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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
寅さんのことば 43
「寅さんのことば 43」では、寅さんと久美子(竹下景子)の出会いの写真が載っている。それで思い出したんだが、フランスにも寅さんが居るんだ。ちなみに、中央の美しい女性は後藤久美子…。

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それにしても、「男はつらいよ」が始まったのが1969年だから、高度成長期も終わりかけていた時期ということになる。あの頃、国鉄マンだった亀さんの父は大宮の操作場で働いていた時期で、毎日大宮から飯能に川越線で帰宅するのだが、終電ともなると高麗川止まりのため、同駅からタクシーで深夜帰宅したことが多かったと母から聞いている。

しかし、やがて高度成長期も終わり、一休みしてから今度はバブル景気を迎えたかと思うと、アッという間にバブル破裂と相成った。それと前後して、1995年の第48作「寅次郎紅の花」を最後に、寅さんは永遠に戻ることのないあの世へと旅立ってしまった。亀さんも3年後の1998年、一部上場の電子部品メーカーを〝希望退職〟したんだが、会社を辞めると告げた時に山の神が、「頭の中が真っ白になった」と言っていたのを思い出す。ともあれ、寅さんが亡くなったのに合わせるかのようにして、日本は奈落の底に向かって転げ落ちていったのは間違いなく、一つの時代が終わったという感が強い。

ところで今朝気がついたんだが、昭和天皇が「男はつらいよ」の大ファンで、ビデオを全巻持っておられたということがウィキペディアに書いてあるのを目にし、胸に迫り来るものがあった。

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また、同じくウィキペディアによれば、金日成や金正日も「男はつらいよ」のファン゛たったと知り、さもありなんと思った次第だ。まさに、寅さんは日本の、いや世界の寅さんちゅうことなんだろう。

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証言 陸軍中野学校 6
『証言 陸軍中野学校』の「証言7 新天皇擁立計画」を読む。この証言を行ったのは、陸軍中野学校出身の小松馨(仮名)であった。全体で16ある証言のうち、日本人にとって最も重い証言と言えそうだ。なぜなら、小松氏の証言の内容は、八・一五クーデター未遂事件に陸軍中野学校が関与していただけではなく、同事件のキャスティングボードすら握っていたという衝撃的なものだからだ。この八・一五クーデター未遂事件は別称、宮城事件として知られているが、例によってウィキペディアから同事件の解説を引用しておこう。


宮城事件(きゅうじょうじけん)とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件である。

日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠した。しかし陸軍首脳部及び東部軍管区の説得に失敗した彼らは自殺もしくは逮捕され、日本の降伏表明は当初の予定通り行われた。


さて、「証言7 新天皇擁立計画」にある小松証言で、ウィキペディアの宮城事件の項には取り上げていなかったテーマの一つに、〝皇統護持工作〟がある。これは、占領軍による〝天皇家の廃絶〟が実行された場合を畏れた陸軍が、次代の新天皇を匿う作戦を実行に移した事件である。具体的には、広瀬栄一中佐が北白川宮家第五代当主の道久王を担ぎ出している。

ここまでは世の大方の識者に知られている事実だが、実は北白川宮家の当主を担ぎ出した真相が、従来思われていたこととは別の所にあったことが、「証言7 新天皇擁立計画」に書かれているのである。具体的に書くと長くなるので、関心のある読者は実際に同署を手にとっていただきたい。

ここで、「証言7 新天皇擁立計画」と離れた視点から、若干述べておきたいことがある。それは、天童竺丸氏が最近になって緊急公開した以下の記事である。
「神やぶれたまはず」

亀さんは「サムライ」というハンドル名で、世界戦略情報誌『みち』の掲示板で以下のような投稿を行った。

163:サムライ:

2013/08/07 (Wed) 09:21:49
host:*.t-com.ne.jp
馬之介さん、こんにちは。今年の夏ですが、日中は暑いのに夜は暑苦しさを感じません。いつもの夏と違い、今年の夏は何処か変だと思っていました。ところが今朝の天気予報で、今週辺りから25℃以上の熱帯夜になりそうだとのこと。先月上旬の酷暑に続く、久しぶりの熱帯夜を期待したいところです。


***********************************
 英霊に続くとはまず、「神やぶれたまはず」との信念を同じくすることにほかならない。

「そうだ! 神やぶれたまはず!」

私も全身全霊の共感をもって心中で叫んでいた。
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先の戦争で祖国のため、異国の地で、沖縄で、本土で散った英霊。しかし、戦後の日本人は英霊のことを忘れ、下らないテレビのワイドショーを見てゲラゲラ笑い、そのテレビや新聞の流す情報に何等疑問も持たず、そのまま鵜呑みにしている。ある意味、GHQによる戦後の教育策が成功したのだと言えなくもありませんが、一方でそれに流されない生き方をしてきたのが、藤原源太郎さんや天童竺丸さんでした。

『みち』の執筆者と読者が集う「まほろば会」でも、先の戦争の総決算が未だ行われていない事実を巡り、源太郎さんを中心に色々と語り合ってきました。その折々に話題に出た人物の一人が、長谷川三千子先生でした。確か最近のまほろば会の前回か前々回、長谷川先生のことが久しぶりに話題に出ました、その時の源太郎さんの長谷川先生に対する評価が、天童さんをして13年前の「神やぶれたまはず」を再掲する決心をさせ、今号の『みち』(8月1日号)で三ページにわたって、「昭和二十年八月十五日正午の御放送直後の一瞬」を書かせたのだと思います。したがって、次号で明らかにされる「陛下が終戦の詔書に籠められた御決意」、このあたりの天童さんの解説を読んだ上で、馬之介さんなりのご意見を聞かせて戴ければと思います。

小生も次号を楽しみにしている一人です。最近書いた拙記事「証言 陸軍中野学校 5」にも書きましたが、瀬島龍三を知るということは、取りも直さず昭和天皇を知るということに他ならないからです。その意味で次号の天童さんの記事を楽しみにしている次第です。

http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-306.html


掲示板にも書いたことだが、9月1日に発売される『みち』を手に取り、「昭和二十年八月十五日正午の御放送直後の一瞬」の続編を読了した段階で、思うところがあれば再び拙ブログに記事をアップさせて戴こう。



寅さんのことば 42
「寅さんのことば 42」を読み、何故か「サラエボの花」という映画を思い出した。この映画は未だ見ていないが、大凡の粗筋は聞いており、いつの日にか見てみたい映画の一本だ。

舞台はボスニアのサラエボで暮らす、貧しい母親と娘エスマの物語である。父のいないエスマは、「「父親は殉教者」と母親に教えられて育ってきた。しかし或る日、ついに自分の父親が母をレイプした敵兵であることを知り、エスマの心の葛藤が始まるというストーリーだ。

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今回、佐藤利明氏が取り上げていた第27作「浪花の恋の寅次郎」も、「サラエボの花」同様に亀さんは見たことはない。しかし、両作品とも形は違っていても、人間への深い愛情を表現した作品だろうと確信している。

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寅さんのことば 41
佐藤利明氏の話によると、博の父・飈一郎が東京から岡山に新幹線で帰る時、息子の博に以下のように語ったという。

歳をとるとな、速い乗り物に乗ってもしかたがないんだ。別に用があるわけじゃないし


昨日書いた亀さんの手書きの葉書と電子メールではないが、「便利になるほど、失ってしまう大切なものがある」という佐藤氏のことば、その通りだと思う。

ところで、第31作「旅と女と寅次郎」で、京はるみという売れっ子歌手を演じるのが、都はるみだという。これも面白そうだな、機会があれば見てみたい。亀さんが若い頃(外野から、マダマダ若いぞォーという声あり)、都はるみの歌はあまり好きではなかったが、数年前、有田芳生の著した『歌屋 都はるみ』(文春文庫)を読んでからというもの、都はるみの歌に関心を持つようになり、アルバムも購入した。時折酒を飲みながら聞いているが、心にしみる良い歌だと思う。尤も、これは亀さんが歳をとったということなんだろうが…。

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エジプト大混乱は中東大騒乱につながるか
行政調査新聞から、昨日続いてエジプト関連の記事がアップされた。プーチンが畏れているように、エジプトがシリア同様に内戦状態に陥ると、両陣営に武器を提供する〝戦争屋〟がウハウハという事態になりかねないのだ。

一方、エジプト情勢は非常に分かりにくく、あるプロの国際情報コメンテーターの場合、昨今のエジプト情報が分からなくなったと正直に告白していたほどだ。そうした中、エジプトで起きていることを明確に呈示してみせた行政調査新聞は流石だ。

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http://www.gyouseinews.com/pdf/2013080601.pdf
寅さんのことば 40
寅さんは筆まめという佐藤利明氏の記事を読み、道理で「男はつらいよ」の最後のシーンあたりで、寅さんの年賀状などが登場する理由が分かった。亀さんも昔は手紙をよく書いたもんだが、最近は電子メールで済ませてしまうことが多くなった。早くて便利かもしないが、ワープロも無かった昔の手紙は、一人一人の個性がにじみ出ていて、味わいがあったなぁ…。

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上の年賀状は、第六作「純情編」からのもので、絹代(宮本信子)の父である千造(森繁久弥)に宛てたもの。

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減速する中国経済と金融ハルマゲドン
8月号の行政調査新聞は、中国経済が主テーマだ。最悪の場合、9月中旬ごろにアメリカと中国が、同時に金融ハルマゲドンを引き起こす可能性がある。その場合、米中という超大国の狭間にある日本は、巨大な影響をもろに受けることは必定で、無関心でいるわけにはいかないのだ。必読である。
http://www.gyouseinews.com/pdf/2013080501.pdf

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イスラエル、二度目の原爆投下?
昨夜、イスラエルがシリアに原爆を投下したというツイートを、飯山一郎さんが流していた。


ビデオも観たが、あれは間違いなくキノコ雲だ。まさに人道にもとる行為と言えよう。


http://www.youtube.com/watch?v=J-OA8VQvwbk

ただ、幾つか腑に落ちない点もあった。たとえば、上記のビデオを見たという映像のプロのコメントである。

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確かにコメントにもあるとおり、〝これから原爆が投下される〟ことを、事前に知っていないと撮れない映像であることは確かだ。だから、これはイスラエル(戦争屋)が流した映像である可能性も考えられよう。仮にビデオを流したのがイスラエルだとしたら、対立している反戦争屋(英国・プーチン・オバマ)に対して、どのようなメッセージを伝えようとしていたのか…。

それから、イスラエルがシリアに原爆を投下したのは、ネットで調べる限り2回ある。上記の8月1日は投下2回目で、1回目は5月にあったようだ。以下がその記事である。

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http://ronabbass.wordpress.com/2013/05/09/the-unprovoked-israeli-nuclear-attack-on-syria-__55-dead-make-that-10000/

このまま第三次世界大戦が中東で勃発すれば、まさに戦争屋にとって願ったり叶ったりということになる。
泥鰌屋
数年前、TBSで放送された「あんどーなつ」という番組がある。半年ほど続いた番組だったが、その第四話で亀さんも幾度か行ったことのある泥鰌屋が登場する。

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忘年会のシーズンになると、世界戦略情報誌『みち』の関係者が、東京は浅草にある此処の泥鰌屋に集まる。つまり、「食糧危機が日本を襲い大勢が餓死するかもしれない」、「福島原発が暴走して、東北関東圏が人間の住めない不毛の地になるかもしれない」などと、不安を抱きながら我々は新年を迎え、やがて時が過ぎて年末になり忘年会の話題を耳にするようになると、どうにか一年を無事に過ごせそうだと感謝しつつ、上の写真にある泥鰌屋に皆さんが集まるというわけだ。

ところで、「あんどーなつ」の第四話では、職人としての心構えを主人公のあんどーなつが語るシーンがある。これから社会に巣立つ若者に是非見て欲しいと思った。

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(饅頭の餡を作る話題で…)難しい技術は要らないの。皮と中味を分ける作業で、手を抜かずに、そう、当たり前のことを、当たり前のようにやらなければ、いつもと同じ味にはならない。ここで毎日やっていることに、何一つ、無駄なことなんて無ぃんだよね。疎かにしていいことなんて、一つも……。植木の水やりだってそう。同じことを、毎日毎日、怠けずに続けていく。それが、職人の仕事なのかもしれない。


自分の身は自分で守ろう!
先々週の土曜日(7月27日)、同窓生数名と駅前の居酒屋「庄や」に集い、久しぶりに納涼会を開催した。ちょうど、締め切りの迫った仕事を数本抱えていた時期であり、最初は出席を断ろうとすら考えていたのだが、世話人として声をかけた手前、今さら中止にしますというわけにはいかない。ということで2時間ほど歓談したのだが、却って気分転換になって翌日は朝早くに目が覚め(午前3時)、夜の9時過ぎまで仕事に打ち込むことができた。

さて、問題は当日の帰りである。我々がほろ酔い機嫌で帰路に就いたのは午後8時少し過ぎだったのだが、雨は小やみになっていたものの、稲妻が走っていた。最近の亀さんは小雨でも必ず傘をさすことにしているんだが、別に濡れるのを気にしてというわけではない。放射性物質対策だ。世の中には、もう福島原発の問題は解決済みと思っている極楽とんぼがいる一方で、もう東北関東圏は人の住む場所ではないと真剣に悩んでいる人たちまで、実にバラエーティに富んでいる。亀さんは後者の立場なんだが、その亀さんが福島原発の現状について他人に話をしても、喧嘩になるか無視されるのがオチなので、今では滅多に口にしないし、ブログに書くことも少なくなったものの、やはり本当の福島原発の現状と7月27日の雨のことだけは、他のブログを紹介する形で簡単に書いておこう。

最初に、現在の福島原発についての現状だが、亀さんと認識が一致しているのは、ブログ友の明月さんだ。彼は「反戦な家づくり」というブログを公開しており、実際に会ったことはないが、役小角について私信で意見を交わしたことがある。その明月さんが、以下のように福島原発の現状について述べていた。

このまま10年20年と日本に住み続けることができるとは、本当の上層部は思っていない。
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-1289.html


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これ以上は書かない。明月さんの言葉に少しでも気になったという人は、自身で直接彼のブログにアクセスして欲しい。

それから、過日の7月27日の東北・関東圏の雨だが、これについては「暗黒夜考~崩壊しつつある日本を考える~」というブログ記事に目を通して欲しい。

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7月27日、再び首都圏を襲った「放射性プルーム」による”死の雨”

写真のキャプションに注目戴きたい。

「NEWS」の野外コンサート中止直後 観客女性75人が体調不良訴える


本文でブログ主の神風カムイ氏が語っているように、真の原因は〝黒い雨〟に濡れたことによるものだ。しかし、大手マスコミは原因を追及することもなく、単に「過呼吸や雨による低体温症」だろうとしているが、大手マスコミの書くことは信用できぬ(笑)。以下の神風カムイさんのように考えるのが普通だろう。

コンサート等多数の観客を動員するイベントにて一部の観衆が酸欠症状等にて具合が悪くなるといった話は日常茶飯事であるが、今回の屋外コンサートにおける体調不良者の大量発生は、普通の感覚で考えて、どうみても変であろう。


今や、「自分の身は自分で護るしかない」といいう時代に突入しているのだ。

ここで、不安になり、とにかく何等かの対策を講じたいと思った読者は、迷わず飯山一郎さんのHPにアクセスすることをお勧めする。
http://grnba.com/iiyama/
証言 陸軍中野学校 5
『証言 陸軍中野学校』の「証言10 シベリアに抑留された工作員」を読む。斎藤充功氏がインタビューした証言者は、陸軍中野学校卒の江田三雄氏で、シベリアに抑留された〝元工作員〟であった。「日本人が日本人を裏切るという行為が日常茶飯事だった」とか、「食事は三食がジャガイモだけのスープと、ぱさぱさの黒パンだけ」等のシベリア抑留生活の実態は、今までに個人的に調べてきたこととほぼ一致していた。

そして、同証言を読み進めながら、脳裏に浮かんだのが瀬島龍三である。ネットで確認する限り、瀬島に対する批判的な記事が大半を占め、以下はその一例である。
伝記から読む、臨調の立て役者・瀬島龍三氏の裏と表

保阪正康の『瀬島龍三 参謀の昭和史』等を読んでいたこともあり、上記の記事を書いた渡辺武達教授同様、亀さんの瀬島龍三に対する評価も低かったのだが、その瀬島に対する見方を変えなければならないと考えるに至ったのは、『昭和天皇の悲劇』(小室直樹 光文社)および『昭和天皇のおほみうた』(鈴木正男 展転社)の2冊に接し、さらに「昭和天皇が最も信頼していた人物こそが瀬島龍三であった」、という話を人伝に聞いてからであった。

爾来、『瀬島龍三 参謀の昭和史』を含め、今日まで折を見て以下のような瀬島龍三に関する本を読んできたが、依然として瀬島龍三の全体像を捉えたとは言い難い。つまり、渡辺武達教授に代表される一般的に考えられている瀬島龍三像と、昭和帝が最も信頼していたという瀬島龍三像とが結びつかないのである。しかし、このあたりを結び付けてくれるものこそ、「ソ連」・「東京裁判」・「昭和天皇」ではないのかと、最近思うようになった。よって、二つの像が重なった時点で、改めて瀬島龍三について書きたいと思う。

『瀬島龍三の道』(新井喜美夫 講談社)2008/08
『祖國再生』(瀬島龍三 PHP文庫)1997/02(単行本)
『戦略なき国家に明日はない』(瀬島龍三・加藤寛 日本政経文化社)1995/08
『日本を演出する憂国のフィクサー 瀬島龍三』(菊池久 山手書房)1985/02
『日本の証言』(瀬島龍三 フジテレビ出版)2003/04
『沈黙のファイル』(共同通信社社会部編 新潮文庫)1996/4(単行本)
『瀬島龍三 参謀の昭和史』(保阪正康 文春文庫)1987/12(単行本)


証言 陸軍中野学校 4
「証言16 小野田少尉と丸福金貨」を読んだ。陸軍中野学校出身の小野田寛郎は、フィリピンのルバング島で一体どのような任務を背負っていたのかと、今までに亀さんは多方面から推測を重ねてきた。そして今日では、「埋蔵財宝を死守する」あたりが、小野田の任務だったのではと思うに至っている。それを裏付けるかのように、実際に小野田にインタビューし、以下のような重大な〝ヒント〟を、斎藤氏は小野田から聞き出していたのだ。


小野田の「ルバング島の任務で話していないことがたくさんある」という一言に、筆者(斎藤)は身を乗り出してその先を促した。だが、同伴者が席に戻ってきたためその先の話を聞く機会を逃してしまった。(『証言 陸軍中野学校』p.181)


小野田少尉が死守していたと思われる埋蔵財宝だが、斎藤氏は大本営の情報参謀(中佐)であった堀栄三の自著『大本営参謀の情報戦記』(文春文庫)を紹介する形で、埋蔵した財宝とは「丸福金貨」だったのではと書いている。しかし、それではフィリピンに持ち込んだ同金貨は、たかだか30億円前後(※総重量780kgの金×取材時の金価格が地金1g・3900円で計算)に過ぎないということになる。

『天皇の金塊』(高橋五郎著  学習研究社)という本を読んだことがある。そこに書かれている内容については、皇室情報に詳しい栗原茂さんなどから聞き出した限りは、おそらくは眉唾物と思って良さそうだ。同様に、『Gold Warriors』(黄金の戦士)を著したシーグレーブの説く〝天皇の金塊〟も、さほど信憑性は高くはないことが斎藤氏による以下の指摘からも明白だ。

(『Gold Warriors』を著した)シーグレーブは小野田寛郎…竹田宮…ベン・ヴァレモレス…笹川良一…マルコス大統領の関係を「財宝」に結び付けて論じているが、決定的な誤りは小野田寛郎と竹田宮の接点を取り違えたことにある。(『証言 陸軍中野学校』p.188)


しかし、それでも〝天皇の金塊〟は確実に存在していた、否、存在していると、亀さんは思っている。そんな折り、ネットゲリラが以下のような興味深い記事を書いていた。

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http://blog.shadowcity.jp/my/2013/07/post-3268.html

ここで、「朝鮮戦争で利益を得たのは日本だけ」という発言に注目されたい。亀さんも同じように今まで思ってきた、「何故日本だけが得をしたのか」と。ここで、情報源は明かせないが、「朝鮮戦争の資金は〝天皇の金塊〟であった」と、語ってくれたある人物がいる。そうしたことがあり、「朝鮮戦争で利益を得たのは日本だけ」と〝天皇の金塊〟とが、抵抗なく亀さんの頭の中では結びついたという次第だ。ちなみに、亀さんは旧ブログで『天皇財閥』という記事を書き、『天皇財閥』を著した吉田祐二氏は、〝裏天皇〟についての視点が欠落をしていると批判したが、一方で〝天皇家の財閥〟そのものについては、大変良くまとまった本だったと思う。

今回、〝天皇の金塊〟だの〝天皇財閥〟といったことを取り上げたが、俄には信じてもらえまい、このあたりは、機会があればさらに筆を進めてみたいと思う。


http://www.youtube.com/watch?v=ZcFbQbs-Cg0
タコタコ揚がれ!
2ヶ月近くにわたり土曜も日曜もなかったが、漸く仕事(翻訳)が一段落した今日、1ヶ月ほど前にNHKのBSプレミアムで放送された第六話「男はつらいよ 純情篇」、録画してあったので早速先ほど見た。久しぶりに見た「男はつらいよ」だったが、この第六話も大変良かった。

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特に面白かったのは、さくらの夫・博(ひろし)が独立を決心した場面だ。しかし、博に辞められるとタコ社長の印刷工場は潰れてしまう…。てんやわんやの騒動になったのだが、最後は博がタコ社長の所に残ることになり、めでたしめでたとなったんだが、その時の寅さんの台詞が面白い。

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寅さん:(タコ社長に)おめえそのうちぐーんと、運勢が上がっていくよ。

タコ社長:そうかぃ…

寅さん:そうとも、おめえ、タコタコ揚がれって言うもんね…


この場面で、劇場なら観客がドッと沸いたんだろうなと思った。

それから、その場にいたマドンナ役の夕子(若尾文子)が、さくらに呟いた以下の台詞が印象に残る。

自分の気持ちを隠さないで、笑ったり泣いたり怒ったりするのは一度もなかったわ


亀さんも会社員をやっていた時分は、己れの気持ちを隠す生活だったと思う。しかし、フリーランスになってからは、自分の気持ちを出すようになった。本ブログを立ち上げてからは特にそうだ。今後も遠慮無く書かせていただこう。
寅さんのことば 39
寅さん埴輪というのがあるのを知ってビックリした。しかし、確かに良く似ている…(笑)

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さて、1ヶ月ほど仕事に追われていたが、漸く一息ついた。今日あたり、1ヶ月ほど前にNHKで放送されていたので録画しておいた、第6「男はつらいよ 純情篇」をやっと見ることができそうだ。

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黒田博樹とクレイトン・カーショー
昨日、ダイヤモンドバックス戦で10勝目を挙げ、14奪三振を奪ったダルビッシュ有投手も凄かったが、いぶし銀の魅力を持つニューヨーク・ヤンキースの黒田博樹投手と、ドジャースのカーショー投手との投げ合いも素晴らしかった。

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黒田の著した『決めて断つ』に、カーショーのメッセージが載っているので、以下に転載しておこう。メッセージを読めば、二人の友情の深さが分かるはずだ。そして、何よりも38歳の黒田が、名門中の名門ヤンキースのエースとして、いまでも活躍をしている理由が良く分かる。


証言①クレイトン・カ―ショー(ロサンゼルス・ドジャース)

ヒロとの最後のキャッチボールかい?
もちろん覚えているよ。たしかに僕のシーズンはもう終わっていたけれど、ヒロにはまだ偉事が残っていたから、僕はキャッチポールのパートナーとして当たり前のことをしたまでさ。周りがなにか言ってた記憶はあるけど、先発投手にとって試合前のキャッチボールは大切な練習だからね。
えっ、ヒロがあのとき泣きそうだったって? 冗談だろう?僕は僕の仕事をしたまでのことさ。でも、いい思い出になっているのなら、僕としてはうれしいね。
もちろん、プレゼントのことも覚えているよ。テンガロンハットはジョークさ、ジョーク。日本生まれのヒロには似合わないだろうけど、僕が生まれたテキサスの有名なものをプレゼントしようと思ってね。カープのTシャツも懐かしいな。
でも、みんなに伝えておきたいのは、ヒロは本当のプロフェッショナルということだ。中4日、5日間ごとに最高の準備をしてマウンドに上がっていた。妥協していなかったし、自分に厳しいのは傍でトレーニングをしていて理解できた。
ヒロは、投手として、プロとして「安定」しているんだよ。それは試合での成績だけではなく、どういうふうに準備をするか、それを含めての話で、新人だった僕にとっては、とても勉強になることばかりだった。
先発した試合で抑えれば、当然うれしい。でも、ヒロは翌日にはそれを打ち消して次の試合の準備に入っていた。負けても同じ。引きずらない。そうした気持ちのリセットというか、入れ換える方法はヒロから勉強させてもらったんだ。新々だった僕にとって、日本で何年も経験を積んだヒロとパートナーになれたのは幸運だった。
さて、ヒロは誰とキャッチボールをしているのかな?
困っていたとしても、僕は知らないよ。だって、ヒロがニューヨークを選んだんだからね(笑)。でも、彼がヤンキースに行ったのもべースボールというビジネスのひとつだし、残念だったけど、お互い前に進まなきゃいけない。
ヒロに伝えてよ。僕もなんとかキャッチポールの相手を見つけたからって。
今年はインターリーグでの対戦もないみたいだから、ワールドシリーズで会うしかないね。そのときは最高のピッチングを披露するよ。それが尊敬する相手への、礼儀だと思うから。
(2012年3月2日ドジャーズのキャンプ地アリゾナ州グレンデールにて)


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寅さんのことば 38
冒頭の寅さんのことばが効いた。

私もひたすら反省して、人に尊敬される人間になろうと思います。


なんか、寅さんに叱られているみたいだなぁ…。

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よみがえる生命(いのち)の色彩
本日のNHKクローズアップ現代で、「「よみがえる生命(いのち)の色彩~若冲 奇跡の江戸絵画~」が放送される。テーマは伊藤若冲だが、アメリカ人のコレクターであるジョー・プライス氏が同番組に登場するという。過去、幾度かNHKで放送された伊藤若冲のドキュメンタリー番組で、必ずと言っていいほど登場していた人物であり、亀さんは同氏に親しみを持つようになった。そのプライス氏、「3年前の東日本大震災の悲劇をテレビで目の当たりにし、津波被害で一変した自然の営み、原発事故で脅かされる人々の暮らしに衝撃を受け、今こそ若冲の力を“故郷に帰そう」と考えるに至ったとのことだ。そのあたりの経緯を解説してくれる、今夜のクローズアップ現代は一見の価値がありそうだ。

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寅さんのことば 37
今回も寅さんのことばが良い。

旅というものはな、行き先を決めてから出かけるもんじゃねえんだよ。


蛙の子は蛙というわけで、亀さんも二人の息子が高校生の時に、〝旅〟を体験させている。上の息子は高二の夏休み、京都・和歌山を一週間ほど放浪した。民家にも泊まったこともあるようで、その一軒が落合(莞爾)さんの狸庵だったのだが、落合さんも迷惑だったろうなぁ…(笑) ともあれ、よほど旅の中心であった京都が印象に残ったのだろう、学生生活は京都で送りたいということになった。その後は夢を実現したのだが、折角京都に住んでいるというのに、週末に行くのは専ら奈良ばかりだという。やはり奈良というか大和は国のまほろばだということが、何となく分かっているのかもしれない…。

下の息子も高一の時、四国辺りに行ってみたいということで、宿も決めずに独り旅に出た。最初に到着した高松では安宿が見つからず、何処かの公衆トイレで一夜を明かしたという。数日後、金も残り無くなったということで、岡山あたりから夜行列車に飛び乗り、無事帰帰宅している。

ところで、第46作「寅次郎の縁談」に登場するマドンナは、松坂慶子とか…。昔、メルシャン勝沼ワイナリーで彼女を見たことがあるが、ホント色白で美人だった。寅さんが惚れるのも無理もないなぁ。

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