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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
フーテンの亀さん 2
会員数数千人を誇る東京海外旅行研究会の会報誌に、亀さんの記事「フーテンの亀さん」を掲載してもらったことがある。その記事は同じ題名の拙稿「フーテンの亀さん」に転載してあるが、今読み返してみるに、つくづく人生は思うようにいかないものだと思った。

計算では、二人の息子が大学に進学し、下の息子が大学を卒業する来春には完全に自由になるはずだったんで、フーテンの寅さんよろしく、トランクの代わりにノートパソコンを片手に、二度目の世界放浪の旅に発つはずだった(十代の時に三年間の世界放浪の旅を体験済み)。

しかし、下の息子が空自に三年間勤め終えたと思ったら、今度は大学に行きたいと言い出し、現在は予備校通いの毎日である。だから、来春大学に合格したとして、亀さんが自由になるのは早くて四年半後…。まぁ、これが人生つうもんか…。

それにしても、四年半後といったら亀さんも六十代後半、長期の海外放浪生活は無理だろうから、せめて一年程度だけでも、世界の何処かを放浪して来ようと思っている。旅行資金だが、旅を続けながら何処かの宿で翻訳の仕事をやれば、後に翻訳料金が振り込まれてくるので問題はない。う~ん、やはり人生は何某かの目標があった方がE-(爆)。それにしても、いつ、リタイヤできるんだろう…。ホント、定年のない男はつらいよ。

【グリコのおまけ 1】
定年って何だ

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寅さんのことば 30

【グリコのおまけ 2】
小さな寅さん


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柴又亀家おかみの独り言

【グリコのおまけ 3】
そこの若い衆、仕事とはナァ…


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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16237327/328/

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窓ぎわのトットちゃん
前稿「窓ぎわの父ちゃん」で、『窓ぎわのトットちゃん』を読んだことがないと書いたところ、海外の読者の一人から以下のようなコメントが届いた(地名等、一部カット)。

亀のお兄様、こんばんは!「窓ぎわのトットちゃん」素晴らしいですよ~。81年に出版された時に買ってもらった本を今でも大切にしていて、こちらにも持って来ています。本はほとんどKindleにしていますが、この本はわたくしにとっては別格です。徹子さんの恩師の小林宗作先生が本当に素晴らしいです。なんと小林先生は成蹊小学校の音楽教師でもあったそうです。すごいな成蹊。成蹊で学んだあべちゃん頑張れ~!!!


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「トットてれび」の中村獅童

咄嗟に思い出したのが、「男はつらいよ」が誕生する前、つまり未だ渥美清が熟れて…、ではなくて売れていなかった頃、ある本を読めと渥美が初対面の黒柳徹子に勧められるという、「トットてれび」のワンシーンである。その本とは、『星の王子様』。この本は英語か日本語のどちらかで、遠い昔に読んだ記憶はあるんだが、肝心な内容を思い出せない…^^; そこでウィキペディアで確認、ようやく少しは思い出せた…。それにしても、どうして内容を思い出せなかったのか…? たぶん、亀さんは今でも子供の心を〝失っていない〟大人なので、読んだ当時は(今も)当たり前すぎてピンと来なかったのカモ…。

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ともあれ、渥美清ではないが、海外の〝黒柳徹子さん〟から、「『窓ぎわのトットちゃん』を読め!」、と言われたような気がしたので(実際、ソーなんだが)、今度家のドコかにある同書を探し出して読んでみることにしますです、ハイ。

それから、渥美清を演じた中村獅童のインタビュー記事がある。中村は、「渥美さんを演じるのは怖かった」とインタビューで語っているんだが、何故か? 以下をクリック。
「トットてれび」中村獅童が渥美清を熱演中
「渥美さんを演じていると泣けてくる」


特に、グッと来たのは以下の中村の言葉…。

渥美さんの話をするとこみ上げてくるんです。それが何かというと、理屈じゃないよね。理屈じゃないことをやるのが役者の仕事だし、やり場のない怒りとか、矛盾の中に生きて行くことが人生。僕たちは芸能という夢の中だけで生きていて、定年のある仕事とは違って理屈じゃない見えないゴールに向かって走って行く怖さもある。だけど、努力してオファーがくるからこそやらせてもらえる。輝き続ければ、一生仕事ができるかもしれない。そんなことも思うんです、渥美さんを見ていると。


全く以て同感だね。ドーシテかというと亀さんも役者…、ではなくて訳者だから…。

最後に、上の海外の読者は成蹊について触れているが、これは安倍首相その人を理解するキーワードの一つなだけに、流石と思った。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16117851/244/

テキ屋登場!
掲示板「放知技」で自らテキ屋と名乗る、静岡のかき氷屋さんという人がカキコしていたので、思わず亀さんもカキコした。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15951444/843-844/

投稿した後、静岡のかき氷屋さんも青州に行ったと、大分前にカキコしていたのを思い出し、昨秋訪れた青州の光景が目の前に浮かんだ。さらに、青州で飯山さんにタバコを勧められ、実に13年ぶりにタバコを吸ったことも同時に思い出したのでR。亀さんが初めてタバコを吸ったのは、20歳だったアメリカにいる時で、その後は50歳になったのを機にタバコを止めるまで、実に30年もタバコを吸っていたわけだ。だから、青州で飯山さんにタバコを勧められた時、また喫煙の習慣が戻るかなという不安が頭をよぎったんだが、せっかく飯山さんがタバコを勧めてくれのだからと、有り難く一本頂戴することにした次第である。そして13年ぶりに吸ったのだが、これが実に美味かった! 帰国してからだが、弟や友人が吸っている時に1~2本もらうことがあるものの、それ以外は一切吸わなくても大丈夫のようだ。

ちなみに、以下は1998年にNHKのドキュメンタリー番組に出た時のワンシーンで、亀さんが45歳の時のものである。確か、一箱以上は毎日吸っていたと記憶している。

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静岡のかき氷屋さんというテキ屋にカキコした後、仕事の絡みで検索していたところ、何故か「男はつらいよ」の第43作、「寅次郎の休日」がヒットした。そして、第43作の後藤久美子の写真を見て、アッと思ったのである。青州では飯山さんや皆さんに上さんの若い時の写真を見せているが(拙稿゛初恋はカルピスの味(2)」参照)、今の今まで上さんは和久井映見似だとばかり亀さんは思っていた。しかし、久しぶりに「男はつらいよ」の第43作を見て、むしろ上さんは後藤久美子に似ているなと思った次第である。すると、以下の写真が目に入り、四半世紀前にタイムスリップしたような思いをした亀さんであった。う~ん、亀さんにも若い時があったんだなぁ…。

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【すで爺さんへ】
掲示板「放知技」の〝エロ友〟すで爺さんに、以下の寅さんの言葉を贈ろう…(爆)。

それじゃ何か?
真面目な男っていうのは
女に惚れないのか?
じゃ、俺なんか総合的に見たら
真面目じゃないって訳か?

https://www.tora-san.jp/movie/43/


上のページには、おいちゃん、おばちゃん、さくらなどが登場しているが、さくらの以下の寅さん評は面白かった(爆)。まるで、すで爺さんのことを言っているみたいだワイ(エッ、亀さんのこともだって…?)。

忘れっぽい人だけど、女の人の事だけは、絶対覚えているから…


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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15951444/836/

※ すで爺さんの言う「立つ」の意味が分からない読者は、掲示板で直接本人に問い合わせること。亀さんには分からねえ。

さらば、六平太
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ビッグコミック誌に連載中の『総務部総務課山口六平太』を描いていた、高井研一郎氏が肺炎のため14日に逝去、享年79歳であった。発行元の小学館によれば、10日に発売された同誌(11月25日号)の第731話「ヒゲ談義」をもって、『総務部総務課山口六平太』を終了するとのことだ。連載が開始されたのが1986年というから、亀さんは半導体ベンチャー企業に勤め、世界を飛び回っていた頃…、そうか、あの頃に連載が開始されたのか…。

雨が降っていたり仕事に追われていたりしていたので、なかなか10日に発売された同誌を買いに、コンビニに行けなかった亀さんだったのだが、高井氏が亡くなった14日は徒歩で片道30分かけ、母の入院先である病院まで行き、母が元気な様子を見てから病院を後にしたのが、ちょうど高井氏が亡くなったという11時30分であった。高井氏の逝去は露とも知らず、帰り道にコンビニ店で同誌を手にしたというわけだ。

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実は高井氏、映画「男はつらいよ」の山田洋次監督と親交があり、漫画版『男はつらいよ』を描いていた。寅さんファンであり、六平太ファンでもある亀さんなのだが、一度もコミック版の『男はつらいよ』に目を通したことはなかった。 だから、高井氏の訃報に接し、一度読んでみたいと思った亀さんであった。

合掌。

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懐かしき寅さんワールド
拙稿「その意気です」に紹介した道友から、久しぶりに便りが届いた。半年前、その道友への返信に、亀さんは以下のような言葉を贈っている。

その意気です。新しい人生の門出をお祝い申し上げます。頑張ってください。


その後、幸い転職に成功したようで、新しい勤務先で勉強の毎日だという。今度は職人技が求められる仕事のようで、日本沈没までに達人の域に達すれば、世界何処でも潰しが効くとのことだ。だから、ここは一日でも早く、世界で通用する域に達して欲しいと思う。なぁに、サケを断ち、タバコを断ち、オンナを断てば、マァ大丈夫だ。

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その道友が、TBSの「世界ふしぎ発見」という番組で、来る9月10日に「懐かしき寅さんワールド」が放送されると教えてくれた。実は、「男はつらいよ」シリーズで唯一の海外ロケが、オーストリアのウィーンで行われている。

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その海外だが、亀さんは再来月の上旬に中国を初訪問する。最初、ウィーンに行った寅さんに倣い、亀さんも寅さんスタイルで中国に行こうとシンケンに考えたんだが、ネットで確認したところ、柴又には寅さんスタイルを実現できるグッツを売ってないことが分かった(ガッカリ…)。だから、寅さんスタイルで中国に行くのは諦め、万一日中間でドンパチということになって、現地に足留めを喰らっても大丈夫なように、アルピニスト・スタイルで行くことにした(笑)。

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昭和と寅さんは遠くなりにけり
1995年に放送されたという、「渥美清の“寅さん”勤続25年」を見た。目を見張ったのが、画面に登場する面々の若さであった。例えば山田洋次監督、1931年生まれというから、放送のあった1995年当時は64歳(写真左)、今の亀さんと同じだ。もう一葉の写真は、現在84歳の山田監督で、21年という歳月を感じさせてくれる一葉である。

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時間をさらに遡ると、映画「男はつらいよ」の第一作の公開は、昭和44年8月とある。亀さんが高校二年生の時だ。その後の亀さんは地元の会社に就職、昭和46年に1ヶ月ほど、本社のある大阪で新入社員研修を受けている。その時iに休みの日を利用して、安芸の宮島を旅しているが、そこで初めて見た「男はつらいよ」が「奮闘篇」だった。そのあたりの詳細は、過去記事「寅さんのことば 2」に書いた。

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まさに、昭和と寅さんは遠くなりにけり…。





モー、二十年…
一週間以上も前に近所の電気屋さんに頼んでおいた、ビデオプレーヤーが昨日になって漸く届いた。以前であれば、在庫に無くても2~3日のうちに届けてくれたものだが、今回は一週間以上もかかっている。何故だろうかと思い、電気屋の親父がプレーヤーのセッティング中、それとなく探りを入れてみたところ、「ホ」の字が原因と思われる、ドライバの確保が困難になってきたという点を挙げていた他、意外な所で小泉純一郎と竹中平蔵が日本に持ち込んだ、新自由主義が日本にしっかりと根を張っているのを、改めて再確認した次第である。三波春夫村田英雄ではないが、「お客様は神様です」といった、かつての日本の会社にあった企業姿勢、どうやら風前の灯火のようだ。お客様のためではなく、手前の会社を太らせることしか頭にないようで、自前の倉庫を持つという金のかかることは止め、すべてを物流業者に丸投げして経費を浮かせているのが分かった。結局、割を食うのは我々のような消費者だ。

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ともあれ、届いたビデオプレーヤーで早速録画したのが、NHKの「映画“男はつらいよ”~寅さん誕生 知られざるドラマ~」という番組であった。渥美清が旅立った1996年8月4日から、ちょうど今日で20年目を迎えたことを知った。幸い、今日の仕事も早めに終えたので、久しぶりにスクリーンの寅さんに会ってみるか…。

【お詫び】
「お客様は神様です」と言ったのは、村田英雄ではなく三波春夫だという指摘が、一読者からありました。そう言われてみれば確かにそのとおりで、この暑さで惚けたの鴨…。よって急ぎ訂正しました。申し訳ありません。

月とすっぽん
山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズ、亀さんは幾度か繰り返し見ているのだが、その中で好きな俳優の一人である前田吟のインタビュー記事が、「日刊ゲンダイ」に載ったので紹介しておこう。

私が役者として食えるようになったのは、なんといっても、松竹映画「男はつらいよ」シリーズに山田監督が抜擢してくれたからです。渥美清さん演じる寅次郎の妹さくらの夫、印刷工の諏訪博役として全48作に出演させていただき、それが大きな財産になっています。
寅さん全作に出演…前田吟が山田洋次監督から得た“財産”

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前田の山田監督に対する思いが伝わってくるではないか…。一方で、山田監督に対して恩知らずな発言をしたのが、同監督の「母と暮せば」に主演し、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞に選ばれたニ宮和也だ。同記事の以下の行がもし本当であれば、二宮も男を下げたもんだとしか言いようがない。

こういう場合は「この作品にかかわった共演者、スタッフのみなさんのおかげです」というのが普通。ところが、そんな言葉は一言もなく、「ジャニーさんとメリーさんとジュリーさん」、つまり自分の所属プロダクションの社長と副社長3人の名前だけを並べてお礼を述べ、スピーチを締めてしまったのだ。山田洋次監督にも、吉永小百合ら共演者にも、現場を支えたスタッフにもまったく触れることはなかった。
嵐・二宮がアカデミー賞のスピーチで山田洋次監督を無視して「ジャニーさんとメリーさんとジュリーさん」にお礼の言葉述べ、大顰蹙!

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何年警官やってんだ!!出世なんかできるもんか!!おまえなんか!!
上記の啖呵を切ったのは亀さんではない、寅さんでもない、すみれだ…。すみれというのは、「男はつらいよ」の第26作「寅次郎かもめ歌」に登場する、すみれこと伊藤蘭だ。彼女は1955年生まれというから、亀さんよりも二つ年下ということになる。この映画が上映されたのは1980年12月27日で、当時の伊藤蘭は25歳、キャンディーズを解散して間もない頃だ。(ちなみに亀さんは当時27歳、本田技研に勤めていた)以下は第26作についての某HP記事からの引用だ。

そして、もうひとつ、忘れがたいマドンナの啖呵が、この時のすみれちゃんの啖呵である。
しかし、柴又参道の青山巡査はすみれちゃんを連れてきた寅を、指名手配中の誘拐犯人と間違ってしまう。
それを体を張ってかばうすみれちゃんの必死の啖呵は、胸にくるものがあった。

すみれ:
やめてえ!!この人がなにしたって言うんだよ!なんてこと言うの…。
    寅さんはいい人だよ。父ちゃんの友達で、私が東京に来たいって
    行ったら、心配して一緒について来てくれたんだわ。
    そんな人警察に連れて行くなんて、バカだよー!!
    何年警官やってんだ!!出世なんかできるもんか!!おまえなんか!!
    悪いと思うなら、謝ったらどうなの。こんないい人のこと、あんまりだ


ただただ『気持ち』で動いてくれた寅に対して、心一杯の気持ちで答えるすみれちゃん。
どのマドンナにもないダイレクトな優しさは、さすが男気のあったシッピンの常の娘だ。
渡世を生きた父親の熱い血と、幼いころから体験した数々の修羅場の残影がこんなところに残っているのかもしれない。

寅はそんな一途で、純で、不器用なすみれちゃんが愛しくて、なんとか力になってやりたいと決意していくのだった。
そして5日間の奮闘努力の甲斐あって彼女は編入試験に合格し、葛飾高校の定時制で勉強をはじめるのである。

「護るべき存在の発見 ― 父親代わりの寅の奮闘記   『学校』構想の原点」から


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警官を〝突き飛ばす〟すみれ…

身を挺して寅さんをかばうすみれを見て、何故か思い出したのが「孫子の兵法 完全版」というHPだ。偶然だが、亀さんが現在読み進めている数冊の本の中に、『兵法がわかれば中国人がわかる』がある。同書を紐解く気になったのは、近い将来中国に移住する可能性も皆無ではないからなのだが、同書を読み進めながら、筆者は間違いなく中国で事業を展開してきた人間の言葉だと分かるのだ。そして、同書で特に感銘を受けたのが、p.37の「中国人は出会う人間を「身内」と「外部」とに分け、身内には「儒教」、外部には「兵法」で接する」という小節だった。

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ここで改めてすみれの視点で見ると、寅さんは「身内」、警官は「外部」となることが分かる。その伝でいけば、亀さんにとっての「身内」は、プーチン、習近平、オバマ、メルケルであり、「外部」に相当するのが、マケイン、ブレジンスキー、ソロス、安倍晋三らになる。亀さんはそうした視点で拙ブログを書いてきたし、今後も書いていくつもりだ。

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初恋の女(ひと)
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映画「男はつらいよ」の第15作「寅次郎相合傘」を見た。やっぱり、お正月映画は寅さんで決まりだね。フクイチ(福島原発事故)のことも一時忘れ、久しぶりに幸福な気分に浸ることができた。男はつらいよシリーズでも「寅次郎相合傘」は人気の一位二位を争う作品で、特にメロン事件のシーンは今でも根強い人気がある(メロンと言っても何のことかサッパリという読者がいたら、第15作をご覧あれ)。

でも、同作品で亀さんがメロン以上に好きなシーンは、船越英二演じる兵頭謙次郎が、初恋の女(ひと)信子(岩崎加根子)に会いに行くシーンだ。

信子は北海道小樽市で喫茶を営んでいる。その信子に会うため、喫茶店を訪れた謙次郎はコーヒーを注文した。しかし、コーヒーをひとくち口に含むやいなや、何故か名乗らぬまま店を急いで出てしまう。だが、カバンを置き忘れたことに途中で気づいた謙次郎が慌てて店に戻ろうとすると、、そこには信子が立っていて忘れ物のカバンを謙次郎に渡すのだった…。

謙次郎:あ、どうもすいません。

信子:謙次郎さんでしょう?

謙次郎:ええ。あのう…、お分かりですか?

信子:お店に入ってらっした時、すぐわかりました。あなた、昔とちっともかわらないのねぇ…

謙次郎:そうですか、僕はまた、覚えてないんじゃないかと思って。ヘヘヘ…。いえ、出張でこっちに来たもんですから、ちょっとお寄りしただけなんです。あのう…、お元気そうで何よりです。

信子:あの…

謙次郎:は?

信子:もう一度お入りになりません?

だが、謙次郎は列車の時間が迫っているなどと言い訳をしつつ、信子を振り切ってその場をあとにするのだった…。


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亀さんの初恋は、チット遅いんで恥ずかしいんだが、中学校二年生の時だ(13歳)。実は、亀さんは3年間の放浪生活の間、一週間ほどだが日本に里帰りをしている。その時、大切な亀さんの初恋の女(ひと)のことを、家に集まった悪友連中にうっかり話してしまったところ、盛り上がって急遽その娘(こ)とデートすることになった。目出度くデートは実現し、最高の気分だったなぁ…。彼女の実家は今でも亀さんの自宅から、自転車で5分とかからない所にある。初恋の女(ひと)は、今ごろどうしているんだろうか…。

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