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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
みつばちの大地
昨日の東京新聞夕刊で、映画「みつばちの大地」が今日の31日(土)、岩波ホールで上映されることを知った。大分前(40年前)、岩波ホールで映画「旅芸人の記録」を見た記憶があるが、近く久しぶりに行ってみよう。

同映画に関心を持ったのは、ブログ友である飯山一郎さんが養蜂を始めたところにある。養蜂について飯山さんが精力的にHPで発表しているが、それを読むに成功のカギが乳酸菌にあることが分かる。この乳酸菌、亀さん家も福島原発事故の直後から、米のとぎ汁+天然塩+オリゴ糖でシコシコ作ってきた。最近になって白米から玄米に切り換えたこともあり、飯山さんの経営するぽんぽこ笑店から、玄米、お茶、蓬漬物などをお願いし、さっそく試しに蓬漬物で乳酸菌を培養してみたところ、今まで3年間作ってきた乳酸菌は何だったのかと思うほど、ぽんぽこ笑店の蓬漬物で作った乳酸菌はもの凄く元気がE-(笑)。関連して、飯山さんのHP最新記事「◆2014/05/29(木)  乳酸菌で養蜂革命!」にあった以下の記述に注目されたい。

お茶と、蜂蜜と、豆乳ヨーグルト。この三点セットは、免疫力を大きくアップさせる医者要らずのスーパー健康食品だ。


亀さんの高校時代の悪友に帰農した連中が多いが、この記事を読んだ誰か養蜂業を始めてみないか?




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フルベッキ写真の暗号
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斎藤充功さんの『「フルベッキ写真」の暗号』を読了した。旧ブログ【舎人学校】のカテゴリの一つである「フルベッキ」で、フルベッキ写真について精力的に発表を続けてこられた、高橋信一先生の名前が随所に登場していた。また、過去に亀さんがフルベッキ写真と絡めて叩いた、〝懐かしい〟名前も以下のように登場している。

加治将一
大野芳
鬼塚英昭
地家靖一
松重正
鹿島昇
原田実
中丸薫
山口貴生
落合莞爾


高橋信一先生と原田実氏は〝明治天皇掏(すり)替説〟否定派であり、一方で筆者の斎藤充功さんも含め、残り全員が〝明治天皇掏替説〟肯定派である。亀さんは斎藤さんや落合さんと同じく〝明治天皇掏替説〟肯定派だ。それなのに、どうして〝明治天皇掏替説〟肯定派が多勢を占める、上記の人たちを批判したかというと、大方の説に素直に頷けないからである。詳しくは旧ブログのカテゴリ「フルベッキ」で確認して頂きたいが、一例として山口貴生を取り上げておこう。同氏に関しては高橋先生が叩いている。
反証・山口貴生著「日本の夜明け」

なお、『「フルベッキ写真」の暗号』で亀さんが白眉と思ったのは、第8章「『明治維新の生贄』の虚構性」であり、斎藤さんは渡辺魁という破天荒な人物の正体を見事に浮き彫りにしていた。亀さんも同章を読み、鹿島昇氏や鹿島の〝弟子〟を称する松重正氏が偽物であることを、改めて確信した次第である。

最後に、松重正氏がフルベッキ写真に写る一人の若侍は明治天皇であると主張しているのだが、これが真っ赤な嘘であることが斎藤充功さんの今回の新著で暴かれている。ただ、明治天皇であるとされていた若侍が何者であるかは、今回も突き止めることができなかったようだ。ただ、上述の高橋先生が、「群像写真はフルベッキと佐賀鍋島藩が長崎に作った学問所(致遠館)で学ぶ学生たちの記念写真にすぎない」(p.150)と主張されているように、フルベッキ写真に写る若侍は、無名の学生の一人であると思ってほぼ間違いのではと思う。

ところで、落合莞爾さんが〝堀川政略〟との関連で、フルベッキ写真は東山道鎮撫総督府に深く関与した人物が幾人か写っていると主張している。亀さんもこのあたりの真偽について関心があり、落合莞爾さんと斎藤充功さんとで徹底的に議論してもらえたらと願っている。
謎深まるフルベッキ写真

お元気な人生の先輩たち
昨日、ちょうど一回り年上の人生の先輩、二人から元気をもらった。

一人は倍賞千恵子さん。ご存じ、映画「男はつらいよ」でさくら役を演じた、昭和を代表する女優さんである。司会に促された倍賞さん、三百名ほどの来場者に拍手で迎えられて登場したのだが、一段高い壇上のイスに座る時、「ヨイショ」と声を出したので会場がドッと沸いた。来場者は亀さんよりも年上とおぼしき人たちがほとんどだったので、まるで自身を見ているような気持ちだったのだろう。しかし、とても72歳には見えないほど倍賞さんはエネルギッシュで、伴奏なしの歌声も会場の隅々に行き渡る素晴らしいものであった。何よりも、倍賞さんの話ぶりを見て感じたのは、女版フーテンの寅さんであった。あたかも寅さんが目の前にいるような錯覚に陥ったほどで、実に話が面白いのである。

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なお、今回の講演会は東日本大震災で千名もの尊い犠牲者を出した、福島県南相馬市を支援する形をとっており、そうした趣旨に賛同したからこそ倍賞さんは講演依頼を引き受けたのだろうし、そうした倍賞さんの心意気を感じた亀さんもチャリティ講演会に顔を出したというわけだ。

帰宅すると、斎藤充功さんから『フルベッキ写真の暗号』(学研)が届いていた。早速今日から仕事の合間に読ませていただき、読了したら感想を拙ブログに書きたいと思うが、この斎藤さんも倍賞さんと同い年の人生の先輩である。今年の3月に『消された西郷写真の謎』を出版したばかりというのに、その後も取材で全国を駆け回っており、そのバイタリティには圧倒される思いだ。聞けば、『天皇の金塊の番人』という興味深い新刊本も準備中とのこと。なお、『フルベッキ写真の暗号』は一昨日発売されているので、関心のある読者に目を通してもらえたらと思う。

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その他に、落合秘史シリーズを成甲書房から出している、落合莞爾さんとの対談本も斎藤さんは考えてるという。その落合さんも、ナント倍賞千恵子さん、斎藤充功さんと同い年だ…。そうした人生の先輩と亀さんは同じ干支ということもあって、何処か相通じるものがあるのかもしれない…。ともあれ、こうした元気な人生の先輩を見ていると、自分もまだまだ老けちゃいられねぇと思ったね。。

秘密学校があった 04
東京新聞の「秘密学校があった」は、長期にわたって連載されるものと思っていたが、今回で終わりということで残念に思う。ただ、東京新聞が陸軍中野学校を世に紹介してくれたことは大きく、大勢の人たちが同校の存在を知ることができたのではと思う。以下は、同連載の結びのことばである。

「日本のためすごい連中が集まった学校があったことを、百年後にも覚えていてほしい」


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寅さんのことば 第2部 08

美しいのはその人の罪じゃありまんからね。
第29作「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」


毎週土曜日に放送中の「土曜日は寅さん」の冒頭で、前田吟が登場するサントリービールのコマーシャルが流れる。だから、亀さんもサントリーの和膳が好きになった… 本当は、薬師丸ひろ子のコマーシャルが和膳を飲み始めたきっかけになったんだが…(笑)。

それはともかく、佐藤利明氏も書いているとおり、大学教授を父親に持つ博(前田吟)だけあって、本当に寅さんの気持ちを言葉で表現するのが上手い。その前田吟が『お兄ちゃん』(倍賞千恵子 廣済堂)で以下のように述べていた。

「ぼくは不器用な役者だけど、『寅さん』のような長い長い映画に出ることができて、たとえ少しずつでも自分が成長してきているのがわかって、すごくうれしいんだ」
『お兄ちゃん』p.138


そうした前田吟の持つ誠実さが、映画「男はつらいよ」や「和膳」のコマーシャルにも良く出ているんじゃないだろうか…。

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秘密学校があった 03
5月26日付け東京新聞の夕刊に載った、「秘密学校があった」である。

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秘密学校があった 02
5月24日付け東京新聞の夕刊に載った、「秘密学校があった」である。

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秘密学校があった 01
先週金曜日の東京新聞夕刊で「秘密学校があった」と題する、陸軍中野学校についての連載シリーズが開始された。斎藤充功氏の陸軍中野学校シリーズ本と読み比べながら、同連載を追っていきたいと思う。また、斎藤氏にも連絡してみよう。どのようなコメントが届くのか楽しみだ

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いま、集団的自衛権を考える
NHKで4月12日(土)に放送された、「いま 集団的自衛権を考える」という番組を録画しておいたのだが、昨日に至って漸く観ることができた。肯定側2名、否定側2名に別れた討論形式の番組だったのだが、肯定側の一人に磯崎洋輔首相補佐官の名前を見て、おやおやと思った。というのは、今月発売の『月刊日本』6月号に、「再び、磯崎陽輔首相補佐官を批判する」と題した記事で、青木理氏が磯崎氏のことを徹底的に批判していたからである。


この程度の人物(磯崎氏のこと)が政権の中枢にのさばり、国のかたちを根本から変える作業に従事していることは、安倍「唐様」政治の象徴に思えて仕方がないのである。

『月刊日本』6月号p.97


青木氏の言うことだから、本当なのだろうと思いつつ番組を見始めたのだが、なるほど、どうしようもない人物だった。

一例として、日本人輸送中の米艦防護がある。仮にお隣の韓国で動乱が発生した場合、韓国に残された日本人を米艦に乗せて日本に向かっている途中、米艦がA国やB国の攻撃に晒された…。そこで、「今の憲法下では海上自衛隊が艦船を派遣して、攻撃されている米艦と日本人を防護することができない。だから自衛権を見直すべきであり、そうすることで米艦と乗船している日本人を守ることができ、メデタシメデタシ…」というのが磯崎氏の話である。それに対して否定側の中野晃一氏は、「自衛隊が米艦の防護に向かい、自衛隊の艦船に守られながら、米艦も日本人も無事に日本に入港、メデタシメデタシ…という単純な話で終わるわけがない。攻撃してきた側からみれば、防護にきた日本の艦船が敵として参戦してきたと受け止めるのが普通である。決してそこで終わりではなく、始まりなのだ」、と中野氏は諭すように磯崎氏に話しかけたものの、磯崎氏は中野の疑念に答えるどころか、とんちんかんな回答をしているのである。(番組の27分27秒あたり)

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もう一人の肯定側の出席者は北岡伸一氏である。昔、ディベート道を提唱した松本道弘の後継者のような形で、一時はディベートを熱心に提唱していたのを思い出すのだが、その後は同氏のことをすっかり忘れていた。しかし、最近になって安倍総理の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」で、座長代理を勤めていることを知った。そこでテレビで同氏の話に耳を傾けてみたのだが、流石はディベートで鍛えただけあって、立て板に水、論理的にも筋が通っているように少なくとも見えた。だが、その話し方に、顔の表情に、何故か亀さんの心に響くものが無い。もう少し同氏の発言を追ってみないことには何とも言えないが、少なくとも亀さんから見て北岡氏は心から信じられるようなタイプの人間ではない。

一方、否定側の柳沢協二氏(元内閣官房副長官補)と上智大学教授の中野晃一氏は、安倍総理のようなお坊ちゃんと違って、人の気持ちを理解できる人たちであることが直感的に亀さんには分かった。

それにしても改めて思ったことだが、テレビというのは恐ろしい電気箱だ。その人物の人となりが、本人は隠しているつもりでも、そのまま映し出されてしまうのだから…。

なお、現在発売中の『月刊日本』(6月号)は上記の青木理氏の記事だけでなく、森田実、平野貞夫、小林節といった各氏の貴重な集団的自衛権の記事が掲載されている。こうした時代だからこそ、同誌を手に取って集団的自衛権について考えて欲しいと思う。

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【訂正】
上記番組を4月12日放送の「いま集団的自衛権を考える」として取り上げましたが、正しくは1ヶ月後に放送された5月16日放送の「集団的自衛権を問う」でした。お詫びするとともに、ここに訂正させて頂きます。


東京知的見聞録
亀さんの先輩であるIさんは教育関係の仕事をしており、最近になって『東京知的見聞録』という小冊を謹呈していただいている。この先輩Iさんとは一度都内で呑もうと前々から約束しているのにも拘わらず、亀さんが仕事に追われていたため延び延びとなっている。聞けば今月末でIさんも定年を迎えるとのこと、残念ながらIさんが在職中に会うことは出来そうにない。

その『東京知的見聞録』の編集を担当したI先輩が、同誌に載せた巻頭言が素晴らしい。以下に画像を残しておくので、大学に進学を考えている若い人たち、あるいはその親御さんに一読してもらえたらと思う。詳細は、同誌を発行しているアローコーポレーションのホームページで確認されたい。

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小江戸・川越
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最近、NHKの「世界ふれあい街歩き」の再放送番組を見た。2013年5月21日に放送された「小江戸・川越スペシャル」である。この番組は、川越工高卒の大友康平が川越の街を案内するという内容であった。川工と言えば、20年以上前になるが、当時同校で教鞭を執っておられた恩師の北田住夫先生からお声がかかり、「国際化社会へのチャレンジ」というテーマで、全校生徒を前に亀さんが講演を行ったことがある。当時のパンフレットに、以下のような亀さんの紹介記事が残っていた。

高校卒業と同時に海外事情に目を向けて機会を見つけ海外各地を遍歴しアルバイトをしながら生活をしてきました。その間に多くの友人をつくり帰国後も友好を結び交流を続けている。その経験のなかで「日本人から見た海外」と、「海外の日本人から見た日本」を社会・文化・生活習慣等の壁をどの様に取り払い、相互理解を図るべきかを常に実践している。
(平成3年9月5日)


だから、大友氏が川工を紹介するシーンは大変懐かしく見た。聞けば、今の川工は男女共学とか…。そう言えば、亀さんの母校の工高も男女共学になったことを最近知ったんだが、ホント今の後輩が羨ましくてしかたがない。

ところで、今週の水曜日に川越で倍賞千恵子の講演会がある。関心のある読者がいたら、主催先に問い合わせの上、顔を出してみては如何だろうか。

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我らほ乳類 2億2000万年の戦い
どうやら、仕事に使用しいてるパソコンのハードディスクかメモリが故障寸前のようで、いつお釈迦になっても不思議ではない状態のなか、毎日ヒヤヒヤしながら仕事(翻訳)を進めている。だから、ここ1~2週間は仕事を優先にしていたため、ブログの更新も大分滞ってしまった。そこで、先週は主な国内海外の取引先(翻訳会社)に連絡し、週明けの今日明日にもパソコンを〝入院〟させることにした。数日で無事に〝退院〟したら、再び元のベースでブログ記事を書いていきたいと思っている。

ところで、入院させる前に時間が取れたので、1本だけ記事を書いておこう。それは、1ヶ月ほど前に録画しておいたNHKの「我らほ乳類 2億2000万年の戦い」(第1~3回)を、昨日の午後見た上での感想記事である。

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このドキュメンタリー番組、内容的に一部間違いがあったものの(たとえば、アフリカの森林の樹上生活から、乾燥したサバンナに進出したサルが人類に進化した等)、総じて優れたドキュメンタリー番組だと思った。そして、同シリーズを見ながら脳裏に浮かんだのが、世界戦略情報誌『みち』の最新号(5月15日号)に、道友の中村みつぞうさんが連載記事「みょうがの旅」で、「古事記と胎児の世界」と題した記事を書き、亀さんのブログ記事「サメの話」を紹介していたことである。詳しくは『みち』に目を通していただくとして、ネコザメを遠祖として爬虫類やほ乳類が誕生(両生類の場合はドチザメから誕生)、やがて爬虫類から恐竜に進化して恐竜の天下となった。一方のほ乳類だが、2億2000万年にネズミのような小型のほ乳類が誕生して以来、ほとんどその原始的な形態を変えることなく1億年以上も生き延びてきた。そしてあの日…、神計らいか偶然かは知らないが、6550万年前の隕石の衝突(K/T境界が動かぬ証拠)で鳥類を除く恐竜が滅亡、その後紆余曲折を経て今日の人類誕生に至るという、なんとも壮大なドキュメンタリー番組であった。

それにしても、過日書いた拙稿「引き継がれていく命」ではないが、6550万年前、もし隕石が衝突していなかったら、今日に至っても恐竜の王国が続き、我らが人類の誕生はなかったかもしれないと思うと、今日我々か在るのは何百何万もの〝偶然〟の積み重なりであり、まさに〝神計らい〟以外のなにものでもないと思った。

寅さんのことば 第2部 07

あぁ、俺にふんだんに銭があったらなぁ。
第15作「男はつらいよ 寅二郎相合い傘」


今回の記事にあった佐藤利明氏の結びのことば、「人が人を思うことの素晴らしさ」に接し、頭に浮かんだのが、やはり東京新聞に載った山田洋次監督の記事だ。拙ブログ「石破茂の功績」にも載せたので再読してもらえたら有り難い。

孤高のジャーナリスト田中龍作氏の最新記事、「『美味しんぼ』休載 首相「風評被害」を強調、再開のメドなく」は、己れにとって都合の悪い発言を押さえつけようとする権力、すなわち安倍という暴政者を見事に炙り出した記事だと云えよう。

言論統制を押し付けようとする人間と、それに反対する人間…。その違いは「人を思うこと」ができるかどうかにある。「人を人とも思わぬ」ようでは、お終ぇだ。

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「山田うどん」愛アツアツ
山田うどんと言えば、遠い昔通っていた高校と最寄りの駅との間にあったので、部活などで遅くなったときなど仲間とよく食べに行ったものである。そして、今でもあの美味しいうどんの味が忘れられない…。

あれは文化祭があった日だった。文化祭が終わって後片付けをしてから、帰りに同級生と山田うどんに立ち寄ったことがある。いつものようにうどんを注文すると、ナントうどんが売り切れてしまったと、店の親父さんが申し訳なさそうな顔で言うではないか…。なんでも、文化祭に来てくれた女の子達が、帰りに大勢山田うどんに押しかけたためだったとか…。

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私は、今でも植村が生きていると信じてます

私は、今でも植村が生きていると信じてます


これは、映画「植村直己物語」にあった台詞で、植村直己がアメリカのマッキンリーで行方不明になった後、記者会見で植村直己の妻・野崎公子さんの口から飛び出した言葉である。

話は前後するが、山男の友人が福島県三春町から突然訪ねてきてくれたことがある。偶然だがその日、植村直己の講演会が池袋で開かれることになっており、亀さんは行くつもりでいた。だから、遠路はるばる尋ねてきてくれた友人に、疲れているところを悪いが一緒に行かないかと誘ったところ、友人は山男だけに喜んで植村直己の講演会に同行してくれたのだった。講演会の後、植村本人に会うことができ、これだけで亀さんの家まで行った甲斐があったと、友人は心底喜んでくれたものである。その友人の言葉を借りれば、壇上の植村直己はいかにも無口で素朴なしゃべり方をする田舎者という風だったとのことだ。亀さんも、植村にインタビューしていた出版関係者が、植村にあれこれ尋ねながら植村の発言を引き出そうと、努めていた光景が今でも目に浮かぶ。

最近、山田洋次組の渥美清、倍賞千恵子といった俳優の映画を精力的に観ているが、数日前、28年振りに倍賞千恵子が登場する「植村直己物語」を観てみたいと思い、DVDを購入した。そして、仕事も一段落した先ほど、漸く観ることができたという次第だ。

ところで、野崎公子さんの口から飛び出した、「私は、今でも植村が生きていると信じてます」という発言、28年前と今とでは明らかに亀さんの受ける印象が違っている。28年前の亀さんは、本当に植村はマッキンリーで行方不明になったものとばかり思っていた。しかし、その後さまざまな背景を知るに及んで、もしかしたら植村直己は今も生きているのではと、亀さんは思うようになったのだ。そのあたりに関心のある読者は、以下の記事を参照されたい。
大和へ、そして吉野へ 3

冒険家・探検家として世界中に有名な植村直己のように、まったく別の姿を世間に晒し韜晦する場合もあるに違いない。


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久しぶりに同映画を鑑賞して強く印象に残ったのが、マッキンリーに植村が雪洞(5200m)に残したという〝遺品〟であった…

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寅さんのことば 第2部 06

その名の通り、雪のように白い肌の、そらぁきれいな人だった…。
第16作「男はつらいよ 葛飾立志篇」


パソコンが故障し、いろいろと弄くっても直らず、最後の手段としてWindows 7の再インストール作業を覚悟して、リカバリCDを入れたところ、ウィザード(Wizard)風に簡単に直ってしまった。一昔前なら、リカバリCDを使うということは、Windows OSを再インストールし、故障前のPC環境に戻すという、半日作業を意味していただけに、あまりにも簡単に直ったので驚いた。ともあれ、お陰様で今日のブログ記事を書くことができ、仕事の締め切りも間に合わせることができそうだ。

さて、今回取り上げられた「葛飾立志篇」は、亀さんにとって好きな作品の一つだ。それは佐藤利明氏も述べているように、「困っているひとがいたら、何かしてあげたい。寅さんが相手の幸せを願って行動するのには、こうしたさまざまな人の思いやりがあってのことなのです」が、良く現れている作品だからだ。ここで、第16作は最近の記事(「同胞」に見る、日本人の忘れ物)でも取り上げているので、関心のある読者は一読いただきたい。

それにしても、今回の記事の写真のタコ社長、おばちゃん、寅さん、おいちゃん、御前様と、半分近くのひとたちがすでにこの世にいない。時代の流れを感じさせる写真だった。

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張成沢は〝生きている〟?
「ロシアの声」に面白い記事が載っていた。
NBAの元スター選手ロッドマン氏 金正恩第1書記の叔父の処刑報道を否定

よく北朝鮮を訪問する元NBAのロッドマンの発言らしいが、はっきり言ってガゼネタである。

なぜ断言できるかと言うと、張成沢が間違いなく処刑されている情報を複数の関係者から得たと、北鮮情報では五指に入る『月刊日本』誌の山浦嘉久さんから聞いているからだ。一部には張成沢は生きていて、今は単に〝お隠れ〟になっているにすぎないと言う人もいるが、それならなおさらのこと公の前に姿を現すのが可笑しいのである。〝お隠れ〟になるとはどういうことか、落合莞爾さんの一連の堀川政略シリーズ本に目を通せば分かる。ともあれ、「ロシアの声」は本当に良い記事が多いのだが、時にはガゼネタも混じっているので注意しよう。

ところで、上述の「ロシアの声」の最近の動きが妙である。それは以下の写真の冒頭にある「会社再編に伴い、日本語放送を一時休止」だ。

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これは以下の記事が関係していると亀さんは睨んでいる。

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ゴールデンウィーク終了
連休明けの昨日、日本国内の翻訳会社から打診のメールが入り、今朝から2週間先の締め切りを目指し、再び仕事に追われる日が続くことになった。5月5~6日と短かった休みを利用して、昨日は散髪をしたり、好きな酒やつまみを探してきた他、庭仕事をやり、溜めておいた映画を鑑賞し、多くの本を読んで過ごした。と言っても、映画の場合、観ることができたのはわずか数本で、昨日観たのは「いつでも夢を」と「わが母の記」であった。

ネットで確認してみたところ、「いつでも夢を」は1963年1月11日公開とあり、今から半世紀も前の映画だ。つまり、亀さんが小学生四年生の冬休みに公開された映画ということになる。現在亀さんの住んでいる家は1961年に完成しているが、その後改築はしていないので、「いつでも夢を」に出てくるような時代を思わせる造りのままである。

「いつでも夢を」は、まさに日本の〝青春〟を描いていた。そして、戦後間もない頃に盛んに使われていた民主主義という言葉が、やはり同映画でも何度が耳に飛び込んで来た。映画「青い山脈」もそうだったが、当時は民主主義などという妄想に取り付かれていたのだなぁと、改めて思った次第である。



次に、「わが母の記」だが、この映画は井上靖の母親・八重の晩年(80歳から亡くなる89歳まで)を描いた私小説だ。幼い頃に叔母の家に預けられた井上は、自分は母親に捨てられたと思い込んでいたのだが、実はそうではなかったことを井上が悟るシーンは胸に迫るものがあった。また、樹木希林演じる八重と亀さんの実母が、だぶって見えてきてしかたがなかった。

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以下のシーン、亀さんを知る人ならピンとくると思う。

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「同胞」に見る、日本人の忘れ物
過日、拙ブログで「昭和35年という断層」を書き、岩村暢子の『日本人には二種類いる 1960年の断層』(新潮新書)を紹介したが、昨日見た山田洋次監督の「同胞」は、「昭和35年という断層」から15年が経った、1975(昭和50)年10月25日に公開されたことを知った。1975年秋といえば、亀さんは3年近くに及んだ世界放浪生活から日本に戻り、1975年4月に東京スクール・オブ・ビジネスの貿易科(二年制)に入学、最初は自宅通学だったが、しばらくして新宿三丁目の新聞販売店で住込みのバイトを見つけ、新聞配達をしながら同校に通っていた頃だ。だから、夕刊配達のない日曜日、新宿の映画館まで歩いて「同胞」を見た行ったのは間違いない。映画「同胞」の内容はあまり覚えていなかったのだが、なぜか同映画を渋谷か新宿あたりの映画館で観たのははっきり覚えていた。ともあれ、昨日にいたって漸く同映画を観たのは新宿であることが、これで明確となった。



「同胞」を初めて観てから39年もの歳月が流れた昨日、久しぶり観た「同胞」、こんなにも良い映画だったのかと改めて思った。同映画についての評価は、「井上高志のブログ」というブログ記事が、亀さんの気持ちに一番近かったので一読をお勧めしたい。
山田洋次監督の同胞(はらから)の映画上映会に行ってきました。

その井上氏のブログ記事に以下のような記述がある。

お金儲けとは無縁の活動だったようですが、熱いエネルギー・思いが充満し、仲間とともに生きた楽しく充実した活動だった。


これは正に「同胞」の世界そのものである。当時は終戦からちょうど30年が経ったころだったが、最早戦後ではなく、日本は日の出の勢いあったことを昨日のように覚えている。以下は、「同胞」の2ヶ月後の1975年12月27日に公開された、男はつらいよの第16作「葛飾立志篇」の「寅さんDVDマガジン」に載っていた、「第16作を観て笑った〝あの頃〟をプレイバック!」である。

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1975年という時代は、望めば誰でも正社員に登録される時代だったし、当たり前の生活、人並みの生活が、誰にでも少し努力すれば手に入る良き時代であった。また、ある意味、お金さえあれば何でも買えると〝錯覚〟していた時代でもあった。そうした風潮の中、「同胞」で倍賞千恵子演じる河野秀子が、「お金のために仕事をしているわけではない」と語ったシーンを観て、当時の亀さんはどのように思ったのだろうか…。ともあれ、井上高志氏のブログにある「お金儲けとは無縁の活動」と根底で相通じているものが、河野秀子の言葉の中にある。しかし、結果として日本人は心よりも金(カネ)を選んだ。

映画「同胞」上映から30年を迎えようとする今日では、河野秀子の言う「お金のために仕事をしているわけではない」を忘れてしまった日本人が、昨今はあまりにも多い。最早、河野秀子のような存在は希有となり、我々は悪徳商法が横行する世界に生きているのである。以下のブログ記事を読み、お互いに注意して生きていきたいものだ。
『消費者被害GDPの1%、13年5.7兆円 悪質商法など』 世の中、詐欺師がイカに多いか! ダマされるタコも多いのだが…。

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おいちゃん 寅、その、己を知るってのはいったいどういうことだい?

寅次郎 えー、だ、だからよぉ…。おい、博、おまえちょっとおいちゃんに分かり易く説明してやれ、え

 難しい質問だなあ…

 だから分かり易くさ

 つまり、自分はなぜこの世に生きてるのか

 ん

おいちゃん うん

 つまり、人間存在の根本について考えるっていうか…

 根本についてか…、んん…、正しいかもしれないな…

タコ社長 そんなこと考えてなにか役にたつのかい?

 もちろんですよ!そういうことを考えない人間は、本能のままに生きてしまうってのか、早い話が、お金儲けのためにだけ一生を送ってしまったりするんですからねえ。

 いやだねえ~~

社長 それで、悪いのかい?

「男はつらいよ 葛飾立志篇」


ブラッディ・ガン
テレビから流れる渋滞ニュースを横目で眺めながら、今年のゴールデンウィークも仕事(翻訳)に追われていた亀さんだったが、漸く今朝になって一息つくことができた。早速、1ヶ月ほど前に録画しておいた映画、「ブラッディ・ガン」(「ちゃんと伝わった!」参照)を鑑賞した。どのような映画かは、ブログ「Kennyaskr's hideaway」の記事「邦題に騙されるな! 『ブラッディ・ガン』 (1990年)」に詳しい。

このブログのオーナは同映画について、「この映画は本当に面白い! お世辞抜きにホントに面白い! 西部劇としても、ロードムービーとしても、ドラマとしても、コメディとしても、恋愛ものとしても、とにかく面白い!」と褒めちぎっている。確かにその通りだったんだが、亀さんは別の視座から同映画から大きな感銘を受けた。それは、原住民のアボリジニ狩りの白人に対して立ち向かうガンマン(主人公)、マシュー・クィッグリーの生き様である。そこには、弱者を守ろうとする任侠の徒に相通じるものがあった。

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亀さんは本多勝一の『アメリカ合州国』を読み、アメリカ・カナダ一周の旅の途中、深南部の旅を1973年夏に体験している。南部諸州で公民権法の制定から8年しか経っていなかったこともあり、どことなく人種差別の空気が残っているのを肌で感じたものである。帰国後、サイパン、韓国、香港、台湾、フィリピン、シンガポール、インドネシア等、アジア各国を亀さんは訪問しているが、十代の頃の世界放浪の体験が活きて、アジア諸国の人たちとは同じ人間として接することができた。それだけに思い出も多いのだが、特に比国のレイテ島は第三の故郷となった。同島は幾度か訪問しているが、きっかけの一つは大岡昇平の『レイテ戦記』である。

同島で特殊作戦部隊(Special Operations Group)の精鋭と、半日ほど英語で語り明かしたことがあるが、その男、過去に数名の敵兵を己の手で殺した体験を持つ。実際に話を聞くまでは、その柔和な表情から人を殺せるような人間には到底見えなかっただけに、その話を耳にして大変驚いたものである。一見大人しそうで物静かな人物にこそ、本物がいることを思い知った瞬間でもあった。もう、レイテ島には何年も行っていないので、第二の故郷であるアルゼンチンを訪問した後、続けて同島を再訪してみたいと思っている。



目を覆う韓国船沈没事故の無策!
目を覆う韓国船沈没事故の無策!」が、行政調査新聞の5月号に掲載された。同記事の結びの言葉がすべてを語っている。

なぜ日本の支援要請を拒否したのか。

単に身勝手な「反日」という思惑だけで300人の命を見捨てたのであれば、朴槿恵大統領、あなたには生きて治世を行う資格は断じてない。


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貯金は免疫力を低下させる
関西の翻訳者の友人Mさんが上京するということで、4日前の月曜日に都内に住む,もう一人の翻訳者Yさんの自宅でミニ会合を持った。美味しい昼食をご馳走になった後、マクロの話となった。ここで云うマクロとは、WordとかExcelといったソフトに埋め込む一種のプログラムで、特定の操作手順を自動化してくれるものだ(要するに、メンドーな仕事はパソコンにやらせるというワケ)。この機能を使えば、仕事の能率が大幅に向上することは間違いない。Yさんは今までに多くのマクロを自作しており、それを無償で分けてくれた。近く、時間を見て仕事に活用していくつもりであり、ここに改めてマクロを提供してくれたYさんに,心から感謝の意を表したい。

ところで、関西のMさんは最近結婚し、この9月で一歳になる女の子がいるという。娘さんが独り立ちするまでの20年先、65歳になるまで現役で頑張らなければならないと、現在45歳のMさんは語っていた。

一方、都内に住むYさんは亀さんと同年齢だ。そのYさんに「あと、何年ぐらい現役で頑張るか」と聞いてみたところ、あと5年ほどかなあ」と言っていた。世の中には70歳過ぎでも現役の訳者が多いことからして、健康管理をしっかりすれば多分10年は大丈夫かと思うが、子どもたちが自分で餌を拾ってくるようになれば、もっと仕事をして稼がねばというモチベーションがなくなるので、余り仕事をしなくなるかもしれない。

だが、あの島地勝彦氏が今でも現役で仕事をしているのも、冥土までの暇潰しのため稼がねばならないからだ。確か、現在の貯金はゼロに近いと聞いている。そして、「70歳を過ぎたので、そろそろ老後のことを考えて貯蓄をしたい」と、最近の同氏のウェブ記事で読んだ記憶がある。こうしたお金との接し方を、島地氏は『迷ったら、二つとも買え! 』に著している。以下は同書にあるスローガンだが、なかなか含蓄のある言葉の数々だと思った。

お金と鼻クソは貯め込むなかれ
使ったお金を後悔するな
借金をしてでも、気前よく振る舞え
無駄遣いは自分の身を磨く
金を使うヤツは「いい顔」になる
妻に財布を握られることなかれ
人生はそのものがギャンブルだ
まずは本を読め
貯金は免疫力を低下させる


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