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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
峯岸みなみの坊主頭
普段、芸能界のニュースにはあんまり関心のない亀さんも、AKBの峯岸みなみが坊主頭になったというニュースくらいは流石に知っている。そこで、ネットで知り合った二人の〝知人〟(二人ともお会いしたことはない)のブログ記事が、あまりにも対照的だったので取り上げておきたい。

一人は、山岸勝栄教授で、以下は同教授の峯岸みなみに関する記事だ。
峯岸みなみさんの“丸刈り”と日本人としての遺伝子もしくはDNA

山岸先生とは、亀さんが「研究社の英和辞典を巡る“論争”」を書いたのが縁で、私信でメールのやり取りを幾度かしている。

さて、山岸先生の記事を読みながら思い出したのは、上の息子が中学一年生の時の出来事だ。小学生二年生の時からサッカーをやっていた息子は、中学校に入学してもやはりサッカー部に入った。そして、漸く中学校生活にも慣れてきたという5月のある日、遠征ということで引率の校長先生と部員全員が電車で行った。(なぜ、校長先生がと思われるだろうが、この校長先生は一角の人物である。いずれ記事にしたいと思っている)ところが、不心得者が一人出て、その子だけ子供料金で電車に乗ってしまったのである。それを知った校長先生の雷が落ち、最終的に部員全員が頭を丸めることになった。親としてその時どう思ったかと言うと、「流石はY校長! よくぞ叱ってくれた」というものだった。その後の息子のチームは一層団結し、中学校を卒業した今でも交流が続いているということだ。

山岸先生の記事で、印象に残る行は以下のとおりである。

---------
日本と日本人を本当に深く理解するには、日本と日本人の中に気が遠くなるような昔から流れて続けている“時間的・空間的音楽”に耳を傾けてみるのが一番確かなのだ。外国文化に生まれた価値判断を、参考にするのは良いが、ゆめゆめ、日本のそれを理解するのに当てはめてはいけない。本質が見えなくなるだけだ。
---------

山岸先生、本当に良い記事を書くなあ、と思っていたら、キノコ姐さんも峯岸みなみの記事を書いているのを知った。読んで、アララッー…だった(笑)。
坊主よりすごいAKBの七変化

韓国の芸能人は顔を〝修理〟しているのが多いとは聞いていたけど、日本もかぁ…。

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以下も見てみな…
見てはいけない…道場

怪死
『文殊菩薩』というニュースブログで、2009年10月3日、自宅のベッドでうつぶせの状態で〝死亡〟していたという、中川昭一元大臣のビデオを再掲している。このビデオで、〝死亡〟の背景の一端が分かるだろう。
恐怖!「人権侵害救済法案で私は消される。」 故中川大臣

また、平成12年4月に脳梗塞で倒れ、5月に〝逝去〟した小渕恵三元首相について、最近の行政調査新聞が、以下の記事で取り上げている。
中国全軍に「戦争準備」指令!北朝鮮は「高度な核実験」を予告!

亀さんは小渕元首相の脳梗塞に、何か人為的なものを感じていただけに、今回の記事で背景がはっきりしたのは有り難かった。

脳梗塞で倒れた政治家と言えば、他にも栗本慎一郎氏がいるが、幸い同氏はリハビリに努めて社会復帰を果たし、今では素晴らしい仕事をされている。ただ、栗本氏も人為的に脳梗塞になったのでは、と亀さんは疑っているのだ。

他にも怪死した政治家が多い。たとえば、昨年の9月10日に〝自殺〟した、松下忠洋氏のことは記憶に新しい。それ以外にも、橋本龍太郎、松岡利勝…と、怪死した政治家は多い…。

ところで、冒頭の中川昭一氏の実父の中川一郎氏も、〝自殺〟しているのだが、同氏が〝自殺〟する少し前に、赤坂の山王グランドビルの地下にある、北海道料理を出す店で偶然顔を合わせたことがあった。当時の亀さんは山王グランドビルにあった、TOEICという英語の検定試験の法人組織、国際コミュニケーションズという会社に勤めていたので、その店には時々昼食に顔を出していたのだ。ある日の昼休み、大きな円形テーブルで同僚と食事をしていたら、目の前に中川氏が秘書を伴って座ったのである。ゴルフで日焼けしたのだろうか、生気に満ちた姿を目の当たりにしただけに、その後暫くして同氏が〝自殺〟したというニュースに接しても、俄に信じられなかった。恐らくは、この〝自殺〟にも闇に包まれた背景があるはずだ。
大東亜戦争は昭和50年4月30日に終結した
道友から連絡があり、『金正日は日本人だった』(講談社)を著した佐藤守氏のビデオを公開したと教えてくれた。これは、日本兵法研究会主催の「第十回 佐藤守の国防講座」であり、先月の1月20日に靖国会館で行われている。演題は 『大東亜戦争は昭和50年4月30日に終結した』で、以下のように前半と後半の二本立てだ。






早速、書籍もオンラインで発注し、昨日届いた。腰巻に同書の概要が書かれており、亀さんも全く以て同感である。

-------
昭和20年8月15日。
「太平洋戦争」は終戦。
昭和50年4月30日。
その後も続いた「大東亜戦争」の
終結により、アジアは欧米の
植民地からすべて解放された!

-------

上記の記述に目から鱗が落ちたという読者がいたら、亀さんも時々ある会合で顔を合わせる、堀内孝彦氏の『アジア英雄伝』の併読もお薦めする。なお、佐藤氏も堀内氏も各々ブログを持っているので、関心があればアクセスしてみて欲しい。
軍事評論家=佐藤守のブログ日記
国を磨き、西洋近代を超える
スケベニンゲン
飯山さんが自身のホームページに、小生が過日アップした写真を再掲載していた。
きのこの嫁入り先は?

↑ このページにも転載されていたが、本当にスケベーな地名の多いこと多いこと。でも、大変〝勉強〟になった。いつものことながら、本当に飯山さんの情報収集能力には脱帽だ…!

では、小生もお礼に…〝蘊蓄〟を一つ。オランダの南ホラント州 デン・ハーグ基礎自治体に8つある地区のうちの一つにスケベニンゲン(Scheveningen)という所がある。それを真似したわけではねぇんだろうが、ナント! 東京の銀座に「スケベニンゲン」という南イタリア料理店があるのだ。どのような客が来ているのか、来週上京するので行ってみるか…。


ほかにも、けっこうスケベチックな地名って多いんだよなー。
こんなにある。↓
・ 股下山 (北海道)
・ 尿前 (岩手県)
・ 朝立 (福島県)
・ 裏金山 (新潟県)
・ 万古川 (長野県)
・ 女体入口 (長野県)
・ 乳房橋 (長野県)
・ 小浮気 (茨城県)
・ 満光寺 (東京都)
・ 下野毛 (神奈川県)
・ 下部温泉 (山梨県)
・ オモレ (山梨県)
・ 金玉落としの谷 (静岡県)
・ 尻毛・又丸 (岐阜県)
・ 割目池 (愛知県)
・ 割目川 (愛知県)
・ 上ゲ (愛知県)
・ 不毛 (愛知県)
・ 生出し (愛知県)
・ 万古町 (三重県)
・ 股毛 (三重県)
・ 処女湖 (滋賀県)
・ 浮気 (滋賀県)
・ 放出 (大阪府)
・ オカマ池 (大阪府)
・ 処女塚 (兵庫県)
・ 巨根橋 (鳥取県)
・ 女体山 (香川県)
・ 珍宝岩 (福岡県)
・ 快楽 (佐賀県)
・ お万が池 (熊本県)
・ 女の都 (長崎県)
・ 漫湖 (沖縄県)
 以上、『またがり全国三十三所珍名巡礼』より。



※ 本業(翻訳)の方で超多忙のため、来週の木曜日一杯はブログの更新が出来ないかもしれません。
働くみんなが“経営者” ~雇用難の社会を変えられるか~
今夜のNHKクローズアップ現代で、仕事をテーマにした興味深い放送がある。

2月7日(木)
【総合テレビ】19:30~19:56
「働くみんなが“経営者” ~雇用難の社会を変えられるか~」
http://www.nhk.or.jp/gendai/yotei/
------------------
「雇う」「雇われる」の関係ではなく、働くみんなが“経営者”として、全員が納得いくまで経営方針を話し合い、自分たちの給料も決める。
こうした「協同労働」という働き方が注目されている。
埼玉県深谷市では、地元企業をリストラされた主婦10人が「協同労働」で豆腐屋を設立。配食、介護など次々に事業を拡大し年商3億7千万円を達成、地域経済の大きな柱になっている。スペインでは、8万3000人を有する巨大な協同労働組織「モンドラゴン」が、経済危機の真っ直中でも急成長を続けおよそ2万人の雇用を創出。家電製造、銀行、流通など280種類以上もの業種を経営している。
さらに最近では、一般企業の就職から押し出された若者たちが数多く協同労働に従事し、これまで得られなかった労働意欲や“やりがい”、将来の希望を手にしているという。
協同労働とは、いったいどんな働き方なのか?閉塞した時代を切り拓く新たな手がかりとなるのか?その可能性を探る。
------------------

働くとはどういうことか
本ブログのカテゴリの一つである「仕事の話」は、就活を迎える二人の息子を念頭に立ち上げたカテゴリだが、同時に彼らと同世代の若者も視野に入れて書いているつもりだ。(無論、亀さんの生業の話もたまにあるけれど…)

さて、亀さんが地元の一部上場企業に就職したのは1971年4月であり、その後は3社の一部上場企業と2社のベンチャー企業に勤め、1998年に翻訳者として独立している。今振り返るに、亀さんの独立した1998年当時は、戦後確立された「終身雇用制度」や「年功序列制度」が、もの凄い勢いで崩れていった時期でもあった。しかし、崩壊したのは何も日本の制度だけではない。〝今の〟資本主義も崩壊するかもしれず、現にネット界では資本主義そのものに対して疑念を抱くようになった、「目明き」が増えてきているのだ。たとえば、亀さんが注目しているNorthern Lightsさんも、なんと資本主義の終焉を予測しており、そうした同氏のツイートを以下に紹介しておこう。

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また、今日紹介する今東光和尚の「働くとはどういうことか」という話の中で、「仕事に意義を見出すとかよく言うが、それは孤児院のオッサンのセリフでな。本当に孤児だとか、交通遺児だとかの面倒を見るということは意義はあるかもしれないけど、その他の仕事にはさほど意味なんてありゃあしねえよ」という行があるが、まさにそのとおりなのだ。その意味で本当に意義のある仕事をしているのが、数日前に記事にした「どんな命も花と輝け」の廣中和尚、「わすれない ふくしま」の四ノ宮監督あたりだろう。

☆☆ 働くとはどういうことか

和尚は以前に「人間は働くために生きる」と言われたが、私にはその働くということがどうもよくわからないのだ。いったい、社会生活における「仕事」とはどういうことなのか、根っ子から教えてほしい。というのも、私は物臭五郎(太郎までは自信がない)で、三年寝五郎で雑学が好きだ。私の手相を見た占い師は職業に関してだけは頭をひねった。何故か怠けながらも食っていける人生なので、ずるずると生きているが、人生とはもっと真摯にバリバリ働いて生きなければいけないものなのだろうか? イソップのキリギリスとアリの話のように、こんなのんびりした生活を送っていると、いつか天罰が当るものなのだろうか? もっと危機感をもって人生と仕事にのぞむのが人間としての道なのか? そこのところを詳しく教えてもらいたい。
(札幌市東区 無職 26歳 若月寛美)

オレがプラジルに行った時、ブラジル人が笑うんだ。「日本人は一生懸命働いて遊ぶ。でもブラジル人は違う。一生懸命遊んで、余裕があれば働く」と。それで貧乏しようとしまいと、それは自分で選んだことなんだから文句は言わない。せっかくこの世に生まれてきたんだ。遊ばにゃ損だというのがブラジル人の人生観だと。

だから、てめえのように寝たまま暮らせるなら寝たまま過ごしゃあいいじゃないか。それしか言いようがねえよ。それでケツの方からカビが生えてきたら、起き上がってカビをのげてまた寝りゃあいい。物臭したいというんなら、静かに物臭してたら邪魔にはならんし、人に迷惑もかからん。三年でも十年でも寝てな。働かないからといって、罰なんか当りゃあせんから、安心して怠けりゃあいいよ。

だけど世の中には、どうしても働きたいという人もいるんだ。政治家なんていうのは、引っ込んでてくれと言ったって出しゃばりてえんだから。裏を返せば、静かに寝てろったって寝ていたくないんだから、働きたくなくて寝ていたいというのと同じことなんだ。オレから言うとこんな政界なんかウダウダ馬鹿相手に時間つぶすくらいなら、エロ小説でも読んでいる方がもっと楽しいだろうにと思うんだけど、それがああいうことしたくてしているんだから、おめえなんかと区別して考える必要はないんだ。働くことが是であるとか、怠けることが非であるとか、と言うことはできない。怠けているからといってイソップの話のようになるともきまっておらん。どっちでも好きな方をやりゃあいいんで、選んだ道によって良い報い、悪い報いがくるわけでもない。

また仕事に意義を見出すとかよく言うが、それは孤児院のオッサンのセリフでな。本当に孤児だとか、交通遺児だとかの面倒を見るということは意義はあるかもしれないけど、その他の仕事にはさほど意味なんてありゃあしねえよ。人が「おまえのやっていることは非常に有意義だ」と言ってはじめて意味があるんで、てめえが意味あると思ってやったり、あるいはそこに意義を見出そうなんて思ったって、見出せるもんじゃない。「額に汗して働くことが美徳であり、人生の真の意義がある」なんてそれを誇りにしている奴がいたら張り倒してやりたいぜ
。『続 極道辻説法』p.99


いまやってることに最善をつくせ!
今東光和尚曰く、

何をやるにも、よく、こうしたらああやるとか、この次はこうやるというようなことを言ったり考えたりする人がいるが、そんなのはダメだよ。いまの時点で最高の自分の可能性を発揮するんでなけりゃあ。

ライフワークだとか、傑作だとかいうのは、後世の人が、第三者が言ってくれるんであって、自分が決めるもんじゃないんだ。オレなんかだって、いま書いてる作品が、人がほめてくれるか、けなしてくれるかわからんよ。でき上っても、よかったのか悪かったのかわからないもんでね。

「この間のあれ、面白かった」

「あ、そう。ありがとう」

なんてだけの話で、人が見ていい悪いを決めるんで、書いてる本人にはわからない。それが本当だろうが。自分で、これはいい作品だ、こっちは原稿料が安いからちょっとお粗末な小説で、と、そんな器用なことできないよな。つねに自分の才能をフルに使って書くんじゃなきゃあダメだよ。
『最後の極道辻説法』p.222

これは、仕事の心構えを説いた今東光和尚の〝遺言〟だ。ある山師が十年ほど前、手前が書いた本が21世紀には世界だか日本だかの十大名著になると法螺を吹いていたのを思い出すんだが、和尚の言うとおり自分が決めるようなことじゃない、というのが本当のところだ。
輪廻転生の国・ブータン
五木寛之の『21世紀 仏教への旅』ブータン編のビデオを観た。2時間近くの番組だが、何処か日本を思わせるような懐かしいブータンの田園風景、そして日本的な恥じらいを見せるブータンの人々を、五木が淡々と紹介していた。また、ブータンの民衆が輪廻転生を心から信じており、「(天国・地獄や輪廻転生があるかどうか)知らねぇよ俺も」と言う亀さんとは、ブータンの人たちは全く違うのだ。なお、五木の『21世紀 仏教への旅』は書籍化されており、ブータン編についての書評は以下の記事が素晴らしい。
『21世紀 仏教への旅・ブータン編』を読む

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本稿では、『21世紀 仏教への旅・ブータン編』そのものから離れて、ブータンについて少しふれておきたい。

一昨年の2011年晩秋、ブータンのジグミ・ケサル陛下が来日され、国会で演説をされたのを読者は覚えているだろうか。



実は、陛下の演説が一部、故意にカットされていたことが後になって判明した。以下のページにアクセスして欲しい。
日本のテレビがカットしたブータン国王の演説

以下は、上記記事の冒頭である。

-------
ブータン国王の演説が話題になったけど。テレビで編集されて流された映像では、スピーチの多くの重要な部分が削られてしまっていた。しかし逆に、そのカットされた部分を見ると「どういう事を国民に知らせたくなかったのか?」が見えてくる。
-------

蛇足ながら、この記事のタイトルが「フランシスコの大麻解放日記」とあるので、すわ大麻のブログかと思わず警戒する読者も少なくないだろう。しかし、大麻は今でも皇室と密接な繋がりがあり、かつては庶民にとっても大麻は欠かせないモノだったのである。詳細は以下のマンガを参照して欲しい。
http://www.scaramouch.jp/asa/asa.html

話があちこち飛んで申し訳ないが、最後に西岡京治というブータン農業のために尽くした、素晴らしい日本人を紹介せずにはいられない。
国旗の重み ~西岡京治物語~

こうした記事を読むと、〝草〟の記事も書きたくなった。尤も、道友の天童さんも書いているしなぁ…。
西川一三の秘境西域潜行

どうも今日は仕事部屋から眺める雪景色が美しく、気もそぞろだ…。
家族に乾杯(栃木県佐野市編)
先月(1月28日)に放送されたNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」(前編)の再放送を見た。その時は仕事に追われ、同番組を見るのをすっかり忘れていたのだ。内容は、俳優でラーメン好きの唐沢寿明が、笑福亭鶴瓶と一緒に栃木県佐野市のラーメン店を回るという話で、道行く人に色々と尋ねた唐沢と鶴瓶が、最初に行こうと決めたラーメン屋が、「おやじの店 三号店」という店だった。

「おやじの店 三号店」で美味しいラーメンを食べ終えた二人は、次に店主の兄が経営しているという「おやじの店 二号店」に行き、ラーメンの〝ハシゴ〟をする。すると、二号店の兄の所に92歳の祖母・藤川トリさんが、寝たきりの生活をしていたのだった。そこで、鶴瓶・唐沢の二人がお婆ちゃんの部屋を訪ね、お婆ちゃんと楽しい一時を過ごして別れた。

後にNHKの番組スタッフが改めてお婆ちゃんの居る店を再訪、お婆ちゃんと二人の孫のメッセージを撮影した。兄弟の両親はすでに他界していたのだが、メッセージで語る兄の話から、孫である兄弟二人の世話をしていたのが祖母であり、謂わば二人は〝お婆ちゃんっ子〟だったことが判明する。孫の二人が一生懸命に寝たきりの祖母の世話をする、〝本当〟の理由を知った鶴瓶と唐沢は、訥々(とつとつ)と話す兄の話を耳にし、目頭が熱くなる…。

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今晩の20時から放送される「鶴瓶の家族に乾杯」後編が楽しみだ。
わすれない ふくしま
亀さんは米の研ぎ汁で作った豆乳ヨーグルトを、毎晩100~150ccほど摂っている。これは珍味美味だからという嗜好レベルのお話ではなく、偏に放射性物質からわが身を守るためなのだ。つまり、亀さんのような庶民に残された最後の手段が、豆乳ヨーグルトということになる。豆乳ヨーグルトを摂ることによって免疫力が高まり、毎日大量にまき散らされている放射性物質によって、ガンになったり心筋梗塞を引き起こしたりするのを防げるのだ。

しかし、米の研ぎ汁で作ったヨーグルトなんか効くわけない! と頭から否定する人たちが非常に多い…。それが原因で離れていった親戚友人知人も多い。だから、今では相手から真剣に問われるまでは、当方から豆乳ヨーグルトについて話をすることは最早ない。

同様に、放射能に汚染された福島の地から、子供たちを疎開させて子供たちの命を守ろうという運動が展開されているが、そうした運動に取り組んでいる人たちを、「バカじゃないの」と、軽蔑の眼差しで見ている人たちのなんと多いことか…。こうした態度をとるのも、テレビや新聞をはじめとする大手マスコミの報道を盲信している人たちに多い。しかし、知らぬは日本人ばかりなのであり、世界の識者は福島の子供たちの現状iに心を痛めているのだ。

今日は、そうした福島の子供たちを一人でも多く疎開させようと取り組んでいる、一人の映画監督を紹介したい。四ノ宮浩さんと言い、来月には福島の現状を取り上げた、同監督の「わすれない ふくしま」と題する映画が上映される予定だ。詳細は以下のサイトにアクセスして欲しい。
わすれない ふくしま

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亀さんも、今日郵便局に行ってカンパを送金してくる予定だ。
飛んだ決まった!!
昭和47年(1972年)、アジアでは初めての冬季オリンピックが北海道・札幌で開催されたのが、ちょうど本日の2月3日だ。そして、2月6日の70mジャンプで、笠谷幸選手が金、金野昭次が銀、青地清二が銅と、日本人選手が表彰台を独占した時は、嬉しくて飛び上がってジャンプしたものだった。NHKの北出清五郎アナが、「さぁ笠谷、金メダルへのジャンプ!……飛んだ決まった!! 見事なジャンプ!!」と絶叫したとのことだが、覚えいない。

それから1ヶ月少しで、亀さんは世界放浪の旅に出ている。それだけに、札幌オリンピックは今でも心に残る大会となった。あれから41年もの歳月が流れているわけだが、信じられないなぃ~(何処かの元プロ野球監督の言葉…、そう、ヒルマン監督)。

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昔の馬車
ブログ友の貴石さんが、貴重な郷土資料を頻繁に公開されており、亀さんも注目している。最近、「飯能銀座通りと入間馬車鉄道」という記事がアップされたので、早速読ませて戴き、簡単なコメントも投稿させていただいた。

-------
1. サムライこと亀さん
2013年02月01日 17:27
貴石様

ご無沙汰しております、昨年一度コメントを投稿しましたサムライです。確か、家紋のブログでもコメントを投稿させて戴いたと思います。

ところで、入間馬車鉄道の貴重なお話、ありがとうございました。小生も半年ほど前に飯能関連の史料を漁っていた時、入間馬車鉄道の記事が幾つかあって記憶に残りました。馬車とは良いですねぇ…。小生は十代の頃にアルゼンチンを訪れ、2ヶ月近くかけてヒッチハイクで同国を縦断したことがあります。草深い田舎にある友人宅に一週間ほど泊めてもらい、毎日牧場に行って馬に乗っていたものです。この辺りだと金子駅近くに乗馬クラブがあるという話を聞いていますが、腰が重くて、今の季節は寒いし、外に出るのが億劫で…。「奥むさしの山人」さんのように、バイタリティ(何か年代を感じさせる表現デス…)があると良いんですが…。

ところで、小生ブログを立ち上げました。【人生は冥土までの暇潰し】という題名のブログです。今東光和尚の本を引用しつつ、好き勝手なことを書いています…(^^); 一度、覗いてやってください。あっ、確か今東光との馬車の話があったな、今度ブログに載せてみよう…。
http://toneri2672.blog.fc2.com/

今後も貴石さんのブログを楽しみにしております。

サムライこと亀さん拝

-------

ということで、お約束通り今東光と馬車の記事を以下に転載しておこう。貴石さんさんのブログに転載しても良いのだけど、品のない亀さんのブログと違って、品のある貴石さんのブログに今東光の下ネタ記事を載せるわけにはいかんわぃ…(笑)

明治のカーSEXをたっぷり味わった青春の旅
オレの故郷に嶽温泉というのがあるんだ。岩木山の下で日本海に面している。津軽嶽なんだろうな。その上をとって嶽温泉。硫黄泉で非常にいい温泉で、若い頃そこへ行ったことがある。徴兵の前後だったから、二十か二十一だったかな。

そこにはドテドテというラッパの馬車が一日一回しか通わない。客がないと、それも行かないんだ。前の日、馬車屋へ、

「あした嶽、行くかい?」

「客があれば行く」

「オレ、あした行くよ」

「あんさ、ひとりか?」

「うん、ひとりだ。でも酒手はずむよ」

「そんだば、行くべ」

弘前の市内まで迎えに来てくれてね。市内をガタガタ行っても、誰も手をあげて乗る者もなく、やがて市内を出て最初の橋を渡ったら、第一の村があった。そこで一応止ったんだ。そうしたら、十九か二十かな、ホッペ真っ赤な女のコが、風呂敷包みを持って浴衣着て、「乗へてけれ」と乗ってきた。

夏でね。額の汗ふいたり、風呂敷を結び直したり、オレの向かいでコトコトやっていた。そのうちに、

「おまえ、いくつだい? こっちに来いや」

とか何だとか話しかけてな。

「ここでもいい」

「でも、こっちで話しても聞こえるよ」

「でも……」ともじもじしているのを、

「じゃあオレがそこへ行くよ」

って、無理無体に女の右に腰かけた。それで馬車がガタソと揺れると、オレが「あっ、危ない」とかなんとか抱いてやったり何かしているうちに、

「はあ、そげば、まいね……」(そんなこと、しないで……)

オレの手が絡んでるんで、馬車から飛び降りることもできない。かわいそうに。それでモミモミ始めると、汗かいてな。そのうち、ここらへん手入れると、女がオレの手を抑える。するともう一方の手でこっちを……。

とうとう、オレ、上下いじり始めた。だもんで、オレの肩に首のせたんで

「やるべ」

「あんさのいいようにして……」

そこで馬車屋の背中、ドンと突いた。頬かぶりしたやつが、「おう」とふり向いた。それでオレは五十銭玉のギザ(縁にギザギザの刻みがあったことから)を握らして、

「馬車降りて、馬歩かせろや。客来ても乗せないで、オレが『おい』と言うまで、馬の口取って歩いてくれや」

「わかった」

ニャッと笑ってた。馬がトコトコ歩き出した。ゆっくり行くから今度は揺れない。それで鞄の中から風呂敷だして床に敷いて、そこに座らせた。それからひっくり返して、すっかりまくりあげて、ウンウンといってやってから抱きついて、

「どんであった?」

「よごす……」

とってもいい、というわけだ。それでハソケチで始末してやってから、「おーい」-と馬車屋に言ったら「おう」と、ニヤニヤ笑いながら乗ってきた。それで、また、「ヤッーヤッ-」と行く。

馬車が揺れると、またやりたくなってきちゃった。これでも立派なカーセックスだからな。

十分もただないうちに、すっかりどこかを刺激されて、

「またやりたいな」

「あんさのいいようにして……」

それから、「おーい」の、ギザを握らせの、でよ。これでもう一円だ。

また降りて歩いて、オレたちは中でと、何だか二、三回そんなことしてた。それで、

「おめえ、何処へ行くんだ? いっこうに降りないけど……」

「嶽の温泉さ、行くの」

女中さんのアルバイトなんだよ。もうじき夏になると、シーズンでお客さんが来るから働きに行くわけ。

「わいも嶽温泉や」

「あれッ、うれしいな」

もう、オ×××横づけよ。それでオレ、もう一週間くらい、朝にやり、昼にやり、夜にやり、のべたらやってた。

本読みに温泉に行くつもりだったから、本をだいぶ持っていったのに、もうくたびれて読む気になれねえんだ。

昔は面白かったな。

つまり、本能のままに動くのが、やっぱり一番自然の法則にかなっているんじゃないかな。食いたい時に食う。殺したくなれば殺す。本能のままに動くというのが、一番自然のような気がするよ。

それを、「あれしちゃいかん。こうしろ!」と。いいかげん、面白くなくなるよ。だから、みんなフラストレーョンになって、お互いにヒステリーをおこしてガーガー怒鳴りあうんでね。そこに食いたいものがあったら、とって食えばいいんだ。

オレなんか子供の時、そういうとこがあってな。神戸の駄菓子屋で、みんな駄菓子買って食ってたから、オレも食いたくなって、黒いアメ玉を、「これくれ」と、口に入れてモグモグ食ってたら、駄菓子屋のおばはんが、

「そこのボン、ひとつ二銭やで」

「そうかいな。じゃ一銭やるわい」

「一銭やない、二銭や」

ところがその一銭がない。

「銭、ないわ」

「それじゃ、アメ玉おだし」

オレ、だいぶ舐めたやつをおばはんのしわくちゃの手ヘポンと出したんだ。そしたら、それを粉の中へ入れて粉つけてから、またビンの中へ、入れたよ。それ見たら、もう駄菓子のアメは二度と食うまいと思ったよ、きたねえもんな。
『最後の極道辻説法』p.194


亀さんは十代の頃、アルゼンチンをヒッチハイクで縦断したわけだが、車に乗っけてくれた運転手にはいろんな奴がいてね、運転しながら自慢のコレクションのエロ本を見せびらかす運転手もいたなぁ…。事故でも起こさねえかとヒヤヒヤしていたよ。また、別の運転手は途中で休憩しようというわけで、ある喫茶店風の店に入った。そしたら綺麗なお姐さんたちが出てきてな、その運転手のオッサンとなにやら交渉事をしているんだ。そして、「ちょっと待ってろ」と言って奥の部屋に消えていったよ。他のお姐さんが、俺にももどう?、と言ってくれたんだけど、生憎と無銭旅行の最中だったしな、金がねえんで諦めるしかなかったよ…。

どんな命も花と輝け
先月の31日、フジテレビのスーパーニュースで、「壮絶! 激痛に耐えて熱血和尚〝命の宣告〟」という番組を偶然見た。この和尚の名前は廣中邦充と言い、やんちゃ和尚という愛称で広く知られているようだ。今までに850人もの子供たちを社会復帰に導いたという、本当に頭の下がる和尚である。その和尚が、昨年の6月28日、主治医から余命3ヶ月の悪性のガンであると告げられた。普通の人間であれば、気も狂わんばかりに取り乱すことだろう。しかし、この和尚の偉いところは、そうした身体であるのにも拘わらず、全国各地で講演会を続けたことであり、その姿は鬼気迫るものがあった。

このニュースを見た亀さんは、早速オンラインで廣中和尚の新刊本『どんな命も花と輝け』を取り寄せたという次第だ。まだ半分しか読了していないが、廣中和尚は神仏に仕える身でありながら、当初は死の恐怖に怯えたと正直に書いている行を読み、廣中和尚の人物に惚れた。

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ここで、やはりガンと壮絶な闘いを演じた、今東光の死生観を転載しておこう。


病気で動けなくなる前に充実した生活を送りたい

先日、湯川秀樹博士が講演したのを新聞で読んだが、あれほどの人がしょげかえって泣き言ばかり書っておられるのにはがっかりした。その点、和尚は同じ癌におかされながら泣き書ひとつ言わず、強く生きていらっしゃる。さすがに名僧、さすがに宗教家だと感服している。

ところでかく申す私も、齢二十四歳にして肺気腫という不治の病にかかってしまった。現在はどうにか日常の生活ができているが、いずれは全く動けなくなってしまうそうで、これは時間の問題だとか。そのことを考えると、不安が先に立って弱気になりがちだが、いままで以上に、これからの一日一日を大切に生き、いまという瞬間をもっとも充実した時にするにはどうしたらよいか? ご教示願いたい。
(姫路市会社員 J・T)

病気というものは、ある意味においては、神仏が考える時間を与えてくれたことになるんだ。「よく考えます」なんて言ったって、たいていの奴は半日と考えやしねえ。糞たれながら三十分ぐらい考えているのがオチでな。だけど病気になると、一週間でも十日でも一年でも三年でも十年でも、考える時間が与えられるわけでね。お釈迦さんは考えているうちに悟りを開いたんだから。こういう貴重な時間を与えられるということを、普通のバカな奴に与えられない時間を与えられたと思って、それを考えることだけに使うんだ。思索することだ。

あるひとつのテーマをつかみ、それを縦横無尽に考えていく。それを思想としてどういうものに発展させていくか、というようなことを考えていれば、時間なんかいくらあったって足りないくらいだ。しかもその間に本を読むとかいろいろなことをやらねばならない。もう忙しくて、病気なんて考えるひまはないくらいでね。

そういう点で、オレはガンになったことを非常に感謝しているんだ。というのも、オレみたいな奴は、考える先に殴ったり、ケンカしたり、バカなことに精力を費してきた。それがガンにとりつかれたおかげで、動いちゃいけない、激しい運動しちゃいけないというんで、ジーッとひとつの問題を追究していけるようになった。よその奴が持てない時間をもらったんだと思っているから、前途の不安も何もありゃあしねえ。未解決な問題をいくつか残してくたばるより、そのうちのひとつだけでも、自分で「これが結論だ」というものを見つけるまで物を考えるべきだと思うんだ。人間は〝考える葦〟なんだから、考えなかったら何にもならないじゃないか。

肺に穴があいているから不安だ、動けなくなるから不安だなんて悩むことはない。肺に穴があいたところで、尻にだって穴があいているんだし、耳や鼻にも穴があいている。体にはいろんな風にいろんな穴があいているんだから、ひとつやふたつ穴がふえようとビクともするな! 風穴がたんとあけばそれだけ風通しがよくなって夏場は涼しくていいじゃねえか。何をとぼけたことを言ってやがる! そう思えばいいだろう?

妄想に耽るっていうのも楽しいもんだね。天井にオ××コが出てきたり、なかなか面白いよ。あのビラビラの所にぐっと入っていくんだな、とか…。てめえが中へ入っていくような気持ちになるのも大変快いもんでね。そう考えたら動けないで寝ているのも楽しくて楽しくてしようがねえくらいだ。
『最後の極道辻説法』p.70
人間死んだらどこ行くんですか?
過日紹介した今東光和尚のレコードを巡る対談ビデオで、和尚と読者との間で以下のようなやり取りがあったのを、覚えておられるだろうか…。
和尚の肉声

若者:人間死んだらどこ行くんですか?
和尚:知らねぇよ俺も はり倒すぞ
若者:じゃあ天国はあるんですか
和尚:それも行った事ねぇから分かるかい

このように言う和尚であるが、何かの本で「神仏といった人間を超越した存在を信じられない奴は、人として詰まらねぇ野郎が多いんだ…」といったことを言っていたのを思い出す(その行が見つかったら、本ブログで改めて紹介したいと思う)。ともあれ、本稿の最後に和尚の「幽霊観」を転載しておくが、亀さん自身はどちらかというと、神仏の存在、幽霊、死後の世界については、残念ながら「知らねぇよ俺も」と回答するしかないのだ…。

ただ、「知らねぇよ俺も」という亀さんも、自分は独りで生きているのではない、生かされているのだという感覚はある。また、毎月まほろば会という会合に出席しているが、そこで必ず大祓祝詞を奏上しており、それを月一回、五年間近く耳にしてきたもんだから、自然と神の世界に関心を持つようになった。だから、神棚に対する意識も最近大きく変化している。たとえば今年の場合、伊勢神宮で行われる20年に一度の式年遷宮と、出雲大社の凡そ60年毎の大遷宮が、奇しくも重なる年になったわけだが(前回は昭和28年)、それを知った時に自分の中で変化が起こり、伊勢神宮の近くにある神具の専門店に小社を注文、届いた小社を自宅近くに住む産土神社の宮司に頼み、年の瀬も押し迫った大安の日にお清めをしていただき、自宅の神棚の小社を新しい小社に取り替えるという経緯があった。そして、元旦から毎朝欠かさずにお供え(水・米・塩)をしている。また、その時ロウソクに火を灯すのだが、まだ周囲は暗いのでロウソクの炎が神々しく、この世(俗世界)を忘れる一瞬だ。それだけでも、亀さんの一日が引き締まるような感じがするんだ。

ところで死後の世界だが、亀さんも顔を出している「まほろば会」の一部の有志が川田薫氏を囲み、死後の世界についての話に耳を傾けている。そのビデオが公開されているので、関心のある方はどうぞ。


川田薫先生講話「生命の本質について」1



川田薫先生講話「生命の本質について」2



川田薫先生講話「生命の本質について」3


さらに、道友の天童(竺丸)さんは、川田先生の記事も書いている。
川田薫「人は己れを磨くために生まれてくる」  

神仏と言えば、手許にNHKが放送した「五木寛之 21世紀・仏教への旅」があるが、近いうちに時間を作ってゆっくりと鑑賞したいなぁ…。

今回は色々とまとまりのない文章になってしまったが、例によって最後に和尚の幽霊観の記事を載せておこう。


和尚は幽霊を見たことがあるか?

和尚。あの柴錬先生も、ある旅館で幽霊に首をしめられたそうだが、和尚も霊の存在を信じるか?

坊さんの和尚にこんな質問をするのもバカらしいかもしれないが、おそらく信じておられることだろうと思うが、もしあれぱ幽霊に会った体験談もぜひお聞かせねがいたい。
(広島市吉島新町 中山俊二)

あるけどね、そういうことはみだりに喋るべきものではないんだ。でも今回だけ話してあげよう。現にオレの伯父が、オレの母の実家へ来ているんだ、死ぬ直前に。伯父が危篤状態になって、母の実家では今日か明日かといって待機していた。そうしたら夕焼けの黄骨どきの不気味な時間に、座敷でパーン、パーンと煙管を煙草盆の灰叩きに打ちつける音がしたんだ。そうしたら、母の母、オレの祖母が、「あっ、あれが来たよ、お別れに」「どうしたんです?」と聞いたら、「いま煙草盆を叩く音がしたろう。あれは煙草が好きで、いつもああいう風に煙管を叩いていたもの……」と言ってたら、しばらくして、ダンダンダンと戸を叩いて人がやってきた。戸を開けると「いま旦那さんがお亡くなりになりました」。死んだ時刻を聞くと、ちょうど祖母があの音を聞いた時刻だったんだ。

またこれはどこの寺でも言うことだが、必ず本堂に据えてある打鳴らしの鐘がゴーンと鳴る時があるんだ。誰もいないのにね。そうすると「あっ、寂があるぞ」と言うんだ。死んだことを、寂と言うんだ。入寂の寂だな。うちの女房も聞いた。空鳴りがするんだよ、ゴォーンと。

そうすると、しばらくするとドンドンと来て、「お住持さん、枕経あげておくんなはれ」と。死人の枕元ですぐに経をあげて欲しいというやつだな。そうすると、真夜中の二時過ぎに、オレ衣着て、提灯持った案内者について、村のどこそこへ行って、お経あげてくるんだよ、死んでホヤホヤの奴のところで。

面白いのは、「こいつオレの経を欲しがっているな」と思われるようなあれはオレがお経をあげているうちに、目をカっと見開いているのが、ずうっとこうして家の人が瞼を抑えるとスッと目つぶるんだ。

だからオレは、幽霊に会って首絞められたなんていうことはないけど、何かがあることだけは事実
だ。でも、そういうことを誇らし気に喋っちゃいけない。自分で知ってりゃいいことでね。
『最後の極道辻説法』p.99