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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
小野田寛郎は29年間、ルバング島で何をしていたのか
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斎藤充功さんの新著『小野田寛郎は29年間、ルバング島で何をしていたのか』が、先週の木曜日(5月21日)拙宅に届いた。斉藤さん並びに学研パブリッシングの小塩(隆之)さんに心より感謝したい。

その後、仕事の合間に時間をかけて同書に目を通し、思わず唸ったのが以下のp.256~257であった。

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小野田寛郎を巡る一連の動きを、時系列で鮮やかに炙り出してみせたページだが、このページの羅列書きによって、比国に眠るM資金&マル福金貨を巡る一連の動き、すなわち比国のマルコス大統領、日本の昭和天皇、田中角栄、笹川良一、謎の人物M、藤田西湖、そして小野田寛郎という具合に、バラバラだった点が斉藤さんのお陰で一本の太い線となって繋がった。

最初に同書に載っていた昭和天皇のお言葉。これは小野田が帰国する前日、当時の入江相政侍従長を通じて述べられたものである。

フィリピン大統領をはじめフィリピン官民の好意と努力、そして捜索隊の努力によって小野田寛郎少尉が発見され、近く帰国することを嬉しく思う。故郷の両親も喜んでいるだろう。体に気をつけて今後に処してもらいたい。(p.144)


そして以下の一葉の写真(p.112)…。

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一少尉に過ぎなかった小野田に、先帝がお言葉を述べられたのも異例なら、田中角栄との握手も異例であり、握手の背後で決して明らかになることのない、昭和史の大きなうねりが見え隠れするのだ。そうした中、小野田を巡る一連の動きで登場する人物で特に注目したのが、皇室に深く関与していたという謎の人物Mであり、以下の行を目にして思わず息を飲んだ。

私は二年程前(平成11年)図らずも巨大な資金を動かしたそのご本人(日本人のM氏。実名は確認している)と直接お会いする機会を得たのであります。その結果、結論を申しますと“M資金”の存在は事実で、「還付金残高確認証」とは全く別個のものであると、自信をもって明確に申し述べるものであり、その資金を実際に動かしたのはM氏であると断言するものであります。但しご本人は“M資金”という名は使用しておりません。(中略)私は「還付金残高確認証」や預金証書と共にこの国家機密を守りきってきました。日本繁栄の裏には『M資金』という名のもとにまつわる際立った一人の民間人の憂国の至情と命を賭けた血と汗の苦斗が秘められており、さもなければ敗戦後の歴史的な国の飛躍はなかったといっても過言ではありません。(傍線は亀さん)(p.222)


もう一つ…。

お前は,ヒロヒトのサインを持ってこれるか。それが出来れば何とか方法が出てくるかもしれない。

と発言した人が現れたのです。

その人は日本に於ては、民間人が天皇に会うことなど全く不可能であることを承知の上で言ったのだそうですが、M氏はすかさず

自分ば天皇のサインをお持ちする自信があります、

と答えたので、そこに居合わせた人達は皆んな笑っていたそうであります。

急ぎ帰国したM氏は、宝にしていた陛下とご一緒の写真を通し、或るルートを経て陛下に事情とご連絡したところ、再び拝謁のご承認をいただき、同時にそれまでの交渉にも深いご理解を示され、念願の「ご署名」を頂戴することができたのです。

陛下の署名を提示したところ、

且つは驚き、且つは賞賛し、とうとう何らかの方策を示さざるを得なくなったのだそうです。協議の結果、そこで出されたのは、アメリカ政府発行の二〇〇〇億ドルの債務保証書だったのであります。
(p.283)


このように、M資金とマル福金貨を巡ってのマルコス大統領、昭和天皇、田中角栄、笹川良一、児玉誉士夫、謎の人物M、藤田西湖、板垣征四郎、小野田寛郎といった斉藤さんの新著に登場する人物の他、旧ブログの拙稿『阿片王 満州の夜と霧』で取り上げた甘粕正彦、里見甫、小佐野賢治、栗原茂さんを通して知り得た瀬島龍三の裏の顔、さらには玉井禮一郎さんを通じて知り得た素顔の石原莞爾らも、もしかしたら『小野田寛郎は29年間、ルバング島で何をしていたのか』に登場する人物らと何処かで結び付きそうであり、最終的には昭和史という一つの大きな山脈の立体図が描けるのではと、ふと思った。さらに八咫烏(p.234)という言葉も登場しており、石原莞爾との結び付きを思ったのだった。

『小野田寛郎は29年間、ルバング島で何をしていたのか』という主題から外れたが、小野田が最も信頼していたと思われる中野学校の同期にすら語ることのなかった、ルバング島に残置した本当の理由は以下の通りで間違いないと思う。

小野田の実像は、残置謀者としての任務を全うした、命令に忠実な、紛うことなき「帝国軍人」であった。(p.286)


最後に、改めて冒頭のp.256~257のコピーをじっくりと眺めれば、鈴木青年が小野田を〝発見〟したというのが出来レースであったという説に頷けるのだし、とうの昔に出来レースだろうと薄々気づいていたのが、大岡昇平(p.125)、そして野坂昭如(p.123)であった。

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小諸なる古城のほとり
今日の東京新聞(夕刊)に、「寅さん会館」再開の記事が載った。この記事を読み、咄嗟に思い出したのが、「男はつらいよ」の第40作「寅次郎サラダ記念日」である。因みに表題は同映画にも登場した島崎藤村の詩、「小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ…」である。

小諸市と云えば、山ちゃんこと山崎さんを思い出す。山ちゃんとはニューヨークの「江戸」というレストランで、一緒に働いて以来の仲だ。時期的には1973年前半で、亀さんは皿洗いから板前の見習いに昇格した頃であり、山ちゃんはレストランの三階にある雀荘のマネージャー兼ウェイターをやっていた。

当時は日本人の駐在員が鰻登りに増えていった時代だった。だから、彼らが仕事を終えて寛ぐ場として、卓を囲む場を提供したら当たるかもしれないと、レストランの支配人に話を持ちかけたのが、やはり江戸レストランで働いていた本郷七郎さんだった。本郷さん読みはズバリ当たり、当時のニューヨークには無かった、卓を囲めるレストランということで大ヒットしたのである。因みに本郷さんは、後に亀さんの結婚式の仲人を引き受けてくれた人生の大先輩というだけではなく、南米ペルーのクスコでの命の恩人でもあった。

帰国して暫く経った二十代前半の頃、小諸市の隣にある佐久市を訪れ、結婚したばかりの山ちゃんの家に押しかけたことがある。嫁さんは山ちゃんよりも一回り以上若い、綺麗な嫁さんだった。それにしても、寅さんのような遊子は自分の亭主だけでも持て余しているというのに、亀さんのようなむさ苦しい遊子がもう一人転がり込んできたのだから、さぞかし奥さんにとっていい迷惑だったに違いない…。

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メガシティ・サンパウロ
NHKで5月5日に放送された、「世界ふれあい街歩き」のサンパウロ/ ブラジルの録画を見た。1972年7月、アフリカのガンビアを飛び立ち大西洋を横断、ブラジルのリオデジャネイロに降りた亀さんは、亀なのでコパカバーナで一週間ほど甲羅干しをしてから、ベロオリゾンテ、ブラジリア、サンパウロ、サントスと旅し、最後にイグアスの滝を観光してブラジルを出国、お隣のパラグアイに入国している。当時のブラジルは人類の坩堝といった感の国だったが、43年後の今日に至ってさらに坩堝の度合いを深めていると、画面に映るサンパウロを見て思った。

この「世界ふれあい街歩き」という番組は、文字通り世界各地の街を歩き、地元の人たちとの温もりある交流を見せてくれる番組だ。今回のサンパウロ編も、街角の〝帽子屋さん〟との会話が面白かった。その帽子屋さんのルーツは、「ポルトガル系とイタリア系とアフリカ系とスペイン系だよ」とのことで、まさに人類の坩堝の街に住むパウリスタ(サンパウロ人)そのものだ。

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亀さんは十代の頃に日本を飛び出して世界を放浪したので、3年ほど後に帰国した時は祖国日本の〝粗〟ばかりが目に付いたものである。かつ、秩父山地の麓という田舎に実家があって、戦前のような共同体の雰囲気が未だ残る土地柄だったため、何とも言えぬ息苦しさを感じたものである。だから、11年が経った1986年の新年早々、仕事でシンガポールに三週間ほど滞在をしていた時、どこか解放されたような気分になり、ホッとしたものだ。何故なら、シンガポールはサンパウロ同様、マレー系、インド系、中国系といった人類の坩堝の街だったからである。過日の拙稿「山窩のすすめ」に書いた、何事にも縛られない自由な生き方、つまり山窩的な生き様を貫く人たちで、サンパウロもシンガポールも溢れていたのだ。その意味で、近い将来において放射能のために、国外脱出をせざるを得なくなった場合を考えると、山窩的な生き様を貫いた方が海外では生活しやすいはずだ。

その山窩だが、アマゾンで確認したところ未読の山窩の本が数冊あったので、面白そうなのを2冊取り寄せてみた。『山に生きる人びと』(宮本常一 河出文庫)と『サンカの民と被差別の世界』(五木寛之 講談社)である。本の読後感は稿を改めて書きたいと思うが、特に五木寛之の「フーテンの寅さんへの憧れ」(p.243~)と題する章、これを叩き台に「山窩のすすめ」パート2を書けそうだ。

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ともあれ、何事にも縛られず自由に行動する山窩的な生き方を一時でも体験したためか、旅番組が好きな亀さんである。たとえば国内に限っても、「新日本風土記」、「鶴瓶の家族に乾杯」、「サヘル・ローズのイチオシNIPPON」…、さらに国内から京都に的を絞っただけも良質の旅番組が目白押しだ。たとえば、「京都国宝浪漫」、「悠久への旅 とっておきの京都」、「高島礼子・日本の古都」、「古寺名刹 こころの百景」…など。

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本稿をアップしようとした矢先、メルマガ「宮崎正弘の国際ニュース・早読み(号外)」が届いた。室谷克実との対談本『日本に惨敗し ついに終わる中国と韓国 』(徳間書店)発行のお知らせである。室谷克実については「山崎行太郎を応援する!」で叩いたことがあるが、そんな御仁と対談本を出すようでは宮崎正弘もお終いだね。

このように書くと、亀さんは親中派かと勘違いされそうだが、最近の「櫻井よしこも安倍晋三も「ネット右翼」である」と題する山崎氏の記事にある、「私は、どちらかと言えば、中国や中国人が好きではない。また、中国や中国人の言い分を擁護しようとも思はない」に亀さんは同意するものである。

さらに山崎は以下のように続けている。

櫻井よしこや金谷穣等の中国論は、「ヘイトスピーチ」レベルの中国論でしかない。中国嫌いの一部の日本人には受けるかもしれないが、この中国論は、日本人を貶めるものでしかないだろう。いつから、日本人は、こんなに下品で、無教養な日本人に堕落したのか
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20150522/1432239681


これは、宮崎正弘や室谷克実についても言えることだろう。サンパウロからヘイトスピーチへと横道に逸れてしまったが、今日はこの辺で…

宇宙の輪廻転生
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録画しておいたNHKの「コズミックフロントNEXT」の第1回、「ミステリー 太陽最後の日」(4月2日に放送)を漸く観ることができた。番組によれぱ、太陽の誕生は46億年前、やがて迎える死は70億年ほど後に起きるという。となると、銀河系が隣のアンドロメダ星雲と衝突する、30億年後よりも遙か後ということになる(尤も、銀河系とアンドロメダ星雲は既に、100億年前に一度衝突しているという、ビッグバンやブラックホールを信じている人から見ると、なんとも奇想天外な説を唱える欧州の天文学者がいるらしい。その天文学者、ダークマターは存在しないと主張しているというが、その天文学者の主張は正しいと亀さんは思う)。幸い、宇宙スケールの観点から見れば、アンドロメダ星雲の他の恒星と太陽が衝突する確率はゼロに近く、衝突することもなく予定通りに70億年後、我々の太陽は死を迎えるだろう。

ところで、同番組で特に印象に残ったのが、太陽が誕生した46億年前当時の隕石の紹介シーンであった。隕石から他の恒星が死を迎えた時に宇宙空間に放った、鉄などを含むガス等の痕跡が顕微鏡で確認できたと言うが、実はそうした隕石に含まれていた鉄などが、後々の地球上の植物や動物を誕生させたのだ。換言すれば、我々は太陽が誕生する遙か前に死んだ恒星で出来ているということになる。太古の昔に一つの恒星が死に、やがて次の恒星である太陽をはじめ、我々人類といった生命体が誕生…、そして気の遠くなるような未来に再び太陽が死を迎え、次の恒星と生命体が誕生する…。このように見ると、まさに宇宙スケールの輪廻転生を連想せずにはいられない。

こうした壮大なスケールの物語を耳にすると、今回の福島原発事故が起因で日本列島が人間の住める所ではなくなっても(既に人の住むような場所ではない)、さらには地球上の植物や動物の大半が滅ぶという最悪の事態に陥ったとしても、この広大な宇宙のどこか別の場所で、人類以外の知的生命体が生き延びてくれれば、それで良しと思えてくる。尤も、そうなる前に以下のように事が進展する可能性が高い。

かくして日本列島は、現在、文字どおり「放射能まみれ」になったのだが、この致命的な事態を世界が放置することはない。

日本民族の全滅は既定の事実としても、このままでは地球全体の人口が激減するからである。

日本だけでなく世界中が放射能まみれになることを、世界は絶対に放置せず、強権発動をともなう国際管理下に日本を置く事態は、そう遠くはない。

◆2015/05/20(水)  飯山一郎の講演開始は、6月2日午後3時から



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   2015年05月20日 石巻(イシノマキ)
米国の輸入規制に黙る安倍政権…台湾には“脅し外交”のア然
表題の「米国の輸入規制に黙る安倍政権…台湾には“脅し外交”のア然」は、先週の金曜日(5月15日)、日刊ゲンダイに掲載された記事だ。そして今朝になって、東京新聞でも以下のような記事を掲載していた。

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記事にある福島県相馬市の中島孝氏の以下の指摘、全く以て同感だ。

「福島第一原発から汚染水が漏れ続けるなど事故は終わっておらず、外国が不安を覚えるのは当然だ。安全性を訴えるなら、事故を収束させることこそが必要だ。やることをやらずに『日本を信用してほしい』と求めるのは無理だろう」


こんな子どもでも分かる理屈が、今の安倍内閣には分からないということがヨォ~く分かる記事ではないか(笑)。尤も、熱心に「食べて応援」運動に邁進しているシトたちも、いることにはいる。と言うよりは、「食べて応援」派が多勢を占めているのが今の日本だ。「食べて応援」の旗振りをやっている先生方に、とじのような人物がいるのか、ブログ「カレイドスコープ」が報告している。
福島で行われている御用学者による放射能洗脳セミナー

同記事に例の川口川口マーン恵美女史の記事、「食品の放射線汚染はもう問題ない! 山菜を堪能するバスツアーで味わった福島の現状」が、「現代ビジネス」に掲載されたと紹介されていた。熱心に「食べて応援」している人たちの頭の中味を知ることができる〝貴重〟な記事と言えそうだ(笑)。

因みに、以下は拙ブログで取り上げた、「食べて応援」に関する記事である。
近藤誠氏が脚光を浴びてきた背景…
元の生活戻らない
自分のイノチは自分で守れ!

子宮頸がんワクチン事件
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斎藤貴男氏が最近、『子宮頸がんワクチン事件』(集英社インターナショナル)と題する新著を出したが、昨日の東京新聞朝刊に掲載された子宮頸がんワクチン特集でも紹介されていた。同記事を読めば分かるように、その後において子宮がんワクチンによる副作用は一層深刻なものになりつつある。因みに、拙ブログでも子宮頸がんワクチンに関する記事を数本書いており、この機会に関心のある記事に目を通してもらえたら幸いだ。
安倍総理! 子宮頸がんワクチンをやめてください
製薬メジャーの陰謀
ワクチン接種の勧奨せず
大問題となりつつある子宮頸がんワクチン!
中学や高校の女の子が危ない…!

特に、子宮頸がんワクチンの背景は製薬メジャーにあり、その意味でも「製薬メジャーの陰謀」は再読してもらえたら有り難い。これに関連して、『STAP細胞の正体  「再生医療は幻想だ」 復活! 千島・森下学説』と題する本が、来週の月曜日(5月25日)に船瀬俊介氏と森下敬一医学博士の共著の形で出版されるが、STAP細胞を闇に葬った犯人が明らかになるはずだ。

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山窩のすすめ
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映画「虹をつかむ男」を見たという読者も多いことだろう。ある田舎町で小さな映画館を経営、時にはどさ回り(巡回上演)もするという冴えない中年男の物語で、その中年男を西田敏行がコミカルに演じているんだが、同映画を彷彿させるような記事が一昨日、東京新聞に掲載された。

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記事に登場しているスーツケースにジーンズの青年を見て、どういうワケか思い出したのが山窩(サンカ)であった。今までに三角寛の山窩に関する一連の著作は無論のこと、五木寛之の『風の王国をはじめ、今までに20冊を超える山窩関連の本に目を通してきた。ドーシテ亀さんが山窩に関心を持つのかというと、組織に縛られない自由な山窩の生き方に共鳴したからだ。幸い、日本では山窩研究において五指に入る人生の大先輩がいるので、山窩について疑問に思っていたことを、近く再会して色々と聞き出してきたいと思っている。これはと思う情報があったら、報告の形で記事にしてアップしたいと思う。

ところで、亀さん自身は十代の頃に日本を飛び出し、3年間ほど世界を放浪しているんだが、ある意味で山窩的な生き方(放浪)だったと言っても差し支えないだろう。帰国後は人並みにサラリーマンになったんだが、45歳の時に長年のサラリーマン生活から足を洗い、翻訳というフリーランスの仕事を選択した。その後はインターネットが急速に発達してくれたこともあり、今ではトランクならぬノートパソコン一台があれば、国内はおろか世界のどこでも仕事ができるようになった。だから、子どもたちが独立したら、フーテンの寅さんならぬフーテンの亀さんになりたいと思っていたのだ。しかし、今年に入って事態は急変した。

何が起きたのか? 最初に、天気予報の話をしよう。以下は気象庁が発表した宮城県石巻市の気象データだが、一見して変だと思わないだろうか…。
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サーフィンが好きという中部地方の道友が、最近では気象庁の予報よりも当たることが多くなったという内容のメールをくれたが、まさに原始日本人というか典型的な海洋タイプの縄文の血が、その道友に流れているのだろう。亀さんの場合、どちらかと言うと海よりも山が好きで、二十代の頃は山の仲間と南アルプス、丹沢などによく出かけたものである。だから、山の天気は身体が覚えているのだ。

しかし、海あるいは山の天気を読み取る力を身に付けた道友や亀さんにしても、〝人工気象〟は予測不能だ。上に掲げた昨日の石巻のデータだが、よく見ると数時間にわたって湿度100%が続いているのが分かるのであり、これは自然界ではあり得ないことだし異常である。そこでネットで確認したところ、数時間続いた湿度100%の原因について納得のできる解説をしていたのは、飯山一郎さんのHP記事のみであった。飯山さんは気象学者と徹底的に議論したということもあり、以下の記事は十分信頼に足りる内容である。
◆2015/05/11(月)  各地に降る黄色い粉の原因は…

福島原発事故の直後、亀さんが兄弟・親戚・友人・知人に福島原発の実態を語っても、信じてもらえないどころかバカにされることが多かった。だから、今では家族を除いて福島原発のことを話題に出すことは滅多になくなったんだが、ここで敢えて現状を話すと、実は福島原発3号機のデブリが地中深く沈下中である。だから、やがて固い岩盤あるいは大地下水脈に到達する日が遠からず来る。その時、何が起きるのか、今までに人類の誰もが体験したことのない、途方もないことが起きてしまう恐れがある。

肝心なのは、常に最悪の事態を想定し、日本列島を脱出しなければ死ぬということが明らかになった時点で、自分と家族はどうするのか、今から家族と真剣に話しあっておくべきだ。亀さんの場合、あの福島原発事故の直後の4年前、いつでも脱出できるように、持って行くべき大切なモノをトランクに詰め終えている。

ここは平成の山窩となり、お互いに逞しく生き抜いていこうではないか。

本格化した河豚計画
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5月13日、東京新聞の朝刊第一面に「沖縄の危険 首都圏にも」という大見出しがおどっていた。アメリカが横田基地へのオスプレイ配備を、地域住民や自治体に何等説明せずに決定、一方的に通告してきたという内容の記事である。この横田基地、米国の戦争屋の巣窟となっており、俗に〝横田幕府〟と呼ばれている基地だ。さらにこの基地の場合、アメリカのネオコンだけでなくイスラエルとも深く関与している。

ちなみに、〝横田幕府〟は亀さん宅から南へ直線距離で9kmと離れていない。それだけではない。亀さん宅から東に6kmほどの所に入間基地(旧称:ジョンソン基地)があり、その他にも近くの新座市や所沢市に米軍通信基地が点在しているといった具合で、いわば関東の〝沖縄〟といったところだ。

この東京新聞のニュースに接して脳裏を過ぎったのが、あの〝河豚計画〟であり、その計画の一環が今回のオスプレイ配備につながったと亀さんは睨んでいる。このあたりを暗示しているのが以下の数枚の写真だ。なお、河豚計画については旧ブログの「横田めぐみさんと金正恩」や、飯山一郎さんの『横田めぐみさんと金正恩』(三五館)の「在朝日本人と移住イスラエル人」章(p.53~66)を参照されたい。

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亀さん宅の上空はアメリカの〝領空〟だ。だから、ドローンを勝手に飛ばしたら、〝領空〟を侵犯することになるなぁ…
【密約】横田空域は”韓国”の安全保障のために設定されていた!

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ヨーロッパのニュースは流れるのに、平壌、そして大連に大勢のユダヤ人が押し寄せているニュースは、何故流れないんだろう(笑)
反ユダヤ主義の台頭、欧州首脳らが警告-反戦デモの暴力化で

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この後、チュニジア博物館襲撃が起き。日本人が〝テロ〟の標的にされたのは記憶に新しいところだ。
安倍外交が「イスラム国」のテロを誘発した

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ロシアに〝亡命〟したスノーデンによれば、個人情報を守るためにフェイスブックには登録しない方がE^-!…とのことです、ハイ。
安倍総理がフェイスブックのザッカーバーグ氏と会談

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ナルホド、福島原発で東日本は死の地域になっているから、別荘を要塞のようにするちゅうワケだ…
「ビル・ゲイツの別荘」軽井沢に建設中の噂

読者の皆さんもネットで入手可能な情報や写真というピースを集め、完成させていくことで、いろいろなパズルを完成させてほしい。
愛し 書き 祈る
胆嚢ガンを患い、寝たきりとなっていた瀬戸内寂聴さんが、再び元気を取り戻してNHKのクローズアップ現代に明日(5月14日)登場する。この機会に、過去の拙稿「戦争中より悪い時代 瀬戸内寂聴」を再読していただいたら幸いだ。

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戦闘意欲なき国民は滅亡し、敢闘精神なき国民は堕落する
安西(正鷹)さんによる「6.シオニズムとキリスト教原理主義者たち」は、大雑把に以下のような内容である。

●米国内で強まるユダヤ批判
●週末を待望する人々
●「ラプチャー」(空中提挙)の罠
●二元論がもたらすストコーマ


以上の諸点について解説した後、安西さんは「6.シオニズムとキリスト教原理主義者たち」について、以下のように結論づけている。

・現代文明では、不幸な歴史をあえて熱望する精神異常者、特に一神教の原理主義者や教条主義者たちが秘密結社を組織して、古来から政治や経済を動かしてきた。そしていまなお隠然たる力を持っている。ユダヤ教のシオニストや、キリスト教の原理主義者や福音派は過激で大胆な方法で預言を実現させようとする。一方、彼らに反対する穏健派勢力は過激派の思想を否定しているように見えて、実は預言を成就させるという目標は一致している。彼らは世界寡頭権力の双頭戦略のコマに1過ぎず、同じ穴のムジナである。


こうした〝敵〟の手をプーチンは知り抜いているからこそ、ウクライナという火薬庫をきっかけに世界規模の核戦争を目論む、ユダ金の番頭であるジョージ・ソロスや戦争屋のネオコンの挑発に、おいそれと乗らずに踏ん張っているのだ。しかし、一方で実質的な福島原発の〝管理者〟であるイスラエルによって首根っこをつかまれ、毎日大量の放射性物質を垂れ流しているのにも拘わらず、、「アンダーコントロール」だと嘘を言い、何の対策を高ぜずに国民を被曝に晒している安倍晋三のような情けない存在もある。

ここで、安西さんは「古来から政治や経済を動かしてきたのは秘密結社」だと主張している。尤も、これは何も一神教の原理主義者や教条主義者たちだけの専売特許ではなく、お隣の中国でも同様なのだ。

最近、『みち』誌の「巻頭言」で天童(竺丸)さんが、『古代製鉄物語 「葦原中津国(あしはらなかつくに)」の謎を著した浅井壮一郎氏を紹介していた。どうやら同書は土師氏の正体に迫る上で、極めて重要な資料であることが「巻頭言」から窺い知れるのであり、、機会があれば『みち』編集部で同書を借りて読んでみよう。

その浅井壮一郎氏についてネットで検索してみたところ、上記以外にも数冊の著書を著しているのを知り、面白そうだと思ったので、『悪徳の世界史〈1〉フィリピン華僑ビジネス不道徳講座 (悪徳の世界史』、および『悪徳の世界史〈2〉宗教の悪徳 宗教ビジネス不道徳講座 (悪徳の世界史』を取り寄せ、読み進めているところだ。そして、最初に手にした『悪徳の世界史〈1〉フィリピン華僑ビジネス不道徳講座 (悪徳の世界史』では、中国の秘密結社を取り上げており、特に「中国史を操る秘密結社・幇の存在」(p.151~)と題する小節は大変興味深い。無論、中国ばかりではなく一神教圏の秘密結社、すなわち薔薇十字団、フリーメースンなども取り上げていた。よって、同書の小節「中国史を操る秘密結社・幇の存在」から、秘密結社に関する記述を一部引用しておこう。

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歴史の裏には秘密結社の蠢きがある。これは中国だけのことではない。中世イスラム世界には「イスマーイール・ハシシーン派」という暗殺教団があった。これに対抗した十字軍側にも「テンプルその他の騎士団」が生まれた。さらに「フリーメーソン」は有名である。フイリピン独立連動の志士の多くはフリーメーソンだった。

秘密結社は、その構成員に「たとえ法律に違反しても内部の規範を優先する」ことを要求する。何としても守るべき禁止事項は、「結社の秘密の暴露と裏切り」である。裏切りは絶対に許されない。確実に死の制裁がまっている。一方、掟さえ守れば、たとえ殺人を犯そうと結社は可能な限り保護してくれる。蒋介石は幾多の重罪を犯しながら逮捕されたことはなかった。ここに秘密結社の恐ろしさがある。
(p.157~)


こうした西洋や中国の秘密結社についての詳細は同書に譲るとして、本稿では、『悪徳の世界史〈1〉フィリピン華僑ビジネス不道徳講座 (悪徳の世界史』から特に印象に残った、「敢闘精神」と「戦闘意欲」の対比ついて取り上げたい。同書に以下のような記述がある。

「戦闘意欲なき国民は滅亡し、敢闘精神なき国民は堕落する」(p.142)


「敢闘精神」と「戦闘意欲」の解説は、同書の小節「戦闘意識と敢闘精神」(p.143)に目を通していただくとして、戦闘意識と敢闘精神について分かりやすく解説した行を以下に引用しておこう。

 前者は全く報酬のない完全な自己犠牲であり、国家、民族、同胞を救うための捨身であり、そのために死を超越する勇気である。一方後者は、自分の野望・欲望の実現へ命をかける勇気であり、富への飽くなき執念であった。同じ勇気・戦意でも、前者は「敢闘精神」と呼ぶにふさわしく、後者は「戦闘意欲」と呼ぶべきであろうか。

(中略)

 結論から言えば、人間の歴史は「敢闘精神」と「戦闘意欲」との葛藤ではなかったかということである。後者の勇気のヤリスギを、前者の勇気が歯止めをかけてきた。

 だが、人間の歴史を常に起動させてきたもの、「歴史の原動力」は前者よりも後者、戦闘意欲の方だった。「女と富」への飽くなき執念だった。そして常に不道徳だった。
(p.124)


以下は、西洋の秘密結社を絡めた、「敢闘精神」と「戦闘意欲」についての記述である。

S氏は人間の営み・歴史における「戦意」に着目し、改めて歴史をレビユーし、その働きを検証しようとした。その過程において、「戦意」の作用というものが「戦闘意欲」と「敢闘精神」という二つの相反するベクトルヘ仕分けされ、「その葛藤のなかで歴史を見る」という歴史観に至った。それによれば、「歴史の原動力は,戦闘意欲であり、その反作用が敢闘精神」ということになる。だが、この二つの戦意は固定的なものではなく、変異し、始末の悪いことに互いに入れ替わることすらある。

命を賭して迫害と戦い続けたキリスト教徒も、公認され、ローマ国教に昇りつめると、組織体制の整備に遇進する。体制の整備とは、経済基盤の確立である。.だが、経済基盤が安定し富裕化が進むと、キリスト教徒といえども堕落する。ローマ教皇すら、カネに目が眩み、女に狂う。それは本来、宗教がもつべき「敢闘精神」の「戦闘意欲」への転化であった。

この堕落に敢然と立ち向かった人々がいる。「宗教改革」である。最初に立ち止まったのがクリュニー修道院であった。堕落した教団・教会に反攻する修道士達の良心と熱意が大きな改革運動となり、ローマ教皇庁をも飲み込み、その浄化に成功する。

かくして登場した改革派のローマ教皇がグレゴリウス七世であった。彼は敢然として宗教利権を食い物にしてきた世俗権力、及びそれに繋がる聖職者勢力と戦う。

当時最大の宗教利権は、膨大な各地の教会資産の管理権であり、その管理者としての聖職者の地位だった。この「聖職者の叙任権」は、神聖ローマ皇帝を中心とした世俗権力の手に握られており、グレゴリウスはこの腐敗の温床である利権を打破すべく、叙任権の回復奪還を目指して戦った。この叙任権回復闘争の象徴が「カノッサの屈辱」事件であった。

やがてローマ教皇側が勝利すると、キリスト教徒の精神は再び最高に高揚した。そしてこの高揚した精神が殉教精神という敢闘精神に転化し、十字軍を生んだ。

この十字軍を利用した者達がいた。事実、この十字軍参加者のなかには世俗権力の二男坊・三男坊が多かった。彼等は、聖職者という実入りのよい安定した就職先を失ったからであった。十字軍は就職運動でもあった。

さらに、この十字軍を食い物にした人々がいた。彼らも「できない悪いことはない」という人々だった。ジェノバ、ヴェネチア等、北イタリアの海洋商業都市国家の人々である。彼等はキリスト教徒でありながら敬虔なキリスト教徒を食い物にした。

救援を求めて最初に十字軍派遣を要請したキリスト教国、ビザンチン帝国を滅ぼし、その財宝をゴッソリ略奪したのは、ヴェネチアと彼等に操られた十字軍そのものだった。

本来、殉教精神とでも言うべき十字軍が、これほどまでに露骨に戦闘意欲に変わるのだ。宗教と言えども戦闘意欲と敢闘精神の葛藤なのだ。

この海洋商業国家の商業至上主義とでも言うべき冷徹な合理生義と、「何でもあり」の戦闘意欲を学び、引き継いだのがポルトガルであり、スペインであった。一方、改革派の敢闘精神も生き延びる。これはカルビン、ルター等によって引き継がれた。

いずれにせよ、歴史を左右するのは人間の「戦意」であり、勇気なのだ。とすれば新大陸、そしてフィリピンの悲劇は、商業至上主義を学んだスペインの横暴もさることながら、現地民族の武器の優劣以前のこの戦闘意欲・敢闘精神の劣後にも責任があったのではなかろうか。
(p.134~)


ここで、核戦争をも辞さないというネオコン、そのネオコンの忠実な僕として原発に固執する安倍政権らと対峙している一握りのブロガー、すなわち、〝全く報酬のない完全な自己犠牲であり、国家、民族、同胞を救うための捨身であり、そのために死を超越する勇気〟の持ち主こそ、飯山一郎さんや新井信介氏といった人たちなのである。

ドルベースで見ると…
遅くなったが、先月のまほろば会で安西正鷹さんが語ってくれた、「お金」の話の主テーマは以下の通りである。

1.ロンドン金地金市場改革の意味
2.アジアインフラ投資銀行(AIIB)
3.日本の短期国債の札割れが示す金融市場の黄信号
4.巨大バブル崩壊へと突き進む国際金融市場
5.リンゼイ・ウィリアムの警告と「new investment program」(新投資プログラム)
6.シオニズムとキリスト教原理主義者たち
7.今年3月の占星術上の重要なイベント
8.今年4月の占星術上の重要なイベント


個人的に特に印象に残ったのが、「3.日本の短期国債の札割れが示す金融市場の黄信号」、そして「6.シオニズムとキリスト教原理主義者たち」であった。よって、二回に分けてそれぞれを詳述しよう。今日は、「3.日本の短期国債の札割れが示す金融市場の黄信号」を取り上げたい。

大手マスコミは、「日本のGDPは2012年は482兆円だったのに対して、2013年は471兆円微減」と報道している。これだけなら、昨年4月の消費税アップで〝若干〟GDPが落ちているなと思う程度かもしれない。しかし、これは円ベースで見たGDPであり、世界では一般にドルベースで見るのが普通だ。そこで、改めてドルベースで日本のGDPを見つめ直すと、ナント! 2012年の6兆4000億ドルから4兆5400億ドルという大幅減だったことが分かる。

ここで、昨年の10月1日付けの日刊ゲンダイの記事、「アベノミクスで「100兆円消失」…ドル換算で見える真実 」に再度注目していただきたい。

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また、あの日経すら、「ドル換算で鮮明になった日本の地位低下」と題する記事を書いており、特に「■図1:米国・中国・日本の名目GDP(ドルベース)」では明かな日本の凋落ぶりが目を引く。

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亀さんの場合、年収の多くをドルまたはユーロで受け取っているので、為替の変動には敏感だ。以下は「USドル/円の為替レートの推移(2010年1月~2015年4月)」で、1ドル百円を切っていた1年ほど前は青息吐息だったのだが、このところの円安で大分助かっている。尤も、日本経済には大打撃となっているので、複雑な心境なんだが…。

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次回は、「6.シオニズムとキリスト教原理主義者たち」について取り上げることにしよう。

安倍晋三は戦略的政治家なのか
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行政調査新聞で「安倍晋三は戦略的政治家なのか!」と題する、今月の記事がアップされた。果たして安倍晋三は優れた首相なのか、あるいは無能な首相なのか、行政調査新聞の記事を読んだ上で判断していこう。

戦後70周年となる今年中に、日朝国交正常化交渉を開始するか、あるいは明確にその糸口を掴むことができるか。そしてもう一つ。北方領土問題を解決した上で日露平和条約締結がなるか、あるいはその糸口を掴めるか。

以上2点が成功したら、安倍晋三は戦後レジームを脱却させた偉大な首相として尊敬に値する。それができなかったら、安倍晋三は米国に隷属する無能の三文役者でしかない。


蘇生
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飯山一郎さんが出演している「蘇生」という映画、4月27日に鑑賞したという大阪の道友が、「本日 時間があったので飯山さん出演の映画 蘇生を見ました。良い映画でした」というメールをくれたので、道友が言うのなら間違いないだろうと、海外の翻訳会社に仕事の締め切りを数日延ばしてもらい(笑)、昨日、ノコノコ渋谷まで出かけて見てきた。渋谷のハチ公から徒歩で数分の所にあるUPLINKという映画館で、数百人が入るような大きな映画館と思っていたら、ナント数十名しか収容できない、こぢんまりとした映画館だった。観客も亀さんを入れて15名ていど…。

上映が始まり、飯山さんがどのような〝演技〟をするのか、素っ裸の飯山さんが日光浴をしているシーンが登場するのではと、ハラハラドキドキしていたんだが、主役が光合成細菌という純科学ドキュメンタリ映画だった。そして飯山さん本人はネクタイとスーツという〝無難〟な出で立ちで登場、たまに亀さんとスカイプや携帯で語っている時のように、インタビューに答える飯山さんは自信に満ち溢れ、張りのある野太い声だった。

帰宅後、今回の映画の〝主役〟である光合成細菌の本を大分前に購入したのを思い出し、『光合成細菌で環境保全』(小林達治著 農文協)を書架から見つけた。その時、船瀬俊介氏の『放射能生活の注意事項』(三五館)も偶然見つかったので、再読してみよう。

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渋谷のUPLINKでは、もうしばらく「蘇生」を上映しているようなので、都合のつく読者は行ってみるといいかも…。

和僑
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数日前になるが、『境界の民』(安田峰俊著 角川書店)という本の書評をネットで読み、著者である安田氏の生き様に興味を持った。そこで、安田氏の他の著作を調べてみたところ、同じく角川で出している『和僑』に目が留まったのである。と言うのも、忘れもしない1998年9月30日、亀さんは長年のサラリーマン生活から足を洗い、独立開業の世界に飛び込んだのだが、その時に大変お世話になった一人が和僑の名付け親であり、ジェイクスを設立した深村社長だったからだ。だから、懐かしさも手伝って早速『和僑』を取り寄せたという次第である。

一読して、著者の安田氏は亀さんと同じ〝臭い〟を持つ人物であることが、最初の数ページを読み進めただけで分かった。同書は中国が舞台であり、登場する主な日本人は以下の6人だ。

●雲南省の少数民族の女性と結婚し、同地に根を下ろした日本人。
●マカオでカジノの買い取りたいという野望を持つ日本人実業家。
●からゆきさんとは異なり、自らの意思で渡航する日本人風俗嬢。
●〝日本人村〟という温室の中で生活を送る日本人駐在員と家族。
●上海における日本人村の〝司法・警察〟となった元暴力団組長。
●天安門事件を境に一変した、日中友好協会と会員たちのその後。


特に興味深かったのは元暴力団組長の話であった。その元組長、あの金嬉老と熊本刑務所で同じ臭い飯を食った仲であり、その金嬉老の欺瞞に満ちた言動を明確に指摘していたあたりは流石である。この組長について述べた第5章を読んで脳裏に浮かんだのが、佐野眞一の『阿片王―満州の夜と霧』だった。旧ブログでも記事にしたことがあり、安田氏の『和僑』にも里見甫が登場している。

ところで、元暴力団組長が「上海における日本人村の〝司法・警察〟となった」とはどういうことか、分かりやすく解説した箇所を『和僑』から引用しておこう。

上海の日本人社会は、「一〇万人」規模の人間が暮らしているにもかかわらず、有効に機能する警察機関や司法機関が事実上存在しない、極めてアナーキーな空間なのである。

だが、社会の内部では日々多額の金銭が遣り取りされている。豚骨ラーメン屋や牛丼屋から、キャバクラ・雀荘・風俗マッサージ店にいたるまで、日本人を顧客としたビジネスも違法合法を問わず盛んに展開されている。当然ながら、カネが動く場所にはトラブルの種が播かれる。

加えて、周囲には生き馬の目を抜くような中国人商人や現地の不良警官が、日本人の商品や財産を奪い尽くすべく手ぐすねを引いて待ち構えている。

上海日本人社会の内部で暮らす住民たちの間で、社会の治安と秩序を維持する機関を、私的に成立させようという動きが出るのは自然なことであった。無政府資本主義(アナルコ・キャピタリズム)の教科書さながらの、警察権と司法権の民間委託現象が発生したというわけだ。

中国唯一の日系暴力団組織・義龍会は、まさにこうした現地の事情によって産声を上げた。

上海の日本人社会の人々は、かつて「インフラの一種」として、教育機関である日本人学校を設立した(第三章参照)。彼ら日本人たちは、さらなる「インフラ」を整備するべく、警察と司法の機能を代替できる暴力装置の存在をも必要としたのだった。

結果、上海に暮らす日本人商工関係者たちは、借金を踏み倒す日本人債務者を捕まえたり、商品を持ち逃げする中国人商人に睨みをきかせたり、営業にいちゃもんをつける中国の官憲を突っ撥ねたりできる、自前の安全保障システムの確立に成功したのである。

(p.224)


今日の日本ではヤクザとか暴力団というと顔をしかめる人たちが多いのだが、任侠というものを理解していれば彼らに対する見方が変わるはずだ。『月刊日本』誌で任侠に関する優れた記事が掲載されたことがあり、同記事を旧ブログに転載しているので一読してもらえたら幸いだ。
後藤組の仁侠

また、以下の拙稿も役に立つかもしれない。
『侠-墨子』

さて、『和僑』を通読して気になった箇所は以下の行である。

アメリカをはじめとした欧米圏に関わる日本人は、自国についても相手国についても、比較的ドライで理性的な(もしくは「バタ臭い」)姿勢で向き合う傾向が強いように思える。

だが、その場所が中国になると、日本人はなぜかみんな揃って、ウェットで泥臭い「日本」を漂わせる。ヒロアキさんのように普段の生活では完全に日本を捨てているように見える人ですら、彼らが時折見せる自国の匂いはおそろしく古めかしくて「濃い」のだ。

その理由は、中国という外国が、良くも悪くも日本人の自己認識を刺激するからではないか。中国は(少なくとも欧米と比べれば)日本との地理的距離や文化的な距離が近く、庶民の問でも相手の国に対する多少の関心があり、尊敬と蔑視が入り混じった先入観もある。そのため和僑たちは、中国で「日本と同じようなもの」を探したり、日本人としての個性を強調したり、逆に「中国は日本と違って怖い国」だからと敬遠して日本人だけで固まったりと、やや自意識過剰気味な反応を示す。

中国を相手にすると、日本人は「日本人であること」を過剰に意識してしまうようなのだ(余談ながら、わが国の「日本」という国号の由来は、七世紀後半の遣唐使の時代に、中国から自国を見て「日の出の方向にある」のでこの名を称したとする説が有力らしい。すなわち、われわれの祖先たちは、自分たちが「中国とは違う」存在であると意識したからこそ「日本人」になったのだ。中国というのは、大昔から日本人のアイデンティティの形成と非常に縁が深い国なのである)。
(p.306)


詳しくは『和僑』に譲るが、「雲南省の少数民族の女性と結婚し、完全に同地に根を下ろしたと思えるヒロユキさん、そのヒロアキさんが〝時折見せる自国の匂いはおそろしく古めかしくて「濃い」〟と安田氏が述べているあたりは面白い。尤も、何も中国に限らずブラジル、アルゼンチン、アメリカといった国々に住む日系人、殊に一世も正に古めかしくて濃い自国の臭いがしていたのを覚えている。ただ、そうした日系人に亀さんが出会ったのは1972~74年頃だったので、あれから40年以上もの歳月が流れていることもあり、その間に日系人二世・三世へと世代交代が行われ、今日では安田氏の言うような「自国についても相手国についても、比較的ドライで理性的な(もしくは「バタ臭い」)姿勢で向き合う」日系二世や三世が主流を占めていることだろう。

ここで、人の思考行動形式を支配している根源的なもの、それはその人の母語であると亀さんは思っている。そのあたりを教えてくれたのが、同時通訳の泰斗・故國弘正雄であった。國弘先生の資料が見つからないので朧気な記憶で書くが、「人の生涯の母語は小学校2~3年生ころまでに決まり、その年齢を過ぎると後はどんなに努力してもバイリンガルには成るのかせいぜいで、一部の天才を除き、絶対にバイカルチャーには成れない」というものである。これは亀さんの体験からもその通りだと思う。英語と日本語のバイリンガル、時には数ヶ国語を自由に操る知人友人には数多く出会ったものの、未だにバイカルチャーの人間と出会ったことはない。

だいぶ話が脱線してしまったが、上行で亀さんが気になったのは、安田氏にツランという視点が欠けている点である。尤も、ツランと言っても馴染みのない言葉なので、安田氏に限らず戸惑う読者が多いかもしれない。だから、ツランに関心のある読者は、栗本慎一郎の一連の著書(たとえば、『シルクロードの経済人類学』)に目を通したり、天童竺丸さんの巻頭言の中から、ツランに関する記事を一読していただきたい。

最後に、『和僑』を取り上げたもう一つの理由を挙げておこう。それは福島原発に関連することだが、ここ1~2年のうちに数百万人の日本人が死に、日本列島が人の住めない列島となり、海外移住をせざるを得なくなる可能性が高まってきているが、そうした日に備えて何等かのヒントにして欲しいと思ったからだ。飯山一郎さんが最近書いておられる記事、例えば今朝の「◆2015/05/03(日) 異常な夏日が続く東北:この原因は?」などにも目を通しておこう。

 単なる国家に過ぎない中華人民共和国と、中国大陸一帯の地域や文化や人間たちの総体を意味する「中国(支那)」は、本来は似て非なる存在だ…(p.265)