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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
米中の新冷戦?
NHKの再放送番組、「アメリカVS.中国“未来の覇権”争いが始まった」を見た。最初に、同番組の主テーマであったブロックチェーン、アメリカと中国はブロックチェーンについて、どのように捉えているのか簡単に確認しておこう。

アメリカの例として、『Wired』のスコット・サーム編集主任は以下のように語っていた。

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同編集主任の語る「GAFA」については、最近の放知技でも一時話題になった。特に、mespesadoさんが放知技で行った投稿にあった、e-コーマスやGAFAについての考察は鋭く、再読をお勧めしたい。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/170/

一方、中国はどうか? 以下に示す太一クラウドの鄧迪CEOの発言は、すべて中央の意向を反映していると思って間違いない。

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それから、NHKのチーフ・プロデューサーである善家賢氏は、取材を通じて最も印象的だったことについて、以下のように述べている。

中でも印象的だったのは、国際政治学者のイアン・ブレマー氏が、この米中の攻防を「技術を巡る“新冷戦”」と呼んだことです。ブレマー氏は、インタビューの中で「今後、世界は、アメリカと中国のハイテク技術によって分断され、グローバリズムが終焉する」とまで予言しました。今回の番組は、そんな時代の転換点をしっかりと描ければという思いで、スタッフ一丸となって制作しました。


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換言すれば、ブレマー氏は米中によるIT覇権争いの時代に、今や突入しつつあると語っているのだが、そのあたりは以下に示す鄧迪CEOの発言にも通じる。

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しかし、善家チーフ・プロジューサーが最も印象的だったとする、「技術を巡る“新冷戦”」というブレマー氏の主張、あまりにも表層的である。拙稿「釣り野伏せ」で取り上げた〝氷山の一角〟の比喩を思い出していただきたい。海面下の氷山、すなわち米中間の新冷戦の陰に隠れているDS(Deep State)について、ブレマー氏は一切言及していないのである。

一方、DSについて真正面から取り上げているのが、ブログ【文殊菩薩】(たとえば「グーグルが中国人民解放軍に協力」)や掲示板「放知技」だ。斯様に、海面下に沈む氷山を観察しないことには、大手マスコミが流す表層的な国際政治しか目に見えて来ず、本当の世界の潮流が分かるはずもない。

また、同番組を通じて中国のブロックチェーン開発を見ているうち、青州で起きたある出来事を思い出した。帰路は青州から堺のおっさんと一緒に、中国の特急席を予約したのだが、その時にパスポートの呈示を求められたのには驚いたものだ。中国では、人々の行動を隅々まで監視しているのがよく分かった瞬間だったし、咄嗟にジョージ・オーウェルの『1984年』を思い出したほどである。だから、ブロックチェーンが近未来の人間社会にもたらすものは、バラ色の世界というよりは寧ろ、以下の一米国人のコメントに近いイメージを小生は持つ。

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最後に、NHKはブロックチェーンのセキュリティが、あたかも万全であるかのような解説を行っていたが、嘘である。下掲の記事にあるように、もはやブロックチェーンも安全ではない。

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令和と万葉集
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本日、菅官房長官による発表があり、新元号が「令和」と決定した。続いて、安倍総理の新元号にまつわる談話があったのだが、その講話の全文を本稿の最後に引用しておこう。安倍総理は談話で出典となった『万葉集』について言及、数時間も経たない内にウィキペディアが、「万葉集」の項目に新元号「令和」を追記していた。

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ちなみに、掲示板「放知技」で小生は以下のようなことを書いた。

今度の新元号は記紀といった日本の古典から、採用する可能性もあるという政府の発表は意味深長だ。

…中略…

当時の日本のリーダーの感想が、ダジャレで終わってしまったの至極残念だが、元号について語るのは菅官房長官ではなく、安倍総理(>>21)だ。その意味で、小生は正午の安倍総理の説明に注目している。そして、新元号の出典が記紀ということになれば、新元号に込められた意味は何かを探りたく、明日の総理の説明に耳を傾けたいと思う。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16699469/28/


ともあれ、従来通りに四書五経が90%以上の確率で、新元号の典拠となるだろうと予想していたのだが、嬉しいことに予想は外れ、新元号の典拠は国書『万葉集』だった。しかも、記紀でなかったので安堵したものである。何故なら、記紀は純粋な日本の古書ではないし、モデルが『百済史』や『扶余史』だからである。そのあたりは、故鹿島曻氏の一連の著書、あるいは藤井輝久氏の『天皇系図の分析について』を紐解けば、自ずと納得していただけよう。同様な事実を、飯山一郎さんもズバリ指摘しているので、『飯山一郎最終講義』や拙稿「日本建国の秘密」を参照していただきたい。

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だが、新元号の典拠となった『万葉集』、実はこれも純粋な日本の古書ではない。その論拠は、上掲の『天皇系図の分析について』の第二三章、「天智天皇と天武天皇の正体」に書かれており、特に以下の小節に目を通せば一目瞭然だ。

3. 万葉集の並行改竄… p.947~
4.「朝鮮語」だった大伴家持の万葉集の草稿… p.950~
5. 『万葉集』は日本独特のものではなかった… p.961~
6. 万葉を修したとされる平城天王子とは誰か… p.995~


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ともあれ、記紀や万葉集については、現在編集中の「飯山史観」の「天武天皇篇」で触れる予定なので、今回は割愛させていただくとして、肝心なのは本日の安倍総理の談話の内容である。安倍総理が記紀や万葉集の由来について知ってか知らずか、言及しなかったのは流石だった。尤も、小生は政治家ではないので、現在編集中の「飯山史観」を、今の日本の若者に向けた羅針盤、見取り図にしたいと思っているのだが…。ともあれ、以下の安倍総理の想い(殊に下線)、心から同感!

本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。

新しい元号は「令和」であります。

これは万葉集にある「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」との文言から引用したものであります。

そしてこの令和には、「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という意味が込められております。

万葉集は1200年あまり前に編纂(へんさん)された日本最古の歌集であるとともに、天皇や皇族貴族だけでなく、防人や農民まで幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化、長い伝統を象徴する国書であります。

悠久の歴史と香り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国がらをしっかりと次の時代へと引き継いでいく、厳しい寒さのあとに春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が明日への希望とともにそれぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め、令和に決定いたしました。

文化を育み、自然の美しさを愛でることができる平和な日々に、心からの感謝の念を懐きながら、希望に満ちあふれた新しい時代を国民のみなさまとともに切り開いていく、新元号の決定にあたり、その決意を新たにしております。

5月1日に皇太子殿下がご即位され、その日以降この新しい元号が用いられることになりますが、国民各位のご理解とご協力を賜りますようお願いいたします。政府としてもほぼ200年ぶりとなる歴史的な皇位の継承がつつがなく行われ、国民こぞって言祝(ことほ)ぐことができるよう、その準備に万全を期して参ります。

元号は皇室の長い伝統と、国家の安泰と、国民の幸福への深い願いととともに、1400年近くにわたる我が国の歴史をつむいできました。日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるものとなっています。この新しい元号も広く国民に受け入れられ、生活の中に深く根ざしていくことを心から願っています。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1904/01/news090.html

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東アジアの形
過去に幾度か取り上げたことのある「行政調査新聞」が、東アジアをテーマとする興味深い記事を書いている。
人類文明の転換期 …その最前線は極東

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極東

日本列島に住んでいる一人として、東アジアの将来に普段から関心を寄せているだけに、興味深く同記事に目を通した。また、今後も数回にわたり極東シリーズを続けるらしく、同記事の最後に「次号の予定」、「その先の予定」、「更にその先の予定」と、連載シリーズの形で取り上げていくとある。

さて、極東シリーズの初回に相当する上掲の記事に目を通し、思ったことが幾つかある。一つは、同記事が言及している「史上最大変革期」についてだ。記事の冒頭にある以下の記述に目に止まった。

私たち人類がこれから迎えるのは、史上最大変革期となる


行政調査新聞の言う、〝史上最大〟変革期とは、具体的にどのような変革を指しているのかと思い、読み進めたところ、「国債・株券・有価証券すべて紙切れになる」(金融界の崩壊)の他、「民族や宗教の対立」を取り上げ、そうした「現状を破壊するエネルギーは、世界中に満ち溢れている」とし、現状破壊の後、「真っ先に新しい世界に突入していくのは東アジア」と結論付けている。

しかし、行政調査新聞の言う「史上最大変革期」とは、「私たち現生人類の祖先である新人が世に現れてから20~25万年が過ぎた」時点から、「数年あるいは数十年」の近未来までの、ほんの二十数万年を取り上げているのにすぎないのだ。一方、藤原肇氏の「マクロメガの視点による重大事件年表」の場合、宇宙の始まりから遠未来までに目を向けている点、両者の間には大きな隔たりがある。

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マクロメガの視点による重大事件年表

何故に時間軸、タイムスパンを気にするかと言えば、タイムスパンを広げて同紙の言う「史上最大変革期」を考察しないことには、多くの重要な点を見落とす恐れがあるからだ。その一つが、「物質→生命→精神」という視座である。ここで改めて上掲の重大事件年表を眺めれば、「物質の歴史」、「生命の歴史」、そして「精神の歴史」といった記述が目に飛び込んでくるはずだ。この「物質→生命→精神」だが、本日発売の世界戦略情報誌『みち』でも、JINMOさんの興味深い記述があった。

我々は物質の時代に於いて、物質構造の核として「原子核」の発見に至った。そして生命の時代に於いては、第二の核と言うべき「核酸」(DNA)に至った。そしてこれから明確にしていく精神の時代に於いても、我々は第三の核の発見に到達するだろう。言わば「精神核」である。
『みち』平成31年4月1号


このあたり、拙稿「宮中祭祀」で取り上げた、安西正鷹さんの以下の言葉に相通じるものがある。

・これは空疎な精神論ではない。物質世界と精神世界に跨る半霊半物質的な、新しいジャンルの科学理論に基づく考えである。すなわち、来るべき新しい文明の精神哲学ともいうべき量子力学に基づく真理なのだ。
歌とシャーマン


安西さんは、精神哲学」の根底は量子力学としているが、やはりJINMOさんも以下のように量子力学について言及していた。

まだ発見されていない精神核とは如何なものであろうか、渡辺博士と私は推論を交わし合った。そして渡辺博士は精神核に至る重要項を三つ挙げられた。それらは量子力学、脳科学、地球外知的生命体探査である。
『みち』平成31年4月1号


このように、JINMOさんの言う「精神核」、安西さんの謂う「精神哲学」、どちらも共通して量子力学を取り上げているのは興味深い。

ここで指摘しておきたいことは、「精神核」あるいは「精神哲学」を識っているのと識らないのとでは、「史上最大変革期」の捉え方が大きく異なってくるということだ。

それから、JINMOさんは「シンギュラリティに於ける2045年問題」を取り上げ、「神に至るシンギュラリティ」という視点で、実に興味深い考察を展開していた点を追記しておこう。

行政調査新聞の記事に戻る。「史上最大変革期」を冒頭で述べた後、同紙は現実の世界について言及、「米中貿易戦争は中国共産党潰しが目的」、「台湾合併を視野に大中華実現を目論む習近平共産党」、「中華人民共和国建国宣言の天安門に招かれた日本人」、「2つの故宮博物院に別れた宝物」といった小節が並んでいる。

そして通読しながら、「アレ?」と思ったのは、「軍産共同体」寄りの視点で書かれた記述が垣間見られたということだ。たとえば、「米中貿易戦争は中国共産党潰しが目的」という題の小節で、米中貿易戦争の真相を以下のように指摘している。

米中貿易戦争は、米中間の経済問題が本質なのではない。
深奥に米国側の「中国共産党潰し」の狙いが存在している。貿易不均衡を翳しながら、トランプ米国は「習近平共産党」を破壊しようと企んでいる。
中国は共産党が一党独裁する共産主義国家である。


トランプ米国が習近平共産党を破壊とあるが、果たしてそうなのだろうか…。実は、トランプと習近平の共通の敵こそ軍産複合体、すなわちDS(Deep State)であり、DSはトランプと習近平を叩き潰そうとしている。これは何も米国や中国に限った話ではなく、ロシア、北朝鮮、日本も同じ立場にあるのだが、ここでは掲示板「放知技」に投稿されたmespesadoさんの投稿を引用しておこう。

(長谷川幸洋)氏は、今度は北朝鮮軍とDSとの関係の「闇」に考えが及んでいない
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/276/


Mespesadoさんの場合は北朝鮮の話であるが、中国の話というのなら、以下の記事で凡その背景が掴めよう。

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「中国軍でなく米軍に協力」=グーグルCEOがトランプ氏に

それから、同紙の今後のテーマを確認するに、米国や日本が登場するようだが、ロシアのプーチンと北朝鮮の金正恩が登場するのか否か、登場するとすればどのように同紙に二人のリーダー像が描かれるのか、大いに関心がある。何故なら、近未来の極東はプーチン、そして遠未来の極東は金正恩を中心に、動いていくことが予想されるからだ。このあたりの詳細は、飯山さんと野崎博士の対談本、『飯山一郎最終講義』を参照されたい。

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さて、本日の改元発表まで数時間、どのような元号になるのだろうか…。極東の一部である日本はどのような道を歩むことになるのか、安倍総理の新元号の背景についての説明、固唾を呑んので見守りたいと思う。

二人の武士 02
二人の武士(もののふ)」と題する拙稿を半年ほど前にアップし、「この二人の武士による、今後の活躍に期待したい」という結語を亀さんは書いた。「この二人の武士」とは、世界戦略情報誌『みち』の安西正鷹さんと、ブログ『文殊菩薩』の野崎晃市博士を指す。

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今月二月に行われたまほろば会で配布されたという、安西ファイルの主テーマは英国の経済誌『The Economist』についてであり、亀さんは冒頭の記述に注目した。

イギリスの政治経済誌『エコノミスト(The Economist)』の特集号『世界はこうなる』に関して、『エコノミスト』の特徴を詳しく見ていくとともに、同誌がなぜ世界寡頭権力のプロパガンダの道具なのかについて、歴史を遡りつつ、この雑誌を編集・発行した者たちの狙いを暴くことを通じて解明していく。


詳細は数か月後に『みち』に掲載されると思うので、そちらを参照していただくとして、安西さんは同ファイルでThe Economist誌は、「世界寡頭権力のプロパガンダ用メディア」と明確に述べている。やはり三十代の頃に同誌を数年購読してきた身として、安西さんの主張に全く以て同感だ。

ところで、この「世界寡頭権力」と対峙するトランプについて、野崎博士が「トランプがファーウェイ禁止に反対」という最新記事を書いているが、以下の結語は印象的だ。

トランプの真の敵は中国ファーウェイではなく、税金不払いや情報収集が問題とされてきたアップルやGoogle


まさに…。安西さんの謂う「世界寡頭権力」の一角を占めているのが、野崎博士の言及する「アップルやGoogle」に他ならず、同様な視座から亀さんも以下のような記事を書いている。

こうした海底ケーブルの上陸地点は非常に重大な意味を持ち、(漏洩された米外交文書によれば)アメリカ合衆国国土安全保障省はこれらを重要な国家インフラと位置づけている。インターネットが通信を牽引する新しい世界にあって、大西洋東端の英国はその中核的な位置を占めている。世界のインターネットトラフィックの25%が英領土をケーブルで通る。接続先は米国、ヨーロッパ、アフリカなど。残るトラフィックの大部分は米国を発着地点としている。したがって、地球上で急増するデータフローのほとんどは、英米がそのホスト役を担っていることになる。

両国の諜報機関はここぞとばかりに、これらの海底ケーブルを盗聴しようと考えた。過去の歴史を考えれば、それは不思議でも何でもない。技術の変遷にともない、両国は無線通信を傍受し、続いてマイクロ波ビーム、そして衛星回線を傍受してきた。最新の光ファイバーシステムで大量にやりとりされるインターネットデータや通話データに手をつけようとするのは、理の当然である。

『スノーデンファイル』p.156
サバイバル - 通信篇その1


今から15年ほど前、亀さんは『エシュロンと情報戦争』(鍛冶俊樹 文春新書)という本を読み、電子メールや電話が傍受されていることを知った。だから、プーチンやメルケルではないが、〝敵〟に聞かれていることを前提に今まで携帯電話を使ったり、パソコンでメールを使ったりしてきた。どうしても漏らしたくない情報は、昔やっていた方法に戻った。たとえば、ネットに接続されていないタイプライターやワープロで文章を作成したり(郵送してはいけない)、コタツを囲んで語り合うといった方法だ(盗聴に注意のこと)。
サバイバル - 通信篇その2


ともあれ、今年もお二人の言論活動に注目していこうではないか。

【追伸】
最近の掲示板「放知技」で活発に交わされている、mespesadoさんとConganasさんとの間のやり取り、アベノミクスの実態や財政政策の正体に関心のある読者にとって、必読のスレとなっている。たとえば…

金融政策が失敗し、財政政策も失敗しているのでアベノミクスは失敗と考えてさしつかえないと思います。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/41/


このConganasさんの投稿だけではピンと来ないと思うので、スレッド「新時代を冷徹に読み解くおっさんたちの激論スレー37-」全体に目を通して欲しいと思う。

応神天皇の秘密(4)

倭は日本列島にあった国ではなく、元来から朝鮮半島に在ったのだし(下図)、決して日本(日本人)のことではなかった!
応神天皇の秘密(3)

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『卑弥呼の正体』p.187


今回の堺市で飯山一郎さんとお会いしたのは四回目(東京→青州→大阪→堺)となったわけだが、歴史が話の中心となったのは二回ある。初回は一昨年秋の青州、そして今回の堺だ。青州には四日間滞在し、歴史の深奥について多くを聞いた。そのあたりの報告は、「青州で思ふ」と題したシリーズで計9本の記事を書いているが、中でも歴史を中心に書いた記事は以下の4本である。

青州で思ふ(3)…古代中国
青州で思ふ(4)…古代朝鮮
青州で思ふ(5)…古代日本
青州で思ふ(6)…総括(殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済→日本)


青州では「青州で思ふ(3)」にある古代中国の話を中心に、飯山一郎さんの話を四日間かけて聞いたわけだが、今回の堺市では二日間かけて「青州で思ふ(4)」の古代朝鮮について聞いたことになる。殊に、話の中心は朝鮮半島の三国時代(紀元前1世紀~7世紀)で、そのあたりを中心に幾本かの記事を書くつもりでいた。

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朝鮮史

ところが先週金曜日の夜、長年の付き合いのあるドイツの翻訳会社からメールが届き、昨年の晩秋あたりから予告のあった大量の仕事(翻訳)が、今週からスタートすることが本決まりとなったと書いてあった。だから、慌てて「応神天皇の秘密(3)」を一昨日アップしたのだが、どう考えてみても、予定していた残り数本の記事を書き終えるのは無理…。

そして今朝、件の翻訳会社から大量の翻訳ファイルが届いたという次第だ。当初は20万語ていどと言われていたのだが、いざフタを開けてみたところ、ナント倍近くの36万ワード…。今までの体験から、36万ワードを翻訳し終えるのに数ヶ月かかるはずで、7月下旬にアルゼンチンへ発つまでに終わるかかどうか心許ない。もしかしたら、アルゼンチンに行っても仕事を続けざるを得ないかもしれないのだ。よって、次の「応神天皇の秘密」シリーズを書くにしても、アルゼンチンから帰国して以降のことになりそうだ。

むろん、途中で時間が取れたら「応神天皇の秘密」シリーズを書くかもしれないが、そのあたりは皆目わからないというのがホントウのところだ。そこで、本稿では堺市で耳にした飯山史観のあらましを、箇条書き(順不同)の形で示しておくことにしたい。

■応神天皇の出自は熊襲
堺で飯山さんの話を伺って、話の骨格が【連載:ホンダワケ】シリーズに示されていると改めて思ったので、以下にリンクを張っておこう。


応神天皇は仲哀天皇の子?
巨大な前方後円墳の原型は?
やはり応神天皇は…


ここで、応神天皇の御代以降、熊襲は隼人と称されるようになったという点に注目の上、その背景を上の記事で確認していただきたい。

また、皇統という観点から見た、応神天皇についての以下の記事も重要である。

応神天皇(ホンダワケ)が祟る時代が来る…鴨


■蒲生君平の著した『山陵志』
「初めて古墳を天皇陵(山陵)として比定したのが、江戸時代の蒲生君平である」と飯山さんは語っていたが、それと関連して、山形明郷先生の以下の言葉を併せて紹介しておく。

ところで、ここに一つ不審に思われることがあるので、概略を述べておきたい。

わが国の史学者は、どういうわけか他国の歴史に関するものであるとわざわざ出向していき、めったやたら陵墓を掘り返し、何が出土したの発見されたのなどと、他国の歴史的存在や文化程度の一端が解明されたと発表しているが、こと自分たち日本列島の具体的な歴史解明については、一向になされず放置したままで平然としている。

このことは、学者のみならず、一般の研究家と称される人たちもまったく同じ姿勢なのである。これはいったい、なぜなのであろうか。

日本の古代史を語る上で、つねに持ち出されるのが、その信愚性がまったく定かではない「魏志」を始めとする「倭人伝」一辺倒の解釈である。

「倭人伝」を引っぱり出して云々することは各人の自由であるが、それならば「邪馬台」やその国の女王であったという「卑弥呼」の墓と推定されている「箸墓古墳」を始め、幾多の陵墓が現存しているのであるから、なぜそれらの墓を調査しないのであろうか?

それは、現在の皇室に関わる存在であるから、という懸念からだとするならば、そのような考え方は一掃されるべきである。

今日現在、天皇の陵墓としてみなされている存在は、百パーセントの確率で考古学上の物証は皆無である。江戸の寛永年中、蒲生君平によって編纂された『山陵志』が語っているに過ぎないからである。

『古代史犯罪』p.79~80


また、以下は飯山さんが蒲生君平について言及した投稿…。

天武以前の日本は古墳時代で、豪族たちが合従連衡していました。

その豪族たちの中で最大の勢力を誇っていた首長の墓が仁徳天皇陵とした
のは、伊勢松阪の本居宣長の指導で蒲生君平が書いた『山陵志』が最初。
これを後代の学者がほとんど検証しないまま、現在に至っている…。

ズバリ言えば、仁徳天皇は架空の存在です。実在した証拠はありません。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/14186314/917/


豪族に関して、同じく飯山さんの以下の投稿にも注目されたい。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15523279/932/

■唐仁大塚古墳
【参照】飯山HP

昨日は朝から夜まで隣町で歴史の勉強!
断定:「日本国」は大隅半島で建国された!
日本建国の秘密は大隅半島にある!


堺市で、堺のおっさんと亀さんのみに配布してくれた史料、以下に公表する。

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■原田古墳
参考【飯山HP】
あらびき茶の産地は 日本古代史の舞台

■日本書紀
日本書紀は幾つかの改訂版があり、版を重ねる毎に六代の天皇について、良い書き方をしなくなっていくのがわかる。

応神天皇 陵の記載なし
允恭天皇 皇居地の記載なし
雄略天皇 兄弟殺害等の暴虐
清寧天皇 皇后の記載なし 皇子なし
顕宗天皇 兄の仁賢天皇より先に即位
 皇統は兄の仁賢天皇にまわる
武烈天皇 暴虐、皇子の記載なし


藤原不比等は日本書紀に登場する、応神天皇から武烈天皇までを悪ざまに改訂しているわけだが、古事記同様、日本書紀初版には、上記の天皇について悪く書いてはいなかったのだ。

■開化天皇
欠史八代の最後の天皇である開化天皇から初めて枝分かれし、そこから安倍晋三の遠祖が出た。従って、現皇室(田布施)よりも前に分家していることから、安倍家の方が格上と安倍総理は認識している。

なを、流れとしては葛城王朝(欠史八代王朝)→イリ王朝(崇神王朝または三輪王朝)→ワケ王朝(応神王朝または河内王朝)と王朝の交替があった(継体天皇以降の王朝は略)。

■東アジアの二大源流(殷とツングース)
・殷のシャーマニズムを引き継いでいるのが日本の今上天皇。
・ツングースのツンとは豚の意。

殷のシャーマニズムについては、拙稿「天頂に生きる」に書いた。ツング=豚については、飯山さんが幾本か記事にしている。たとえば、「われわれの先祖は豚を飼う民族だった」を参照のこと。

上記以外に、誉田八幡宮の宝物館に入館させていただいて観賞した金銅透彫鞍金具、部落の起源、鯨解体族、その他という具合に書きたいテーマも多いのだが、ネットという公の場では発表できない秘話も多々あるので割愛させていただく。

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宝物館の前庭に咲く紅白梅

ここで一言。

亀さんが堺市に赴いて飯山さんの話を聞きに行ったのは、知的好奇心から飯山史観に関心があるというだけではない。新しい御代を迎える来年5月以降、どのように生きていくべきか、自分なりの羅針盤を作成したいと思ったからだ。そのあたりは、今年の忘年会の勉強会において発表できればと思う。

なを、アルゼンチンでの体験もブログ記事にする予定だが、これは「応神天皇の秘密」シリーズが終わってからにしたい。

最後に、堺市で別れる際に飯山さんが次のように言ってくれた。

今度は、古代日本について語りたいことがある。場所は志布志!


いよいよ大詰めとなる飯山史観についての最終話、志布志市で古代日本の秘密に迫る話を聞くことになるわけで、今から楽しみだ。しかし、その前に、「応神天皇の秘密」シリーズを完結せねばならぬ…。

応神天皇の秘密(3)

倭が日本列島にあったと頭から信じ切っている。
応神天皇の秘密(2)


前稿で取り上げた歴史雑学探究倶楽部編『天皇家の謎』の場合、倭が日本列島にあったと頭から信じ切っていたし、安本美典氏の場合も、倭は日本のことだと思い込んでいるのが一目瞭然であった。以下、安本氏の『応神天皇の秘密』からの引用である。

すべて(※)「海」を渡ったと記している。

これらは、日本列島にいた「倭」が、海をわたって朝鮮半島におもむいたことを記している。「倭」が日本列島の勢力であることを示している。そして、日本がわの文献『古事記』『日本書紀』を読めば、渡っていった主体は、神功皇后に率いられた軍隊であると記されている。

以上で用いた諸史料のうち、「広開土王碑の碑文」の年代などは、同時代史料なので、ほぼ確実である。

『応神天皇の秘密』p.90

(※)広開土王碑、古事記、日本書紀を指している。


「倭が日本列島にあったと頭から信じ切っている」のは、なにも歴史雑学探究倶楽部や安本氏だけではない。実は、どの辞書や百科事典も押し並べて、倭は日本のことだと解説しているのだ。たとえばデジタル大辞泉の場合、「」について以下のように定義している。

日本人の住む国。古代、中国から日本を呼んだ名。


事実は、倭は日本列島にあった国ではなく、元来から朝鮮半島に在ったのだし(下図)、決して日本(日本人)のことではなかった! その倭について、山形明郷先生は以下のように書いている。

倭人は現韓半島の南部、すなわち慶尚南道の海岸地帯から、全羅南北道の広汎な地域にわたって住んでいた『在地原住民』なのである。その居住区域は、極めて広く、また、その数は厖大なものであったと思われるのである。
『卑弥呼の正体』p.210


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『卑弥呼の正体』p.187

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3月3日、深夜の堺市にて。手前の本は山形明郷先生の『古代史犯罪』

さて、前稿で「■応神天皇の生きた時代」について書くと約束していたが、その前に古墳時代から飛鳥時代(592年~710年)にかけて、つまり、国のかたちが一応成立した(中央集権国家成立)頃までを簡単に取り上げておこう。

■応神天皇の生きた時代
先月、紀伊田辺と大阪の堺を旅していた車中、『応神天皇の秘密』をパラパラと捲ってみたが、出鱈目だらけというのが率直な読後感だった。ただ、飯山一郎さんも指摘しておられるように、「応神天皇=ホンダワケが,武内の宿彌と神功皇后とのあいだの子である」、という考察は評価に値すると思うし、それだけでも安本氏の『応神天皇の秘密』を入手しただけの価値はあった。

ここで、大和政権をキーワードに、各々の辞書や百科事典が大和政権について、どのような解説を行っているのか確認しておこう。以下はデジタル大辞泉の「大和政権」の定義である。

大和および河内(かわち)を中心とする諸豪族の連合政権。大王(おおきみ)とよばれる首長を盟主に、畿内地方から4世紀中ごろには西日本を統一し、4世紀末には朝鮮に進出。種々の技術を持つ渡来人を登用し、5世紀末から6世紀ごろには部民制・氏姓制度による支配機構が成立し、国・県(あがた)による地方統治組織が整えられ、大化の改新を経て律令国家へとつながっていった。


上記の「大和政権」について解説したページではデジタル大辞泉以外に、マイペディアといった百科事典の詳しい解説も併記されているので参照していただきたい。では、デジタル大辞泉などの解説を叩き台に、次稿では飯山史観と対比させる形で、具体的に「■応神天皇の生きた時代」について筆を進めることにしよう。

応神天皇の秘密(2)

実に衝撃的な内容であった。
応神天皇の秘密(1)


今回より「応神天皇の秘密」に筆を進めていくことになるが、その前準備として二本の小節を書いておきたい。一本は、我々が学校の教科書で習ってきた日本史。これを、一度突き放す形で見直して欲しいと思い、本稿「■日本史の〝常識〟を乗り越える」を書いた。そして、もう一本は次稿で取り上げる予定の「■応神天皇の生きた時代」で、応神天皇の御代とは、どのような時代だったのかについて振り返ってみたいと思う。何故なら、そうしないことには、何故に飯山史観が〝衝撃的〟なのか、てんで分からなくなるからである。

■日本史の〝常識〟を乗り越える
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初代の神武天皇から綿々と続いてきた皇統、現在の今上陛下は初代神武天皇から数えて第125代目の天皇であられる。神武天皇以降、2678年もの時間が経過、読者の頭の中では、天皇家について分からないことが幾つもあるのではないだろうか。たとえば、手許にある『天皇家の謎』の目次に目を通すに、以下のようなことが天皇家にまつわる謎とされているようだ。

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念のため、久しぶりに同書をサーッと斜め読みしてみたが、無知蒙昧という他はない。たとえば「謎の四世紀をめぐって」(p.52)という小節だが、五世紀前半の応神天皇とも関連してくることもあり、少々長くなるものの、以下に同小節の全文を引用しておこう。

謎の四世紀をめぐって
抜け落ちた大和朝廷成立と倭の五王

史書に記されない空白の時代
まだ日本に文字が入っていなかった時代の出来事を知るには、周辺の国、なかでも中国の史書に頼るしかない。

実際、日本列島の出来事と思われる記述は、西暦五十七年ごろの『漢書地理史』にはやくも登場している。また、有名な邪馬台国と卑弥呼について書かれているのも中国の『魏志倭人伝』だ。

ところが、ある時期から中国の史書に、日本の記述が見られなくなる。およそ百年、西暦四世紀から五世紀にかけての出来事が、まるでわからなくなってしまうのだ。

古代のことだ。百年くらい、どうということはないと思われるかもしれない。

だが、この百年は、日本という国にとって、きわめて重要な百年なのだ。

というのも、それ以前の中国の史書は「倭」という国について記述している。それは、女王卑弥呼の「邪馬台国」に連なる国だ。

ところが百年後、再び中国の史書に登場するのは、いわゆる「倭の五王」と呼ばれる大王たちで、彼らはいずれも「大和朝廷しの「天皇」に相当する人物なのである。

この百年は、大和朝廷成立の経緯が詰めこまれた、きわめて重要な年代だった。にもかかわらず、なんの記録も残されていない。ゆえにそれを「謎の四世紀」と呼ぶのである。

謎の百年の間になにが起こつたのか?

大和朝廷成立にかかわる百年が抜けているということは、この日本という国の起こりが抜けているということに等しい。

つまりわれわれは、もっとも重要な「国の始まり」の歴史がわかっていないのだ。

ちなみに「倭の五王」とは、『宋書』や『梁書』に登場する「賛(讃)、珍、済、興、武」五人の王のことをいう。この五王がどの天皇にあたるかについては諸説あるが、最後の「武」を雄略天皇にあてることはほぼ一致している。そして「興」が安康天皇、「済」が允恭天皇ということも問題はない。意見が分かれるのは賛と珍で、それぞれを履中・反正天皇にあてる説もあれば、応神・仁徳天皇にあてる説もある。

が、いずれにせよそれは十五代から二十一代という天皇の時代であり、それ以前の初代神武天皇から応神天皇までの時代がそのまま謎の四世紀、ということになるわけだ。

四世紀、列島で何が起こっていたのか?

邪馬台国論争にしても、もとはといえばここに原因がある。邪馬台国は畿内にあり、そのまま大和朝廷になったのか? あるいは九州の邪馬台国が東征したのか? 邪馬台国が九州の地方勢力で終わり、大和朝廷は別にどこかで発生した可能性もある。騎馬民族による日本征服説にしても、やはりこの謎の四世紀の出来事なのである。

辛亥銘鉄剣と雄略天皇
ところで、日本にも数少ないながら、この時代の史料が残されていた。

一九七八年のことだ。埼玉県行田市の埼玉古墳群稲荷山古墳から出土した鉄剣に、百十五字からなる金象嵌の銘文が刻まれていることがわかったのだ。

衝撃的だったのはそこに「私は獲加多支鹵大王に仕え、天下を治めるのを補佐してきました。そこで辛亥年七月に、これまでの功績を剣に刻んで記念とします」(意訳)と書かれていたことだった。というのも、「辛亥年」は四七一年と推定されるので、文中の「獲加多支鹵大王」は、「オホハツセワカタケル」――雄略天皇ということになるからである。

雄略天皇は、中国の史書に「倭王武」として登場する人物だ。つまり、この天皇が実在し、しかも当時、勢力を北関東にまで及ぼしていた、という証明になるわけである。

一方、この「辛亥年」を六十年後の五三一年とする説もある。この場合は、「ワカタケル」は欽明天皇ということになる。

この違いは大きく、もしも「ワカタケル」が雄略天皇なら、謎の四世紀からわずか百年で東国に勢力を伸ばしていたことになる。その場合、畿内勢力はかなり早い段階から成熟していた――邪馬台国は畿内にあった――ことの傍証になるというわけだ。はたして、どちらが正しいのだろうか。

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どうだろうか? もし、読者が上記の小節を読んで、何等疑問を感じなかったのであれば、以降の拙記事に目を通す前に、『卑弥呼の正体』(山形明郷 三五館)を熟読していただきたいと思う。

ちなみに、『天皇の謎』を著したのは歴史雑学探究倶楽部という所のようだが、雑学の名が示すとおり実に雑な内容、出鱈目のオンパレードである。上の小節「謎の四世紀をめぐって」に目を通しただけでも、卑弥呼が日本列島に居たと思い込んでいる、倭が日本列島にあったと頭から信じ切っているといった具合で、目も当てられないとはこのことだと思った。もし、歴史雑学探究倶楽部のように、倭が日本列島にあったと思い込んでいる読者がいたとしたら、上に紹介した『卑弥呼の正体』の第九章、「倭はどこだったのか」の熟読をお勧めする。

ともあれ、『天皇家の謎』では日本の四世紀は謎であると主張しているのだが、とんでもないことである。そのあたりは、次稿以降において敷衍していくとして、「応神天皇の秘密」シリーズを開始する理由の一つが、この機会に、従来の教科書的な日本史を乗り越えて欲しいからだ。

応神天皇の秘密(1)
大阪府羽曳野市に位置する応神天皇陵、飯山一郎さんや堺市の同志と一緒に訪れたのは、前日は紀伊田辺に泊まり(「南方熊楠の世界(1)」参照)、翌朝の特急に乗って堺市に到着した3月3日(土)だった。そして翌日に跨がること2日間、応神天皇を中心テーマとした、興味深い歴史の講義を飯山さんから受けたのだが、実に衝撃的な内容であった。だから、一刻も早く放知技の読者に報告したかったのだが、その直前に訪れた紀伊田辺でも多くの出来事を体験したこともあり、最初に南方熊楠シリーズを書いたのと、仕事(翻訳)の納期に連日のように追われていたのとで、なかなか「応神天皇の秘密」シリーズに筆が進まなかった。しかし、昨日今日に至って漸く仕事が一段落、応神天皇シリーズに取り組むことができるようになった次第だ。

さて、本シリーズでは幾本かの記事を書く予定だが、初回の今回は両日とった行動のあらましを述べておこう。

■3月3日(土)
飯山さん一行は志布志と堺を結ぶフェリー「さんふらわあ」で、前日の3月2日18:30に志布志を発ち、翌日3月3日午前8時50分に大阪に到着、その足で宿泊先のホテルに直行している。だから、到着したばかりの飯山さん一行が、ホテルのロビーで寛いでいた時、亀さんも同ホテルに到着した形だ。そして挨拶もそこそこに、早速、飯山さんによる応神天皇を中心とした、飯山史観の講義がスタートしたのだが、その日に飛び出した飯山史観については次稿以降に書く。

その後、堺市役所の展望台に向かい、眼下に仁徳天皇陵を眺めつつ、再び飯山さんの講義が続いた。本来は同展望台で昼食会のはずが、参加者からの質問が相次いだため、「一日一食の猛者ばかりなのだから、昼飯くらい抜いても大丈夫だろう」という飯山さんの鶴の一声で、同展望台での昼食は急遽中止、急ぎ車に分乗して応神天皇陵へと向かった。(後で聞いた話だが、参加者の一人「舎弟のもっちゃん」は一日三食主義だったようで、大変な思いをしたらしい…笑)

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百舌鳥古墳群をめぐって活発な議論が交わされた

到着後、最初に応神天皇の御霊に二礼二拍一礼した後、神主さん親子の説明を受け、続いて宮内庁管轄の応神天皇陵に案内していただき、ほぼ全員が生まれて初めて、応神天皇陵の一部を目の当たりにした。なかでも猿都瑠さんの場合、実に思うところ大だったようだ。

その後は全員で堺市に戻り、夕食会。最初は話者の中心が飯山さんだったのだが、次第に堺市役所の展望台で合流したYさんが話のリードを握るようになった。やがて、話(酒?)の勢いで全員でYさん宅に押しかることになり、そこで二次会と相成る。その後はホテルに戻り、堺のおっさんの部屋で飯山さんをはじめ皆さんが集合、深夜まで話が続いたというが、亀さんは紀伊田辺での疲れが溜まっていた上、珍しく当日は酔ったこともあって、残念ながら顔を出していない。

■3月4日(日)
翌日の3月4日、ホテルのロビーに再び集合。飯山さんによる講義が暫く続いた後、堺のおっさんから今後の乳酸菌事業の詳しい説明があった。その後は再び車に分乗して、大阪は難波へと向かた。今思い出すに、活気に満ちあふれた難波を肌で感じるという、滅多にない機会となった。

昼食に鯨料理専門店「徳家」で、美味しい鯨料理に舌鼓を打ちつつ、さらに楽しい会話が弾んだ。ふと腕時計を見ると、もう夕方の5時半、皆さんへの別れの挨拶もそこそこに、急ぎ新大阪駅の新幹線のホームへ向かってダッシュ、辛うじて終電数本前の電車で関東のチベット、飯能に戻ることができた。

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次稿より、いよいよ飯山さんが堺市で語ってくれた、応神天皇の秘密に迫る話に筆を進めることにしよう。

歴史の闇
例によって、安西正鷹さんが安西ファイルを送ってくれた。実に有り難いことであり、やはり持つべきものは道友である。

さて、今回の安西ファイルで特に注目したのが、「●まつろわぬ神々の反逆」と題する小節であった。以下、同小節を全文引用しておこう。

まつろわぬ神々の反逆
・神社本庁は、敗戦によって国の管理下から離れた神社界をまとめあげるために生まれた民間の宗教法人。神道系の宗教団体として日本で最大。約8万社ある日本の神社のうち7万9千社以上が加盟。その特徴は、伊勢神宮を「本宗」と位置づけたところにある。本宗とは、おおもと、本源を意味する。つまり、皇祖神である天照大神を祀る伊勢神宮を頂点に戴く形で神社界を組織化している。
・ところが、日本の神社で祀られている神々のなかには、『古事記』『日本書紀』などの神話には登場しないものも少なくない。天神も八幡神も、神話には出てこない。稲荷神を祀る伏見稲荷大社は、神社本庁が誕生する際にその傘下には入らなかった。
・八幡神は、もともと九州北部、宇佐地方の渡来人が祀っていた神であり、後に応神天皇と習合して、第二の皇祖神ともされるようになる。その由緒からして、天照大神とは直接には関係しない。少なくとも、八幡神社が伊勢神宮の下にあるというわけではない。
・神社本庁は、ひたすら伊勢神宮の権威を高め、20年に1度の遷宮を無事に果たすことを使命として、傘下の神社から遷宮の必要経費を徴収してきた。伊勢神宮の権威を高め、それを維持することが、神社界全体の利益になるという考え方である。だが、それは、伊勢神宮以外の神社を支える手立てを講じないことを意味する。
・伊勢神宮を頂点とするピラミッド型の支配構造のなかで、天津神系の神社が優遇され、国津神系の神社が冷遇されている。国津神系神社の積年の潜在的な不満と反発の種が、宮司人事の強権発動を機に発現し始めた可能性がある。


安西さんの応神天皇についての記述を目にするに及んで、紀州田辺を訪問した帰り道、途中下車して和歌山市の狸庵に居る、落合莞爾さんを尋ねてみようかと、ふと思った。何故なら、安西ファイルに目を通して、落合さんの主張する「八幡天孫ホムダワケ=第15代・応神天皇」について、この機会に突っ込んで質問してみたくなったからだ。
<落合秘史シリーズ>

しかし、まだ落合さんの応神天皇説について、しっかりと把握しているわけではないので、今回は応神陵と誉田八幡宮(主祭神=応神天皇)のみにしようかと迷っている。

ここで、さらに応神天皇に纏わる歴史の深奥に迫っているのが飯山一郎さんで、掲示板「放知技」の以下の投稿に注目していただきたい。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16256324/794/

上の投稿で紹介されている【連載:ホンダワケ】三部作は、真に歴史の闇に迫る上で必読の部類に属す。
・【連載:ホンダワケ】 応神天皇は仲哀天皇の子?
・【連載:ホンダワケ】 巨大な前方後円墳の原型は?
・【連載:ホンダワケ】 やはり応神天皇は…

ともあれ、久しぶりの紀州田辺…、昨夜も鶴見和子の『南方熊楠』に接し、南方熊楠の海外放浪についての行を読んだが、やはり十代の頃に三年間にわたり、世界各地を放浪した身なので、実に共鳴する箇所が多く、また南方熊楠の心に一層迫ることができたように思う。

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南方熊楠(左)

【お知らせ】

今週後半から数日にわたり、紀州田辺を中心に関西方面を旅する故、旅発ちまでに仕事を片づけたり、旅の準備や情報収集に時間を取られそうです。よって、関西から戻ってくるまでは、特別大きな事件でも起きない限り、ブログ更新を休む予定です。

南北統一
昨夕、NHKで平昌オリンピックを見ていたところ、中継を挟む形で突然ニュースが流れた。その10分間のニュースでは、シンガポールで〝暗殺〟された金正男事件を取り上げていたのだが、見終わってから「NHK NEWS WEB」を確認したところ、同ニュースについて以下のように解説していたのを見つけた(下線は亀さん)。

この事件について、中国政府の関係者はNHKの取材に対し、6年余り前に死去した北朝鮮のキム・ジョンイル(金正日)総書記の後継問題が背景にあることを明らかにしました。

それによりますと、死去から8か月たった2012年8月、当時、北朝鮮のナンバー2とされ、キム・ジョンウン委員長の叔父にあたるチャン・ソンテク氏が、北京で中国の胡錦涛国家主席と個別に会談した際、「ジョンイル氏の後継にはキム・ジョンナム氏を就かせたい」という意向を伝えたということです。

キム・ジョンナム氏暗殺事件 背景に後継問題の密告か


「中国政府の関係者」という曖昧な表現には思わず苦笑したし、「胡錦濤」の名を出してくれたことで、今というタイミング(平昌オリンピック)で、何故にNHKが金正男暗殺のニュースを取り上げたのか、即座に背景を把握できた(爆)。つまり、こうしたニュースが流れたのも偶然ではなく、北朝鮮と韓国の間で起きつつある〝雪解け〟、これを心良く思っていない連中が関与していた可能性が高いということだ。しかし、胡錦濤と金正恩との本当の絆を知る者であれば、NHKのニュースは正にお嗤いでしかない。

何故か?

それは、以下の記述からも分かる。

北朝鮮のナンバー2とされ、キム・ジョンウン委員長の叔父にあたるチャン・ソンテク氏が、北京で中国の胡錦涛国家主席と個別に会談した際、「ジョンイル氏の後継にはキム・ジョンナム氏を就かせたい」という意向を伝えたということです。
キム・ジョンナム氏暗殺事件 背景に後継問題の密告か


チャン・ソンテク、すなわち張成沢が、金王朝の跡継ぎに金正男を継がせるべく、相談を胡錦濤に持ちかけたということをニュースは伝えているのだが、張成沢は金正恩の義叔父という立場にあったことを思えば、胡錦濤の金正恩に対する〝思い入れ〟を知っていたはずだ。このあたりについては、飯山一郎さんのHP記事「金王朝の“深い謎”」、あるいは『横田めぐみさんと金正恩』の小節、「金正恩と胡錦濤のキズナ」(p.92)に目を通してもらえれば分かることで、胡錦濤の金正恩に対する思い入れは、我々が思う以上に並ならぬものがあったのである。かつ、胡錦濤は金正恩という人物の器を、正確に見抜いていた…。

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以上から、胡錦濤の名を何故にNHKが、〝今〟というタイミングで出したのか、朧気ながらも想像することが出来よう。ともあれ、南北の〝雪解け〟を快く思わない連中だが、彼らはどうすることもできない。何故なら、金正恩の背後には、あのプーチンが控えているから…。

ところで、最近の『文殊菩薩』 は平昌オリンピックに歩調を合わせるかのように、素晴らしい朝鮮半島情勢の記事を連発、特に心を打たれたのが以下の記事であった。
朝鮮統一の歌に涙を流す金永南

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「3回泣いた」 北朝鮮・金永南氏の涙、話題に 90歳、激動の歴史思う?

二十代の頃に二度目の訪韓をしてから数年後、亀さんは実の父を亡くし、心が沈んでいた一時期があった。そんな亀さんに対して、韓国の〝父〟が達筆な日本語の手紙を送ってくれている。このあたりの経緯は拙稿「ヘイトデモ」に書き、〝父〟の手紙も公開した。

ここで、最近は鶴見和子の『南方熊楠』を読み進めているが、同書に「解説」を寄せた谷川健一の言葉に心を惹かれたことを告白しておきたい。

柳田民俗学の限界は、日本人とは何かという問いに終始し、ついに人間とは何かという問いの解決まで進み得なかったことである。それは諸民族の比較研究という知識の次元での操作とは正反対に、人間それ自体の生態を直視すること以外の何者でもない。しかもそれは南方のように強烈な視線の集中力と無垢の心境の持主であってはじめてできることであった。
『南方熊楠』p.298


「人間それ自体の生態」については、いずれ書く機会があると思う。ともあれ、表層的には民族的な違いはあるものの、深層的には、人間の心というものは、さして変わらぬということを谷川氏は説いている。だからこそ、涙する金永南の写真を目にした時、韓国の〝父〟が重なって見えて仕方がなかったのかもしれない。

南北統一という大きな流れは、今や誰にも止めようがない。南北の〝雪解け〟を快く思わぬ連中のごまめの歯ぎしりが、今にも聞こえてきそうだ(嗤)。