけれどもお使い」と来たろ。こっちはお古もなにもなくて問答無用だ。だいぶ時代にズレがあるな、おい。おれはもう古いよ(笑い)。

井上 やってるうちに、だんだん自分の奥さんみたいな感じになってくるんですね。すごく癪にさわってくるんですよ、旦那がやってると。

今 図々しいよ、おい(笑い)。あんたカソリックだろ。仏教よりカソリックのほうが図々しいなあ。「汝、姦淫するなかれ」っていうぐらいだろ、おい。

井上 だから、教会に行って懺悔するわけですよ。

今 しゃべるの。

井上 しゃべらないと気もちが悪いんです。しゃべると身軽になって、また迫ったりして(笑い)。

今 それを神父さんは聞いてるの。

井上 聞いて、「それはいけません、すぐ下宿を変えなさい」なんていうんですよ。

今 ゼニはなし、簡単にいかないわな。

井上 で、なるべく日本語のわかんない外人の神父さんつかまえて、わざとむずかしい言葉でいうんです。「配偶者ある女性と姦淫の罪を犯しました」なんて。だけど、そういうことはすぐ向こうもわかるんですね。「要するに、よその奥さんとベッドインしたんですね」てなことになって、「これこれのお祈りを唱えて、二度とやらないように」。次の週は、もっと日本語を知らない日本に来たての神父さんをつかまえて、よりむずかしい言葉でいうんですけど、やっばりわかる(笑い)。

今 こわいもんだなあ。だけど、そういうとき、神父さんはお説教はしないだろう。

井上 しないですね。ただ、あるお祈りを何百回唱えろ。

今 日出海の妻君や娘たちは、みんなカソリックなんだ。で、掃除しろっていわれたけどママの言いつけに背きましたなんて懺悔すると、何とかの聖者の御名を百回唱えなさいとかいわれるんだって。それを唱えると、それでよろしい。あんたのは罪イ深いよ、庭掃除しなかったっていうのとは、だいぶ違うわな。

井上 いちおう掃除はしてるんですけどね。

今 ドブ掃除してたんだ(笑い)。

井上 ぼくの場合は、次の週また行って、この間いわれたお祈り、三分の一しか唱えませんでしたっていうと、また怒られる。それも罪なわけですよ。

花園町の親切な人
今 やっばり懺悔っていうのは、効果はありますか。

井上 すっきりするんですね。

今 身上相談なんかもそれだね。やっばり気もちいいんだろうな。

井上 ぜんぜん他人の神父さんに、「これでもか、これでもか」って、全部話しちゃうってことは、へんな快感がありますよ。マゾみたいな快感があるんですね。

今 おもしろいな。おれの寺でも懺悔制度やってやるかな。一番最初に和尚さんからやれなんて(笑い)。

井上 「衝撃の告白」って、ほんとにあれのことですね。

今 おれなんか、毎ン日懺悔しとらんならんな、若い時は。ひでえもんだ。

井上 できるだけスッと行って、サラッというのがコツなんです。あんまり考えこんで行くと、聞くほうの神父さんも、これはかなりの罪だと思うでしょう。それを悪用して、ときどきいたずらするんですけどね。

今 そうすると、あなたは青線と人妻で育ったってわけか。

井上 吉原は値段も高かったですしね。ぼくがよく行ったのは花園町(新宿)です。

今 吉原はもう寂れるのが当たり前なほど、昔流だったからね。非常に形式を踏まなくちゃいけないんだ。遊びはおもしろくないわ。後にハルピンで白系ロシアの女郎屋に行ってみたけど、これはむちゃでね。十人女がいるだろ。一日目はこのコ、二日目はおまえ、三日目あんたってことしてな、誰も文句いわないんだよ。それで十人ひと渡りずっと行ってから、一番サーピスがよくてぴったりしたコは三番目だった、てなもので行ってもいいんだよ。
ところが吉原はダメなんだ。一ぺん買ったやつはな、けたくそ悪くても替えることはできねえんだ。それをやるとひでえ目に合わされる、女どもに。おれは前に上がったうちの真ん前の妓がよくて上がったのがめっかって、女郎どもがみんな往来へ飛び出してきて、ふんづかまって張り倒されたよ(笑い)。

井上 ぼくは悩みがあったんですよ、人より小さいんじゃないかという(笑い)。たまたま花園町に行って、相手の女の人に、あたしはちょっと小さいんじゃないでしょうか、あなたはいろいろ見聞していらっしゃるんで、正直なところを教えてくださいといったら、やっぱりちょっと小さかったんでしょうね。これは普通である、しかし小太刀には小太刀の使いようがあるっていうんで、非常に勇気を得ましてね(笑い)。こんな親切な人がいるんだから、毎晩こようと思いまして、それからは花囲町ばっかりです。あそこは一晩泊まっても千二百円ぐらいで、ミカン食わしてくれたり、いろいろありましてね。

今 ああいうところの女は親切ですね。

井上 よかったですねえ。なぜああいうのがなくなったのかなあ。

今 川端(康成)なんか、大学卒業するまで童貞でしたよ。これはもう確実に童貞でした。おれが吉原でどうしてやったなんていうと、二局なんか童貞が多いから、運動場でおれを取り囲んで、目をすえて聞いてるんだな、わるいことばかり教えたよ、おれは。

井上 ぼくは下宿を追い出されて、こんどはカトリックの学生寮に入ったんです。四谷の崖の上に立ってまして、ここは夏になると下の家で“始める”のが全部見えるんですよ。それで双眼鏡買ってきて、十円とって見せるわけです、みんなに(笑い)。
ひどい寮でしてね、冬になると壁板をはじからどんどん燃やしていくんです。ですから柱だけ残りましてね。

今 どうして燃したの。

井上 ストーブで燃しちゃんうです。

今 むちゃくちゃやな、それは。

井上 鍵の字に建ってたんだけど、こっち側はすっかり燃しちゃったんです。で、傾いているものだから、部屋の入り口にリンゴを置きますと、あくる朝には必ず反対側にころがってきている。

今 こわいうちだね。おれもこわいうちに住んでたけど、も一つひどいよ。

井上 台風がくると崖がどんどん崩れ落ちていくんです。でも、そこしかいるとこがなくて、そこにいましたけど、夏の夜になるとよく見えるわけですよ。みんな明け方の四時ぐらいまで起きてましてね。係がいて「始まったっ」ていうと、ドドドッと集まってくるんです。
で、刺激されて、結局、みんなで三々五々出かけるんだけど、門限が十時なんです。寮長の神父さんががんばってるんですよ。それで、崖のほうから綱たらして這い上がったりいろいろやりました。東大生もずいぶんいましたけど、東大の人はまじめでしたね。

今 東大にはそんなやつが多いんだよ。そして四十ぐらいになって崩れるんだ。若い時にまじめってのはアテにならん。こないだ、青山学院の偉いのが事件起こしたろ。学生に手つけて訴えられたやつ。あれはまじめで有名な人なんだって。安岡章太郎に会ったら、「あの六十三の教授は、ぼくは偉いと思います」って笑ってたよ。

井上 ぼくも、勇気あると思います(笑い)。

焼き芋屋になった尼さん
今 その寮には、女のカソリックの学生はいなかったの。

井上 それはいなかったですけど、女のカトリック教徒というのは、結局、キリストと比較するんですね、男を見る時に。キリスト以下、聖パウロとか、いろんな聖人がいるでしょう。事実かなり美男子だったらしいんだけど、みんな絵を見るといい男なんです。そういうのと勝負させられちゃ、どんな男だって負けるにきまってますからね。だから、まとまるのがまとまりにくいんですよね。

今 「キリストはわが家の主人なり」なんて書いたのがあるよ。キリストの奥さんのつもりなんだな、あれは。それで、かすかに夜なんか慰めてるんじゃないかな(笑い)。

井上 「董貞さん」ていうんですね、尼さんのこと。かなりキリストを愛して、恋人っていう感じの人がいますね。

今 尼さんというのは、なかにはおもしろいのがいるんだろう。

井上 ぼくはカトリック関係の倉庫番やってたんですけど、そこに尼さんが昼間仕事にくる。残業でちょっと遅くなったりすると、焼き芋屋が通るんです。尼さんも人の子で、買って食べるんです。その尼さんが、ある日、修道会をパッとやめちゃったんです。それがなんと、その焼き芋屋と一緒になってた。夜になると来るんです。二人でリヤカー引いて(笑い)。そういうみごとな例がありました。

今 焼き芋食ってるうちに話がついたんだ。

井上 焼き芋屋をカトリックに改宗させないで、自分が焼き芋屋になっちゃったから、カトリックの損失ですね(笑い)。

今 スペインのマドリッド行ったら、坊主だらけなんだ。坊主学校ばっかしでしょう。若いのがみんな、こんな帽子かぶって街へ出て来て、あれはコネのあるうちがあるんだな、喫茶店とかね。そこで、サッと着がえて、背広になって女子のとこに行くんだよ。変わりゃしないよ、坊主も神父も。

井上 いま、カトリックでも神父さんが結婚していいかどうか、検討してますけどね。でも、スペインてとこは、いいとこらしいですね。弟が住んでたんですけれども、国立なんですってね、売春施設は。七千円出しますとステーキかなんか出て、一晩買い切りで、朝になると国立売春ナントカっていうところの車が並んでて、客の帰るところまでちゃんと送ってくれるんだそうです。いいとこだなあと思って(笑い)。

今 だから、左翼がいくらフランコ政権倒そうとしてもだめなんだ。フランコ倒したら左翼は「売春はいらん」というからな。日本もバカな話ですよ、赤線をなくして。いまはむちゃくちゃに高くなってるしな。いまの学生どもは素人の同級生とか、下級生ねらうってことになって、かえって風俗が乱れてるでしょう。ぼくはこの秋に油絵の個展をやるんですよ。で、ある女性週刊誌に、ぼくがモデル探してるって書いてもらったんだ。ヌードじゃありませんて、断り霧きしたもんだから、二百何十通来たよ、応募が。もうへこたれてしもうてな。その上電話はかかってくる、直接押しかけてくる。
なかには結婚して二週間目っていう女も来たぞ、亭主に内緒でな。ぼくはほんとはヌードが描きたいっていったら、ヌードはちょっと困るっていったけどな、どうなってんだい、おい。この人は一年もたったら、退屈してモデルどころか、よその男と寝ますわ。それから、こないだはね、朝の十一時前後にノックされたんだ。

井上 それはどこですか。

今 ぼくのアパート。ドア開けたら、髪の長い大きたコだよ」。「今先生ですか」、「そうですよ」、「モデルになりに来ました」。招じ入れて話したら、静岡の山の中から、五時間かかっていま着いたっていうんだよ。十八だって。うちに何もいわずに出てきたらしいんだ。おれの部屋を見まわしてな、「今東光っていうから、うちを一軒持ってるかと思ったら、なアんだ、こんなとこか」っていうんだ(笑い)。「こりゃ恐れ入ったけど、まったくこんなとこなんですよ、何でだい」、「今夜泊めてもらおうと思って」。ほんとに週刊誌に出てるような話ってあるんだね。それで、おれも「今日はかあちゃんいないし、あんた泊めて夜中に間違ったりするとえらいことになるから、だめだよ」って、交通公社に話して堅い商人宿かなんかに泊めてもらって、翌日帰してやったけどな。こないだから、おれは若い娘に食傷しちゃってな(笑い)。

井上 いいですね。テアトル・エコーも志願者が多くて百人に一人だけど、ぼくンところなんかぜんぜん来ないですよ。

それでも破門されない
今 女優さんになりたいって来て、裸になるのは平気かい。

井上 やっばり泣きますね、新劇の女のコですから。新劇が裸になるっていうのは、テァトル・エコーが最初にはじめたんですよ、ぼくが最初に書いた芝居(『日本人のへそ』)で。これが妙に当たりましてね。ところが、裸になったって、だれもびっくりしないんです。これからだんだん隠す方向に行こうって、こんど(『珍訳聖書』)は肉襦袢を着せたんですけどね。
女の人ってのはおもしろいんですね。ぼくら男にとっては、ペチヤパイでも裸になってくれればありがたいんですけど、女の人はどんな立派な人でも、どっかに劣等感があるんですね。それで、もう文句のつけようのないからだを持ってる女のコでも、裸になってくれっていうと泣くんです。

今 こないだどっかの週刊誌で、裸でお尻に何かつけた女が五人ぐらいで梯子を上がって行く写真があったけど、あれはどこの劇団だろう。新宿のテント劇場みたいなもんだぜ。何で、おれにああいうの知らせてくれないんだろう(笑い)。あれ(『珍訳聖書』)にはオマンコって言葉が出るそうだね。あれは何でもなかったの。

井上 警察が新聞杜に電話かけてきたとかなんとか、噂がちょっとあっただけですね。今はもう劇場には警官はこないですね。観客としては来ますけど。昔は、台本書くと警察に出したんですね、一部を。

今 それを読んでてね。それと違ったセリフをいうと、ワイセツでもなんでもないことでも、セリフが違ったぞって怒りやがるんだよ(笑い)。

井上 『珍訳聖書』っていうんで、聖書に関係あると思って、カトリックのおばさんが見に来たんです。何回も幕がしまる芝居で、客をだます芝居なんですよ。そのおばさん、見ているうちにだんだん怒り出しましてね、女の裸が出てくるから。それで、幕がしまるたんびに、「ああ、やっと終わった」って立ち上がるんですよ。そうすると、また始まるもんだから、最後にガーガー怒って帰りましたけどね(笑い)。ま、そのぐらいですね、怒った人は。まだ世の中は……。

今 おっとりしてるね。そういうことやっても、カソリックてのは共産党みたいに追放とか、除名ってことはないの。

井上 かまわないらしいですよ。人を殺したというのでもないかぎり。

今 あなたもかたり苦学したようだね。いまは十八、九っていうと、「いらはい、いらはい」で、どこ行ったって職があるけど、ぼくらの頃は、新聞配達に牛乳配達ぐらいしかなくてな。力のあるやつは人力車夫、これはえらいんだよ。少し目方のあるやつを乗せたら、カジ上がってひっくり返っちゃう。

井上 ぼくらのときも、牛乳配達と新聞配達と、ちょっとよくて家庭教師ですね。

今 家庭教師はいいほうだよ、学歴あるんだから。おれはねえんだもの、そのうちうまいこともぐり込んだのは、活動写真屋の看板の下塗りね。絵が好きだったでしょう。浅草の電気館の看板とかね。やっぱり美術学校の貧乏たれがアルバイトに来てましたよ。やつらデッサン力があるから、うまいのが描けるでしょう。ぼくらはそこまでやらしてくれない。「ここをまずこう塗って、ここはピンクに塗る」っていわれて、「へーい」、「むらなく塗るんだぞっ」なんて、ひどいんだ(笑い)。

井上 ぼくもそれやりました。下がってきたやつをこわして、紙を張りなおすっての。

今 あなたのときは、それでも内職はかなりよかったんでしょう。

井上 いや、やっぱり食えなかったですね。

今 でもな、さっきのシュークリームの話を聞くと、おれたちの時代とは、今昔の感があるよ(笑い)。


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祝♪ ベストセラー第1位『DARK tourism JAPAN』
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昨日アップした拙稿「満蒙開拓青少年義勇軍に学ぶ」によるものではないと思うが、今朝確認してみたところ、ナント同誌がベストセラー第1位に躍り出ていた。斎藤充功さん、中田薫編集長、おめでとうございます!

なお、昨日書き忘れたが、東浩紀氏による「旧ソビエト連邦が原子力で描いたユートピアの残滓 チェルノブイリ・ダークツーリズム」、および藤木TDC氏による「原発マネーで成り立ってきた街が「観光立町」へと舵を切った 敦賀の町よ、あなたたちは原発がなくてもやっていける」の2本の記事は、原発の恥部にメスを入れた良質の記事として一読をお勧めする。

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満蒙開拓青少年義勇軍に学ぶ
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斎藤充功さんを介して、『DARKtourism JAPAN』の中田薫編集長から、同誌第2号を謹呈して戴いた。この場を借りて厚く御礼を申し上げる次第である。

今号の場合、斎藤さんの記事は以下の3本もあった。

「陸軍登戸研究所」
「東北の産業遺産を探して--無名の旅」
「満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所」


陸軍登戸研究所」の登戸研究所は、陸軍中野学校と縁が深いだけに興味津々であったし、「東北の産業遺産を探して--無名の旅」も、世界遺産の裏面史の旅といった趣があった。殊に、新潟県胎内市の小節を興味深く読んだ。何故なら、拙稿「少年よ、大志を抱け」で取り上げた、中川翔子の高祖父・伊藤一隆は、若い頃に胎内市で石油採掘に乗り出し、見事に成功させた立志篇中の人物だからだ。

だが、亀さんが斉藤さんの記事で最も関心を抱いたのは、「満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所」であった。拙稿「日本の残光」で、幾度かお会いしたことのある角田儒郎さんが著した、『日本の残光 大東亜戦争の意義と満洲帝国』、さらには同書で以下のように紹介されていた『満州裏史』(太田尚樹 講談社)などに目を通していることから、満州史に関心があったからである。

満州裏史』は格好の歴史入門書として価値があり、満洲帝国に対するより確かな歴史認識を齎してくれる。
日本の残光 大東亜戦争の意義と満洲帝国』p.293


さらにもう1つ、亀さんが斉藤さんの「満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所」に関心を持ったのは、飯山一郎さんや新井信介氏の説く〝民族大移動〟が頭にあったからなのだ。東日本大震災で福島原発事故が崩壊、その後は連日にわたって死の放射性物質が日本列島に撒き散らされている。殊に、東日本は既に人の住むような土地ではなくなっていることから、いずれは西日本さらには海外に移動しないことには、日本民族の滅亡に繋がるおそれがあるのだ。そうした意味で過去の満蒙開拓から、民族大移動のヒントを見出せるかもしれないと思った。

無論、斉藤さんの記事以外にも読み応えのある記事で満載だ。特に亀さんの場合、八木澤高明氏の「生糸の大量生産で変わった時代、工女たちの人生--群馬、長野で起きていた裏面史を旅する 生糸を紡いだ女たちの道」が良かった。映画「あゝ野麦峠」を連想させるからだ。

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なお、『DARKtourism JAPAN』は近く発売になると思うが、書店で目にしたら手にとっていただけると有り難い。

日本人が知らない驚愕の北朝鮮 ―変貌する朝鮮半島。取り残される日本―
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行政調査新聞が以下の新記事をアップした。
日本人が知らない驚愕の北朝鮮 ―変貌する朝鮮半島。取り残される日本―

今回も行政調査新聞の記事は必読で、個人的に記事のポイントは以下の三点だと思っている。

■肝が据わった金正恩
世間では金正恩のことを、叔父の張成沢を処刑した冷酷無比な独裁者、単なる世間知らずのお坊ちゃまていどにしか思っていない人たちが多い。たとえば、高英起氏という人物の著した『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社新書)、書名だけで同書の内容が透けて見えてくるのだが、念のため同書の目次に目を通してみたところ、まさに笑いを通り越して嗤ってしまうしかなかった…(爆)。

まぁ、金正恩の人物像をどのように評価しようとカラスの勝手なんだが、本当の金正恩という人物の素顔を掴むには、行政調査新聞の一連の記事、なかでも今回の記事は不可欠となる。個人的に、金正恩の素顔を適確に表現していると思った行を以下に引用しておこう(括弧は亀さん)。

(父親の金正日と異なり)金正恩は、砲兵部隊に入り若い兵士たちと過ごした時間を持っている。それだけが理由なのではないだろうが、金正恩は軍隊でも農場でも、予定など無視してどこにでも一人で飛び込んでいった。肝が据わっている人間だからこそできる無謀とも思える行動力なのだ。ときに体全体で怒りを表し、ときに大口を開けて笑う。人間味あふれるその姿は、若い兵士たちの心を鷲掴みした。


■着々と進む北朝鮮の改革解放経済
詳しくは同記事に目を通して戴くとして、亀さんが前々から注目していた、羅津・先鋒の国際流通都市計画が静かに進行中であり、羅津・先鋒を香港とシンガポールを凌ぐ巨大商業都市にするという、北朝鮮の壮大な計画が実現する可能性が高まりつつあるようだ。そうした北朝鮮の将来性を正確に把握しているのは、何もロシアや中国だけではない。実は英国とドイツも同様で、虎視眈々と北朝鮮への進出を狙っているのだ。そして彼らが恐れているのが、嘗ての宗主国・日本なのだという。ここで亀さんの個人的な愚見を挟むとすれば、日本は福島原発事故のため、宗主国として振る舞うだけの気力は最早残っていないと見ている。

■モランボン楽団ドタキャンの真相
先週の12日(土曜日)に北京で予定されていた、牡丹峰楽団(モランボン楽団)の公演が突然キャンセルされ、全員が北朝鮮に引き揚げたのは記憶に新しい。何が起きたのか? そのあたりの背景を正確に捉えていた日本のマスコミは、亀さんが確認した限りでは今のところゼロだ。たとえば東洋経済の場合、「モランボン楽団、北京公演ドタキャンのワケ」と題する記事を書いているが、的外れもいいところで、事件の背景を全く把握出来ていないのが一目瞭然である。

そうした中、流石は行政調査新聞で、突然の帰国の真因を正確に書いていた。詳細は行政調査新聞の記事に目を通していただきたい。

共青団は現在2名を常務委員に送り込んでいるが、江沢民派(上海幇)と太子党の結束の前に、おとなしくさせられている。だが次の全人代では定年退職する常務委員の位置に多数の共青団が入り込むことは、ほぼ確実なのだ。


「今のロシア」がわかる本
拙ブログにコメントを寄せてくれるのは、何も記事の「コメント欄」だけではない。読者が「拍手」を押した際に表示される「この記事へのコメント」にも、掲示板「放知技」の綺麗なお姐さんたちを中心に、コメントを寄せてくれているのだ(亀さんって、モテモテ)。

ところで少し前の記事になるが、拙稿「日本だけ取り残され…」の拍手欄のコメントで、〝不気味な存在〟について言及していた読者がいたが、それは〝黒い貴族〟を指していたものと思われる。

さて、現在の世界を動かしている中心人物が、ロシアのプーチン大統領であることに異論はないと思うが、一方で英国、すなわち黒い貴族がどう出るか、注視していく必要がある。何故なら、良い意味でも悪い意味でも、今後の人類の運命を彼らが左右するからだ。


今回は、この〝不気味な存在〟、すなわち〝黒い貴族〟について書いておこう。

実は、この〝不気味な存在〟について、明確に回答を示ているのが天童竺丸さんの『悪の遺産ヴェネツィア』であり、同書については旧稿『悪の遺産ヴェネツィア』で紹介済みだ。その中で、同書の白眉とも云える最終章の「世界権力の正体を明かす」を転載しているので、この機会に読者に目を通してもらえたら幸いだ。

ところで今朝の拙稿「余命半年…」で、亀さん宅で保管している『月刊日本』を写真で紹介したが、所有している『月刊日本』で最も古いのが2008年5月号だ。神計らいでパラパラと同誌2008年5月号を捲ってみたところ、野間健先生(衆議院議員)の記事が目に飛び込んできた。一読し、貴重な記事であると判断したので、画像化して以下にアップしておこう。

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同記事で読者に注目して戴きたいのは、野間先生の以下の記述だ。

本書(亀さん注;『「今のロシア」がわかる本>』)はロシアの現状を概説する案内所の体裁を撮りながら、その実「今のロシア」を通して「今の世界」を論じた高度なインテリジェンスが詰まった本である。


亀さんも『「今のロシア」がわかる本>』に目を通しており、今回久しぶりに書架から引っ張り出してみた。亀さんは同書をアマゾンで購入しているが、購入日が2008年6月9日とある。だから、野間先生の記事を読んで購入したのは間違いなさそうだ。久しぶりに同書をパラパラと捲ってみたところ、幾本もの赤線や青線が引いてあったので、その内の数ヶ所を引用しておこう。著者・畔蒜泰助さんの凄さがわかるはずだ。

著者が本書のなかで駆使しているのは、一定の仮設に基づき、公開情報をつなぎ合わせながら、より高次の結論を導き出すインテリジェンスの手法である。これによって、日々、新聞の国際面などの情報に触れているだけでは到底みえてこない戦略家・プーチンの思考回路を、可能な限り浮かび上がらせるつもりである。
『「今のロシア」がわかる本』p.5


ロシア人には、あまり後先のことは考えずに、物事の本質を哲学的に探求するという性向がある。チャイコフスキーやドストエフスキーといった偉大な音楽家・文豪を輩出した国なのである。
これは、常に新しい技術や思想に触れる機会のある海洋国家民族が功利主義的なのに対し、そのような機会があまりない大陸的国家民族は1つの物事を哲学的に探求する特性をもつことと無縁ではないであろう。

『「今のロシア」がわかる本』p.22


ロシアはその国益に反する動きがあれば、これにあらゆる手段で抵抗を試みることも辞さない国なのだ。
この現実を認識しながらロシアという国の動きを深いところで読み解いていかないと、この国が本当に何を目指しているのか、根幹のところを理解するのは難しい。

『「今のロシア」がわかる本』p.24


地政戦略とは、外交戦略のさらに上位に位置付けられるもの。ロシアのような大国の外交戦略を論じる場合、まず、その地政戦略の方向性を把握し、その文脈から、プーチン・ロシアが今何を目指し、実際、どのような闘いを繰り広げているのか、読み解く必要がある。
『「今のロシア」がわかる本』p.40


最後に、以下は亀さんが同書の白眉とすら思った行である。

繰り返す。プーチンとプリマコフが9・11テロ事件後、米露「対テロ」共闘路線に踏み込むことで、果敢に攻撃を仕掛けているのは、米ネオコン派そのものではなく、それをも包括するより大きな国際資金洗浄ネットワークであり、その中心はロンドンのシティーにある。リトビネンコ変死事件が示唆しているのは、まさにそのことなのではないか。
『「今のロシア」がわかる本』p.185


改めて、ここで『「今のロシア」がわかる本』、および『悪の遺産ヴェネツィア』の最終章「世界権力の正体を明かす」を読み比べていただきたい。ちなみに、天童さんと畔蒜さんは互いに旧知の間柄であり、また亀さんはお二人ともよく知っているだけに、自信をもって両書を推薦する次第である。なお、『「今のロシア」がわかる本』は絶版本だが、幸いにして古本60冊近くの在庫がアマゾンにある。飯山一郎さんも人類の運命を左右するのはプーチンと語って語っておられるように、プーチンの〝戦略〟を理解することは、今後の世界で生きていく上で不可欠なだけに、手許に置いておいて決して損のない本である。

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余命半年…
一昨日は録画しておいた映画「細雪」と「映画女優」を自宅で鑑賞、昨日は隣の街にある映画館まで行って「母と暮せば」を鑑賞してきた。やはり、自宅で鑑賞するのと映画館まで足を運ぶのとでは、同じ映画鑑賞であっても〝違う〟と改めて思った次第である。他の観客と一緒に笑い、一緒に涙することができる映画館の方が、亀さんには性に合っているようだ。

さて、過日の拙稿「うちは生きているのが申し訳けないの」でも述べたように、今回で山田洋次監督の〝最後〟の作品になるかもしれないと思いつつ、同映画を鑑賞してきた。

最初に、同映画で人間のもつ二面性というものについて、つくづく考えさせられたシーンがある。それは、吉永小百合演じる福原伸子は、死んだ息子・浩二(二宮和也)の恋人・佐多町子(黒木華)に、「息子のことは忘れて、他の良い男性(ひと)と一緒になりなさいね」と、あれほど優しく町子に言ってきたのに、いざ町子が婚約者を連れて伸子の家を訪問するや、今まで町子に言ってきたことを忘れ、「どうしてあの娘(こ)だけ幸せになれるの!」と、二人が帰った後に叫び、脇にいた死んだ息子・浩二に「母さんらしくない!」と叱られ、ハッと伸子が我に返るシーンである。

ここで、多感な思春期を戦争で過ごした山田監督(1931年9月13日)の心の内を覗いてみるに、上記のシーンと深く結びついているのに気づく。つまり、戦後から今日にいたるまで山田監督が背負ってきた、重い十字架の存在である。自分だけ生き延びてしまった…、戦争で死んでいった人たちに申しわけない…、そうした心の奥底にあった蟠りのようなものが、山田監督にもあったのではないだろうか。それが今回の〝最後〟の映画という形となって現れたのではと亀さんは思う。映画のラストシーンで、「この映画を井上ひさしに捧ぐ」という短い行が流れたが、その井上ひさしも山田監督と同じ思いだったのに違いない。だからこそ、「この国の将来は美智子妃にかかっている」で述べた今上陛下をはじめ、井上ひさし、そして山田監督の平和への思いは、我々戦後派の日本人のそれよりも遙かに強く深い…。

帰り道、いつもと変わらぬ街の光景を目にしながら、頭に浮かんだのが「余命半年」である。以下の写真は亀さん宅の書架の一部に並べた『月刊日本』で、左端の最も古いのが2008年5月号とあるから、その頃まほろば会の人たちと知り合ったことになる。爾来、7年半もの歳月が流れたが、その間の最大の出来事こそが、2011年3月11日の東日本大震災に他ならない。今でも連日のように死の放射性物質を撒き散らしている福島原発、そのため、今では日本列島の住民全員が致命的な内部被曝を患っている。住民だけではない。祖国日本も、国家として機能するのも来年の梅雨時あたりまでだろう…。

ところで以下の写真、よく見ると、あと6~7冊の『月刊日本』を保管するスペースが残されている(写真のオレンジ枠)。そのオレンジ枠が一杯になるのが来夏…。

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この国の将来は美智子妃にかかっている
「この国の将来は美智子妃にかかっている」と語ったのは、1959年4月10日に世紀のご成婚パレードが馬車で挙行された折、沿道を埋めつくす人々の心からの歓迎ぶりを見た永井道雄(後の文部大臣)である。爾来60年近くの歳月が流れ、再び「この国の将来は美智子妃にかかっている」と痛感させてくれたのが、『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』([文]矢部宏治[写真]須田慎太郎 小学館)であった。

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1年ほど前だったと記憶しているが、まほろば会で藤原源太郎さんが集団自衛権に触れたことがある。「父母兄弟のいる日本の存亡がかかっているのであれば、自衛隊員も命を賭して敵国と戦うのに吝かではないだろうが、集団自衛権が行使されて海外に派遣された場合、果たして他の国のため命を懸けて戦えるものなのだろうか…」と、強い疑念を示しておられたのを思い出す。

換言すれば、人間は〝国益〟のためなら命を懸けることができるが、そうではない場合は命を懸けることが出来ないはずである。ここで云う〝国益〟の概念を明確に示しているのが、飯山一郎さんの以下の記事なので一読していただきたい。
「祖国の国民を守るために死んでくれ!」 これが、国家指導者が自国軍の兵士に発する 「国家の大義」 だ。 さすれば、国軍の兵士は、祖国のために欣然と、そして粛々と死んでゆける…。これが 「国家に殉ずる!」 ということだ。

翻って日本の場合はどうか、『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』の以下の記述にあるように、安倍首相は我が国のためではなく、外国のために、具体的に言えば戦争屋のために、自衛隊員の命を差し出そうとしている…。

 安倍政権の進める、米軍との密約に手をつけぬままでの集団的自衛権の孔子容認は、9条2項だけではなく、1項も完全に空文化させるものです。
 簡単にいうと、日本はついに、平和憲法に指一本ふれぬまま、平和憲法を完全に葬ろうとしている。憲法についてはなにひとつ議論しないまま、世界中でアメリカ軍の指揮のもと「戦争ができる国」(=他国に先制攻撃を行なう国)になろうとしているのです。

『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』p.121


そうした安倍政権の危険な動きに対して、今上陛下は数々のメッセージの行間に〝反戦への思い〟を籠められてきた。そうした陛下の孤独な闘いの最大の理解者、そして最大の支援者こそが皇后陛下に他ならず、それが本稿の主題「この国の将来は美智子妃にかかっている」となった。

ここで、世界と日本のラフスケッチを試みるなら、ISを徹底的に空爆しているプーチンに対して、戦争屋(CIA+モサド+IS)が必死の抵抗を試みている構図となっており、決して予断を許さない状況なのだが、我々日本人は事態の成り行きをただ見守るしかない。だが、兵法を自家薬籠中の物としている今世紀最高の兵法家プーチンのことだから、まずは心配は無用かと思う。むしろ、本当に心配しなければならないのは、福島原発事故のため、間もなく終焉を迎えようとしている日本だ。

東光ばさら対談 戸川昌子
亀さんは本来、ジェントルマン(紳士)なんだが、朱に交わればくなるという諺があるように、歯科&音楽ウォッチャーさんと長く付き合っているうちに、亀さんまでスケベニンゲンになってしまったワイ…(爆)。

それはともかく、先ほど歯科&音楽ウォッチャーさんのメールを、「洞察歯観のすすめ(4)」で紹介した。その勢いに乗って、もう一本スケベ記事を取り上げよう。人間、たまには息抜きも必要なことだし、ゆっくりと週末を愉しんでくれ……。

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レベル低くてやってられねえ
今 ずいぶん元気だねえ、おめえは……。

戸川 先生もお元気そうで。

今 七十六キロあったのが、いま四十五、六キロまで痩せたよ。

戸川 病気でいらしたんだし、しようがないですよ。

今 いまは、もっばらハイティーン相手だ(笑い)。

戸川 先生とは何回か講演旅行をご一緒させてもらいましたけれど、車の中、汽車の中、全部ひどい話。ためになりました……(笑い)。「オィ、マーちゃん、おめえ、オレのさわってみろ」って。ダンスしていても、オレのはすごいって聞かされましたね。

今 オレ、さわられたか……(笑い)。

戸川 だって品定めですもの。

今 ……。

戸川 でも猥談はの話し方っていうのはこんなに面白いものであるという、いい勉強をさせてもらいました。

今 しばらく一緒に行かないね。

戸川 もう五年になるかしら。

今 帯しめてやったな。

戸川 ええ。いつも講演の前にね。先生、お上手でした。

今 講演といえばな、オレはもう、来年は選挙に出ないからな。もう、やめた。バカあ相手にしちゃいられねえ。

戸川 やっばり……そうなるだろうと思ってた。

今 オレ、この頃、憎まれたり嫌われたりしてるだろ。

戸川 昔ッからじゃない(笑い)。

今 いや……。自民党で体質改善問題が出てたから、オレ言ったんだよ。もう七十以上の議員は自発的にやめるべし、そういう者を公認することは間違いだとね。

戸川 若い人にもひどいのがいるけど、からだ動くだけいいか……。

今 うん。まだ若いほうがいいからって、オレ、議員会館で言い出しコキベエで言ったんだよ。

戸川 (笑い)。

今 実際はね、次の参院選の〝当選確実〟ってのを選ぶとすると、いの一番にオレじゃアねえか。ところがオレはもう、率先して出ないんだから七十以上のクソったれじじいはやめろッて言ったところが、さアー、じじいがみんな頭にきちゃって、さる日、七十以上が三十三人集まったんだよ。

戸川 ヘェー!? そんなにいますかねえ。

今 もっといるんだよ。で、今のクソったれ野郎がああいうことを言うけれど、われわれはあくまで出ようって決議をしたらしい。だけど、その中で、オレの見たところ、十人は落ちるよ。それで、こんどバカどもが当選確実らしいっていうんで、春日八郎とか三波春夫とか。山東昭子とかいうのを打診しているらしいんだ。参議院じゃなくて芸能院だよ。

戸川 だいたいねえ、先生、タレント議員もいいけれど、またその応援演説もほとんどタレントだというような、おかしな風潮でしょう。タレントの名前にくわれて、出る議員がだれだかわからないっていうことが多かった。なんというバカバカしさかしら。

今 タレントの話だけ聞いて、議員が出るとみんな帰っちゃうんだ。それは悲惨なもんだぜ。バカバカしくて、そんな奴と同席できないよ……オレはもう。

戸川 でもね、先生。おそまつな議員の話を聞く私たちのほうが切ないわよ。教育問題だ何だかんだって、その時は当選したいばかりに熱くなって吠え立てても、ちっとも改善されないような気がするわ。

今 だから、オレ来年出ないよ。

戸川 人の顔色見てしゃべったり、行動したり出来ない。まずこれで失格ですよ(笑い)。気に入らなきゃ棒でぶん殴る。だいたい「お願いします」なんて一言もいえないでしょ。バカヤロー、てめえ、コンチクショウって大悪口を言いながら票を集める。だから規格はずれもいいとこですよ。日本では規格はずれは通用しない。

今 あんなこと言えないよ。あれが言えるぐらいなら、オレ、勘当されたとき、めし食えたよ。浅草で三日も食わずにいたのは「お願いします」って一言わねえからだよ。オレに票を入れろ、入れねえ奴は、バカで低能で、国賊だ(笑い)。川端(康成)が聞いてて「あ、あれで百票減った。あ、これで百票減った」、計算して歩いているんだ(笑い)。

戸川 あたし選挙の時期になって、あの「お願いします」の悲壮な声を聞いていると、つくづく淋しくなってきて、なんであんな思いまでして政治家になりたがるんだろうと思うんですよ。国民のほうが「あなたにぜひ政治をお願いします」って言うのならわかるけれど……。

今 向こうはフダ持ってて、タマはオレだよ。気に入ったら入れたらいい。いやならよせ、コンチキショウ(笑い)。これは、ここだからバラすけどな、三重県のどこかで演説会やった。珍しいことに、駆けつけてきたのが、オイ、五味(康祐)だよ。

戸川 (笑い)。

今 ヒゲぼうぼうの大掃除したような顔してやってきやがった(笑い)。それがだな、話がはじまって、一時間たっても寝てるんだかしゃべってるんだかブツブツ……。「オイ、もう一時間過ぎたじゃねえか」、「ええ、まだやってます」。何しゃべってるんだ、アンチキショウ。オレのしゃべる時間なくなるんだよ(笑い)。五味のヤロー、松本清張論をやってるんだよ……文芸講演会と間違えてる(笑い)。これはいけねえやって、もう引っ込んでくれと書いて持たしてやった。そうしたらそれを読みおるんだよ。「もうやめろっていうことですから、もう一ぺんきて続きをやります。よく考えたら、今日、ぼくは今さんの応援にきた」

戸川 フフフ……。五味さんらしいわ。彼が〝青い部屋〟(注・戸川さんの店)でボンゴ叩いてらしたとき、そばのお客が「先生、お上手ですね」って声をかけた。そしたらボンゴをやめて、お客の眼鏡をとると、床に投げて割っちゃった。あたし、おかげで損害賠償させられて……奇人だけれど憎めないわ。私もあのとき応援に行ったわね。先生に惚れてるからいったんですよ。

今 ウン。来た来た。とにかく、いまだかつて、あんな選挙ねえそうだな(笑い)、前代未聞、北海道から九州まで一度も「お願いします」なんて言ったことないんだ。

戸川 何であんなにはいつくばって「お願いします。男にして下さい」って。てめエは、それしか男になる道はないのかって言いたくなるわね。

今 日本の政府はバカげていますよ。

精神と“持ち物”との関係
戸川 ところで、先生はことし、絵画展をやられるんでしょ。小説書いて、お経読んで、絵描いたり、書もあるし、陶器もおやりになるという間口の広さ……。

今 戸川ちゃんだって、何でもやりな。

戸川 はい、なんでもやります。どうせ野良犬ですもの。先生に刺激されたのかもしれないけれど、三月二十日から、三越で、家の居候の女の子が絵の個展をやるの。それの賛助出品で絵を描くんですよ。兄は絵描きだったけど私は駄目だから、それならいっそのこと体に絵の具ぬって立っていようなんてせっぱつまった心境。それから、あんまり野坂さんに「あんたはベテランでおれはスターだ。レコード一枚も出してないだろう。おれはLPまで出しているから、やっばりスターだ」って散々いびられたから、レコード出して売って歩こうと思って。野坂さんより上手いと思うけどなあ。でも先生、一つだけ売らないものがあるんですよ。売らないんじゃなくて売れないのか(笑い)。

今 かわいコちゃんのなのに売れねえか。いいよ、オレはもうさわってるんだから。

戸川 アハハ……また、そんなこと言って。さっきから、お医者さんごっこっていう感じね(笑い)。

今 いやいや、さわらせねえんだ、いまだに。やっばり、恋人ならさわらせるんだろ。だいたい、女流作家なんていうものは、もう粗マンに決まっとるよ。粗マンだから小説書けるんで、いいマンだったら、せっせとそっちのほうや(笑い)、だれが放っとくか。

戸川 それは先生のお言葉ですけどね。

今 はい。

戸川 お言葉を返すようですけどね(笑い)。

今 いけませんか。

戸川 実に大ざっぱで、女を極めておられませんようですね。良粗の問題と好き嫌いの問題は、おのずから違うのでは……(笑い)。

今 いや、大体、女で小説書こうなんてあまっこは、いいもの持ってたら、だれが放っておくか。だれも相手にしねえから、小説書いているんだよ。

戸川 こっちだって意思があるんですから、選ばれたって嫌だっていうことがあるんですよ。

今 オレなんざア、小説に手がまわりかねるほど、いい女にぶつかりどおしたんだ。御年十六から今日に至るまで。

戸川 それ、どういうところで選ぶわけ?

今 何となくわかるんだな(笑い)。

戸川 どうかしら。おかしいわねえ。

今 男性の粗チンについてはダナ、これ、オレに言わせてくれ(と、コロンところがる)。

戸川 異常興奮じゃないの(笑い)。

今 オレ、今日初めて五木寛之って人から挨拶されたよ。(注・故池島信平文芸春秋社長の葬儀の日)そうしたらな、オイ。不健康な青ざめた顔をして、幽霊のように毛をかぶって(笑い)。いや、毛があるから、オレはひがんで言ってんじゃねえんだよ。間違わないで下さい。だけどもナア、いくら毛があるったって、あれほどかぶらなくてもいいというほど毛をかぶって、オレみたいな健康な色をしていないよ。青ざめて、胴なんて細いだろう。あれに、おまえ、太いのがぶら下がる道理がないよ。もしぶら下がったら、前につんのめっちゃうよ(笑い)。

戸川 そんな計算は成り立たないわ。いくら胴が細くて不健康だって……(笑って喋れず)。精神状態と持ち物というのは、バランスとれていないから……。

今 そう、精神はだいじだよ、精神よ。オレみたいなごっついやつ、ゴボウ三本束ねたようなやつになってくると、おまえ、医者に宣告されて、このくらい達者なんだから(笑い)。

戸川 あのね、五十二歳の女の人が、失恋したといって、私の友だちのところへ泣きに来たのよ。とにかく、四年間つき合っていた相手の趣味が、つまり、惰事なわけ。四年たった今でも、一切手を抜かないで四時間なんですって。そうすると、女のほうは年齢のハンデ一切なくて、だんだん感覚とか感度が磨かれてきて、ますますセックスヘの執着が強くなって、これじゃ大変と考えるようになったというわけよ。でも、終わったあと、実に空しいんですって。精神が何もないけど、その人の趣味だからやる……。自分も密度の濃いセックスに慣らされてしまっているから、せずにはいられない……でも空しい、このくり返しが極限に達して、とうとう別れを決心したんですね。

今 そういうのいるよ。オレの知っている県会議員が三重県にいるの。六十幾つで、その恋人が八十幾つのおばあちゃんだよ。

戸川 ヘエー!?

今 政界じゃ有名よ。「あれ、八十二だけど泣きはええねン」いうとるんだから(笑い)。八十二で泣くらしいな。オレを脇に寝かせてくれて、やるとこ一べん見せるっていうんだけど、ひまがなくてね。ところが婦人科の医者に有名なガマ先生ってのがいるだろ。今さんが行くなら、オレも行って録音とって、学会報告したいって(笑い)。

戸川 ですからね、女性っていうのは、だんだん磨かれれば磨かれるほどいいわけで、上がってしまうとか、上がらないとかって関係なくなってくるわけでしょう。

今 一番いいのは、メンスの上がった女は別として、メンスのある女で後家さんになって五年だ、十年だっていうのが、こんど男ができてやり始めるだろう。メンスの量が多くなるんだよ。若返るんだよ、内部が。で、その八十二のばばあが、男の選挙になると先頭切って、これが票稼いじゃうんだって。だから、彼は色と欲との道連れで彼女をだいじにしているんだ。

戸川 説得力があると思うな、八十二でそれだけの闘志を持っている人というのは。人生に自信があるのね、きっと。でも八十二で男に抱かれて泣くなんて、ワクワクするわ。先生みたいに全国区だと、県会議員並にはいかないかもしれないけれど(笑い)。

今 もう出ねえからいいけど(笑い)。

戸川 こないだ芸者さんに聞いたんだけど、ふだんから色の道に精出してないと、生理がなくなったとたんに性欲がなくなって駄目なんですって。八十二歳でも、たえず磨きがかけられているからいいんですね。

今 要するに、粗マンを……。

戸川 またっ! しつこい(笑い)。

今 じゃ、やめるか……(笑い)。

前代未聞、女のナマグサ坊主?
戸川 先生には、一度、どうしても坊主になれっていわれましたね。

今 お昌は、お寺持っているからな。あれ、どうしたの?

戸川 仕方がないから、夫婦養子にしたんですよ。

今 オレ、勧めたんじゃないよ。

戸川 ウソッ、先生が勧めて下さったのよ。

今 その寺をもらえる因縁があるんだな、このコに。オレは、それをもらいなさいって言うんだよ。

戸川 先生は私に「おめえなア、あんなものなア、ちょこちょこっとお経読んでりゃアわかんねえんだから、おめエ、ああいうのを持ってりゃ、今に土地の値が上がるし、別荘だと思ってりゃいい」って……(笑い)。
だけど、やっばり、ちょっとね。でも、女のナマグサ坊主じゃ、檀家が承知しない。それに有髪じゃ、ダメなんでしょう。

今 いいんだよ。おまえのほうの門徒宗は。オレのほうだってかまわねえ、この頃は。坊主が中抜きって、お布施が少ないと、ちょいと、お経の頭と尻だけ読んでパアーンと鐘叩くんだよ。だけど、それは下手な奴のすることで、オレは、お布施によって一行おき、もしくは二行おき、三行おきに読んでいくんだ(笑い)。

戸川 先生ったら「おめえ、それやりゃアいいんだから」って。シャンソンみたいに読んでりゃいいとおっしゃったわ。仏も災難だ、成仏するはずありませんよ。

今 だれもわかりゃあしねえんだから。それは般若心経みたいなものなら知ってるけど、あのバカどもにわかりゃアしねえんだ。

戸川 でも、二行おき、三行おきっていったら、全部読むよりむずかしいわねえ。

今 ナニ、別にもう一べん戻る必要ねえんだ。それを天台宗のオレのところに言ってくるんだ。「三部経あげておくんなはれ」、「オレは坊主だ。お経のことはまかしておけ」って、オレは勉強するんや。華厳経だの、大乗起信論だの、わかりゃアしねえんだ。さかさにしたって、生まれ変わったってわかんねえ(笑い)。オレは三部経あげてる面アしながら、えエーっていってると「和尚さん、お疲れでっしゃろ、おぶウ」って「そオかアー」言いながらお菓子食うて、お斎(とき)よばれて、それで、えらい勉強しましたわ(笑い)。

戸川 要領のいい勉強方法ですね。でも私は駄目だ。お尻が重くてしびれがきれるから何時間も坐れない。

今 まあな、この人みたいに忙しいと、かわいそうだ。もう少し年取ってこの話だったら、隠居寺持っておけばいいんだよ。あとはオレが管理してやる。ろくでもねえ檀家総代いやがったら喧嘩ぶってド突き上げて、片づけてやるし。

戸川 喧嘩だったら、私も木刀持って出て行きますよ。女東光になれたかもしれないな(笑い)。

今 ほで、一ヵ月か二ヵ月休養するといえば、てめエの寺へ帰ってきて、ひっくり返ってらいいだろう。

戸川 それはたしかにそうね。

死ぬまでしゃべりまくる
今 ところで、今度ナ、オイ、野良犬会って会をこしらえようっていうんだ。入れよな。

戸川 野良犬が群れをなすわけね。

今 メス犬一匹くらいいねえと、オス同士じゃアな。

戸川 メス野良が……男ばかりの中の女一人でも、女王蜂とはずいぶんイメージが違う(笑い)。ムサイ男たちの下着の洗濯でもしますか。

今 最後、強いヤツが上へ乗っかっちゃうんだ(笑い)。

戸川 犬なんだから、サカリのついているのしか乗れませんね。

今 やっぱり昌子は野良犬だよ。それでなきゃあ面白くねえ。

戸川 いろいろなことを経験するのは好きだけど、残念ながら夫婦というのだけは、実感としてわかりませんね。頭ではわかるけれど、具体的なことがね……でも、このあいだ先生の個展で先生と奥さまの姿を見ていると、ああやっばりいいなあ、と思ったりしてね。

今 そオーお?全部監視されているんだぞ、おれは。

戸川 先生は偉そうなことをおっしゃっても奥さまの前では全くの子供みたい。奥さまが鵜飼いで、先生が鵜みたいに見えたわ。それに長年連れ添うというのはやっぱりいいな。「腹が痛い」って言えば、説明しなくてもすぐその場所をキュッと押してくれるじゃありませんか。

今 そのくらいのことしなかったら、何で飼っておくか、バカ(笑い)。だけど、おまえら、亭主持ったことないから夫婦の味知らねエというけど、オレ、自分に子供がねえし、弟のガキも抱いたことないんだよ。
若いとき、谷崎潤一郎が、まだ東京にいる頃に行ったんだ。女の子が生まれて間もなくのことだ。奥さんが「あなた、ちょっと抱いてて下さい」って、ちょっと渡して、下に行かれたんだ。谷崎先生が抱いて、オレと話してたんだよ。そこへ、奥さん上がって来て、ひょっと見て「あれッ、何しているのッ」って、ひったくった。オレもびっくりして、先生も変な顔して、気がついたら、さかさに抱いてた。

戸川 ほんとですかア?(笑い)。

今 おお、ほんと。それがオレも気がつかないんだよ。ガキ持ったことないから。

戸川 さかさま……?(笑い)。

今 真っ赤になってね。

戸川 きっと、くるんであったのね。

今 おくるみにくるんで、パッと渡した。だからドタマ下へ来ちゃって、足が出ていれば谷崎先生も気がつくけど……。

戸川 まったく嘘みたいな話だわ(笑い)。

今 オレが子供持ってたら「あ、先生。さかさまですよ」と言うんだけど、ははアとか何とかしゃべっていて「二人もいてなによ!」って怒られちゃった。やっぱり経験ないっていうことは具合悪いね。

戸川 でも、経験するために、ずいぶんとやっぱり……。

今 苦労したけど、オレは、とうとうガキは生まずじまいで終わったからね。

戸川 私も亭主って知らないけれど、だいたい見当はつく。

今 でもね。戸川ちゃんのは、まだ男が出てくると、これが恋人だか、亭主くらいのことは区別して書いているよ、感心にな。オレの小説には酒飲む場面が少ない。

戸川 そういえばそうですね。

今 それ、みんなに注意されるな。初めから終わりまで酒飲んでるところがなかったり、飲まずにすぐ、やっちゃったり(笑い)。

戸川 プロセスははぶく……(笑い)。でもお酒に酔うのって好きだわ。この頃、先生、お飲みになるようになりましたの?

今 そうだな。

戸川 講演にご一緒してた頃は、全然でしたね。ちっとも飲んでいらっしゃらないのに、一番助平な話をなさるし、一番さわるの。

今 この頃、ブランデー飲む。おいしいんだよ。

戸川 おいしいでしょ。

今 毎晩飲むよ。考えてみれば、これはブドウ酒みたいなものだから。

戸川 それも、とても上質なもの。

今 (急に咳込んで、ワイシャツの上のボタンをはずすように言われて)いや、ここを出すと、首のシワが出ちゃうからな。のどが出て色気がなくなるから。

戸川 まあ、先生はすてきですね。色気を気になさるなんて……意外だわ、頼もしいわ……(やたらに感心)。お世辞じゃなしに言いますけれど、今先生って、初めてお会いしたときにくらべて、みごとに変わってらっしゃらない。

今 口だけは達者なのよ、からだは弱ってもね、オレは死ぬまでしゃべくって死ぬんじゃないか。

戸川 私、川端先生が亡くなったときなんかほんとにショックでした。先生を見てるの辛かったわ。

今 いや、あのときは、からだが一番悪い最中だった。

戸川 大丈夫かなア、と思って心配していたのよ。

今 だから新聞記者まで「オイ、川端さんの次は今さんだ」なんて言ってたんだ。ひでエことを言いやがるんだよ、オイ、新聞記者っていうのは。それに、テレビっていうのは悪いとこばっかり撮りやがるし。

戸川 先生はいまお幾つ……?

今 七十四。

戸川 うちの、おっ母さんと同じだわ。

父と今先生の姿がダブって……
今 ずっとお母さんとご一緒ですか。
戸川 そうです。一度も離れたことないなんて気味悪いですね。でも誰かみたいに一卵性母子じゃありませんよ。もっと客観的です。

今 いいおっ母さんなんだろう。おまえはしあわせだよ。オレなんかのばばあときた日にゃア、継母よりひでえ虐待しやがって……。

戸川 でも私、そのほうがよかったような気がするなあ。

今 ナニ、そんなことあるかい。おめエ、うちの親なんか、病気見舞いに来て喧嘩して、寝てるところで「死ねえ死ねえ」って言いながら、見舞いに持ってきたもの持って帰っちゃったよ、オィ。

戸川 私、そういう母親が好きなのよ。私が母親だったらきっとそうなったと思うわ。

今 そんなのねえよ、おまえ。

戸川 うちの母なんて、そういうふうに外向的にパッと出てこなくて、私と喧嘩するとシクシクウーッって泣いて、なぜこんなに自分は不幸せなんだろうってタイプなんです。シンドイですよ。

今 お父さんは?

戸川 先生と似たタイプだったんですよ。それでどうも二重写しになって、お父さんと呼びたくなってしまうんです。

今 いや、だけどな、オイ。文学者ってものは、だいたい川端式、五木式のやさしいとこがあって、そこがモテるのに、あんまり神経が太くて、喧嘩ばかりしてて、気の強い奴なんてのはダメだな。

戸川 先生のモテ方は、どういうモテ方なんだろうと思って……。

今 もてやしないよ。

戸川 ずいぶん拝見してますけど、先生は本気で女をロ説いたりしないんでしょう。だから目新しいときには、嬢ちゃん、とかね(笑い)、可愛らしいとかジワッとくるんだけど、次にはマーチャンになり、しばらくすると、「オイ、おめエなア」ってことになるわけ。

今 要するに、野良犬じゃ(笑い)。

戸川 男の野良犬ってカッコいいけど、女の野良犬って、薄汚い感じですね、どうも(笑い)。まあ、でも鑑札つきの野良犬になったところで、もっと自分のしたい放題してみることにします。私、ここ二年くらいは混沌とした実生活をしてみたいですね。自分を見失うような……年齢的にもちょうどそうだし。若いときに踏みはずせなかったから、これから大いに踏みはずそうって。そのあとまた書きはじめたいわ。先生、野良犬会のメンバーはなるべくいい男がいいな(笑い)。

今 野良犬会の会長はオレなんだ。あとは柴錬(柴田錬三郎)、野坂(昭如)な、田中小実昌、黒岩(重吾)、梶山(季之)、それから藤本義っちゃんが入れてくれい言うて、いまンとこ、野郎は七人。

戸川 だけど、野坂さんはひどい人ですよ。この前、テレビで、野坂さんとおかしなジョイントリサイタルをしようっていうことになったの。野坂さん、始まる前にもうダルマ一ビンぐらいあけてきたのね、ベロベロに酔っ払って立っていられないくらい。トレードマークの眼鏡をはずして、おれは宝塚の男役でゆくって一センチ五ミリくらいのつけまつ毛つけて、おまけに胸毛までつけてね。グロテスクに徹すると美に変わることを知ったわ。台詞は「ぼくは、あんたが好きだった」、「あんたと寝たかった。なのにあなたは何もしてくれたかった」って。これ本番だっていうのに(笑い)、台詞に真実味がこもっていなくてね、よけい頭にきた(笑い)。

今 ……わかった、胸毛までつけて口説くようでは粗マンらしくねえや。野坂は野良犬会の会員なのに、会長の許可を得ずしてそういうことをやるのはよくねえな。

戸川 でも、ああいうとき男に徹底的に困らせられると、かえってかわいくなってくるのね。だってネクタイも結べないんだもの。ヨレヨレになって、だらしない顔になって。こっちがオシッコの時間まで気にしてあげなくてはならないみたいで……まるで幼稚園だわ(笑い)。

私も喧嘩っ早くて困ります
今 そういえば、あんたと文士劇やったね。

戸川 先生と文士劇ご一緒したときはひどかったわア。「召し捕れえー」なんて追いかけられて、お尻さわられたり、胸さわられたり、すごいんだから(笑い)。

今 そうじゃないんだ。オレはおまえを殺す役なんだ。オレは脇腹を短刀で突いて、死ぬかと思ったら、死なねえで、何かぬかしているんだ。「オイ、死ねよ死ねよ」と言うのに、死なねえで、まだ向こうに歩くから、しようがないからケツ突いたら「エッチ」なんて言ってるんだ(笑い)。もう、こうなったらしようがねえっていうんで、ワレメんとこへ、短刀突っ込んだ。「ナニするのよッ」て言うなり、オレをポオーンと突いたんだよ。オレ、ひっくり返って、プロンプターまで引っくり返って……ひどい芝居だよ。死ぬ奴が突き飛ばすことねえだろ(笑い)。

戸川 だって「おめエ」とか何とかいいながら、へんなところばっかり、ピチャピチャ叩くんだもの。そんなんで死ねるはずないわよ。

今 短刀で思い出したけどな、菅原道真の「去年の今夜清涼に侍す……捧持して」っていう句があるな、大宰府で作った。それを『文春』の語呂合わせみたいのを作るときに坊やのおしめ捧持して何とか、と書いたら、右翼がユスリにきたんだ、不敬だって言って。菊池寛の所へ行ってピストル突きつけたり、ドス見せたりして、社の大部分が逃げちゃった。菊池寛、ケローッとして応対して、しまいにあきれて帰って行った。みんなが「先生、こわくなかったですか」、「こわくない。だってキミ、あいつら、オレを本気で殺す気ないんだもの。カネにする気できているんだから、ちっともこわくないよ」って。ちゃんと計算しているんだから、偉いものですよ。本当に殺しにきた奴は,「ボインと突いたろかア」なんて言いやしないよ。黙ってブスッとやる。

戸川 そうでしょうね。私も女のくせに喧嘩っ早くて困ります。もうだいぶん前ですけども“青い部屋”にヤクザが日本刀持ってきて「ドッ突くぞオー」ってやられたことがあるんです。左のおっばいのところに日本刀の先を感じたときは、さすがに緊張したけど、ああいうときってかえって肝がすわるんですね、お客さんに迷惑かかるから外へ出ようじゃないのなんてまだタンカ切ってね。ちょうど居合わせた筒井康隆さんと結城昌治さんが抱き合ってオシッコもらしたとか、五木さんが真っ蒼になって震えてたとか、妙な伝説が残って、ますます気の強い女に仕立てあげられちゃった。

今 「やい! 今東光。オレはおのれ気に入らねえ」なんて言ったときには文句入り都々逸みたいなもので「オッ、やってこいッ」てなもので、ビクともしないけど、問答無用が一番こわいね。オレ、若いとき、浅草のテキヤの若大将と仲良くなって、そいつの家に行ったんだ。二階へ上げられてお茶飲んで、お茶がカラになったんだ。そしたら「あ、先生お茶ないね」って言うから「お茶、もう一杯もらおう」。ふつうなら「おい、おい」とか手を叩く。ところが畳叩くんだよ。「何してんだよ」と言ったら、「おいっ」て声かけたり、手を叩いたら、もし、狙っている奴が殺そうと思って家のぐるり取り巻いていたら二階にいるということがわかって、よその二階からまわって襲撃される。だから、畳を叩けば、よそに聞こえずに、下には聞こえるというわけだな。あのときは、オレ、コンチキショウの巻き添え食ったらえ,らいことになると思ったナ。テキヤなんて、殴り込み、しょっちゅうでしょう。

戸川 今まで何もなくて、ほんとうによかったですわね。

今 まあ、オレもしおらしくしてればいいけど、そうもいかねえだろう。だから「あの野郎、やってやれ」っていうふうなもんで、まあ、これまでよく生きてきたよな(笑い)。

戸川 先生、これからも気をつけて下さいよ……。まだまだ血の気が多そうだから。


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洞察歯観のすすめ(4)
師走に入り、アチコチの忘年会に引っ張りだこの道友、歯科&音楽ウォッチャーさん、別に師でもないのに忙しそうだ(笑)。昨日も深夜の2時頃に面黒いメールを送ってきたので、いつものように本人の了解をもらって以下に転載しよう。

なお、「坪内寿夫」という人の名前が出てくるが、拙ブログで書いた記憶がないので、「アレ…?」と思っていたところ、1ヶ月ほど前に掲示板「放知技」にある、「ロシア科学アカデミー・佐野千遥博士のゼミナール」というスレッドで、坪内寿夫を取り上げたのを思い出した。以下のような内容の投稿だ。

242:亀さん :

2015/11/14 (Sat) 03:59:49 host:*.t-com.ne.jp
ガイガーさん、はじめまして、亀(頭)さんです。

> 奇遇ですね私も童貞です。

ソー…、プゥ(笑)ですかぁ、今度、ドーテイ連盟を立ち上げましょう(爆)

ところで、いずれは互いに童貞を捨てねばならないと思うんですが、その時は是非、シバレンこと柴田錬三郎の『大将』を一読ください。童貞を捨てるにあたっての、大切な心構えが書いてあります(あったと思います…一度しか読んでいないんで、記憶が曖昧なんですが…)。

「大将」というのは、シバレンと交友の深かった坪内寿夫のことなのですが、まさに痛快な本なのです。この坪内社長は、「一穴主義」を人生のモットーとして生き抜いた方で、シバレンもこの点、高く評価していました。誠に失礼ながら佐野千遥先生と比較するに、「月と亀」…、じゃなくて「月とスッポン」とはこのことだと、良ぉ~く分かる面黒い本です。尤も、今では絶版で入手出来ないのが残念なんですが…。

股寝(シーユーレター)!

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15558579/242/

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もう一つ、「野良犬会」については一昨日の拙稿「東光ばさら対談 野坂昭如(1)」でも取り上げたので、そちらを参照して欲しい。今回は前置きが長くなったが、以下が歯科&音楽ウォッチャーさんからのメールだ(一部訂正)。今回も愉しんでくれ……。

師走になり、なんやかんやと野暮用仕事を粛々とこなしております。と言いつつ、実は、今、飲み会してます。忘年会です。質素に(^-^*)。

亀さん・・・・懐かしい青春小説。思い出します。シバレンの「大将」。四国は愛媛の傑物、来島ドック社長の坪内寿夫をモデルにした作品ですね。
そういえば、シバレンと坪内寿夫の絡みでこんなエピソードがありました。
坪内寿夫が奥道後に温泉ホテルを新築し、そのオープンパーティー席上でのこと。招待客はざっと三千人。中には関西財界人の家族も同席しておりました。三千人のオーディエンスを前に和やかに司会を務めるのは、ご存じ我らが高橋圭三!!圭三さん特有の司会リズムで来賓挨拶が進むなか、笑顔に緊張感をトッピングした表情でステージに上がった梶山季之。ステージ上、マイクに向かうや一呼吸間を置き、「私は、ポルノ作家の梶山季之であります。人生は、オOOコと思います。おわり」と、声高らかに一気にスピーチ。
その瞬間、三千人が息をのみ、圭三さん、思考回路ショートで茫然自失。梶山とバトンタッチでステージに立つはずの黒岩重吾。これはマズイとばかり、音も立てずに会場から三十六計。残されたシバレンは、その場を取り繕うべくマイクを取り、「昨夜は少々深酒が過ぎて・・・・」と謝罪する羽目に。
・・・・さて、この梶山スピーチ。仕掛けたはシバレンでありました・・・・・パーティー前夜、シバレン、梶山、黒岩の三人は酒グラスを傾けつつ、大好きなブラックジャックを楽しんでおりましたが梶山、この時ばかりはツキに見放されたのか飲むほどに負けが続き、シバレン、黒岩に大枚巻き上げられることに。
意気消沈じっと我慢の梶山にシバレンが、「明日、パーティーで、三千人の招待客の前で、オOOコ・・・そう叫んだら、この貸しは、チャラにしてやる」と囁いた。歯ぎしりする梶山、「おのれ、シバレン・・・ならば・・・」と、腹を括ったかどうか?わかりませんが、翌日のビューティフル・スピーチとなったわけです。
シバレンの気まぐれな悪戯心が発火点となったのかもしれませんが、それが災いし,マイク片手に平謝りするも四苦八苦。三千人を前にとんだ「生贄」にされたのはどうやらシバレンの方だったようです。
その柴田錬三郎。学生時代、親の希望とはいえ一時、医学部を目指したことがあったとか。
シバレン教授を想像すると・・・・ネオンきらめく銀座八丁、ホステス連れてキャバレー回診といったところでしょうか。


そんなネオンの合間に誘蛾灯のように淡い光で患者を誘う歯医者がございます。
夕方から夜にかけて仕事帰りに立ち寄る歯科医院。ことによると、あなたの命綱を丸ごと飲み込む食虫植物かもしれません。一日仕事を終え緊張がら解放され程よい疲れのステップで、ちょっと歯のエステに・・・・ネオン看板の奥に吸い込まれるように入ったら一大事。
結構引っかかってます。歯のエステ。歯を白く綺麗に見せたいというのは男女問わず。老いも若きも。
TVで「芸能人は歯が命」と、壊れたテープレコーダーよろしくエンドレスでコマーシャルしたお陰なのかどうかわかりませんが、白い歯にしたいばかりに魔心の餌食にされるのは何とも痛ましい。真っ白白の歯は不気味に見えます。自分の歯の色、どんな色してますか。よく観察してみてください。「ホワイトニングで白く綺麗にしましょう」・・・などと、Dr(毒ター)に口説かれる前に。

ここ最近、人との待ち合わせは、喫茶店、ファミレスにしてます。電車ダイヤの乱れがあるからなんですが・・・・。ファミレス、結構混み合ってます。ジャンクフーズで長居できるのが魅力と言えば魅力。昼下がりは、暇転がしストレス発散マダム族で満員迷惑です(^-^*)。あっちの席、こっちの席でマダムたちがファミレス・ワイドショーいたしております。ブラジャーのデザインからパリのテロ事件まで、朝、仕入れたワイドショーネタを下味に口からマシンガン連射でファミレス、蜂の巣にして引き上げていきます。

そこで少々、耳に引っかかったのが、歯医者通いのワンシーン。師走になり正月も近いということで、「その前に歯医者さんへ行って歯石をとってもらうのよ。スッキリするわよ・・・・」といった内容。聞いているマダム・フレンズが、それって大事よね。私も行こうかしら、などと相づちを打つ。話が進むうち、じゃあ、一緒に行きましょうかと、ネイルサロンにでも行く気分で盛り上がる。歯を白くしたい・・・と同じで、ファッション感覚、連れションのリズムに乗って行ったら大変。飛んで医に入る無知の虫とばかり食虫植物に息の根を止められます。歯はファッションなどと軽く扱うととんでもない目に遭います。

亀さん。歯科医院の衛生管理。何処もしっかりしていると思いますか?意外や意外、徹底されていないところ結構あります。加えて、感染予防意識もお寒い限り。口の中を治療するということは、出血する場合もあるわけです。日々多くの患者の口腔内と向かい合いながらも、ずさんな衛生管理では何が起こるか想像するまでもありません。治療器具の使い回しをしているようなところにぶち当たったらそれこそアウトです。歯のエステ・・・・軽いノリで地獄の一丁目巡りしますか。


亀さん、歯医者に限らず医者と薬には近づかないことが一番です。

ファミレス・ワイドショー・・・・・我らがアベちゃんも、「景気なんか全然よくならないじゃい。ダメよねぇ!」と、マダム連の口からマシンガンで蜂の巣にされてました。
ロックバンド イスイス団に極秘加入したものの、そのうちイスから外されます。

このあたり、今東光と文壇野良犬会の面々は今頃、野坂昭如と再会のグラスを交わしつつ、野坂の最新情報をネタに辛口談議しているのではないでしょうか。
シバレンあたりが、酔いに任せて、「日本と世界・・・結んで、ひっくり返して、更にもう一度ドンデン返しをやる・・・・」などと話しているかも・・・・しれません。

それにしても、今東光というと、何故か、刑事コジャック(テリーサバラス)が思い浮かびます(^-^*)。

年末、何かと財布の紐も緩む時・・・・幻惑されぬよう気つけの一曲を。中川レオが歌います。昭和の香り「かもねぎ音頭」。
気つけと、免疫力アップに!YouTube上で、チェック出来ます。
少々、アルコールが体内でサーフィンし始めたので、この辺でキーボードたたみます。


東京・同時多発テロ
過日の拙稿「不慮の事態に備えよ」で、掲示板「放知技」の投稿を紹介した(赤文字・太字は亀さん)。
結論を言えば…、ISISの要員が何百人も入国してることは間違いないが、こうなる
と、首都破壊を強行して「無残な日本人姿を隠蔽するオペレーション」をするには、
サリンといった陰湿なモノは不要だ!ということ。

もっと派手な爆裂破壊のほうが劇場効果は、格段に上がる!と。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15572396/567/


こうしたISISの動きは、日本の公安や自衛隊の特殊部隊も既に察知し、それなりに連中の動きを追っていることだろう。ところで、「派手な爆裂破壊」とは、どのようなことか? そのあたりが具体的に掲示板「放知技」に書かれていた。

ワシが、原発村のはねっかえりなら、走行中の電車一車両目の爆裂破壊を、命じるだろう、と。それを何本も。

すると、証拠取りといって、破壊後を放置できる。走行が不可になって、一石二兆だ!

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15572396/573/


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偶然だが、数日前に書名がそのものズバリ、『東京・同時多発テロ』(林信吾 角川書店)という本を手にした。そしてナルホドと思ったのは、電車は電車でも地下鉄の方が、遙かに大きなダメージをもたらすということだった。同書の以下の行に注目していただきたい。

すでに述べたように、わが国の首都圏の公共交通機関は、ロンドンやニューヨークのそれに比べて、はるかに混雑している。
したがって、テロが起きた際にもっとも危険なのは、パニックに陥った大群衆が、われ先に脱出しようとして、将棋倒しになるような事態だ。
二〇〇五年八月には、イラクで、自爆テロが実行されるとの噂がパニックを引き起こし、およそ一〇〇〇人が死亡する惨事が、実際に起きている。
ターゲットとして狙いやすいというだけでなく、技術的なハードルが低いという点から考えても、もっとも警戒すべきは、地下鉄内で故意に火災を発生させる、といった形態のテロである。

『東京・同時多発テロ』p.64


ところで同書は絶版だが、アマゾンなどで安く古本として手に入れることができる。ただ、昨日サーッと目を通した限りでは、たとえ古本であっても購入する価値はあまりないと思う。理由は、著者の世界政治を見抜く眼力がゼロに等しいからだ。そのあたりを如実に示しているのが以下の記述である。

ツインタワー(ニューヨークの世界貿易センタービル)が狙われたのは、アルカイダのテロリスト達にとっては、あのビルこそグローバル経済の象徴であり、世界に君臨する超大国の富を誇示していたからに他ならない。
『東京・同時多発テロ』p.71


同書は911から4年後の発行だから、多少はやむを得ない面もあるのかもしれないが、亀さんは911から幾日も経たないうち、仲間にはっきりと「911はイスラエル(シオニスト)の仕業」であると断言している。その理由は、同書の以下の行にある。

六本木ヒルズを崩壊させるだけの爆薬となると、簡単に手に入れられるものではないし、たとえ手に入れても、仕掛ける手間が大変である。
『東京・同時多発テロ』p.74


筆者はここまで分かっているのに、それでもアルカイダの仕業と思っているのは惜しい(笑)。その他、以下のようなトンチンカンな記述が多かった。10年も前に発行された本なのだから、やむを得ない面もあるんだが…。

ソ連崩壊後の米国は、軍事大国として独占的な地位にあり、今の世界には米軍を軍事的に打倒できる戦力は存在していないと考えられていた。
もちろん、米軍はテロの前に屈したわけではないが、ある意味で、従来型の軍備はテロの脅威の前には無力であることを露呈してしまったのである。

『東京・同時多発テロ』p.154


亀さんコメント→ 現在、シリア在ロシア軍が徹底的にテロ組織ISを叩いている。また、今日では世界最強の軍隊は米軍にあらず、ロシア軍である。

原発自体が分厚いコンクリート壁で囲まれ、かなり頑丈な構造なので、これを、前述のような人力で運搬できるレベルの兵器でもって破壊するのは、不可能に近い。
『東京・同時多発テロ』p.158


亀さんコメント→ 福島原発事故から5年前の本だから仕方がないにせよ、それでも当時において徹底的に日本の原発を調べていたら、欧米の原発と違って日本の原発の管理は杜撰であり、配管等の安全対策も欧米と比べると無きに等しいことが分かったはずだ。

それにしても、『東京・同時多発テロ』の著者の国際政治を観る眼力の無さには呆れたが、それから10年経っているし、ジャーナリストとして国際政治の常識を少しは身に付けただろうと思い、本人の最新記事に目を通してみたのだが、全然進歩していない…。
ヨーロッパの移民・難民事情 特別編(上)

この「Japan In-depth」と称するウェブの他の著者を確認したところ、テレビによく登場する宮家邦彦センセーも記事を寄稿していた。
[宮家邦彦]【露にケンカを売ったトルコ大統領の胆力】~ロシア空軍機撃墜事件~

えっ!? 「シリア軍機撃墜という形であの「プーチンのロシア」に喧嘩を売るのだから、エルドアンという男も大したものだ、とは思う」…(太字亀さん)…、笑いを通り越して、嗤っちゃうなぁ(爆)。

宮家邦彦センセーも林信吾氏も、どうして世界の識者にとって常識の国際政治を観る眼力が無いのかと言うと、欧米、殊にアメリカ発の情報に片寄りすぎているからだ。物事は何事もバランスというものが大切であり、この機会に是非ロシアのメディアにも目を通して欲しいと思う。さしあたり以下の記事を読んで、少しは世界の常識に近づいて欲しいんだが、どうだろうか…。
「祖国の国民を守るために死んでくれ!」 これが、国家指導者が自国軍の兵士に発する 「国家の大義」 だ。 さすれば、国軍の兵士は、祖国のために欣然と、そして粛々と死んでゆける…。これが 「国家に殉ずる!」 ということだ。

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東光ばさら対談 野坂昭如(1)
敬愛する野坂昭如が、一昨日の9日に逝去したことを新聞で知った。

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野坂さん、あなたが今東光和尚から引き継いだ「仄」の件、微力ながら今度は亀さんが引き継ぎますので、どうか安らかにお眠りください。


仄云々と言っても、読者には何のことかサッパリ分からないと思うが、以下に転載した今東光和尚と野坂昭如の対談を一読してもらえれば分かる。なお、今東光和尚と野坂昭如の対談は『東光ばさら対談』からのもので、和尚の対談相手は全員が「野良犬会」の連中ばかりである。明日上映される山田洋次監督の「母と暮せば」と深く関係する井上ひさしも『東光ばさら対談』に登場しているし、それ以外に柴田錬三郎、藤本義一、永六輔らと和尚との対談もあり、いずれ取り上げるつもりだ。なお、参考までに以下の二人の対談記事は既にアップ済みなので、関心のある読者に一読してもらえたら幸いだ。
東光ばさら対談 瀬戸内寂聴
東光ばさら対談 平岩弓枝

ところで、今東光の三島由紀夫に対する評価が低いのは昔から知っており、そのあたりは拙稿「今東光と三島由紀夫」にも書いた。そして、今回の野坂昭如との対談記事をOCRしたことで、初めて和尚が三島を評価していない理由を知った次第である。なお、『東光ばさら対談』には野坂昭如との対岸記事がもう一本あるので、「東光ばさら対談 野坂昭如(1)」とした。「東光ばさら対談 野坂昭如(2)」は、いずれ気が向いたらアップしよう。

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焼け跡闇市派からムショ派へ
今 あんたのこと、おれは野良犬といっているんだ。おれだの、梶山(季之)だの、みんな野良犬なんだよ。血統をずっと洗えば神々の末孫だけどな。そこまでいかなくても、野良犬でけっこうだ。戸川昌子、あれはメスの野良犬(笑い)。それから黒岩重吾、みんな野良の出だよ。しかし立派だね、野良がいばってんだから。……ところで、きみの起訴問題(『四愚半襖の下張』事件)、どのあたりまでいっている?

野坂 ぜんぜん何もいってこないんです。

今 おれ、特別弁護人になるといってくれたか、あんたの弁護士さんに。

野坂 いや、一人でやろうと思いまして、野良犬らしく。

今 弁護士も頼んでないの? ひどいもんだね(笑い)。だけど、それはだめなんだよ。規則で官選弁護人つけられるんだよ。

野坂 ですから自分で六法を勉強しましてね。官選の弁護人はほったらかして……。

今 おまえはおまえでいけ、おれはおれでいくと。けど、特別弁護人は申請できるんだ。おれを入れろよ。長広舌をふるってな、ポルノ礼賛をやってやるから(笑い)。

野坂 逆効果になると困る(笑い)。

今 坊主があのとおり迷っているようでは、いよいよ禁じなきゃならんというのか。

野坂 今先生が「あれはチンポが立たない。だから芸術作品である」といっても、もう七十四歳なら立たないのがあたりまえだと(笑い)。

今 いやなこというなよ。

野坂 ぼくはわいせつ物頒布人ですから、特別弁護人として応援していただくのも……。

今 それで、被告席からおれに「だまれ!」というんだよ。それであんたが一人で滔々とやってさ、おれが最後に「以上のとおりであります」ということにしたらおもしろいんじゃないかな(笑い)。

野坂 ぼくは三月ぐらい刑務所にはいっても、モトはとれるように思いますが。焼け跡闇市もタネ切れだから、ムショ派を新しくおこします。はいって赤裸々な刑務所の生活を、どこかに書かせていただいて……。

今 おれは終戦直後に刑務協会の相談役をやったことがあるんだよ。そのときに坂口安吾がたずねて来たんだ。めずらしい奴が来やがったなと思ったら、じつは税金を払わないで起訴されそうになったと……。

野坂 坂口安吾が、小田原にいたときですね。

今 おう、それであいつは牢屋に行く覚悟はできたというんだな。それについてちょっとお願いがあって来ました。なにも牢屋にはいることはないだろうというと、じつは国税局長宛に手紙を書いてみたんだがといってね。見せてもらったら、巻き紙を何本かついだ十間ぐらいの長さの手紙だよ。ここからこれだけゼニがはいって、これだけ使った。このカネは女にやった、友だちにくれてやったとか克明に書いてね。ところが初めから最後まで税金を「払う」という二言もないんだよ。これじゃだめだ。払う意思はあるんだけども、かくかくしかじかでゼニがなくなったというんなら、向こうも多少はくみとるけど、十間もある長い手紙を書いてもおめえは初めから払う意思がない。だから起訴になったんだといったら、なるほどいわれてみるとぼくは払う気はなかったというんだ。それじゃ、いったいお願いは何だと聞くと、中で酒とタパコをのませてくれると、静かだし原稿が書けるんで非常にいいと思う、あんたは刑務協会の顧問なんだからそれをひとつお願いしたい(笑い)。おい、無茶いうなって。牢屋の中で酒を飲みながら、タパコを吸いながらじゃ、おれだってはいりたいよ。おい、文壇にはえらいのがいるぞ。

野坂 ぼくはもう少しで子どもが生まれるから、ちょうどそのあたりにはいっちゃったらうるさいときにいなくていい。出てきたら、「おうおう、大きくなったねえ」って(笑い)……。

喧嘩は小学生時代から
今 あんたも神戸育ちだね。

野坂 ものごころついたときには神戸にいました。灘区のはずれのほうで植民地みたいなところなんです。つまり日本がいろいろと大陸に拡張していって、神戸は大陸に行くための基地みたいになったんですね。だから近代重工業が神戸に発達して、本社が東京にある会社がみんな支社を置いたわけです。

今 そういえば、このあいだ、おれが放り出された中学だけど、豊岡の高等学校、丸焼けになった。大阪の朝日放送が東京の宿へ電話をかけてき、すぐ放送するんで一言感想をいってくれ。なんか大阪の夕刊には大きく出たそうだ、「今東光の母校焼ける」いうてね。
それがおかしいんだ。これも退校処分になった関西学院の中学部が、ぼくを放り出して三年ぐらいして焼けちゃった。そのとき、おれ電報うったよ、「おめでとう」ってな。それから五十年ほどたって、こんどは第二の母校の豊岡が焼けた。おれを放り出した学校、二つとも丸焼けなんだ。

野坂 もうすぐ、議事堂が焼けますよ(笑い)。

今 おれがもう放り出されるもんだと思うとる。それでおれは、なつかしい母校が焼けたのは非常に悲しいことです、それにつけても関西学院中学部といい、豊岡といい、つらつら考えるに、わるい学生でも退校なんかさせんほうがいいようでござんすねえ、というてやった。放送局の奴がいやもうよろこびやがってな(笑い)。
豊岡に円山川という川がありまして、ボートをこいでずっと行くと玄武洞がある。玄武洞の次は城崎なんです。おれはおなごを連れて城崎に行ったり、あるいは一人で行くと城崎で芸妓を抱いたり……。

野坂 これはもう議事堂焼けますよ(笑い)。

今 野坂さんのときは、神戸に波止場できてたかい。

野坂 できていました。いまちょっとわかんないくらい変わっちゃったけど、六甲山から見ると四本ぐらいできていたように思います。

今 ぼくらのときは何もないですよ。メリケン波止場って、イボみたいのがちょこっとあった。だからぼくのオヤジの船がヨーロッパから帰ってくると横づけできないのよ。沖掛かりでメリケン波止場からランチでお客を送り迎えしていた。

野坂 大正の初めごろですか。

今 明治から大正にかけてだ。その楽しいことって、学校なんか行くテないんだよ。メリケソ波止場には中島というじいさんがいて、おれのオヤジに「船長!」なんて、こんなこと(敬礼)するくらいだから、船長のぼんぼんがいくと、「きょうは何ですッ」、「ランチ出してくれ」。じいさんが指笛でピューッとやると一艘出てくる。きょうは沖の何番に何丸が来ているというのでそこへ行く。みんなオヤジの子分でしょう。だからその船に乗りこんで泥棒だよ、タパコだ、ウィスキーだ、なんだかんだって。そうするとランチの船長から水夫までが、何もらってきてくれ、かにもらってきてくれでね。しまいに税関のチクショウまでが、「ぼんぼん、わいは葉巻やで」とか「タバコを頼むぞ」なんていう。おれはそれをみんな持ってな。昔、将校マントってあったろう。あれを着て、その中に入れるから、相撲取りぐらい太って出てくるんだ。それで税関に「これはおめえの」、「これはおめえの」とやるから、おれはもうフリーパスだよ。船の奴は船の奴で、「これ降ろしてくれたら、なんぽやる」なんてな。おれは何回か上がったり降りたり使い走りやって、だいぶ金儲けできた。これはいまでいうと密輸入だな(笑い)。

野坂 そのころから喧嘩が強かったですか。

今 パラケツじゃ、うるさいほうやったな。

野坂 どういう喧嘩の仕方をしたんですか。足が速かったんですか。

今 あ、あんた、キックやるから足だと思っている。おれはものを持つんだよ。小学校のときからいろんな学校の連中からねらわれていた。だから、ちゃんといい武器をこしらえていたんだ。ドスなんか持つと重大問題になるから、昔、電灯のコードに木の玉がついていたでしょう。あれを手に入れちゃってな。その玉を芯にしてコードを巻きつけていき、余ったコードを二重に輪にして、常にふところに入れて歩いていたんです。

野坂 学生服ですか。

今 いや、着物です。小学校でしたから。それで、「おい、今がいる」というんで、何とか学校の悪たれが五人、十人と連れてくるんですよ。「なんでえ」、「おんどれやな、今いうのは。かまわん、どついたれ」なんて、相手がパッと手をあげたときには、もうそれをピユーッとふりまわしている。これが当たるともう泣き叫ぶんだ。向こうはゲタでおれのドタマなぐっても、おれ不死身で、カーン、カーン音するけどなんともねえんじゃ。そのうちに相手がみんな屈服してしまって、泣いてしまうんだわ。

二十年前なぐられたやつを…
野坂 弟さん(今日出海氏)はおとなしかったんですか。

今 これはもうまじめなもんじゃ。秀才やからね。だけど、いうことが大げさだよ。なんぞというと兄貴になぐられるから、「なにッ」ときたときにはパッと逃げ出し、おかげで短距離の選手になれたというんだな(笑い)。

野坂 今先生の青年時代の写真を見ると、たしかに美男子で、なんか華奢な感じがするんですけど、強かったんですかね。

今 それがいいんですね。東京に行ってからも、カフェーなんかいくと女の子にもてるんだよ。それでバンカラ連中なんかやきもち焼いて、「あの野郎、軟派だからどつきあげろ」てなことで、喧嘩売りにくるんだね。「なんでおれのツラを見たんだ」なんてくだくだいっているうちに、「ここでは迷惑かける。やるんなら表に出てやりましょう」、「よし、おい、なぐったれ」。もうおれは出したにどつきあげるんだ(笑い)。しかし、嫌いな奴なんかどつきたいね、議会なんかでも。

野坂 これはとてもかなわないという感じで、喧嘩やめちゃうということはありませんでしたか。

今 なかには、そんなのいますよ。中学一年のとき、県立一中の五年生で柔道の強い奴なんかに会うとね。それはもう逃げるにしかずで、ゲタもほったらかしてハダシで逃げ出した。けがするとつまらないから。そのかわり敵討ちゃ。学校の帰りをねらって、小太刀の木刀でね、シッチャカメッチャカにしてやるんですよ。だから、あいつしぶといといわれたんです。水泳で会うと、おれは水泳がうまかったから潜っていって、ぐんぐん沈めて水をがぶがぶ飲ませて降参させたり。春なぐられると、夏までおいては利子つけて返すんだ。

野坂 ぼくは二十年ぐらいおぼえています。小学校のときなぐられた男を、二十年目になぐり返した(笑い)。

今 おれはおぼえがないんだけど、稲垣足穂にある人が「東光のところに遊びに行こうやないか」いうたら、「あいつのとこは行かん、中学のとき、あいつになぐられた」というたそうな。おれはなぐったおぼえはないんだけど、人がいうのには、なぐった方は忘れているけど、なぐられた方は忘れんというわな。

野坂 だから、ぼくが「今先生はいろんなことをよくご存じで、もの書きに珍しくほんとに学問がある」といったら、稲垣さん、もう鼻でせせら笑っていましたね(笑い)。

今 無学だっていうだろう。あいつは言いたい三昧ぬかしやがるんだ。それで、いまだに敵討ついうてた。稲垣に会ったら、おれはなぐったおぼえねえぞって、いうてくれよ。

野坂 そういう対談を一ぺんやったらどうですか。七十すぎた方で、「おまえ、なぐったろう」、「いや、おれはなぐらない」(笑い)。

今 だけど、あんたはなかなか、からだいいわな。運動、若いときやったの?

野坂 まあ、とにかく軍国主義時代に育ちましたから。

今 基礎的なからだはできているわね。

野坂 ぼくは先生とちがって気が弱いんですよ。すぐ泣いてしまいますよ。

今 神戸には何年ぐらいいたの?

野坂 生まれてから十四歳まで。焼けたときが十四です。

今 十四のときに、女のことなんか知っていたか。

野坂 十四のときそれに近い経験がありました。といったって、昭和二十年当時はできるわけないですよ。ただ、焼けちゃったあとあるところに行ったら、そこに二つ年上の女性がいまして、向こうはぼくをかわいそうに思い、ぼくはぼくで家族がいなくなったからその人に甘ったれている、という恰好ですね。ですから、いまでも二つ年上の方を見ると、とても他人には思えない。

今 物騒だね。

野坂 田辺聖子さんなんか見ると、ほんとに「おねえさん! といいたくなっちゃう(笑い)。

もの書きも自主独立できない
今 きみはずいぶんひどい近眼なのかい。

野坂 大近眼の乱視です。最近は老眼が加わりました。しかもこのめがねは度がついていて、しかも色がついてて、苦心の作なんです。

今 これは小説に書いた話だけど、大正時代、都新聞(現東京新聞)に松崎天民という軟派の記者がいましてね。「浅草十二階探訪」を書いた。これがおそらく探訪物のはしりだろうな。当時、社会部の記者は軟派といって馬鹿にされて、硬派という政治部記者でないと幅がきかないんだ。法科出が政治記者になって生意気にやっていたんだよ。それで松崎の野郎がカッカときちゃって、「よオし」というんで十二階の女たちを取材した。これが洛陽の紙価を高からしめてね。こんどは政治部が小さくなって、軟派のほうがえばっちゃったんだ。

野坂 都新聞といったころですね。以来、都新聞がそれ専門の新聞になっちゃう。

今 そうなんだ。田村秋子さんのお父さんとか、伊原青々園とか、長谷川伸とか、当時の錚々たる記者が都新聞にがんばっていた。ある日その松崎天民が女を抱いてな。女が夜中に目がさめて、枕元のコップの酔いざめの水を飲もうとしたら、コップの中に目玉があってな。ギロッとにらんでいるんで「ギャアッ」とはねあがって、すっばだかで逃げたのよ。それでドタドタと階段から落ちて気絶しちゃったんだ。天民は片方の目が義眼だったんだ。昔の奴はじつにそういう珍談をつづけて暮らしていた。いま、文壇にそういうおもしろい人間いないね。野坂さんはべつにして、なんだかみんな保険外交員みたいのが多いね。

野坂 いま、たとえば天民みたいなことをやって、ファッションモデルがマンションから落っこって死んだりしたら、これは単なるスキャンダルじゃなくて、もっと大きな騒ぎになっちゃう。まず新聞が「もの書きだからといって、そんなことをしてもいいのだろうか」といってくるにきまってますよ。その次は週刊誌が冷やかすでしょう。女性週刊誌が家族をやりますね。二重、三重と検非違使みたいに書きたてられたら……。もの書きだって女房、子どももいるわけですからね。そこにもカセがあって、まず子どもの先生がいるし、それから女房というものは学校と非常によくつながっているものだから、学校にいくとぐあいがわるいということになるでしょう。だから、もの書きが自主独立した人格として世の中を生きていくことはできたくなっていますね。女房に足をひっぱられる、子どもに足をひっぱられる、いろいろしごかれますねえ。しかし、どうも大新聞のきめつけ方は、一方的で癪にさわりますねえ。

今 それはけしからんね。

野坂 先生はけしからんなんていって、いま割り箸を割ってるけど、こっちはこれからそれをやろうというんですから(笑い)、そう無責任なことをいわないでください。まあしかし大新聞が何をいおうと気にしなきゃいいようなもんだけど。

チンポの大きい人を国会へ
野坂 今先生がどこかで何をやったなんて書かないのは、参議院議員だからです。日本という国は政治家がわるいことしたって、いろいろいわれないでしょう。政治家のスキャンダルといえば汚職しかないもの。嘘ついたって、女だましたってどうってことはない。

今 再来年、おれは出ないというと、これから叩かれるね。積もり積もった六年間!

野坂 でも、議員はやめても前官礼遇みたいのがあるらしいから、まだ大丈夫ですよ。

今 このあいだ、めずらしく山本有三さんに会ったの。それで、「選挙が近づいてきたから、みんなあんたに応援を頼みに来てるだろう。絶対に行くなよ。あいつら、頼むときだけは人のからだも考えずに頼んで、当選すれば知らん顔だ。やるもんじゃありませんよ」と、えらい注告してくれてね。「もちろん、私はこんどは行きませんよ」といった。
おれの選挙のときは、この人(野坂氏)なんか頼んだけどね。応援演説で「チンポの大きい奴は偉いにちがいない。今さんも大きいから、こういう人を出さなくちゃいけない」とか、二千人も集まった浅草の大会堂で、おれのチンポ見たことないくせにチンポ論をやり出したんだよ(笑い)。

野坂 ふざけたわけじゃないですよ。昔、「文芸春秋」で直木三十五が文壇の品定めをやったときに、今先生は学識の面でもって芥川(龍之介)に次ぐと書いた。皆さんは助平な小説を書いているようにお思いになるかもしれないけど、これほど学識のある方はいらっしゃらないんで、いまの無学無教養な国会の中に今先生を出さなくちゃいけない、というふうにぼくはいったわけですよ。そのあと、いうことがなくなったから万事チンポの世の中で、チンポの小さいやつは、もともと悪いことをする。ヒットラーも小さかったし、東条英機も小さかったぽく、ほんとは知らないけどね(笑い)。そこへいくと今先生のチンポは大きい。やはりチンポの大きい人に物事はまかせなきゃいけないと、教養とチンポの二本立てでいったんです(笑い)。そりゃ見ちゃいませんや、先生のチンポ。見たらウソはつけないもの(笑い)。

今 こんなひどい応援演説で当選したんだから、日本人というのはもの好きだね。えらい連中ばかりが応援してくれたんだよ。おれが立ったら、みんなウワッと笑うんだ。

野坂 その頭を見れば、だいたい大きいような気がしますよ(笑い)。いまは功なり名とげた感じでわりと人相がよくなられたけど(笑い)。

なぜ芸術院会員になりたがる
野坂 しかし、今先生を見ていると、やはり文士の一つの典型をみるような気がしますね。つまり喧嘩するとか、論争するとか、結果的に女をだまくらかすことになっても女遊びをするとか、そういうのが文士だという感じがとても強くしますね。戦前、今先生が本郷通りをネズミに首輪をはめて引っばって歩いたことがたしかありますね。

今 犬のかわりにな(笑い)。

野坂 それから資生堂でもってライスだけとって、人が残したおかずを全部持ってきて食べたことがあった(笑い)。

今 昔だよ、そんなこと。

野坂 当時の本を読むと、ちゃんと書いてある。ぼくはそのまねしたわけですよ。資生堂ではできなかったけれども、渋谷食堂に行きまして、よそのテーブルをじつと見ていて、ウェイトレスが片づけようとするのを「ちょと待ってえ」と持ってきちゃってね。二十年ぐらい前ですけどね。そういった一種のダンディズムみたいなことを、とてもやりたいという気がしましたね。
もの書きというのは、もともと何も生産と結びつかない存在でしょう。それをへんにへりくだったりする必要はないけれども、こういう管理化された社会になってきますと、かなりの無理をしてもいいから歌舞伎ぶりをやった方がいいように思うんですよ。そこでせいぜいぼくなんかシャッポをかぶりましてね(かぶってみせて)、これはちょいとアラブゲリラ風でございまして、なかなかカッコいいと思って……。
今先生はもはや参議院議員で、バッジをつけていらっしゃる方ですから、こういうえらい方はべつとして、ぼくらはソフトとかバッジとか直木賞とか、そんなものにとらわれないで、文士劇に出たら周囲を困らせるようにやるとかね(笑い)。そういうふうにやらなきゃだめだと思うんです。くだらなきゃくだらないでいいと思う。だけど、そういう存在がなければ、ぼくみたいなもの書きの意味ないですよ。日本には私小説の伝統があって、生活そのものが小説だというけれど、あれ、うそばっかり書いていると思うんです。それよりも生きている杜会のなかで、もっと無茶苦茶にならなきゃだめですよ。

今 そういう意味じゃ、ひと昔前の無頼派といわれた坂口安吾、太宰治というのは無頼派じゃないね。

野坂 太宰は無頼派じゃないですね。

今 やっぱり、あんただよ、日本のほんとうの無頼派は。無頼派の文学を開拓したし、人間そのものも無頼派だよな。

野坂 やっぱり幼女姦をやるとか、そこまで徹底しないとだめですよ。いま、幼い娘をやったら、これ、人非人でしょう。だけど、やりたいと思うでしょう、十二、三の女の子とちょっとやってみたい気がするでしょう。

今 うん、する。

野坂 それをやってしまって、それでだめになっちゃうのがもの書きだと思いますね。それなのに芸術院とか参議院とか……(笑い)。

今 参議院、すぐ持ち出すなよ。

野坂 今先生が議員になって参議院のイメージが低下したということについては非常にいいですよ。なんかもの書きってえらくなりすぎていますね。もの書きって、もっと助平でどうしようもないものですよ。ちょっとえらくなると深刻そうにかまえて、こんどは芸術院会員だなんて、あれはおかしいと思うけど、この発想はまあ月並ですが。

世の中ももの書きも悪くなる
今 いまの作家は体制の中でやっと生きているという感じがするなあ。先輩とあんまり喧嘩せんし、同僚ともやり合わないしね。切薩琢磨の形がねえじゃない? 昔、尾崎紅葉の門下に四天王といわれた泉鏡花、小粟風葉、柳川春葉、広津柳浪がいた。その小栗風葉の弟子が真山青果なんだ。ある夜、編集者が原稿をもらいに小粟風葉の家へ行ったら、門の前で二人の男が上になり下になり、なぐり合い、蹴とばし合いして、とっくみ合っているんだって。それで編集者が「こんなとこで、何しているんだ」と分けてみたら、それが酔っばらってはいたけど小栗風葉と真山青果だった。弟子と師匠がくんづほぐれつの喧嘩をしたというんだから美談だと思うんだ。弟子の薫陶もここまでいきゃたいへんなもんだけれど、そういう奴はいないでしょう。いまその点じゃ、こういうことがあったな。いつか(今)日出海が「おれ、このあいだ外套損しちゃった」というんだ。のちに小林秀雄に会ったら、「おれも外套損しちゃった」。で、どうしたんだと聞いたら、東京のどこかで飲んで議論して、結論が出なくて、電車で鎌倉についてもまだ結論が出たい。それで駅前のオデン屋で議論つづけて、しまいに店が看板になって追い出されて、八幡さまの鳥居のところまで来ても結論が出ないんだ。それでどっちがいい出したのか知らないけれども、「これはもう、なぐり合いしか結論は出ないな」、「そうだなしというわけで、ポカポカなぐり合ったり、とっくみ合ったりして、二人とも八幡さまのドブに落ちて外套から洋服からドブドブにしてパアにしちゃった。そういう文学に対する熱情というのは、いまはないでしょう、第三の新人以降。
なんだかみんな上手にお互いにほめ合って、痛いところに触れられないようにしてやっているような気がしてね。ぼくはいまの批評家が仮におれのことを批評しても、おれは信用できないんだ。こんちくしょう、おれになぐられるのをおもんばかってこんなこといっているんじゃないかと、年寄りになったらひがみっぽくてな。それよりも「どう考えてもてめえのハゲ頭ぶりが気にいらない。一つなぐらせろ」ぐらいの意気でかかってくるとか、そこまでいくような情熱がいまの文壇に見られない。稼ぎ第一主義になったのかしりませんけどね。気をつけなくちゃいけないね。
今度の秋のシンポジウム(日本文化研究国際会議)でも、世界からいろんな人を招いて、てめえが世界的名士になったつもりでやっているのは、チャンチャラおかしいね。てめえらの作品が十年後、二十年後にいったい残ると思っているのか、この野郎!といいたくなるようなのが、なんかしたり顔でいっているじゃない。

野坂 あの、五千万円だかなんだか、国からもらうというのは汚職じゃないのかなあ。まあ表でもって喧嘩するという形での文壇の切瑳琢磨もあると思うし、もう一つ、おれはこいつは認めない、こいつから何をいわれようといっさい関心はないという恰好でやっていくきびしいやり方もあるわけですよ。吉行(淳之介)さんなんか、それやってらっしゃいますね。だから、ぼくは吉行さんは文士だと思うんですよ。まあ、もの書きなんてもともと太鼓持ちみたいな一面もあるから、大きなパトロンにくっついてやっていたっていいですよ。お金たっぷりもらって、こっち側でいい作品書いておけばいいわけですよ。だから総理大臣の朝食パーティに行くのもいいと思う。それから、書斎にじっといて喘息かなんかでゴホンゴホンわるあがきしながら、こいつだけは許さない、そいつとは絶対につき合わたいからという人も文士だと思うんですね。
ところが、そうじゃない場合が多いんです。なんか喧嘩はするけども、なぐり合いにまでは至らない。朝食パーティに行くときは、めしさえ食ったらそれでおしまいだといいながら、けっこう体制的なことをやってしまう。おれは許さない、許さないといいながら、それぞれの関係から推薦文なんかヒョロッと書いちゃうというような、そういう中途半端な世渡りをやっている人間がいま多すぎることは多すぎますね、まあぼくも含めましてね。
どう考えても、もの書きというのは根本的に無頼の徒ですよね。その無頼の徒の片々でも残している分には、まだいくらか望みがあると思うんですよ。ところが、どうもいまはもの書きの杜会的地位が高くなって、しかも稼ぎが多くなっているものだから、夜郎自大になってしまっていると思う。書いているものも、夜郎自大でものが書けるわけがないからつまらなくなっているし、世の中全部がわるくなっているけれども、もの書きもそれにつれてわるくたっているような情けなさがありますね。世の中がわるくなればなるほど、もの書きはいい立場に立つわけですがね。だって、わるくなっていく時代を見たがら書いていればいいんですよ。ほんとにいい時代なら、もの書きなんて存在するわけがない。みんたが幸せになっている世の中なんて、なにを書いたらいいかわかんないです。もの書きにとっていまは書きやすい時代であるにもかかわらず、何も書いていないんですからね。

けなされた批評は読まない
野坂 今先生は好奇心の権化で、学問がどれほど深いか、ぼくみたいな浅い器でははかりしれないけれども、一緒に旅行していて何を聞いても知らないということがないですね。「あの木は何ですか」、「あれはなんとかかんとかで……」ほんとうかどうか知らないけれども(笑い)、ちゃんと教えてくださる。三島由紀夫さんの「豊饒の海」の中の、「暁の寺」など大僧正の眼からごらんになるといかがです。仏教の「阿頼耶識」とかいうのが出てくるけれど……。

今 阿頼耶識とか末那識とか、これは仏教の唯識論にはいるんです。いうならば認識論だろうな。だけど、それは信念的な認識論で、情が裏づけした意識じゃなくちゃならん。ところが三島君のはそういうシロモノじゃないよ。いいたくないんだけど、おれが昔ある小説を書いた。それに比叡山の写本を引用したんです。これは門外不出の写本で、天海大僧正が集めた蔵書でな。天海蔵といって、一般には見せないんですよ、国宝級の本ばかりだから。その中でも、とくに門外不出の写本が一本ある。おれはそれを夜こっそり行っては寒い文庫で写しとってきたんだ。それを三島がある小説のなかに引用して、自分は比叡山の秘庫を開いてこれを読んだと書いてある。しかし、ぼくでさえ貸し出してもらうこともできないものだよ。それを三島が見せてくれといっても、絶対見せませんな。おれの小説のを引用しているんだ。そういうときには、礼儀として今東光のこれこれから引用したと書くべきですよ。それをおれの名前も出さないし、天海蔵であることも書いてないんだね。でたらめもはなはだしい。だから、ぼくは三島の小説、信用しないんですよ。「金閣寺」はこれは臨済禅だけれども、そういうところを探求しているわけでもないんでしょう。仏教用語なんかも使っているけれども、ほんとうにわかっていらっしゃるのかどうか。

野坂 まあ、あの場合頭脳明晰だけに、一種の受験勉強小説になっちゃったのかな。

今 そうそう。これを書くためにこういうものを集めたという形はありますね。

野坂 ただ短篇のなかには、かりに受験勉強小説であるとしてもいいものがあると思うんですけれども、不思議でしょうがないのは、「豊饒の海」というのはあれだけ騒がれた最後の作品でしょう。それをまともに取り上げたまともな批評家がだれもいないんですよ。箝口令がしかれているわけでもあるまいし、なぜいいんならいい、わるいんならわるいといわないんですかね。

今 彼もそう論じてほしかったろうね。だけど、おれは批評家というのはあんまり信用しないな。

野坂 ぼくはけなした文章は読まないんですよ。ほめられると信用するんです(笑い)。

今 えらい男だね。見直したよ、おめえを。おれもこれからほめたのだけ信用しよう。

野坂 ほめているのを見ると、この人はいい人だと思う。ジョニ黒でも送りましょうと(笑い)。一度読んだあと、酒飲んでまた読みたくなっちゃってね。もう一度読んで、「おれ、そんないいこと書いてたかな」……ついには自分の小説を読みなおします(笑い)。けなしてあるやつは読まない。おっ、おうと閉じちゃうものね。

万葉学者も何も知らない
今 あんたと初めて会ったのは、ずっと前に青島(幸男)君と一緒にだったな。おい、おまえはえらくなっちゃって、青島はもう「野坂の話になると頭にくる」というんだよ。こんなに自分と差がついちゃったって。そんなこといわずにおまえも小説書いたらいいじゃないかといったら、「うーん、野坂が生きている間はどうにもならねえ」って。おまえ殺されるぞ、うっかりすると(笑い)。青島は自分も書きたかったんだ。それがいまや野坂は大家になって、彼は議員かもしらんけど二院クラブの親方ぐらいじゃどうにもならんからね。政治のセの字にもならん。

野坂 ぼくら、なまじっかテレピでもって脚本書いていますからね。いかにテレビとはいえ、書くのは字を書くわけでしょう。字を書くのは小説が本来のものであると思う世代なんですよ。だから青島でも、大橋巨泉でも、永六輔、前田武彦、野末陳平、みんな活字の仕事ではヒョイとかまえるんですね。たとえば巨泉は「週刊朝日」の「真言勝負」でしゃべるときは、まじめ一本やりでしょう。永六輔は逆に開き直って、私はとても活字の世代じゃないよという恰好で書いたのが「芸人とその世界」でしょう。野未陳平は出版社をやっちゃってるしね。テレビで覇をとなえていれば、直木賞もへったくれもないんだけれども、彼らの世代からいえばやっぱり活字だけで育ってきたわけですからね。

今 しかし、テレビでどれほど何をしたって、あれはアワの如き存在ですよ。

野坂 だけど、ぼくも娯楽小説書いてタレントみたいなもんですからね。存在はアワの如きでいいと思うんですよ。

今 そんなことないわな。

野坂 ぼくは自分が無学のせいかわかんないけど、今先生ぐらい学問をした人間でないと、人間のほんとのところがわかんないと思うこともあります。しかしこれがむつかしいところで、余り勉強して、柔らかい心を失っちゃうとこれまた駄目なような。吉行さんなんかあらゆる意味で教養のあるほうではない。何か聞かれてすぐわからない、知らないとおっしゃいますが、人間についてはまことに通ですねえ。学があって、小説がいいというのはなかなかむつかしいような。

今 その代表的なのがいる。小島政二郎だ。英語はできるし、日本の古典は読むし、ことに芭蕉に関してはえらいんだ。慶応の芥川になりたかったのが、なりそこねたんだね。

野坂 まわりに天才がいすぎたんじゃたいですか、芥川とか、永井荷風とか。

今 学問はあるんだよ。しかし、それが彼の文学になんの光も与えていないんだよ。
だいたい、いまどきの学者と称する連中からしてひどいもんだぜ、おい。奈良県の桜井市で二、三十人の作家に万葉の歌を書かせて、碑をあちこちに建てるというんでな。おれのは海柘榴市の近所に立つというんで、海柘榴市の歌を選んだ。「紫は仄さすものぞ つばいちの八十のちまたにあえるこは誰ぞ」そうしたら佐佐木信綱をはじめいろんな学者が、「紫は灰さすものぞ」だというんだ。なぜ灰かというと、紫を染めるときに灰を使う。だから「灰さすものぞ」が正しい。おれのは間違っているというんで、大学者の間で問題になったんだ。
それでおれはいってやった。なるほど紫を染めるときには灰を使うし、酒の濁りを澄ますにも灰を使う。けれどもこの場合は染色のことをいっているんではない。海柘榴市の非常に繁華なところで、そこで行きずりに会った女の子はどこの誰だろう。それを紫が仄さしているんだ、というのがおれの解釈なんだ。昔は印刷がないから写本ですよ。伝書の際に「仄」にチョンチョンとやってしまって「灰」になったんで、おそらく誤写だと。さっきいった天海蔵の足利期の写本だの、いろんな写本を見てくると、古今集でござれ、新古今集でござれ、ずいぶん誤写があるんですよ。そこを考えろというんです。「紫は灰さす」なんて、水さすようなことぬかしやがって(笑い)。きのう桜井市の観光課長が来て、どうしたものでございましょうというから、おれの説が正しいからそのとおりにしてくれといった。

野坂 それは今先生の解釈のほうが正しい。もし先生がお亡くなりになっても、ぼくがあとをひきついでがんばりますよ、こりゃもう「仄さす」であると。

今 そうか、やっばり野良犬同士というわけか(笑い)。


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よく、帰ってきてくれたのう…加世
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半年ほど前だったと記憶しているが、入手しておいた山田洋次監督の時代劇三部作、一昨日から昨日にかけて、ようやく鑑賞することができた。実は、亀さんが山田監督の時代劇を観るのは今回が初めてだ。鑑賞したのは制作年順に、「たそがれ清兵衛」(2002年11月2日)、「隠し剣 鬼の爪」(2004年10月30日)、そして「武士の一分」(2006年12月1日)である。それにしても、三部作に登場する三人の侍と、〝マドンナ役〟の女性との間のやりとりを見ていると、どうしても同監督の「男はつらいよ」の寅さんを思い出してしまう。寅さんと同じく、三人の侍も恋愛に関しては奥手というか、意中の女性の前では何ともぎこちない…。ただ、振られることの多かった寅さんと違って、三人の侍がそれぞれ意中の女性とハッピーエンドで終わったのは、いかにも山田監督らしい作品だと思った。

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もう一点、「男はつらいよ」シリーズは、ある意味で喜劇版の任侠映画だと、亀さんは勝手に思っているんだが、一方で今回の時代劇三部作は、いたって真面目でシリアスな〝任侠〟映画であった。三部作どれもが素晴らしかったが、特に最終作の「武士の一分」、主演が木村拓哉だったということもあり、さほど期待していなかったのだが、実際に鑑賞してみて、三部作の中では個人的に一番好きな作品となった。殊に、木村拓哉演じる三村新之丞、檀れい演じる妻・加世が、ラストシーンで交わしたやりとりは、今後も繰り返し見たいと思った。念のためネットで確認したところ、「ちょんちょに」というブログにラストシーンのやり取りが載っていた。

ところで、明後日の12日、山田監督の新作「母と暮せば」が公開される。〝絶職〟していることもあって時間も取れそうなので、なるべく早めに劇場へ足を運ぶつもりでいる。

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福島で急増する子供の甲状腺癌
昨日取り上げた『月刊日本』12月号、沖縄関連の記事の他に「福島で急増する子供の甲状腺癌」と題した、もう一本の重要な記事が掲載されている。

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左は『月刊日本』の記事、右のグラフは、「東京保険医協会」より

来年の3月11日で福島原発事故から5年目を迎えようとしているが、東京新聞など一部のマスコミを除き、相変わらず大手マスコミによる内部被曝の報道は皆無に近い。そうした中、『週刊プレイボーイ』といった、ごく小数の雑誌が事実を伝える努力をしている(拙稿「フクイチの現状を正確に伝えている雑誌は…」参照)。

さらに『月刊日本』も、同誌9月号からフクイチ関連の記事を載せるようになった(拙稿「蟻の一穴になるか、『月刊日本』9月号」参照)。その後、同誌が毎月のようにフクイチ関連の記事を取り上げるようになったのは心強い。

今号の『月刊日本』の場合、福島の子供たちの甲状腺がんについて取り上げており、6ページにわたる渾身のレポート記事である。同記事を一読された読者は、1年近く前になるが、以下の記事も併読すれば、さらにディープなフクイチの現況を知ることができよう。
2015/02/19 「内部被曝の影響は、これから出てくる」 放射線治療の第一人者が語る、被曝問題の隠された真実 ~岩上安身による西尾正道氏インタビュー 第一弾

最後に、連日のようにフクイチから吐き出される、殺人モクモクの正体を再確認する意味で、以下の記事は必読だ。東日本は完全に終わっていることが、イヤでも分かるだろう。
「猛毒の濃霧が連日、東京都を襲っている!」 ← このことは拡散してはいけない情報だ。だから、小出裕章も苦渋の末に「あれは海霧です!」と言って逃げた。なのに高山清洲は、敢えて注意を喚起している。漢(ヲトコ)である。

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